【悲報】気がつけば目の前に知らない遺跡があるんですが…【なにこれ】 作:絆蛙
新年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
本当は先週投稿したかったんですけど、無理でした。クソ長いです、切れるところなかったので実質三話分なので許して。新年そうそうこんな話でいいのかと思いましたが。
さて本編に行く前にほんのちょっぴりお付き合い下さい。
まず『結城友奈は勇者である』では『継受紡絆』と『結城友奈』のダブル主人公でお送りしましたが、この章において紡絆くんは主人公ではありません。本当は別にいます。
それにゆゆゆでは死者は明確に出ていませんが、この章において普通に人が死にます。
それだけ頭の中に入れていただければな、と。
まあ注意喚起みたいなもんですね。いらんと思うけど。どっかで言ったと思うけど、ネクサス要素というかグロ要素出すので。
夏祭り。
夏に開催される祭りの名称であり、夏の風物詩のひとつ。
元来祭りというのは『神に感謝する』目的があり、豊作を妨げる害虫や台風を追い払うこと、疫病退散を目的とする夏祭りも多くある。
しかしこの世界においては前者の方が意味合いとして大きいだろう。
そして当然ながら祭りというのもあり、様々な人々がやってくる。
子供から大人。大人から年寄りまで多くのものが参加し、中にはカップルや夫婦だって多く存在する。
夏祭りには屋台も多く、夕食目的で来る人だったり遊び目的でやってくる人も居るだろう。
特に制限もないため、参加するのは本当に千差万別。
天気にも恵まれ、それがより人を増やす要因となっている。
そのせいもあり、ちょっと目を離せば簡単に迷子になりそうだ。
ただそれでも、辺りを見渡せば通路の両側にずらりと出店が並んでいる。射的や金魚すくいだったりヨーヨー釣りなどなど様々なものもあれば、綿あめやりんご飴といった甘いものやかき氷などの季節に因んだもの。たこ焼きだったり焼きそばといったお腹の膨れやすいものだってたくさんある。
目移りしてしまうほどに店があって、歩いてるだけでも楽しめるような光景。
そしてそんな色んなものがある中で---
「……あれ?」
紡絆は迷っていた。
いや、正確に言うならば困ってる子供の姿が見えたので突撃して解決したら、今度は自分が家族の姿を見失ったという状況である。
いつもはくっついている小都音も流石にお祭りの中では無理だったのか、紡絆の最後に見た記憶の中には母親と手を繋いでいた姿があった。
しかし散々お祭りに来る前に気をつけるようにと注意されていたのに、守れなかったことにちょっと申し訳なく思う。
ひとまず困った紡絆は頭の上に付けている狐のお面を少しズラして横にし、周りを見てみる。
ぐぅぅといった音が鳴り、逆効果だった。
「うーん……まぁ何とかなる!」
空腹は感じるが、立ち止まっていたって何も変わらないのは事実。
ひとまず人の波から外れる必要があるだろう。
来た道を戻っていきつつ、一応周りを見て探すが---視界の傍で座り込んでる人がいればそこへ向かったり、鼻緒が切れて困ってる人がいたら代わりの草履を買ってきたり、迷子になった子を親の元へ届けたり、と大体の対象は場所が場所なのもあって子供ばかりだがそうこうしてるうちにいつの間にか祭りの中心に足を踏み入れていた。
本当は離れるはずが、人混みの中に入っている。
そもそもの問題として困ってる人を見かけたら放っておけない紡絆がそんな周囲を見ながら動けばこうなるのも当然なわけで、なんだかんだ自分の方が迷子になっている状況に内心で苦笑する。
横を見ても人。前を見ても人。後ろを見ても人。
どこを見ても人の姿しかなく、身長が低いのもあってほぼ視界がないと言っていい。
動いた結果、状況が良くなるどころか悪くなっていることに流石に紡絆も手がなく、真剣にどうするべきか考える。
十秒。二十秒。三十秒。
そうして熟考すること一分。
「……どうしよう?」
何も思いつかなかった彼は、打開するための手を考えれなかった。
このままではただ両親に心配させて余計な不安を与えてしまう。
いや、もう既に迷子になってる時点で手遅れなのだが、それを望まない紡絆はいっそ大声で叫ぼうかと思ったときだった。
「ん?」
体に僅かな衝撃が走り、一歩踏み出す程度で済んだが自身のお腹に小さな両手が回されていた。
もしかして誰かが転びそうになって、咄嗟に両手を伸ばしてそうなったのかもしれない。
それか勘違いでされたのかもしれない。
どちらにせよ、自身に抱きついたと思われる相手が困ってたら力になるべく紡絆はゆっくりと振り向くと、そこには。
「…小都音?」
見慣れた青い髪に顔。
服装が変わって印象は違うものの、長いことずっと居た相手を間違えるわけもなく。
抱きついてきた相手が小都音だと気づいた紡絆の表情には困惑の色が見える。
なぜ、どうしてここに?といった疑問が思考を埋め尽くす。
「おにぃちゃん……おにぃちゃんっ」
「え、おおう…よしよし?」
体の向きを変えて抱きしめると、ぐりぐりと胸に顔を押し付けてくる小都音を撫でる。
すると、すぐに人混みを掻き分けて誰かがやってくる。
「紡絆!」
「よかった……小都音が見つけてくれたのね」
「…あっ、父さん母さん。おかえりなさい!」
男女の二人組。
黒髪の男性と青髪の女性であり、彼らの両親は心配した表情で紡絆と小都音を抱きしめる。
「わっぷ…!?」
「もう…あれだけ言ったのにどうしてはぐれるの?」
「心配したんだからな…!」
「ご、ごめんなさい。困ってる人が居たから、放っておけなくて…そしたら気がつけば…。そ、それよりも!僕はもう大丈夫だから!このままじゃ小都音が潰れちゃう!」
「うー……っ」
何とか空間を開けようと頑張っているが、このままでは息が出来なくなってしまうかもしれないと心配させたのに離れるようにと言うことに申し訳なさそうにしながら伝えると、二人もすぐに理解したのか離していた。
「…こほん。理由は紡絆らしいけど、それで自分がはぐれたら意味ないでしょう?」
「う……」
「もしかしたら何かあったんじゃ、誘拐でもされたんじゃないかって思ったんだぞ」
「うぐぅ……」
自覚はしていたが、改めて言われると罪悪感が浮かんできたのか少しずつ萎縮していく。
「小都音がすぐに気づいてくれたからよかったが…」
「それに小都音ってばお兄ちゃんが居ないって泣きそうになってたのよ?」
「おっ、お母さん……!」
「でも居てくれたから紡絆を見つけられた。ありがとうね、小都音」
「…!うん……」
紡絆が居なかった時の状況を言われたからか、僅かに焦りを見せるも母親に褒められて小都音は嬉しそうに笑う。
が、心配させるだけさせてしまった紡絆は何も言えなくなっていた。
「まぁ、目を離した俺達も悪いと言えば悪いから…一概に紡絆だけが原因ってわけじゃない」
「もう少し、紡絆ならどうするかってことをちゃんと頭の中に入れておくべきだったね。本当に、無事でよかった」
その様子に気づいたのか、両親のフォローが入る。
確かに目を離してなければこうなることもなかった。
ちゃんと一緒にいて視界の中に入れておけば、はぐれることはあまりないだろう。
しかし紡絆は否定するように首を振った。
「わ、悪いのは僕だけだから…本当にごめんなさい。でもきっと、僕は同じことをしてたと思う。悪いとは思ってるけど、後悔は出来ないんだ。僕が否定をしたら、他の人に失礼かもしれない。だからダメな気が…する」
事実、紡絆がこうなったから助けられた人も居た。
中には怪我して歩けなくなった子もいたし、なかなか泣き止まない子だって居た。
迷子に関しては親と会えることがなかったかもしれない。
全て『かもしれない』になってしまうが、紡絆がそれを後悔すればその者達のことまで否定してしまう。
だからこそ紡絆は謝りこそすれば、後悔は出来なかった。
申し訳ない気持ちは、それはもういっぱいではあるのだが。
それは伝わっているのか、両親は互いに顔を見合わせると苦笑した。
「…まったく、そう言われると言いづらいな」
「まぁまぁ、この話は終わりにしましょ。過ぎたことは仕方が無いもの」
母親の正論に話は切られたのか、紡絆はほっとした顔をしていた。
しかしすぐに不思議そうに自身に抱きついたまま離れない小都音を見て、小都音はこてん、と小首を傾げていた。
「ねぇ、ちょっと気になったんだけど…どうやって僕を見つけたの?僕も探そうとはしてたけど、正直居場所なんで全く分からなかったよ。小都音が僕を見つけたみたいだけど……」
「あー…」
「それは本人から聞いた方がいいんじゃない?」
「!?」
話を振られた本人は驚いていたが、紡絆の疑問も最もだ。
人助けばかりしてたとはいえ、一応紡絆も周囲を探っていた。
なのに影すら見つけられなかったのに、このように多くの人がいる中で紡絆を見つけたのだ。
普通は難しい…というか、不可能に近いだろう。
「えっ、えっと……」
「あっ、無理にとは言わないからね。小都音が話しても良いなら話せばいいし。ただちょっと気になっただけだから!」
「あう…うう、そ…その、ね…」
「?」
また紡絆の胸に顔を隠すように埋めているが、オドオドとしながらゆっくりと口を開いていく。
「お、おにぃちゃんのことは…ずっと見てきた、もん……。だ、だからど、どこにいるのかすぐに分かる、の……い、色々と……」
「そっか〜小都音はすごいなぁ」
「そっ、そんなことない、よ…」
素直に関心したような様子で褒めるように小都音を撫でると、僅かに背中に加わる力が強まっていた。
照れてるのか、顔は全く見せない。
「でも、それなら安心だね」
「……?」
「小都音が僕を今回みたいに見つけてくれるなら、僕は何処かに消えることないでしょ?それで、もし小都音が彷徨ったら今度は僕が見つける!それなら僕たちはずっと一緒!」
「……うんっいっしょ…えへへ」
太陽のような明るさと共に眩い笑顔を浮かべる紡絆の姿。
そして、そんなとき。
偶然かもしれない。
ただ紡絆に呼応するかのように、夜空に何かが打ち上げられ、空中で破裂した。
凄まじい音を鳴らしながら放物線状の軌跡を描き、中心に星の軌跡が生まれ、星が広がると満開の花を思わせるものへ変化し、消えては次々と打ち上げられていく。
花火。
それに照らされる姿に小都音は僅かに目を細めながら嬉しそうに笑って、手を繋ぎながら空を見上げる。
紡絆もまた、花火の音を聞いて夜空を見上げた。
色とりどりの星。色とりどりの花。色とりどりの火花。色とりどりの光や形。
派手なのもあるが、綺麗だと思えるような光景にこの場も誰もを魅力して、大声を挙げるものもいれば撮影する人など様々な人がいて、魅力されていたのは紡絆たちも例外ではなかった。
手を繋いで見る兄妹に、肩を寄せ合って見る夫婦。
その輝きはすぐに消えてしまうが、何度も何度も打ち上げられては空中で爆発を描く。
しかしどれだけ綺麗なものでも限りというものはあり、花火の最後を最後を飾るように今までよりも連続で連射され、爆発する。
連続連射花火は数十〜百発をも数を打ち上げ、短時間でしかないが最後に相応しい派手さと美しさだけを世界に残して、儚く消えていった。
音が消え、余韻に浸かっているからか静けさが辺りを占める。
うっすらとアナウンスのようなものが聞こえるため、花火は終わりなのだろう。
時間も時間なのもあって、そろそろ人も居なくなって来る頃合い。
それはまた紡絆たちも同様だ。
「やっぱり花火はすごいなぁ」
「いつになっても綺麗なものね」
「ギリギリ家族集まって見れてよかったな」
「うん。小都音はどうだった?」
花火を見た感想を述べながら、紡絆は振り向いて小都音にも感想を聞こうとする。
小都音は僅かに考えるような様子を見せると口を開く。
「きれい…だったけど、おにぃちゃんもまけてない……」
「えっ、僕は花火じゃないんだけど…うん、でもよかった」
流石に予想外の感想に困惑したが、楽しめたことには変わりないのだろう。
その点に関して紡絆はちょっと嬉しそうだった。
「はい。花火も終わったことだし、いつまでここに居ても仕方がないわ。もう少し見て回って帰りましょう」
「紡絆も小都音も欲しいものがあったら言ってくれ」
「う、うん……おとうさん」
周りは既に動き始めていて、両親に着いていこうとした小都音は珍しく何の返事もしなかった紡絆を不思議に思って振り向くと、紡絆は頭を抑えながらしゃがみこんでいた。
「おにぃちゃん……?おにぃちゃん!」
「---」
「…紡絆?」
「どうかした?」
どこか様子がおかしい姿に両親も気づいたようで、小都音と共に駆け寄ると母親が紡絆の顔を覗き込もうとして---
「なんだ、あれ?」
「流れ星?」
「え、花火じゃない?まだ終わってなかったの?」
「こんな予定あったっけ…?」
「きれー!」
誰かがそう言い出すと、気になったのか次々と空を見上げるとザワザワと騒がしくなっていく。
終わったと思った花火がまだ続いてるのか、それとも別のイベントでも急遽入ったのか。周りが騒がしくなれば大半の人は好奇心というものが芽生えるわけで、次々と伝染していく。
帰路に就こうとした者や離れようとしていた人たち。
ご飯を食べていたものや並んでいた人たちも皆が見ていたものを見るように見上げる。
そんな突然の変化に混乱しながらも紡絆を除いた周囲の人々も同じく見上げると、星のような丸い光が流れ星のような軌道を描き、空中でひとつの爆発が起きた。
さっきの花火とは違って爆発としか表現出来ないものの、これもなにかの催しと思ってしまうのは仕方がないだろう。
「……めだ」
だが一人だけ、空を見ていない紡絆は尋常ではない汗と
その顔色は蒼白で、明らかに異常だった。
だが次々と空中で起きる爆発がその声を殺し、凄まじい速度で爆発が
「だ、だめ……ッ---!?」
伝えようと、震える心を抑え込んで大声を挙げようとした瞬間、何かに引き寄せられるように空を
そこに存在した『人型』のナニカとフィクションにでも出てくるような、それこそ『怪獣』と呼べるナニカがぶつかり合っている姿を。
街も木も全てが燃え盛っている地上を。
多くの人々が苦しんで、叫んで、泣いて、絶望して、死んでいく光景を。
それらを視覚した途端現実に引き戻されるように遠のくと同時に頭の中で凄まじい警報が鳴り、同時に紡絆は何もかも分からないまま今視たものを再現させないために、勇気を振り絞って叫ぶ。
「ダメだ---逃げてッ!」
遠くまで聞こえるほどに大声を挙げ、その声は空を見上げていた人々にも届いたのか家族を含めて紡絆に視線が集まる。
しかし、誰も動こうとはしない。
当たり前だ、子供でしかない彼がそんな唐突に言ったって何も分からない民衆が動くはずもなければ、戯言としか思われないだらう。
当然誰も信じることはなく、唯一紡絆がおふさけでそんなことをしないと分かっているのは家族のみで母親が聞こうとしたときだった。
空中で起きていた爆発が止み、飛行機のような何かが堕ちてくるような風を切るような音が耳を通り過ぎる。
それに釣られて夜空を見上げると、暗い夜の世界でも分かるくらい明るい
森は焼け、木々は燃え盛り、焦げ臭い硝煙の匂いが風に乗ってやってくる。
更に。
赤い光とは別の
灼けるような熱風。砕けた石と土が粉塵となって舞い、これがイベントでもなんでもない
「か……怪獣だああああぁぁぁぁ!!」
果たしてそれは、誰が言ったのか。
日常から非日常へ変貌させる異変。
粉塵が晴れていき、姿を現したのは人型の
あまりにおぞましく、あまりにおそろしく、あまりに醜い。何処か人間と同じく知性を感じさせるような顔。だが怪獣たらしめる部分は背中一面にびっしりと生えたトゲ、ズラリと鋭い歯が並ぶ口、所々に甲殻を思わせるものがあり、凶悪な爬虫類のような、獰猛なトカゲという風貌がある、といったところだろう。
ただ違和感を感じる部分があるとすれば、そんな見た目の割にその甲殻は
動く。
怪獣が一歩動き出す。
夢でも幻でもない。
この異常な出来事が現実だと理解させられ、同時に恐怖が場を一気に支配した。
恐慌に陥った人々はどうなるか。それを抱くこととなった元凶が目の前に存在すればどうなるか?
簡単な話だ。
誰もが我先にと逃げようとする。
人の流れが、一気に変化した。
「っ…小都音!」
恐怖が消えたわけでも頭の痛みが消えた訳でもない。
ただ咄嗟の行動だった。
近くにいた小都音を守るように抱きしめると、人の流れに巻き込まれるように押されていく。
すぐに振り向くが、もう両親の姿を捉えるのは難しいだろう。
つまり大人がいない状態になりつつあって、紡絆は叫ぶ。
「小都音は僕に任せて!父さんは母さんをお願い!」
「わかっ---つけ---よ!」
周囲の声に掻き消され、上手く聞き取ることは出来なかった。
しかし通じたと良い方向に考えるしかなく、今は自分たちの身を守らなければならない。
体が上手く動くかどうかは分からない。得体の知れないナニカが這いずり上がってくるような、妙な感覚がある。
ただ次々と浮かんでくるものは焦燥感。
急がなければ、急いで逃げないと。急いで合流しないと。急いで離れないと。そういった焦りが支配し、なにより子供の体型では今の場所に留まるのはまずいと判断した紡絆は周囲を必死に見渡して道を探し、ふと気づく。
震えている。
両手から伝わってくる。恐れるように震えて、涙を浮かべて、しがみつくようにくっついている小都音の姿。
それを見て、ようやく紡絆は落ち着きを取り戻していく。
(何をやってるんだ僕は…!違うだろ、僕が落ち着かなきゃ。僕が冷静じゃなきゃダメだ!僕が怖がってどうする!?僕がしっかりしないと小都音を守れないだろ…!)
逸る心を無理やり抑え込み、決して離さないように強く抱きしめながら、倒れないように流れに身を任せる。
こういった際に一番危険なのは将棋倒しになってしまうこと。
それを避けるために少しずつ人込みから抜けるように動いていく。
ひとまずの安全を確保するために道外れの路地へ入ると、若干の疲労に息を吐く。
といっても脅威は未だ存在しており、休ませるように座らせてから紡絆は覗くように祭りの場を見る。
怪獣が暴れているのか、火が上がっていた。
どうやら中央付近に存続してるらしく、近くなかったのが幸いか。
「………」
だというのに。
紡絆には喜びも安堵も一切抱くことは出来なかった。もし近くに現れていたなら、間違いなく殺されただろう。
相手にそんな意思がなくとも、あれほどの身長と体重を持つ存在が動くだけで死ぬ危険性は十分ある。
「お、おにぃ…ちゃん?」
「…………」
無意識に拳が強く握られ、不安そうな表情を浮かべる小都音の姿を見て頭を振る。
(今やるべき事は小都音を守ること…母さんと父さんと合流して、それで逃げて---逃げて……逃げて、どうする?)
多くの悲鳴が聞こえてくる。
暴言を吐くものもいれば、叫ぶ者もいて、押し退けて逃げる人もいれば家族を支えたり友人同士で共に逃げるものや助けを求める人も。
それから誰かが連絡したのか避難誘導をする自衛隊の者もいるが、パニックになっている民衆があっさりと静まるはずもなく統制を取れていない。
(小都音を安全なところに連れていかなきゃ…逃げるべきだ。いつもと違うんだ。僕が何をしても何かができるわけでもない。ダメなんだ、逃げないと、僕がそうしないと小都音を守れないんだ……!)
何かが叫ぶ。
それでいいのかと。後悔はしないのかと。
それがお前の本当の思いなのかと。
本当は別の、違うことをしたいんじゃないか…と。
僅かに見えた光景。
死の光景が思い返される。
このまま行けば、再現されるだろう。
それこそ、都合よく物語に出てくるような
(仕方が、ないんだ……僕には小都音を守るだけで、一緒に逃げることだけが限界で……)
そう、仕方がない。
仕方がないのだ。逃げ遅れた者から死ぬ。そんなのどうしようもないことで、まだまだ子供の身である紡絆には選択肢が少ない。
出来たとしても、大声で避難先を伝えている自衛隊の人と同じことくらいか。
だが、遠く離れたところでこれ。ならば異変の中心である中央広場ではどうなっている?
それはもう、怪我人や逃げ遅れた人や何かの下敷きになっている人もいるかもしれない。
もしかしたら怪獣の手で殺されてるかもしれない。もしかしたら知り合いがいたり、両親がいるかもしれない。
見ていない紡絆には分からないが、間違いなく悲惨なことになっている。
(だから、これが正解……)
子供であっても、想像くらいはできる。
仮にここで小都音を放り出したら、彼女を一人にしてしまっては危険なのだから正しい。傍にいた方が守れるし不安にさせないだろう。
これが
どんな言い訳をしようとも、人間が人間である限りほとんどの者は自分自身が大切で正当化した選択を取る。
そうあるべきで、そうすべきで、紡絆は小都音の手を握った。
「おにぃちゃん……?」
「じょうぶ……大丈夫!僕が傍にいるから。僕が守るから。だから…こわくないよ。任せて!」
「……うん」
人混みから離れた今なら、遠い場所へ逃げることは可能だろう。
両親がどこへ行ったか分からないし無事なのかも分からないが、合流方法なんて生きているならどうともなる。
だからこそ紡絆は小都音を不安にさせないために笑顔を向けると、胸にこびり付くような未練を振り払って逃げるために離れようとした瞬間---
「ッ!?」
凄まじい爆発と共に、轟音が周囲に響く。
地震のような揺れに体勢を崩しかけて強引に保つと、慌てて路地から抜け出す。
煙から何かが抜け出す。
そこには、巨人が居た。
銀色の肉体。溶岩が冷え固まったような暗色をし、体表は怪獣と同じく生物的な肉質をしているが、胸に存在する赤いY字型のは巨人にしかないものだ。
さっきまで居なかったのに、何故か存在していた。
思い出したかのように森の方を見る。木々は何かが駆け抜けたかのように折れていて、火は既に収まっていた。
それを見て、紡絆は俯く。
「僕は………」
あの巨人の正体も目的も分からない。
怪獣の方だって分からない。
だが、戦っているのだろう。
あのまま逃げることも出来たのに。戦ったら傷つくだけなのに。
それでも巨人は、自ら前に出た。自ら怪獣の元へ向かった。
なのに、自分はどうだ?
自分には守るべき、守らなきゃいけない存在が傍にいる。
何度そう、自分に言い聞かせてきたか。
何度そうやって、言い訳を述べて。
何度そう、逃げているのか。
「う……」
独りにしたら危険なのは、間違いないだろう。
周りは責めても、両親はきっと責めない。むしろよくやった、と褒めてくれるはずだ。
身内や大切な人が死んだ人々は生き残ったものを非難する。それは行き場のない感情を向けてしまうことで、仕方のないことだ。
例えその未来があったとしても自分が、自分たちが大切なのは正しくて、間違えてなくて。
「がう……ちがう……違う……!」
「お、おにぃちゃん…?どうしたの…?」
様子がおかしくて、小都音は不安そうな表情を浮かべたまま聞く。
この場で、危険しかなくて、怖いのだろう。どうなるか分からなくて、どうすればいいか分からなくて。
頼れる両親はいなくて、彼女にとって唯一頼れるのは紡絆だけなのだから。
「…行かなくちゃ」
「え……?」
俯いていた紡絆が顔を挙げる。
顔を挙げた紡絆は覚悟をした者の表情そのもので、何のことか分からない小都音は戸惑う。
「僕は……僕にはやらなくちゃ、やるべきことがあるんだ。やり残したことがあるんだ」
小都音に言い聞かせるように背を合わせて両肩を優しく掴みながら、真っ直ぐな瞳で告げる。
何のことか、何をか、何をする気なのか。
小都音には分からなくて、ただ無性にそれは
だから止めたくて、声を出そうとして、そう思っても体は上手く動いてくれない。
そんな小都音の様子に気づいたのか、それとも偶然か。
「---大丈夫。僕は絶対に帰ってくる。だって母さんと父さんに小都音を会わせなきゃいけないから。僕が死んだら悲しむ人がいるかもしれないから。僕は必ず生きて帰ってくる。だからほんの少し、ちょっとだけのお別れだ」
「きゃ……!?」
優しげに笑顔を浮かべる姿はいつもと変わってなくて、こんな時ですら同じで、完全に理解するよりも早く紡絆は小都音を抱きかかえた。
突然の浮遊感に小都音は驚きの声を挙げると、未だ言われた言葉に混乱する。
もしある程度成長していたならば、即座に理解して何か言えただろうが、紡絆も小都音もまだまだ子供だった。
だからこそ、こんな緊急事態になったら整理が追いつかない。
だが自分が何をするかを決めた紡絆は考える必要はなくて、そのまま走っていく。
路地裏から出て、人を避けながら一直線に向かった紡絆はそのまま口を開いた。
「すみません!この子を安全なところまでお願いします!」
「え、あ…キミは!?」
向かった先は先ほどから大声で民衆へ指示を出していた自衛隊の人がいる場所だった。
突如預けられた自衛隊の男の人は戸惑うも、すぐに冷静になったのか紡絆へ問う。
「僕にはやるべきことがあるので……! あとはお願いします!」
「やるべきこと…ッ!? ま、待ちなさい!」
「お、おにぃちゃん…!ま、まって、おにぃちゃん!おにぃちゃん!!」
背後から聞こえてくる静止も、涙まじりの声も。
全部全部無視して紡絆は走る。
その先は中央広場がある場所で、自衛隊の人が止めようとしたのも納得が行くだろう。
しかしいくら大人といえど、子供を抱えたまま全力疾走する子供に追いつけるはずもなく、どちらしか選べない。
だからか、唇を噛み締めると今にも追おうと暴れる小都音をあやしながら避難を優先した。
そう、助けられない命よりも確実に助けられる命を守るのは、正しいことだ。
それはいつだって、変わらない。
短な会話から二人の関係性が兄妹だったとしても、それで恨まれることになろうとも。
その男は、それを理解しながらも自衛隊を志したのだから。
人の流れに逆らい、自身が持ちうる全てを使う。
子供だからこその身軽さ。培ってきた技術。
それらを使って紡絆は中央広場へ向かうが、人々は何事かと思うだけで止めようとはせずに逃げることに必死だ。
いつ自分たちに被害が及ぶか分からない状況なのだから、仕方がないと言えば仕方がない。
だからこそ紡絆は体勢を崩した者や倒れそうになった人が見えたら支えるだけ支え、中央広場へ急ぐ。
あと少し、もう少し。
温度も湿度も高いのか風が生温く煙も濃くなっていく。近づけば近づくほど、身を蝕むナニカは広がっていた。
(怖い、逃げなきゃ、こわい、こわいこわいこわい---ダメだッ!気を確かに持たなきゃ…。僕はずっと逃げてた。怖いから。
そう、逃げていた。
正当化させて、理由をつけて。
本当の想いからずっと。
(僕が死んだら小都音は悲しむ。母さんも父さんも悲しむ。そんなの、わかってる。このまま向かったら僕は死ぬかもしれない。他人の命よりも家族をことを想うなら自分の命を守るべきで…分かってるんだ。僕だって死ぬのは嫌だ、怖い。死ぬのはきっと凄く痛くて苦しくして、経験したくないほどに悲惨なはずだから)
恐怖というのは誰にも存在する。
それは紡絆だって同じだった。
だから紡絆は向かう勇気がなかった。正しいことだと納得のいかない心を無理矢理納得させようとしていた。
なぜなら自分の行動が、家族を悲しませると分かってたから。
自分が死にたくないという自己保身もあったが、その中には家族に対する想いも入っていた。
(でも、この世界には御伽噺のような勇者はいない。架空の人物のような主人公もいない。ヒーローは存在しない……)
颯爽と何も現れないのが証拠だ。
明らかに異物である巨人と怪獣が戦ってるのに、何も変わらない。
それどころか被害は増え、殺気に満ちた空気が場を支配し、足が止まる。
もはや人間が居られるような領域ではなく、脳が警告した結果。
じゃあ、逃げ遅れた人々は?動けないまま死を待つしかないのか?ただ死を受け入れるしかないのか?
何も存在しない。誰も助けてくれない。
ならば。
(だから誰かが立たなくちゃならないんだ。誰かが立ち向かわなければならないんだ。誰かがならなくちゃならないんだ!
みんなを守れるような、みんなを助けられるような、誰かを笑顔に出来るような、不安を消し去って安心させられる…希望を与えられるヒーローが必要なんだ!僕にはそんな強さはきっとないけど、何もやらないままじゃ変わらない!強くなるんだ、誰かを守るために。この
子供が持つべきものではない考えを抱きながら、その考えが彼の『これから』を大きく歪ませることを、誰も指摘出来ないまま。
紡絆は確かな勇気と覚悟を持って、目的地に向かう。
そのように走りながら、不思議と胸の内が熱くなるような感覚が芽生え、目に熱が籠る。
ただ元凶とされる場所へ辿り着くからだと紡絆自身は思っただけだが、その実。
彼の体には異変が起こっていた。
黒い瞳を持つ紡絆の瞳が、
鏡や何か投影するようなものがないため異変に気づけないまま、紡絆はようやっと中央広場へ辿り着くことが出来た。
さっきとは比べものにならないほどに熱く、酸素が薄く、それでいて鼻につくような血の臭い。
地面は亀裂が走り、抉れ、割れている。
さらに顔も体も見えるに耐えないほどに抉られた死体があって---
「う……っ!?」
明らかに怪獣の爪に引っ掻かれたかのような、臓器が外に出ている死体。皮が焼け、爛れた死体。手足が欠損した死体。首のない死体。上半身がない死体。下半身がない死体。骨が露出した死体。首から下がない死体。半分しかない死体。脳味噌が見えた死体。原形を止めてない肉片のようなナニカ---
「おえぇえぇえええ……ッ!!」
他にも様々な死体が転がっており、目玉や臓器が落ちていたりなど明らかに逃げ遅れた人たちのものだ。
そんなショッキングな光景を見て普通で居られるはずもなく、胃の中からむせ上がってくるのを感じ取った紡絆は口元を抑えながら蹲ると、激しく収縮する胃によって勢いよく吐瀉物が吐き出される。
粗方吐いてしまうと、絞り出すようにトロトロと口から唾液とも胃液ともつかぬものを吐いて、やっと嘔吐が収まった。
真っ青な顔色で、荒い息をついている。
むしろこれほど無残な惨状を見て平気で居られる方がおかしい。それも大人ですら目を背けたくなるほどのものなのに、吐くだけで済んでるのは彼の精神力が強いお陰か。
それだけではない。
紡絆はその惨状を見て、目を離さない。
吐いた影響で異物感や不快感は残っているが、その現実を紡絆は受け止めようとしていた。
(間に合わなかった……間に合わなかった間に合わなかった間に合わなかった!僕がもっと早ければ…僕がちゃんとしてたら一人でも助かってたかもしれないのに……ごめんなさい…ごめんなさい…!僕のせいだ……僕は知っていたのに……ナニカが来るってわかってたのに……)
誰も責めない。
逆だ。子供がたった一人居た程度で死体が増えるだけで、何も出来ないだろう。
それに彼は出来ることをしていた。
いち早く察して大声で逃げるように言ったのに、周りは聞かなかった。
妹を助けることはしていたし、精一杯のフォローは他者にもしていた。
もし仮に中央広場へ居ても同じことが起きただけ。
まぁ、知っているのと知ってないことに対する差はあるため、一人でも助かっていた可能性はあっただろう。
だとしても必ず死者は出ていた。
分かっていても避けられない運命というものはあるのに、誰もそれを教えてくれない。誰も伝えてくれない。
だからこそ、彼はこの惨状を誰かのせいではなくて、分かっていたのに行動に移さなかった自分のせいだと、自分だけを責める。
自分が、全ての原因だと思い込む。
本当は、誰のせいでもないのに。
(……まだだ。泣くな、泣いちゃダメなんだ!後悔するよりも、探さないと……せめて、せめて誰か一人でも助けなきゃ…この人たちを救えなかったなら今出来ることをしなきゃ……反省も後悔も全部全部後にしなきゃ……!僕には、
今にも泣きたくなるような、心が悲鳴を上げる。
それらを無視しながら手に力が籠り、俯きながらふらふらとした足取りで歩みを進める。
自分がやるべき、
熱風と衝撃が襲いかかり、咄嗟に顔を覆いながら顔を上げると巨人と怪獣がすぐ近くで戦闘を行っていた。
殴り、蹴り、引っ掻き、噛みつき、フィクションのような戦い。
けれど現実で、紡絆は足が縺れて勢いよく転んだ。
「っつ……」
超常的な存在の戦いが近くで行われていて、人がまともに動けるはずもない。
顔も足も痛かったが、動く力がないのか伏したまま地面を見ていた。
このまま居ても、いずれ先ほどのような死体と同じように焼かられるか殺されるかの二択になるだろうが体が動いてくれない。
(起き、ないと……やるべきことが、あるのに……強い自分にならないと…痛いのも、苦しいのも、全部全部我慢できる…そうだ、僕のことは
手に力が入らない。
ただ脱力感だけが体を支配し、紡絆は唇を強く噛み締めた。
覚悟を決めて来たのに、何も出来ていない。何も成せていない。
それどころか多くの人の死体だけしかなくて、自分自身の無力さに。自分がどれだけ小さな世界に生きていたのか自覚して、心が軋む。
保っていた火は薄れ、光は失いかけて、視野が狭まって、涙が溢れそうになる。
結局、人助けをしても小さなものしかしたことはなくて。
結局憧れがあったとしても辿り着けなくて。
結局、人の笑顔や喜ぶ姿が好きでもこんな状況になったら簡単に奪われてしまって。
結局、この世界にヒーローも勇者も主人公も居なかった。
なろうとしても、なれなかった。
現実というものだけを思い知り、もういっそのこと、自分も楽になるべきなんじゃないか、と諦めようと目を閉じようとしたとき---
「ママー!パパー!たすけて!だれか、だれかたすけてぇえええ!」
「ッ!?」
誰かの、助けを求める声が耳に入った。
その瞬間、考えるよりも早く体が動く。
力の入らない体に鞭を打ち、ふらふらな足取りでも走る。
さっきまで動けなかったのに、動けている。
それは紡絆の心が折れていたわけではなく、酸素の薄い空間で胃の中身を吐き出した上に走り続けた影響で体力が失われ、酸欠と脱水によるものだったのだが、そんなことを知るはずもなく動けるならばそれで良いと紡絆は急いで走って、自身よりも小さく幼い男の子が泣き叫んでる姿が見えた。
(なんで、こんなとこに…ッ。いや、それよりも親は!?いない、はぐれた?巻き込まれた?分からない。分からないけれど、僕の目が届くところなら、僕の手が届くなら、絶対に助ける…!)
紡絆が居ないところで起きたのが、死体の数々だ。
それに関してはどうすることも出来ない。紡絆は納得しないだろうが、仕方がないのだ。
だが、今は違う。
距離は遠いが、手が届く範囲内だ。
今度こそ、今度こそはと走るが全力の速度が出なくなってるせいでいつもなら遠くないのに遠く感じていた。
それだけではない。
運命とは残酷なものなのか。
怪獣の爪を巨人が横に避けた時に背後にあった鉄柱が怪獣の手によって引き裂かれ、支えを失った鉄柱は男の子の頭上へ堕ちていく。
「やばいッ…!」
『---!?』
紡絆と巨人が気づいたのは同じタイミングだった。
すぐさま起き上がって向かおうとした巨人は怪獣によって拒まれ、避けながら進もうとするがそのせいで遅れている。
紡絆もまた、本来の力を出し切れない。出し切れる体力が無くなっている。
数十---いや、後二秒もすれば潰されて死ぬだろう。
(ああ……ダメだ。間に合わない…。間に合わない……?だからどうした?間に合わないなら間に合わせろ…!何のためにここに来た、何のために僕はこうしている?諦めるな…!自分がどうなっても死んだとしても、助けるんだ…ッ!)
世界がスローモーションになる錯覚を覚えながら、紡絆は必死に足を動かす。
諦めそうになった心を鼓舞して、ただ必死にもがく。
「け……どけ……とどけ、届け、届けえーーーッ!!」
加速する。
風を抜き去り、落下してくる鉄柱よりも素早く紡絆は抱きつくように飛び込んだ。
堕ちてきた鉄柱は容赦なく潰し、埃が煙のように舞い上がる。
『---ッ!』
怪獣を引き剥がした巨人は振り向く。
土煙が発生していて何も見えないが、巨人の目には直前に何者かが飛び込んだ姿が映っていた。
ゆっくり、ゆっくりと土煙は風に流されていく。
落ちた鉄柱は地面に突き刺さっている。
けれども、その鉄柱には血痕がひとつもついてなかった。
つまり---
「はあ、はあ…へ、へへ…ぎ、ぎりぎり…だった……けど、だいっじょぶ……!?」
踏み潰されるギリギリの位置に、二人の少年が居た。
一人は倒れて、一人は乗っかかっている。
そして助けた本人である紡絆は、ゆっくりと体を起こしながら下敷きになった際に擦れた背中に顔を顰める。
服は破け、痛々しい擦れ傷がうっすらと見える。
「だ、だい…じょうぶ」
「そっか…!お母さんやお父さんは?」
「あ、あっちに…」
何が起きたのかいまいちよくわかってないのか、戸惑いながら男の子が指差す。
追うように視線を向ければ、そこには瓦礫の山があった。
「一緒に来て!」
一瞬だけ目を怪獣の方へ向ければ、まだこっちには気づいてない様子。
置いていくわけにもいかず、紡絆は男の子の手を引きながら瓦礫の山へ近づく。
問題は埋もれているのか道を塞がれているか。
後者ならば最悪何とかなるかもしれないが、前者ならば手遅れの可能性が高い。
後者であることを願いながら紡絆は凝視し---
「ッ……」
二人の大人が瓦礫に埋もれていた。
つまり前者だったということ。
また救えなかったことに後悔しそうになって、よくよく見れば踏み潰されることなく空白があるのが見えた。
慌てて息を確認するように耳を近づけると、僅かだが聞こえる。
「に、兄ちゃん…?」
「……!大丈夫、生きてる!」
しかし奇跡的な位置で潰れてないだけで、下手に動かせばそのまま潰れてしまう。
それに石は拳くらいの大きさでも重たいものである。
それが巨大な石となれば、動かすのはどれほど至難な技か。
持ち上げようとしても、持ち上がらない。
押すわけにはいかず、それこそ巨人ほどの力がなければ無理だ。
(どうする?どうしたらいい?どうしたら助けられる?考えろ、考えろ考えろ……!)
使えるものがないかと周りを見て、角材が落ちてるのが見えた紡絆は引っ張って突き刺し、持ち上げようとするいわゆるてこの原理を利用しようとしたが角材が先に折れる。
それに一つだけ動かしても崩れるだけで、それは分かっているのか細かく邪魔な石を投げ捨てていくが、それだけでもどれだけ時間がかかるか。
「パパ!ママ!」
「くっ……!?」
必死に石を掻き分けていると、大きな音が聞こえた。
音の発信源へ目を向ければ、巨人が倒れて怪獣がこっちを見ていた。
投げられたのか、すぐには巨人は起き上がれない。
しかしゆっくりとだが確実にこっちに向かってきており、見つかってしまったのだろう。
「時間が無い…!」
自身の爪が傷つくことも指が痛むことも厭わず、小石をかき分けては少し大きめの石を投げ捨て、少しでも早く軽くする。
それでも問題は大きなひし形のような石をどう持ち上げるかであり、ひとつでも苦労するのにふたつも積もっていたら時間が足りずに怪獣が先に到達してしまう。
「…う……に、にげて……」
「!?」
「ママ…?そ、そんなのいやだよ…!」
意識があったのか男の子が母親らしき人物が振り絞るように呟く。
それを聞いた子供は反対するが、現実はそうはいかない。
あと数秒もすれば転がっていた死体のように、四人とも引き裂かれる。
「お、おねがい……こん、かい…だ、け……いい、子だ…から…き、いて……」
「イヤっ!イヤイヤ!ママもパパもいっしょがいい!」
「ご、ごめ…んな。ぱ、パパも…ま、ママも…い…けな、いんだ。た…頼みます…そ、その…子を……一緒に…」
間に合わないことを悟っているのか、せめて子供だけは逃がそうと母親も父親も紡絆に託そうとする。
この場で頼れるのはちょっと歳上なだけの子供だからか、二人とも申し訳なさそうで、それでも託すしかないのだろう。
男の子がどれだけ泣いても、我儘を言っても、どうしようもない。
「……僕は」
紡絆は拳を握りしめながら動けなかった。
もう爪は割れたり削れたり、血が出ていて頼りにならないようになっている。
選択としては正しい。
このまま全員が死ぬくらいなら、親としては子だけでも助かって欲しいのだろう。
だから二人の言う通り、紡絆が男の子を連れて逃げれば助かるかもしれない。
助かって、どうする?
男の子だけは無事かもしれない。けれど男の子の親はもう居ない。子に必要なのは、親だ。
まだお金や他のことを大事と思う年頃ではない。一番大切なのは、家族だ。
刻一刻と選択は迫られる。
逃がすか、死ぬか。
「……なんだ」
揺れが近づく。
怪獣が近づいて、子供が泣いて、親は慰めながらそれでも懇願して。
起きている全てから遠のいて、紡絆の耳には何も届いてなかった。
迫られた選択。
決断しなければならないとき。
命だけは助けるか。心だけを救うか。
「違う……そんなの、それだけは違う。ダメなんだ…!」
「に……兄ちゃん…?」
「な、なに……を……!?」
血が流れ、汚れた両手で紡絆は掻き分ける。
その行動に子供の親は驚くが、紡絆は痛みに顔を顰めながらも顔を見て口を開いた。
「違うだろ…!認めちゃ。選んじゃダメなんだ!この子の親は貴方たち二人しかいないんだ!例え子供が生きたとしても、親という宝物を失ったこの子は辛いだけ…です!」
「け…れど……」
「心も命も!全部無事じゃなきゃ!絶対絶対助ける、助けてみせる!」
そう、紡絆は選ばなかった。
逃げて命を助けることも。一緒に最後まで居させてあげることも。
選んだもの。
それは、これからも共に生かせるという選択。
しかし現実的ではなく、理想でしかなかった。
まだまだ取らなくちゃならないものはたくさんあって、音はかなり近くなっていた。
振り向けば怪獣はもうすぐそこで、あと数歩もすれば殺される。
「わた、し……たち…の、こと…い、いい……から」
「に、にげ……」
「できない、できない!この子が大切なら!この子ことを想うなら、本当に想ってるなら!生きて…!生きてこの子と共に歩んでください!絶対に助ける!助けます!だから、だから諦めないでください!」
賭けに出るように、瓦礫の山ではなく下敷きになっている原因のひし形の岩に手を突っ込む。
陰が差す。
ゆっくりと、少しずつ巨大な影が紡絆や男の子を、瓦礫に埋もれる夫婦を包む。
「救うんだ…今度は、今度こそ強く…今、強く…!そのために僕は……僕は……
影が動く。
何かを振り上げたのか、いや腕に備わる巨大な爪が振り上げられる。
同時に何かがキッカケとなったのか、紡絆の目が黒目と金色に点滅し、金色に染まる。
「た、い……ぜ……だ、い…!ぜっ、たい……絶対諦めないっ---!!」
そして巨大な岩が持ち上がった。
人が動ける空間を作り出し、紡絆は歯を食いしばりながら持ち上げ続ける。
それを、その姿を見たからか。
男性も女性の目にも諦めの色が見えなくて、瓦礫の山から抜け出した。
しかし振り上げられた爪が容赦なく振り下ろされて---
「だ………らぁあああアアアアァァ!」
気合と共に紡絆はその岩を上空へ投げ飛ばす。
子供とは思えない力。子供とは思えない速度。
それでも所詮、人の域を越えていない。
世界はどこまでもどこまでも残酷で非情で。
爪によって岩は簡単に破壊され、精一杯の抵抗も無駄に終わる。
紡絆の背後では子供を抱きしめて、男の子もしがみつくようにくっついて。
だとしても、そうだとしても、紡絆だけは即座にそんな三人を庇うように前に出て両手を広げていた。
その目に、決意の光を保ちながら。
そして無惨にも、そんな勇気ある少年と助けられた親子は怪獣の爪によって殺される---
(痛みが……ない?)
次に来るであろう苦痛を覚悟していたのに、体のどこも痛いという感覚もなければ、身体のどこかに異常があるわけでもなかった。
ただ風圧だけが凄くて、何が起きたのかを確認するように紡絆は目を開く。
『デェアァァ!』
するとそこには巨人が怪獣の尻尾を引っ張り、勢いよく引き離すように投げている姿が見えた。
巨人の手によって投げ飛ばされた怪獣は紡絆たちから離れ、遠くへ腹から落ちる。
それを見届けた巨人は紡絆たちの方を見て、紡絆は僅かながら警戒する。
『………』
「……!」
特に何かをしようとする様子もなく、巨人はただゆっくりと頷いた。
喋ったわけでも、頭の中に声が響いたりとかそういったことを伝えられたわけではないが何が言いたいのかを理解出来た紡絆は同じく頷くと、すぐに振り向く。
「少しじっとしててください…!」
返事を待つことなく、その辺にあった鋭利なもので自身の服を引き裂くと包帯代わりに男性の足に巻いたり女性の腕に巻いたり、と応急処置を施す。
専門的な知識があるわけでもないのに、『なぜか』どこが怪我をしているのか分かったからの処置だった。
「これで……よし。時間がありません。出来る限り早く、無理しない程度に逃げてください。ボク、俺はもうついて行くことは出来ない…だからキミが両親を守るんだ。出来るだろ?」
「う、うん……でも…」
「俺にはやることがあるんだ。だからほら、行って!今両親を守れるのはキミしかいないんだから!」
いつ怪獣が向かってくるか分からない。
だからこそ、立たせた紡絆は気合いを注入するように男の子の背中を軽く叩くと、笑顔を浮かべた。
チラチラ、と何度か紡絆を見るものの、男の子は覚悟を決めたのか両親の手を握っていた。
「あ…ありがとうございました」
「この恩は忘れません…!」
「いえ…そのまま真っ直ぐいけば自衛隊の人たちがいます。あとは彼らを頼って!」
それだけ告げると、感謝を示すように頭を下げる男性と女性に背を向けて走り出す。
僅かに後方へ視線を送れば男性が足を怪我してるのもあって肩を借りながら急ぎつつゆっくりと向かっており、早歩き程度の速度しか出てないが無事に帰れるだろう。
怪獣の方もまだ起き上がっていない。
それを見た紡絆はやるべきことをやるために巨人に近づいて口を開く。
「巨人さん、ありがとう!」
『---』
助けてくれたことに対するお礼の言葉。
僅かに『まだここにいる』ということに驚いたように固まった巨人ではあるが、すぐ気にしてないというように首を横に振る。
「そっか…じゃあここからは俺に任せて!この周辺にいる人々は何とか避難させるから!だから安心して!」
『………!』
巨人は何かを気にするように戦っていた。
それが何なのかを察した紡絆は巨人に伝えると、巨人は止めようと手を伸ばしていたのだが既に行動に移っていた。
今の紡絆は視野が広い。聴力も上がっている。
何よりも---
(なんだろう……?不思議と力が溢れてくる…今ならもっと多くの人を救える…もっと多くのことが出来る…!)
先ほどの瓦礫の岩を投げた時といい、今といい、身体能力が異常なほどまでに高まっている。
それに、分かるのだ。
今の紡絆には何処に何人いるのか、どういう状況なのか、それが『視えている』。
この周辺の人々を避難させなければ、いずれ戦いに巻き込まれるだろう。
そうしてあの死体の数々のように命が失われてしまう。
それを阻止すべく、紡絆は動く。
怪獣が立ち上がり、巨人がぶつかりに行く。
言葉は一方にしか通じてないだろうに、協力関係が出来ていた。
「こっちへ…!こっちからなら避難できますから!」
閉じ込められていることを知っているため塞いでいた岩を押して退けると、逃がす方向に手を振りながら中に閉じ込められていた五人の男女を誘導する。
その際に助けてくれたことに対する感謝と同時に子供が出せるような力では無い力で退かした姿に畏怖するような目を向けられる。
しかし気を取り直すように頬を叩くと、次の場所へ移動した。
脚を怪我した人に応急処置を施したあと抱え、平坦な道まで連れていくと避難先を伝える。
一緒に逃げないのか、と聞かれてもやることがあると断りを入れ、また次へ。
鉄柱を退かして、木を退かして、岩を退かして、時に引っ張って持ち上げて、抱えて、庇って、走って、火の手が迫ってきたとしてもそこにいる人を必死に助けていった。
けれども、人の感情に聡くない紡絆ですら向けられるものが何なのかをうすうすと理解していた。
今まさに暴れている怪獣と戦っている巨人。
そんな二体のように、自身を見る目や言葉は
時に殴られたり、近づくなと言われもした。無論全員がそうだったわけではなく、少数で殆どは余裕がなくて感謝ばかりだった。
ただ、紡絆はそれでもよかった。
誰かを助けられるなら。恐れられても、怖がられても。殴られても。
ちょっと胸の辺りが痛くなるだけで、我慢出来ないものじゃない。
人が死ぬよりも、マシだから。
「ま、だ……」
頬が腫れ、炭が付き、指は血だらけで、脚はもう限界を迎えているのか引き摺っていて、服はボロボロ。息も絶え絶えで、酸素が不足している。
だとしても、頭から血を流して、目眩がしていても。
倒れる訳にはいかないと必死に動いていく。
周囲に人の気配はなく、逃げ遅れた人はもういないだろう。
かなりの時間を費やしたが、ようやく全てが終わった。
だがその瞳の光は薄れ、既に元の色へ戻ってしまっている。
さらに紡絆の体は意思に反して倒れてしまった。
あまりに酷使すぎたため、脳が休もうとしている。
(だ、め……いか、なきゃ……かえ、らな…いと……)
このまま眠れば、巨人と怪獣の戦いが激化して巻き込まれるだろう。
そうなれば、家族とはもう会えない。
何より、ここに居るだけで邪魔になってしまう。
もがいて、抗おうとして、全身の力が失われていく。
『---ぐァアア!?』
意識が消えようとした紡絆の近くで、大きな衝撃と共に何かが聞こえた。
うっすらと目を開くと、巨人が傍で倒れている。
疲労してるのは紡絆だけではない。
長いこと戦って、何度も攻撃を受けた。
10mしかない巨人は20mの怪獣を相手にしていたのだ。
時間が経てば経つほど、追い詰められるのは当然だった。
「きょ……じ、んさ……ん」
手を伸ばす。
何をしようとか何かやるべきことが分かってたわけではない。
ただ心配で。ただ守りたくて。
『…フッ!?』
その声を聞いて気づいたのか、巨人は紡絆の体を覆うように手で隠すと、同時に巨人の背中には稲妻のような、雷光が直撃した。
威力の高い攻撃なのか巨人が耐えきれず再び地面に伏せてしまうが、すぐさま転がって紡絆を降ろすとふらつきながら立ち上がっていた。
(うご、かないと……このままじゃ…やばい……。おわ、らせないと…戦いを、終わらせないと……!)
既に尽きた力を絞り出し、限界を示すように震える脚に動け、と叱咤する。
それに応えるように動いて、一歩、一歩と着実に前へ歩んでいく。
「げほっ、げほっ……」
火が回りすぎて、どこもかしこも火と煙ばかり。
煙たい空間で長いこと息をすることなど出来ないし、まともに呼吸することすら出来ない。
より体力を奪っていく環境でひたすら動く。
動いて動いて動いて動いて、崩れるように両膝を着いてしまった。
(もう、もた…ない……。ごめ、ん……俺は、なにか…出来たのかな……)
頭痛も目眩も吐き気も耳鳴りもして、呼吸は苦しくて眠気は凄くて体は痙攣を始める。
歩くことすらままならなくなり、集中力は途切れてしまっている。
まだ紡絆は知らないが、一酸化炭素中毒といわれる症状だ。
危険な領域にまで達しており、生きてるだけでも奇跡だ。
よく持ったと言ってもいい。
(あ…でも……)
徐々に意識が薄れていく中。
今にも目が閉じてしまいそうな時に紡絆の頭の中を何かが過ぎった。
(俺が死んだら…神樹様と会えなくなっちゃうな……神様でも悲しんでくれるのかな……悲しんで…欲しく、無いな……。ほか…の人が……母さんや父さんが…みんなが、笑顔な…せ、かい……に…)
薄れる。
最後の最後まで、神樹様や家族といった他の人たちを思い浮かべて心配するだけで、そこに自分という存在が消えている。
生きて帰る、ということを忘れたように。
紡絆は重たくなった瞼を閉じた---
「--ん!」
体が揺れる。
力尽き、意識を失いそうになった紡絆の耳に何かが聞こえた。
残念ながら力は入らない。
しかし聞こえてくる声は何かと言われれば走馬灯、というわけでもないだろう。
「お---ん!」
不思議なことに、その声は紡絆の中に強く、深く響く。
まるで子供が泣きじゃくってるような、そんな声。
泣いている。
誰かが、誰かが泣いていた。
「おに---ゃん……!おに---ん!」
それが誰なのか、目を開けないことには分からない。
けれども、力が入らなければ何も出来ない。
嫌だった。
目を開けたら、そこには悲しむ誰かがいる。
嫌いだった。
人が悲しむ姿なんて、辛い姿なんて。
好きになった。
人の笑顔を見て、幸せそうな姿を見て、綺麗だと感じた。
(起きないと……泣いてるなら、俺が拭わなきゃ……俺の近くで、誰かが泣いているのに。今起きたら拭えるのに…。嫌だ……そんなことも出来ないまま、死ぬなんて…俺がやらなきゃ…ここにいるのは、俺だけなんだ……俺がやらないと、誰が今泣いてる子を笑顔に出来る……!?)
火が灯る。
自身の奥底に芽生える、暖かい温もり。
それがなんなのか分からない。知る由もない。ただ分かったのは、それを掴めば自分はまだ死ぬことは無いということ。
だからこそ動かないはずの体を、ただ眠って死ぬだけだったはずの意識を『根性』という名の気合いだけで覚醒を促し、死という逃げ道を。死神の迎えを振り払うように、迷いなくその火を、その光を掴む。
自分のためじゃない。
誰かの為に。
近くで泣く誰かを支えるために、紡絆は死という概念をぶち破る。
「おに--ちゃん!」
鮮明になっていく意識。
その声は、幾度も聞いてきた声。
大切で、守りたくて。そのために逃がしたはずだった。
そう、本来ならここには居ないはずの人物。
「おにぃちゃん!おにぃちゃん!おきて、おきて!やだ、いやだよぉ…!!」
広がった視界に移るのは、顔がぐしゃぐしゃになったのも気にすることなく縋るように泣きつく少女の姿。
泣いている。泣いていた。
いや、泣かせてしまった。
「こ……とね……」
「………!」
力が入らないからなんだ。
動けないからなんだ。
苦しいからなんだ。
痛いからなんだ。
そんなの、他の人に比べればまだまだマシだ。
巨人に比べれば、微々たるものでしかないだろ。
そんな
「おに……ちゃ、ん…」
「な、んで……来た……?」
自身の手に手を重ねる小都音に、紡絆は疑問をぶつける。
ここへ来る前、紡絆は確かに預けた。
他の者たちよりも積極的に助けようとしていた人だったから。
そんな人物が危険と分かってる場所にみすみすと行かせるはずもない。
「だって…だって……!」
「っ!」
その疑問に小都音が答えようとして、紡絆は何かに気づいたように小都音を抱き寄せる。
それと同時に、眩い光が覆い尽くす。
目の前を見てれば、怪獣の口から放たれた雷光を巨人が両腕で防ぎながら、僅かに此方に目をやっていた。
「まも……ってくれたの?」
「ゴホッゴホッ……か、彼は…味方…だ、と思う…から……いこ、う」
ずっと見てきた紡絆はわかっていたが、小都音は初めて見たからだろう。その表情は驚きに染まっている。
説明している暇はないし詳しくは紡絆も知らない。
ただ何かを喋った訳では無いが、『逃げろ』と言っているように思えて、紡絆は短めに答えながら鞭を打って小都音の手を取ると起き上がる。
「う、うん……けほっ」
話は後にしてやるべきことをやろうとしたが、死にかけていた空間にいるのもあって小都音は少し苦しそうに顔を歪めている。
それを見た紡絆は何かを探すように服を探り、ポケットに入っていた物を取り出すと小都音の口と鼻を覆うようにそっと当てた。
「おにぃちゃん…?」
「ちゃ、んと……おさえ、てて…くれ」
余裕のない、真剣な顔。
そんな姿を見たからか、小都音は大人しく紡絆から渡されたハンカチで口と鼻に当てる。
少しでも小都音が苦しくないようにした紡絆は、ふらふらな足取りで少しずつ小都音を引っ張っていく。
咳き込んで、息切れを起こしながら。
元々限界だった体力も体も気合いで何とかしてるだけの状態なのに、紡絆は必死に動く。
「あ、の人……は?」
「お、おにぃちゃんが…帰ってこないから、心配で…だ、だから暴れて振り払って……そこから、見えなくちゃって…わかん、ない」
「そ…か」
怒られるのでは、と思ったのかちょっぴり怯えたようにここへ来た経緯を説明する小都音に、紡絆は怒ることはなかった。
怒る権利は無いし、その言葉を信じるなら無事なのだろう。
元々自分の役割を押し付けただけで、罪は無い。
それに来てしまったものは仕方がないため、あとは無事に連れて逃げられるかどうかだけ。
「はっ……はぁ……」
気遣う暇すらなく、荒々しい呼吸を繰り返しながら紡絆は小走りで動く。
引っ張られる小都音はついていくだけで精一杯で、ふと耳に何かが聞こえる。
それは紡絆も同様で、動きを止めて振り向いていた。
背後。
何が起きていたのか。
考えなくとも分かるだろう。
怪獣と巨人が戦闘していた場所。
かなり近くだった。そこまで離れてないわけではない---いや、離れてはいた。
怪獣と巨人の距離は確かに離れており、地面は擦れ跡が残っている。
そこから考えられるのは巨人が押されていた、ということ。
『グッ……ガヴァ……』
巨人が片膝を着く。
見た時には何も無かったが、巨人の体に稲妻が帯電している。
ビリ、ビリと小さな音を紡絆だけが聞き取れた。
巨人は立とうとする。
しかし立とうとしたところで、片手を地面に着いてしまい、聞き覚えのある音が辺りに響いた。
「な、なに…?おと…?」
(これ…心臓の音…?もしかして、そうなのか…?そうだったのか…?)
呆然と立ち尽くすしかなくて、紡絆は自身の手に力が籠るのを感じた。
理解した。してしまった。
この音の発生源がどこなのか。この音がどういった意味をしているのか。何より、巨人がどんな存在なのかを。
この世界に舞い降りた神、というわけではない。全てを解決してくれるような全知も全能も持っていない。
(キミも…俺と同じなんだ。俺たちと、人間と同じなんだ……殴られたら痛いし殴っても痛い。弱点だってあって、死ぬときは死ぬんだ…この音は、キミの命の光なんだろ…?これが止まったらキミは死ぬんじゃないのか…?)
一見、巨人は超常的な力を持ったナニカだ。
未確認生命体としか認識は出来ず、何を目的で来たのかなんで戦ってるのかも分からない。
ただ、巨人は命を懸けていた。
命懸けで戦って、怪獣を止めようとしていた。
どっちが悪いかなんて、今はどうだっていい。
劣勢なのは巨人の方であり、人間を守ってくれたのは彼だ。
(俺は……)
はっきり言って、長くはないと紡絆は理解していた。
そもそも沈みかけた意識を強引に叩き起しただけで、身体の異常が消えた訳では無い。
さっきに比べれば力も全く出ず、視界はぐらつくし耳鳴りは酷くうるさい。
「ど、どうしたの…?おにぃちゃん…?」
「……!」
逃げることも話すわけでもなく、ただ立ち尽くすだけ。
そんな紡絆に小都音が声を掛けると、紡絆はハッとしたように小都音を見て、巨人を見て目を伏せる。
(……ごめん)
心の中で謝罪する。
果たしてそれは、誰に向けたのか。
しかしやるべきことを定めたように顔を上げると、小都音の手を改めて強く握る。
変わらない。今できることを精一杯するしかなくて、やれることをやっていくしかないのだから。
「行こう……!」
「う…うん……」
巨人と怪獣から背を向けて、手を引いていく。
僅かに交わされた会話が聞こえていたのか、背を向けて離れていく兄妹を見た巨人は前を向く。
ここで退けば、彼らの命はない。
その判断を肯定するように、巨人は行動で示そうと立ち上がろうとしていた。
そんな巨人に怪獣は急速に迫り、その爪を叩きつける---
二体の未確認生命体から離れ、紡絆はあらかじめ『見た』場所に小都音と共に隠れる。
戦いによって出来たのか、塹壕のような溝。
周りに倒壊の危険性はないし、ある程度ならばやり過ごせるだろう。
「小都音、ごめん」
「え……?」
紡絆が突如謝罪の言葉を述べる。
今までの行動の中で、謝るようなことがあったか。
言葉の真意が理解出来なかった。
「いいか、外には絶対出ちゃダメだ。俺はまだやり残したことがあるから、これ以上は一緒に逃げられない。下手に逃げるより、ここにいた方が安全だと思うから」
「お、おにぃちゃんは…どうするの……?」
「………」
また離れるような言い方をする紡絆にどうするつもりなのか聞くが、紡絆は何も答えなかった。
険しい表情でどこかを見て、そして『いつも』のように笑った。
「じゃあ……行ってくる!」
「ど、どこに……きゃっ…!?」
溝から抜け出し、走り出す。
小都音は紡絆を止めようとしたが、石礫が降り注いで道を妨げる。
紡絆はそれらを回避しながら明らかに巨人と怪獣の方へ向かっていっているが、身動きが取れなかった小都音は追いつくすべがなかった。
避けて、動いて。
失われたはずの体力も力も、不思議と湧いてくる。
いや正確に言うならば、リミッターが外れてしまったのだろう。
限界を超え、幾度も引き出していたせいで緩みが生まれ、そこから溢れ出た。
アドレナリンが分泌されてるのもあるだろうが、落ち着けば暫くは動けなくなるかもしれない。
どうでもよかった。
紡絆にとって動けるならそれで良くて、今自分がどんな状態かすらも気にしていない。
動けるから動く。動かなくとも動かないと行けないから動かせる。
たったのそれだけの理由であり、想いに応えるように視界が鮮明になっていく。
広がった視野。前方に見えるのは、怪獣の爪を両腕で何とか防いでいる巨人の姿。
力が入らないのか怪獣の威力に圧倒されているようにエビ反りになっており、引き離す力は無いのだろう。
「はあ…はあ……なに、か……」
息を整えながら辺りを見渡す。
このままでは巨人が負けてしまう。
しかしちっぽけな存在でしかない人間に出来ることなどあるのか。
『ウアァァァ---!?』
「っ…!?」
そうこうしてる内に巨人が怪獣に蹴り飛ばされる。
咄嗟に右へ飛び込むことで踏み潰されることを避けるが、すぐに紡絆は土煙の中へ突っ込む。
「けほっけほっ!きょ、巨人さんしっかり…!巨人さん、しっかりして…!」
鼓動音は収まらない。
脈打つように音は鳴り、胸元が赤く点滅している。
紡絆は巨人の傍で揺するように腕を両手で掴むが、小さすぎて揺することも掴むことも出来ず、引っ付くという状態にしか見えない。
『へァ……!?』
だが巨人は紡絆の存在に気付いたようで、体を起こしながらどこか驚いたように見ていた。
ダメージはあったが無事な姿に紡絆は安堵の息を吐く。
だとしても、状況は何一つ変わっていない。
立ち上がろうとした巨人は立ち上がれず、人間のように荒い呼吸を繰り返している。
さらに砂埃で上手く見えないが、怪獣がいるであろう部分に光が見える。
それは分からない。でも嫌な予感がすることから、間違いなく例の雷光だ。
「………俺が何とかしないと…!」
『……!』
それを見た紡絆は振り向き、巨人は思わず手を伸ばす。
然しながら手は届かず、傍から離れた紡絆は砂埃から抜け出し、怪獣の近くまで近づく。距離からしてざっと5m
おかげで見えたが、口に貯められている雷光は今までよりも大きく、それでいて密度が濃い。
間違いなくこれで終わらせる、という意志を感じさせ、紡絆も巨人も死ぬだろう。
(止めないと……あれを停止させないと、巨人さんが死ぬ……!考えろ、どう止める?どうやったらいい?何かを投げる?叩きつける?ダメだ、多分気づかれない。じゃあしがみついて逸らす?無理だ、武器がないと何も出来ない。なにか、なにかしないと……!!)
必死に考えを巡らせて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて---容赦なく、タイムリミットが迫った。
「……めろ……」
『デア……!』
怪獣が大きく頭を後ろへ反り、その動作は御伽噺のドラゴンのブレスを思わせる。
同時に巨人も動いた。
紡絆を守るように前へ立ち、怪獣の一撃を自身の体で防ぐように両腕を広げて。
それがほんのわずかの出来事。
そして。
「やめろ…やめろぉぉおおおおおぉぉぉ!!」
前方から感じる眩い光に、紡絆は反射的に目を閉じながら叫ぶことしか出来なかった。
目を閉じても眩しい光が覆い尽くし、体が吹っ飛ぶことも痛みが走ることもなかった。
それはきっと、巨人が守ってくれたから。
目を開けるのが恐ろしくて、確認しないといけなくて、恐る恐る紡絆は目を開けた---
『---!?』
『フッ!?』
呆けやけた視野が戻っていき、何かの声が聞こえた。
ゆっくりと目線を上げていくと、巨人は変わらず心臓のような音を発しているが目を閉じる前と何も変わっていない。
唯一変わっているのは、紡絆を見ていることだろう。
そしてその背後の怪獣の方は、混乱しているかのように視線を左右へ忙しなく動かしていた。
放たれたはずの光はどこにもない。
「え……?」
一体何が起きたのか。視覚をシャットダウンしていた紡絆は知らない。
この場で何が起きたのか知っているのは、いや。
見たのは巨人だけだった。
怪獣の方ではなく、紡絆を見ている。紡絆自身ではなく、ある部分を。
紡絆はその視線に気づいたが、困惑した表情を浮かべるしか出来ない。
(だけど、あの時と……同じだ。違うのは、今にも倒れそうなくらい疲れてる……)
力が溢れるような、視覚も聴覚も色んなものが強化されたかのような感覚。
紡絆は分からないが、巨人から見れば『変化』が確認出来ていた。
ある部分、瞳。
そう、紡絆の目が黒から
それから考えられるのは巨人が何かやったわけではなく、紡絆が怪獣の力を
『---ぐっ……』
「……!巨人さん!」
無理をした反動か、巨人は力が抜けたように倒れる。
何がなにか分からないまま、巨人がどうにかしたのだろうと納得して慌てて近づくが、巨人は片膝を立てることで倒れるのを避けていた。
(ダメだ…結局何も変わらない。それどころか、巨人さんから聞こえる音が変化してる……それほどヤバいってことなんだ…!)
よく聞こえるようになった耳からは、鼓動音が速くなったような気がして、紡絆は即座に前に躍り出た。
「どうして、どうしてこんなことをするの!?周りを見たら、どんな状況か分かるはずだ!みんな傷ついて、苦しんで、中には死んだ人だっている!人が何をした?みんなが何をした?ただ生きて、必死に生きて、何かを求めて、笑いあって悲しんで!今日みたいに、ただお祭りを楽しんでただけなのに……なのになんで、なんでこんなことをした…!!」
一体どれほどの人間が死んだのか。
一体どれだけの人を救えなかったのか。
一体どれほどの損害が出たのか。
考えることが出来ない。
どこもかしこも燃えては灰になり、あったはずの家も、人の生活感すらも焼き払われた。
それをやったのは間違いなく怪獣と巨人の存在であり、どちらの味方というわけでも、どちらを責めたいというわけでもなかった。
紡絆はただ、内に秘める感情をぶつけたかっただけ。
自身の無力さにひたすら怒りを覚えて、何も出来なかった、守りきれなかった弱い自分が嫌で、否定したかった。
言うならば、これはただの八つ当たりだ。
けれども。
「やめてくれ…もう戦っても傷つけ合うだけだろ…?互いに痛いだけじゃないか…!ちゃんと話せば、言葉が交わせるなら、俺の言葉が通じるなら!きっと話し合いで解決できる、できるはずなんだ!誰とだって手を取って、誰とだって仲良くなれるはずなんだ!それは巨人さんや、あんただって同じのはずだろ!だから、もうこれ以上戦うのは---」
戦いを止めたい、という思いもあって。
必死に言葉を伝えようとする紡絆に、怪獣がギョロり、と目を向けた。
例えるとすれば今まで道端に転がる石のように認識していた怪獣が、目を向けたのだ。
本物の殺意。本物の敵意。本物の威圧。
紡絆というたったの一人の人間を、怪獣は
数時間前の紡絆ならば、それだけで体が震えて逃げたくなっただろう。
今は違う。
紡絆はそれを真正面から受けながら、決して目を離すことも恐怖を抱くこともない。
いや、そうでもないだろう。正確に言うならばさっきまで紡絆は命の危機を感じて『死』に対して恐怖を抱いていたのに、継受紡絆という人間は
彼にとって弱い自分の中に、
あの時、あの覚悟と共に。決意と共に。強い自分になった時に、全てを捨て去ってしまった。
故に、恐れない。
故に、逃げない。
震えることも、泣くことも、身が竦むことも、腰を抜かすことすらも。
巨人は、怪獣は、その目を知っている。その覚悟を、よく知っている。
だから、
『---オ……マエ』
「!? しゃべっ---」
怪獣が、人の言葉を発した。
巨人とは違って、日本語を発した。
そのことに驚くが、怪獣は紡絆に顔を近づけると真っ直ぐに見た。
両目に輝く、光を。
『オマエ……カ?ナンダ、イマノチカラハ……』
「な、何を…言って……」
『イヤなケハイダ……ヤツにニタ、カンカク。ケハイ。ニオイ』
分からない。
話せるということだけしか分からなくて、怪獣の真意が、言葉の意味が紡絆には全く分からない。
『コロス。オマエ、オレのジャマにナル…!』
「な……っ!?」
頭で理解するよりも早く、怪獣の極太な脚が紡絆を打ち上げるように蹴り飛ばした。
ゴギィッと鳴ってはならない音が鳴り、吹き飛んだ紡絆は地面へ落ちると数回バウンドした後に地に伏した。
蹴られたと思われる場所から、血を流しながら。小さな血の池を、作りながら。
『ッ……!?』
巨人がゆっくりと振り向く。
何が起きたのかを確認するために見て、動かなくなった少年の姿が映った。
元々元気だったという訳ではなく、死ぬ瀬戸際の状態を保っている状態だった。
何とか生きていたのに、今は動かなくなっている。
『ぐ……ウゥ……!』
悔しさか、怒りか、別の感情か。
巨人は震えるほどに拳を強く握りしめ、怪獣を睨むようにして見る。
限界は近い。
それでも何もしなければ、少年の勇気も。少年の行動も。少年の心すら守れないまま終えてしまう。
そのためにも---
「…ったら……れを……!」
『…? ハッ……!?』
立ち上がろうとした巨人は、再び背後へ振り返った。
聞こえた声に、反応して。
少年が、紡絆が立ち上がっている。
両目の輝きは未だ消えず、怪獣の一撃を、殺すための攻撃を受けていながら、紡絆は引きずるようにして動く。
『ナゼ、ナゼだ。ナゼイキテイル……!?』
得体の知らない存在。
明らかに死ぬはずの一撃なのに、生きていても長くはないはずなのに、紡絆は確かに一歩ずつ動いて、再び怪獣の前に立つ。
「や、めろ……」
『ナニ……?』
生きている、死んでいる。
そんな話では無い。
怪獣は本能で理解した。
どういう原理なのか理由なのかは知らなくとも、生半可な一撃では死なないことを。
何より両目の光が薄らいで、点滅している。
生きている原因の候補のひとつは、それだろう。
「お、れを…殺せば、いい…!ただ、代わりに…これ以上、誰の命も奪うな。誰かを、傷つけるな…。巨人さんも、傷つけるな……!戦いを、辞めるんだ…!」
『…………』
「俺は…邪魔になる、んだろ……!」
放っておけば死ぬ傷だろうに、そんな話を伝えてくる。
わざわざ聞く必要はなく、殺せば終わりだ。
巨人は消耗し、そもそも
ここは
故に、そんな案など---
『---イイダロウ』
「……!」
『オマエ、コロス。
『………!』
乗るはずがないのに、怪獣はその言葉に乗っかった。
紡絆自身も予想外だったのか目を見開くが、覚悟を決めたように頷く。
それを阻止しようと、
長期に渡る戦闘。適応しない環境での戦いは、彼を強く消耗させてしまった。
ダメージを受けすぎたのもあるだろう。
それを知ってか、知らずか、紡絆は振り向くと優しげに微笑む。
「巨人さん。俺たちを……
ずっと守ってくれたのは巨人だった。
被害を最小限にして戦って、庇って、その行動は人を守ろうとしていた。
ならば今度は、人の番なのだろう。
それを示すように交渉した紡絆は、自身の死など考えずに巨人を慮るように最後の言葉を伝える。
「ありが---」
ぐさり、と最後の言葉を伝えるよりも早く貫かれた。
貫いた場所は左胸。
鋭利な尻尾が貫き、空中に持ち上げられている。口から大量の血を吐き出して、直ぐに力が抜けたように宙ぶらりんになると目の色が徐々に失われていく。
間違いなく、心臓をやられている。
貫通どころか、まず形すら残っていないだろう。
貫かれた先から雨のように降る血を、巨人は見るしか出来なかった。
さらに怪獣は強く尻尾を振るい、引き抜くのと同時に紡絆は勢いよく地面に叩きつけられると転がっていく。
ぴくりとも、微塵たりとも動かない体。
生命活動を終えたように、起き上がることも喋ることもなくて。
ようやっと止まっても、衝撃を受けても反応はなかった。
それだけではなくて---
「ぁ…!ぇ……おにちゃ……ん?」
運が悪いことに。
いや、必然なのだろう。
言いつけを守らずに出てきた小都音は何かを探すように周りを見渡してたようだが、求めていたものを見つけたように喜ばしそうに駆け寄った小都音は血の気が引いたように顔を真っ青にしながら、膝から崩れると目の前の現実を受け入れたくないといったふうに紡絆の体に触れる。
「こ、こんなところで…寝たら、あぶない…よ。起きて、おきておにぃちゃん…!」
そっと揺らして、流れてる血にも目をくれず、その手が赤く染まっても、本当は寝てるだけなんじゃないかと揺らす。
返事は、ない。
「うそ…だよね?お、おにぃちゃんのうそはカンタンにわかるんだから…ね、ねぇ…おにぃちゃん。ねてるだけなんだよね?わ、わたしを驚かせようとしてるんだよね…?も、もー…!」
返ってこない。反応も声も、何もかも返ってこない。
両眼からは雫が溜まってきて、今にも泣きそうな顔をしながら小都音は必死に揺する。
「おにぃちゃん、もう十分だよ。もう分かったから、起きて…おきて、ねえっ…!い、や…いやだ、よ……そっ…んなの…う、そ…」
体温が失われていく。
握る手は冷たくなってきて、呼吸が聞こえなくて、嫌でも小都音は理解した。
理解させられてしまった。
風穴の空いた左胸。致死量を優に超える血溜まり。
夢だと思いたくても、目の前の光景が容赦なく現実だと知らせてくる。
いつものように、明るく振る舞うこともしない。いつものように勇気をくれる言葉をくれるわけでもない。
何かあっても、助けてくれることもない。
そう、継受紡絆という存在は今日この時、間違いなく---
「おに…ちゃん…おにぃちゃんっ!!」
居なくなって、しまったのだろう。
涙腺は崩壊し、涙の雫が落ちていく。
誰かの涙で目が覚めるだなんて、都合のいい奇跡が起きることもない。
失ったら終わりで、死んだら帰ってこない。
それどころか、もう冷たくなって死体でしかない紡絆に泣きつく小都音に怪獣が近づき、その爪を振り上げた。
『---ジャマダ』
「おにぃちゃん……おにぃちゃ…ぁ……」
さっきの、命を引き換えにしてまで取り付けた約束を、怪獣は最初からなかったかのように振り下ろした。
影が差したことで違和感を感じた。
それも遅く、逃げることなんて出来ず。
(もう、いい……おにぃちゃんがいないなら---)
最後の最後まで諦めることなく、やれることをやり遂げた紡絆とは違って小都音はすんなりと諦めた。
数秒もかからず死ぬだろう。
死の恐怖よりも、小都音は紡絆の元へいける、ということの方が大事で。
覆い被さるようにして目を閉じた---
『シェッ!』
痛みは一切来ることもなく。
心も体も苦しいままだった。
死ねばそういったものから解放される、そう思っていたのに。
分かるのはまだ触れているという感覚が残っていること。
真っ暗な視界じゃ何も見えなくて、小都音はゆっくりと目を開ける。
さっきと同じく、呼吸すらしない紡絆の死体があって。
何が起きたのか確認するように首を後ろに向ければ、怪獣の爪を両腕で受け止める巨人の姿があった。
『モウ、おソイ…!』
『グ……』
力が戻ったわけじゃないのか、未だに心臓の音のようなものは響いている。
受け止めるのも厳しいようで、片膝を着いて、それでも受け止めながら巨人は視線を小都音と紡絆へ向け、すぐに怪獣を見た。
『……ォ---ォォオオオオ……!』
『!?』
『デェアァァ!!』
両拳が強く握りしめられ、巨人が起き上がる。
怪獣の体重が乗せられた爪をもろともせず、何処か気合いの籠った掛け声とともに立ち上がりきった瞬間、大きく弾きながら怪獣の腹を一気に蹴り飛ばす。
『……ッ!』
吹き飛んだ怪獣に目もくれず小都音を、紡絆を見た。
紡絆の血に濡れ、顔も服も髪も汚しながら泣いている少女。
自分が死ぬとわかっていたのに、死んでも他の誰かが無事だと信じたからか、
力もエネルギーも、殆どの力を失った。
それでも巨人は、間違いなく
「……おに……ちゃん」
助けられたのだと理解した小都音だが、無事なことに喜んでいる様子は何一つない。
まるで生きる糧を失ったかのように、世界に絶望したかのように虚ろな目でうわ言のように紡絆に縋りつく。
今の彼女には、生きていることも死んでいることもどうだっていいのだろう。
『……!……シュアッ!』
それを見て何も思わないほど、巨人は無愛想ではない。
睨むように頭を動かし、怪獣を見た巨人は走っていく。
巨人を迎撃するように雷光を放つも、さっきと打って変わって巨人はあっさりとそれを弾く。
簡単に仕留められるとは思ってなかったのか、近づけさせることを恐れているように怪獣は次々も球状の電撃を放ち、巨人は全て捌く。
僅かな時間を取られたが、途絶えた瞬間を狙おうとした巨人は走り、同時に怪獣はより大きい球状の電撃を放つ。
それは巨人から
『オワ、リダ』
『……ハッ!?』
そう、巨人に対する攻撃など牽制でしかない。
目的は引き離すこと。
放たれる先にいるのは、少年の死体と少女のみ。
気がついた巨人はすぐさま走り、地面を滑りながら追いつくと、腕にあるブレードで真っ二つに切り裂くも、拡散した。
『!?』
「---きゃあ!?」
拡散した球は周囲に散り、爆発が起きる。
直撃はなかったが、その爆発に巻き込まれた小都音は飛ばされ、それは紡絆も同様。
どこかに強く打ち付けることはなかったが、それは人の身には威力としては十分すぎた。
「に……ちゃ……お、にぃ……ちゃ……ん。っ…と、い……しょ……だ…よ……」
服が敗れることも、肌が傷つくことも、痛いことも。
全部気に留めずに気力を振り絞るように這いながら紡絆の元へ向かった小都音は、その手を伸ばした。
「ぜ…ったい……だ、……ら……やく、そく……した……も、ん…。かえっ……てく……て。だ、よ……ね………」
絶対に帰ってくる。
確かにそう言った紡絆は、もう返事することも無いけれども。
小都音は思い出したその言葉に縋って---意識は、そこで途切れた。
その手は---紡絆に届かないまま。
『シュ……!』
爆風を吹き飛ばし、気づいた巨人はしゃがみながら小都音を見る。
息もある。心臓も動いている。
怪我はしているが、小都音はただ単に意識を失っただけだった。
『-----』
『ハッ、ハハハ』
何を、思っているのか。
怪獣は高笑いし、巨人は俯いたまま立ち上がっている。
言葉を発さない時点でそれは誰にも分からない。
そもそもこの戦いを、誰も見ていない。
ただ分かるのは、片方は怒って。片方は嗤っている。
言葉なんて、もう必要ない。
怪獣は鼻から守るつもりはなかった。巨人は
だったらもう、終わらせる方法はひとつ。
『……ハアッ!』
怪獣が雷光を放ち、巨人は無視して突っ込んだ。
体で受け止め、拡散させないようにしながら。音が速くなっても、歩いて歩いて歩いて歩いて歩いて---
『!?』
『フン……ッ!デア!』
口を閉じさせるように、怪獣の顎を拳が打つ。
口の中で暴発し、堪らず後退しながら発射をやめた怪獣に巨人は半回転しながら左肘をぶつけ、右拳で頬を殴り、連続で上下左右に打撃を加えると喉元に膝蹴りを食らわせる。
離すことなく怒涛の連撃を更に与えていき、力強く胸を打つ。
『ヘェアァ!』
『ッ---!!!』
そして懐へ潜り込んだ巨人は、腕の刃を光らせながら怪獣の横腹から入れ込むと腸を抉るように引き裂く。
聞いたこともない悲鳴を発し、腕の刃から放たれた光の刃がさらに抉って見せた。
『---ウッ……!』
仕留めるには十分な程の絶好のチャンス。
追撃を仕掛けようとした巨人だが、今度こそ限界を迎えたように膝から崩れてしまう。
怪獣は抉られた腹を抑えながら憎々しげに見ると、巨人は顔を上げながら再び腕の刃を輝かせる。
互いに満身創痍。
だからか、怪獣は警戒しながら数歩下がっていくと、追撃が来ないと分かったのか素早く跳んでいく。
巨人に怪獣を追う力はもうなくて、地面に両手を着きながら見逃すしかなかった。
『………』
ドクンドクン、と鼓動が加速する。
すぐにでも倒れそうなほどに消耗してしまい、それでも巨人にはまだやるへきことがあった。
首を横に動かせば、2mほど離れた位置に少年と少女が倒れている。
少年に向かって手を伸ばして、意識を失った少女。
唯一の救いは、何かが落ちてくるような場所ではなかったということ。
『…………』
ゆっくりと、ゆっくりと、少しずつ歩いた巨人は人が喘息するように胸を上下させながら、ゆったりと片膝を降ろす。
そしてそっと、優しく掬うように少年を両手で持ち上げた。
巨人の目にも、少年はやはり笑顔で映っている。
少女とは違って息もしてなく、何も聞こえない。
本来助けるべき存在なのに、巨人は助けられた。
もし彼がいなければ、周囲に残された人々はたくさんいた。
彼がいなければ消耗しきってたとはいえ、怪獣を追い払うことすら出来なかっただろう。
もし彼が命をかけて時間を稼いでくれずに追撃されていれば、負けていたかもしれない。
だが、もう手遅れだった。
『………ッ!』
巨人は、弱まっていた。
せめて、
しかし今の巨人の姿は、いわゆる
そのため本来の能力や戦闘力は発揮できないし、闘争本能で戦うしかないゆえに戦闘向けの形態ではなかった。
この地球に、この次元に来る際に。
自身の宿敵とも呼べる存在と
然しながら、先程も挙げたように本来の力を持たない巨人に、
唯一救う方法はあるが、それをするには遅すぎた。
今やってしまえば、それはもう少年ではない。
外側が少年なだけで、中身は全く別の、巨人そのものになってしまう。
『器』の中身がなければ、彼には救えなかった。
だからこそ、遅すぎた。
悔やむように、自身の力不足を恨むように。謝罪するように。
巨人は紡絆をそっと包み込む。
人によっては無謀というだろう。
事実、無謀でしかなかった。
だが巨人からすれば、彼は間違いなく勇気ある少年だった。
誰かのために行動し、自身がやれる最大限をやり遂げて、自身よりも強大で巨大な存在に立ち向かって見せた。自身の命に全く頓着しない危うさはあったが、誰よりも他者を想いやっていたのだから。
しかも、まだまだ未熟で幼い小さな身で、だ。
口だけなら誰だって言える。実際にこのようなことなど、出来るものは大人ですら難しいはずだ。
その勇気に敬意を表し、巨人は伝わらなくとも称賛する。
巨人は分かっている。
もう時期自分自身も尽きるだろう、と。
異なる次元、さらにその地球上で活動するには、人の体が必要だった。器が必要だった。
本当は、今いる少年か少女に取り憑くべきで、使命を果たさなければならない。
それでも、巨人には出来なかった。
少女はまだしも、少年の場合は乗っ取ることになってしまって、それをしてしまえばさっきの怪獣と変わらないと分かっているから。
『………?』
せめて場所を変えようとした巨人は、ふと違和感を感じた。
強い風が靡き、それに釣られて草や花が舞う。
空からは火を消化するように強い雨が降り注ぎ、地面には花が咲いていた。
おかしい。
周囲は燃えているのに、突然周囲が変貌していく。
あっという間に火の手は収まり、長く生きる巨人は経験則から警戒はするが、悪い感じはないことに戸惑いを覚え---
『!?』
どこからともなく出てきた
思わず見上げる巨人だが、特に悪影響を及ぼすものでないとだけ分かると周囲を見渡す。
そんな巨人に何かを伝えるように、球状の虹色の光が巨人の顔の前に来ると、くるくると回る。
『……!シュア……』
どんな会話が成されたのかは巨人と光しか分からない。
ただどうやら、光が少し落ちて上がったことから人で言うお辞儀のようなものをしたのかもしれない。
立場的には巨人の方が上なのか。そこはわからないが巨人に何かを
感謝を示すように光はくるりと回ると、少年の
それだけではなく全身を包み込み、光がそっと消えていくとふわりと風に乗せられてるかの如くゆっくりと落ちていく。
巨人はそれを見届けてから両腕を交差し、次第にその体は
そして残されたのは、
○継受紡絆(過去)
この世界にはまだ主人公も勇者もヒーローも存在しなかった。
だからこそ、主人公じゃないけど、
色々ととんでもないことをしていたが、この時から
まだ正常だった頃であり、おかしくなり始めた頃。
この時は死の恐怖もあったし自分自身の命に関してもちゃんと考えていた。
ただ弱い自分を捨てる必要があり、この結果がこれだった。
ちなみに現代紡絆と対話した際に『僕』だったのは『素』だったということ。
○巨人
何処か別の次元、別の星に存在されるとされる光の巨人。
今の彼は大きく消耗し、不完全体にまで弱体化してしまっている。
この次元と地球に来る際に強大な敵と怪獣、他の無数の怪獣を相手にしていたらしく……
○怪獣
知性を感じさせる怪獣。
しかし、
ちなみに数分もすることなく約束破ったように見えるが、その時は『今は』としか言ってない。
○妹ちゃん
実は居た。
なんなら紡絆くんが死ぬところモロに見てたりする。
○継受紡絆(イッチ)
前世イッチが入っている現代紡絆と差別化してた理由がこのお話。↓
紡絆くん(過去)→怖いし逃げたいとも思う。だから迷って考えて、結局他者を選ぶけど自分自身のことも頭の中には入ってちゃんと天秤にかけられる子(ただしその中に自分が消滅した)
イッチ→考えるよりも先に動き、迷いなく助けていた(まずそこに最初から自分が存在しない)
黄金色のジュネッスの名称
-
ジュネッス・オーア(紋章学で金色)
-
ジュネッス・トリニティ
-
ジュネッス・ブリエ(輝き)
-
ジュネッス・ルフレ(光沢、反射)
-
ジュネッス・ルクス(光)
-
ジュネッス・ルミナス(光り輝く)
-
ジュネッス・ゴールド(金色)
-
ジュネッス・オール(金、全部)
-
ジュネッス・グロウ(発光)