私の前世が原案マンハッタンカフェだった件 作:■■■■
「はぁっ……。ふぅー…………」
「お疲れ様。コーヒーじゃないけど、良いよね?」
「はい、ありがとうございます……。それと、私は紅茶以外なら当然何でも飲めますよ……」
「だよね〜……」
どれだけ私が嘆こうと時が止まる事はない。というか仕事が無くなる訳がない。むしろ増やしてしまった。
現実逃避気味であったため、自分から仕事を誘い受ける様な態度をとってしまったら、まさかこんなザマになるとは思わなかった。情勢を読み取れなかったあの時の私が憎い。今もトレーナー室の机には勝手に書類が積まれていることだろう。
別に私だけが多忙という訳ではない。
もうすぐ行われる一大イベント──オープンキャンパス。未来のトレセン生徒が見に来るのだから、学園の気合いが入らない訳が無い。さらに、そこで開催される模擬レースにエントリーされてしまったのだから、もう非現実に向き合う余裕なんざなかった。
私たちはそこに向けて特訓を行っているのだ。なんだかんだ言ってカフェは王道で成果を上げてきたからな。彼女のファンがたくさんいるだろうとの事で推薦がぶっ刺されてしまった。
正直自分が招いた激務とはいえ、後悔は尽きない。並行して割とガチなメニューを作るのも大変だ。
ただ、カフェは結構乗り気だし、何なら一着を狙ってる様にしか見えない。新入生向けのイベントだし、後輩に勇姿を見せてあげたいのかな。そんなの見たら応えてあげたい気持ちが溢れてくるので、いっつも限界まで張り切ってしまう。なんか、満たされる気がするし。
気付けば重賞に挑むのと同じ気概で残業続きの日々を送っていた。フラついてはないだろうが、どのくらい疲労が溜まってるのか、もう自分でもよく分かってない。
しかし、目の前の心配そうに顔を覗いてくる子にはおみとおしだったようだ。
「あの、トレーナーさん……。お休み、とってませんよね?」
「え、いや、全然大丈夫だよ。別にどこも悪くないよ。ほら、もう頭も」
「もう……隠せてませんよ、クマ。コンシーラー……あまり使い慣れてないんですね……」
「あっ……」
手をグーにして呆れるように笑うカフェの目線で、顔をごまかせてない事がわかってしまった。慌てて鏡を取り出して見ると、目の下のクマがほくろというか、シミっぽく見えてしまっている。どうやら寝ぼけ過ぎて盛大に塗りミスったらしい。
(うわぁ〜〜……はっず! 慣れない事するもんじゃねえな。しかも否定してないからバレバレじゃん)
普段メイクに時間かけてないのが丸わかりだ。てか、そうじゃない。担当の子にレース関係以外で気を遣わせてしまった。しかも疲労で。
恥ずかしさと申し訳なさに撃沈してしまう。わかってる。些細な事だしあんまり気に留めるべきじゃないのはわかっているが、どうも精神的にも大分参っているようだ。ネガる事しか出来ない。
「……あの。もし良ければ週末、お出かけしませんか……? 私、行きたい所があるんです。………ちょっと想定より早いですけど」
「え? あー、気分転換だね。うん、ありがとう気遣ってくれて。でも今日来る書面のせいで微妙に行けるか怪しいんだよね……」
メイクを拭き取ったハンカチでそのまま頬をかく。せっかくの誘いなのに、断り入れれそうなタイミング逃しちゃってんだよなあ。ごめんカフェ。
最近気づいたけど私、事務も向いてないわ。どんくさいから変なとこで手間取ったり、偶にタワーはひっくり返るし。たづなさんの目の前でやらかした時は偽物が襲ってきたときより生きた心地がしなかった。
内心で喚いてるうちに、ふがいない自嘲の念を感じ取られてしまったのか。少しむくれた顔でカフェが近づいてきた。
「本当に仕事ばかり……。どうしたんですか? 私が走ってきた影響で忙しくなるのはわかりますが、最近のアナタは度が過ぎています……。……決めました。この日はドアの前にいますからね……。拒否したら──」
「わかったわかったよ! うん、待ってるから早朝から耐久とかしないでね!?」
凄い勢いで詰められてしまった。こんな有無を言わせてくれない展開になるとは。もうなんか恥とか飛んでいっちゃった。また新しいカフェを見れたからかな。我ながら単純な奴だ。
やはりこの子は、変わってきているのか、それともこれが元来の性質なのか。
関心はいくらでも湧くが、まずは出掛ける心がけをしておこう。具体的には自分で入れた仕事を断る地獄みたいな申請をしないと……
「それとお仕事は多分、大丈夫です。もう積まれたりしません……。私たちの個室……今は誰にも辿り着けないようにさせてもらいましたから……」
「おぉなるほど……? そうか…………ヒェッ」
それでもやはり、彼女の独特な世界観は健在のようだ。私も完全に感じ取る事は出来ないが、慣れ親しんだ感覚はある。今回は疲労回復に利用させてもらおう。
「いや〜、まさかまた水族館に二人で来れるなんてね。……あっ、もしかして昔言ってた事、覚えてくれてたんだ?」
「はい。あの時はアナタが襲われ……それからも行く機会がなかった……。……約束、果たせましたね」
「カフェ……うん、まだまだ楽しんでいこう!」
なんと連れられてきたのは三年前に二人で来た水族館だった。まだカフェとの距離感をつかみ損ねていた頃、どうにか彼女を喜ばせたいと思って連れていったんだった。
まあ実質はカフェが私を怪異から守ろうとしてくれてたんだけど。あんな直接襲いかかってくるとかねーよ。洗車機よりもブルブルだったわ。
その後、件の怪異はカフェの尽力によってあるべき所に駆けていったらしい。しかし、私は水族館にちっさいトラウマでも植え付けられていたのか。
約束した側である私がこの余裕ある時期に誘うの忘れてた。なんか急に申し訳なくなってきたぞ。そんなだから書面のど真ん中にちゃんと書いてた契闊も……あっ、クシクラゲじゃん! ゲーミング! ゲーミング!
「ふふっ……、楽しんでもらえて、何よりです」
「えっ、あっ……あ、あのカフェも楽しんでくれてるよね!? ほら、アレ、例えば刺胞動物と有櫛動物という門の違いだけで中の光り方が全然違うクラゲの神秘とか──」
「何言ってるかさっぱりです……。でも、私も楽しめてますよ。……アナタともう一度、ここに来られて」
「ハハハハ……とにかく、良かったね……」
にこやかに苦笑いするカフェ。そして私は、もうなんかダメだ。三年一緒に頑張ってきたのに、ここにきて無様が露呈してばっかな気がする。
いや元々小物なのは自覚してたけどさ。やっぱ大人らしいとこは見せておきたいじゃないか。……あれ、社会常識以外の大人らしさってなんだ? 物腰穏やかで皆の導き手という点なら、圧倒的にこの子の方がそうじゃん……しゅごい……
「それにしても……今日もお客さんが多いですね……。また、あの時みたいに引き離されてしまうかも……」
「いやいや、あれは確か怪異のせいだったから大丈夫だって……大丈夫だよね? えっもしかしてまた何かいるの!?」
「あ、いえ。今回は誰もいませんよ……。……でも、心配です。………もう二度と、はぐれないように……」
「……!」
少しおぼつかなく、されどはっきりと。マンハッタンカフェが手を差し出してきた。
「ありがとう、嬉しいよ」
「──……行きましょうか」
迷わず手を取った。きっと万が一を考慮してくれたんだろう。彼女はいたずらな行動はしない。少し勢いづいていたのか、一瞬硬直させてしまった気がする。
手を繋いだまま、前後左右に広がる魚たちの箱庭を鑑賞していく。顔を伺う事は出来なかったが、先程よりも軽やかな足取りでカフェは先導してくれた。
心配が解けてよかった……よし、私も本気で楽しむとするか。
シチュエーションといい、まるで本当に三年前のすぐ続きのような気分だ。まあこんなはしゃいでしまうとは思ってなかったけど。
誤魔化しきれないボロが出てきたというのか、子どもの気持ちに回帰出来たというのか。
結局のところ発散出来た私は、リラックスしきっていて気づかなかった。脆さだけでなく、緩んだ結び目すらも、雪崩の兆候になりかねないということに。
「そういえばこのルート、入口で言ってたおすすめルートと違うね。もしかして、オリジナルのをリサーチしてくれてたんじゃ……」
「楽しかったですよ……? アナタを喜ばせる為に、予定を考えるのは……」
「……! もう……可愛いなぁカフェは」
ばっちり聴こえてますよ、トレーナーさん。
前々からこの水族館に来る為にプランニングをしていたのだけれど、最近の疲れ切ったトレーナーさんを放っておけなかった。
予定を前倒ししたからサプライズにはならなかったが。子どものように目を輝かせているトレーナーさんを見ると、きっと成功したのだと思う。
「あっ、これ見て。水中ドローンを使って水槽の中から見れるんだって! ほぉー……VRデバイスを通してかなりリアルに視覚共有出来るんだな……。よし、これやらせてもらおう!」
最近、一つ気付きがあった。トレーナーさんには、まだまだ知らない側面があるらしい。
具体的にはこの三年間、張りつめていて顔を出すことがなかった一面。私が後輩の子達と接しているのを凄く嬉しそうにしてたり、仕事に追われて突っ伏したり、水族館のコーナー毎に目まぐるしく変わる表情だったり。
何より、こんなに感情の変動が激しい愉快な人だとは思っていなかった。心無しか言動もコロコロ変わる。
あるいは、これが元々の彼女の性質なのかもしれない。三年間の激動がなりを潜めて、代わりに現れた本来の姿。
勿論今までの私たちにウソなんてなかったけれど。これからはもっと、お互いに色んな事を知りたい。
想い描き続ける『お友達』を越えるために。ウマ娘たちを支えられる私になるために。そして今もなお、
「どうだった、水中カメラ? 私は結構面白かったんだけど、急に目の前にアンコウが出てきてさ。あれ正面から見ると結構怖いんだよね……。口もなんかめっちゃ開くし」
「私はサメの口が笑ってるように見えたりして……同じ顔でも角度が違うだけで、新たな発見をした気がします……」
「あー、それ私も見れた。でも先に見たアンコウのせいで、変なフィルターかかっちゃってさ。ちょっと口動かすだけで息飲んじゃったっていうか。カイオーガの笑ってる顔初めて見た時の気分になった」
些細な違和感だけど、何かが可笑しい。ただ、私でも見えるものでは無い事はわかる。もしくは見られるわけにはいかない、とか。
しかし、トレーナーさんは気付いていないのだろうか。本当に問題ないという事もあるけど……
言い表せない歪さを感じつつも、トレーナーさんと楽しい時間を過ごしたのだった……。