私の前世が原案マンハッタンカフェだった件 作:■■■■
「タキオンさん……後は戸締まり、お願いしますね……」
「ああ、ちょっと待ってくれたまえ! 君に確認しておいてもらいたい予定があるんだ」
「……予定? レースについて、ですか……?」
模擬レースとはいえ、普段より消耗した私は安静にするよう言われており、寮に戻って早めに就寝するつもりだったのだが……スペースを共有しているアグネスタキオンさんに呼び止められていた。
「いいや、君とは示し合わさなくともばったり会えるじゃないか。今気になっているのは──君のトレーナーのほうだ」
「……え?」
「ああ、正確には担当ウマ娘の君にずっと付きっきりだった彼女の『感情』の変動について気になっていてねぇ。
私が最近、感情から生まれるパワーについてとても興味があるのは、君も知るところだろう? だってここで浴びるほど聞かせたからね」
どうやらタキオンさんは、他者の『感情』の後押しによって表れる心理的作用が関心の的らしい。正直、一時的なブームだと思っていた。
自身が夢をかける歯車を再び動かすことができたのは、衝動や渇望といった強い感情を注げたから。以降、そのファクターを無視できなくなり、自己解析をする中で、観客やトレーナーから向けられてきたそれらにも有意性が認められたのだと言う。
「それで、強い干渉効果が期待できる観察対象はどこにやらと目を皿にしていたところ……いるじゃないか身近に! しかも溺れに溺れていそうな適任が!」
「ずっと、私と一緒に想い描いてくれた……トレーナーさん」
「そう! あのカフェとタッグを組んで駆け続け、今ではその根幹すら一部担うようになったトレーナーなんて、よく考えなくとも奇天烈な事案だった! 果たしてその内には、どんな『感情』が渦巻いているのか。直に知りたくて仕方がないのだよ!」
「…………そうですね……伝えておきます」
LANEでやり取りできるはずなのに私を通したのは、少しばかりの配慮のつもりなのだろう。
……断りたかったが、今までの縁もあるし、後日伝えるだけ伝えると言っておいた。結局私が拒否しようと、本気なら直接トレーナーさんに突っかかるのだろうし。
「おや、案外あっさり通してくれるのだね。
まあ、対価と言っては何だが、有意義なデータが取れたら君にも纏めて提供しよう。期待して待っていてくれたまえ!」
それと少しだけ……私がいない時のトレーナーさんが何を思うのか、気になってしまったから。心の奥底では加担する気持ちがあることを許してほしい。二人きりでお話する機会ならいずれ、込められし想いが往還する『あの日』に訪れるだろうし。
……それはそれとして、実際本人にはやめておくことを強く推奨しようと思う。
「お疲れさまです、
「あっ、はい。ありがとうございました……」
やっとオーキャンの後片付けが終わったが、みんなもう帰っていってる……。私一人だけぽつんと取り残されてしまったが、これも全部「ヤツ」に悩まされて思考のリソースを割いちゃってたせいだ。断じて要領が良くないわけじゃないったらない。
そうだ。私は現在、あるやべー存在、あるいは名前を言ってはいけないあのウマ娘に存在を脅かされているのだ……!
少し前まで私は、マンハッタンカフェの専属トレーナー以外に肩書きが無いただの一般人であった。しかし、転げて頭を打ったある日、なんと前世があったことが判明。
その前世とはなんと──
この原案とかいうイミフな謎ワードから始まり、私の知るカフェとは多くの相違点を持つ。その記憶やらなんやらが、最近私の中で
前世とかいう曖昧模糊が恐るべき現実となって迫り来ている。はず。
埒外の存在感に、日々頭を悩ませられているのだ──
(──ってそんな悩めてねーな! 全然現実迫ってなかった! 日々忙しかったしカフェのほうが大事だしガン無視してたわ!)
訂正。私、前世のこと全然考えてないにぶトレーナーでした。
多忙過ぎて余裕なくて存在自体忘れてた……やっぱ私要領悪かったです……。
いや、もし余裕があったとしても結局、私はカフェ第一の人生なので前世関係に意識割けなさそう。トレーナー、自分自身のプライベートが二の次になりがち。
……まあ、こんな感じで今まで自分のことに無関心過ぎたので、そろそろ鞭打って現状把握していこうの巻である。
「しっかし今思えば、自覚できる前世の記憶に偏りがありすぎるな……。もう記録的、経験的な情報の増加は期待できなさそう」
先程言ったように、今までは知らない記憶を脳裏に叩き付けられる形で前世を思い知ってきたのだが、まずそれ自体に不審な点がある。
何故か、思い出すのは意味記憶ばかりで、エピソード記憶はまったく表れないのだ。
誤解を恐れて簡単に言うと、意味記憶は「意味や概念などの知識」、エピソード記憶は「時間や場所の情報を伴った経験」だ。
つまり、前世知識は増えていくのに、
例えば最近、「執着心が強いくせに気が弱い自覚アリ」「女優業をしている」「『楽園』というナニカを目指している」という記憶が浮かんできたが、これらが知識としてしか把握できない。この情報の質で人生の過程が感じられないのは異常だと思われる。
となると、恐ろしい仮定が誕生する。例えば、本当は前世なんて無くて、私の人格に影響を与えるためにただ設定的情報を付与してウェヒヒ……みたいなヤツが!
「いやさすがに妄想でも飛躍し過ぎな。もっとそのまま、偏見はよして即物的に捉えないと」
一旦、この点については思考を打ち切ろう。今の私じゃこれ以上追求しても、蓋然性、または一意性を経た答えに辿り着けない気がする。やっぱ私の足りない頭じゃ無理だったか……。
なんか悔しいので言いわ、……弁明しておくと、仮定はいくらでも立てられるが要素が足りんし、論証すらできないから仕方ないんだ。加えて、私はセレンディピティ*1をトレーニング関係でしか発揮できた試しがないので、今のところ直観できる気もしない。
……あれ? もしかしてコレ、重ねて無能を自白してるだけでは?
「うぐっ……自分が凡人だと自覚する毎に食らう致命傷には、残念ながら慣れてるんだっ。とにかく今は、実際にどんな変化があったのか把握しよう」
急にゼーハーしながら胸を抑えて苦しむヤベーやつになったところで、他に変わった点を抑えたいと思う。
……なーんて言うが、実は自覚できている点はもう他にない。というのも、
「だって、
そう、私は最近夢を見るのだ。それも多分、カフェと一緒に迷い込んだ時に見るような夢幻な感じに似たのを一人で。だが、本当に異変と関係があるのか全く確信が持てない……。
原因は一つ。私は彼女と違って凡人なので、起きたらすーぐ夢の内容が飛んでいっているからだ。目覚めて夢を見たんだと自覚した段階で、痕跡はゼロになっている。ぱっちりしたお目覚めはすぐ頭を仕事に切り替えられるメリットなので、良いんだか悪いんだか。
「怪異妖異との関係性は不明で、一過性の外れ値な夢かどうか判断するには時期尚早、か。
……これが前世の影響である場合も考えると、対策はムリでも対応はしておきたい」
否応無く情報の享受者になっている私はどうしても後手後手。とにかくこれからしばらくは、自己分析モードに入ろうと思う。
気付いてないだけで、変化、増加中のモノはまだまだあるかもしれない。例えば、身に付いたノウハウを指す手続き記憶や癖などが。
自覚しづらい要素を捉えられるように頑張りたい。これが、精一杯の対応になるだろう。
「夢日記と自己分析表両方作るか……ううっ、トレセン就活中の悪夢が……」
トレーナーになるのに必須だった自己分析の苦労が不意に思い起こされる。
ウマ娘の心と身体、人生を背負うトレーナーに値するかどうかは、試験や研修だけで決めることができない。
思い出すのもつれぇので端折るが、自分の今までのパトスとエトスを常時把握し、正確かつ客観的に分析し、自分に恥ずかしくなりながら記録し、それを纏めて、人間性の浅さが明け透けに……
……やっぱり穴に入りたくなるのでやめようね。
例えるなら、就活とかで使う自己分析シートの超超面倒くさいバージョンだ。どれだけ頭が良くて機敏に動ける人でも、これで人格適性を認められなければトレーナーになれないそうだ。
まあ、伝聞系なことからバレてるだろうが、養成学校で聞き齧っただけで、私自身に崖っぷちみたいな質感とかは無かった。真面目に手筈通り取り組めば慣れて、殆どの人が大丈夫だったらしいし、誇大伝承なのかもしれない。
私が憂いてるのは、件の作業が実習や研修に重なり、溶ける時間がいくらあっても足りなかった地獄のダルさだ……。
思い返せば、私はかなり幸運が重なってトレーナーになれたように思う。もしもう一度トレーナーになるための一連の流れに臨んでも、即刻転落間違いなしだろう。
カフェと出会えたのはやはり奇跡で、運命なんだ。
「今回はそこまでダルいことしなくて良いから助かる。それで夢日記は……書き方調べないとだよね」
なんか、やっぱり自分だけで考えるには無理があるような……。
でも、私は絶対、この事をカフェに話す気は無いのだ。
そもそも
ただ彼女の世界と夢を壊さないために。『トレーナーでない私』の個人的な要素がカフェに影響を及ぼす可能性は、絶対に許せない。波紋に満たぬ、たった一滴であろうともだ。
神経質かもしれないし、トレーナーなら当然だろと言われればそれまでだが、私という人間にとっては全幅のデッドラインだ。
「追い越す約束だけじゃない。カフェの全部を、私が守りたいと思ったから始めた関係だ。それを、凡愚な私の要素が異分子になってぶち壊す事になるなんて……
「────さっ! お家に帰って今日はぐっすり寝るか! いつも通り、カフェが選んでくれた安眠枕が私を待ってるん……えっ、もしかしてそれに籠るナニカのせいだったりする……!?」
せっかく暗鬱からビシッと切り替えたのに、すーぐ不安になる。ちょっと疑心暗鬼が過ぎるんじゃない!?
いや、これこそ仕方ないんだ。これから考慮すべき要素が多すぎるんだもん。うん、多いよ。何かを疑う人生過ごしたくねえよぉ……。
砂塵の如く散らばった要素を掻き集める地獄の未来を想像して血反吐を吐きそうになりながら、でもやっぱり未知への興味でちょっとわくわくしながら、私は帰路に着くのだった……。
「今日はどんな夢が見れるんだろうな──」
アプリのカフェトレーナーベースだけど、ちょっと平凡で弱気で、執着心が強くて……
布石っぽい傍点が多めになりました。
科学分野では主に、洞察観察を重ねた結果、本来の目途とは違う予想外に有用なものを発見した際に見出される。