【悲報】気がつけば目の前に知らない遺跡があるんですが…【なにこれ】 作:絆蛙
今更ながらクソ後悔してる。
ということで覚えてる人いるか知らんけど私が再び来た。810の日なのは偶然だと思いたい。
それを夢だと認識出来たのは何故だろうか。
明確な意識を持っていたからか、それとも規則正しく生活するように心掛けているからか、最後にいつも通りの時間に寝た記憶が残っていた。
しかし覚えているとしたとして、果たしてここは何処だろうか。
服装は何故か神樹館の制服になっていて、体は自由に動く。
周りを見渡せば真っ白な世界が続くだけで、誰も居なければ何も無い。
長居するとこちらの精神が参りそうになる。
夢と分かっていても、不安が芽生える。
「どうすればいいのかしら……」
何のためにここにいるのか。
起きようと思っても体は動いてくれなく、意識も戻らない。
まるで
ふと、頭の中に抽象的なビジョンだけが浮かんだ。
「……!」
何故か行かなくてはならない気がして、何処か分からないのに無意識に体が動く。
真っ白な世界で何処に進めばいいか分からない。分からないのに行かなくてはならない。
それにさっきと違って、両隣に人の気配が感じられる。
目を向けようとしても向けられず、声すらも聞こえない。
僅かに見えそうな時があれば、人の形はあるのに見えなかった。
声を掛けて、掛けられて、会話をしているような気もするが、やはり音が聞こえない。
痛いほどの静寂、それは寒気すら感じる程で。
なんだか違和感を覚える。
自分だ。間違いなく今歩いているのは自分で、もし自分であるならばきっと両隣の人物は大切な友達なのだろう、と予想は付けられる。
(どうして…二人?)
だが、妙なことがひとつ。
自分にとって、鷲尾須美にとって大切な友達は二人ではない。
もう一人、間違いなく居たのだ。
銀と園子と自分の三人の女の子と遡月陽灯という男の子。
ならばここに、四人居なければならないはずで、不思議とここに彼がいないという確信があった。
「あ……」
声が出た。
意図的に出せたものではなく、漏れ出たとでも言うべきもの。
でも、見つけた。
目が動く。目が動いた。
両膝を地面について背中が曲がっている姿。
今更誰かだなんて聞く必要もない。
両隣の気配と違って、姿がはっきりしている理由までは分からないが、ようやく見つけたと須美は歩く足が少しずつ速くなっていき、次第に駆け足で近寄って、声を掛けた。
「陽灯くん!」
驚く。
さっきまでは声を出せなかったのに、呼ぶことが出来た。こちらに気づいている様子がなく、振り向くことも返事が返ってくることもない。
けれどそんなの全部些細な問題と、足を止めない。
彼ならばきっと、近づいたら反応してくれると。
こんなよく分からない夢の場所でも、彼がいるならきっと上手く戻れると。
そう信じて、思って---あと3mほどのところで、一歩踏み込んだ瞬間、何かが変わった。
ちょうど今踏み込んだ場所からびちゃ、とこの場に似つかわしくない音が足元から聞こえて、立ち止まってしまう。
人というのは気になってしまえば、そこに目を向けてしまうもの。
当然須美も反射的に足元を見て、
そこだけじゃない。
いつの間にか地面が赤い液体ばかりになっていて、噎せ返るような匂い。鉄の仄かな臭い---
「これ…血!?」
それを認識した途端、文字通り世界が変わる。
真っ白だった空間が覆われるように赤く染まり、視線を彷徨わせていた須美は空間全体が血のように赤いものへと変貌したことに気づく。
いや、『ように』ではなく、血そのものだ。
あまりに不気味で、あまりにおぞましい空間に血の気が引いていく。
血。血ならばこの血はなんの血なのか。誰の血なのか。
一体どうすればこれほどの出血をするのか。何にやられたのか。
それを考えるだけで体が震える。
思わず口元を手で覆い、夢であると分かっていても濃厚な血の匂いに吐き気がして気持ち悪くなってくる。
(怖い…逃げたい…)
夢なら覚めて欲しい。
そう思っても覚めてくれない。こんな場所に居れば、おかしくなってしまいそうになる。嗅覚が麻痺してくるほどの濃さ。
振り向けばさっき来たところすら覆われていて、脱出出来そうな場所は見当たらない。
閉じ込められたという事実が、より恐怖心を煽る。
(っ、そうだわ陽灯くん! い、一緒に逃げないと…ここから……!)
今にも動けなくなってしまいそうになるが、陽灯のことを思い出した須美はすぐに彼が居た場所に振り返る。
いつの間にか体の自由が全て効くようになっているが、今はどうでもよかった。
人影が無くなっていたことも、今はいい。
彼を置いて逃げるなど出来ない須美は、未だに身動きひとつしない陽灯に向かって駆け出しながら手を伸ばす。
「どうして……なんで……!?」
---距離が縮まらない。
どれだけ足を動かそうと、陽灯と須美がいる世界が違うとでも言いたいかのように。そこだけ境界線が貼られているかのように、須美の手は届かない。近づけない。
「お願い…気づいて陽灯くん! 一緒にここから出ましょう…! 一人だと怖いけど陽灯くんがいるなら私頑張れるから! だから、だから……っ!」
反応がないから声が届いているかなんて分からない。
ただ本当に、ここにいればおかしくなってしまいそうな予感はあって。
今にも泣きたくなるほどに怖くて。
このような空間で自分一人ということが恐ろしくて。
全く声の届かない陽灯に何度も呼びかけて、伝わらないことに心が追い詰められていく。
自分一人しかいない。見えるのに届かない。居るのに聴こえない。伝わらない。
不気味な空間と突きつけられる孤独に須美の目に涙が溜まり---
「お願い……陽灯くん…助けて……」
限界が訪れた須美の膝が崩れると、その場に座り込んで懇願する。
その想いが伝わったのか、それとも他に何か理由があったのか。
いつの間にか距離が縮んで、手が届く範囲に座り込んでいると気づいた須美は恐る恐ると陽灯の背中に手を伸ばして、その肩に触れ---
ぬめり、とした生温い嫌な感触が手から感じられた。
「え……?」
須美が違和感を覚えた途端、色を塗られたかのように陽灯の全身が赤く染まる。
いやそんな生易しいものなんかじゃなかった。
これは、そう血。
陽灯の全身が血に塗られている。
反応がなかったのも声が聞こえないのもこちらを振り向かないのも、そんなのまるで陽灯が---
「いや……」
「いやあああっ!!」
そんな最悪な考えが浮かび上がり、
「ーーーーっ!!」
声にならない悲鳴と共に起き上がる。呼吸が正常と言えず、上手く息ができない。
思わず胸を抑えながら荒い呼吸を必死に整える。
内容が内容だっただけに涙が出ているのか視界がぼやけている。
「っはぁ! はぁっ! はっ……えふっ、ひっ……ふ……うぅ……っ」
夢を見た。嫌な夢を見た。
夢だと分かっている。夢だと分かっているのに、それにしてはあの夢はあまりにも現実味を帯びすぎていた。
感触も匂いも全て残っている。それこそ、本当にあの空間が現実世界で自分は迷い込んだのだと錯覚してしまうほどに。
手のひらを見れば、当然血は付着していない。
それが救いだった。
現実ではなくて夢だと教えてくれてるようで、ほんの少し落ち着きを取り戻していく。
「どうして、あんな夢……」
冷静になって考えても、あまりに不気味で不穏を感じさせる夢だった。大声を挙げなかったのが不思議なほど。
クラスメイトの、友人のあんな姿想像だってしたくなかったのに。特に須美にとって、陽灯は唯一の異性の友達だ。
何度も自分を支えてくれて、守ってくれて、傍にいると温かくて、決して諦めない姿に何度助けられてきたか。
確かに陽灯は今までの戦いにおいて、全て怪我している。それは彼が自分を顧みない行動をするのが原因で、勇者たちに大した怪我がない理由でもある。
敵があまりに強大で、こちらの成長を上回るのだから仕方がないといえば仕方がなく、必死にやってこれなのだから責められる同義はない。
とにかく夢は夢と自分に言い聞かせるようにしながら思考を掻き消すと、気を紛らわすためにパソコンの電源をつける。
パスワードを打ち込み、フォルダを開くと近々ある遠足のために渡そうとしているモノのテキストデータが移る。
班員はもちろん陽灯と園子と銀と須美の四人。忘れられがちだが人気者である陽灯がいつものように囲まれ、誘ってくる皆に謝りつつ園子を連れて須美と銀と合流して決まったといった感じだ。
楽しい遠足にしようと思って今すぐ眠れる気がしない須美は作業を進めようとする。
「………」
指が動かない。
正確には作業を進めるために考えようとしても、何度も何度もさっき見た夢が思い起こされ、記憶に深く刻まれてしまっている。
普通夢なんて、これほど明瞭に覚えているはずもないのに。
だからこそ少しずつ、少しずつ不安が迫り上がってくる。
もしかしてあれは、本当に起こったことなんじゃないのか。今もう起きてしまった出来事なのではないか。
有り得ないと分かっていても、絶対ないと思っても、須美の中に芽生えた恐怖心が不安を煽り続ける。
時刻は深夜2時。
これが朝や昼ならどれだけ良かったか。すぐに確認することが出来たのに、会って確かめることが出来たのに。
だがはっきりと残り続ける夢の内容のせいで、嫌な予感を覚える。
(この時間帯なら多分銀もそのっちも陽灯くんも寝てる……でも…)
迷惑だと分かっていてもどうしても確認したくて、スマホを手に持つと陽灯に電話を掛けるために画面を開く。
ただ通話を押すだけなのに、今日ほど緊張してひとつひとつの動きが重く指が震えることは今までなかった。
覚悟を決めて通話を押し、恐る恐るスマホを耳に当てる。
一回、二回、三回と呼び出し音が鳴り、寝ている時間帯で出なくてもおかしくはない。
それを理解してても焦りが生まれ、願うように目を強く瞑りながら震えを支える手の力が強くなる。
『んん……ふぁ…ぅう?』
『あ…も、もしもし…陽灯くん…?』
その願いは叶ったのか通話が繋がると聞いたことのない声が耳朶に響く。
いつもの溌剌とした元気いっぱいな声ではなく、眠そうな寝起きそのものの声。
申し訳ない気持ちになるが、怖い夢を見たから電話したなんて小学六年生になって言えるようなことじゃなく、なんて言えばいいかわからずにいると。
『うん……おはよぉ…』
『お、おはよう…でいいのかしら』
スマホ越しから欠伸をするような様子が感じられる。
しかしこの時間帯だとこんにちはは違うし、どちらかといえばこんばんはだろう。
寝て起きた者に対するならば、おはようも適切か。
『それで…どうしたの、須美ちゃん。困ったことでもあった? 俺でいいならなんでもするよ!』
陽灯の中で意識の切り替えが行われたようで、声はさすがに控えめにしているようだがすぐに明るく優しい声音で声をかけてくれる。
こんな時間帯で起こしてしまったというのに、それだけで恐怖が薄らいで心が温かくなっていく。
『須美ちゃん? おーい…なんかいつもの須美ちゃんらしくないね。起きてるとは思わなかったし、目が覚めた? となると…悪夢でも見ちゃった?』
『…! ど、どうして…』
『え? だってほら、元気なさそうだもん。これでも須美ちゃんのこと結構見てきてるから分かるよ』
心の中で考えたらいいのに口にして推理していたが、当たっていた。
そのことに須美は驚くと、肯定していることを察しながら須美の疑問に答えていた。
所々衣服が擦れるような音だったり足音が聞こえるが。
『陽灯くん……うん、ごめんなさい。こんな時間に』
『いいよいいよ。夢の内容は分からないけど、見ていい気持ちになれる人なんて居ないと思うし…んー、そうだ。ちょっと待ってね、準備出来たから…ああ、電話繋げとこっか。ちょっとでも気が紛れるならその方がいいよね』
『え? え、えぇ…その、何の準備…?』
『ちょっとしたら分かるよ。それよりさ、今俺に出来ることある? 近くに居ないから何もしてあげられないけど…』
準備とやらは気になるが、怖い夢を見たという須美にただ気遣ってくれる。
それだけで、理解してくれただけでどれだけ嬉しいか。これ以上のことなんて、あるだろうか。
今もこうやって話せるのは陽灯くんのお陰で、そのっち銀が居てくれるから。それとも、我儘を言ったら…と考えたところで、そこまでは迷惑をかけられないと頭を振る。
『実は……夢を見たの』
『うん』
『夢と分かってるのに、夢じゃないようで…現実のような夢で……目が覚めた後も嫌にはっきり覚えていて…』
『うん』
『最初は真っ白な世界で何も無くて…そこから人影が生まれて、しばらく歩いていたら陽灯くんの姿が見えて…』
『…うん』
『近づいても近づいても距離が縮まらなくて、気がつけば一人で…目の前に陽灯くんが居るのに全然届かなくて……いつの間にか近づけたと思ったら世界が血のようなものに覆われて……陽灯くんも真っ赤になって……陽灯くんに触れたら、血がついて……!!』
『………』
相槌を打っていた陽灯の反応が消えて、息継ぎだけが聞こえる。
不安を吐き出したら止まらず、夢の内容と感じたことを須美はぶちまける。
『あんな夢見たくなかったのに…忘れたいのに今も頭に残り続けて…こわくて、陽灯くんがいなくなるんじゃないかって…もしかしたら陽灯くんが…陽灯くんが……っ!』
『須美ちゃん…それ以上は言わなくていいよ』
続く言葉を口にすれば現実になってしまいそうで、そんな不安を感じ取ったのか陽灯に止められる。
『っ…わたし、目の前に、私の前に…居た、のに…!』
『うん……大丈夫。大丈夫だから。俺は居なくならないよ、だって俺は巨人さんに、ザ・ネクストに変身出来るんだよ。ひとりじゃないし、俺にはやることがたくさんあるから居なくなるなんてないよ。まだまだ困ったり悲しんだり辛い思いをしてる人がいて、今の須美ちゃんだって、そうだ』
『だから俺に出来ること、なんでも言ってよ。ないなら俺は俺に出来ることで須美ちゃんを安心させるから。どんなものでもいい。須美ちゃんがして欲しいと思うことを言って?』
ちゃんと受け止めて、受け止めるだけじゃなく恐怖を取り除く方法を模索してくれる。
して欲しいこと。
もし、もしも本当に言っていいならば。
我儘を言っていいなら。
『会いたい……すぐに。今すぐにでも…あれが夢だと陽灯くんを見て確かめたい……傍に、居て欲しい……っ!』
今須美が思うのは、傍に居て欲しいということ。
分かっているのだ。須美も迷惑だということを。
それでも恐怖というものはこびりついてしまえばそう易々と取れるものではない。
だからこその言葉だったが、返ってきたのはブォン!と何をしたら出るのか分からない音だけだった。
一分。
何かを踏みしめる音が聞こえた。
二分。
スマホ越しから凄まじい風の音が響く。
三分。
すた、と着地した音が届き、コンコンと窓をノックするような音がした。まさか、と音の発生源である窓まで行き、閉めていたカーテンを開ける。
『おまたせ、須美ちゃん』
三分。
あの会話からたったの三分しか経っていないのに、月明かりに照らされながらこちらを窓越しに見つめる陽灯の姿がそこにはあった。服は動きやすそうなTシャツと短パンといった私服であり、最初らへんの衣服が擦れる音の時に着替えたのだろう。
家の場所を知っている件については休養中にいつものメンバーを招いたこともあれば、訓練後に陽灯が送ることもあったので知っていることに何ら不思議はない。
『は、陽灯…くん……? こんなに速く…どう、やって……』
『全力で来たのと、元々須美ちゃんの様子を確認するために走ってきてたからね。本当は様子見を見るだけで終えるつもりだったけど……正解だったみたいでよかった』
どうやら息継ぎをしていたのはこちらに走っていたからだったらしく、あの時から向かってきていたのだろう。
須美の言葉をきっかけに、全力で跳んできたといったところか。
仮に迷惑だと思って我慢しても、彼は来てくれていた。本当のことを言ったら来てくれた。
どちらにせよ、須美の近くに来てくれていたということに、その事実に胸が熱くなる。
『俺もさ、怖い夢って見るよ』
『……うん』
『ほら、俺って全然怖がったりとかしてないでしょ? だから怖いもの知らずだと思われててもおかしくないと思う』
そう言われて、そういえば彼が怖がっている姿は見たことがない、と今更ながら気づく。
バーテックスに対しても、ザ・ワンに対しても、陽灯だけは一切の恐怖を抱くことなく勇敢に立ち向かっている。
それこそ、勇者の資格があるならば間違いなく選ばれていただろうと思えるほどに。
誰かを助けようとする姿勢。
その在り方に関しては、陽灯は理想となるべく勇者の姿だろう。
『それでも、どうしても見る夢はあるんだ。何度見ても何度自分を言い聞かせても、俺でも前に進めないような、そんな夢』
何処か遠い目をして、月夜を見つめる。その目は少し、悲しそうにも見えた。
須美が見てきた陽灯というのはいつだって明るくて元気で、無茶して、それでも何度だって諦めずに前に進むような姿だ。
そんな彼が乗り越えられないなんて、正直想像出来なかった。
しかし、須美はこの話をどこかで聞いたような覚えがある。
『陽灯くんは…どうしてるの?』
『乗り越えてないよ、まだ。けど、立ち止まってもいない。俺の夢は過去の夢だから。今俺が無事に居るから、須美ちゃんの夢は俺とは違っててきっと未来の夢』
須美の夢に出てきたのは陽灯だ。
陽灯は今無事だし、こうやって須美と話している。過去であるならば、夢の内容的にここには居ないだろう。
『そこの違いはあるけどさ、俺は過去を繰り返さないように立ち止まらないようにしてる。じゃあ、須美ちゃんは? 須美ちゃんはきっと、まだ間に合うんだ。もしかしたら神樹様がそうさせないように見せてくれた夢なのかもしれない。もしかしたら須美ちゃんがそうなるような予感を無意識に感じ取って、夢として現れたのかもしれない。正解なんて分からないけれど、過去じゃないならまだ、なんとだってなるんだよ』
『未来ならきっと変えられる。それは難しいと思う……けどさ、その怖さを無くすには、立ち向かうしかないんだと思うから。
もし抗うなら。もし須美ちゃんが立ち向かうって決めたなら、俺が支えるよ。怖い夢なんてなかったことになるように、俺がキミの力になる。何度だって力を貸す。だから一緒に頑張ろうよ、どんな辛いことがあっても、悲しいことがあっても、立ち止まりかけたときは俺が絶対手を差し伸べ続けるから!』
そう言って陽灯は窓越しに手を差し伸べていた。
いつもの笑顔で、明るく。
夜中で外は真っ暗だと言うのに、何故か眩しく感じられるほど。
怖い気持ちはある。まだまだ消えず残り続けているのに、彼が居るなら何とかなるような気がして、気がつけば窓を開けてその手を掴んでいた。
夏の乾いた風が入ってくる。部屋の中と違って暑さを感じるが、今は気にもならなかった。
「陽灯くん……陽灯くん……っ!」
「うん。俺は居るよ、こんな近くにいる。ちゃんと繋がってる。大丈夫だよ、須美ちゃん。俺も須美ちゃんも一人なんかじゃないんだから」
「うん……っ」
バルコニーに一歩踏み出すと、須美は陽灯の手を握ったまま縋り付く。
そんな彼女を安心させようと、陽灯は空いている手でそっと頭を撫でていた。
(須美ちゃんの夢は、神樹様が見せてくれたんだと思う。理由は分からないけど、何故かそんな確信があって……俺のこと、まだ友達だと思ってくれているのかな?)
昔に思い馳せる。
といってもそんな昔では無いのだが、二年前ほど。正確な時間は意識がなかったので不明だが、その時に見た『灰色の樹海の世界』で陽灯は神樹様と会えなくなった。
どうして手を弾かれたのか、引き離されたのか、それは今も知らない。
だがもし見せた夢が未来の内容であるならば、陽灯のことを想ってくれているのは変わらないのだろう。
何か理由があっただけでまだ友達だと思ってくれている。
そう思うことにして、陽灯は須美の涙を指で拭う。
「ほら、泣かないで。俺、須美ちゃんが悲しむ表情よりも笑ってる方が好きだよ」
「こ、これは…怖くて泣いてるわけじゃ…ない…っから……」
いつもなら顔を真っ赤にしていたかもしれないが、今は羞恥心よりも強い感情が支配している。
今こうやってくっついていて、温かくて、人肌が愛おしくて、離れたくなくて、安心して涙が出ている。
「そうなの?じゃあ笑おう笑おう! そうしたら元気になるよ、こうやってさ! ワーハッハッハッ!」
びくっ、と思わず肩を震わせてしまいそうなほどの声量。
それでもその顔はとても晴れやかで、夢の対象が自分だと知った者とは到底思えないものだ。
それだというのに、全然嫌な気持ちにならず逆に何も変わらない陽灯の姿が、より須美の心を癒していく。
「……ふ、ふふふ…」
「アーッハッハッハッ---あ、わらった!」
「ん、んんっ。んもう……近所迷惑でしょ…陽灯くん」
「あはは、ごめんごめん」
夜中だろうと関係ないとばかりの大声量。
けれど陽灯の笑いに釣られるように自然と笑いがこぼれて、気づいた陽灯は笑うのを止めると、指摘されたことに妙な恥ずかしさを覚えた須美はほんのり頬を赤めて誤魔化すように叱る。
言葉では謝っているが、そこまで反省はしてなさそうな陽灯に仕方がないなと思ってると、口角が勝手に上がる。
(本当に、敵わない)
どんな不安も恐怖も辛さも、全部全部遡月陽灯という人間は簡単にひっくり返してしまう。
(陽灯くんと居ると温かくなって、安心ができて…まるで…光が寄り添ってくれているよう)
現に今も寄り添うように居てくれてはいるが、太陽のように温かくて眩しくて、それでも心地がいい光。
それはまさしく、寄り添うようにしているからだろう。
確かにザ・ネクストが光のようだとは思う。
でも、違うのだ。ザ・ネクストが持つ光は安心感はあるが、何処か違う。
陽灯が持つ陽灯特有の光が、その輝きに自分もみんなも気がつけば魅力されてしまうのだろう、と口に出すのは恥ずかしいので出来ないが、そう思った。
お役目だって、そうだ。
誰だっていいわけじゃない。ザ・ネクストがいるから問題ないんじゃない。
いつだってそこに遡月陽灯という存在が居たから、強くなったバーテックスやザ・ワンにも対抗出来て、今が守れている。
(本当に陽灯くんには助けられてばかりだわ……でも、だからこそ)
いつの間にか落ち着いた須美は、気恥しさを覚えつつも今は離れたくなくて、視線をこっそりと向ける。
優しい目だ。
視線には気づいてない。
「陽灯くん……」
「ん?」
「私……」
名前を呼ぶと、見つめ合うことになった。
決して目を逸らさず、深緑色の瞳と彼の純粋さを具現化したような透き通る黒水晶とも言うべき黒い目が交差し、改めて須美は強く決心する。
「私も頑張るから…そうならないように……ただの夢で終わるように、私も陽灯くんと頑張るから……挫けるかもしれないし、またさっきみたいに怖くなるかもしれないけれど…そんな私にも、力を貸してくれる…?」
「もちろん! ただ須美ちゃんはそう言うけど、須美ちゃんは初めてでもバーテックスとだって戦えたんだ。逃げるわけじゃなくて、立ち向かった。だったら大丈夫、俺の知る須美ちゃんは…ううん
自信満々に、満面の笑みで簡単に言ってのける。
陽灯の回答に点数を付けるなら、彼は様々な状況、人助けにおいては100点満点の回答を叩き出す。
代わりに何でもない普通の時はポンコツに近いとはいえ、こんなことを恥ずかしげもなく真正面から言ってのけるのだ。
他の誰でもない、肩書きだけの称号よりも
「やっぱり……陽灯くんは陽灯くんね」
「…へ?」
「あの時も、初めてお役目を果たした時も……私は陽灯くんに救われて勇気を貰ったの。今までも何度も何度も、陽灯くんに支えられた」
そんなことは無い、と陽灯は思った。
確かに今の須美たちは6年生で、過去の陽灯が陽灯じゃなかった時は小学生になりたてくらいの年齢だ。
それでも陽灯は立ち向かうことをせず、一度逃げようとした。言い訳をして、逃げようとした。
対して須美は初めてのお役目で立派に立ち向かったのだ。
陽灯はあくまできっかけを与えただけで、戦えたのは彼女自身が持っている強い心のお陰だと思っているから。
「私にとって勇者は…ううん、私だけじゃない。銀もそのっちも、私たちからすれば陽灯くんが
「俺が……?」
「うん…陽灯くんが居てくれたから、居てくれるから、頑張れるんだと思えるの。今も…私は陽灯くんの言葉があったから頑張ろうと思えたから……」
「…そっか。うん、じゃあその言葉、受け取っておくよ。少しでも俺が力になれてるって分かって嬉しいからね! でも、俺は自分がやりたいことをしてるだけだから、今の須美ちゃんに対しても、そう! 俺はただ明るい顔をして前を向いて欲しかったからね! 俯くよりも見上げた方が色んな発見があって楽しいんだし!」
そういったところがそうなのだと言いたいのだが陽灯には上手く伝わっていなかった。
それもそれで彼らしい、と思いつつ須美は今更ながら顔が近いことに照れる。
近づけたのは自分ということは覚えているが、陽灯が不思議そうに見つめてくる。
「須美ちゃん?」
「あ……え、ええと……」
冷静になれたのはいいが、そのせいで今までどんな行動をしてきたか頭が理解させてくる。
普段の自分ではしないことばかり。しかも付き合ってもない男子にこんな密着をしてしまっている。
陽灯が全く意識してないように見えるのがなんだか不満に感じてしまうものの、それはそれで安心ができてしまう…と面倒な思いを抱いていた。
そんなふうに考えていたら、陽灯が少し顔を近づけてきた。
驚く暇もなくこつん、と額を合わせられ、理解すると体温が上がる感覚を感じ取りつつ陽灯は疑問符を浮かべていた。
「よく分からないけど、もう大丈夫そうだね」
体調でも悪いのかと思ったのか、それ故の行動だろうが特に熱もなさそうでいつも通りに近い状態に戻ってるのを見て陽灯はやれることはもうないだろうと帰るために離れようとして。
「ま、待って…っ!」
「へっ?」
そんな陽灯の背中に手を回してより密着することになった。
動いてから自分の行動を恥じ、顔が真っ赤に染まるが頭の中がごちゃごちゃになって冷静から程遠くなってしまっている。
ただ無意識に、本能に従って動いた結果だった。
とにかく何か言わないと、と回らない頭を回して口を開く。
「そ、その…一人だと……また見ちゃうかもしれないから……もう少しだけ傍に……」
「ああ……確かにそれはありえるかも。うーん、まぁ…それで須美ちゃんが安心出来るなら、俺でいいならいいよ。何も言わずに来ちゃったけど、メッセージ送ったら問題ないと思うし」
「ご、ごめんなさい」
「謝らないで。俺がやりたくてしたわけで、元々外に出てたって言ったでしょ? どっちにしても変わらなかったからね!」
何故か得意気に言っているが、須美はそんな陽灯に少し笑いかけたのち、服の袖を何度か引っ張る。
「じゃ…じゃあ、その…外だと暑いと思うし部屋に……」
「いいの?」
「うん…陽灯くんなら、いいわ」
「須美ちゃんがいいなら、そうしようかな」
実際にはそれほど暑くは感じていなかったが、厚意を無碍にはできない。
休むにせよ、ちゃんと部屋で休んだ方がいいだろうと陽灯は靴を脱いでから須美の部屋に入る。
ほぼ何も無い陽灯のような質素な部屋とは違って、和といった感じの部屋。
彼女らしい部屋だ。
あまり見渡すのも動くのもどうかと思ってその場に留まっていると、こっちだというように引っ張られたので従った。
ベッドに腰掛け、隣に並んで座る。
自分でやっておいて妙に緊張感を覚える須美は横顔を見ると、陽灯はじーっと窓を見ていた。
視線を向けてみれば、ちょっと星が見える程度で他には何も見えない。
何を見ているのだろう、と聞くことにした。
「何か見えるの?」
「ん? んー…そら、かなあ。ここからじゃ宇宙はみえないなーって」
「ああ…それは流石に無理なんじゃないかしら…」
「だよね。でも宇宙は見えなくても星を眺めてると違う視点が与えられてる気がして、俺は好きだな。星がそれぞれ輝くように、人にも光はあるんだ」
「光?」
「そう、俺にある光。巨人さんにある光。須美ちゃんや銀や園ちゃんにある光。同じようで、全部が別。
輝けるものもあれば、輝けない人もいる。
でも例え一人で輝けなくたって、それぞれが補うことで輝くことが出来るんじゃないかって思うんだ。ほら、人は一人では生きられないでしょ?
人は人によって支えられ、人の間で人間として磨かれていく…それと同じなんだろうなって」
頭のいい須美はなんとなくだが、言いたいことを理解する。
つまるところ、一人では不可能なことも他の誰かがいれば為すことが出来ると言いたいのだろう。
光というのは得意分野とも言える。お役目で例えるならば陽灯が人助けに特化、簡単に言うならば精神的支柱になれても、作戦や指揮を執るのは苦手だ。
しかしそれを埋めるのが園子。そして唯一の近接特化の銀は陽灯を支えられる。
最後に須美は、全体を見てサポートができる。
似ていて、同じように思えて、それでも違う。
それぞれの輝きが、合わさるからこそこれまでの戦いだって本当ならば負けてもおかしくなかったのに勝てたのだ。
欠けていたらダメだった。夢の内容も、それと同じだと。
”違う視点“というのは『俯瞰的』に見れることでもあったのだろう。
「本当に…不思議だわ」
「へ?」
今まで会ってきた中で、須美は陽灯のような人物は見たことなかった。
普段は底無しの明るさで元気いっぱいで子供らしさ全開で、その辺の低学年よりも子供っぽいのに妙なところでは大人顔負けな考えや精神力を持っている。
かと思えば自分のことになると酷く疎かになって、他人の些細な変化に関してはずば抜けて見抜く才がある。
それこそまるで、
だけど、けれど。
そんな他人を心から想える陽灯だからこそ、人に寄り添うことも人に安心感を与えることが出来るのだろうと思えた。
須美自身も自分が真面目すぎる部分があるというのは自覚して、それが自分だからとそのまま居た。
そんな須美に友達は…言うまでもない。
唯一厳しくしても何を言っても関わろうとしてくれたのは目の前の彼で、何度同じ注意しても変わらないのが彼で、何度も何度も手を差し伸べてくれるのが彼だ。
お役目が始まって、ちゃんと向き合って、その本質を真の意味で理解出来た。
いつだって変わらない。
普通は自分のことばかりになるのが普通で当然で、他人のことばかりになるのが彼にとっては自然で当たり前で。
そんな彼と関わっているうちに魅力に充てられて、暗い思考も恐怖も緊張感だって全部全部吹っ飛ばされてしまう。
精神的支柱というのは、間違っていない。
「ん…須美ちゃん?」
今日の自分はきっと、怖い夢を見たからおかしくなっているのだろう、と思った。
普段はこんなこと、絶対しないはずなのに。
気がつけば須美は隣に座る陽灯の肩に自身の頭を乗せていた。
「少し…こうさせて欲しいの。その方が安心出来るから……」
「そっか。うん、いいよ。須美ちゃんが安心出来るならどれくらいでも」
我ながら狡いとは解っていた。
そう言えば彼は必ず受け入れると確信があったから。
彼の優しさに甘えて、純粋さを利用して、心が痛まなかったかといえば嘘になる。
それでも、こうしたいと思ったのだ。今だけは、こうして傍に居て欲しいと。
そんな須美の想いは、間違いなくぼーっとしている陽灯には届いてないだろう。
それもいい、と思っている。
新しい世界を見せてくれて、知らない自分を教えてくれて、鷲尾須美という少女を肯定して受け入れてくれる。
今はそれだけで、いい。
こうして体温を感じていれば生きていると分かるから。
夢の通りにはなっていないと、きっとならないと信じられるから。
いつもとは違うような、ドキドキとした胸の高鳴りは不安から来るなのだろうと思いながら、無性に彼に触れたい衝動に駆られて須美はそっと陽灯の手の上に自身の手を重ねる。
理由は分からないし見当もつかない。今まで陽灯になら触れられてもいいとは思っていたが、こうして触れようとするのは羞恥心が勝っていた。
相手が男性なら警戒するのが普通で、友達同士でも最低限の警戒はすべきだ。
須美だって付き合ってもない殿方に誰でもいいから触れたいなんて思ったこともないし、触れられるのはどちらかといえば嫌だ。
だからこそ、今の自分がおかしくなっているとしか思えない。無論陽灯が嫌いなのではなく、彼に対しては羞恥心が勝つのに今日は一向に躊躇する意思がない点で、だが。
「…どう? 安心出来る?」
「うん……すごく、すごく……あったかい」
「まぁ夏だからねぇ……」
---それを陽灯はこうやって受け入れてくれるのだから、なんともまあ狡いものだ。
彼に羞恥心はないのかとすら思える。これでも須美は体付きに関しては銀に太鼓判を押されたほどである。外見も整っている方だろうと自負出来る。
が、陽灯は全く意識する様子が無い。
流石普段そのっちにくっつかれても平気そうにしてるだけある、と思考回路が逸れて。
「…そういう意味では、ないのだけれど」
なんだか面白くなくて、ちょっと拗ねたように唇を尖らせてしまう。
「え?」
「な、なんでもない…」
「そう? でもさ、夜中にこうして会って一緒に過ごして、ちょっとイケないことをしてるみたいだね」
直接言葉にするのは気恥しくて誤魔化すと、陽灯は気にせず別のことを口にしていた。
確かに小学生の男女が密会していることになる。深夜帯という人の少ない時間に。
当然、変な意味は全くないが。
「子供の夜更かしは発達に悪いから…。特に小さい頃は。出来るならしない方がいいのよ?」
「なるほど…だからかなーあんまり身長高くないよね、俺。実は150ないんだよ〜ふふん」
自慢げに言うことではないのだが、須美は何気に初めてそのことを知った。
陽灯は身長が一番低い銀に比べれば高いが、須美や園子と比べたら男子の割には小さいというのが分かりやすい。
平均身長体重全部下回っているのが陽灯なのだ。
「言われてみれば……陽灯くんのことだから寝るよりも誰かの力になりたい…だなんて思ってそうだものね」
「そんな分かりやすい? だいたい4時くらいに起きて外回ってるからね〜」
さほど身長差は感じられないので、須美や園子に近い身長ではあるのだろう。
ただ子供が起きる時間帯にしてはかなり早いので、成長ホルモンがあまり分泌されてなさそうだ。
「でも陽灯くんは…もっと大きく感じるわ。なんて言えばいいか、分からないけれど……。それにあまり大きくないから、こうして過ごせるわけだし……」
最後の方は声が小さくなってしまったが、陽灯の身長がもっと高ければこうやって肩に頭を乗せるなんて出来ない。
他の人が見れば、まるで恋人がするような、そんな行為を。
改めてそう思って、須美は顔が熱くなるのを感じる。
「んーよく分からないけどあんまり気にしてないし、同じくらいの身長の方が須美ちゃんたちも見やすいだろうし、俺は須美ちゃんたちの顔もちゃんと見れるもんね。結果おーらいってやつだね!」
全く気にしてないというか、実際に気にしてない陽灯は相変わらずポジティブに物事を考える。
そもそも陽灯は見かけではなく、他人の心を見ている節がある。でなければ誰にでも平等に接することは出来ないだろう。
そして自分のことに関しては全然興味が無いのが彼なので、こうなるのも必然か。
「ふふ、そうね」
「…うん、そうそう! 須美ちゃんもだんだん元気出てきたみたいでよかった」
「あ……うん。陽灯くんと話してるうちに、自然と…」
自然と笑えるようになった須美に対して嬉しそうにする陽灯。
自覚はなかったが、自然になれたのもそれもこれもこうやって触れ合えて、そこに居るというのが分かるから、なのだろう。
「力になれたなら俺も嬉しいよ! 暗い顔よりも明るい方が須美ちゃんは可愛いからね」
「へっ……!?」
「うん?」
「う、ううん。お世話でも…嬉しいわ」
不意に言われて照れてしまう。
顔が見られてないのが救いだと思いつつなんとか言葉を絞り出すと。
「本当のことを言ってるだけだよ? 須美ちゃん綺麗だし笑ってたら可愛いって思うし」
「っ、うう……も、もう分かったから。それ以上は言わないで……」
「え? うん…よく分からないけど分かった」
リンゴのように顔が真っ赤に染まる須美は思わず顔を横に向けて見えないようにする。
肩に預けていたから陽灯からは見えないのに、反射的に。
ただ手だけは、未だ重ねたままで。
ちょっとした無言が続いて、少し落ち着きを取り戻して陽灯を見たら、彼はやっぱり外を見ている。
まぁ人の家をジロジロ見ないようにしている、というのもあるだろう。男友達ならまだしも女の子の部屋だ。
そういった気遣いはちゃんと出来る。出来るからこそ、ある意味困ったものだったりするのだが。
主に好かれるという意味で。
「……」
「……ん?」
無言のまま窓を見続ける陽灯に須美は重ねていた手を動かしてぎゅっと握る。
反応した陽灯は須美を見て微笑むと、そっと握り返してくれた。
どこまで許してくれるのかな、なんて思って、自身の思考を振り払うように頭を横に振ると、肩が触れ合うほどに密着する。
さっきと違って頭を乗せられる勇気はもうなかった。
「…ねぇ、陽灯くん」
「んー?」
恥ずかしさはあるものの、もう落ち着いている須美は改めてずっと気になっていたことを聞く。
初めてのお役目の時も、今日も、彼にしては珍しく陰りを見せる時がある。
当然陽灯だって人の子なのだから、暗い過去のひとつやふたつあってもおかしくはないが、イメージはしづらい。
「陽灯くんは…その、さっき言ってた怖い夢って…聞いてもいい?」
「え? あー……そう、だなぁ……」
答えづらそうな様子で考えるように天井を見上げると、自分の中で整理したのかうん、と頷いて口を開く。
「全部語っちゃうと長くなるし内容が内容なのもあって、また暗くなっちゃうから簡潔になら、いいよ。だから誰にも言ってないことだけど…須美ちゃんが教えてくれて俺だけ教えないのはフェアじゃないしね」
彼自身が暗くなるというほどのもの。
想像すらつかないが、陽灯はぽつぽつと語り始めた。
握っている手が少し、力が籠っているのを須美は手で感じながら。
「簡単に言うとね、昔救えなかった命がたくさんあったんだ。たくさんの人が居て、巻き込まれて、死んで行って、その中に俺は居たのに。目の前で命が奪われていく瞬間を見た。今でも夢見るのは、救えなかった人たちのこと。確かに人には限界があると思う」
「でも違ったんだ。俺には救えた。救うことが出来た。ただ勇気を出して手を伸ばせば、足を動かせば救えたかもしれないのに。
俺にはそれが出来なくてさ。気づいたらたくさん喪って、動くのが遅れて、多くを救おうとした。
巨人さんが救った命。俺が救った命。それはあるよ。
だけど命に数なんてない。
ひとつを救っても喪ったひとつは救えない。ふたつを取っても、取れなかったひとつは還ってこない。みっつを掴んでも、掴めなかったひとつは戻ってこない」
「その『ひとつひとつ』も取らなくちゃならないんだ。じゃなきゃ、そのひとつを喪って悲しむ人や生きる希望を無くす人もいる。だから俺は決めたんだ。今度はもう、次はもう目の前で、俺の手が届く範囲で何も失いたくない。誰も喪って欲しくない。誰にも悲しんで欲しくない。
一人でも多く、誰かを救いたいって」
「それが俺の見る過去の夢。そんないいものでもないし、かっこ悪いでしょ?」
語り終えたからか握られた手の力はなくなって、陽灯は苦笑いを浮かべていた。
どうしてそうなったのかは分からない。なんで人が死んだのか。目の前で亡くなったのか。
ただ”巨人さん“と言っていたことから、初めてザ・ネクストと出会った時のことかもしれない。
”巻き込まれた“点から考えるに、災害か何かで喪って、救えなかった人たちのことを悔やんでいると見るべきか。
聞いてた限り悪くない。誰も悪くないのだ。
陽灯に罪は何一つなく、もし須美が同じ立場なら同じことは出来ない。陽灯のように見知らぬ誰かを助けようとは、勇者となった今ならまだしも勇者になる前の自分だったら出来ないだろうと思った。
「それでも……」
「?」
「それでも…私が見てきた陽灯くんは、みんなを笑顔にして、誰かの力になって、一緒に喜んで、たくさんの人の
空いている手で掬うように繋いでいる手を取ると、両手で覆うように握って真っ直ぐに陽灯を見つめる。
「そんなこと言わないで。私が知っている陽灯くんは……と、とてもかっこいいから!」
「………須美ちゃん」
かあぁ、と顔に熱が一気に集まり、それでも須美は目を逸らさない。
この気持ちだけは伝えたくて、嘘じゃないと、本当だと伝わるように。
「ふ、ふ…ははは、そう言って貰えると嬉しいよ、ありがとう。じゃあ須美ちゃんにかっこ悪いって思われないように頑張らなきゃだね。結局過去は過去で、今の俺を作ったのは過去の俺なんだ。救えなかったことはどうにも出来ないけど、今度はそうならないようにするだけ。俺はいつも通り、誰かの笑顔のために頑張るよ!」
「…うん、それこそ陽灯くんよ」
無事に伝わったのか陽灯はさっきの暗い話を吹き飛ばすような、眩い笑顔になる。
卑下するのは彼らしくない。いつも明るくてボジティブで温かくて優しくて、光であり続けるのが陽灯なのだから。
「ふわぁ……陽灯くんのお陰で…すっかり安心して…眠たくなってきちゃった……」
「そっか、寝ていいよ須美ちゃん。大丈夫、寝付くまでちゃんと傍に居るから」
「……うん。ありがとう」
いつの間にここまで心を許していたのか。
少なくともお役目が始まってから関係性が進展した気はする---と思いつつ陽灯なら何もしない、と信頼しているからか須美は無防備にも眠気に従って体を預けた。
「っと……」
すぐに優しく受け止めると、限界だったのか胸の中で寝息が聞こえる。
どうやらもう、不安はないらしく陽灯は息を吐く。
(未来の夢、か…仮に神樹様が見せたなら、そうなる未来が必ず訪れるってことだよね。なんで須美ちゃん『だけ』なのかは不思議だけど)
チラ、と須美の顔を見れば穏やかな寝顔を晒している。
ささっと前髪を手でそっと退かしてあげながら陽灯は目を閉じて片手で自身の胸に触れる。
(俺が死ぬ、未来……なんでだろう分かってても
心臓の鼓動は、全く乱れていない。
これは須美から話を聞いてからも
「まぁ、今は考えなくていいかな…おやすみ、須美ちゃん」
考えることが苦手な陽灯は思考を消し、須美の体を優しく抱き上げると、ゆっくりとベッドに寝かす。
そのまま去ろうとすると、袖を掴まれてしまった。
無意識か、夢で何かあったのか。
ただ震えているわけでもないため、外して去ることも出来たが陽灯は苦笑しつつ大人しくその場に座ると、スマホで澪と夜霧たちにメッセージだけ送っておいた。
『…………』
「……?」
その時内に宿る巨人が何かを言っていたような気がしたが、意思は何も伝わってこなかったため気のせいかと思いながらやることがないので窓に目を向けた。
朝だということを知らせるようにチュンチュンとスズメの鳴く声が聞こえる。
体を起こし、時計を見ればいつもより寝てしまった。
寝起きなのもあって頭がぼうっとして、暫しじっとして一点を見ていると次第に意識が明確になっていく。
頭が動き出すと、寝る直前の記憶が蘇って、あまりの大胆な行動に顔を赤くする。
怖い夢を見たからと言ってあんな行動に出るなんて、はしたない…と考えたところで、陽灯のことを思い出した。
全く意識されてなかったことには少し、ちょっぴり…いやかなり思うところはあったし、なんだか不満感が残るが須美はそのまま寝てしまったため、彼がどうしたのか分からない。
そもそも友達とはいえ男の子が部屋に居たのに---入れたのは自分だが寝るだなんて無防備にも程がある。
無意識に掛けられていたであろう毛布をばっ、と捲ると、服は寝る前と同じで全く乱れてすらいない。
文字通り、手を付けてない。
安堵とそれはそれで魅力がないのかなと落ち込んだり、面倒臭い思考に行きかけたが、いつ帰ったんだろうと思いながら部屋を見渡せば。
「zZZ……」
部屋の隅っこで体育座りしながら眠っている姿があった。
なんだかんだ、最後まで居てくれたのだろう。
夜中だというのに来てくれて、励ましてくれて、傍にいてくれて。
嬉しい気持ちが溢れ、ゆっくりと近づくと、さっきまで使っていた毛布をそっと被せた。
夏でも陽灯は薄着だ。室内は冷えているため、夏風邪を引く可能性もある。
「……ありがとう、陽灯くん」
「ぐー……う、ん……」
「…! ふふっ」
一瞬起こしたかと焦ったが、寝息が聞こえる。
聞こえてないはずなのに返事をする彼に口元を抑えながら笑いが溢れる。
ひとまず、須美は部屋を出る---わけではなく、ほんの少しの間陽灯の寝顔を見つめて一人で堪能した。
普段はかっこいいのに、可愛いと思える無防備な姿を。
196:名無しの転生者
寝起きの陽灯くんかわゆす
197:名無しの転生者
あんまりなんでもするって言わない方がいいっすよ
198:名無しの転生者
今なんでもするって言ったよね?
199:名無しの転生者
ぐへへ
205:名無しの転生者
何だこの変態共
206:名無しの転生者
いつも通りだぞ
208:名無しの転生者
ショタに反応するホモタチ
211:名無しの転生者
別にショタでも、かまへんか……
212:名無しの転生者
イッチとは違って性的に狙われる陽灯くん。あの陽灯くんがこの掲示板見てたらどんな反応しただろうか
213:名無しの転生者
前世が入ってるイッチはキモって言ってくるけど陽灯くんだったら引くだけで済んでそう
214:名無しの転生者
むしろあの陽灯くんを引かせられるお前らよ
220:名無しの転生者
バカな!!あの陽灯くんが悪夢だと察しただと!!確かに須美ちゃんの性格からそう思うのは不思議ではないが、あの陽灯くんが!!
222:名無しの転生者
この察し能力を常時使えたらいいんですけどねえ。イッチも陽灯くんも
223:名無しの転生者
無理でしょ
224:名無しの転生者
悲しいなぁ
230:名無しの転生者
経緯は分からんが、こんなこと言ってるのに記憶喪失になってたってマジで罪深すぎる……
235:名無しの転生者
まぁそこは須美ちゃんも同様だし多少はね?
236:名無しの転生者
実際記憶どうなってんだろうね?
237:名無しの転生者
イッチ曰く、自分と違って鷲尾須美=東郷美森だから記憶は順番に戻ってるはずと言ってたゾ。
神樹様が返してるらしいしな。まぁ使いもんにならないイッチの肉体をわざわざ再構築するくらいだしやってるでしょ
240:名無しの転生者
東郷さんも…その、やべえやつだったから…やばそうですね……
242:名無しの転生者
前回の記憶のせいで既にイッチが園子と東郷さんに狙われる未来が確定していて涙無しには見れない……
243:名無しの転生者
東郷さんは思い出してさらに感情強まってるだろうし園子ちゃんもずっと会えなかったからその分溜まってるだろうしな…銀も二人ほどではないだろうけど間違いなく思ってるだろうし、ある意味帰らない方が安心なの笑えるわ
244:名無しの転生者
でもイッチ、未だにほぼ休むことなく戦い続けてるから戻った方がいいっちゃいいんだよな。流石に無数のスペースビーストとバーテックスは無理すぎる
246:名無しの転生者
本人が方向音痴すぎて四国じゃなくて海外に行ってるせいでまだまだ帰れないんですけどね。
ノルウェー行ってるとかいってなかったっけ
247:名無しの転生者
また離れてるイッチさぁ…
250:名無しの転生者
俺らじゃ地形わからんからな。
ノア様に頑張ってもらうしかない…
252:名無しの転生者
さらっと身体能力が滅茶苦茶上がってることに俺だけしか気づかない
253:名無しの転生者
適合力上がってるんやろ
270:名無しの転生者
そろそろ誰か陽灯くんを真面目に止めるべきだと思うの。
こんなん惚れるやろうがい!
271:名無しの転生者
笑ってるしへーきへーき
272:名無しの転生者
勇者かぁ……なんだかんだ、選ばれてるみんなもその素質があるって分かる瞬間があるよな
275:名無しの転生者
陽灯くんといいイッチといい、あまりに主人公気質なだけで他の子達もイッチが居なけりゃ主人公レベルではあるからな…
278:名無しの転生者
ねえ、イッチより答えに近づいてないか、陽灯くん
279:名無しの転生者
人には誰しも光がある…か
281:名無しの転生者
時折IQ上がるのなんやねんこいつ
285:名無しの転生者
あーだめですダメです!えっちすぎます!
286:名無しの転生者
ただ肩に頭を置いただけだろ!
287:名無しの転生者
これもう付き合ってんだろ
288:名無しの転生者
これで男女の関係じゃないって最近の若い子は距離感が近すぎない?
289:名無しの転生者
最近(前世のイッチはおそらく平成で亡くなってるため俺らと同じで考えるならこの世界は遥か未来)なんだよなぁ
291:名無しの転生者
ちょっと待って。いくらなんでも陽灯くん小さすぎやろ。須美ちゃん151くらいだろ?
じゃあだいたい147くらいか?
292:名無しの転生者
この時代だと平均身長もっとあるだろうし、小さすぎるな…そもそも現代と違ってこういった世界ってだいたい平均高いし
295:名無しの転生者
あんま寝てないもんな、陽灯くん。少食だし
350:名無しの転生者
うわぁ!急に重たくなるな!
352:名無しの転生者
ザ・ワンさぁ……
353:名無しの転生者
そもそも陽灯くんの考え方って人間つーよりも神様なのよ。九を救ったわけでも十分すごいのに、十を救えないことに後悔するって……
354:名無しの転生者
しかも小学生になりたての頃くらいの子供だしな、出来ることの方が限られてるんだってば
356:名無しの転生者
まぁ本人に言えないし同じ考え方のイッチに言っても無意味やろうしな…
357:名無しの転生者
てっきりイッチの前世がぶっ壊れてるのかと思ってたけど陽灯くんがぶっ壊れてたからイッチがよりぶっ壊れてるんやろうなって
360:名無しの転生者
せやで。
まずお役目の時点で全人類の命守ってるしね
361:名無しの転生者
人を喜ばせたり笑顔にしたり、十分人の心を救ってるんだよ、その通りなんだわ
362:名無しの転生者
ぶっちゃけ眩しいっす
363:名無しの転生者
見返りも欲することなくただ人のために動くって簡単に出来るもんじゃないからね。立派な行動
370:名無しの転生者
確かに須美ちゃんだけに夢を見せたって考えたら不思議だな…
371:名無しの転生者
普通みんなに見せるか、もしくは陽灯くん本人に見せた方がいいもんな。となると…
372:名無しの転生者
須美ちゃんには別の、不思議な力がある…ってわけか?
373:名無しの転生者
確か神託を受けられるのって巫女だろ?
374:名無しの転生者
もしそれが正しいなら須美ちゃんも東郷さんも勇者でありながら巫女の力を持ってるってこと?
375:名無しの転生者
ハイブリッドやんけ
376:名無しの転生者
イッチは巫女だった…?
377:名無しの転生者
イッチは謎空間に何故か侵入してた変態だから
380:名無しの転生者
そういや陽灯くんもイッチも二人だけは何故か神樹様本人と会ってんのよな。
巫女は神託だから、どっちかっていうと会話したりコミュニケーション取れる陽灯くんやイッチの方が異常なんだろうけど
382:名無しの転生者
うわ…もう陽灯くん壊れてきてるやんけ…
383:名無しの転生者
度々前兆はあったが、恐怖心が死んでたか…
384:名無しの転生者
戦いでも割と自分の体犠牲にするやり方してたからな…そうだろうなとはおもってたが
385:名無しの転生者
なーんか色々不穏な空気になってきたなぁ
386:名無しの転生者
夢の内容…もしかしたらそれがターニングポイントってやつかもな
370:名無しの転生者
どちらにせよ見守ることしか出来ないからねぇ。これイッチの記憶の中だし
390:名無しの転生者
朝チュンは逃げやぞ
391:名無しの転生者
ただ離れて寝ただけなんだよなぁ