【本編完結】Take me to paradise.─Scenario of Manhattancafe(prototype). 作:春華ゆが
イベントで頒布したものと同一の文章になります
「カフェ、こんな話を聞いたことがあるかい」
アグネスタキオンがその話を切り出したのは、或いは単に暇を持て余していたからに過ぎないかもしれない。私と彼女はそれほど親密なわけではない。たとえば今こうして彼女の研究室でコーヒーを嗜んでいるのも、アグネスタキオン好みの甘ったるい紅茶を拒絶するためのアピールに過ぎない。
表面的には一つの空間で仲良くお茶会をしているように見えるかもしれないが、この場所を私が選んだのも極めて消極的な理由──女優という私に無関心でいてくれる存在は限られているから──に過ぎない。……トレーナー室はダメなのだ。彼は私を女優として捉えないとしても、その代わりに私のすべてまでも捕らえてしまいそうだから。そういうわけで。仕事のないオフの日に限ってではあるが、私はアグネスタキオンの研究室を間借りして余暇を過ごす。部屋の主が入ってきても互いに干渉することはないし、その関係がこの先変わることもないだろう。
そう、思っていた。
「……カフェ~? 聞いてるのかい?」
「すみません、藪から棒だったもので」
まだ熱いカップを置き、座ったまま彼女のほうに向きなおる。少し短めの栗毛と、薄い光を閉じ込めた瞳。
そして得体のしれない笑みを浮かべたウマ娘が、私に話しかけていた。
「それで、何の話でしょうか」
それほど親しくないとはいえ、邪険に扱うほど忌み嫌っているわけでもない。話しかけられて無視するのも礼を失すると思い、会話を始める。続く言葉はある種意外なものだった。
「いやなに、君はおとぎ話に興味はあるかな」
「まあ、人並みに。職業柄かもしれませんが」
凡そフィクション、とりわけメルヘンなものには興味のなさそうなア グネスタキオンがおとぎ話とは。
うっすらと驚きを浮かべた私を一瞥して、彼女は話を続ける。
「私の柄ではないのだろうけど、なんとなく気になってねぇ……『青鹿毛の長髪を湛えた、伝説のウマ娘』。このフレーズ、君もピンとくるものがあるんじゃないかい?」
「青鹿毛の長髪。それだけ聞けば他人事とは思えませんが」
私自身も青鹿毛の長髪だから。もっとも、伝説、というのは私には到底似合わないだろうけど。
「彼女はすべてを呪った。幼くして死の淵をさまよい、ゆがんだ脚ではしっかり歩くことすらままならなかった。運がもう少し悪ければ、伝説と呼ばれることなく、誰からも顧みられることなくその生涯を若くして終えただろう……だったかな」
すらすらと述べた後、又聞きだけどね、と彼女は付け足した。
「さて、どう思う?」
「どう、とは。あくまでおとぎ話なのでは?」
「おとぎ話だからこそ、君なら真剣に考えてくれると思ったのだがねぇ……それにフィクションとは、案外現実と見分けがつかないものだよ」
「奇遇ですね。私もそう思います。物語の登場人物というのは、その世界では確かに生きている」
彼女と意見を合致させる日が来るとは。相容れないからこそ共にいると思っていたが。
「なら話が早い。私の研究において『運命を超えようとするウマ娘』という概念は度々登場するものでね。無論、君自身も。そして今回はこの『伝説のウマ娘』というわけだよ」
「『すべてを呪った』。己の身に降りかかるすべてを。……なるほど、それはまさしく運命に抗うがごとく」
「そうとも。君ならあるいは、そのウマ娘が何故生き延びられたのか、そして伝説と呼ばれたのか。それについて類推できたりするんじゃないかな? たまたま、なんてのは面白くない」
「まあ本業のようなものですし、私なりの見解でよければ協力しますよ」
そう言うと、アグネスタキオンはくつくつと笑う。……運命に抗う、か。アグネスタキオンがそれを追い求める理由はきっと、今は眠りについている彼女の脚にあるのだろう。それを口にすることは、互いにないけれど。
「伝説というからには、その少女には類稀なる能力があったのでしょうね。それを自分では分かっていたから、死にもの狂いで生を求めた。ここで終わるなんてまっぴらだと」
尤もそんなのはある種当たり前のことではある。走る限り、誰もが自分の勝利を信じている。誰もが自分の限界を無限に妄信している。そうでなければすぐさま走るのを止めて、別の人生を歩めばいいのだから。
「なら。この物語はどんな時でも諦めるな、そういった訓示めいたお話、ということかな」
「いいえ」
根拠はない。それこそここから先は妄想や空想で、意味を持つかはわからない。けれど、眼前にいる少女は私の話をまだ聞きたいようだ。思いを巡らせ、心を弾丸に変えて。
撃ち抜くのは、伝説の深層。
「ここからは、私の憶測のようなものですが」
「いいとも。憶測や架空が現実でないと証明した者はいないのだから」
「そのウマ娘にはきっと、すべてを捨てない理由があったのでしょう。たとえば……彼女は一人ではなかった」
何も持たないなら、捨ててしまうのも簡単だ。どんなに力を持っていても、独りではレースは成立しない。故に、一度出来た繋がりは。
「たとえ宿敵への憎悪でも、見向きもしなかった者共への復讐でも。そこにある運命は、確かに彼女と他者を繋ぎ止めた」
「孤独でないから、運命を変えられた……なるほどねぇ」
そしてきっと、それは私たちにも当てはまる。
「そうですね。運命への叛逆は、己の力だけでは成しえません。理屈は単純」
「運命とは、個人の限界を定めるものであるから……かな?」
「ご名答」
つながりの化学反応が、ウマ娘を運命の軛から解き放つ。そうでなくては、ならないのだ。
「そういう意味では、その伝説は……また別の見方もできるかもしれません」
「せっかくだし、最後まで聞こうじゃないか」
いつの間にか脇に置いたコーヒーは冷めていた。本当に珍しく、話し込んでしまったようだ。
「彼女はすべてを呪った。でもそれはきっと、運命の残酷さを肌身で感じ取ったから。どうにかしたい、すべての運命に対してそう願ったから。ウマ娘という種族の持つ運命すべてに、彼女の後に続く者すべてにも、定められた限界があることを呪ったから」
そう、それはつまり。
「裏を返せば。裏を返せば、彼女はすべてを愛していたのではないでしょうか?」
「ふぅン……まさに表裏一体だねぇ」
「ええ。相反する感情とは得てして密接に隣り合っているものです。すべての運命を呪うが故に、すべての運命に縛られし者を愛する。……理屈は一応通っていると思いますが」
「仮定に仮定を重ねた話に理屈もないだろう。とはいえなかなかに興味深い見解だったよ」
「ありがとうございます」
そう、『物語の登場人物は何を考えていますか』などというのは真っ当な問題提起としては落第だ。
先ほどまでの神妙なやり取りは、その実中身のない会話に過ぎない。まさかアグネスタキオンとそんな会話をするとは。
「さて、そろそろトレーニングの時間じゃないのかい?」
「どうして貴女が私のスケジュールを把握しているのかわかりませんが」
「君のサポートをしているのだから当然だろう。君のトレーナーから直接聞いたのであって、盗んだ情報などでは──」
「では、失礼しました」
手早く身支度を整え、さっさと部屋を出ようとすると。
「ああ、最後に一つ」
不意に、呼び止められた。
「……なんですか?」
「さっきの話の続きなんだけどね」
「続きがあるなら、先に聞いておきたかったですね」
本当にこの人は食えない。あえてすべてを語らずにおくことで、私を試していたのか。
「少女は何もかもを憎んでいた。けれど宿敵との勝負に打ち勝ち、伝説と呼ばれるだけの功績を残した。そして、のちに多くのウマ娘を導く偉大なる先達となった……彼女はその生涯をこう形容された。運命に噛み付いたウマ娘、とね。正直、驚いたよ」
「多くのウマ娘を導いた、ですか」
「そう。君の言った、すべての運命に縛られしウマ娘を愛した──という考察。そこから導き出される行動としては理にかなっているだろう? それを言い当てるとはね」
「たまたまですよ。私はその部分を聞かずにその答えを言ったのですから。アトランダムに選んだ番号がたまたま正答と合致した、そういったものにすぎません」
「伝説の少女と君が似ている、くらいは言えると思うがねぇ」
そういえば同じ青鹿毛のウマ娘だったか。とはいえそれも偶然に過ぎないだろう……それに。
「我々が誰かの生まれ変わりやなんだと言ってしまえば、それこそ運命に縛られていしまっているのでは?」
そう言うと、アグネスタキオンは腹を抱えて笑い出した。
「はははっ! なるほどねぇ、これは一本取られた! ……では、この話もそろそろ切り上げようか」
「ええ。さようなら」
「では、またね」
また。またいつか、運命を超えた先で。
この度この作品について同人誌を発行し、その電子版の頒布が始まったので宣伝させていただきます。
https://www.dlsite.com/home/work/=/product_id/RJ372505.html
縦書きのほうが読みやすいとか、挿絵が素晴らしいとかの噂なので
手に取っていただけたら幸いです。