無職転生 ~領主になったら本気だす~ 作:華氏使うな
安全だろうと思って森に入る。
非常にフラグじみた行為だ。
そりゃ、何かに襲われるだろうなぁと身構えていたのだが…
「もっと奥に行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください」
何も無かった。
驚くほどに、何も無かった。
魔物や野盗、ピレモンの襲撃者どころか、肉になりそうな動物もいない。それどころか小動物の類いでさえ居なかった。
「帰りましょう、エリス。ちょっと変ですよ、ここ」
「まだ何も見つけられてないじゃない!」
「ちょっ、叫ばないで!」
却って不気味に思った俺は、すっかり森奥に進むことにビビってしまった。
「帰りますよ…なるべく音を立てずに…」
「なんでよ!」
「シーッ」
入ってそこまで経ってないが、ブー垂れるエリスを無理矢理連れて帰る。
森から出ると、ギレーヌが目を瞑って馬車に腰掛けてた。あれでいて、気配とかは感じられるのだろう。
「早かったな」
「聞いてギレーヌ!ルーデウスが…」
エリスが愚痴る。
臆病と言われてしまった。
い、いや、魔術師は臆病な位で丁度良いんだからね。そこんとこ、勘違いしないでよね!
「そうか…いや、計画を変えよう。一旦、街道沿いの宿場町に直行しよう。直ぐに準備するぞ」
「ええ?そこまで急ぐ必要、ありますか?」
「ある。ルーデウスとお嬢様は、後ろを警戒しておいてくれ」
ギレーヌがここまで強く言うのだ。
何かがあると思って良いだろう。
人は未知を最も恐れるというが、俺はまさにその状況に陥っていた。思わせ振りな森に、思わせ振りなギレーヌ。一体何があるんだ、と思わざるを得ない。
それにしても、エリスの機嫌は大丈夫かな。楽しい旅行計画が一瞬にして逃亡劇じみた物になってしまったのだ。
最近はあまり殴って来ないが、それでも不機嫌なエリスを見てると、ちょっとビクついてしまう。完全に尻に敷かれているな、こう考えると。
そう思って、チラリとエリスの方を見ると、先程以上にワクワクしたような表情をしていた。
口角がヒクヒクしている。
少しで良いので、俺にもその度胸を別けて欲しいです。
ーーー
「出発するぞ」
こんな状況だと、仕立ての良い馬車も、恐ろしい棺に思えてならない。
てか、なんでこんな注目を集めるような乗り物に、わざわざ乗るんだ。一目で領主に連なる物と分かったら、格好の的なんじゃないのか?
いや、落ち着け俺。少人数だから不安になってるだけだ。
隣をエリスを見よ。
隣に居るのは9歳にして、喧嘩をするときに顎先を殴れる女だ。
そして前に居るのは、そんなお嬢様をボコボコにのして手懐けた剣王様である。
そして俺も、師匠であるロキシーの教えを、一身に背負っているのだ。
そんじょそこらの野盗位に遅れを取る筈もない。
大丈夫だ。問題ない。
覚悟を入れ直したところで、馬車が走り出す。
気を抜かずに、後ろを凝視し続ける。
常に魔術は打てるように準備してだ。
一分、十分、一時間、二時間…どれくらいの時間が経っただろうか。前からギレーヌが話し掛けてくる。何か居るのだろうか。
「着いたぞ」
なんもないんかい。
ーーー
馬車で寝るのは流石に怖いので、俺たちは宿に泊まることにした。
開いてるところがあるのか心配だったが、数件の宿はまだ開いていた。
思ったより、そこまで深夜でもないらしい。
ギレーヌは気を効かせて、俺達に二人部屋を取ってくれたようだ。
「ねえ、ルーデウス…」
エリスが話し掛けてくる。俺も今日の馬車で懲りた。
今の俺は、精神的に賢者だ。清い心で、エリスに聞き返すことが出来る。
「はい、なんでしょう」
「今度、何処かに修行にいきましょう」
「修行ですか?」
「そうよ。ルーデウスの家族も、冒険者だったんでしょ?ギレーヌ達も入れて、今度はもっと大勢で何処かに行きたいわ」
いつになく静かな口調だ。普段の喧しいエリスは何処に行ってしまったのだろう。
エリスの目は寂しそうだった。
思えば、最近の俺達は、一見平和なようで随分、生活が変わってしまったように感じる。
仕事に忙殺された俺に、礼儀作法の練習が増えたエリス。
お互いに向ける感情が変わらずとも、環境が変われば変わる想いもある。
俺がギレーヌとエリスに授業をして、ギレーヌがエリスと俺の剣を見る。そんな日々は、どこかに過ぎ去ってしまったのだ。
それが、今回の一件でエリスの心に大きく響いてしまったのだろう。
「分かりました。約束ですよ」
こんなことも約束してやれないような奴は、夫じゃない。
フィリップにはかなり、無茶を言うことになるかも知れないが、頼んでみよう。
何も、すぐじゃなくて良いのだ。
まだドタバタしてるが、何時かは落ち着く筈だ。
俺達が居なくても、滞りなく領が動かせる位に落ち着いたら行けば良い。
「本当?!」
喜んで貰えたようで何よりだ。
恐ろしい思いもしたが、こうしてエリスの本音が聞けたのでプラマイ0だろう。
その為にも、領民に媚諂う…もとい、ロキシー大作戦を頑張らなくてはな。
ーーー
朝。
余裕があるのに抱かないのは初めてだったが、それに反して清々しい気持ちで起きた。
「んう…ルーデウス……」
「起きてください、朝ですよ」
隣のエリスを起こして部屋を出る。外では既に、ギレーヌが待っていた。
「昨夜はお楽しみ……じゃなかったようだな」
「えっ……なんで分かるんですか」
「匂いだ」
ギレーヌが恐ろしいことを言ってきた。
つまり、ギレーヌは毎日『あ、パウロとゼニスはヤったんだな』とか『サウロスとメイドがヤってたな』思いながら生きているのだろうか。
身近な人物の情事が分かる鼻なんて持ってたら、変な気分になりそうなものである。
「お楽しみだったわよ!」
あまり意味が分かってなさそうなエリスがそんなことを言う。今、自分でもニチャッとした顔をした気がする。
「そうか。で、聞き込みをしたのだが、近場で雨が降らない村があるらしい。名前はシル村。そこを目指そうと思う」
有能ギレーヌは、困ってる村に早速当たりを付けたようだ。
と言うわけで俺達は、『シル村』とやらを目指すことになった。