対魔忍ユキカゼ2 〜藍空風歌〜   作:茶玄

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奴隷斬姫 〜月華無辺〜 第5話

(こんなことなら、凜子姉の一人稽古をちゃんと見学しておくべきだった…)

 

 達郎はかつての己の怠慢を、今更ながらに後悔した。

 

 胡蝶獄門こそ、凡人の認識を超えた先にある神秘の具現であり、凜子の切り札だ。

 

 (ゆえ)に、対人稽古で目にする機会などあるはずもない。達郎ですら精々任務中に、数回遠目に見た程度に過ぎない。

 

 踏み出せば脚がもつれかねない程に疲弊した今の達郎では、その未知の刃に応ずることは不可能に近い。

 

(まぁ、泣き言を言ったところで…逃げるつもりは更々ないんだけどね)

 

 進退此処(ここ)に窮まったがゆえに、()すべきこともまた単純にして明快。もはや、壊れかけた体躯の限度を(かえり)みる必要もない。

 

「是、我が痛みを以て、意の法境に至らん」

 

 達郎は脳内に仕込まれたマイクロチップ “アーベル” の特級命令(アドバンスド オーダー)を呟いた。

 

――神経制御機能ノ使用申請(リクエスト)ヲ確認シマシタ

 

 女性的な機械音声(マシンボイス)が脳内に響く。紫先生に寄せた声色は、間違いなく桐生医師の趣味だろう。

 

――キュイィーーン

 

 聞きなれないチップの動作音が脳内に木霊(こだま)する。

 

「…逸刀流忍術 “無元結装”」

 

 続けて達郎は風遁を発動した。達郎の持つ忍刀と両腕が、物質・圧力共にゼロの絶対真空の薄膜で覆われていく。

 

 胡蝶獄門の刃を阻む可能性を持つ唯一の風遁。この薄膜に接触すれば、次元跳躍の泡沫といえども、形状を保てず蒸散するに違いないと達郎は踏んでいた。

 

(それでも、空気抵抗すら消し去って襲い来る刃速に、俺の防御が果たして間に合うかどうか…)

 

 今だにチップから機能の実行を伝える音声は聞こえてこない。達郎は(はや)る気持ちを抑えつつ、忍刀の切先を青眼に据え、凜子の出方を(うかが)う。

 

(まだか…頼む、早くしてくれ……)

 

 他方、依然として凜子の心境に(よこしま)な影は見られない。その心はいつにも増して軽いようにすら感じられる。

 

 凜子は刀を構える達郎を見て満足気な表情を浮かべると、この戦いに決着をつけるべく、その左脚を宙に浮かした。

 

「……往くぞ、達郎」

 

 凜子の姿が声と共に虚空へと掻き消える。刹那、達郎の眼前に胡蝶獄門の斬撃を袈裟懸けに振り下ろさんとする凜子が(あらわ)れた。

 

 空間跳躍による(てら)いのない正面攻撃。間合いを詰めるための一歩と思えた左脚は、今や達郎の虚を()く完璧な踏込みへと変わっていた。

 

――申請受諾。神経制御機能 “痛覚無識(ロストペイン)”ヲ実行シマス

 

 それは、桐生医師から内々に説明を受けていた試験段階の機能の一つだった。これより時間にして約二十秒。痛覚神経から脳へと伝達される情報の全てが、チップにより一時的に遮断される。

 

 痛みの(くびき)から解放された体躯は、限界を越えた駆動を可能とするも、過度に利用すれば生死に関わる諸刃の剣。

 

 閃く刃光。凜子の斬撃が動体視力の極限を超え、輝線を伴い達郎に襲いかかる。

 

 達郎は風の(ささや)きを頼りに、凜子の刀身の行先を瞬時に予測すると、構えが崩れるのも構わず忍刀を(はし)らせた。

 

 臨界を越え駆使される心臓と肺、限界を越え駆動する四肢の悲鳴も、今の達郎には届かない。

 

パキィーン!

 

 凜子の斬撃に耐えきれず、達郎の刀がぽきりと折れる。音速を征する刃速を以て打ち込まれたその一撃は、無元結装によって次元跳躍の泡を相殺したにも関わらず、忍刀“夜霧”の刀身を真っ二つにしてみせた。

 

 凜子の刃が尚も達郎の身に迫る。しかし、その刃速は忍刀を切断した際の摩擦抵抗の影響か、初動ほどの勢いはない。

 

 達郎はなりふり構わず限界まで後ろへと反り返ると、そのまま後方に跳び膝立ちに着地した。

 

「……嘘だ…そんな馬鹿な」

 

 再び距離の離れた達郎を、驚愕の面持ちで見やる凜子。残された力を振り絞り、これで最後と刀を奔らせた必殺の一撃。

 

 間合いも踏込みも完璧だったその一刀を、達郎は見事(かわ)してのけたのだ。

 

 もはや、凜子には腕を上げることはおろか、自重を支える脚力すら残っていない……だがしかし、凜子の逡巡はほんの一瞬に過ぎなかった。

 

「この険路(跳躍)、是が非でも押し通るっ!!」

 

 凜子もまた、その並外れた剣気を(もっ)て己の肉体の限界を超越する。乾坤一擲の氣を体内に巡らせ、再び空間跳躍に及んだのだ。

 

 今だ膝立ちの達郎の眼前に再び凜子が顕れる。刃に再び次元跳躍の泡を(まと)わせた長脇差の峰を肩に当て、狙うは達郎の素っ首唯一つ。

 

 夜気を裂く斬撃の気配を察知し、得物を失った達郎は、咄嗟に左腕を上げ側頭部を防御する。腕もろとも切断せんと、凜子の刃が達郎の小手に食い込んだその瞬間―――

 

ガキィーーン!!

 

 凜子の太刀はその刀勢を失い、小手に()ね返されたばかりか……何と鍔元近くからへし折られていた。

 

 斬撃を阻んだ小手の刀傷の隙間から滲み出る金色の輝き。それは一辺六センチ、厚さ一センチ程度のヒヒイロカネ由来の合金板(プレート)だった。

 

 凜子の“石切兼光”と同じ希少金属のそれは、屋敷の蔵から達郎が持ち出し、万が一の備えとして左小手に忍ばせていた物だ。

 

「な……」

 

 片膝をつく達郎の頭上から、呆気に取られる凛子の声が聞こえてきた。反撃の好機と見た達郎は背負い投げを狙うべく、勢いよく立ち上がり凜子の懐深くに入り込もうと動き出す。

 

ゴンッ!

 

 直後、鈍い音とともに達郎は左側頭部に強い衝撃を受け、体もろとも右に流されてしまう。

 

「ぇ……?」

 

 凜子が刀の柄を逆手に持ち変え、間髪入れずその柄頭(つかがしら)で達郎の頭を殴打したのだ……それはまさに、剣鬼の執念の成せる業だった。

 

 揺らぐ視界の中、達郎は遂に敗北を覚悟する。体が横倒しになる瞬間、達郎は凜子の遥か後方から、一条の細い光が奔るのを見た。

 

 それは、ゆきかぜの放った“雷閃槍(ライトニングランス)”が描いた輝線。その雷撃は凜子の右太腿部を貫通すると、高電圧の余波により凜子の全身をも硬直させた。

 

「ぁああああ!!」

 

 衝撃は(わず)かに遅れてやってきた。凜子の体が右太腿を支点に縦回転しながら、達郎の横を掠め飛んで行く。

 

 その勢いは凄まじく、宙を舞う凛子の体は、地面を数回跳ね返りながら研究施設の壁に激突すると、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 

「ゆきかぜ…お前……」

 

 達郎は己の体を起こすと、耳奥の無線機を介し非難の言葉を口にした。

 

「……大丈夫、右腕はちょっと動いてるみたいだから…死んではいないと思う」

 

 ゆきかぜのか細い返事が無線越しに聞こえてくる。

 

「なぁ…ちゃんと出力は絞ったんだよな?」

 

「と、当然でしょ!じゃなきゃ、命中した途端に爆散してるもの」

 

「はぁ…それってもう、条約か何かで対人使用を禁止するレベルな気が……」

 

 ゆきかぜの返事に呆れ返った達郎は、思い出したかのように更なる不満を口にする。

 

「そういえば、狙撃許可の合図を送ってから、全然発砲しなかったの何で?おかげで本当に死にそうだったんだけど?」

 

 達郎はゆきかぜにその合図を確かに伝えていた。頬の切傷の血を(てのひら)で拭う振りをしつつ、耳奥に仕込んである無線機を操作し、“ゆきかぜにも手伝ってもらうべきだった”…と。

 

「いや、だって凜子先輩、空間跳躍使ってバンバン消えるんだもの。あの状況での狙撃は流石に無理だったわよ」

 

「……まぁ、仕方ない…か」

 

 釈然としない達郎だったが、これ以上の追及は諦めた。何はともあれ、ゆきかぜの狙撃で九死に一生を得たのは事実なのだから。

 

「……ぐ…ごふっ」

 

 突如、吐血する達郎。痛覚無識(ロストペイン)の効果は既に切れていた。臓腑に何らかの内傷を負ったのは間違いない。まだ体が動くだけでも僥倖と思うべきだろう。

 

「え、達郎どうしたの?大丈夫?」

 

(この後も戦闘が控えているのに。こんな状態では後衛もままならない…)

 

 達郎は口周りの血を(そで)で拭い、乱れた呼吸を整える。

 

「ふぅ……問題ない。ゆきかぜ、予定通り此方(こちら)に合流してくれ。それと救護班…あぁ、刀も折れたんで一緒に頼む」

 

了解(ラジャー)

 

 交信を終えた達郎は凜子の下へと向かうべく、体に負担を掛けぬようゆっくりと立ち上がった。

 気を失っていた凜子が最初に目にしたのは、横で膝を下ろし自分の上半身を抱きかかえる達郎の姿だった。

 

 右太腿の銃創には応急処置に使ったであろう、紫色の達郎のスカーフが巻かれていた。

 

(手足の痺れが抜けない…これは雷遁か。ゆきかぜの仕業と見て間違いないのだろうな……)

 

 夜空を見上げ、先刻の背後からの不意打ちを思い返していると、凜子が目を覚まし安堵したのか、俯き(むせ)び泣く達郎の声が聞こえてきた。

 

「……何を泣く達郎。お前達は立派に戦い、この私を倒したではないか」

 

 凛子の言葉に達郎は首を大きく横に振る。

 

「うぁ…ご、ごめん…ごめん凜子姉…ごめんなさい……」

 

 助けに来るのが遅くなって…散々、口汚く(ののし)って…嗚咽(おえつ)が邪魔をして、達郎はその一言がどうしても言い出せない。

 

(あぁ、そうか…何となく分かってしまったな。やはり私の愛する弟は唯一人。達郎、お前をおいて他にない……)

 

 凜子は達郎の方を向き、痺れの残る左の掌でその頬をそっと包むと、額から目に流れ込む血と涙を指で優しく拭い取った。凜子の目にもまた、うっすらと涙が浮かんでいる。

 

 既に他の対魔忍部隊は研究施設地下への侵入を果たしたのか、達郎と凜子以外に辺りに人影はない。

 

 冷たく白い月明かりと束の間の静寂が二人を包む。その様子は仲睦まじい姉弟のようでもあり…また、再会の喜びに涙する恋人同士のようでもあった……

 




 余談とも取れる物語に最後までお付き合いいただいた方々へ、この場を借りて厚くお礼申し上げます。

 予想通り戦闘シーンの執筆には至極骨が折れました。私なりに達郎の格好良さや緊張感をテンポ良く伝えようと頑張ってみましたが……如何でしたでしょうか?

 読み返すと達郎も凜子も、疲弊しては限界超えてを繰り返してばかりだったように思います σ(^_^;)
 
 話題を変えまして、今作の執筆に際しては、私の大好きなNitro+さんの過去2作品「鬼哭街 The Cyber Slayer」と「Phantom PHANTOM OF INFERNO」の作中での言い回し等を参考にさせていただきました。

 久々に物置きから上記ゲームソフトを引っ張り出してプレイしましたが、やはり面白い。そして何より格好良い!ご存知ない方は、是非一度お手に取っていただきたい作品ですヽ(´ー`)
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