Christy 〜魔王の記録のカケラ〜   作:ネガ=ハブクラゲ

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静かに賑やかな旅団

「───ッ!!!! ハァ…………ハァ…………ハァ…………」

「……大丈夫?」

寝汗か冷や汗か、それを大量に流しつつ飛び起きた赤髪の少年は、長い空色の髪の美しい女性に見守られながら悪夢から覚めた。

 

「………先生………。……ちょっとうなされてたみたい。ありがとう」

「どういう夢を見たの?」

「……あれ……そういえばどういう夢を見ていたんだっけ…」

「あら、脳による記憶処理が早いわね。夢だから仕方ないけれど…」

「話したかったのに話せないのは、少しモヤモヤするな…」

「…そうね。貴方は言いたい事はハッキリ言うもの」

呼吸が落ち着き、少年はまた布団を被る。ボンヤリとしたまま天井を見ていて少し時間が経ち、窓から月明かりと共に柔らかい風が差し込む。

 

「…………ねえ、か…」

口を開いた瞬間、唇にとまった女性の人差し指によって発言は遮られる。女性はもう片手の人差し指を自身の唇にも立てており、優しい笑顔で諭すように何かの単語を出すのを禁じていた。

 

「その言葉は駄目よ。貴方から持ちかけた約束でしょう?」

「………………!」

少年がハッとした瞬間に人差し指が離れ、再び女性は柔らかな笑顔で見守る。

 

「………………。……そう、だね……そうだったね…」

「ここはみんなの宿舎だもの、壁越しにでも聞かれちゃったらまずいわ……だから、ね?」

「……そうだった。ボクも自覚が足りないな……」

「フフッ。貴方のプライベートルームが必要な日も近いわね」

「あの人に頼んで改装してもらった方がいいかなあ、ここ…」

「そうね。彼ならあまり時間をかけずに改装が可能でしょう。先に私から話しておくわね。貴方はゆっくり休んでて…」

談話が終わり、女性は立ち上がる。しかし、少年の伸ばした手は女性を引き留めるべく、手首をガッシリと掴んだ。

 

「……………?どうしたの?」

「……自分でも驚いてる。…もう少し……いて欲しいって…思ったんだ」

「……そう。そうなのね……」

女性は柔らかく微笑む。掴まれた手を、そのまま繋いで。やがて少年の隣に横になり、囁くように話しかける。

 

「隣にいておくわね…」

「…ありがとう」

ほんの少しの会話。だがこの二人にはそれで十分だった。しばらくして、一人分の寝息が聞こえてくる。そしてまだ起きている者は、その寝顔を優しく見守っていた。

 

 

 

 

 

 

二人が眠っている寝室の外。そこには扉の隣で黒い道着に身を包み、両目を隠すように鉢巻を巻いている青年が腕を組んで佇んでいた。

 

「………………………………」

「………なんだ?盗み聞きでもしてるのか?」

欠伸をしながら現れる、大柄で筋骨隆々の男。肉食獣のような鋭い眼光とヤマアラシのように刺々しく逆立った髪は覇気に満ち溢れ、その気でなくとも見る者を圧倒する。黒装束の男は、どこか冷たさを感じさせる落ち着いた口調で話す。

 

「……眠れなくてな。夜風に当たっていたんだが、少し考え事をしていた」

「だからってこんなとこに居るなよ。普通に通行の邪魔だぜ」

「寝室に入る寸前で考え事が浮かんでしまってな。だからこうしている」

「あー……。まーた面倒くせぇ事になってんのなお前。もっかい夜風に当たって来たらどうだ?」

「……………」

「…おい、聞いてんのか?」

「……ああ。また夜風に当たって来るとしよう…」

黒装束の青年は壁にもたれている状態からゆっくりと直り、傍らに立てかけてあった刀を持って宿舎を後にした。大柄の男はもう一度欠伸をしながら自分の寝室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

「…プライベートルーム、ですか?」

「そ。今の宿舎だと少し思うところがあってね。みんなと相談したんだけど、そういう部屋は今のところボク以外は特に要らないってさ」

一晩を過ごし、少年はすっかり落ち着いていた。傍らにはまた空色の髪の女性が佇んでいる。少年と話している仮面の男は意外そうに少年を見た後、机の上に置かれた大きなデバイスを動かしている。

 

「フム…そうですね、そうなるとまたこの旅団空間の拡張が必要になるはずです。…ところで、部屋の内装などに指定は?」

「ベッドは宿舎と同じものでもいいかな。睡眠の質は大事って言うけど、ベッド自体は今あるものでも十分に良質だからさ。他にあるとしたら…そうだなあ……防音性の強化、とかかな?」

「……防音性、ですか?…そこは確かに考慮していませんでしたね。せっかくなので、宿舎全体の防音性も上げておきましょう。他に何か…貴方のプライベートルームですので、使い方によっては応接室のようにソファなども必要になってくるかも知れません。その辺りの指定も特には無いと?」

「そういうのはまた必要になった時に言うよ。だから今のところは防音性の強化ぐらいでいいかな。ボク自身そこまで部屋の装飾には拘らないしさ」

「そうですか……。では、宿舎全体の改装と、部屋をひとつ増築になりますね。拡張の材料自体は簡単に入手出来るので、皆が出払っている時に私一人で行います。急ぐようであれば、今で改装の通達をかけておくのも…」

「ああいやいや、そこまでしなくてもいいよ。別に急ぐ程でもないからさ」

「分かりました。それでは、私は私でメンバーとすれ違った時にでも伝えておきます」

「うん、そんな感じでいいからさ。ありがとう」

仮面の男はそのまま赤髪の少年と空色の髪の女性の退室を見送る。その後は机に置かれた空のマグカップを手に取り、白衣を翻しながらコーヒーを淹れに行った。

 

 

 

 

 

仮面の男が部屋に戻ると、退屈そうに椅子に座っている少女がいた。赤髪の少年に付き添っていた女性とは全くの別人で、手が見えないほど大きな袖の黒いローブを着ている。その少女は機嫌が悪い顔のまま、低い声と重苦しい口調で話しかける。

 

「……随分と長い休憩だな」

「ええ、まあ。貴女は何用で?少し機嫌が悪いようですが」

「私の顔を見れば大体察するだろう、お前は」

「ははは、これは失礼。ですが、勘違いしたまま話が進むのは避けたいものですからね」

「…まあ、おおかた予想通りだよ。あの猛獣男のいびきで起きた。うるさくて眠れたものじゃない」

「やはりというか何というか…。彼にはそういう事を言っても解消出来るかというと不可能ですからねえ…」

「我々は【英雄契約】で全盛期の肉体のまま時が止まっているからな。無理もないと言えばそれまでだが、あれだけうるさいと殺し合いに発展してでも叩き起こしてやりたいぐらいだ」

仮面の男は納得するように苦笑する。よほどいびきがうるさいのだろう。しかし、それはすぐに穏やかな笑みへと変わる。黒衣の少女はそれを見て怪訝な顔になる。

 

「……なんだ?何故そのように微笑む?」

「いえ、その悩みも明日には解消されると思いまして。魔王殿から宿舎改装の依頼が来てましてね」

「魔王から?珍しいな…」

「ええ。宿舎全体の防音性の強化、及びプライベートルームの増築。内装に関しては特に指定は無いとのことで、私としても気が楽です」

「奴がそういう注文をするのは決まって何かある時だが…」

「そうですね。“彼女”もいましたし、何かあるでしょうね」

「………………………」

「………?」

突然、少女の口が止まる。仮面の男は不思議そうな顔のままコーヒーを飲み始める。

 

「……当の本人から預かり物。お前に渡しておけとの事だ」

少女の袖から無地の白いカードを手裏剣もように投げられ、仮面の男はそれを見事にキャッチする。そのままカードを見ると、要望らしき事が書かれていた。マグカップを机に置き、音読する。

 

「ふむ…『内装に本棚を』ですか。しかし、本棚を置いても肝心の本は…」

「本なら奴がどこかから持ってくるだろうな。読書家を自称しているぐらいだ…気に入った本があるなら自分で集めて蔵書にするだろうさ」

「なるほど…そういう事でしたら、私がやる事はひと手間加える程度ですね」

仮面の男は少女の説明に納得し、席についてデバイスに宿舎改装の為の指示を打ち込んでいく。一方で少女は眠たげで、首に力が入っていないかのように俯いている。

 

「……いいのですか、ここで休んで?そのまま寝れば首を傷めますよ?」

「構わない、寝かせてくれ。ここは比較的静かでいい……少なくともいびきを聞きながら寝るよりもずっと気が楽だ」

「…そうですか。では、ごゆっくり…」

仮面の男の言葉を最後に、黒衣の少女は椅子に座ったまま眠り始めた。寝息はなく、置かれた人形のように眠るその姿は人間らしさを感じさせず、どちらかと言えばフクロウの眠り方に近かった。

 

「……やれやれ……今日もこの旅団は静かに賑やかですね…」

仮面の男は愚痴のような溜め息混じりの独り言と共に、作業を再開する。部屋中に静かに響く高周波の音達は、眠れなかった黒衣の少女を深い眠りへと誘っていった───




下書きの延長線上で書いたため名前は敢えて出していません。人物紹介はまた今度
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