とある少女がケルシーに追い詰められるだけの話   作:王者スライム

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『勇敢との出会い』

──走る。

 

 息を切らせて、疲れ果てた足を無理やり動かす。体力は既に限界なんて領域を越えていて、最早気力が続くかどうかの問題だ。

 

──走る。

 

 ()()()()以外に誰もいない無人の街。建物などは形が残っているが、捨てられて時間が経っているのか荒廃しており、住むには少し危険だ。

 だが、姿を隠すにはちょうど良かった。自力で成長している木から果物が取れ、捨てられた街だから誰も来ない。天災以外に危険はない安全な場所──そう、思っていた。

 

──走る。

 

 後ろを振り返り、見たこともない黒い怪物を目に映す。あの体は鉱物のように硬く、宙に浮いているから罠も通用しない。そして力もだいぶ強いようで、いくつか建物も壊されてしまった。

 ハッキリ言おう、私はあの怪物に勝てる光景が見えない。だからこそ、逃げ続けているのだ。

 

──走る。

 

──走る。

 

──走る。

 

 されど、ただ走るだけに集中していれば周りというものは見えなくなるもので……私はあっさり、建物に囲まれた壁に追いやられ、足を止めてしまう。その瞬間無理をした分が全部やってきて、座りこんでしまった。

 だが、なんとか気力を振り絞り後ろを見る。追いやられた獲物を見るような目で怪物が私を見ており──そして、その怪物を使役するアイツも立っていた。

 

「いつまで逃げるつもりだ?グロリオサ」

「……逃げきれるまで」

「それは無理だと君自身も分かっている筈だ。君の生息域はこの捨てられた街のみ。そこから出てしまえば、周りには何もない荒野しかない。

 つまり、例え私が一度君を見逃してしまってもこの街から離れない限り、君を見つけるのは容易だ」

 

 そんなことは分かっていた。この街には捨てられた建造物や、その中にある家具、育てられていたであろう植物などは残っているが、バイクなどの乗り物は一つもない。つまり、私はこの無人の街という安全な地を得た代わりに、この地を離れなくなってしまったのだ。

 だが、それでも()()を狙う奴らに見つかるよりはマシだと思っていた。この何もない地でなんとかその日を凌いでいく、コレを守りながら逃げ続ける日々よりはマシだと思っていたのだ。

 まあ、結局見つかり、追い詰められている訳だが。

 

「大人しく降伏することをオススメする。私は君を傷つけるつもりもなければ、捕らえたあとの君を手荒に扱うつもりもない」

「そうでしょうね、あなた達にとって大切なのはお父さんの娘である私じゃなくて、お父さんの開発品であるコレなんだから。そう言った方が程がいいと思ってるんでしょ?」

「そのつもりはない。確かに君の持つそれも大切な品ではあるが、それよりも優先されるべきなのは君の方だ。

 グロリオサ、君がそれを持っているせいでどれだけ苦労をしながらそれの価値も分からないのに、それを追い求める盗賊達から逃げ続けたというのは私にも想像できる。

 だが、私は彼らとは違う。私は君の父の頼み事を叶えにやってきただけだ」

「へー、それじゃあついていきます──って、なるわけないでしょ。確かにあんたがこれまでの奴より無理やりな手段を取らずに話し合いで解決しようとしてるってのは認めてあげるけど、それでもあんたを信用する理由にはならない」

「だが、私は──」

「まだ分かんない!?あんたなんか信用する気なんてないって言ってるのよ!!」

 

 私は手に持っていた()()()()()()()を取り出すと、すぐさま"ミ"と"レ"と"シ"を押す。すると鍵盤ハーモニカは変形して、ガトリング砲のような形になった。

 

「──Mon3tr!」

 

 怪物がアイツを守るように壁となって現れる。だが、問題はない。これぐらいは想定済みだ。

 一瞬だけ、銃口の先を建物の壁へと変え、一部を破壊する。そしてまた銃口をあの怪物に向けながら、私はまだ疲れが取れていない足を気力で動かして建物の中へと逃走した。

 

 『いつまで逃げるつもりだ』──そんなアイツの声がまた聞こえた気がした。そんな幻聴かもしれない声に私は何も返すことができず、ただ逃げ続けた。

 逃げるのに集中していたからだけじゃない、私自身、分からない答えだったから。コレを受け取って逃げ続けるはめになった日から見つかっていない答えだったから。

 

「大丈夫、私は大丈夫。これからがこれまでと一緒でも、きっと大丈夫」

 

 そう自分を鼓舞して、私は新たな隠れ場を求めて、無人の街を走り出した。

 


 

 気づけば家の中に居た。無人の街のような壊れかけな家ではなくて、新築のように綺麗でちゃんとしていて──そして、見覚えがある家。

 

『研究者とはなんだと思う?グロリオサ』

『なんか難しいことを調べてる人』

『ははは、それも正解だな。正解だが、それは研究者の一面でしかない』

『そうなの?』

 

 そんな会話が隣から聞こえて横を向くと、そこにはお父さんと小さい私が机を挟んで会話をしていた。そこで、ようやく私はこれが過去の夢だということに気づいた。

 

『研究者はね──ロマンを求める生物なのさ』

『……ロマン?』

『ああ、そうさ。まだ成し遂げられていないもの、想像上のみで形になっていないもの……それらを形として、実際にあるものとしてこの世に生み出す。難しいことを調べるのもそのためさ』

 

 ロマン──憧れ、恋い焦がれ、追い求めるもの。そんな言葉をお父さんはよく言っていた。そして、多分お父さんはだれよりもその思いが強かった。

 

『よく分かんない』

『そうかもな。けど、ロマンは誰にでもある。今は分からなくても、きっとグロリオサにも分かる時がける』

『本当?』

『ああ、本当だ。そのロマンを追い求めて私のような研究者になるかは分からないけどね』

『そっか……私は何を追い求めるだろう』

『それは成長してからのお楽しみだな』

 

 お父さんのロマンは主にカッコ良さという言葉が占めていた。一騎当千級の武器だとか、一瞬で変形する武器だとか、パッと見ると武器に見えないような武器だとか、そういうものだ。そんな生活の役に立つか立たないかでいえば、役に立たないであろうロマン。でも、本当にお父さんは誰よりもその気持ちが強かったのだ。だからこそ、コレを作り上げることができたのだろう。

 

『──はぁ、はぁ……グロリオサ、聞いているかい?』

『どっ、どうしたのお父さん?元気がないよ?』

『気にしなくていい。お父さんは大丈夫だ。それより、頼み事を頼んでいいかい?』

『うっ、うん……』

 

 場面が切り替わり、研究所にいるお父さんと通話する場面になる。これまで、仕事中に電話をかけてくることなんてなかったし、受話器の向こうのお父さんは何か元気がなさそうでとても驚いた記憶がある。

 

『いいかい?私の部屋に黒い金庫がある。番号は65324だ。金庫を開けてその中にある鍵盤ハーモニカと一枚の紙を取ってくれ』

『うん、それをどうすればいいの?』

『そのまま持って家を出るんだ。そして、家には帰らず街を出てくれ。家にあるお金は全部もって行って構わない。とにかく家から離れるんだ、龍門も出てくれ』

『……家に帰らないってずっと?』

『ああ、ずっとだ。頼めるか?』

 

 普通に考えればそんな事いくらお父さんからの頼みでも聞く筈がなかった。家に帰らなければ家族には合えなくなるし、家族に合えなくなればその日その日を暮らすのが大幅に難しくなる。けれど、当時の私はお父さんの迫真な声に圧されて、『うん』と答えることしかできなかった。

 

『ありがとう……そして、すまない』

 

 通話が途切れる直前のお父さんのその声を忘れることはできない。安堵しているような、悲しいがあるような……いろんな感情が混ざったその声を私はそれまで聞いたことがなかったのだ。

 

『……分かんないけど、やらなきゃ』

 

 そして私はお父さんの部屋に移動して、金庫を開いた。中には言われた通り、鍵盤ハーモニカと一枚の紙が入っていた。私はそれらを取り出して、鍵盤ハーモニカはカバンに入れ、紙を手にし、お金を全てを持って外へと飛び出した。

 もしもここで何も手にせず──いや、家すら出なかったならば私が盗賊や傭兵に追われ、辛い思いをすることはなかったかもしれない。けれど、あのまま家に居れば今がない可能性すらあったのは間違いない。

 コレ──お父さんが私に残したこの鍵盤ハーモニカ(父のロマン)は私をいつ死ぬかも分からない非日常へと誘う切符であったと同時に、死の駅から抜け出すための切符でもあったのだ。

 


 

「……いつの間にか眠ってたか」

 

 ぼろぼろのベッドから起き上がり、外を見る。真っ暗な街を月が照らしていた。それでも暗いには暗く、これならすぐに見つかることもないかもしれない。

 お腹は空いている。今のうちにある程度ストックを作るべきかもしれない。いくら、アイツが鬼ごっこで有利だったとしてもいつまでもこの街には居られないだろう。ならば、アイツが一度諦めるまで隠れ続ければ良い。そのためには食料は大切だ。

 

「たしか、この景色なら……あっちに行けば木が見える筈」

 

 行動はなるべく早く起こした方が良い。幸い、足は多少マシになっている。さっさと建物を出て、果物のある木へと向かおう。

 小走りに木の元へと向かい、僅か数分でたどり着く。あとは、早く果物を取って──

 

「──行け、Mon3tr」

 

 突然あの怪物が現れ、私へと近づく。咄嗟に鍵盤ハーモニカでぶん殴り、後ろへと逃げてようとして──アイツが待ち構えているのが見えた。

 

「今度こそ追い詰めたぞ、グロリオサ」

「……忘れたの?私にはコレがある」

 

 鍵盤ハーモニカの"ミ""レ""シ"を押すことにより、鍵盤ハーモニカがガトリング砲へと変形する。そして、アイツに銃口を向け、引き金を引いたが──弾は出なかった。

 

「弾切れ──!?」

「当然だろう。君が逃げ始めてから何年が過ぎていると思っている?移動都市や村を転々としている間はともかく、この捨てられた街に来てからはそれの弾を補充する手段はなかった筈だ。むしろ、今まで弾が残っていた方が不思議だ」

「……こうなれば」

 

 今度は"ソ"ファ"レ"を押し、またガトリング型の鍵盤ハーモニカをチェーンソー型へと変形させる。使うには近づかなければいけない分、不安ではあるが何もないよりはマシな筈だ。

 

「まだ君は抗い続けるのか」

「当然よ、それしかないんだから」

「そうか……Mon3tr、そこで彼女を見張っていてくれ」

 

 そう言って、ソイツは私に近づき始めた。それに対し私はチェーンソーのスイッチを入れ、刃を回転させ始める。ただ、それでもソイツは止まらなかった。

 

「君の父は立派な研究者だった」

「……何?お父さんを褒めて私を油断させようとしてるの?」

「彼は熱意と実力が他よりも優れていた。だからこそ、彼は様々な道具を開発できたし──それを作り上げることにも成功した。

 普段は楽器として使え、必要時には様々な武器になる。遠距離も近距離も使い手によっては苦労なく戦うことができるだろう……君がこれまでそうしてきたように」

 

 ソイツは止まらない。チェーンソーの音も聞こえているのか、聞こえていないのか、それとも恐れるに足らないのか。

 

「だが、それだけなら単なる珍しい武器に過ぎない。更に言えば複数の武器があればその戦い方は再現できるだろう。元より、戦場で使うのならば楽器要素は必要ない。問題なのは──それに遺跡の道具が使われている点だ。

 彼は独自で遺跡を発見し、そこから見つけた道具でそれを作り上げた。結果できたのは、仕組み不明、燃料不明の謎にまみれた鍵盤ハーモニカ……それに目をつける者がいるのは当然だ」

「……さっきから何!?言いたいことがあるならさっさと言って!!」

「彼はそれが誰かの手に渡ってしまえば、それはそれとしての形を保てなくなると考えた。だからそれを回避するために()()()()()()()ことを考えていた。そして、ある日、それは実行され──君はそれを使い、それを追い求める者達から逃げる日々が始まった」

 

 ソイツとの距離は歩幅で十歩程度の距離までになる。ふと、後ろを見て怪物を確認したが、私の動きを見るばかりでその場からは移動していないようだった。

 

「もしも、君がそれを父からの大事な使命として守り続けているのなら、それはできるだけ早く捨てるべきだった。そうすれば、君が苦労することはなかっただろう」

「はっ、そう言うことが言いたいならさっさとそう言いなさいよ。でも、残念だったわね。これはお父さんが作った物で、お父さんのロマンの塊。それを捨てるつもりにはなれないわ」

「──、そうかグロリオサ。君は君自身の意思でそれを持っているんだな?」

「そうよ、悪い?」

「悪くない、むしろ好ましいとも言える。どうやら君は私の想像よりも強く、そして逞しいらしい」

 

 一歩、また一歩とソイツは私に近づいてくる。一応怪物を警戒しながらチェーンソーを前へと突き出す。だが、ソイツは止まらず、私とソイツの距離は三歩程度の距離になった。

 そしてソイツは、私にたいして手を差し伸べた。その異図が分からず、思考が止まる。だが、すぐに持ち直して質問した。

 

「……何のつもり?」

「君を捕らえるのを止めにして、君をスカウトすることにした。君の実力とその心構えなら問題なく働くことができるだろう」

「……はあ?あんた、心が変わり過ぎじゃない?」

「捕らえると言っても保護のようなものだ。それがオペレーターとして雇うことになったとして、私からすればそこに大きな違いはない」

「仮にそうだったとして、私がそれを信じると思う?」

「信じないというのなら、そのチェーンソーで私を切り裂き、またこの街に潜むと良い。君にはそれができる筈だ」

 

 そう言われて、初めて武器であるチェーンソーをコイツに振るっていないことに気づいた。それの理由を考えると、恐らくコイツがこれまでと違って、今だに強硬手段に及んでいないからだろう。

 甘い言葉を並べ立てる奴はこれまでにも居たが、最後には強硬手段に出ていた。だが、コイツはいつ振るわれるかもチェーンソーを前にしても淡々と話し合いで解決しようとしている。そんな相手を切り裂き逃げるなんてことが私にできるだろうか。

 

 少しだけ考えて、チェーンソーをただの鍵盤ハーモニカへと戻し、差し伸べられた手を取った。

 

「……分かった、あんたに雇われるよ。根気勝負は私の負け」

「そうか、ならば着いてきてくれ。君を新しい職場──『ロドス』まで案内しよう。Mon3tr、戻ってこい」

 

 そう言って、怪物がソイツの隣までやってくる。追われている時は恐ろしかったが、近くから見ると案外可愛いかもしれない。

 

「そうだ、あんた名前は?上司をあんた呼びじゃ不味いでしょ」

「ケルシー、私のことはそう呼んでくれたらいい」

「あっそ、ケルシーね。うん、覚えたわ」

「そうか、では行くぞ」

 

 そう言って、歩き始めるケルシー。私はこれからに少しだけ期待を膨らませて、そのあとを着いていくのだった。

 

 

 


 

 

 

「あんたがドクター?これからよろしく。こんな子供が入社した経緯はケルシーに聞いてくれれば良いから、私には聞かないでよね、話すのめんどくさいし。もし、聞いてくるようなら私の髪色にあんたを染めるから」

 

 

 

 

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