ダンジョンに行く前の準備、この街に来て冒険者を始めて数日、僕はある神さまに呼び止められた。その名はミアハ様、神様の友神らしくその上とても人当たりのいいさわやかなイケメンである。街ですれ違っては、いつも僕にポーションをおすそ分けしてくれて、そんな神さまがいるから僕はずっとミアハの薬舗をひいきにしている。
他にも探せば安い店もあるだろうけど、いつも良くしてくれるからこそ、礼には礼を尽くして通わなければいけない。
店に行けば、そこではまたもミアハ様がいて、あの屈託のない笑顔で僕に優しく接してくる。良い隣人を持つこと、ミアハ様の口癖だけど、本当にそう思う。
良い隣人、人との縁をつなぐことは大事。
だから、この人とも、僕は
「……いらっしゃい、ベル」
力の無い、ふわりとした印象の声。戸を開け、カランと鈴がなると。奥からその人は姿を現した。
「はい、ナァーザさん」
出迎えてくれるのはおっとりとした犬耳、シアンの女性。名をナァーザ・エリスイス。ミアハファミリア唯一の団員で、本人曰くこの店の看板娘とか
いつも眠そうな顔で、けど柔らかい印象とは逆に中身はしっかりしていて。主にその点は
「……あの」
「ん、どうしたかな」
「これ、ポーション頼んだのに……一瓶だけ色が」
「うん、さすがよく気が付いたね。ハイポーション、今朝作ったばっかり、鮮度は良いよ保証する」
野菜や魚じゃないのだから、鮮度もなにもないはずでは
「いらない?でも必要だよ。前にも助かったんでしょ、なら一つや二つは持っておかないと」
前にシルバーバックに襲われた時のことを言っているのだろうか
「……えっと、でも今日は本当にポーションだけで」
「じゃあ、今なら3割引き。ハイポーション一つが3割引き、これはお得」
「あ、それなら買えて……いや、でも無駄遣いは」
「無駄じゃない。ベルは、頑張ってる。頑張るベルにはこれが必要。ね、助けると思って、勝ってくれたらこれからもサービスするから」
「……」
駄目だ駄目だとはわかっている。でも、この独特なトーンで畳みかけられて、その上時たまに視線を合わせてこちらを焦らしてくるのだから
「……ッ」
……すっ
「毎度あり、良い買い物したよ。」
「うぅ……はい、ありがとうございます」
買ってしまう。言いくるめられている自覚はあるけど、結局は買ってしまう
「うん、これで売れ残りは消化……ベル、ちょっとおいで」
「え、さっき今朝作ったって……って、あの」
カウンターから身を乗り出し、そのまま僕の肩を掴み、首まで手を回し、引き寄せられて
「そ、もっとこっち。カウンターに、頭下げて……よし」
……ふわ、くしゃ
「!」
髪に触れる五指の感触。側頭部を支え、上から後頭部をゆっくりと撫でる手つき
そう、撫でられているカウンターの上で前のめりになって、僕はナァーザさんにされるがままだ。この態勢、何がまずいかというと、顔が、額のすぐそばにナァーザさんのあれが
……ナァーザさん、着やせするんだ
「……見てる、エッチ」
「うぅ」
「そっちは別料金だよ。ほら、目をつぶって、ちゃんと集中して」
……くしゃ、かりかり……ぞぞ、さわ
慣れた行為、ナァーザさんは撫でるのが旨い。だから、あれ……どうして、いつも
「15、14、13………三割引きだから、今日は30秒……言ったでしょ、サービスだよ」
「……それは、あぁ……ぅ」
「はいはい、抵抗しないで……お姉さんに身をゆだねて……うん、もう少し触ってあげる。人目も無いしね」
「……ッ」
固定される頭。決して力は込められていないのに、ただ撫でられているだけで肉体は素直に、与えられる安心感に喜んでしまう。
動かない、音だけが響く。自分の髪がこすれてさらつく音が、ナァーザさんの手のひらの感触が
「……なぁーざ、さん」
「はい、これで終わり」
「……へ」
離れる手、頭に残る感覚がわびしく感じる。
「ベル、もう終わり……甘えん坊は可愛いけど、しっかりもしないとダメだよ」
「え、あの……あぁ、すみません」
恥じらい、顔が染まる。そんな姿をナァーザさんは楽し気に見て小さく口角を上げる。
「ベルは可愛いね」
「な、ナァーザさん」
可愛がられて、結局はからかわれる。優しいようで、おっとりしているようで抜け目がない。侮れない人、それがナァーザさんだ
「無くなったら、また買いに来ておいで……ベルの嬉しいサービス、欲しいなら考えてあげてもいいよ」
「……でも、また色々と買わされるんですね」
これまでも、そしてこれからも、恐らくは良いように振り回されているのだろうけど、それでも変えようがないのはこの人がすごく僕の壺を、御し方を心得ているからだろう。
「今まで、それで後悔したことあるのかな?……ほら、撫でられてるときはじっとして、静かに…………ベルは、いい子いい子されるのは嫌いなのかな?」
「……」
「ほら、やっぱり素直ないい子。また来てね、待ってるから」
「……はい」
買ったポーションをホルダーにしまい、僕は深々と礼を下げた。
店を去る。色々あるけど、これからも付き合いは続くし、なら割り切って楽しみにしても、罰は渡らないはずだ
〇
中層の激動的な事件、無事帰還を果たして数日
僕は、再びナァーザさんと会った。いや、正確には呼び出されたのだ。
「!」
いた、待ち合わせの場所。手紙に記された場所、時計塔がある小さな広場。そこのベンチでナァーザさんはいた。
いつもと変わらず、対照的な袖のローブを纏った姿。僕の姿を見ると、柔らかく微笑み軽く手を振る。余裕のあるお姉さんの出で立ち、綺麗な容姿に心がドキッとなって、少し震えた。
「ベル、お帰り」
「え、あぁ……はい、そうですね。ただいま、ですね」
地上に戻ってから会うのは初。傍まで近づくと、横に座りなさいと手で招く。
「……ぁ、えっと」
「ベル、それじゃだめ」
「?」
「ほら、ここ」
「へ……アッ」
肩を引き寄せられて、そのまま膝の上に後頭部を預けて仰向けに。下から見上げるのはナァーザさんの尊顔……あとは、あまり注視してはいけない箇所だ。
……ナァーザさん、すごく大きい
いつも分厚く着重ねしたコーデの為、あまりその全容を知る由が無かった、ざっくりと大きい事実だけは理解できた。でも、今の服は半袖のシャツで、生地は胸の膨らみを押さえつけはしない。膨らみは布を持ち上げて、下から見上げればそのボリューム感は一目瞭然だ
「あの、これは」
「膝枕、嫌い?」
「いえ、嫌いじゃ……でもなんで」
「……なんで、かな」
こっちの疑問も、ナァーザさんはいつもの調子で受け流すだけ。淡く笑みを浮かべて、静かに、そっとやさしく触れるだけ。
前髪を軽く払い、そのままの手で僕の顔に触る。手の平が頬を撫で、指先が首をさわさわとくすぐる。
「ベル、恥ずかしいの?」
「……だって、こんなこと」
「いいの、何も気にしないでいい。ここ、あまり人は来ないし、それに見られても別に変じゃない。仲のいい姉弟がいるって思われるぐらい」
「それは……それで普通に恥ずかしい気が」
「……なら、止めようか」
「それは……その」
「冗談、止めないよ。それに、私だって止めたくない」
恩返し、しきれてないから……と
「ベル、騙してたこと、本当にごめん」
「それは……もう、気にしないでください。もう、終わったことですし……それに、ナァーザさんにも事情が……って、あの、聞いてます?」
顔を触られている。手袋をした手で、頬や首回り、額に鼻と、表情をぐにぐにと弄るようにナァーザさんは触れてくる。
「うん、聞いてる」
「あ、そこ……ナァーザさん」
「……でも、償いは止めない。中層のことを聞いて、やっぱりベルにしたこと、私はいけないって考えたから。」
「そんな……別に」
気にしなくていい、ナァーザさんが過去にしでかしたことはもう気にもとどめていない。水増しの件は確かに悪いことだけど、でもその件は既に終わったことだ。
ナァーザさんとの関係、これからも良い隣人でいたいと思うのは僕の本心だ。だから
「なんで、ナァーザさんはもう十分に」
「謝った……うん、そうだよね。でも、これはちょっと違う。」
「へ……あっ」
ナァーザさんの顔が降りる。胸を押さえて、顔を見せて視線を合わせる。
「ねぎらいたいから……それじゃあ、ダメなの?」
「!」
「私は、手を貸せなかった。ダンジョンに潜れないから、ベルを迎えに行くことができなかった……救出隊に加われなかったこと、今も後悔してる。」
「……それは、でも」
「できないから仕方ない、そう諦めるのは嫌。君を騙した私を、ベルは許してくれたから、それはとても返しきれない恩。だから、この恩は返さないと」
……する、くしゅ
「ぁ……ナァーザさん」
撫でる手つきが変わった。膝に寝かして、胸をポンポンと叩いてくれながら、空いた手は髪を掻き分け頭皮をこする。義手の手で頭を撫でて、作り物とは思えないぐらいに撫でる手つきは優しく穏やかに、だから力が抜けてしまう。ナァーザさんの手の優しさを感じながら、次第に体は力が抜けて、淡く眠気すら起こってくる。
「?」
……なんだろう、甘い匂い……ナァーザさんから
「気にしないでいい、リラックスできる効能の香水だから。ほら、もっと体重を預けて。力を抜いて」
「……はい」
「頑張った……ベルは、いっぱい頑張った」
繰り返す言葉、流し目の優しいまなざしで僕に微笑んで、甘い言葉を上から振りまく。
「ちゃんと、帰ってきてくれた。ベルは、すごく頑張った。それは褒められること、ベルはすごく偉い、よくできました。だから…………ベルは、いい子」
甘く優しい言葉が降ってくる。吐息の音を交えて、優しく耳に降りてくるのだ。ナァーザさんの声、いつものスローで落ち着いた甘い声
僕の頭を撫でて、その上で優しく囁いてくれたナァーザさんの声
「……ッ」
「寝返り、もう少しこっちに……そう」
引き寄せられる。体を横に、僕は何か柔らかくて暖かい布に顔をうずめた。
おそらく、ナァーザさんが来ていた服。毛布に顔をうずめたように、心地い気分に体が変わっていく。
……ナァーザさん
体を右向きに、僕は今ナァーザさんのお腹に顔を向けている。ナァーザさんのお腹に顔をうずめて、狭く暗い空間で息を静かに繰り返す。
頭の横には柔らかい感触。ナァーザさんが今どんな態勢で、その上僕の頭を抱えていることで、どんな姿をしているか。しかとそれを理解した。
「ベルが、いつも見てたから」
「……」
「よく頑張ったね……だから、目いっぱいサービス。騙しなんて欠片もない、100%ほんとの気持ちだから……安心、してね」
「……ぁ、んん」
「いいよ、眠くなったなら寝ていいから……お姉さんの柔らかいサービス、遠慮しないで、貰って欲しいから」
「……ふぁ、ん……ぁぃ」
「うん、素直だね……ベルは甘えん坊だね。だから、いい子だね」
吐息混じる、優しい囁き。考えは虚ろに、何もしなくなくなって……心が、溶けて
……もう、ダメ
「……すぅ」
「ふふ、寝ちゃった」
〇
その後も、ナァーザさんは僕との日々は依然変わらず、ミアハ様の言葉を借りるなら、それは良き隣人というべき関係が続いている。
道具を売る側と買う側、だけどそこにほんの少し特別なふれあい。子ども扱い、甘やかされ、きっと他人から見られれば情けないと謗られるのだろう。でも、それをわかっていてなお僕は拒めない。拒みたくない。
照れくさくて、人には言えない恥ずかしい秘密。ミアハ様も知らない、僕とナァーザさんのちょっとした秘密の関係
ナァーザさんは良いものをお持ちで、ケヒトの湯の話で見せた姿はとてもたわわ、公式から提供はありがたい。
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