対魔忍ユキカゼ2 〜藍空風歌〜   作:茶玄

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Main story
第1話 姉弟の絆


2082年10月18日(日)15:00 対魔忍病院

 

 聖修学園第二次強襲作戦から一週間後、達郎は対魔忍病院三階の凜子の病室に向かいながら、先程の紫先生との会話を思い返していた。

 

(凜子姉の脳幹のマイクロチップの摘出は無事成功し、正常な思考・判断能力を取り戻したらしい。けれども、今や性行為に対する耐性は皆無に等しく、対魔忍としての前線復帰は絶望的だとも仰っていた)

 

(ゆきかぜの長距離狙撃による右太ももの負傷は、退院後しばらく松葉杖が必要だが、大事には至らずに済んだようだ)

 

(となると…残るは心の問題。これまでに犯した数多の淫行と味方を斬殺した事実が、凜子姉の精神面に悪影響を与えているであろうことは想像に難くない)

 

(アーベルによるマイクロチップ療法も凜子姉は拒否したそうだし…こればかりは根気よく回復を待つしかないのだろうか)

 

 考えがまとまらないまま凜子の病室に着いた達郎は、暫く逡巡した後、迷いを振り払い病室のドアをノックした。

 

「…はい」

 

 達郎が意を決し病室に踏み入ると、室内にはベージュの入院着を(まと)った凜子が、ベッドから上半身を起こし少々恨みがましい視線を達郎に向けていた。

 

「遅かったじゃないか達郎、よもや、私が入院しているにも関わらず、一向に見舞いに訪れないとはな…我が弟ながら失望したぞ」

 

 声色に強さはないものの、昔と変わらない凜子の口調。達郎は思わず零れそうになった目尻の涙を拭った。

 

「凜子姉の容態が安定するまでは、紫先生に会わないよう言われてね。そうじゃなければ、勿論ずっとそばにいたかったよ」

 

「そ、そうか。ま、まぁ、達郎のことを信じてはいたのだがな。その…私も少々待ちわびてしまってな」

 

 凜子のやわらいだ表情とたどたどしい返答に、許しを得られたと判断した達郎は、凜子へと近づきベッド脇の丸椅子に腰を下ろした。

 

「そ、そういえば、ゆきかぜにもまだ会えていないのだが、やはり同じ理由でなのか?」

 

「…それもあるけど、不知火さんの方は洗脳期間が長かったせいか、まだ意識が混濁しているようでね。ゆきかぜもそばを離れられないみたいなんだ」

 

 実際、ゆきかぜの母である不知火の容態は予断を許さない状況だった。あの黒井の側近という過酷な役割を長期間担わされていたのだ。回復するにしても相当の時間を要するだろう。

 

「私だけでなく、不知火殿の救出にも成功したのだったな。全く大した戦果ではないか。私の居ない間に随分と腕を上げたのだな達郎は」

 

「いや、俺だけの力では決してないよ。ゆきかぜや他の皆がいてくれたから…」

 

「ふふ、そんなことは分かっているさ。だが、先日の私との戦いで見せた剣技、遁術の冴えは見事だったぞ。一体どんな修練を積み、あれほどの域に達したのか。機会があれば聞いてみたいものだ」

 

 確かに先日の強襲作戦にて、達郎は凜子との死闘に及んだ。だが、最後の決め手は、予め計画していたゆきかぜの長距離狙撃。一対一の戦いであれば、達郎は間違いなく負けていただろう。

 

 だがしかし、今の達郎にとっての気掛かりは別にあった。

 

「そんな話で良ければ幾らでも。ところで…凛子姉は聖修学園にいた頃の記憶って、その…今も残ってるのかな…」

 

 達郎も頭では理解していた。マイクロチップに記憶操作や人格改変の類の直接機能はなく、効果はあくまで思考・判断能力の阻害と間接誘導。最終的に結論を下すのは本人であることを。

 

 だが、達郎は凜子の依然と変わらない様子に聞かずにはいられなかった。あれほどまでに醜悪な淫行や凶行を、本当に凜子自らが望み受け入れたのか。

 

 性的調教以前の強い凜子を間近で見ていた達郎だからこそ、どうしてもその事実を素直に受け入れることができなかった。

 

「…あぁ、そうだ。私が何を選び捨て、何を望み誤ったのか覚えている…全て覚えているよ。達郎はそれを聞きたいのだろう?」

 

 凜子の表情は瞬く間に曇り、瞳から光が失われていく。今や病室内は一変し重苦しい空気に包まれていた。

 

「辛かったの最初だけだった。私の心は徐々に歪んでいったのだろうな。いつしか男達に全身で媚び、全力で尽くし、辱められるたび悦びに震える淫売に成り下がっていた。だって、仕方がないだろう?あの時は、それが正しいと信じられた…幸せだと感じていたんだ」

 

「凜子姉、もう…」

 

「達郎も私が輪姦される動画を見たのだろう?ならば知っているはずだ。私がどのように喘ぎ、乱れ、絶頂していたかを。そんな淫売が、今更昔の生活に戻ろうなどど…あぁ、こんなにも辛くて惨めな思いをするなら、いっそ殺して欲しかった達郎。そうすれば地獄で罰を受けられた、罪を償えたんだから…」

 

 凜子が性的調教に屈した原因は、マイクロチップであることに間違いはない。だが、凜子に今更そんな話をしても、何の慰めにもならないのだと達郎は痛感した。

 

 達郎は返す言葉を必死に探す。何か話さなければ、今度こそ永遠に凜子を失うような気すらしていた。

 

「凜子姉は、まだ心の整理がついていないだけなんだと思う。マイクロチップ療法を受ければ、辛い記憶に耐える助けにもなる。紫先生からは断ったと聞いているけれど、もう一度考え直してみたらどうかな?」

 

「く…うぅ…うあぁ…」

 

 達郎の話を聞いていた凜子は、身体を前に屈めると、両腕で肩を掻き抱きながら嗚咽を漏らし始めた。

 

「お…お前は私の脳に、またチップを埋め込むつもりなのか。ずず…ひっく…あ、頭を弄られるのはもう嫌だ…怖いんだ。た、たとえ達郎の頼みでも、それだけは絶対に無理だ…許して…うぇ…許してくれ達郎」

 

 達郎は凜子の左肩で震えている手に、自らの右手をそっと重ねた。そして、もはや取り繕うような言葉には意味がないのだと悟り、心の思うがまま凜子に語りかけた。

 

「ごめん凜子姉、悪かったのは俺の方だ。チップの話はもう二度としないと誓う。うん… 凜子姉の言う通り動画は全て見ていたよ。そうだね…初めは己の劣情のままに。心が落ち着いてからも、凜子姉を救出する手がかりがないかと何回も見返したよ」

 

 凜子の肩の震えが達郎の手にも伝わる。

 

「だから… 凜子姉がどれほど背徳的な行為に溺れ、男達の慰み物にされていたのを、俺はちゃんと知っている。けれどね、姉さん。それでも俺は嬉しいんだ。こうしてまた、凜子姉の近くにいられることが」

 

 凜子はゆっくりと身体を起こし、達郎の手を静かに握り返した。

 

「だから、凜子姉が良ければ話をしよう。離れ離れの間、俺もどれほど辛くて惨めだったかを凜子姉に知って欲しい。凜子姉も辛い思いを俺に全部吐き出してくれていい。俺は絶対… 凜子姉を嫌いになったりしないから」

 

 凜子はようやく頭を上げ、達郎に顔を向けた。目の周りは涙で赤く腫れ上がり、嗚咽も未だ止まってはいない。

 

「ひっく…た、達郎。あ、あの…うぅ…匂いが、男達の精液のあのすえた匂いが、頭から全然離れないんだ。どんなに身体を洗ってもこびり付いて取れなくて…匂いが消えないんだ!う…うぁ、ぁああ!!」

 

 達郎は居ても立っても居られず席を立ち、自らの胸に凜子の頭を抱き寄せた。

 

「…っ!た、達郎!?」

 

「消えないのなら、俺の匂いを嗅げばいい。う、あ…その、凜子姉が嫌じゃなければ…なんだけど」

 

 凜子は突然の抱擁に驚くも、やがて身体の力を抜くと目を閉じ、自ら達郎の胸に顔を埋めた。そして、吐息の感触が達郎にも伝わるほど近くで、幾度となく鼻から息を大きく吸い、口からゆっくりと吐いた。

 

「すぅ…はぁ……達郎の匂いだ…身体の中が達郎で満たされていくかのようだ」

 

「ちょ、凜子姉、その表現はちょっと…」

 

 達郎が気恥ずかしさに身を引きそうになるも、凜子の両腕が達郎の腰に回りそれを許さない。

 

「駄目だ、もうちょっと」

 

 観念した達郎は、右手で凜子の頭を優しく撫でながら、ようやくその言葉を伝えるに相応しい場所に辿り着いたことに気が付いた。

 

「おかえりなさい、姉さん。ずっと会いたかった」

 

「うん、私もだぞ。ただいま、達郎」

 

 秋の夕暮れ。日が傾き病室内が少しづつ暗くなっていく中、そう言うと凜子は顔を上げ、達郎に微笑み返したのだった。




 入院後の凜子が受けた手術は、マイクロチップの摘出手術と右太ももの外科手術のみです。敵方の調教により高められた性感は、服薬治療により多少緩和しているものの、常態に戻るまでかなりの期間を要する見込みとしています。

 …って、公式サイト眺めてたら、桐生医師なら性的調教による身体変化も治療できるような記載が。ちょ、流石にそれはご都合主…マジっすか…

 次話にて達郎と凜子の関係が大きく進展する予定です。ゆきかぜは…ごめんなさい、おそらく第3話まで出番はありません。
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