【悲報】気がつけば目の前に知らない遺跡があるんですが…【なにこれ】 作:絆蛙
あ、ちなみに深夜テンションで書いちゃったんでふざけたことをお許しください。前回汚くなったのも同じ理由でした。今回は健全です。
次の日。
紡絆の傷はだいぶ良くなったのか包帯は取れており、腹部以外は完治していた。
元々前日でかなり回復していたので、一応付けていただけだ。
それがもう包帯を取っていいレベルまでになり、見たら怪我もなかったから取ったのだろう。
というより、腹部以外は正直軽傷だった。
だからこそ重傷だった腹部はまだ流石に再生に時間はかかっているものの、激しく動く運動系など許可された紡絆はそれはもうハイテンションだ。
「完・全・復・活ッ!」
「よかったね〜」
「おめでとう、紡絆くん」
「まだ完治したわけじゃないんだから、無理は程々にしなさいよ?」
「でも本当によかったですね」
勝手に治ったような発言をしたが、風に指摘されて目を逸らした紡絆が居たものの、みんなにお礼を言ってからひとつ咳払い。
「よし、それで今日の勇者部の活動は---」
「ちょ、ちょっとそれ私の仕事なんだけど!? まさかの乗っ取り!? 反乱分子め!」
「ふはは! 何も言わない風先輩が悪い! よって今日の仕事は貰ったッ!」
「ええい、させるか! 私の女子力を味わえぇ!」
「甘い! 牛鬼シールド!」
普通は部長がやるはずの部活を始める号令しようとしたところで、風が止めに入る。
悪役ムーブし出した紡絆に女子力という名の物理を始めた風だが、紡絆は両手で抱えた牛鬼を使いながら捌く。
上手く捌けているその姿は、まさしくウルトラマンとして戦ったお陰だろう。技術の無駄遣いともいう。
「最初に比べてもうないねー」
「えぇ、ここまで減ると問題なさそうね」
二人が攻防し続けているのを放っておき、友奈と東郷、樹は三人で集まって依頼書の確認などしていた。
以前まで強化月間だったのもあり、飼い猫探しは新しくきた片手で数えれる程度の数件くらいだ。
「他の依頼はまだまだありますからね……私も頑張ります!」
樹は両手ガッツポーズを胸元で作りながらそう言い、友奈と東郷は笑顔で頷いた。
「あ、そういえばあたし職員室に行かなくちゃ行けないのよね。忘れていたわ」
「そ、そうですか。じゃ早くやめましょう」
そう言ったのは、身動き一つ取れなくなった紡絆である。
流石に牛鬼を持ちながらだと両手が塞がってるからか、今にもやられそうな紡絆はすぐさまやめる提案をする。
足を動かせばいいのではという話もあるかもしれないが、今の状況は風が紡絆に跨った状態で悪人顔だ。
今にも擽るために両手を近づけていたところだったのである。
明らかに紡絆の敗北だが、むしろ牛鬼を両手で抱えながら決して落とさないように捌いていた紡絆は奮闘した方だろう。何気に自身の手を食らう精霊すら大切に扱う彼の優しさが裏目に出ていた、とも言えるが。
「まぁ、今回ばかりは勘弁してあげるわ。自身の幸運に感謝しなさい」
「くっ……重い」
「あ゛あ゛ん゛っ゛!?」
強キャラのようなセリフを吐いた風だったが、何も言わなければ無事に解放されていた紡絆。
だが、跨がっている風が聞けば……というか間違いなく女子にとっての禁句と思っていいことを言ってしまい、風からドスの効いた声が発せられた。
「あ、いや冗談です女子力が重たいという意味で決して風先輩が色んな意味で重たいわけじゃというかそれはうどん食べすぎるからなのでは---あぎゃあああああああぁぁ!?」
しかも最後の最後で普通に冗談ということにしておけば良かったはずなのに紡絆は自ら自滅し、半ギレした風は擽りではなく頭をグリグリして紡絆は力尽きた。
やはり勇者部の部長には敵わないらしい。
風は不機嫌そうにしながら、鼻で笑った。
「ふんっ。自業自得よ」
「ご、ごめんなさい……いやほんと、風先輩は綺麗でスタイルも良くて素敵だと思います……」
「や、やっぱりそう見える? まったく、最初からそう言いなさいよ素直じゃないわね〜」
風は不機嫌だったはずが、一転して頬を赤めながら機嫌が良くなる。
勇者部の部長はちょろかった。
「友奈ー、東郷ー、樹ー。このバカが何かしないように監視しておいて。あたしはちょっと先生に頼まれてるから」
「うん、分かった。頑張ってね、お姉ちゃん」
「はーい!」
「お任せ下さい風先輩」
頼れる勇者部のメンバーを見ながら、風は部室から出ていく。
今の発言の中で、誰も紡絆を擁護しなかったのは彼の栄誉のために気のせいだと思っておいた方がいいかもしれない。
「よっ、と。クソっ! 両手さえ……使えればッ!」
手を使うことなく起き上がるという手を使わない跳ね起きは一般人からすると難しいのだが、あっさりと行った紡絆は電気ネズミのように肩に牛鬼を置き、友奈たちに合流する。
一応言っておくと、牛鬼は彼の精霊ではないし前提として持っていない。
それに本来は精霊とは勇者適正もない一般人には見えない存在である。
まぁ、言わずもがな彼も一般人ではないのだが。
「今日はどうする?」
「やはりここは俺がえr---」
「紡絆くんが選ぶとほとんど自分だけにしそうだからダメよ」
「なんでバレてるんだ……」
友奈が聞いたのは、どんな依頼にするか、だろう。
流石にやりたくても全て出来るわけではないので、少しずつしか出来ない。
だからこそ紡絆が選ぼうと言おうとしたのだが、残念ながら東郷の言葉が的を得てていたようで拒否された。
若干気を落とした紡絆だが、そこで樹が何処かそわそわしていることに気づいた。
「樹ちゃん。と……どうしたんだ?」
「何かあったの?」
様子が可笑しいことに一番早く気づいた紡絆が聞くと、友奈や東郷も気づいたようで優しげな視線を送りながら、心配するような様子を見せている。
「えっと……その、実は皆さんに相談したいことがあるんです」
「このタイミングってことは、風先輩に聞かれたくないこと? 予想するなら……彼氏? 彼氏!?」
わざわざ風が居なくなったタイミングで聞いたことから紡絆は予想を立てようとするが、
紡絆はそんな発想に至ることはなかったため、驚いたのである。
「え!? 樹ちゃんに彼氏!?」
「なるほど……どうやって秘密にするか考えてるのね? 確かに姉である風先輩からすると黙っていられない案件---」
「ち、違います違います! もう、紡絆先輩も変なこと言わないでください!」
「い、いやごめん……」
全員が誤解しかけていたが、慌てて否定する樹の言葉に完全に誤解されることはなかった。
しかし紡絆も紡絆である意味被害者なのだが、この場では紡絆が悪いようにしか見えない。
「そうなんだ。驚いたよ〜」
「……それどころか全くそんな影すらありませんから」
「だ、大丈夫よ樹ちゃん。私たちにもいないから……」
「ちょ、あの……マジでごめんなさい!」
何故かダメージを負い出したのを見て紡絆が逆に慌てる。
唯一の救いは目を丸くしながらこてんと首を傾げる友奈くらいだろうか。
(というか、俺と違ってみんな容姿が良いからモテると思うけどなー性格も良いし)
自身のことを棚にあげている紡絆だが、実際に勇者部は総じて容姿も良ければ性格も良い。
なぜモテないのか謎なくらいだが、きっと彼女たちのようなボランティア精神を持つ人たちは近寄り難いのかもしれない。
「そ、それで樹ちゃん。本当の相談はなんだ?」
「そ、そうでしたっ。実はお姉ちゃんの誕生日が過ぎちゃってて、まだ何も出来てないんです……!」
「「「あっ……そうだった(じゃん)!」」」
樹に言われ、全員が気づく。
風の誕生日は、5月1日の日曜日。
そして今日は木曜日の5月5日。4月は31日がないことから、4日も過ぎてしまっていた。
「あれ、でもいつの間にそんな時期に? 俺、まだ4月27日だと思ってたんだけど」
「そ、それは紡絆先輩は……大怪我してましたから」
「あぁ、だからふとした時の日付感覚が可笑しいわけだ」
納得、というように頷く紡絆だが、彼はビーストと闇の巨人、バーテックスとの激闘後五日間眠ったままだった人間だ。
なのだから、感覚的にまだまだと思っていたのだろう。仮に無事だったなら、気づいていたかもしれないが。
「で、でもそれなら、ちょっと遅めのお誕生日会開こうよ! お祝いされるのとされないのじゃ違うと思うし!」
「そうね。風先輩って自分のことになると消極的になること失念していたわ……でも、短期間で何のプレゼントを用意するか……」
「え、女子力しかなくない? 俺、風先輩が好きそうなものとかうどんと女子力しか思いつかないんだけど……樹ちゃんは何か分かる?」
「え、あ……それとなく聞いてみたんですけど、何もいらないと……」
「まったく、言ってくれたら祝ったのにさ。いや俺が眠ってたせいだろうけど、それでも自分のことを大切にしろよあの人」
気がつけば話が進んでおり、樹は混乱しながら答える。
しかし紡絆の発言を聞いた瞬間、紡絆にみんなの視線が集まった。
思わずきょとんとする紡絆だが、間違いなくブーメランであり、何気に紡絆が眠っていたせいというのは正解だったりもする。
「と、というか、皆さんもお祝いしてくれるんですか? 過ぎちゃってますけど、本当はプレゼントの相談をしようかと……」
話題を切り替えるように、樹はただ疑問をぶつける。
どうやら本当は風の誕生日会のことではなく、誕生日プレゼントについて相談したかったらしい。
それだというのにいつの間にかみんなで祝うような空気になっており、その答えは---
「当たり前だろ? 風先輩には……何度かKOされてるけどお世話になってるし、大切な仲間だ! 祝うことは普通!」
「うんうん、私たちも風先輩には感謝してるからね! 風先輩が勇者部を作ってくれたから今があるんだし!」
「その通り。だから私たちもお祝いするわ。水臭いじゃない」
「皆さん……」
紡絆に関しては自業自得なものの、彼や彼女たちが大切に思っている気持ちに嘘はない。
母や父がなくなってからはずっと一人で祝ってきた樹は、いつの間にか姉の周りには大事に想ってくれる人が自分を抜いて少なくとも三人は居るんだと思うと感慨深くなる。
「ほら、樹ちゃんも一緒に考えよう!」
「……っ。 はいっ!」
友奈が樹を誘い、紡絆と東郷は既に話し合っている。
その姿を嬉しく思いながら、樹も参戦することにした。
「まぁ、プレゼントは後回しにしよう。飾り付けもあるが、少なくともケーキ班とうどん班でまず分かれるべきだな……」
「そうね……うどんは私がやってみる。風先輩のうどんに対する気持ち、私も分かるもの」
「はいはーい! じゃあ私は東郷さんを手伝うよ!」
「お、じゃあ俺と樹ちゃんでケーキか。頑張ろうな!」
「が、頑張ります!」
予想出来た組み合わせだったからか、特に紡絆は異論を立てることは無かった。
あっさりと役割を決め、飾り付けなども次々と決めていく。
さらに遅れてしまう形になるが、二日後---土曜日に開く予定となった。
そうなるとハードなスケジュールになるが、全力で挑む意欲らしい。
樹は家が同じなのでバレないよう、飾り付けに使うものは紡絆と友奈と東郷が家で作成することに。
会場は紡絆や友奈は普通の一軒家なので、東郷の家ですることに。
問題はプレゼントだが、それぞれ課題として考えることとなり、今日は午後で活動が終わることから今日から計画に入ることにした。
しかし---紡絆は知らなかった。
その選択を取ったことが、修羅への道を一文無しで進むほどに酷く険しい道のりだということを。
そう、この時の彼は先に待つ未来がどんなのか知ることなく、無邪気に気合いを入れていたのである---。
そして午後。
継受と書かれた家の前には、大量の荷物を持った樹が家の前で硬直していた。
樹が紡絆の家の前には居るのは、ケーキを作るための練習だ。お店で買うならばすぐだが、生地から作るつもりなのである。
紡絆は失敗してもいいように用意しておく、とは言ったものの、樹も樹で家から使えるものを
そんな彼女が何故家に入ることなく、インターホンを押さないのか? というと--
(お、男の人の家って初めて……。き、緊張する……)
ただ単に、緊張しているだけだ。
おとなしく、気弱で引っ込み思案の彼女は一つ先輩で異性の家と知ると、おろおろとしてしまっていた。
(で、でも頑張らないと! お姉ちゃんの誕生日会をみんなしてくれるのに、私だけ何もしないなんて出来ないし……)
「樹ちゃん?」
「あひゃあ!?」
なんて考えていると、後ろから声が聞こえてビクッと体が跳ねた樹は慌てて背後を見る。
そこには紡絆が申し訳なさそうにしていた。
「な、何かごめん」
「つ、つつ紡絆先輩!? ど、どうして後ろに……」
家に居ると思っていたのに、気づけば後ろにいた。こればかりは驚いた樹は悪くないだろう。
「帰ってきてすぐ買ったつもりだったんだけど材料ちょっと忘れてて、それの買い足しかな。
あ、もしかして待たせた? 一応スマホで留守にするとは送ったんだけど……」
ふと視線を変えると紡絆は片手に荷物を持っている。
袋は明らかにコンビニのマークが描かれているので、コンビニで買ってきたのかもしれない。
紡絆に言われた樹はすぐに携帯を取り出して確認しようとするが、片手持ちすると重くて、確認しようにもできなかった。
「あーごめん。嫌だったらあれだけど、ほら、貸して」
「あっ……ありがとうございます」
その事に気づいたのか定かではないが、重そうな荷物だと思ったのか紡絆が代わりにそっと持つと、樹はお礼を言いながらスマホを取り出して確認。
しっかりと『買い足しに出掛けていて今は家に居ないけど、開いてるから入って待っていて』とあった。
「本当だ……か、確認してなくて」
「いいよいいよ! それより入っていいから。疲れただろ?」
紡絆は気にした様子がないまま、遠慮がちの樹にそう言う。
鍵を開けた状態で出掛けたのは不用心だが、もし来てたら外で待たせることになるからだろう。
樹は自身の荷物を持たせたままだと思い出すと家に入った紡絆に慌てて着いていく。
紡絆の家の中は正直言って男性にしては綺麗だ。
換気しているのかどの部屋のドアも開いていて、使ってないであろう部屋も使ってる部屋も
掃除をしなければ虫が生まれたりするからだろう。
一人しかない一軒家を一人で掃除して、勇者部の活動をして、お役目をして、家事をして、それは果たしてどれだけ苦労しているのだろうか。
少なくとも樹には姉が居て、家事は姉がやっている。その苦労は樹には分からなかった。
「荷物はここでいいか。結構距離もあっただろうし、樹ちゃんはソファーに座って休んでてくれ。飲み物持ってくる」
「あ、ありがとうございます。でも……」
「いやいや、後輩に来てもらって何のおもてなしをしないのは先輩として辛いから! 遠慮しないでって!」
そう言ってキッチンの方へ向かう姿を見届けた樹は言われた通りにおずおずとリビングのソファーへ座る。
手持ち無沙汰になった樹は失礼かもしれないが、思わずリビングを見渡す。
しかし、趣味らしきものはない。せいぜい何の星かは分からないが綺麗な星が描かれているカレンダーや絵らしきものがあったり、写真があるくらいで物寂しいと言えば寂しい部屋だろう。
自身の部屋じゃなくてリビングだから、というのもあるだろうが、テレビやエアコンなどの生活用品くらいしか本当に見当たらないのである。
「あ……」
そうして見渡していると、唯一。
他も綺麗にされているが、何よりも綺麗で、とても大切に手入れされていると分かるものがあった。毎日してるのではないか、というくらいに。
それは、仏壇。
両親と一人の水色に近い青髪の女の子の写真があるもので、花とお供えの物がある。
それだけでどれだけ紡絆が大切にしているか、誰でもわかってしまう。
「お待たせー! ごめんごめん。大したものはなくて殺風景でさ」
明るい声が聞こえたかと思うと、見渡していたことがバレていたのか紡絆がそんなことを言う。
樹は行儀が悪かったかと恥じたが、紡絆の表情からして気にしていないのだろう。
「一応ゲームはあるけど、それくらいしかないかな。なんか気になるものとかあった?」
「えっと……」
どう口にするべきか、分からなかった。
果たして踏み込んでいいのか、聞いていいのか、と。
きょとんと首を傾げる紡絆だが、時々樹の視線が仏壇を見ていることに気づいて言いたいことを理解する。
「あー、樹ちゃんは全部は知らないんだっけ? 両親が居ないことは知ってると思うけど俺の両親は三ヶ月---もう四ヶ月かな? 中学一年の頃に亡くなってさ、あの女の子は俺の妹。小都音って言うんだけど、交通事故で亡くなったんだ」
そう語る紡絆は、
こればかりは友奈たちも知っている。近所なのだから、噂くらい簡単に飛び回るのだ。
だから勝手にバレるかもしれないから話したのだろう。しかし、その話はどうだろうか。
確かに樹や風は爆発事故で二年前に両親を喪った。
紡絆は四ヶ月前に交通事故で両親と妹を喪った。
似たようで、似ていない。風は樹がいる。樹には風がいる。例え両親を亡くしても、互いに支え合える家族という切れることの無い絆や遺伝子で結ばれた大切な存在が居た。
だが、紡絆にはもう---誰もいない。
全てを喪った者と、大切な者は残った者。
その違いは、とても大きい。樹にも両親が居ないため、姉がどれだけ自身のために頑張ってきてくれて、どれだけ大切にしてくれたか知っている。
目の前で見続けてきたからこそ、辛さを知っている。
もし自分が一人なら耐えられていただろうか? 生きていけただろうか? こんなふうに、笑顔で過ごせるだろうか?
そんな考えが樹には浮かぶが、間違いなく無理だったと即答した。
「もし生きてたら、樹ちゃんと同じ年齢だ。
同じクラスになって、仲良くなれてたかもなー。
ま、過ぎたことは言っても仕方がないし、樹ちゃんが気にすることじゃないって。
ほら風先輩にサプライズしたいんだろ? そんな顔じゃダメだ。明るく明るく!」
そして、今みたいに他人を気遣うことなんて、出来たのだろうか---。
話を聞いて暗い表情をする樹に紡絆は辛さを感じさせないほど明るく、笑顔で樹を励まそうとする。
辛いだろう。今も一人なのに。外を歩けば、嫌でも家族を見てしまうのに。部室でも姉妹という形で家族を見るのに。自身にはない宝の価値を、見出してしまうのに。
それでも彼は、一切辛い表情をすることはなかった。樹は知る由もないが、それは家族を喪った直後も。
「紡絆先輩は……どうして」
「んん?」
「その……お辛い、ですよね」
思わず出た言葉は、同情だろうか。
まだ大人にもなっていないのに孤独になった彼に対して、可哀想だと思って、憐れんで、不運を共感したからだろうか。
家族が一人でもいる樹の発言は、一種の嫌味として聞き取れるかもしれない。
普通の人なら余計なことだと、何が分かると言うかもしれない。
だが紡絆は何処か遠い目をして、申し訳ないような苦悩するような、自身を
「正直に言うとさ……俺って記憶がないわけだろ?
そりゃ、家族なんだと思うし小都音は俺を兄として慕ってくれた。
俺だって両親も小都音も大切だと思ってた。
でもさ、記憶が無いから分からないんだ。
本当の家族というのは、アルバムを見たら分かる。
でもどう接してきたのか、どんな性格なのか、過去の俺がどうだったのか、家族はどういった人物なのか、何をしていたのか、どれほど大切だったのか。色々と知らないからな。
こっちは知らないのに、相手はほとんど全て知ってる。だから申し訳ない気持ちもあったし、気まずい思いもあった。
……思い出を語られた時とか」
そうだった、と少し後悔する。
紡絆には記憶がない。それも、全ての記憶が。中学生に上がってからの記憶はあっても、小学校をどう過ごしたのか、その前はどう生きていたのか、家族とはどんな関係で、どんなふうに一緒に居たのか、紡絆はそれを全て知らないのだ。生きていた証の全てが、ないのだから。
きっと最初は他人も同然で、それでも接したのだろう。そして家族と徐々に打ち解けて、
例えそれが、過去の紡絆じゃなかったとしても。
記憶とは違ってたとしても、同じだったとしても、そうすることしか継受紡絆という存在は家族についての記憶がないせいでどうすることも出来ないのだから。
だから思い出など語られた時だって、申し訳ない気持ちもあったのだろう。
「確かに辛かったしショックでもあった。けど、記憶がなかった分、多少はマシだったし逆に思うんだ。
こんなふうに、誰かが俺みたいな辛い想いをするなら、防ぎたいなって。俺みたいな人は減らしたいなって。
元々記憶は無くても、家族を喪う前も人助けをするのは好きで、お礼を言われなくても喜ぶ姿を、笑顔さえ見れたらどうでも良かった人間なものでして……まぁ、そんな深く考えなくたっていいよ。
てか、樹ちゃんに暗い表情をさせたとバレたら俺が風先輩に殺られる!」
重すぎる過去、だと思う。
風や樹も、中々に重たいだろう。しかし記憶も無くして、家族も亡くして、頼れる人も居なくて、全てを失ってもなお、明るく前向きに、それでいて笑顔で他人を助けて、誰かを救える人物なんて早々居るだろうか。
同情する人は居るかもしれない。可哀想にと声を掛ける人も居るかもしれない。俺でも、私でも出来ると口にすることだけは出来る人もいるかもしれない。
ただそれは所詮は口だけ。そんな人間はごまんといる。心の底から願って、行動に移せる人間なんて、この世界にどれほどの少数なのだろう。
そして今も、樹を明るくさせようとする人物なんて居ないに違いない。
(本当に、どうしてこの人はそう居られるのだろう。どうして、他人に優しく居られるのだろう。
自分の方が辛いのに……それって、まるで優しく誰かを照らす
「うーん、うーん……」
俯きながら見つめる。
目の前の、自分自身のことじゃなくて、誰かのために悩みまくる一つ上の異性を。
(本当に、紡絆先輩は凄いなぁ。誰かに寄り添える……そんなこと、簡単じゃないのに)
それに比べて、自分はどうだろうか。いつも姉の後ろに隠れて、いつも頼って、苦手なことも多くて、ダメダメなところが多い。
唯一自信を持てるのは、タロット占いくらい。
勇者としての戦闘だって、はっきり言って姉や先輩たちに比べてまだまだ。ウルトラマンに変身した目の前の先輩に助けられている始末。
そう考えると、樹の心は何処か締め付けられる。
「や、やべぇ……殺される……! こんな話なんてしたらこうなることは予想出来たのでは……いやいやそう悲観するな俺! 大丈夫だ、バレなきゃ犯罪でも罪でもない」
(初めて会った時は元々誰かと話すのが苦手で、男の人というのもあったから緊張は酷かったけど、今は知ってる。
紡絆先輩の優しさも、気遣いも、誰かのために行動する姿も。
でもお姉ちゃんや友奈さん、東郷先輩と違って私はまだまだ知らないことはたくさんある。
だから紡絆先輩のこと、みんなのことも、もっともっと知りたいな……)
今まさに命の危機感を感じている紡絆の姿は樹には見えていない。
当の本人は彼女の姉にまたKOされる可能性を危惧して頭を抱えている。
(それに紡絆先輩はよく私のことに気づいて助けてくれるけど、頼ってばかり居られないよね。私も勇者になったんだし、力になりたいもん……!)
「えーと……ごめん、後で殴っていいからこれしか思いつかないっ!」
「ひゃん!?」
そんなことを考えていたら、樹はふと頭に心地よい感覚を感じて思わず悲鳴を挙げてしまう。
完全に目の前のことすら意識の外へ追いやっていた樹だったが、ようやく認識すると紡絆が何故か自身の頭を撫でている姿が見えた。
(え? ど、どうして私撫でられてるの?
もしかして何か話してたのかな……き、聞いてなかったよぉ〜…。
それに手を通して紡絆先輩の温もりを感じられて……撫で方も良くてクセになりそうだし……か、顔が綻んじゃう)
そっと樹の頭を優しく撫でる紡絆は、まるで兄が妹を慰めるような姿だ。
樹の心の中を知らない紡絆は撫で続けているが、風が居たら逆効果だということを自覚していないのだろうか。
樹は樹で、混乱しつつも俯くことで緩んでいる表情を隠すしか出来ない。
「元気出たか? 後輩が暗い顔してる姿なんて、見てられないからさ。せっかく可愛い顔してるんだから明るく行こう!」
「は、はい〜……っ」
悪意はない。
そう、紡絆に悪意は一切ないのだ。というか明らかに樹を後輩として見てるのでそんなふうに言ってるわけじゃないのだが、混乱してる樹には逆効果だ。
顔を赤くしたまま大人しくなり、俯いてるが何処か暗い様子はない。
なので、紡絆は安心しながら撫でるのをやめて手を離した。
「あっ……」
「さて、俺のせいで時間取っちゃったしケーキ作りそろそろやるか! 風先輩の顎を外すくらい驚くようなものを作ってやるっ!」
ただ一瞬。ほんの一瞬だけ手が離れた瞬間に名残惜しそうにしていた樹の姿を察知することなく、紡絆は本来の目的へ戻す。
わざわざ自身の過去を話すために集まったわけじゃないのだ。さらっと自身のせいにした紡絆だったが、その紡絆の言葉で樹も目的を思い出した。
---実はこのまま居た方が彼にとって幸せだったとは、分からなかっただろう。
場所は変わってキッチン。
エプロンを付けた男女、紡絆と樹はキッチンに立っていた。
「さて、東郷と友奈に負けていられない。風先輩って料理上手いんだよな?」
「そうなんです。お姉ちゃん、たくさん練習して……今ではとても美味しいんですよ」
「そっか……良い姉を持ったな」
「はい、自慢のお姉ちゃんです!」
誇らしげに、自信満々に言う樹の姿を温かい視線を向けながら紡絆は微笑すると、材料を用意する。
「ケーキは正直、時間がかかる。
スポンジから作るから……まずは型紙だな。
こっちはちょっと難しいから俺がやる。
樹ちゃんはそこのボウルで卵を……二個でいいかな。キツいと思ってハンドミキサー買っておいたからそれでかき混ぜてくれ」
「詳しいんですね……もしかして紡絆先輩って料理するんですか?」
「いや、まったく。小都音が基本的にしてたからな」
レシピ本もないのにケーキの作り方を知っているからか、樹が紡絆に質問するが、彼はしないらしい。
(てか、記憶もないのに料理なんて出来るはずないしな……前世の記憶があるから今は作れるけど)
というよりは、前世で作った記憶があるようだ。
まぁ確かに記憶喪失で料理なんて危ない真似、間違いなく家族がさせるわけないだろう。
そして紡絆に前世の記憶があるということを樹が知ってるはずもないので、樹は自身と同じだと誤解していた。
一方で紡絆は紡絆で樹が料理の経験がないことに気づいていなかった。
「とにかく頼めるか?」
「分かりました!」
いい返事、と言うように頷いた紡絆は、小さめの丸型のケーキ型を用意し、ケーキ型2個分が入るくらいの長さにクッキングシートを切る。
多少は出ていても、後々切るので問題ない。
本当は外周を鉛筆などで一周線引いた方がわかりやすいのだが、ここで紡絆は頼らない。そのくせして綺麗に出来たのは、彼の観察眼が高いのだろうか。
ぶっちゃけ鉛筆で印を付けるのをおすすめする。
後は側面だが、新しいクッキングシートを型の側面に付けて確認し、問題ないと半分に折る。そして折ったクッキングシートを戻して、折り目に沿って円周より2〜3cm程長く切る。
本当は型の
残りは型に薄くバター(適量)またはサラダ油(適量)を塗るだけだ。そして側面のクッキングシートを敷き、底辺のクッキングシートを敷き込むことで完了となる。
ここで紡絆はしてないので関係ないが、印を付けたならポイントがある。
それは書いた線が生地に触れないように外側に向ける必要があるということ。人体に害が出るほど有害な物質は出なかったり焼くことに問題は無いと思うが、スポンジに書いた線が写る場合があるので気になる人は外側にするべきだ。
そして側面から敷く理由は側面の後に底辺のクッキングシートを敷くことにより、側面のクッキングシートがよりぴったりと貼り付けやすくなる効果があるからである。
何はともあれ、紡絆は完成したので樹の作業を見ることにした。
「……ん?」
バキッという音と共に、べチャリと落ちる音。
見れば台所に卵の中身が飛び散ったようで、紡絆がクッキングシートを敷いてる時からこれらしい。
一応慎重にやっているようだが、それでこの有様であった。
「……あぁ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「いいよいいよ、科学でも同じだが、料理もトライアンドエラーだ。そんな最初から上手くできるやつなんて天才ぐらいだしな」
紡絆は流石に察したが、謝る樹に対して問題ないというようにフォローを入れる。
それは間違っていない。料理とは繰り返し、何度もやることで自身が理想とする料理に近づける。
そもそもレシピ本を見たって、それ通りに出来るだろうか。味も全く一緒に、見た目も初心者がまんま同じに出来るだろうか?
それは否。間違いなく出来ない。
卵だって、初めての人からすると割るのは難しい。卵の場合、強すぎてもダメ。弱すぎてもダメ。なかなかに難しいものなのだ。
「まずは卵は力づくでやるもんじゃないんだ。
こういうふうに……平らな場所に軽く打ち付けた方が良い。叩きつけたり無理矢理したら割れちゃうからな。
注意点として、中央をやること。
他でも問題ないが、中央の方がやりやすい。
例えるなら、俺たちって学校とかでは入室の許可を貰うためにノックするだろ? イメージとしてはそれで、コンコンコンという感じだな」
「な、なるほど……」
出来る限り優しく、丁寧に教えていくように意識しながら紡絆は例えも入れて説明していく。
簡単に投げ出したり、厳しくしないのは彼の利点だろう。そもそも初心者だと知っていれば最初から教えていたのだが。
「それで……殻の割れ目に両手の親指を力を入れずに入れて、ゆっくりと左右に開けば、こんな感じ」
一瞬片手割りをしそうになっていたが、解説を含めてやることを思い出して紡絆は両手割りを実践する。
実際に紡絆が割った卵は殻が入ることなく、黄身が潰れることもなくボウルへ入っていた。
「すごい……!」
「そこまでなんだが……いいか。ほら、樹ちゃんもやってみて」
「はい!」
基本中の基本を褒められて何とも言えなさそうな表情をする。
片手割りならともかく、両手割りはある程度知識を持つ者か試した者なら出来るからこそ、何とも言えなさそうな表情をしたのだろう。
とりあえずトライさせて見ようと、紡絆は樹に卵を手渡しした。
「えっと……軽く打ち付けて---あっ」
自身でも気づいたようで、やらかしたと思ったのだろう。
声を出してしまったことから、それが分かる。しかしそこは見事なフォロー。崩れた卵が洗面台に落ちる前に味噌汁などで使うお椀を取り、綺麗にキャッチして見せた。
この間、二秒である。
黄身の落ちるコースを見るのと同時にお椀で取る、伸ばすキャッチくらいの速さだった。
「これは……卵焼きでも作るか。ちょうどいいや」
やはり紡絆はポジティブ。
それを入れれば良いのでは?という意見は間違いなく誰か居ればあったのだろうが、ちゃんと樹自身が割れたことにならないからだろう。
「卵はまだあるし、チャレンジしよう。さっきは力んでたから力を抜いて」
「こ、今度こそ……!」
アドバイスを送りながら、紡絆はただ見守る。
すると樹は頷きながらもリベンジし、卵を軽く打ち付ける。中央にヒビが入り、後は両手で割るだけだ。
「よし……後は割れ目に指を入れて左右に……開く!」
口に出して意識するようにしながら指を入れるが、パキッという音。
しかし砕けるまでは至らず、樹は慎重に開くとポトン、と黄身が落ちたが、崩れてしまった。
「ど、どうでしょうか……?」
「うん、いいと思うぞ。見事だ!」
「わっ……」
顔色を伺うように見つめてくる樹に褒めるように紡絆は頭を優しく撫でる。
撫でられた際に目を閉じた樹だが、その隙に一瞬で紡絆は入っていた殻を回収する。
それを樹は気づくことは無かった。
「と言っても……まだまだ序盤なんだよな。樹ちゃんは卵を少し溶いててくれ。ハンドミキサーでやってたら問題ないから。俺は湯煎作るか……」
「ま、任せてください!」
指示を聞いて、ハンドミキサーを---使い方を聞いてから使用していく。ちなみに中速である。高速だと飛び散るので注意しよう。
説明しながら紡絆はひとまわり大きな鍋を取り出すとお湯を入れる。
だいだい35℃くらいが好ましい。
「はいストップ。それくらいで湯煎の上に乗せてくれ。後はそこのグラニュー糖で混ぜたら問題ないかな」
「これですか?」
「ちょ、それ味の素! そっちそっち! そっちの砂糖!」
一応もうひとつ作る気なのか、さらっとクッキングシートとケーキ型を作っていた紡絆は樹に指示を出す。
……砂糖じゃなくて味の素を入れかけたが。
それはともかく、紡絆は
そして先に置く必要のある湯煎とその上の置いたボウルにバター
残念ながらこの男に測るという文字はなかった。その割にはピッタリだ。
「それがマヨネーズ状になったら、あとは分量は分けておいたから薄力粉をそこの粉ふるいで二回に分けて振るって、そこのスパチュラで混ぜる。
ダマ---えーぶつぶつがなくなるまで混ぜたら、さっき作っておいた溶かしバターに生地をひと掬いして混ぜ合わせて、それを生地に入れて全体に行き渡るまで混ぜる。
最後に最初作ったホールケーキ型に生地を入れて、下に布巾を置きながら生地内の空気を抜いて、180度で40分焼けば完成だ」
「じょ、情報量が多いですっ! ケーキってそんなに時間かかるんですね……」
「分からなければ聞いてくれたら答えるッ! けど、ちょっとこれ難しいというかしんどいから……!」
一気に説明した理由は、集中出来ないからだろう。電力さえあれば楽に出来るハンドミキサーと人力でやる泡立て器なら倍くらいの差はある。
体力に自信がある紡絆でも、こればかりは余裕がないことからプロがどれだけ凄いか分かるところでもある。
人力だと、一定の速度にしたりしなければならないし、混ぜ方などで生地が変わる。もちろん入れる材料の量などにもよるが。
そもそも、紡絆の場合は余裕ない理由は体力ではなく、無駄に力んでいるのが原因。
が、彼はこれでも菓子職人から見ると平凡レベルより下---といっても目視でやるとんでもないことをしているが、一般人から見ると一般人並なのでなので仕方がないだろう。
むしろレシピ本なしでようやれてる---と思われるが、若干うろ覚えの部分は
「そ、それと……まだまだとはいえ焼き終わったらそのケーキクーラーの上に逆さまにして取ってからクッキングシート外したら好きにデコレーションして完成……! だからっ! 頑張って!」
「は、はい……!」
手動でやってることからどっちが頑張るんだ、という話だが、これならば料理初心者の樹でも問題ないだろう。
分量も(目視で)量ったのは紡絆で、指示も(目視で)基本的に出したのは紡絆。
後は泡立ち具合や口当たり、風味など色々と変化があるが、それは樹の力になるため、デコレーションも含めて作ったのは樹、ということにもなるだろう。というか、スポンジケーキはデコレーション具合で化けるのだ。あくまで紡絆は口に出しただけである。
と言っても所詮は試作で本番用ではないが。
そんなこんなで、文明の器具によって先に仕上がった樹作を焼きながら、紡絆は必死こいて手動でやるのだった---こういうのは時間をかけたらかけるほど、混ぜるのが弱くてもダメなのである。
疲労するくらいには疲れ、少し荒いことを自覚しながらも後は焼くだけとなった紡絆。
しかし彼は今、後悔の念にかられていた。
いつから間違っていたのだろうか。
もしかしたら、最初かもしれない。
もしかしたら、途中かもしれない。
もしかしたら、最後かもしれない。
もしかしたら、前提を間違えていたのかもしれない。
もしかしたら、目を離したのがダメだったのかもしれない。
もしかしたら、前世の記憶を思い出したことこそが罪なのかもしれない。
そして何より---
「紡絆先輩、出来ましたッ!」
目の前の後輩が、まるで命を刈り取りにきた死神に見えるのは、錯覚だと思いたかった紡絆だった。
ニコニコと嬉しそうに、それでいて自信満々に言うのは樹。
そこは問題ない。料理が出来て嬉しかったのだろうと思ったらいいのだから。
だがなんだ? この危機感、この緊張感、この心の底から逃げ出したくなる衝動は。
少なくとも、こんな感情は力もない状態でバーテックスやスペースビーストと対峙した---いや、あのスペースビーストすらこれほどの感情を抱くことは無かった。
体が震え、心が否定する。冷や汗が出てきて、それでも紡絆は逃げ出すことなんて出来なかった。
なぜなら---
「召し上がってください!」
毒々しく、禍々しいオーラを纏う形が崩れているケーキ。
何をしたらそうなるのか理解に及ばない---おおよそ人類が作り出した新たな生物兵器なのではと思えるほど意味の分からない色をしたケーキが目の前に出されたのだから。
そして逃げ出せない理由のひとつ、樹は笑顔で紡絆に差し出しているのだ。目を輝かせ、そわそわと期待するように。
そんな目で後輩に見られ、逃げ出したらどうなるだろうか。間違いなく悲しむ。
紡絆の良心に大ダメージが入り、なおかつ肉体はあの世に行くに違いない。あの樹を溺愛する姉が状況を知らなければ間違いなくキレるだろう。
そもそもなんでよく見ればケーキが少し茶色と化しているのだろう。何を入れたらそうなったのか、紡絆には分からない。チョコレートかと思っても、匂いが違う。ココアでもない。
これでも、紡絆は一般の知識は持っているし無くてもプロや趣味でやる
どうしてこうなった。
「あ、あの……。失敗……でしょうか」
食べようとしない姿を見てか、樹の表情が徐々に暗くなってくる。
樹からすれば、頑張って作って、長い時間かけて、初めて異性に振るう料理。美味しいと言われれば、嬉しくなる。これからも作ろうと思うかもしれない。
紡絆からすれば、ウルトラマンを宿してもなお命の危機を感じる料理。だが、大切な後輩が作ってくれたものなのだ。
それを天秤にかけて見よう。
「い、いや美味しそうだなーと思っててさ! はは……は……」
「ほ、本当ですか?」
紡絆は後輩を優先した。樹は嬉しそうにしていたが、紡絆は頬が若干引き攣っていたに違いない。
しかし本当は違う。それはもう、救援要請をしていた。今までよりも必死に、助けを求めていた。
295:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
し、死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬ! これ絶対死ぬって! だってもうやばいもん! 雰囲気やべぇもん! え、何をしたらこうなるの? え? 俺普通に教えてたよね? 目を離した隙に何があったの? え? なんか醤油とカレーを融合させて科学物質を混ぜたみたいな匂いするんだけど。いや違う、これはごま油か? いや焼肉のタレか? それともステーキソース? でもなんかインスタントコーヒー減ってるんだよなぁ! な、なんなんだこれはっ!?
野菜ソースや買ってないはずのシナモンとかの調味料もゴミ箱にあったし!
296:名無しの転生者 ID:7maklFnFG
あっていたッ! 途中まではあっていたはずなんだ……! 俺らも全部見ていたッ! だが、どうしてここまで変化した!?
297:名無しの転生者 ID:EOQ+ERIUR
まさか樹ちゃんはポイズンクッキングの使い手か!?
298:名無しの転生者 ID:+vJu+DMTt
メシマズキャラかよ!?
299:名無しの転生者 ID:MZY5Al8Lv
だ、ダメだイッチ! 逃げるな! 頑張れ! こればかりは逃げたら樹ちゃんが悲しむぞ!
300:名無しの転生者 ID:NRx59YD+g
同情はする! でもこれ無理でしょ! どうやったらそうなるのか逆に聞きたいわ!
301:名無しの転生者 ID:Z4nOMGc1T
う、ウルトラマンを宿して身体能力強化されてるんだからきっと胃袋も頑丈になってるはずだ! たぶん!
302:名無しの転生者 ID:hz3RkdI8K
逝けイッチ! 樹ちゃんを悲しませないためには食すしかねぇ!
303:名無しの転生者 ID:ywkNd6til
まだだ! あくまで外見が悪いだけで中身は美味いパターンもある! 樹ちゃんを信じろ!
304:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
そ、そうか! まだ中身が分からない! でも匂いがおかしい! や、やややややっぱ無理だって! ちょ、誰か変わって! ほら、お前ら美少女の手料理だぞ! 年下、後輩の手料理じゃん! 食えよ!
305:名無しの転生者 ID:h6Jtur2Q4
い、いや外見もオーラもやばすぎる。でも見ろよ、あの天使の微笑み! 断れるか!?
306:名無しの転生者 ID:m08OihBLC
>>304
あ、いえ死にたくないので遠慮しておきます……
307:名無しの転生者 ID:HncIq+YLp
>>304
何言ってんだよその世界にいるのはイッチなんだからお前が食えよ! 心配するな! 骨は拾ってやる!
308:名無しの転生者 ID:kTGd5xMZ1
>>304
俺、実は最初からイッチを応援してたんだ。今まで本音は言えなかったけどさ……やっぱりお前が一番だよ。ごめん、くだらない嫉妬なんかしてさ。だから安心して逝け!
309:名無しの転生者 ID:7Ck1BSzXi
>>305
あれはもう死神だ! 悪魔の類だ! でも断れる自信ないし絶対出来ねぇ!
310:名無しの転生者 ID:CiKMG6+YI
イッチの生存は絶望的か……
311:名無しの転生者 ID:9XQzH0Sly
大丈夫だ、記憶無くなるくらいで生きれるから
312:名無しの転生者 ID:XUd6NDteE
IS転生者やバカテス転生者も食ってたし逝ける逝ける!
それにこっちでは原作主人公が料理対決をした時に作った肉じゃがが人の顔に見える不気味な効果音付きの炭と化して、審査員をさせられた子が一口食べた直後に血の涙を流して30秒ほど絶叫しながら悶絶・昇天したくらいだし……いけるいける
313:名無しの転生者 ID:LIGfJ/6z5
>>311
経験者ァー!
>>312
そして貧乏神が!の世界かよ……懐かしい。
314:名無しの転生者 ID:6XCI9vcgd
やはりメシマズは低確率で居るのか……!
315:名無しの転生者 ID:EEDoA6xTw
いやほら、ペルソナでも結構あるし
316:名無しの転生者 ID:sHgabrnVa
誰だァ! 毒を盛ろうとした奴ァ!!
317:名無しの転生者 ID:XqUyKStOl
既に毒になってんだよなぁ
318:名無しの転生者 ID:A5/YpWJ4D
イッチ、諦めろ。
こういう場合……俺たちに選択権はないんだ……
319:名無しの転生者 ID:whlPIJxQC
まさかここでも見る羽目になるとはな……他の転生者たちも似た反応だった。イッチの死は忘れないよ
320:名無しの転生者 ID:I4VzmShYN
ほら、早くしないと樹ちゃん悲しむぞ。頑張れイッチ! 今回ばかりはみんなお前の味方だ!
321:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
お、お前ら……! クソ! 樹ちゃんの笑顔を守るためには致し方ない! 俺は逝くよ……!
322:名無しの転生者 ID: KtzjsG154
いいやつだった…
323:名無しの転生者 ID:w2P7rI21X
もうイッチまで諦めてるの草枯れる。生きるのを諦めるな!
324:名無しの転生者 ID:pb+fzF635
さぁ……どうなるか
助けは絶対無理だが、得られなかった。
ゴクリと喉を鳴らし、今の紡絆には笑顔を浮かべる余裕などなかった。ただ必死に、何があっても表情を引き攣らせないように口角を不器用に上げながら耐えるだけだ。
フォークなど使わない。紡絆は既に悟っている。
これを食したら、恐らく死ぬと。だからフォークを捨てる。一気に食べなければ、残してしまうからだ。
「た、食べる……ぞ?」
「はいっ!」
口に出すことすら嫌になるが、頑張って発する。
樹は笑顔のまま期待の眼差しを向けている。
やはり、逃げ場はないらしい。
(大丈夫だ! なんだって二度も死にかけた経験もある! それに比べればこ、こんな……こ、後輩の手料理だって余裕な……はずなんだ。た、食べよう。樹ちゃんの笑顔を守るんだ! ちくしょう! あらゆるものが拒絶反応起こしてやがる!)
手も足も震え、心も体も、脳すらも拒否する。
心臓の鼓動も五月蝿くて、煩わしい。それでも、それでも勇気を踏み出す。
恐らく、ここに彼らが居たら今の紡絆に敬礼しながら敬意を込め、労わっていただろう。よくやったと、お前は頑張ったと褒めるだろう。紡絆は応援を受けながら、拒絶反応を起こす心も肉体も意志で捩じ伏せる。
後輩のために、後輩の笑顔を守るために。 延いては先輩としての威厳を守るために。
「い、いただきますっ!」
そしてついに、ついに紡絆が震える手を伸ばして動き、掴むとケーキを一口齧った。
瞬間、彼の意識は一瞬で持っていかれそうになる。たったの一口で、これだ。別の世界、とある世界では一頭抜きん出たメンタルの強さを持つ
しかし味が分からない。いや、理解したくない。その境地へ至ることなど人間には不可能。エラー。不明。測定不可。理解不能。認識不可。一時的な味覚障害発生。エラー、エラー、エラー。表現することそのものが烏滸がましい。それはクトゥルフ神話における、最高神、アザトースを我々人類が見るほどだ。外なる神たちを目にするほどだ。宇宙における、
だが、堪える、耐える、意識を叩き起す。削れた
一口ではいけない。このケーキは3号……直径9センチのものだ。大きいのだ。切ったからこそ、一個程度では終わらない。
食べろ、頑張れ、お前ならやれる、耐えろ、完食するんだと自身の心に叱咤しながら、それでも、それでも紡絆は諦めない。勇者は、ウルトラマンは諦めないのだ。
もういい、吐いてしまえと諦めろと、お前は終わりだと、眠れ、休めとそんな闇の誘惑には負けない。闇に呑まれない。悪魔すら優しくなっているが決して揺らがない。
何故なら継受紡絆は勇者部の一員だ。誰かの笑顔を守る人間だ。誰かのために行動に移せる人間だ。心の底から、誰かの為になりたいと願う人間だ。
そして何より、継受紡絆は情けないところを見せられない。
神樹様はきっと、紡絆の勇姿を見てくれてるだろう。
あぁ、きっと今の彼は、英雄に違いない。だからこそ、手を止めてはならない。動かせ、動け、道を妨げる全てを捩じ伏せろ。
拒絶反応を起こすどころか、全体的に具合が悪くなってきたが彼に
なによりも、途中で諦めてしまえば失望されるかもしれない。自己嫌悪に陥るかもしれない。後輩の笑顔を、一人の女の子の笑顔すら守れなくして、何がウルトラ戦士だ! と彼が憧れる歴代のウルトラマンに叱られるかもしれない。
そう、諦めてはならないのだ。継受紡絆は人類を、地球を守り続けてくれたウルトラマンの力を受け継いだ存在なのだから---ッ!!
「つ、紡絆先輩。どうですか?」
緊張の瞬間。
そう、紡絆は完食して見せた。だが、紡絆はずっと無言なのだ。
食べている時も味の感想を言うことなく、真剣に食べていた。
味を確認するように。だから樹は話しかけることなく、ドキドキとなる鼓動を、聞きたい衝動を抑えながらも見ていた。
何故なら、紡絆が自身の手作りを一度手を止めて動き出してからは休むことなく食べていたから。
樹のためを想って、味を確認してくれていたのだから。邪魔をする方が失礼だ。
自分のためにここまで本気になってくれる人を邪魔することなど樹には出来なかった。
「う、うま……かっ……た……ッ!」
そして、紡絆は震える腕を堪えながら、グッドサインをした。
その瞬間、彼を労るような言葉が彼の脳内では流れる。
「よ、よかったぁ」
その反応にほっ、と安心したように笑顔を向ける樹。それを見て、紡絆は満足気に---死んだ。
最期の最期まで感想という使命を果たし、紡絆の肉体は地面へと勢いよく倒れた。
彼はやったのだ。生物兵器という、
だがそれ故に、紡絆が払った犠牲は---大きい。樹の料理は、強すぎた。
「つ、紡絆先輩!? しっかりしてください! どうしたんですか!?」
無自覚とは、なんて恐ろしいのだろうか。
少なくとも、樹の料理がどれだけやばいのか。
それは彼のポケットから落ちたエボルトラスターが凄まじい鼓動を鳴らしながら紡絆へこっそり光を注いでたことから、分かるだろう。
その威力は---バーテックスの、サジタリウスの毒でも耐えていた紡絆を気絶させ、ウルトラマンが手を貸すほどだった。
これほどの量を食べた猛者は、そうそう居ないだろう。というより、居たら十中八九死んでるとだけ明言しておく。
一方で、意識を失った紡絆を見て、樹は慌てる。
何故突然倒れたのか。そう考えた樹の頭の中に浮かんだのは---疲労だった。
普段から動きまくっていて、大怪我もして、それの積み重ねが来たのだろうと。
「そ、そうだ。紡絆先輩、私のことを思って手動でやってたから疲れたのかな……顔色も悪いもんね」
残念ながらケーキとは呼べない兵器に殺られただけである。
「で、でも私じゃ運べないし……」
見た目通り、樹は非力だ。
そんなに力も無く、普段動きまくる紡絆は筋肉があると予想できるので抱えるのは難しい。
悩んだ樹はインターネットという最強のアイテムに頼ることにした。
疲れてる異性に対して、何をすればいいのか。
普段から助けられてる分、何か出来ることがあるならしたいのだろう。
「ひっ、膝枕ッ……!?」
そこでヒットしたのは、膝枕。
ちなみにサイトは彼氏にしてあげたら喜ぶこと。なのだが、気づいてないようだ。
それにもっと他にもあるが、もしここで手料理を作ってあげる、というのが視野に入っていたら紡絆はやばかったかもしれない。
その場合だと目覚めて再び気絶コースだった。
「は、恥ずかしいけど……うん、ちょっとくらいなら……誰もいないし、いいよね……?」
誰かに言うわけでもなく独り言を呟くと、チラッと眠っている紡絆を見る。
そして樹は少し顔を赤めながらも正座をして、紡絆の頭をそっと持つと自身の膝に乗せる。
労わるように、感謝するように頭を撫でていた。
その姿は普通に疲れて眠ってるの場合ならば良かったのだが、紡絆が殺られた原因は樹本人である。
そこに変わりはない。
(あ……でも普段はかっこいいのにちょっと可愛いかも…。紡絆先輩は普段困ってることがあったらすぐに助けてくれる……特別扱いじゃなくて、それが紡絆先輩にとっては普通だということは私でも分かるけど……)
それが継受紡絆という人間。
誰かを助けたいから助ける。救いたいから救う。もし紡絆は感謝されることもなく、喜ばれることがなかったとしても助けるのだろう。偽善だと言われたとしても、偽物だと言われたとしても。
利益なんて、メリットなんて考えない。ただやりたいからやる。それは彼が彼たる強さのひとつなのかもしれない。
底なしの明るさ、気遣い、優しさ。樹にとって、
(ウルトラマンも、そうだった。不思議と怖くなかった。後に紡絆先輩だって分かったけど……だからだったんだ)
姉である風は最初に警戒していたが、あの場で樹と友奈だけは警戒することなく味方だと感じていた。
それはきっと、ウルトラマンが紡絆のような雰囲気を纏っていたから。紡絆がウルトラマンだったことから、本人なのだから同じ雰囲気を纏っていたのは当然な話だ。
「でも……」
無防備に眠る紡絆を見て、樹の表情はどこか複雑だ。
ちなみに無防備な訳じゃなくて、ただ単に意識がないだけとはもう一度言っておく。
(紡絆先輩には友奈さんや東郷先輩以上に感謝してるんです。本当に、過ごした時間はまだ短いですけど……)
樹が中学一年生であることから、部活に入ったのは四月。
まだ紡絆と出会ってから樹はそこまで経っていない。せいぜい姉の話題に時々出てきたくらいだ。
(そういえば……お姉ちゃんから聞いたのって、愚痴ばかりだったっけ)
紡絆はある意味、勇者部の問題児と言える。
部長である姉が苦労して、それでも愚痴のように『紡絆』という名を何度も聞かされ、文句を言う割には不思議なことに姉が嬉しそうな、楽しそうな表情をしていたのは樹の記憶にも深く残っていた。
それを少し、羨ましいとも思っていた。
「ゆっくり、休んでください。紡絆先輩」
せめて、せめて二人しかいない空間を。二人しかいない時間の中、膝元で眠る紡絆を堪能するように。
少しの独り占めをしながら樹はそのまま待っていた。
過ごした短い期間を、少しでも伸ばすように。
そのような言葉を眠るという名の気絶をしていた紡絆はつゆも知らない。
そんな紡絆はウルトラマンが手を貸すほどの治療のお陰で三時間ほどで意識を取り戻した。
「んん……あぁ、ここが天国と地獄……」
紡絆は目を覚ましたが、朧気な意識だ。というか、死後の世界へ行きかけていたようだ。
朧気な意識の中でも頭に柔らかい感触があり、目の前にはお世辞なしで綺麗だと感じる金色の髪が見える。
何故か頭が痛くて抑えるが、紡絆には三時間前の記憶が無い。
一体何があったのか。少なくとも樹のケーキを食べる寸前までの記憶しか無かった。
「ケーキ……はっ!? そうだ!」
思い出す。
掲示板で助けを求めたこと。樹を安心させるために頑張ったこと。
しかし食べた時の記憶だけは思い出せなかった。思い出そうとすると、ノイズが走って思い出せないのだ。
それを怪訝に思いつつ、無事に笑顔を守れたのだろうか---とようやく意識が完全に目覚めると、困惑した。
「What's???」
さて、何故仰向けになる感じで寝転んでいて、何故視線の先に樹の顔があるのか。
眠ってしまったのか、船を漕いでいる可愛いらしい寝顔だ。
無防備過ぎる、とも言える。
とりあえず紡絆は状況を理解し、膝枕されていると気づいたので焦ることも無くこっそりと普通に退いた。
「まぁ……アレだったが、頑張ったもんな。ケーキ、焼いておこう」
落ちていたエボルトラスターを回収してズボンのポケットに入れ込むと、キッチンへ向かう。
樹がスポンジを作っていた際に自身も作っていたスポンジケーキをオーブンで180度で40分焼くように設定し、部屋から毛布を持ってくると樹をお姫様抱っこしてソファーにそっと寝かせ、毛布をかけてあげた。
「むにゃ……おねえちゃん……」
「………小都音もこんな感じだったかな」
懐かしくは思いつつ、紡絆は樹を実妹の小都音と重ねたりしない。
あくまで樹は風の妹であり、紡絆にとって後輩だからだ。
代わりなんていない。小都音は小都音で、樹は樹。
そうやって割り切っていて、寝言とはいえ姉のことを呼ぶ樹の姿を見ると、どれだけ彼女が風のことを好きか分かるだろう。
その風にですら、紡絆は嫌なくらい樹の良さについて自慢をされた記憶がある。互い互い、好きなのだろう。
だからこそ、既に祝うことすら許されない紡絆は彼女たちにとって大切な日を、より一層成功させようと決心していた。
---あんな核兵器を作らせないようにするという意味でも。
被害者は一人で十分なのである。それに完食したとはいえ、たったの一口で全体的にウルトラマンに強化された肉体を持つ紡絆を貫通したのだ。いくら胃袋は強化されてるか分からないとはいえ、だ。
彼以外だと死者が出るかもしれないため、紡絆は何があったとしても、己を犠牲にしたとしても、防がなければならなかった。
一応紡絆の肉体はスペースビーストの攻撃を受けても耐えれるほど屈強なのだが。
「起きたらお腹空いてるだろうし、卵焼き作っておくか。久しぶりにするなぁ」
樹が失敗した時にキャッチしたが、残ったままの卵を思い出して、紡絆は友奈たちから進捗はどうかと来たため、化学兵器は恐ろしいと送っておいた。
困惑するような返答が来たが、紡絆からしたらそうとしか語れないため、仕方がないだろう。あれはもはや殺戮兵器、殺人兵器だ。紡絆は今世でも前世でも意識を奪う食える料理など現実にあるなんてことは聞いたことがない。
逆にうどん班は順調らしく、このままではケーキ班が何も成長していないことになりそうである。
樹が起きたらもう一回だけ作ろうと思いながら、ベーコンとコーンバターのほうれん草、厚焼き玉子、鮭を作っていく。
「紡絆先輩……」
因みに調理していた紡絆には寝言で樹が名前を呼んでいたことには気づかなかった。
料理を作っている間にケーキが焼けると、冷ましてから生クリームを塗り、折り袋と星口金を利用して
絞り出し袋を垂直に構え、一定の高さで「の」の字を描くように絞る。それを端の周り全てにしていく。
低くなるとつぶれてしまい、大きく円を描くとドーナツ形になってしまうという見るだけなら簡単なのだが、実際には難しい。
後は真ん中に少し大きな薔薇を描き、小さいのと大きい薔薇の間にイチゴをそっと置けば、
「よし! いや、これが普通。これが普通なんだ……っ!」
完成してつい喜んでしまうが、何故か目の前のケーキが素晴らしく良い出来に見えて、紡絆は頭を横に振る。
そう、普通。普通にしていれば、こんなふうに出来るはずなのだ。
やはり何故ああなったのか紡絆には理解出来ない領域だった。
「樹ちゃん、ちょっと早めの夜食にしよう。起きてくれ」
冷蔵庫にケーキをそっと入れ、眠る樹の体を触れる前に声をかける。
が、起きないので紡絆は謝ってから体を揺らしてみた。
「んんん……ふぁ……。へぁ!?」
「あぶな!?」
体を揺らしていると、少しもぞもぞとした動きはあったが、樹はゆっくりと目を開いていた。
しばらくぼうっとしていたが、すぐに覚醒すると顔を赤めながら体を起こしたので突然の攻撃に反応した紡絆は直撃する前に避けた。
(わ、私いつの間に寝ていたの!? ね、寝顔見られた…!? は、恥ずかしい……うう、でも確か膝枕していたのにソファーに寝かされてたし……そこは紡絆先輩の優しさ、だし悪くない、よね)
異性の家で先輩後輩の関係とはいえ、無防備に寝るのはダメだろう。今回は紡絆には罪はない。
意識を奪われた紡絆はともかく、樹は寝落ちだ。絶対に万が一はないだろうが、何らかの間違いがあれば疑われるのは紡絆なのだから。
「あーまぁ、顔洗ったら目が覚めるかも? ちなみに樹ちゃんから見て出て左折したところ」
女の子的に何かあるんじゃないかと配慮した紡絆は一応場所だけは言っておいて、すぐにキッチンへ戻る。
樹はとりあえず寝癖とかついてるかも、と慌てて洗面所へ向かっていった---
627:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
でさぁ、俺以外が食ったらどうなると思う?
628:名無しの転生者 ID:cgoiotJ2F
イッチ、よく生きてたな……
629:名無しの転生者 ID:Euttu45PR
テイルズオブシリーズでもメシマズ居たっけな……
630:名無しの転生者 ID:u5nsisIu9
食べる寸前までしか記憶がないって……脳が思い出すことを拒否してんのか
631:名無しの転生者 ID:sUiTSoZXi
>>627
間違いなく死ぬ
632:名無しの転生者 ID:QZUCwID3u
どうにか改善させないとHappy Birthday to youどころかDeath Birthday to youに変わるぞ。
幸せな誕生日をあなたへ! から死の誕生日をあなたへ! に
633:名無しの転生者 ID:0fAj7r70z
相手が男ならガツンと怒れるんだがなぁ……
634:名無しの転生者 ID:y/DgnOGrW
あんな笑顔で勧められたら無理だしマズイ! とか言って怒ったりなどしたら料理が嫌いになるかもしれん。あと悲しませる。
性格的にはそう見えるしな
635:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
俺も樹ちゃんに強く叱ったりはしたくないんだよな。難しいけど、誘導するか……いや、俺が目を離さないように気をつけてみよう。まずは一から作らせてみるわ。
あと二、三回は死ぬ覚悟を持っておくぞ!
636:名無しの転生者 ID:9XQzH0Sly
直すのは骨が折れるからなぁ……大抵無理ですわ
637:名無しの転生者 ID:khvRWxuS2
>>635
一からやらせるのか!? 一人で!?
お前、次は生き残れる保証はないぞ……!
638:名無しの転生者 ID:WzuCMhKq/
クッキーとかならともかく、ホールケーキはまあまあ大きいからな。ショートケーキみたいに小さければ普通の人間でも致命傷で済むだろうが……バースデーケーキの練習にならんし
639:名無しの転生者 ID:d+6NVnebl
少なくともイッチは頑張った。これ以上やらなくてもいいんじゃないのか……!?
640:名無しの転生者 ID:VaEvyFbm4
先輩としての威厳は守れたぞ! 見てるこっちまで吐きそうになったがな!
641:名無しの転生者 ID:8Dp7aVtbZ
というかさっきの見た後だとイッチのケーキめっちゃ綺麗に見えるし美味しそうに見える。
なんて綺麗な白色なんだろうか……
642:名無しの転生者 ID:SqHW0qP54
今回ばかりは同情するわ……
643:名無しの転生者 ID:jRWtzpqXW
正直言って店やってる側からするとクリームの立て方とか混ぜ方とかまだまだ荒い部分は多い。
でも……全然良いように見える不思議
644:名無しの転生者 ID:7vZnuQc3l
樹ちゃんの料理が印象深すぎてなぁ……
645:名無しの転生者 ID:dFqbUV+wb
スレ民すら遠慮する料理とは……
646:名無しの転生者 ID:jKNnS3I5M
あんなん食えたもんじゃねぇ! 実際に出されたら食うしか選択ないけど
647:名無しの転生者 ID:WHTBqp8qF
完食するイッチがおかしい
648:名無しの転生者 ID:6PZQj9y2p
完食したイッチすら味を思い出すことが出来ない……!
649:名無しの転生者 ID:UHgPqPZl4
果たして美味しかったのか不味かったのか……どんな味がしたのだろうか
650:光を継いだ転生者 ID:nX2S4UypW
>>637
一回やらせてみないと何処までか予想出来ないんで……まぁ、大丈夫大丈夫。たぶん
とりあえずこれ以上死者を出す訳には行かないから頑張る
651:名無しの転生者 ID:RTXmKYSO8
頑張れイッチ! みんなの命はお前にかかっている!
652:名無しの転生者 ID:cyRpGELwO
そうだ、この世界を守れるのはお前だけだぞ!
653:名無しの転生者 ID:2ieI2APTF
あれ、これなんの話だっけ?
654:名無しの転生者 ID:9mc4hLtfb
この盛り上がりはなんだ()
655:名無しの転生者 ID:NG+kgvNWe
※強敵との戦いに見えますが、あくまでケーキの話です
656:名無しの転生者 ID:5zyoXOJTP
ケーキで語るスケールじゃねぇ!
早めの夜食。
そして紡絆が作ったケーキを食べると、紡絆は脳裏にノイズが走ったが味は普通。食感も普通。
平凡だった。なのにも関わらず、紡絆は今まで食べきたケーキより美味しかった。
「……美味い」
「甘くて美味しい〜♪」
紡絆は喜ぶ樹の姿を優しい眼差しを向ける。
どうやら彼女は甘いものが好きなようだ。紡絆自身も大半の女性がスイーツなどの甘いものが好きなイメージがある。
もちろん苦手な人もいるが、樹はイメージ通り好きな分類に入るらしい。
(さて、それはいい。問題はこれは
食べる前の光景すら思い出したくない紡絆は遠い目をするが、彼が諦めてしまえば待っている未来は死。
折れそうな心とまた食べるかも知らない恐怖を感じつつ、両頬をパンっと叩いて気合を入れる。
気持ちを確かに、鼓舞して。みんなを救うために。
「樹ちゃん。もう一度だ。もう一度やろう」
「はい! でも完成じゃ……?」
「これなら問題ないが、樹ちゃんが作った方が良いだろ? なら練習あるのみ。お世辞にも形は良くない。
ちゃんとした、綺麗なケーキを作って、風先輩に喜んでもらおう!」
それとなく傷つけないようにそれっぽいことを述べ、最悪な未来を回避する努力をする。
それは報われたのか、樹の表情もケーキを食べて緩んでた状態から変わる。
「そうですよね……頑張ります!」
「あぁ、それで、だ。何も分からずに作ったって何も変わらない。だからここでアドバイス。込める想いを重視しよう。
味と形なんて付属品だ。
頑張って、努力して、気持ちを込めて、その込められた気持ちこそが美味さに繋がるんだ。
ほら、愛情は最高のスパイスとも言うしな」
例えそれが不味くても、変でも、結局料理というのは気持ちと過程なのだ。
ただ想うだけじゃなくて、頑張り。料理を通して気持ちを伝える人だっているくらいなのだから。
込められた想いが弱くなくて、しっかりと練習して努力したからこそ、その経緯を料理が通してくれる。
気持ちを、伝えてくれるのだ。
愛情だけじゃ美味しくはならない。それで美味しくなるなら全て美味しいだろう。
問題は愛情なんかではなく、それを込める時に何をしたか、だ。
例えばコンビニのおにぎり。味も沢山あって、種類も多い。味は
ならば、料理が苦手で、作ったこともない人がその人のことを想って、努力して、形が歪でお世辞にも美味しくないおにぎりならば?
確かに味は
他にもポンッと愛情の欠けらも無いインスタントを作って渡す料理と、愛情を込めながらも頑張って作った料理なら後者の方が美味しいに決まっている。
だからこそ、愛情は最高のスパイス。
作った者の愛情が、気持ちが乗り移り、料理に宿る。
だからこそ、美味しい。
(俺、基本的に料理なんて作らないから知らないけどな!)
が、アドバイスしている割にはインスタントか外食で済ませるのが紡絆なので、説得力は皆無である。
もちろん普通はあまり一から作らないであろうケーキをスポンジからクリームまで全て作れる辺り腕は悪くは無いのだろう。血が滲むほどたくさん練習して努力すればプロになれる可能性を秘めているかもしれない。
「愛情……」
「そう、樹ちゃんがどれだけ風先輩のことが大好きなのか知ってる。別に今は誰を思おうがいいけど、後はその気持ちを料理にぶつけよう。そうすることできっと最高の料理を作れるはずだ!」
「は、はいっ。もう一回、作りましょう……!」
「OKー。じゃ、樹ちゃん自身の力で作ってみよう。俺は……そうだな、友奈たちの方をちょっと見てくる」
「分かりました!」
残りのケーキを食べると、片付けて紡絆はリビングから出る。
一応作り方は教えておいたが、当日紡絆が一緒に作る保障などない。一から作れないようにならないとダメだと思い、物は試しにやらせるつもりだろう。
だが---
(さ、さっきのはもう食いたくねぇ……)
一体どんなものが出来るのだろうか、と紡絆は遠い目をしつつ友奈たちうどん班の様子見を行くことにした。
彼の手にはケーキを入れた箱がある。それは二人に対する差し入れだろう。
真剣な雰囲気を醸し出しながら、作業する樹の姿。
彼女はクッキングシートの部分だけは紡絆がしたが、一からスポンジケーキを作成し、一からデコレーションをした。
言われた通りのアドバイスを乗せ、うろ覚えの部分はあったが、出来る限り記憶を思い出して引き出し、頑張った。
「出来た……!」
それが、目の前にあるケーキとは呼べるか分からない形をしたもの。
むしろパワーアップしているが、樹にとっては今日一番の、さっきよりも最高の出来。手応えを感じていた。
ふぅ、と息を吐き、集中した緊張を和らげる。
うどん班の方は順調だったと樹に伝えた紡絆はソファーに座りながら本を読んでいる。
「つむ---あっ」
だからこそ呼ぼうとしたところで、樹はふと足を止めた。
至って真剣。読んでいる本は樹には分からないが、少なくとも集中しているのだろう。
邪魔をしていいのか、声を掛けていいのか、判断に迷っていた。
(それに珍しいし……)
樹は交流が少ない。
プライベートをあまり知らないのだ。部屋着の姿なんてあまり見ないし、部活での姿しか知らない。部室で本を読んでる姿なんて滅多にない。
出会った期間から考えて、仕方がないのだが。
「……ん。あ、終わってた!? ご、ごめん! 待たせちゃって」
ふと顔を上げると、紡絆は樹の姿に気づいたのだろう。
慌てて本を閉じるとテーブルに置き、すぐに樹の元へ駆け寄ってきた。
「あ、いえ。私の方こそ邪魔をしちゃって……」
「いや、いいよ。別に覚えてる内容だし。それで、完成品は---」
「これですっ!」
紡絆が話をすぐに切ると、本題に入る。
期間まであまりなく、ケーキは時間がかかる。だからこそなのだろう。
しかし紡絆は見た瞬間、下を向いて頭を抱えつつ、全力で頬を引き攣らせた。
我慢することが出来なかった。
(……俺、樹ちゃんに恨まれてた? なんかしたっけな……俺的には優しくしてたんだが、なんで最初のやつよりパワーアップしてるんだろう。え、それに黒いオーラ纏って黒い煙が出てるんだけど。紫と黒なんだけど。しかも一部血のように赤く染ってるんだけど。これ怨念や呪いの類では?)
失礼なことを考えているが、何とか声には出さなかった。
すぐに引き攣った頬を戻し、目を擦る演技をしてから顔を上げて愛想笑いを浮かべる。
咄嗟の演技によって、樹は違和感を感じることは無かったらしい。首を傾げていただけだった。
「え、ええと……これは?」
「い、言われた通りに愛情を込めて……」
(愛情!? 愛情込めたらさっきよりパワーアップするの!? これ俺もう無理だろ! 今度こそ死ぬぞ!?)
頬を赤くしながら言う樹の姿に、危機感しか感じない紡絆。
ちらちらと紡絆を見ていることから察せられるはずなのに、本人は聞いた話に驚いていて気づけない。
「そ、そっか。うん、きっと美味しいんだろうな」
もうこれを風先輩に食わせようかな、と諦めの思考が紡絆の脳裏に駆け巡る。
彼は最初ので死にかけたのに、強化されたケーキなど耐えられるはずないと思っていた。
「それで、その……紡絆先輩に味見して欲しくて……」
「俺に?」
きょとんとする紡絆だが、樹は何処か遠慮がちに言う。
そんな姿を見せられると、紡絆に断る選択など出来ない。樹は他の部活の人達に比べ、強く出ることはしないだろう。
だから、断ってしまえば引き下がるに違いない。
しかしそれは---
(樹ちゃんにとって、辛いだろ。樹ちゃんは至って真剣だ。風先輩のことを思って、初めてだから料理出来ないなりに頑張ってる。風先輩が好きで、大好きだから。俺だって風先輩には笑顔で誕生日を迎えて欲しい。だったら、先輩として、友人として最後まで付き合うのが道理だろ!)
彼女を傷つけることになるだろう。
だからこそ、紡絆は断ることなど、決してしない。そもそも家族を失った紡絆にとって、家族の誕生日などというイベントは必ず成功させてあげたいと思うのだ。
そのために、覚悟を決める。
「じゃあ……味見させてもらおうかな」
「はい。お、お召し上がりください……!」
普段から動く割にはうどん二杯で限界な紡絆の腹は夜食を食べたこともあって嘘でも何でもなく、正直に満腹寸前だ。
なので樹に切り分けることだけ言ってから残りは冷蔵庫へ入れ、ソファーに座る。
唯一の救いは、自身の腹が空腹では無いため、切り分けることが出来たことだろう。
「いただきます」
迷わない。
覚悟を決めた紡絆は、うようよ悩むくらいなら行動に移すことにした。
自身の心が折れる前に、手にフォークを持ちながら、ただ進む---!
「どうですか……?」
「……おぉ、美味しいと思う」
頭が痛いが、気絶するほどではない。脳がエラーを吐きまくってるが、さっきよりかは不思議と意識を奪われるような感覚はなかった。
味は分からない。食感も何故かおかしい。というか、硬い。異常に硬い。フランスパンでも作ったのかと思うくらいには硬いが、何故か美味しいとは思える。
何故なのか分からない紡絆は首を傾げるが、樹はほっと胸に手を当てながら安心していた。
「安心しました……」
「……まぁ、いっか」
とりあえずこのケーキのまま出す訳には行かないので、明日外面だけは優先的に絶対に直そう、と決断した紡絆である。
それにいざとなればみんなが食べる前に外面だけ同じにしておけば問題ないため、味は最悪直せなくても代わりにすり替える算段を立てていた。
さっきまでの考えは間違いなく無くなっている。
「あぁ、そうか。風先輩のこと、本当に好きなんだなぁ」
そんなふうに考えたところで、咀嚼して飲み込むと気づいたことがあった。
樹は愛情を込めた、と言っていたのだ。それはつまり、味は分からないのに美味しく感じた理由は愛情。
風先輩に対する樹ちゃんの確かな愛情、家族愛なのでは---と紡絆は推測したのだ。
それを他人である紡絆が感じれるほど、彼女は風のことが大好きなのだろう。
「………バカ。紡絆先輩なんてもう知りませんッ!」
「えぇ!? な、なんかした!?」
が、樹は頬を若干膨らませると、少し不機嫌そうにそう呟いた。
紡絆は何故不機嫌そうなのか分からずに慌てるが、樹は顔を逸らして何も言いそうにない。
どうすることも出来なそうだと分かると、素直に諦め、結局今日は解散ということになった。
スマホを見ると時間も時間だったのと、うどん班も解散したらしい。
ということで残りは明日やることになり、次は紡絆の監視の元、やることとなったのだ。
少なくとも味が感じられないのはダメだし食感が可笑しいのも直さなければならない。それでも美味しく感じられたということは、きっと上手く出来るはずだろう。
紡絆は暗くなってきたので樹をしっかり家に送り届け、家に帰ってくる。
「……さて、残りも食うか」
家に帰ってきたら早速と言わんばかりに冷蔵庫から取り出したケーキを食べる。既に満腹だが、倒れる心配がないなら問題ない。
それに樹の作ったものを残す訳にも行かず、見た目も食感もおかしいのに不思議と意識が消えることも無いケーキ。
それでも誰かが、特に明日樹自身が食べるのを避けさせるために食べる。
もし気づいたら、大変なことになるだろう。料理が嫌いになるかもしれない。というより、紡絆が慣れてしまっただけで本来なら死ぬかもしれない。
なので紡絆はただ無心に、味を感じれないため諦めながら食べ切ったのだが---
「うっ……頭がくらくらする……。なんだこれは……」
突然頭が痛くなり、片手で頭を抑えながら誰もいないので表情を取り繕うことなく顔を顰める。
原因不明だが、だんだんと何かが湧き上がってくる。まるで意識を奪うように。
いや、違う。紡絆はこの感覚を一度、二度経験したことがあった。
「こ、これまさか……即効性……じゃ……なっ、く………遅効性………だ、と………!?」
一度目はバーテックスの毒にやられた時。
二度目は樹のケーキを食した時。
そして今、樹を送り届ける前に食べたケーキが効果を発揮しだしていた。まさに驚愕。予想外の出来事。
それにより爆弾が誘爆するように、つい先程食べたケーキにまで効果が及び、強まっていく。
これが家だから良かったが、仮に外であったなら緊急搬送されていたに違いない。
しかし胸ポケットに入れたエボルトラスターが危険を示すように鼓動をし始めた。
「あ、しぬ…………」
そしてもはや視覚情報などない。
何があるのか、何が見えるのかすら朧気に見ることすら叶わず、肉体の力が抜けていく。
聴覚による情報も消え、嗅覚の機能が失せる。
残る機能すら徐々に停止し、脳が休息を欲するように紡絆の意識を奪おうとせんとし、紡絆は抗うことすら出来ないまま倒れ、意識が暗転したのだった。
ただ最後に分かったことは、掲示板の大勢の人達が『イッチィィイイイイイイィィッ!』と叫んでいた事と、樹の料理は即効性と遅効性、両方を操れる強力な実力者だということ---やはり、犬吠埼樹の料理は危険である。
紡絆は完全に意識を失う前、明日は絶対に見た目も味も直して、しっかり監視しようと
ちなみに死んだ訳ではなく、紡絆は五時間後の日付が変わる頃には無事に目覚めることが出来た。
今度はエボルトラスターから光が発されることはなかったが、眠っていた間警告するように鼓動していたのは何故だろうか。
おそらく、紡絆が死にかけていたからだろう。
だが分かったことはあった。樹の料理には即効性と遅効性があること。いざとなった時にすり替えを考えておくべきだということ。
何より---『料理は愛情』とよく言うが、愛情が入っていればいいというものではないというのもまた事実だった。
愛情だけでは、想いだけでは、どうしようも出来ないものは出来ないのだ---
〇継受紡絆/ウルトラマンネクサス
危うく毒殺されかけた人。
料理は(前世の記憶のお陰で)出来るが、普通だし基本的に面倒いのでやってない。
ちなみに多分歴代のウルトラ戦士は叱らずに同情すると思います。
〇樹ちゃん
一応紡絆の指示(注意)があった時までは普通に作れてたが、デコレーション時に足りないかな……?みたいな初心者あるある思考でその辺の材料を適当にドバーした。
それがアレである。
〇掲示板の人たち
流石に殺人料理は無理。
死ぬ前なら美少女の飯食べて死ねるから良いけどって人たち。
〇樹ちゃんの手料理
完食した紡絆を(一回目が一気に食べてやばかったため)ウルトラマンが助けるレベル。
即効性と遅効性verあり、紡絆曰く、味は脳がエラーしか出さない。
メンタル最強勇者、
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Q.前回のデート、曜日的に学校では?
A.(ゆゆゆ世界もGWあると思うから)多分祝日。