今日も今日とて占い師はがんばります   作:風梨

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※独自展開注意
約1万2千字

44番ヒソカ
99番キルア
191番ボドロ
209番ネオン
294番ハンゾー
301番ギタラクル
403番レオリオ
404番クラピカ
405番ゴン


最終試験 1/2

 

 

 飛行船は空を進む。

 ゆったりと空を進むその内部では、ちょっとしたお叱りの声もあったが、そんなことは些事であるとばかりに空を悠々と飛んでいる。

 簡単な昼食会を終えた会長のネテロは、さっそく最終試験のための面談を決定し、受験生を適当順に呼んだ。

 

 真っ先に呼ばれたのは44番の男だった。

 

「一番注目しているのは?」

 ──209番。99番と405番も捨てがたいけど、目が離せないから♠︎そういう意味で一番は彼女だね。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──困る質問だね。それは、405番……だね。99番もそうだが。今はと言う意味では405番♠︎

 

「209番とは戦っても良いと?」

 ──出来るなら取っておきたいな♦︎けど、少し味見してみたい気はするね♥

 

 いつも通りにヒソカは笑みを浮かべた。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──ん〜、やっぱゴンだね。あ、405番のさ。同い年だし。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──……209番。

 

 ネテロから顔を逸らして、キルアは憮然とそう言った。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──44番だな。あまりに目を引く。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──405番、99番だ。子供と戦うなど考えられぬ。

 

 厳しい表情でボドロが告げた。

 

 

 

「一番注目しておるのは?」

 ──ん〜、403番、かな。治療してくれたし、代わりに怒ってくれたから。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──44番! ぜーったい44番!! 

 

 ネオンが両手を前に出して、大きなバッテンを作りながら断言した。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──99番。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──44番。

 

『カタカタ』と鳴らしながらギタラクルが答えた。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──う〜〜ん、44番のヒソカも気になるけど、一番は209番のネオンかな。色々あって。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──ん〜〜。99・403・404番の3人は選べないや。

 

「209番とは戦っても良いと?」(さっきも同じこと言った気がすんな)

 ──うん。

 

 言葉少なにゴンが告げて、膝の上で両手の指を互い違いに組み合わせて握った。

 その脳裏に過ぎるのは、とある言葉だった。

 

『俺は元々はクート盗賊団ってとこで前張ってたんだが、たった1人相手に、ジンって奴相手に壊滅しちまってな』

 

 ゴンが、『ギリ』と音を立てるほど強く強く両手を組み合わせた。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──44番と209番だな。44番は見るからにヤバイだろ。ってじいさん知ってるか? 209番! ありゃとんだ食わせもんだぜ! あんな(なり)してとんでもねー蹴り技もってやがるんだ! この俺ですら背筋が凍ったね。ありゃ、一芸を極めてる類いの人間だな。見た目に騙されちゃいけねー典型的なタイプ。危うくオレも引っかかるところだったぜ、いやー、事前に気がつけて運が良かった! ところで運と言えばなんだが、4次試験でプレート追いかけて尾行してたんだけどよ。これまた強いガキがいたんだ。尾行してた相手じゃないぜ? 99番だったか? 俺が尾行してた相手を、ソイツがやっつけてくれてよー。そこまでは良かったんだが、プレートを奪った後にオレの狙ってたプレートを空に投げやがってさ。それを追いかけて掴んだんだが、これがなんと番号一つ違い! いや、焦ったね。我ながら両手と両膝を突く醜態は久々だぜ。あ! 醜態といえば2次試験のスシでよ、メンチって奴の試験で──

 

「うむ、うむ、先が気になる話ではあるが、質問をせねばな。一番戦いたくないのは?」

 ──ヤバイって理由で44番だ。

 

 珍しく忍びらしい、冷めた瞳でハンゾーが言った。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──いい意味で405番。悪い意味で44番。……読めないという意味で209番。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──理由があれば誰とでも戦おう。なければ誰とも争いたくはない。

 

 冷静にクラピカが告げた。

 

 

「一番注目しているのは?」

 ──405番だな。恩もあるし合格してほしいと思うぜ。

 

「一番戦いたくないのは?」

 ──ま、209番に勝ち目はないんだろーがそれを言ってもなぁ。ってなわけで、405番とは戦いたくねーな。

 

 落ち着きのある表情でレオリオが静かに言った。

 

 

 

「う〜〜む、なるほど」(405番と209番大人気じゃな)

 

 筆を片手に『生の声』を思い出しながらトーナメント表を描き、出来上がった結果を見てネテロが面白げに笑った。

 

「さて、どうなるか見せてもらおうかのォ」

 

 ネテロが、心底楽しげだった。

 

 

 

「──さて、お待ちかねの最終試験の内容じゃが、一対一のトーナメント形式で行う」

 

 大きな部屋だった。

 パーティーにも使えるほどの大広間には、これまでの試験官たちと黒服の男たち。

 そして会長であるネテロが立っている。

 ネテロの脇には白い布で隠されたボードが置かれていた。

 

 その光景を見ながら、受験生たちが思い思いに発表を待っている。

 

 ゴンは真剣な表情で。

 キルアは少し面白げな様子で。

 レオリオは緊張している。

 クラピカはいつもの真面目な表情であった。

 

 ハンゾーは自信有り気な笑みを浮かべる。

 ボドロは(いかめ)しい表情だ。

 ギタラクルは『カタカタ』と鳴らす。

 ヒソカはご機嫌で。

 

 そして、ネオンは胸に手を当てて『ドキドキ』としながら待っていた。

 

 組み合わせが発表された。

 

 第一試合。

 :『ゴン』vs『ネオン』

 

 第二試合。

 :『クラピカ』vs『ヒソカ』

 

 波乱が幕を開けた。

 

(ホントなら405番(ゴン)と294番(ハンゾー)を戦わせたいとこじゃったが。ま、生の声を吟味した結果じゃな)

 

 土下座しようと、反省しようと。

 ネテロはネテロであった。

 

 ゴンと戦うと決まったネオンのあんぐり驚愕した表情を見て、ネテロが飄々と嬉しそうに笑いながら髭を触っていた。

 

(あの意地っ張りと如何にして戦うか、お手並み拝見じゃ)

 

 何より『ゴン』がそれを望んでいた。

 ならば期待に応えないわけにはいくまい。

 面白そうなことは嬉々として采配する、ハンター協会会長の性でもあった。

 

 

 組み合わせが発表された後にクリア条件が説明された。

 

 ──たった一勝で合格である。

 

 負けた者が上に登ってゆき、勝ったものが抜けていくシステム。

 要するに不合格者はこの中でたった1人ということ。

 

 組み合わせは試験の成績、そして生の声を吟味した上で采配したというネテロの説明にキルアが噛み付くという出来事もあったが、試合の組み合わせには何ら影響はなかった。

 しかし、内心で自分の資質がゴンに劣っていると暗に言われていることに気がついたキルアの、その心中は穏やかではない。

 プライドが高い子供特有の反発心を抱くキルアを置いて、事態はさっそく第一試合へと移っていた。

 ネテロが指を一本立てながら説明する。

 

「合格は一勝で良い! 反則なし、『まいった』と言わせた方が勝ち! ただし、相手を死にいたらしめてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格。試験は終了じゃ、よいな」

 

 ──それでは最終試験を開始する!! 

 

 第一試合。

 

 :『ゴン』vs『ネオン』

 

 

 四角いリングの上に立った2人に対して、審判のマスタが試合の開始を告げる。

 試合開始の合図と共に警戒して距離を取ったゴン。

 そのゴンが再び動く前に、ネオンがため息混じりの声を漏らした。

 

「まさかあたしが初戦で、相手がゴンなんてね。まぁ、何かやってくれそうな気はしてたけどさー。ゴンもそうでしょ?」

 

 ネオンがジト目で会長(じじい)を見ると飄々と笑っていた。

 眉を怒り上げて視線で『遺憾の意よ伝われ』と会長(じじい)を睨むネオンとは違い、ゴンは試合に前向きだった。

 真っ直ぐにネオンを見つめながら、その心中を吐露する。

 

「……ううん。オレ、実は結構期待してたんだ。ネオンと戦えるの」

 

 ネテロからの質問を聞いて、ゴンはあの時点で半ばこの戦いを予期していた。

 そのためか、表情や内心に動揺はない。

 

 そして。

 珍しい事に険しく真剣な表情を浮かべて居た。

 

 それを見てネオンの中に疑問が生まれる。

 あのいつでも楽しげに挑戦するゴンが、真剣な表情を浮かべている事に対して違和感を抱いた。

 

 ネオンの直感は自分自身を中心にしか発揮されない。

 つまり、他人の心中に対しては直感で察せないため、ゴンがどう思っているか、などは推測に寄るしかない。

 

 だが、考えてもわからなかった。

 それゆえだろう。

 師匠譲りの悪戯心が刺激されたのは。

 

「へぇ、あたしに勝てる気でいるんだ?」

 

 それはほんの少しの稚気だった。

 まさしく悪戯である。

 猫がネズミをおちょくるような、ほんの少しの気持ちの発露。

 

 ──『練』

 

 膨れ上がった威圧感。

『ビリビリ』と肌を刺すような感覚にゴンが額に汗を浮かべる。

 それでも一歩も引かずに構えた。

 

 敵意を込めない『練』であれば、オーラに触れるだけで心身がやられることはない。

『原作』でウイングがゴンたちに『練』を見せた時のように、圧迫感を与えるのみだ。

 だが、稚気であっても込められた念による威圧感は想像を絶するものがある。

 常人なら構える事は疎か、戦う意思を維持する事も困難だ。

 

 だというのに、ゴンが見せたのは臨戦態勢。

 いつでも戦えると言わんばかりの姿勢はゴンらしい。

 だが、その表情に余裕がない。

 何がなんでも食らいつくとでも言うような気迫を感じる。

 

 苦笑まじりにネオンが『練』を収めた。

 

(う〜ん、なんかゴンらしくないな〜)

 

 笑みがなかった事。

 やはりそれが違和感の正体だった。

 

 いつもなら絶やさないはずの笑顔が、ゴンから消えていた。

 それがシコリのような違和感となってネオンの心中を埋める。

 

 少し考えたが、やはりわからない。

 ──わからないなら、考えなくていいや。

 持ち前の単純さでネオンは思考を切り替えた。

 

(……でも、さすがゴンだね。これで諦めるとは思ってなかったけど、『練』で効果なしって)

 

 ゴンに気づかれぬようにそっと『ふーっ』と息を吐き、ネオンが僅かな間で思考を回す。

 

(トーナメント表を見れば、この戦いで負けた方がハンゾーと戦う。あたしが勝てば『原作再現』になる可能性は高い。なら狙うべきは、なるべくゴンにダメージを与えず、あたしが勝つ……。いや、難易度高すぎない?)

 

 腕を折られようとも、降参しなかったゴンに『まいった』と言わせるのは困難を超えて不可能に近い。

 少し考えればわかることだ。

 何せあの『ゴン』である。

 意思の固さには定評がある。

 

 一瞬でそこまで考えたネオンが真っ先に思い浮かんだのは、ここで自分が降参することだった。

 

 すぐに降参してしまって、ネオンが第3試合でハンゾーと戦えばいい。

『ゴン』vs『ハンゾー』という『原作再現』は見れなくなってしまうが、その方が現実的である。

 

 しかし惜しい。

 あのハンゾーとの戦いは見どころしかないのだ。

 1人の『ファン』としてはこの目で見たい気持ちもある。

 

 ネオンが『戦う積極的な案(勝って原作再現)』と『降参する消極的な案(負けて原作再現を諦める)』との思考の間で揺れている時。

 

 ゴンと目が合った。

 

 どこまでも純粋だった。

 真剣な表情の中で燃え(たぎ)って輝く瞳。

『絶対に勝つ』と雄弁に語るゴンと視線が絡み合った。

 

 思わず息を呑み、ネオンは苦笑した。

 

(そんな目で見られたら、ヒソカじゃないけどさ。あたしもやる気になっちゃうよね)

 

『トロス』との戦いを、ゴンは見ていただろう。

 アレをみて、尚も勝てるなんて普通は思わない。

 というか、冷静に考えれば絶対に不可能だ。ゴンとてわかっていることだろう。

 

 もちろん、『まいった』と言わせる事が敗北条件であるから粘り勝ちを狙うというなら理解できる。

 でも、ゴンの瞳はそんな消極的な案など断じて選ばないであろう気持ちに満ちている。

 ゴンの瞳は『戦って勝つ』と言っていた。

 

 普通なら失笑で終わる話だが、ネオンはそう捉えなかった。

 むしろリスペクトすら抱いた。

 

 格上に対する心意気。

『敗色濃厚な相手にも100%勝つ気で(のぞ)む! それが念能力者の気概ってもんさ』

 ネオンの目には、モラウが語るその理想像とゴンの姿がダブって見えていた。

 

(……()ろっか)

 

 ネオンは思う。

 ここで逃げて何が『幻影旅団』だと。

 全力は出さない。縛りも加える。

 でも、真剣に闘いたい。

 

 この時点でゴンがヒソカに続き圧倒的な強者と戦った場合の影響が脳裏に過ぎったが、幸いと言っていいのか、既にパリストンのせいで『原作』などあってないようなものだ。

 

『トロス』との戦い。

 あれを少なくとも5人(リッポーとあの場にいたメンバー)に見られてしまっている。

 既に確実な変化の兆しがあるのならば。

 

 何も気にせず、自由に行動してもよいのではないか。

 さらにネオンの思考が戦闘に寄る。

 

 それは先ほど考えたゴンに『降参させる選択(原作再現を狙う)』というよりも、ゴンが自分の着手に対してどれほど応えられるのかが気になる、ネオンの『闘争心から生まれた選択(手合わせしてみたい)』だった。

『念』を覚えてない状態のゴンがどれほどの可能性を見せてくれるのか非常に興味があった。

 

 でも。

 ──もちろん、やるからには勝ちを狙うけどね。

 

 流麗な動きでネオンが構えを取る。

 穏やかな動きはしかし、残像が残るほどに速い。

 

「王サマ風に言うなら、飛車角落ちってところかな?」

 

 左腕をガードのために上げて顔の横に構える。

 腰に右腕を引き込み、拳を『怪我を気にするように』緩く握った。

 

「掛かっておいでよ、ゴン。遊んであげる」

 

 期待感から獣じみた笑みを浮かべたネオンに答えるように、緊張しながらも『この場で初めて』微かに頬を緩めたゴンが思い切り駆け出した。

 

 

 

 

 ネオンの周りを駆けながら、ゴンは考える。

 

 地頭の良さであればゴンもそれほど悪くないのだが、如何せん性格が考えることに向いていない。

 運動ばかりしてきた弊害である。 

 

 それでも思考の大切さを、ヒソカとのプレート争奪戦を経てゴンは意識していた。

 だからゴンは考える。

 どうすれば、ネオンに『まいった』と言わせられるのか。

 

 普通の決闘ならゴンに勝ち目はない。

 だがこれは『まいった』と言わなければ何度でも挑戦し続ける事が出来る。

 あのネオンが『まいった』という光景は少し想像しづらいが、それはゴンも同じ。

 だが、ゴンに耐久して勝とうなんて消極的な心算は全くなかった。

 

 ただ、力強く拳を握りしめた。

 

『トリックタワー』での記憶を探る。

 勘がいい。運要素は苦手。実は単純。譲れないものを持ってる。レオリオのことは苦手っぽい。

 そして思いついた。腕の怪我だ。

 

(ネオンは強い。普通に戦ったって勝てないけど、これは『まいった』と言わせればいいんだ。……あんまり使いたくないけど、ネオンは怪我してるから手が使えない、はず)

 

 ゴンの思考は戦闘に偏重した。

 格下であるゴンが、格上のネオンに遠慮して勝てる訳がない。

 隙があれば、勝機があるなら何でも使うとばかりにゴンが仕掛ける。

 

(……ごめん! でもオレが勝つにはこれしかない! 包帯巻きっぱなしだから、どのくらい治ってるかわかんないけど……、あれ? 皮膚ってどのくらいで治るっけ?)

 

 思考しながらもゴンは駆け抜けた。

 機動力を使って回り込んだゴンの連打を、ネオンは避ける。避ける。避ける。

 ガードのために上げた左腕すら使わずにネオンがスウェーで避け続ける。

 

(うわっちゃ、そうだよ。避けられちゃ怪我意味ないじゃん!)

 

 ガードができないことを見越しての上体への攻撃であったが、ゴンの攻撃は擦りすらしない。

 無論、ネオンは念能力を使っていない。

 さらに楽しみのため直感を封じつつも、ネオンの技量であれば、ゴンの挙動から次の攻撃を予測することは難しくないだけである。

 

 それでもゴンに出来ることは当てるために工夫し続ける事だけだ。

 格下であるゴンが受け手に回れば、何もできずに敗北するがゆえの猛打だった。

 必死のゴンの攻撃を両腕を一切使わずに、ネオンが延々と回避に徹して、気まぐれに軽く足を振った。

 

 ゴンの優れた動体視力が腹部目掛けて繰り出された蹴りを捉える。

 腹部に直撃コースである。

 

 だが目は反応しても身体が付いて行かない。

 避けきれないと一瞬で判断したゴンが受け身の姿勢に入り、完璧に腹部を捉えた蹴りで吹き飛ばされる。

 空を飛びながらゴンは思考を回した。

 このままじゃダメだと。

 そして悔しさも。

 

 掬い上げるような蹴りであった事。

 防御は間に合わないまでも、反応していた成果でゴンに肉体的ダメージは少ない。

 

 だが、精神的には別である。

 倒れ込まず、転がるように起き上がったゴンが『ぎゅっ』と拳を握った。

 

(くっそォ、あれだけ攻撃したのに一発も当たらない……!! でも、そりゃそーだよね、ヒソカと同レベルなんだし……)

 

 改めてゴンの心中に過ぎったのはヒソカのことであったが、その少し前の光景も思い出す。

『ネオン』と『トロス』との戦闘風景だった。

 

 ゴンの今までの生涯で最も速かった闘い。

 20分以上の長きに渡って繰り広げられたあの闘いは、ゴンの中に小さくない衝撃を齎した。

 それはまるで、お前なんてまだまだだ、と遥か遠くにいるジンに突き放されたような気持ちにもなった。

 

 やっぱり、簡単には手が届かない。

 だが、たった一度の攻防で手を伸ばす事を諦められるほど、ゴンは物分りが良くない。

 

 少なくとも『ジン』は『ネオン』より強い。

 でも、そのジンより弱いはずのネオンにあしらわれている自分。

 

 自分の実力。

 その現在地を確認して、改めて2倍の悔しさでゴンが拳を握りしめる。

 

(……あの速さにも対応してたんだ。オレが速さで勝てる訳ない。じゃあ、どうすればネオンに一発入れられる?)

 

 強者の余裕なのか、ネオンがゴンに対して追撃を入れる気配はない。

 しかしゴンにムカつく余裕もなかった。

 どうすればいいか、それのみに全神経を集中させていた。

 

 微かな、ほんの微かな『何か』が内側からゴンの表皮を『チリっ』と刺激したが、ゴン自身がそれに気がつくことはない。

 

(……やるしかない。至近距離でとにかく攻撃しよう。足で掻き回すのはダメな気がする)

 

 ゴンが覚悟を決めたのと同時。

 焦れたように『くいくい』と手首を動かすネオンに対して、正面から猛然とゴンがダッシュした。

 

 

 無謀。

 暴走。

 そう思われた突撃は、ゴンの煌くような覚悟に魅入られたネオンの反応が遅れた事で互角に成り立った。

 

 およそ60。

 いくつかの攻防を繰り返し、弾き返されてもゴンが何度も突撃し決死の覚悟を込めて振るった拳と蹴りの数である。

 反応が遅れたネオンではあるが、ゴンに遅れを取ることはありえない。

 

 それだけ、ならば。

 

 ゴンが振りかぶった勢いを乗せて右足を蹴り上げる。

 ここまでなら何ら今までの攻撃と変わらない。

 だが、ゴンはひと工夫を加えて居た。

 

 靴を脱ぎ、少しだけ射程を伸ばした上での足技。

 顎に目掛けたその靴蹴りは予想外の一撃になるはずだった。

 しかし、ネオンは初見ではない。

 

 ネテロとゴンが遊んでいるときに見て知っている。

 

 そこが明暗を分けた。

 射程が伸びるという予想外。

 体勢を崩しながら、プライドが許さなかったためその一撃をネオンが無理やり避ける。

 ネテロですら初見で不覚を取った一撃を避けて、ネオンが『ニヤリ』と笑う。

 

 しかしまた、ゴンも笑った。

 

 靴蹴りすらブラフ。

『本命』は避けて体勢の崩れたネオンに対する拳である。

 一瞬遅れてネオンが気がつく。

 それは『念』と直感を控えたネオンがギリギリ『避けられない』タイミングであった。

 

 これで、一発入る──

 

 そう確信できるほどの会心の出来。

 ゴンが全身全霊をかけて仕掛けた、輝きすら魅せるその一撃は。

 

 ──しかしネオンの左手にしっかりと受け止められた。

 

 その、左手に巻かれていた包帯が解ける。

 現れた痕の目立つ左手は『完治』していた。

 

 ──傷は、ブラフ。

 

 ゴンが気が付き、思考したその一瞬は0.1秒に満たない。

 神速であるはずのそれを、ゴンは確かに見た。

 

 霞むほどの速度で引き絞られた拳。

 握り込まれた(・・・・・・)ネオンの右手。

 

 閃光のように打ち抜かれたネオンの右腕が、ゴンの腹部を痛烈に強打した。

 

 衝撃が全身に走った。

 身体がブレる。

 内臓の全てが飛び出そうな圧迫感。

 

 咄嗟に脱力して身体を浮き上がらせるが、実際に行われた攻撃は速すぎた。

 効果的にダメージを逃す事も叶わずに、大きな放物線を描いてゴンが吹き飛んだ。

 背中から地面に叩きつけられたゴンのショックは大きい。

 肉体的にも、精神的にも。

 

 残心を行うネオンに追撃の気配はない。

 これが、心を摘む攻防であると理解しているから。

 万全の一撃を容易に、あるいは予想外に跳ね返した後。

 空白の時間を与える事で、より心理的なダメージを与える事が出来ると。

 ──勝ち筋がない。

 その事実を認めた場合の心理的ダメージは、計り知れないと知っているから。

 

 

 

 ゴンが床で腹を抑えて痛みに悶える。

 ネオンの狙い通りにその思考は事実だけを列挙して居た。

 

 渾身の一撃は入らなかった。

 腕の怪我もブラフだった。

 そして、たった一発で格の違いをこれでもかと身体に教え込まれた。

 圧倒的な力の差。

 絶対に覆らない。

 ゴンとネオンの間はあまりに大きく隔たっている。

 

 絶望。

 

 その二文字が思い浮かぶ状況。

 

 

 ゴン。

 それでもゴンである。

 

 

 彼は、この場面で『笑っていた』。

 

 全く怯まず、痛みすら力に変えて立ち上がる。

 強引に口元を拭うその眼差しは、まったく陰らない。

 

 真っ直ぐに自分を見るその瞳に。 

 

 ネオンがぶるりと震えた。

 そして。

 ゴンの『覚悟』を確かめるような、一方的な試合展開が開始される。

 

 

 

 

 何度吹き飛ばされただろうか。

 モヤが掛かったような思考の中で、ゴンが思う。

 数えきれないほどである事だけがわかる。

 10? 20? もっと? 

 確かなのは、それだけ打ち込まれても、圧倒的な力の差があっても、『悔しい』と思う自分の気持ちだけだった。

 

 血反吐を吐き、胃の中身もとっくに全部ぶちまけた。

 身体中が軋むように痛いのに、諦める気持ちはまったく湧かない。

 むしろ殴られるたびに身体は燃えるように熱くなる。

 殴られるたびにゴンは『何か』が内から湧き上がってくることを感じていた。

 

 ──もっと、もっと戦える。

 

 理由はわからない。

 だが、ゴンは『まだ戦える』と確信していた。

 

 身体が悲鳴を上げている。

 顔中を腫らして、左目は塞がっている。

 それでも残った右目を爛々と輝かせてネオンを見据える姿は、端から見れば『いかれて』いる。

 だが得てしてそれが、何かを達成するための条件であったりする。

 

 口の中が切れているせいで鉄の味しかしない。

 縺れる舌で、ゴンはそれでも闘志を言葉に変えて表に出す。

 

「……まだ、まだ……だ」

 

 ──オレは、まだ、あきらめてないぞ。『まいった』なんて言うもんか。

 

 そんな心の声まで聞こえてきそうな気迫を見取ってか。

 ついに、鬼気迫る表情のネオンが一歩一歩とゆっくりと近づいて来る。

 ゴンが知る由もないが、纏ったオーラ量は『纏』ではなく『練』であった。

 

 それも、先ほどとは次元が違う。

 ネオンが念じる『本気』の『練』は凄まじい暴威を振りまいた。

 

 量で言えば『トロス』の足元にも及ばないだろう。

 だが、研ぎ澄まされた『練』は刃のように練磨されている。

 そこに悪意が込められて居なくとも、『本気』のそれを前に立ちはだかる事は、無謀としか言いようがない。

 

 その『練』に晒されながらゴンは退かない。

 構えたまま、じっとネオンを待っている。

 

 身体中が軋む。

 立っているのがやっとの状態だった。

 

 逃げる余裕は既にない。

 だが逃れたとしても、ゴンは逃なかっただろう。

 退かない覚悟で立っていた。

 

 起き上がる。

 何度でも。

 死んでも。

 

 ──あきらめない。

 

 そう、ゴンの瞳は雄弁と物語っていた。

 

 ネオンが、凄まじい威圧感を纏って、ゴンの目の前に立った。

 全身が砕かれそうなほどのプレッシャーがゴンに降り注ぐ。

 ネオンの青い瞳が、さながら魔王のように冷徹にゴンを見据えた。

 

 その場の全員が、発される()から容赦のないトドメを刺すための行動を予期する。

 殺せば失格。

 その文字が脳裏から消え去るほどの()だった。

 

 周囲が固唾を呑んだ。

 

 ネテロは刺すような視線で興味深げに髭を触る。

 ヒソカが、警戒するような、冷ややかな視線を送りながらトランプを指に挟んだ。

 ギタラクルが『カタカタ』と鳴らす。

 他の面々は、圧倒されて表に畏れ以外の感情すら出せない。

 

 意外にも。

 その中で真っ先に動いたのは、最も辛い場所にいて、一歩も動けないはずのゴンだった。

 彼は、内側から湧き上がる力に身を任せていた。

 

 ゴンは、燃えるような瞳でネオンを見上げながら、ボロボロの身体を使って。

 

 ネオンの頬に目掛けて右拳を走らせた。

 

 力感と『念』の籠もった、飛び上がるように放った良い一撃だった。

 ネオンの目がゴンの拳を追いかける。

 

 自分の右拳が追いかけられている事すら既にゴンには認識できない。だが、ゴンに迷いはなかった。

『絶対に退かない』という思いの篭った拳を、本気で打ち込んだ。

『バシン』と肉を打つ激しい打撃音。

 

 ──攻撃は、通った。

 

 頬で、ネオンがゴンの右拳を受け止めていた。

 唇の端からは『ツー』と一筋の血が垂れた。

 

 衝撃で僅かに首を『動かされた』ネオンが、少し優しげな表情で手を上げた。

 

 

「『まいった』。あたしの負け」

 

 ボロボロになるまで打ち込まれても、『練』の威圧感に負けず、真っ直ぐにネオンを見つめて拳を打ち込む姿。

 念能力者であるなら、誰もが称賛するその姿に、どこか清々しさすら覚えながらの降参だった。

 

 ──が。

 

 ゴンには、その宣言すら聞こえていなかった。

 拳を打ち込んだ達成感だけがその身を包んでいた。

 

 切れた緊張から前のめりに倒れ込みながら。

 しかし本格的に倒れる前に、一歩前に踏み出して身体を支える。

『ぐぐぐ』と前傾になった身体を起こしながら両腕を上げて、しかし構え切れない。

 だと言うのに、再び不屈の闘志を燃やした。

 

「まだ、まだ……! これからが本番だ……!!」

 

 煌くような、鮮烈なオーラを発していた。

 ヒソカが、ネオンが、ネテロが、『オーラ』が見える者全てに震えを走らせるほどの覚悟。

 

 直近で『練』に触れたからか。

『纏』の拳を受けた影響か。

 はたまた『トロス』と『ネオン』の戦いを見て『オーラ』に触れていた影響か。

 ネオンに拳を打ち込み、逆境を超えたからか。

 

 ゴンが『念能力』に目覚めかけていた。

 

 いや、もう目覚めていると言っても良い。

 一部の精孔は既に開いている。

 全身の精孔を開くのも知覚さえすれば容易だろう。

 

 ネオンも規格外ではある。

 しかしゴンもまた規格外。

 計り知れない才能はこの土壇場で『念』を引き出した。

 

 そんなゴンを見て。

 ネオンが放ったその一撃は敬意の現れだった。

 

 手加減は無粋。

 そう言わんばかりの『黄金色の瞳』に変わっていた。

 

 あの『トロス』に決めた時のように、必要最低限のダメージを最大効率で与える蹴りをネオンが放つ。

 神業ではない。

 ごく普通の蹴りである。

 

 だが、その蹴りはゴンがどれほど強い意志を持っていたとしても関係がない。

 正確無比に顎を捉えるその一撃に抗う術は今のゴンにはなかった。

 

『ぐにゃり』と眩むゴンの視界の中で、『桜色の少女』の微笑みが口元だけ見えた。

 

 千切れる意識の合間で、白い眩い空間の中で。

 ターバンを巻いた、誰かの背中が遠退いていった気がした。

 

 

(ジ……ン……)

 

 

 場面は切り替わる。

 

 

 

 ゴンが目覚めたのは、品の良い調度品の並ぶ一室だった。

 どこか遠くで『ゴーン』と鐘の鳴る音が聞こえたような気がした。

 ぼんやりとして『はっ』と気がついたゴンの視界に真っ先に入ってきたのは、まるで看病しているかのようにベッドサイドに腰掛ける紳士の姿。

 第一次試験官サトツの姿だった。

 

「おや、目が覚めましたか」

 

「サトツさん、オレ……」

 

 その時ゴンの脳裏に過ぎったのは、ネオンが『にっこり』と微笑む口元の光景。

 

 ネオンに、負けた。

 そう理解したゴンの片目から『ツー』と一筋の涙が零れる。

 

「あれ、なんで涙が」

 

「どうぞ」

 

「ぁ。ありがとうサトツさん」

 

「いえいえ」

 

 ハンカチを受け取ったゴンが『ごしごし』と目元を拭う。

 そんな姿を見ながらサトツの心中に過ぎったのは少しばかりの同情だった。

 

(まだ気持ちの整理がついていないのでしょう。無理もありません)

 

 ゴンが少し落ち着いた頃を見計らってサトツが静かに語りかけた。

 

「ゴンくん。ここはハンター試験最終試験会場の脇にある、控室です」

 

「……そう。オレ、まだ試験の途中だよね? 安心して。ちゃんと自分で『まいった』って言いにいくから、大丈夫」

 

「いいえ。ゴンくんは合格です。倒れる前にネオンさんが降参してましたから」

 

「え? でもオレ……」

 

「不合格者が何を言っても合格にならないように、合格者が何を言っても不合格にはなりません。はい、これがゴンくんのライセンスですよ」

 

「あ、いや。だからオレさ……」

 

「はい、どうぞ」

 

 サトツがゴンの手に半ば無理やりにライセンスを握らせるが、押し合いへし合いで受け取ろうとしない。

 少しの間を開けて、サトツがしたり顔で指を一つ立てた。

 

「ゴンくん。一つ良い事を教えましょう。この結果が受け入れられないのであれば、使わないこともできます。必要ないのであれば売ってしまうのもいいでしょう。どうせ他人には使えませんから。それでも買いたいという人間はごまんといますがね」

 

 サトツはそう言いながら、懐に手を入れてもう一枚のライセンスを取り出した。

 右手に持っているゴンの新品とは違い、少しの年季を感じさせるそれは、サトツのライセンスだった。

 

 右手でゴンのライセンス。

 左手で自分のライセンスを持ちながらサトツは続ける。

 

「このライセンスは私たちプロハンターにとって命よりも大事なものであると同時に、ガラクタ同然の物でもあります。ゴンくん。君はまだスタートラインに立ったに過ぎません。重要なのはこれから何を成すか、ですよ」

 

「何を成すか……」

 

「そうです。はい、これがゴンくんのライセンス」

 

 そう言い、サトツは有無を言わさずゴンにライセンスを手渡した。

 なんとも言えない表情でしばらくライセンスを眺めたゴンが『バッ』と顔を上げる。

 

「……あっ! そうだ、試験ってまだ途中だよね?」

 

「いいえ、もう終わりました」

 

「誰が、不合格だったの?」

 

 一瞬の間があった。

 悲しげに、寂しげに、気遣うような間を使ったサトツの言葉はゴンの予想を超えていた。

 

「……キルアくんです」

 

 目を伏せたサトツが、静々とそう言った。

 

 

 

 

 

 





次話更新は未定です。
更新日に関しては、いつも通り事前に活動報告にてご報告します。


そして今年最後の更新になりますのでご挨拶を。
初投稿の10月末頃から追いかけてくださっている方も、本日から読み始めて頂けている方も、今年はお世話になりました。
来年もチマチマとですが、私なりに楽しみながら書いていきますので、どうぞこれからもお付き合いください。
よろしくお願いします。


────
誤字報告お礼
『佐藤東沙』さん
『phodra』さん
『kuzuchi』さん

ありがとうございます。
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