【本編完結】Take me to paradise.─Scenario of Manhattancafe(prototype).   作:春華ゆが

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Scene05:I never want to ending.

 心臓から血が流れている。気分はそれなり、レース前にコーヒーを一杯嗜む。血とコーヒーが混ざり合い、私は黒と紅に染まる。身体の内で液体が煮えたぎる。

 走れるから私たちは走る。勝ちたいから私たちは走る。走ること、勝つこと。それがウマ娘の本能だから。はるか昔にどこかで聞いたその言葉の意味が、今ならわかる。

 そして。私はこの瞬間も、走り続けている最中だ。まだ届かない、楽園へ向かって。

 君と私の理想郷へ向かって。

 今日のレースは有馬記念。おそらく最も有名なレースであり、世代を超えた猛者が集う。私が今からやらなければならないのは獅子の狩りではなく、王者の首を掻き切る大物喰いだ。

「テイエムオペラオーに、メイショウドトウ、ですか」

 

 ※

 

 その戦績はまさに比類なく。彼女達の見る景色がどんなものなのか、興味が湧いた。私は常に追い立てる猟犬であり、追われる者の立場には立てていない。最初に追ったのはアグネスタキオン。……彼女にはまだ、追いつけていない。

 私はまだ走らなければならない。そうでなくては、追いつけない。追い越せない。

 部屋を出て、少し外を見て回る。トレーナーさんはまだ来ていないのだろうか。ありえないとは思うが、もし君が来ないとしたら。私はどうすればよいのだろう。この舞台は、君に捧げる舞台なのだから。私は君がいなければ、走れないのだから。

「……おや。そこにいるのはマンハッタンカフェ君じゃないか」

 名前を呼ばれ、振り返る。

「あなたは、テイエムオペラオーさん」

「実はボクも君のファンの一人でね。いやなに、君は女優ながら歌唱力も素晴らしい。そのことを純粋に称賛していた。だから、君のトゥインクル・シリーズへの参戦には驚いたよ」

「……そうですか、ありがとうございます」

 彼女が見ているのもまた、私を包む情報だけなのだろうか。そう思った。

「でもね」

「……?」

 空気が、変わる。

「君を今見て、それまで構築していた勝手なイメージはすぐに崩れ去った。……君は、王の首を狩りかねない逸材だ。その目。闘志。わかるとも。済まなかったね、正直侮っていたかもしれない」

 なるほど。

 

「……こちらこそ、申し訳ありません。その王位は見せかけのものかと勘違いしていました」

「はっはっは! ……いいね。そう、人は余りにも現実離れしたモノを目の当たりにすると、それを歌劇や戯曲、誇張や幻想だと思いたくなるものさ。

 でも、ボクは違う。世紀末覇王は此処に在る。……そして。君も紛れもなく、”本物”だ」

 瞬間、彼女の眼差しが強くなる。それはまさに、威光と呼ぶに相応しく。

「オペラオーさ~ん、どこですかぁ~?」

「おっと。ドトウが呼んでいるみたいだ。彼女も強いよ。侮るべきではない……なんてアドバイスは不要かな。では」

 そう言って、テイエムオペラオーは去っていった。その風格はまさに老王。全盛期を過ぎて尚、立ち振る舞いに衰えはない。

「それでも。私がやることは変わりません」

 走れる限り、走る。胸を借りるつもりなどと生半可な覚悟ではない。胸に食らい付き、心臓を食い破る。それが私の楽園への覚悟だ。

 

 

「カフェ? どうしたんだ、控え室から出て」

「ああ、トレーナーさん……いえ、少し暇潰しを」

「緊張してるのか?」

「何故」

「いや、落ち着かないから出歩いてたとしたらそうなのかなって。なんてったって有馬だからなぁ」

 確かに、少し。気分は落ち着いていないかもしれない。昂っていて、滾っている。

「そうかもしれません。……と、いうことで」

 がしっ。

 思い切り抱きついて、胸に顔を埋める。引けていく腰を掴んで離さない。すーっ、はーっ。

 深呼吸をする。君の匂いを身体に取り込み、私の匂いを君に擦り付ける。

「ふぅ、これで。では、いってきます」

「ああ。いってらっしゃい」

 今なら、本当に。楽園に手が届く気がした。

 

 

 

 

「年末の中山、有馬記念! あなたの夢、私の夢は叶うのか!」

 私の夢。あなたの夢。それは私たちにとっては同じものだ。私と君は、同じ夢を見ている。

「ゲートイン完了、各ウマ娘一斉に」

 だから。ここが夢を叶える舞台なら。

「スタートしました!」

 夢を束ねている私たちが、負けるわけがない。

 割れんばかりの大歓声。彼らは誰に夢を託しているのか。先行している二対の王が、やはり今年の大本命。テイエムオペラオーとメイショウドトウ。私を呼ぶ声は決して一番大きくはない。

 中団から全体を見渡す。蹄鉄の音が鳴り響く空間。残りは遠くの歓声と、己の息の音だけ。それはここに走る全てのウマ娘にとって平等で、だから私には王座へ喰らいつく資格がある。

 幾千の風を切り、集団が徐々に速度を増していく。一人、また一人。一度抜き去った相手には二度と抜かれるつもりはない。だから私の走りは獲物を捕らえるが如く。

「最終コーナーを抜けて、テイエムオペラオー徐々に進出!」

 これなら、

「……ふーっ……」

 いける!

 だん、と思い切り地面を踏む。抜く、抜く、喰らう、鏖殺する。速度の先にある、退屈を射抜いてくれる刺激。

 その快感に嗤ってしまう。そう、誰が相手だろうと。私の走りには何の関係もない。

 皆平等に狩るのみ。

「マンハッタンカフェが外から一気に突っ込んでくる! 追い縋る子たちは届かない!」

「マンハッタンカフェ、ゴール! 一着はマンハッタンカフェ! 年末のグランプリを制しました!」

 君がいれば、私はどこまででも走れる。

 

 ※

 

「おめでとう、カフェ君」

「ありがとうございます、オペラオーさん」

「はーっはっはっ! まさに完敗! いよいよ我が御世も終幕ということかな、ドトウよ」

「えぇっ、私ですかぁ!? ……えっと、とりあえずおめでとうございます、マンハッタンカフェさん」

「はじめまして、メイショウドトウさん」

 メイショウドトウは自信なさげなウマ娘だったが、その走りは本物だった。

 私は強敵たちに打ち勝ったのだと今になって実感する。

「実はね、ボクたちはこのレースを以て引退することにしたよ」

「……それは」

 引退。アグネスタキオンのことが頭をよぎる。

「……うん。これからは君たちの時代だ。君は新時代の幕開けを告げるウマ娘となるだろう」

「どうして、ですか」

 まだ、走れるはずなのに。走り続けるのがウマ娘だ。私たちは永遠であるはずだ。

「……ボクは強かった。けれど、それは永遠じゃないからさ。それに今日、勝つことはできなかったけど」

 一拍置いて、テイエムオペラオーは続ける。

「確かに、走り続けたことへの答えを見たからね。……それ以上は、幕引きを誤る行為だよ」

「私もオペラオーさんと一緒に引退します。私はオペラオーさんのライバルですから。同じ時間を過ごしたい」

「お疲れ様でした。そういう他ないのでしょうね」

 答え。私には答えが見つかっていないけれど。答えが、楽園が見つかれば。私も走る理由を完結させるしかないのだろうか。

 ライバル。私にはライバルがいない。私は孤独に戦い続けるのだろうか。……もう永遠に勝てない一人のウマ娘が、頭を掠める。

 楽園に一番近い位置まで来た私は、もうすぐ終わりなのだろうか。永遠は退屈だ。

 だけど、今の私はこの時間に終わってほしくない。

「おめでとう! カフェ!」

 トレーナーさんが自分のことのように私の勝利を喜んでくれる。トレーナーさんの方から抱きついてくるのを、逃さず捕らえる。私と君が一緒にいて、とても幸せだけど。この関係は楽園への契約だ。ならば。私が辿り着いて仕舞えば、終わる関係なのだろうか。

 それなら、私は。

 連れて行って欲しくなんか、ない。

 失楽園の漆黒は、光の陰にある闇を望んで。

 

 

 ※

 

 

「生放送お疲れ様でした~」

「お疲れ様でした」

 

 今日は一月一日。新年の特別番組のゲストとして、久しぶりに女優としてテレビに出た。

「……あれ、マンハッタンカフェさん? その格好で帰るんですか?」

「ええ、これは私物ですし。問題はないと思いますが」

「流石に振袖は目立つどころじゃないと思いますよ……? なんの撮影かと勘違いされますって!」

 それぐらいでなくては困る。君の目を釘付けにしてやらなければならない。

「問題ないですね。では、お疲れ様でした」

 そう言って、私は街へと繰り出した。

 

 ※

 

「ふう、まだカフェは来ていないかな」

 俺は担当ウマ娘であるマンハッタンカフェと神社で待ち合わせをしていた。今年からシニア

 級。それに向けて、初詣で願掛けをするのだ。

「それにしてもすごい人だ」

 神社の入り口にはものすごい人だかりができている。今からあそこに入り込まなければならないのかと思うと、すこしぐったりしてしまいそうだ。とはいえ、それでも掛けたい願いがあるからこそ皆ここに来るのだろう。

 俺たちも同じだ。彼女の走りを更に研ぎ澄ませるためここに来ている。

 

 

 

 目の前の人混みが割れ始める。中から誰か出てくるようだ。……こちらへ向かって?

「……はい、失礼します。……ありがとうございます、また今度」

 分たれた人混みは一人の少女によって先導されているように見えた。集団を纏う彼女は華々しい晴れ着を着ていて、その雰囲気はどこか女王のようですらあった。

 

 ※

 

「……カフェ?」

「遅くなりました。少し人混みに捕まってしまって。

 ……あけましておめでとうございます、トレーナーさん」

 黒く咲き誇る一輪の花は、艶やかに。芸術品のような姿が、そこに立っていた。

「……あけましておめでとう、カフェ。……すごいな。すごく……その、綺麗だ」

 彼女の口元は綻ぶことを惜しまない。周りの目は俺たちに集中していたけれど、見られていようが関係ない。俺の目には彼女しか入らない。

「ありがとうございます。……ふふ、では」

 すっと、彼女は俺の手を取る。白い指が、黒い花に差す光の筋のようで。

「いきましょう、トレーナーさん?」

 また一つ、歳を経て。彼女は更に美しくなった。

 

 

 ※

 

 

 こつん、こつん。どくん、どくん。どれほど周りに人の声がしようと、私には己の足音と心臓の音しかわからない。それほどまでに胸は高鳴る。君に触れている限り、私は無敵だ。何が相手でも負けることはないだろう。

 

「さて、参拝をしましょうか」

「カフェ、恥ずかしくないのか……? よく考えたらこんなに人が多いところで変装もせず……」

「いいんですよ」

 誰もが見ている。それの何が問題なのか。君だって見ているのだから、私は幸せだ。

 私たちが歩を進めると自然と人は避けていき、あっという間に賽銭箱の前までたどり着く。小銭を入れ、願い事をする。願いは、そう、私の願いは。

 楽園へ行くこと。そう思考すると、邪な何かが混ざり来る。お前はそれでいいのかと。何があっても永遠に、楽園に辿り着きたくはないのではないかと。

 辿り着かなければ、ずっと一緒にいられる。

 ちらりと横を盗み見る。トレーナーさんは目を閉じ、真摯に何かを願っていた。私とは正反対で、私たちの心は離れてしまうのかと不安になる。

 君の手を握る力が強くなる。今の私が、迷いなく願えるとすれば。

「……よし。カフェは何をお願いしたんだ?」

「……トレーナーさんと、一緒です」

「俺が何を願ったかわかるのか?」

 わからない。けど。

「トレーナーさんの願いが叶いますように。これが、私の願いです」

 それだけは、変わらない。

「……ありがとう」

 返答の代わりに、更に君の手に指を絡める。

 

 

 

 

 初詣を終えトレセン学園へ向かうと、道すがらアグネスタキオンと出会った。彼女も俺たちと同じく初詣に行くらしい。

「意外だと思ったかい? たまには私も神に祈るさ。人事を尽くして天命を待つ。それしかやりようはないからね」

 彼女にも何か考えることがあるのだろう。あるいは再び走り出すための。

「それにしてもカフェ……キミはどうしてそんな格好をしているんだい? 勝負服より目立つぞそれは」

「目立つのには慣れていますから」

「まあ、余りトレーナー君を困らせないようにするんだよ……。やれやれ、君も大変だねぇ」

「心配には及ばないよ」

 俺は彼女を楽園に連れて行く礎となるのだ。彼女の全てを肯定してみせよう。

「破れ鍋に綴じ蓋……いや私も人のことは言えないかな? ……なんてね」

 ひらひらと手を振って、アグネスタキオンは去って行く。その姿を見て、予感するものがあった。彼女はまだ、走ることを諦めてはいない。カフェのサポートをこれまで行ってきたのも、自分自身へフィードバックするためでもあったのだとしたら。

「カフェ。今年は大変かもしれないぞ」

「大変、とは」

「ライバルだよ。きっと、現れる」

 でも、彼女は負けない。そのために俺はいる。まだ燃えることができる。まだ焼けることができる。だから、彼女は飛び立てる。

 

 ※

 

 不屈であることは罪ではない。立ちはだかることは罪ではない。阻むことは罪ではない。罪を重ねていくのは、それに負けた己の方である。華やいだ気分は徐々に戦慄し、私はまだ飢えねばならない立場になる。それでも私は走らねばならない。

 楽園へと征くため? 君と一緒に居続けるため? どちらなのか、答えは出ない。ただ君を信じるしかない。私の意識は消え入りそうで、君が動くから私は動く。追い立てられるように、誘われるように。

 前へ進むことが正解なのかすら、分からなかった。

 失楽園の漆黒は、闇を喰み影を尊ぶ。

 




Interlude:Accident.

「む」
 ある日のこと。トレーナー室にやってきたカフェは少しご機嫌斜めのようだった。
「どうしたんだ?」
「いえ、メールが五月蝿くて。知っていますか?──、という方なのですが」
 その名前を聞いて驚く。
「知ってるも何も、最近売り出し中の人気俳優じゃないか。その人がどうしたんだ?」
「社交辞令だと思って連絡先を伝えたのですが。何度も何度も暇な日を聞いてきます。この方は暇なのでしょうか?」
 ああ、それは。芸能界ともなればそういうこともあるだろう。カフェはピンときていないのだろうか。
「多分あれだ。口説こうとしてるんだよ。俺も男だからわかるぞ、カフェは美人だからな」
「……私をですか」
 その表情はなんだか感情が入り混じっていて、少し奇妙に歪んでいた。
「そうそう、まあ人付き合いだからな。断るにしても穏便に……」
「興味はない、さようなら、と」
 遅かった。
「ちょっとカフェ、それは流石に身も蓋もなさすぎないか…?」
「もう送信してしまいましたし。それに」
 少し向き直って。
「私にはトレーナーさんがいるじゃないですか」
「それは少し語弊があるような」
「私が美人だと、俺も男だからわかると。言いましたよね」
「まあ」
「言いましたよね?」
 今日のカフェは先程までのメールで苛立っているのだろうか。語気が強い。
「そうだな……もちろんだ。でも俺は君のトレーナーだ。だから、男である以前にわかることがあるぞ。君の魅力はそんなもんじゃないとも。君のひたむきさ、ストイックさ。俺は知ってる。それに意外と寂しがり屋だ。そこだって可愛い、素敵なところだと思う。だから、」
 誰かいい人が見つかるといいな、と言う前に。
 幾度目かの古傷に噛み跡をつけられ、言葉は遮られた。
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