今日も今日とて占い師はがんばります   作:風梨

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約5000字


修行

 

 

 

 ビスケとの猛特訓が始まった。

 その間、ヴィーちゃんの使用は禁止された。

 睡眠時間は1日30分足らず。

 その間にビスケの《魔法美容師(マジカルエステ)》で疲労を取って体調は万全になる。

 

 起きてはすぐに『練』と『纏』を始め、ビスケの用意が整い次第そのまま実践的な組み手に入る。

 より実践的な指導に切り替えて、手加減を止めたビスケの拳はものすごく痛い。

 しっかり『流』でガードしなければ10分と立っていられない程だった。

 加えてフェイントも織り交ぜてくるのを、《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》なしで読んで対処する必要がある。身体も脳も酷使し続ける過酷な特訓だった。

 

 フェイントに騙されて『流』で誤った場所をガードすれば、すかさず隙を突いて大ダメージを与えてくる。

 腹部に突き刺さって内臓を抉られる痛み。実践的かつ痛みこそあるが、行動に制限が掛からない絶妙なビスケの手加減は、文字通りの血反吐を吐いても特訓を止めずに続行してしまえるという荒技を可能にした。

 

 すぐに立ち上がらないと追撃が来るため、歯を食いしばって痛みに耐えて『堅』と『流』で防御を維持する。

 けれど、守りに徹し過ぎれば限界が早くなる。攻撃する素振りを見せなければ、あたしは程良いサンドバックと化す。──これは、実践形式である。守りに入った相手を警戒する意味がないと言わんばかりに猛打が浴びせられるのも当然と言えば当然。だから、あたしは無理矢理にでも攻撃する意志を見せ、ビスケを警戒させる必要がある。

 

 攻めれば攻めるほど楽になる。

 過酷な状況下では、楽な方に流されるのが人間というもので、ひとたび攻撃すれば楽になると身体は理解し、一歩を前に踏み出す癖が付いた。貪欲に無我夢中に、ギリギリを攻め続ける事をあたしは覚えた。

 

 少しでも楽をしたいがために、死ぬ気で攻める必要がある。まさに死中に活あり、だ。

 でも、鬼気迫る程の勢いで攻撃をしたとしても、実際に死ぬ訳にはいかない。ペース配分を間違えれば逆に限界に達するのを早める結果になって、そうなれば猛打を浴びるのは変わらない。失敗を繰り返しながら、頭で、身体で、最適解を更新していく。より効率的に、より強く、より死線を見極め、乗り越え、命を捨てながら命を拾い続ける。あたしの念能力を十全に活かすには、この泥臭い戦い方しかない。

 

 

 身体の各所の鈍痛、吐き気、酷使し過ぎた脳から生じる頭痛、ガス欠の身体、空腹、休まる暇もない精神的苦痛。

 集中力が持続困難な状況のあらゆる全てを内包して、その追い込みは続けられた。

 

 それでも、あたしが弱音を吐く事はなかった。

 もう以前の私とは違う。

 ビスケにそんな事で甘えていられないから。

 だから、文字通りの死ぬ気で、女の子としてはNGだけど。

 ──目からも口からも鼻からも、全身から体液という体液を垂れ流しながら、無理やりにでも食らいついた。

 

 

 

 朝も昼も夜もない。

 ただ只管(ひたすら)に殴り合う日々を何ヶ月も繰り返す。

 そして続ける事、3ヶ月。

 ようやく身体も慣れてキレを取り戻し始めた頃。

 

 メニューが変わる。

 苦痛に対する耐性が出来たため、より過酷なメニューへと変貌する。

 

 ヴィーちゃん使用許可を得た上で、本気(真)のビスケとの殴り合いが追加。

『余裕あるわね』と言われて肉体的な改造を求めた筋トレも追加。(ガチムチになることだけは断固拒否した)

 型の修練も加わった。

『もっと先目指せるでしょ、なーに死ななきゃいいのよさ』と言われた。

 

 さすがに限界を超えたので、両頬に手を当ててムンクの叫びと化しながらも、絶望する間も与えられず特訓は続けられる。

 一度足を止めてしまえば歩き出せないかもしれない。そう思うほどの過酷な特訓は、時折差し伸べられるビスケの掌に支えられながら、一度も立ち止まることはなかった。

 

 

 ──半年が経過した。

 過酷さと引き換えにしっかりと成果は現れる。

 

『練』『堅』『念能力』の持続時間だけではなく、『流』の正確さと速度が増す。体術、技量が目覚ましい進歩を遂げる。

 

 過酷な経験を経ることで研ぎ澄まされた精神から生まれる、密度が上がり充満度を増したオーラ。

 

 戦闘経験が増えた事で生まれた余裕。

 

 ヴィーちゃんをより深く使い続ける事で理解度が上がり、どう使えば良いかもわかるようになった。

 

 次第に本気(真)のビスケと殴り合い、楽しめる様にすらなる。

 

 そうして、半年が過ぎた。

 修行再開から、1年が経過しようとしていた。

 

 

 

 ──ビスケの、鍛え抜かれた本来の右拳が加速度的に迫ってくる。

 既にビスケは少女モードを解除しており、本来の凄まじいまでに鍛え抜かれた体躯を露わにしている。その姿はさながら筋肉の妖精、と言ったら殺されそうだけどそんな感じだ。

 

 そんなビスケが放つ凄まじい右拳を、完璧に見切った上で、避けた先に置かれた攻撃にも対処できるよう、体勢を調節しながらスレスレで回避する。

 目の前を空間を埋めるような豪腕が過ぎ去り、あたしの回避を読んだ末の追撃の膝蹴りに対して『流』で集めたオーラを纏い、右肘でガードする。

 インパクトの瞬間。

 その瞬間から既にビスケの次の攻撃が始まっている。

 

 たった今受けたビスケの膝蹴りが伸びて、爪先を用いての2段蹴りがあたしの頭部目掛けて繰り出される。

 

 その爪先に集まったオーラ。

 凄まじいポテンシャルだった。

 

 キィンと甲高い音が鳴るほどに圧縮されたオーラを纏っているその攻撃はあたしの通常防御力ではガードし切れない。

 

『堅』でガードしても当たれば頭蓋骨の上半分が消し飛ぶレベルの攻撃。

 誓約で『硬』でのガードは出来ない。

 牽制として、オーラの薄くなった箇所を攻撃するには一手遅い。

 

 通常なら詰みに近いその攻撃も、しかしこの1年間で生存能力に特化したあたしには届き得ない。

 

 詰みに近い状況になると同時。

 ──出来る。

 何かが囁いた。

 

 圧縮された時間の中。

 意識が、ビスケの攻撃を防ぐため右手に類稀な速度でオーラが集中した事を知覚する。

 もはや反射的ですらあったオーラの攻防力移動。そして防げるという絶対的な確信。あえて《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》はまだ使わない。ビスケと同等のポテンシャルを秘めたオーラで右手の甲を覆い、そしてあたしの手と、ビスケの爪先が鬩ぎ合う。

 ギャリギャリギャリと甲高く体術とは思えないような衝撃音。

 しかし、あたしにダメージはない。ビスケの攻撃を完璧に防ぎ切る。戦闘中には滅多に表情を動かさない筈のビスケが、僅かに瞠目したのを目端に捉えて、あたしは会心の出来にニヤリと笑った。

 

 ビスケのテンポを狂わせた。

 一切の迷いなく致命の攻撃を防ぎ切ったあたしが、今度は攻撃を仕掛ける番だ。

 

 

 ビスケの今までの攻撃内容を端的に言えば、初手右手、次手左足を使っている。それだけ動けば、ビスケの体勢は半ば崩れて安定していない。

 既に攻撃を終えた右手ではあったが、位置が中途半端だ。

 左足で蹴った影響でかなり後方にまで引き込んで、ビスケの取れる防御の選択肢が狭まっている。

 

 つまり、隙がある。

 

 

 その中での最適解は数十通り。

 お互いの意識、タイミング、使う手足、配分するオーラ量。

 様々な要因で確率が1000分の1秒単位よりも微細に変動する。

 

 その中から、あたしが選び取るのは最も勝率が高い手──ではなく、最もリスクの少ない手。

 

 確かに、あたしは短期的な結果は出づらい。長期戦に照準を合わせている。それは否定しない。

 望み得る攻撃手段は乏しく、数手で詰みまで持っていける必殺技はない。

 けれど、それは無力である事を意味しない。緻密に組み立てられた戦術は、時に平凡な一手を最高の一手に変貌させる事が出来るのだから。

 

 

 ほぼ完璧と太鼓判を押される型を用いる。小さな隙を、大きな隙に変貌させるべく、あたしは次々とビスケの隙を突く。

 ビスケが左足を引き戻す間にですら、数十の打撃が応酬される。

 ()()()る。

 ビスケの思考の外を探す。

 

 僅かでも体勢の偏り、型の偏りを見つけて効果的な手を模索する。ビスケの予想の上を行く事が勝利の秘訣であると、あたしは知っている。

 そして積み重ねた打撃の最終的な帰結として、ビスケの頬に痛烈な一撃が入る。

 

 ──交わる視線。

 やるじゃないかと言うように、ビスケの瞳には光がある。

 数手前からこの状況を予期していたのだろう。ビスケの頬には打撃痕と、そして笑みがあった。

 成長を喜ぶような、強敵と戦う事を楽しむような、笑みがあった。それはあたしにとって何よりの賛辞となる。

 

 だから、という訳ではないが、あたしはここで切り札を使った。

『練習』はここまで。

 ここからが本番。

 

 

 

 あたしが覚悟を決めるのと同時。

 予知で察していたヴィーちゃんが能力を発動させる。

 

 あたしのオーラが自動的に動き、手足も私の意思を無視して操作される。

 ──《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)

 

 意識をヴィーちゃんと可能な限り同調させ、無意識に動く手足を自分が動かしているかの如く錯覚する心地に陥る。

 オーラが増し、二段階加速する体術のキレとオーラの速度。

 この時のあたしは超一流のレベルに片足だけ入れた状態になる。

 

 さすがのビスケも本気の本気になる。

 先ほどのあたしなら十数手で詰むレベルの攻撃を応酬し、加速度的にオーラが減少していくのを感じる。

 圧縮された時間の中で、このレベルに到達するために、貪欲にこのレベルの戦闘感覚を吸収する。

 ヴィーちゃんに操作出来る事はあたしでも可能という事。

 出来る。絶対に。身に刻み込むように意識を巡らせ続ける。

 

 そのまま約1()()()()にオーラ切れとなるまで特訓は続いた。

 

 

 

 

 

「──大したもんだわさ」

 

 子供の姿に戻ったビスケが何とも呆れたような表情で続ける。

 さすがに食事をしないと身体が持たないので、お互いにスプーンを動かしながらのお喋りだ。今日のメニューはカレーである、うまし。

 

「まさか目標の30分を超えて1時間以上の維持が出来るようになるなんてね。良い事なのは間違い無いけど、予想外もいいとこだわさ」

 

『練』の鍛錬が実を結んだ事。

 そして、念能力の練度が上昇することで、私は()なくても良い情報を遮断する感覚を覚えた。

 それがオーラの消費量に対して良い方向に作用した可能性が高い、とビスケは結論付けた。

 例えるなら、今までの私は膨大な数のモニターで未来を見ていたが、その中の必要ないモニターの電源を切って節電しているような、そんなイメージ。

 

 

「──で。あんたの《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》ってどんなだっけ」

 

「えーっと、こんな感じ」

 

 そう言いながら、『ブループラネット』を取ったときに同時進行で作った念能力をあたしはビスケに説明する。

 

天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)

 防御よりも攻撃に重きを置いた能力。

 自身の分体である『念獣』は常時予知、占いをしているため、自分がその結果に身を任せ、最適解の操作を受け入れる事で発動する。

天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》と併用必須。この能力単体での使用不可。

 

 制約(《天使の自動迎撃(ラブリーゴーストカウンター)》とほぼ同等)

 一度発動した場合、自分の意思で解除はできない。

 ただ判断基準は全て『念獣』であるため、解除基準はネオン自身にもよくわかっていない。(ネオンの意思で解除不可であるため、念獣が基準を教えてくれることはない)

 

 一度発動した場合、次に発動させるには発動時間の44倍のクールタイムが必要となる。(防御能力と併用必須のため使用時は必ず88倍となる)

 これは発動が終了した時から計算が開始される。

 ──────

 

「うん、だったわねぇ。──で、その念能力だけど、発動させた途端にオーラ量増えてるのよね。……なんで?」

 

 言われてみると、初めて使った時もオーラが増えてる感覚があったような気がする。

 ……なんでだろ? 

 ビスケと同じように首を捻ったあたしだった。

 

「推測になるけど、ヴィーちゃんのオーラが逆流してるって事はない? 常に予知してるって誓約で軽減された余剰分以上にオーラを吸ってて、それが能力発動と同時に還元されてるとか。そうでもないとあのオーラ量は説明がつかないわさ」

 

 そう言われると確かにと思う部分がある。

 

「それよか、あんたね。最初にあたしが爪先で蹴り入れようとした時あったでしょ。あの時は本気で焦ったわさ。《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》を使わせるつもりで致死レベルの攻撃したのに、使わなかったわね? あれなんでなの?」

 

「あれは防げるってなんか分かったんだよね。ピーンと来たというか。《天使の自動操作(ラブリーゴーストライダー)》を使わなくても防げるなって確信できたというか……、そんな感じ? それならまだ使わなくても良いかなって」

 

「……あきれた。あたしがあのレベルでオーラを集中させられたのはいつだったかしらね……。ほんと、末恐ろしい子だわさ」

 

「えへへ」

 

「さ、食べて休んだら再開するわよ。オーラ切れてるでしょーから、10分だけ休憩。その後すぐ『練』と『纏』! ほら、さっさと食べる!」

 大急ぎでご飯を掻き込み横になる。

 ビスケがすぐに横に来て《魔法美容師(マジカルエステ)》を使ってくれてオーラが回復したので、言われた通り特訓を再開した。

 目標は達成したが、1分、1秒でも長ければ長いほど良い。

 なので必死に特訓を続ける。

 

 原作開始まで、残り数ヶ月。

 

 

 それは、突然だった。

 

 

 

「──おう、ビスケットってのはどっちだ?」

 

 ターバンを巻いた、ズボラそうな見た目の男がやってきたのは。

 





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