とある少女がケルシーに追い詰められるだけの話 作:王者スライム
龍門の一角、路地裏とも言えそうなその場所に、何人か黒スーツの怪しい男が意識を失って地面へと倒れている。私はそいつらを見下ろしながら用のなくなったハンマーを鍵盤ハーモニカへと戻した。
ロドスに所属してからこういう輩は大幅に減ったが、完全にいなくなった訳じゃない。私が休暇を貰い仲間と観光しているときに来るときもあれば、任務中にやってくるめんどうなやつらもいる。結局、この
「ここにいたか、グロリオサ」
「あっ、ケルシー。待ってたよ」
私がそうやって物思いに耽っていると、一緒に龍門にやってきていたケルシーがやって来た。ケルシーは私と私の周りの光景を見て、呆れたようにため息をつく。そして、そのあとすぐに口を開いた。
「……さて、どう釈明するつもりだグロリオサ」
「釈明って言われてもね、別に謝るようなことはしてないでしょ。街の建物は傷つけてないし、こいつらが気絶してるのは弱い癖に私に襲ってきたのが悪いんだし」
「忘れているかもしれないが、君はもう追っ手から逃げ続ける一人の少女ではない。ロドスの一員であり、その特殊な事情から外に出かけるときには護衛を付けなければならないようになっている」
そこでケルシーは一呼吸置いて更に続ける。どうやら怒っているらしいというのは声色から読み取れた。
「それなのに君は護衛として付いてきている私を振り撒いて、自ら追っ手を倒しに向かった──この行為を謝るようなことじゃないと言い切るのはたいしたものだな」
「よく言うよね、どうせ私が振り撒こうとしてる時もずっと私が見える場所に居たんでしょ?問題があればいつでも介入できるようにって」
「グロリオサ、君が実際に私を振り撒けているなどうかは問題ではない。問題なのは君が護衛される立場であるにも関わらず、護衛で──」
「あるケルシーを振り撒こうとした行為そのもの、って話でしょ?私は理解してるから大丈夫大丈夫。それに今回は怪我なんてしてないし……もういいでしょ?」
「……はあ、どうやら君が過ごした数年間は君をたくましくし過ぎてしまったらしいな」
「褒めてくれてありがと、ケルシー」
小言を言うケルシーを適当に流して、私は龍門の街中へと入っていく。見覚えのあるビルやレストランあれば、記憶にない新しい建物がいくつも並んでいるのが見える。
「なんというか、変わってるのにあの頃と変わっていないように感じるのが不思議。デジャヴってやつ?」
「変わってるのはあくまでも店の中身であり、街の在り方までは変わっていないからだろう。古い店が消え、それが最先端の流行に乗った店に変わった所でこの街の経済を回し続ける役割が変わるわけでもない」
「そういうものか……まっ、その方が帰ってきた感じがするし、別にいいけど」
適当に屋台からB級グルメを買って食べながら歩く。手に取ったそれは美味しいとも不味いとも言い切れない絶妙な味で、食感はなんと言うか"変"と一言でしか言えない。オリジムシの天ぷらと、珍しいから買ってみたが、こんな味ならもう買うことないな、なんて思った。
「そういえばケルシーはロドスの一番偉い人なんでしょ?そんな役目の人が私の護衛なんてしてていいの?」
「正確には上層部管理者の一人だ。それだけの人物が近くにいる対象を狙えば、それはロドスを敵に回すも同義──そういう狙いも込めて私が近くに居たわけだが……護衛対象が君では意味がなかったようだな」
「まっ、怖いもの知らずなんてどこにでもいるからね、仕方ないよ」
「……はあ、君を怖いもの知らずなんて言葉で済ませていいのかは疑問だがな」
ため息をつくケルシーを横目にオリジムシの天ぷらを完食し、さらに足を進めていく。今日の目的は里帰りついでの観光──
私はここにただ一つの決断を下しに来た……なんて言ってみたが別に今の私がその決断によって大きく変わるわけじゃない。きっと、決断というよりは事実確認と言った方が近いのだろう。
繁華街から住宅街に足を移し、迷うこともなく道を進んでいく。最後にこの街を歩いたのは何年も前のはずなのに、身体が道を覚えていたのはなんとなく嬉しかった。
「……ついたね」
「ああ、そのようだな」
数十分歩いただろうか。私とケルシーは目的の場所にたどり着き、目の前の一つの家を見上げる。
自然と零れた涙を私は手でぬぐう。ここまで長かった、ああ本当に長かった──そんな気持ちと共に私は帰ってきたんだという思いで胸がいっぱいになる。
「……グロリオサ、伝えておくが──」
「大丈夫だよ、ケルシー。私だって分かってるから」
そう言って私は胸に溢れた思いを抑え込んで、変わらない家の唯一変わってしまった場所に目を向ける。そこには表札があって──
何があったのかは知らない。けれど、こうなっているだろうというのはなんとなく分かっていたし、その覚悟もしっかりしていた筈だった。けれど、こうして、事実として見せられると心にくるものがある。
まるで、もう、"
そうして、家を見続けてどれだけの時間が経ったのだろうか。数分か、数十分か、まさか数時間……なんてことは流石にないだろう。私を心配するケルシーに「場所を変えよっか」と言って歩き出す。何も聞かず、無言でついてきてくれるのが、今はとてもありがたかった。
そうして場所を変えた先はとある小さな公園。遊具がいくつか消えていて、殺風景になっていたが変わっていない場所もいくつかあって、これまた懐かしい。
私は昔はなかったベンチに腰掛けて空を見上げた。生憎、曇り空で青色は全く見えなかったが。
「元々さ、こうして帰れるとは思ってなかったんだ」
「……そうだろうな。私が君の場所に向かわなければ、きっと君はずっとあの荒廃した街にいた筈だ」
「そうだね。でも、ケルシーが来たから私は街を離れて、ロドスで働き始めて──こうして帰ってこれた。嫌な現実も見ちゃったけど、それも一応は想定通り」
「……」
「心配しないでケルシー。あの日、この鍵盤ハーモニカを持って逃げ出した日からここに私の居場所はなくなっていた。それだけ、それだけなんだよ。だから、大丈夫。それにさ、今の私の居場所はロドスでしょ?」
私がそう言うと、ケルシーは少し笑った。それを見て私も少し笑う。今はこんな時間が少しだけ愛おしく思える。
「ああ、本当に君はたくましいな」
「よく言われるよ、主にケルシーからではあるけど」
そんなやり取りをして、私は鍵盤ハーモニカを取り出した。父のロマンである武器になる鍵盤ハーモニカ。でもこれはちゃんとした楽器でもある。
鍵盤ハーモニカを弾く準備をしている私を見て、ケルシーが私に問いかける。
「弾けるのか?」
「勿論、これで稼いでたときだってあるからね。ケルシーだって感動して泣いちゃうかも」
「そうか、それは楽しみだ」
──その後、公園に一つの音楽が鳴り響いたのは言うまでもない。果たして、その曲に感動して涙した者が居たかどうか。それはきっとその公園に居たものだけが知っているだろう。
[グロリオサのレコード]
グロリオサが演奏した曲が入っているレコード。本人曰く、聞いた人は感動して泣いてしまうらしい。部屋の雰囲気を良くしてくれる。