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「実年齢57歳!?
『カキーン』という快音が響いた。
レオリオは、そこまで言った後で空に飛んだのだった。
ビスケットの自己紹介を兼ねた説明で、年齢の話まで飛び出したのは師匠としての信頼を得る一つの方法である。
そんな色々と事情が含まれた説明にあった項目。
──『ダブル』の称号を持つプロハンター。
それだけでも十分すぎるほど、師事を仰ぐ理由になる。
何よりあのネオンを育てた人物なのだから、信頼度という意味では疑う方がおかしい。さすがに、少女の姿をした圧倒的な年上であるのは予想の斜め上ではあったが。
周囲には、ゼブロたち使用人の姿はない。
気を利かせて彼らが席を外したため、小屋の中の異常な重量の椅子に腰掛けながらの会話だった。
思考をまとめ終えたクラピカが続ける。
「……『念』か。これで少し謎が解けた。ネオンの異常な戦闘能力も、そこに根拠があるのだな?」
「ピンポーン。知ってるでしょうけど、この子はあたしの弟子よ。つまり、もう『念』は習熟しているってわけ。三人同時だと不都合があるから、色々手伝ってもらう予定だけど、この子の実力を知ってるんなら話は早いわさ。文句ないでしょ? あとは、何か質問ある?」
そこでゴンが手を上げた。
ビスケが頷いた事で許可をもらって疑問を伝えた。
「はい! ビスケットさんはどのくらい強いの?」
「ビスケでいいわよ。そうだわね〜。手っ取り早いのは、アレかしらね」
そう告げたビスケが指差したのは『試しの門』がある方角であった。
視線を誘導されて壁の向こうにある門を想像したクラピカであったが、再び湯飲みを両手で持ちながら『ズズズ』とお茶を飲むビスケに視線を戻して考える。
筋肉量という意味では、この中で最弱だろう。
線の細い腕や足。
お子様というのがお似合いの格好。
『試す』どころか、自分たちと同じく開くことすら出来ないのではないかと思うような『見た目』である。
それすらも覆すほどの力が、『念』にはあると言うことか。
非常に興味深く思いながら、『百聞は一見にしかずってね』と言いながら使用人小屋から出たビスケが、『試しの門』を凄まじい怪音を響かせながら開く姿を見守った結果は、顔が引きつるようなものだった。
ゼブロのように、気合や力を入れたようにも見えない。
こじんまりとした少女の姿をした人物が、軽々と自身の何十倍も大きな扉を軋ませながら開けていく姿は圧巻だった。
数字にして『
「う〜ん。せめて『
文句などあろうはずもない。
にこやかな笑顔で、扉を開けながら振り返って言うビスケに対してクラピカたちは一斉に首を横に振って修行がスタートした。
ゴンだけは目を輝かせていたが。
修行はまず簡単な説明から始まった。
心源流の『念』に対する理解から始まる教えである、とクラピカは聞いた。
知は理。理は論。論は利である。
知ることが重要であると解くビスケの説明はわかりやすく、クラピカたちの中にスルリと入ってくる。
『纏』『練』『絶』『発』
四大行。
今後はこの4つを習熟することを求めるが、その前段階。
何よりも『念能力』を使える最終段階にまで、身体の準備を進める必要があるとビスケは言う。
ビスケが指を立てる。
立てられた2本の指は、その方法の数を示唆していた。
「方法は二つ。『ゆっくり』起こすか、『無理やり』起こすか」
真剣な表情で続けられた説明の後に、精孔を開く流れとなるのは当然の帰結だった。
待ちきれないとばかりに先んじてクラピカが答えた。
「では、私は早い方法を希望する。リスクがない以上、習熟のために少しでも多くの時間が欲しい。……奴らも、恐らくはこの能力の使い手なのだろう? だから、ネオンは1ヶ月待てと言った。相手がどれほどの敵であるか理解させるために」
クラピカは視線をネオンに向ける。
その視線に対して、ネオンは頷くことで答える。
それが全てではないが、理由の一つで間違いない。
ネオンとクラピカが視線を交える中で、ビスケが呆れ顔で嘆息した。
「何言ってんの、リスクもあるわさ。殺したって構わない、普通はそのくらいの攻撃を受けなきゃ開きっこないわ。加減するとは言っても、あんたにそれだけのオーラを打ち込むことになる。それに、時間内に留める技術を身につけられなきゃ、全身のオーラを出し尽くして何日か寝込むことになるわよ。加えてそうなった場合はあたしが無理やり開けて、あんたの身体が無理やり閉じる訳だから、変な癖がつく可能性だってある。ノーリスクって訳じゃないの。……未熟な者が行えば死ぬことだってあるわ。それでもやるっていうなら、止めやしないけどね」
「覚悟の上だ」
「……そ。あんたなら『ゆっくり』でも1週間足らずで『起きる』とは思うけど、それでも意見は変わらないの?」
「無論だ。一日でも早いに越した事はない。……こうしている間にも奴らがのさばっていることを思えば、この程度リスクでもなんでもあるまい」
「そこまで言うなら、やったげる。で、あんたは?」
ビスケが視線を向けたのはレオリオだった。星になったレオリオではあったが、すぐに復帰するのはさすがといったところだろう。
『ぎょっ』としながらも視線を向けられてレオリオは表情を整えた。
自信有りげな薄い笑みを浮かべながらも、額には微かに汗が滲んでいる。
「『無理やり』で頼む。これでも根性だけは自信があるんでな。……一人だけ置いていかれるのは勘弁だ。それに比べりゃ、今言われたリスクなんて屁でもないね」
言いながら『置いていかれる』の辺り途中で照れ臭そうに頬を掻くレオリオだったが、彼から放たれる意思の籠もった言葉を聞いたビスケは満足げに頷いた。
「二人とも覚悟の上ってわけね。いいわさ、そしたらあたしに背中向けて立ってなさい。ほら! ぼさっとしない! さっさとする!!」
ビスケが、二人の腰に手を当てながらしながら能力を発動させる。
「《
ビスケが宣言すると同時に、ハート模様の洋服を着たクッキィちゃんが具現化される。クッキィちゃんは横に立つビスケに振り返って『にこり』と笑って頷いた。
ビスケも頷きを返すが、その表情に普段の親しみやすい雰囲気はない。
『念』に向き合う時の真剣な表情だった。
青い瞳に真剣さを滲ませながら、『練』でオーラを練り上げるビスケが続けた。
「今から行うのは、外法と呼ばれる手段よ。強制的にびっくりさせて『纏』が出来る状態にまで身体を『起こす』わけだからね。普通なら修練速度に個人差があるし、一朝一夕で身に付くようなものじゃないわ。それを強引に、強制的に修得する方法。便宜上は、外法。念での攻撃になるわ」
『ぐっ』と右拳を握りしめ、空を突くビスケの姿を後ろ目で見て、『試しの門』を開けるほどの筋力がある人物から行われるであろう『攻撃』を想像して、レオリオが『ごくり』と固唾を呑んだ。
クラピカも無言で唇を締める。
ビスケが頷いた。
「怖がるのも当然だわね。だけど、あたしがあんたたちを傷つけることはないから安心しなさい。とゆーか、傷つけようがないし」
軽い調子で、あっけらかんと『死ぬこともある』という前言を撤回する言葉をビスケは続けた。
「外法として禁忌扱いするために、便宜上は攻撃になるけど、実は『治す』とか『貸す』とかもこの攻撃に含まれてるの。あたしが今から行うのは『治す』に該当する念能力よ。ただし、未修練者相手だと効果が弱い。だから、これで目覚めるかどうかはあんたたち次第。これで無理なら、諦めて時間を掛けて『起こす』方法を選ぶわよ。いい?」
ビスケの力強い言葉に、レオリオとクラピカはうつ伏せのまま頷くことで答えた。
「後、あんたたちは基礎修行すらやってないわ。だから覚醒したとしても一時はかなり強い、立てない程の疲労感や倦怠感に襲われる。オーラを留められずに出し過ぎてね。それでも、やる?」
「無論だ」「へっ、俄然やる気が出てきたぜ」
二人の間髪入れない回答にビスケがもう一度頷き笑みを浮かべた。
「いいわ、気合い入れなさい。──クッキィちゃん、いくわよ」
クッキィちゃんが振り向いて頷き、一拍置いてビスケが宣言した。
「《
その言葉を合図に、ビスケのオーラがさらに高まりクッキィちゃんの存在感が増した。
クッキィちゃんの指先が、ピアノを奏でるように軽やかに踊りながらレオリオとクラピカの背中を叩き、流れるように身体中を愛撫する。
変化は如実に現れる。
クッキィちゃんはそのものが『念』で創られた生物である。
加えてオーラを変化させ対象の身体を刺激して
才能があるならなおさらだ。
そこをあえて脅しを含めた言い回しで説明したのは、成功した後に彼らに多少なりの自信を付けさせるためであるし、また彼らの才能の程を見極めるためでもあった。
クッキィちゃんを発動しながらもビスケに
思わず、組んでいた手を崩して右手で唇付近を覆いながら物思いにふける。
(……なるほどね、二人とも相当に良い勘してるわさ。類は友を呼ぶのかねぇ、人の才能にとやかく言う気はないけど、この二人も十分すぎるほどの、いえ。特上の原石。まだまだモチーフは思い浮かばないけど、ちょっと触るだけでもこの子らの可能性をヒシヒシと感じるわさ。……うふふふ、楽しくなってきたじゃないのよさ)
ビスケはあえて能力を
『念』に目覚める速さで才能の多寡が歴然とする訳ではないが、ある種の指標にはなる。
もし二人に差が生まれ過ぎるのなら、指導を変えたり、ネオンに無茶振りする必要があると考えていたが、どうやら杞憂で済みそうだった。
クッキィちゃんを経由して『オーラ』を感じ取って目視でも見た限り、二人の生まれ持った才能の差は歴然とするほどはない。
育った環境によって今は多少の差があるようだが、それもこれから『念』を身に着ける事を考えれば誤差の範囲だろう。
──これなら、指導方法を分けたりする必要もなさそう。
今後の指導方針が固まったビスケの脳裏は即座に欲望に走った。
つまり、良い原石に出会えた時の特有の痺れが期待感を込めてビスケの身体を走った。
当初に思索のため唇付近を掌で隠したのは無意識であったが、今は歪んだ口元を隠すために役立っていた。
秘められた口元で。
少女というにはあまりに艶のある笑みをビスケが浮かべた。
(うふふふ、鍛えるわよぉ〜〜)
爛々と目を輝かせなががら、指を咥えんばかりのビスケの気配は興奮していても巧妙に隠蔽されていたが、ある程度の付き合いがあるネオンにはその後ろ姿を見るだけでもお見通しである。
ビスケが興奮している気配を感じ取って、ネオンがさもありなんと肩を竦めた。
そんな風に『やれやれ』と師匠の背後で肩を竦める弟子の他には特段変わりなく事態は進行し、そしてレオリオとクラピカの身からほぼ同時のタイミングでオーラが噴出した。
溢れるオーラの輝きに師弟揃って目を輝かせ、けれど、瞬時に判断してクッキィちゃんを消したビスケが鋭く指示を出す。
「いいわ」
クラピカもレオリオも、驚きの表情で身体中から溢れるオーラを見つめて焦ったように叫んだ。
「こ、これは、湯気!? 身体から立ち昇る蒸気のようなもの……!! これがオーラか!」
「おいおいおい、尋常じゃなくすげー勢いで吹き出してんぞ!」
二人の慌てように一切気を払わず、ビスケが続けて指示を出す。
「自然体で、先ほど説明した手順で『纏』を行いなさい。これで失敗すれば『ゆっくり』起こすからね」
ビスケの説明。
それは四大行の説明をした時に行ったものだった。
二人は即座に記憶を探る。
『纏』
『精孔』が開かれた状態で身体中から噴出するオーラを体の周りに留める能力のことを指す。
オーラの感覚は個々人によって異なるが、基本的には『形のない服』であったり『感覚のある産毛』であったりと大雑把に括れば纏う感覚に違いはない。
ゆえに重要なのは『纏う』イメージを持ち続け、それを確かなものとして自分の中に確立すること。
レオリオとクラピカは、その説明を思い出しピタリと静止して自然体で『纏』を行なった。
小難しげな顔をするレオリオは時折ゆらゆらとオーラが揺れているが、問題がないレベルで『纏』を行なっている。
クラピカは内心に埋没し、汗一つかかずに穏やかな表情で『纏』を行なった。
精神状況が強く反映される点を鑑みれば、性格的にこうなるだろう、と思い描いていた通りの展開にビスケは強く頷いた。
「いいわ、それが『纏』よ。これで、あんた達二人は念能力を使うための最終段階に入ったと言えるわさ。まったく、少しは苦戦してくれると可愛げがあるってもんだけどね」
ビスケの少し呆れまじりの言葉に、二人が少し自信ありげに表情を動かした。
意味のある嘘は吐きたくなる。
それは変化系の性であるが(他の変化系が聞けば一緒にするなと怒るだろうが)、メンタルが非常に強く影響する『念』では褒めて伸ばしてあげる事も重要な要素である。
数多の経験則でビスケはそれをよく知っている。
ただまぁ今回は内心を素直に吐露しただけであるので、そう言う事情とは異なるのだが。
もちろん、そう言う時は褒めるのだから完全に嘘ではないし、称賛の気持ちは十分にある。
だが、『口にする』という段階にまで内面を持っていくために、多少のリップサービスが混じっている事は否定する意味がない。
本人たちのプラスになるのなら、多少の嘘も許容範囲。……という理論武装をした、単なるビスケの趣味である。
堂々と笑みを浮かべながら、ビスケは続けた。
「さーて、それじゃ。次はゴンだわね」
ビスケがゴンに視線を向けて、待ってましたと言わんばかりにゴンが手を上げて飛び跳ねた。
「うん! オレも立ってれば良い?」
「いーえ。あんたは、もう使える状態に近いわ。だから、そうね。あたしが今から言う事を意識してみて」
全員同じ、であるよりある程度は習熟度の上下関係を作った方が、周りが奮起して良い結果につながりやすい。
調整を誤れば逆効果であるが、その見極めを誤るような柔な経験値は積んできていないビスケにとっては些事である。
それゆえ、ゴンは《
『起こし方』が違うという明確な違いを作るためだ。
自分より上、
負けられない。
そうクラピカとレオリオが思えば儲け物である。
ついでにリスペクトしてくれれば言うことはないが、この三人の関係性なら十分に可能とビスケは判断した。
先に進むものは追いかけられる事で緊張感を維持し、追いかけるものは奮起する。
そうなれば理想的な指導環境だ。
しかし、オーラの感覚を言葉にすることは非常に困難で、個々人によって違うため言語化は難しい。
それでもビスケが明確にする事は避けながらも言葉にして説明したのは、そういった事情があり、そしてネオンから聞いた話と自分が実際に見た推測を統合した結果、ビスケの感覚を伝える事を禁句としても、ゴンはオーラを意識さえすれば『精孔』が開くと確信を持てたからである。
ただし、その速度はビスケをして驚きを隠せないものだった。
約5分。
目を瞑り集中するゴンに対して、ビスケが言葉を口にしてから経った時間はたったそれだけだった。
「──そう。……うん、そう。後は自分の周りにあるオーラをしっかりと自覚した上でゆっくりと目を開きなさい。見える? ……いいわ。これで全員が念に目覚めたわけだけど、これからは基礎修行に入るわさ。つまり、四大行の習熟だわね。並行して筋力量なんかも増やしていくわよ〜」
あまりにも呆気ない『念』の知覚に、ビスケは内心の驚愕を押し殺す。
その内面は性急にすぎる指導開始に現れたが、ネオンを含めそれに気がつくものはいなかった。
──怪物の子は怪物、ってわけね。
ヒヤリとしたものが背筋を垂れるが、ビスケは巧妙に隠した。
説明を続ける裏で、ビスケは覚悟を決める。
……いいわ、やったろうじゃないの。
この子たちを導くのも師匠の役目ってね。
これだけの才能たちを導けるなんて役得なんてもんじゃないわさ。
改めて師匠という立場に意思を固めて、規格外の才能をポジティブに捉えたビスケの指導が始まった。
そうして、初心者三人と二人の師弟の3週間に渡る修行が開始された。
1週間以内に次話投稿予定です。
よろしくお願いします。
──
誤字報告お礼
『佐藤東沙』さん
『めんたいこポカリ』さん
『kuzuchi』さん
『画戯丸』さん
ありがとうございます。