私の前世が原案マンハッタンカフェだった件 作:■■■■
会場は歓声でどよめいている。やはり終盤のぶっちぎりは見応えがあると感じるのだろうか。普段のレースと違って黄色い声が多い気がして中々新鮮だ。
そう、今日はオープンキャンパス。観客のほとんどは学園を見に来た未来のトレセン学園生候補。目玉である長距離模擬レースは私の愛バ──マンハッタンカフェが見事一着に輝いた。
「──ふぅ……やりました……」
「お疲れさま! 頑張ったね。未来の後輩たちにかっこいい姿を見せられた?」
「はい……これできっと、皆を支える輪を広げられるウマ娘に……一歩近づいたと思います……」
未だ衰えるどころか摩天楼に向けて右肩上がりのカフェの豪脚は、他のレジェンドに対しても一歩も引けを取らなかった。
それに、他の陣営はカフェが追い込んで来るなんて思わなかったんじゃないだろうか。これはカフェが後輩のために色んな走り方を試しているのを見たときから練り上げていた戦略だ。
まあまさかここまでハマるとは思わなかったけどな! 最近急に思い付いて、のんきに提案してしまったんだが、めっちゃ真面目に考えてくれてた。先導して後輩たちと意気揚々と走る姿はホント頼もしかったよ。
畢竟、模擬レース形式とはいえ、今後運用も視野に入れられる程の伸び代を見せつけられる嬉しい結果となった。
「思えば私は『お友だち』に導かれるままに走り続けて……ここまで自分の走り方について考えたことはなかったと、思います……。こんな走りができたのは、アナタのおかげですね……」
「あー……うん。ありが、とう……?」
『おい、担当バが勝ったのに何ヘラヘラしてんだ? うん?』とお思いになった方がいるだろう。勿論これには、含みの欠けらもないシンプルな実情がある。じゃあ、一つ言っていい?
(全部! 彼女の! 素質と実力のおかげだから!!)
まーじでカフェはすげぇよ。後半殆ど私は貢献できてなかったんだよ。結局私は、仕事に追われてメニュー作成ぐらいしかガチれなかった。今のカフェにとってはほぼ十全だっただろうが……。
しかし結果として、カフェの何かが舞い降りた様な神がかった仕上がりは慄く程のものであった。曰く、想いを受け継いだ気がする、だとか。
自分の力で広げた輪の中で、みんなを引っ張り共に高みを目指せるカフェは本当に凄い。……私が貢献できてないのは仕事のせいだけじゃないんだろうな。
いや、そもそも無造作に仕事増やした時点で100パー自業自得でした。うん。ホントに反省します……。
「そういえば、私のグッズがいくつか、最近発売されたとか……。そういう所から興味を持ってくれる人もいたんでしょうか……」
「うんうん。なんたって私が認めたベストな品々だからね。あれは……うん……」
書面だけじゃなく、グッズ関係の精査でも多難だった事を思い出してちょっと憂鬱になる。カフェの人気はもはや隠れたものとは言えなくなっている。商品展開も捗るものらしい。試作品の観賞ではキーホルダーやマグカップ等は勿論、照明器具やカーペットなど、絶妙に需要がわからんものまで沢山あった。
ここ最近の労働にしては楽しさもあるものだったのだが、問題点が一つ。
(なーんか、私のカフェ像と違ってるのが多かったんだよねー……)
カフェの不思議な世界観は唯一無二のものである。故に、彼女のイメージを落とし込もうとスピリチュアルな感じの作品を出して来てくれるんだけど、正直模様とか色彩とか解釈違いなものが多かった。
自分も完全に理解してるわけじゃないから、指摘するのもどうかと逡巡する私と、「コラ〜! 濃厚だけど……そうじゃねぇだろォ!?」とやばいクレーマーになる私がせめぎ合った結果、返答がもつれ込んで勝手に疲労してしまった。
まあつまりだ。忙しかった。カフェはすごかった。私はむごかった……。
弁解どころか詭弁の余地もない私は、勝利の余韻に浸かる彼女の傍ら、みるみるうちに
オープンキャンパスのミニライブを終えた後、私はトレセン所有の空きスペースを使って新しい試みを行っていた。
「ここは……あっ、マンハッタンカフェさん!?」
「ほ、本物……じゃあ、ここがウワサの、カフェさん憩いの相談所……!?」
「あれ、オーキャン来てくれた子もいますね!?」
「……いらっしゃいませ。若やかで可愛らしいお客さんたち……」
普段は私的スペースにて、後輩ウマ娘たちとお話をするんだけど……今回はその出張版。良いように空間をいじって、簡易的なキッチンカフェを開いてみたのだ。
「カフェさんはいつも私たちの話を親身に聴いて、アドバイスしてくれるの。貴方たちも、ちょうど相談したいことがあるんだよね?」
「は、はい……そうなんです!」
私がコーヒーを入れる間、居合わせた後輩の子がどういうことをするのか説明してくれるらしい。思った通り、波長があっているみたいで良かった。
しかしまさか、トレセンの外にまで相談事の件が広まっているとは。トレーナーさんの言うように、知名度が上がることで、私が見つかりやすくなってしまうのは本当らしい。
でも、今回はそういった因果を逆手にとって、未来のトレセン学園生との交流の場を設けることができた。
オープンキャンパスで私は、模擬レースだけでなく案内役も請け負っていた。案内中に、目を輝かせてくれた子たちと色々お話できたけど……あぶれてしまった子もいたから。せっかくだし、まだまだお話をしたかった。
ちゃんと本当に望むヒトだけが、ここに辿り着けるようになっている。
さて、今日のご相談はなんでしょう……?
「あの、もうすぐ編入試験なのに私っ、調子が悪いというか、自信がなくて……。
試験用の走り方……できると思うのに、どうしても最悪が怖くて……」
「怖れ……なるほど……」
私は具体的な解決策が用意出来るわけじゃない。タキオンさん曰く、スピリチュアルな助言になっているとのこと。
でも実際に、私は相手をじっと見れば分かる事が幾らかある。
漂う光彩や
浮かび上がった様々な光景や色彩を感じ取ると、今まで触れて育んできた想いも同時に、私の奥部から湧いてくる。
「調子が悪くて
陰陽の満ち欠け、概日リズム……誰もが廻り廻るものですから……」
「今、暗い影の中だからこそ、見えるものもあるはず……
影から自分を見つめ直して、乗りこなして……浮上の舞台に備えられる」
「そして、崩れない心……目標の彼の地を、まっすぐに見つめ続けられるのならば……きっと。
開けた世界が雨風や、
その中から、彼女に授けられそうな契合に足る想いや、私にも益になる互恵にさえ繋がりそうな想いを拾い上げると、まるで溢れ出るかのように言葉が紡がれるのだ。
ただ今までは、私に見えた原色のままに晒すと、誰も理解できないのが難点だった。
「私は、怯えなくても、いいんだ……」
「少しでも参考に……なりましたか……?」
「……はいっ、ありがとうございます!」
安堵の息使いを感じる。少しでも役に立てたなら、いいな。
最初は全然、寄り添うどころか気の利いた事すら言えなかったけど。今は、エスプレッソのように早くも、ネルドリップのような濃度と厚さを抽出して、言葉にできるようになってきた。
「手がかりになりそうで、よかった……。アナタは……どうですか?」
「あっ、私は……ずっと聞きたかったことが!」
決意の眼差しを浮かべられた子の次に、さっきから凄いキラキラした目で見てくれる子に向き直った。
「──好きな人がいるんですけど距離感が掴めなくて! トレーナーさんとぴったりで仲睦まじいカフェさんに恋の極意を教えてほしいです!!」
「…………え?」
急に──頭に衝撃が。今、聞きなれない意の言の葉の嵐に襲われた。
……数泊遅れて、馴染みがない文脈に置いてけぼりにされている自分に気づく。放心したのだ。ちょっと身が縮こまった。
……ええっ? 走りや困りごとじゃなくて……恋愛相談? しかも、私を参考にって……どういうこと?
えっと……確かに、相談内容に制限とかは無い。そもそもみんなが来てくれてるだけで、私から取り決めをしてるわけじゃないから……こういうお話も、有りうる、のかな……?
……うん、こんなの予測できるわけない。"あの子たち"からも聞かないことだし、完全に専門外だけど、どうしようか……。
「「「ワクワク……!」」」
……あれ? みんなで、気になってる……? あっ、いつもの子まで……。
瞳は……きらきら。
耳は……うずうず。
すごい期待──無下にしたくない……!
「──はい。コーヒーが、入りました……」
「「「ありがとうございます!」」」
──やっぱり、ムリでは……?
思わずコーヒーを提供して、話の流れを誤魔化してしまった。ちょっと、時間と余裕を、ちょうだい……。
ラテアートには、世間に発売された私のグッズを見た時に気に入った模様を使ってみた。これは、ファンの方たちと大切な距離感を共有できている印。尊びと感謝が五感を越えて伝うデザインを楽しみながら、みんなでコーヒーを味わう。
「ほんとに夢見たい……感謝感動が止まらない……!」
「はわ~、かわいくて美味しくて、最高です……一生推します自慢します!」
「こちらこそ……応援してくれて、ありがとうございます」
ひとりひとりだけの一杯を、提供できるようになってきたと思う。いつか父のように、どんな時も優しい憩いのひと時を……。
普段は余韻を静かに堪能するところだけど……私は空気をまやかしてしまったし、今回はみんなの談笑の雰囲気に合わせて楽しむことにした。
「やっぱり、カフェさんのトレーナーさんにも淹れてあげてるんだろうな~……イイ画っ」
「そうそう。カフェさんはいつもトレーナーさんと一緒で……せっかくだし、トレーナーさんとの思い出を教えてくださいよ!」
「そうか、実際の距離感を参考にするのが一番……どうかお願いしますっ!」
「私の体験や想ったことをそのままに、ですか……」
そう、求められているのが多分アドバイスじゃなくて、私の経験そのものなんだけど……今までそういう話題に縁がなくて、矢面に立っている実感が湧かない。
そういえば、私たちが周りからどう解釈されているのか、あまり意識したことがなかった。
今後のためにも、今何か心配事がありそうなトレーナーさんのためにも、フィードバックが期待できるかも。
案外、ちょうどいい機会になりそうだ。
「クリスマスとか、有馬記念前の息抜きのためか、夜トレーナーさんに連れ出されたらしいですね」
「私、カフェさんトレーナーさんと二人きりの甘い雰囲気でディナーしてたって聞いて、これは強者だっ!って思ってたんですよ~」
「強者……? ただ、いつも二人だから、たまには外にって自然にエスコートされてて……。
それから、ファンの方に見つかって恥ずかしくて、赤くなってしまって……」
「うおっ真実の威力が凄い……っ! お気の毒でしたけど、べったべたの甘酸っぱシチュじゃないですかぁ……」
あ、意外と普通に話せる……。どうやら私は、この手の話の流れにも乗れるらしい。
元から強い想いに引かれてノリに乗ってしまう自覚はあったけど、それは後輩相手でも発揮されるようだ。
といっても、自分ばかり続けられる内容じゃない。それとなく、みんなはどうなのかなんて振って、順に気になる人についてトークを繰り広げていった。
「でも結局、カフェさんが一番リーチかけてません!?
ずっと付きっきりで爪や食生活見て励ましてくれてって……良いっ、トレーナーさんで、う゛うっ……」
「よしよし……観覧車で守ってもらったエピソードが途中でさらっと挟まるのが、もうレベル違いですね」
「いつ見ても一緒にいますもんね。私たち最初、二人の時間を邪魔しちゃうんじゃ……!? とか思って話しかけるのしり込みしてたぐらいですよ!」
昔の自分に「慕ってくれる後輩たちが相談事や恋バナを持ちかけてくれる」なんて言って、欠片でも信じてもらえるだろうか。
これはきっと、『お友だち』のように、後に続いてくれるウマ娘たちを支えられる立派な自分になりたいなんて、新しい夢に進み始めたから。
自分でも知らない、あるいは眠っていた自分がどんどん明かされている。
でも、もしかしなくともそれだけじゃない。私は、トレーナーさんのようなすごい人になりたいとも思ってるから。
彼女の優しさと支えが、私たちの心を救ってくれた。
実は結構怖がりでよく震えてしまうのに……全部あまねく信じて受け入れ、寄り添い続けてくれて……。
愚直で誠実で、迷惑なんて知らん顔で、こっちが心配になるくらい、必死で私のことばかり。なのにいつも「トレーナーとして普通のことだよ」なんて、不変の真理をさらうように言う。
アナタは私が優しく頼もしいと言ってくれるけど……全くの逆なの。
私が今も夢を目指して、未来に進んでいけるのは。アナタが私と『お友だち』を、ずっと高め続けてくれたから。アナタが私と、夢を想い描き続けてくれるから。
そんなアナタのあらん限りの優しさと尊さに……どうして私が敵うというの?
今は毛先も届く気がしない。だからこそいつか、アナタのように……いや、越えた私になりたい。
誰かのために真剣に、献身的に。影からそっと、静かに支える。
それでいて、普通にお話しできるような、親しく拠り所になれるような私に……。
「距離感が凄すぎて、あんま参考にならないような……!
こうなればずばり、今トレーナーさんのことどう思ってるんですか!?」
「私は────実は全然わからないですね……」
「くっ、やはりレジェンドはすご──エエエッ!?」
「あれっ、ウソでしょ……? あの濃密さで……?」
「ふふ……意外ですか?
わからない、というか……私、トレーナーさんのこと、まだ知らないことばかりだから……」
そう、今回の機会を経て私は、トレーナーさんのことがわからないことがわかった……。
無知の知とはこのことか。私にとっての彼女は変わらず『不思議な人』だった。鑑みてみれば、私は彼女のことを理解している自信が、全然ない。
はじまりの私たちは、約束で繋がった関係で、でも途中で破れてしまって……それでも今がある。
一方的に与えてくれるばかりの彼女が、いつも何を思っていたのか。さすがに、わからなかった。
あるがままであればいい。解けないものは解けないままでいい。蓋し、私のスタンスがこうだったからだ。
それでよかったから、よかったのに……今はなぜだか、不満すら感じる。
「ほ、ほんとなんですか!? レース場で見た二人は一心同体っていうか、ちょっと怖いけど息も空気もぴったしだったから、極意を知ろうと……!」
「ほら、そろそろお暇するよ。すいません、この子結構かぷチュウ?の気もあって。
でも私も、遠目にしか見たことないけど、後ろのぱっつんとか
「表情は全然変わらないのに、逆にリアクションは愉快なことしか、後輩の私たちもわからないですねー」
確かに彼女は表情の変化があまりない。でも最近私には、微弱ながら百面相をみせてくれる。あるいは私だけが感情を読み取れるようになってたりする……? そうだとしたら……嬉しい、気がする。
やっぱり、他の人の視点は参考になる。今日という日を彼女たちと過ごせて、良かった。
「アドバイス、きっと役立てて見せます。ありがとうございました」
「ありがとうございました! 夢のひと時でした! 難しいけど……その距離感、挑戦しますから!」
「おお、ある意味編入試験より大変だ……私も学園でまた、よろしくお願いします!」
「こちらこそ……またのお越し、お待ちしています──」
次はきっと、トレセンの中で。
そんな願いを込めると同時に、キッチンカフェが──明転した。私たちの空間と時が光を綻び、夕景の現世に
眩しさで瞬きする間に、すべて元通り。気付けば私は、夕焼けが覗く私的スペースに一人立ち戻っていた。
私たちはみなあっという間に、あるべき場所に帰ってしまったようだ。みんな、今頃驚いているんじゃないだろうか。
でも、交わした想いは、すべて真実。きっと、糧にしてくれるはずだ。
「みんな、眩い未来に進めますように……そして、私は……」
……ねえ、トレーナーさん。私、アナタのことは全然知らない。どうしてなんだろう……。
ウマ娘から見るトレーナーって、みんなそんな感じなのかな?
大人だから読み取れないだけ?
ひょっとして、全部アナタの思い通り?
……ううん、ちゃんとあの人の優しさも支えも真実で、わかってる。今までそういう、私たちだけの関係を重ねてきたというだけだ。
でも、もうそれだけじゃ足りない。もっと、もっと、アナタを深く知りたいと思う私がいる。
昔は近寄りがたいと言われてきた私だけど。今となっては私ばっかり暴かれている気さえする。なんだかその、フェアじゃないと思う。
「アナタももっと、私に曝け出してくれていいのに……」
理不尽なことを思っていたら、筋違いな軽口が不意に飛び出していた。
そんな自分に驚きつつも……大人しく帰路につくことにした。
また、知らない自分が顕れた。やっぱり、トレーナーさんのおかげなんだ。
二人で臨み続ければいつか、理想の自分になれる自信がある。スぺさんたちやタキオンさんの時みたいに……アナタといることで、本来の自分を思い出しつつあるように感じるの。
ならば、アナタ個人をもっと知れば、さらに先に進めるはず。
ちょうど節目を迎えた今、今度は二人で、あの頃何を思ってたのかなんて、思い返してみたい。
理想の自分に近づくためって思惑もあるけど。
色んなことを教授して、支えてくれたあなたを──今度は私が守りたいから。
最初の3年間の運命は、アプリと同じように導かれたが、もう既に……
アプリ沿いのカフェですが、その範疇をちょっとだけ越えた夢を抱いています。トレーナーのせいで。