×××はバ主になるようです ~ダイスで生き抜く未来のウマ娘世界~ 作:今峰鏡
カルボナーラのベーコンは、分厚ければ分厚いほど良い。
…………うん、ちょっと言い過ぎたかも。
それでも、カリカリになるまで焼かれて小さくなる事まで想定し、麺に絡むギリギリの分厚さを攻めるのが、美味しいカルボナーラを作る秘訣だ。
我が家では普段あまりベーコンを食べないから、この日のためだけに買ってきた塊を贅沢に使う事でこの鉄則に則る。
ベーコンを焼いたフライパンにバターと牛乳を投入し、温まったら茹でたてのパスタを絡ませ、よく馴染んだところで火を止め、チーズと卵黄を混ぜ合わせる。
ここで火を点けたままだと卵が固まってボソボソとした食感になってしまうので、必ず火は止める事。
最後の秘訣は黒胡椒をケチらない事だ。
黒胡椒は見栄えのための飾りじゃない。優しいチーズとクリームの味に刺激を齎し、カルボナーラをアクセントの効いたメイン料理に引き上げる主役級の調味料だ。皿に盛ったカルボナーラにこれでもかと黒胡椒を挽く。
たったこれだけで、カルボナーラの完成だ。
意外と作業工程の少ない料理なのだけど、単純な故に繊細で目が離せない。個人的には労力を使う部類のパスタなのよね。フライパンが汚れるから洗い物も大変だし、ミートソースみたいにソースを冷凍保存って訳にもいかないし……
とは言え、今日の食卓を彩るサイドディッシュ達に比べれば幾分も楽だ。
ローストチキンにラザニア、カレーピラフとフライドポテト。サラダのニンジンはひとつひとつをクッキー型で抜いてある。
サンタにトナカイ、靴下や星を象ったニンジンを、山盛りにした野菜に飾り付けてツリー風にしたサラダは、クリスマスの我が家の定番だった。
そんなサラダを頬張りながら反対の手でローストチキンを握る我が子の前に、大皿に盛ったカルボナーラを置くと幼い娘の目が輝いた。
「かるぼなーら!」
「ほら、チキンは一回置いて、手を拭いて。はい、おしぼり」
「うんっ!」
クリスマスディナーの用意は大変だったけど、こうして喜ぶ娘の姿を見ると疲れも吹き飛んでしまう。
言いつけ通りに手を拭いて、食べかけのローストチキンを皿に置いた娘にフォークを手渡すと、ぐるぐるとパスタを巻きつけて毛糸玉のようになったそれを口に運ぶ。
口元をクリームソースで汚しながら、嬉しそうに目を見開く愛娘に問いかけた。
「おいしい?
よほど気に入ったのか、壊れたおもちゃのようにカクカクと頭を振って美味しさを伝えてくる娘のハッピーシュートに、私も思わず破顔してしまう。
この子がクリスマスディナーにカルボナーラを強請るまでカルボナーラ好きになったのは、数年前の事。まだ夫と離婚して1年か2年程度の時期だ。
ある日曜日、お昼ごはんを食べるなり家を飛び出して遊びに出かけた娘を見送り、一週間で溜まった家事を片付け終えた頃だろうか、出かけたはずの娘の泣き声と「マ゛マ゛ーーーーーー!!!」と私を呼ぶ声が聞こえてきた。
大慌てで玄関まで走れば(ウマ娘のくせに足が遅い事をこれほど恨んだ事はなかった!)、そこには顔を血だらけにした娘の姿があった。
頭の芯が一瞬にして冷える。
もっと慌ててもおかしくないのに、驚くほど冷静な自分が顔を出す。
口元を押さえて泣き叫ぶ娘の手をどかすと、前歯が一本欠けていた。
私はすぐに家の中へと取って返し、清潔なタオルハンカチと大判のバスタオルを引っ掴むと、財布と車のキーを握りしめて玄関に戻る。
「これ、ぎゅっと噛んで」
タオルハンカチを患部に当てるようにして噛ませた娘を抱き上げると、チャイルドシートに乗せるのももどかしく助手席に放り込んで車を発進させた。
結論から言うと、娘の怪我は大したことは無かった。
どうやら友達とかけっこをしていた際、ウマ娘としての力を制御できず、街路樹に顔面から突っ込んだらしい。
その衝撃でこれから生え変わろうとし始めていた乳歯が抜け、歯茎を傷つけたのだと言う。
歯医者さんから「すぐに永久歯が生えてきますから、心配することはありませんよ」と言われた時は、安心から気が抜けてその場にへたり込んでしまった。暫く立てなくなり、歯科衛生士のお姉さんに方を貸してもらったのは恥ずかしかったが……そんな私に対して、処置室から出てきた娘がケロッとしていたのが妙に印象的な一件だった。
その病院の帰り道、怒涛の展開に感情が追いついていないのだろう、後部座席のチャイルドシートに乗る娘がポカンと口を開けているのをルームミラー越しに見る。
開いた口から覗く前歯は一本欠けていて、娘の表情と相まってどこか滑稽だ。私自身も気が抜けていたのもあって、思わず吹き出してしまう。
「なに?」
こてんと首を傾げて娘が問う。
その様子もまた可笑しくて、愛おしくて、笑いが止まらない。駄目だ、運転中だぞ。しっかりしなさい私。
「もー! なによー!」
ぷりぷりと怒り出した娘に「今の貴女、とってもマヌケ可愛いわ」なんて言ったら火に油だろう。少し考えて、そこで、娘の白毛に点々と血が散っているのを見つけた。こんなに目立つのに、気が動転していて気が付かなかった。帰ったらよく洗ってあげなくちゃ。
……でも、これはなんというか、
「カルボナーラちゃんね」
少しクリームがかった色の白毛に乾いた血が斑に散る様は、ベーコンたっぷりのカルボナーラっぽい。
「かるぼぉなら?」
「カルボナーラよ、シュートの髪の毛みたいなパスタ。食べたこと無かったっけ……?」
「ない! 食べたい!」
さて、と考える。
お医者さんは刺激の強いものでなければ飲食はして良いと仰ってたけど、カルボナーラは良いのだろうか? 牛乳にチーズが主体だし、いけるのかしら。
食べに行くにしても娘の髪を洗ってからじゃないと出かけられないし……う〜ん、作ってみよう!
「じゃあ、今日の晩ごはんはカルボナーラね」
「やっちゃ〜〜!」
「え、私がカルボナーラ好きになったのって、そんなマヌケな理由だったっけ?」
カイノクロコマを交えたクリスマスパーティーの後、年が明けて実家に帰省したシュートが母親のブロンノワールの作るカルボナーラを食べながら、クリスマスは毎年ツリーサラダとカルボナーラが定番だった思い出について話すと、母が「覚えてる?」と話し始めたのが『ハッピーシュート顔面血だらけ事件』だった。
「大変だったのよ〜……カルボナーラなんて作ったこと無かったから」
「大変だったのそっち!? 歯が折れた方じゃなくて!?」
「ん〜……びっくりしたけど、あなたって昔からヤンチャだったし」
「昔からって何よ、今はそんな事無いでしょ!」
「んふふ……ほっぺにクリーム付いてるわよ」
「〜〜〜〜〜!!」
カルボナーラが好きな理由 【了】
メリークリスマス!(大遅刻)
コミケの準備等しておりました。
コミックマーケット105には『日曜日(12/29) 西く43a「メイドおじさん」』として参加いたします。
そんなわけでクリスマス短編です。久々に推しを書けて作者もにっこり。
時系列がとっ散らかってますが、そこは閑話故の御愛嬌という事で……