対魔忍ユキカゼ2 〜藍空風歌〜   作:茶玄

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第2話 心の置き場所

2082年10月24日(土)14:00 対魔忍病院

 

 日差しにはまだ暖かさが残るものの、日陰に入ると肌寒さを感じる秋の午後。少し厚手のガウンを羽織った凜子は、達郎に車椅子を押され病院内の庭を散歩していた。

 

 今も不意に(よみがえ)る淫行と恥辱の記憶に怯え、動悸や息苦しさに襲われてはいたが、入院直後に比べてその頻度は減り、自身のみで対処し持ち直す回数も徐々に増えていた。

 

 頻繁に面会に訪れる達郎の存在が、過去を受け入れ前に進もうとする凜子に勇気を与えてくれていた。

 

(そろそろ、退院後の身の振り方を考えねばな)

 

 しばらく庭内の遊歩道を移動していると、病院の駐車場から赤子を抱え歩いてくる母親が凜子の視界に入った。母親は二人の横を抜け病棟へと向かっていく。

 

 凜子はその姿を目で追うのをやめると、少し間を置いてから達郎にぽつりと尋ねた。

 

「達郎、私の子供…(あや)がその後どうしているか知らないか?」

 

 (あや)とは、凜子が黒井との間にもうけた半人半魔の子の名前だ。凜子の猥褻(わいせつ)動画のホームページには、出産の様子も投稿されていたため、達郎も当然知っていた。

 

 第二次強襲作戦の折、達郎は静流に逃走を見逃すのを条件にその居場所を聞き出し、地下施設の調整ポッドにいた(あや)を保護していた。

 

 外見は人間の子と何ら変わりなく、生後6ヶ月を過ぎたその姿は、紫の瞳に青紫の髪は凜子、薄褐色の肌は黒井を連想させた。

 

 達郎は車椅子を押すのを止め、重苦しい雰囲気にならないよう努めながら返事を返した。

 

「凜子姉の子は無事に保護されて、今は対魔忍研究室で預かっているんだ。紫先生や桐生医師をはじめ、職員の人達にとても大切にされていてね。凜子姉が望むなら退院後に会えるよう連絡しておこうか?」

 

「そうだったのか…けれども会う…のはまだ少し難しいな。実はあの子とは、出産してから一度も会っていないんだ…」

 

 凜子は尚も過去を思い返すかのように言葉を紡ぐ。

 

「産んですぐ何処かに連れて行かれたようだが…あの頃の私は母より女であることを優先し、子供より男に触れられることを望んでいたからな」

 

「だからな、達郎。そんな母親失格も同然の私が、今更あの子に会いになんて…」

 

 黒井の子でもある(あや)に対しては、達郎も言葉では言い表せない思いを抱えていた。しかし、生まれて間もない命だ。親から受け継いだ業はあっても罪はないのだ。実際に(あや)の愛らしい姿を目にしてからは、更にその思いが強くなっていた。

 

 「今の (あや)ちゃんはとても可愛らしい子だよ。凜子姉に少し似ているかも。でもまぁ、(あや)ちゃんのことは後々考えるとして、先ずは凜子姉自身が元気にならないとね。当分の間は、俺が(あや)ちゃんの様子を見に行くよ」

 

「世話をかけるな達郎。それにしても…ふふ、 (あや)“ちゃん“とはな。そんな風にあの娘を呼んだのは達郎が初めてだ。でも…うん、何か温かいな。いつか、私もあの子とちゃんと向き合えたらと…不思議とそう思えてくる」

 

(達郎は私だけでなく、あの子のことまで考えてくれているのだな)

 

 改めて達郎の優しさに触れた凜子は、背中の達郎に顔を向けると、達郎を思い耐え忍んでいた頃のことを口にした。

 

「本音を言うと達郎の子なら良かったのにって、ずっと思ってたんだ。初めて結ばれたあの夜に、達郎の子種を宿したのではとも期待した。まだ黒井の責苦(せめく)(あらが)っていた頃の私には…それが唯一の心の支えだったんだ」

 

 凜子の告白に、一向に返事を返さない達郎。不安に感じた凜子は、俯いて達郎の視線を逃れた。一方、当の達郎は凜子の話を聞き愕然としていた。

 

 凜子は知らなかった。あの夜の情事が黒井の見せた淫夢であったこと。そして、実際に凜子と肌を重ねたのは黒井であったのだということを…

 

(神も仏もないとはこのことか…)

 

 意を決した達郎は、車椅子のグリップから手を離すと、凜子の正面に移動し片膝をついた。達郎の行動に戸惑った表情をする凜子。達郎は目を閉じ深呼吸すると、左右の肘掛けに置かれた凜子の手に自らの手を重ねた。

 

「凜子姉、どうか冷静に聞いて欲しい。あの夜、俺にも凜子姉を抱いた記憶がある。けれどもあれは…黒井の奸計だったんだ。実際にあの時、凜子姉と一緒にいたのは…」

 

「そんな馬鹿な…じゃあ、あの時の相手は…」

 

 凜子の問いに、達郎は(うなず)かざるを得なかった。

 

「俺も…後で凜子姉の動画を見てそのことを知ったんだ」

 

 達郎の話を聞いた凜子は、絶望に打ちひしがれ、涙で濡れた顔を両手で覆うと天を仰いだ。

 

「は、はは…私は純潔までも奴に奪われていたのか。私の必死の抵抗ですら、奴は…意味のないものと嘲り楽しんでいたというのかっ!」

 

 なんとか凜子を落ち着かせなければ…達郎は立ち上がり、車椅子に座る凜子の肩にそっと手を添えようとした。その瞬間、左頬に痛烈な一撃を受けて達郎の体は横によろめき、たたらを踏んだ。

 

 凜子の右手が達郎の頬を激しく叩いたのだ。達郎が驚きつつ凜子の方を振り返ると、その表情はやり場のない怒りに満ちていた。

 

(達郎に私が綺麗な内に身体を捧げられた)

(達郎に女として愛されて凄く嬉しかった)

(でも違った。全て幻だった…)

 

(達郎は静流と逢瀬を重ねていたようだけど)

(惨めな私は達郎の横で毎夜犯され続けただけ)

 

(達郎は叫んでも起きてくれなかった)

(達郎は最後まで助けてくれなかった)

(達郎はメス豚の私には何もしてくれなかった!)

 

(う、あぁ…なんで!どうして!!)

 

 次々と湧き上がる感情を制御できず、激情に任せて達郎に手をあげた凜子は、その後すぐ後悔に(さいな)まれた。自己嫌悪と達郎に嫌われるかもしれない恐怖に怯え、その顔色は急激に青ざめていく。

 

「あ、あ…うぁ…わ、私は何て…」

 

「ち、違う…これは、こんな…違うんだ」

 

「ご、ごめんなさぃ…ゆ、許して…許して…」

 

 達郎は車椅子の前に戻り、凜子の両方の二の腕を強く掴んだ。

 

「俺は大丈夫、大丈夫だから安心してっ」

 

「あ…あ、ああぁ…っ!」

 

 達郎の赤く腫れた左頬を見て更に動揺する凜子。達郎は頬を見られないよう凜子を強く抱きしめた。

 

「謝らなきゃいけないのは俺の方だ。凜子姉の勘違いを正さないと、これからの凜子姉との関係が全て嘘になってしまうような気がして。辛い思いをさせると分かっていたのに…」

 

「それに俺は…凜子姉に謝らなきゃいけないことが他にも沢山ある」

 

「静流さんの誘惑に負けてしまった」

「隣りで寝ていたのに気付けなかった」

「俺に力があればもっと早くに助けられた」

 

「俺が不甲斐ないばかりに…本当にごめん」

 

 達郎は、ようやく落ち着いてきた凜子から体を離すと、凜子の視線の高さまで腰を落とし、その左手に自分の右手を重ねた。

 

「でもね、凜子姉。黒井の見せた淫夢は確かに仮初めのものだったけど、あの夜の自分の気持ちに嘘はなかったと今でも信じてるんだ」

 

「うぅ…ひっく…ぐす」

 

「全然頼りにならない,凜子姉には到底釣り合わない俺だけど、それでも…」

 

 徐々に涙が止まりつつある凜子。他方、今度は達郎の目に涙が滲みはじめる。

 

「それでも俺は、凜子姉を愛している。これからも、ずっと一緒にいて欲しいって思ってる」

 

「……ぁ」

 

 それは、姉弟であるなら意味を解することすら(はば)られる忌詞(いみことば)。だが、お互い口にせずとも感じていた想い。

 

 相手に伝えてしまえば、それは決定的なものとなるから。これまで築いてきた姉弟の関係には戻れないからと、互いに気持ちを抑え込んでいたのに……その一線を達郎は遂に踏み越えた。

 

 達郎の過ちを正さねば…凜子は自分の気持ちとは裏腹な返事を返す。

 

「…ぬか喜びをさせるな達郎。お前にはゆきかぜがいるだろう?そう…私は二番目で良い。達郎の一番はゆきかぜであるべきだ」

 

(こんなにも嬉しいのに…苦しいだなんて、な…)

 

「ゆきかぜのことは大切だし愛している。でも、愛しているけど駄目なんだ、もう戻れない。俺は凜子姉を一番にしたい。凜子姉を…俺が幸せにしたいんだ」

 

「だから、ゆきかぜのことは俺に任せて…俺から話をするから。凜子姉は何も心配しなくていいんだ」

 

「駄目だ、駄目だぞ達郎。私を幸せにしようだなんて考えがそもそも間違っている」

 

「俺はもう自分に嘘はつけない。たとえ間違いだとしても、このまま嘘をつき続けて、また凜子姉を失うよりは余程ましだ」

 

(間違いと分かってても、達郎はこんな淫売を…私を求めてくれるというのか)

 

「お前は大馬鹿者だ達郎。ゆきかぜみたいな良い()(そで)にして、私に(なび)くなど…」

 

「あぁ、その通りだよ凜子姉。ゆきかぜは何も悪くない…悪いのは全て俺だ」

 

(すまない、ゆきかぜ。もう無理だ…もうこれ以上は耐えられない…)

 

 心の内の歓喜を抑えられなくなった凜子は、頬を流れる涙もそのままに、遂に本当の気持ちを口にした。

 

「まったく、一度言い出したら聞かないのは相変わらずだな。参った…降参だ。だから、もう一度私を愛していると…そして、二度と私を離さないと約束してくれるか達郎?」

 

「愛しているよ、姉さん。俺はもう…姉さんを一生離さない」

 

 二人はゆっくり顔を近づけると長く優しい口付けを交わした。その後も二人は静かに抱き合うも、凜子は身体中を駆け巡る幸福感に、もはや姉としての体裁を保つのも難しかったようで…

 

「私も達郎を愛しているからな?分かっているな?そもそも私の方が先に好きになったんだから、これからも私の方が、達郎のことをもっと好きになるに決まってる。私は姉なのだから…そう、仕方がないんだこれは…当然なんだっ」

 

 凜子の物言いがあまりにも可笑しくて愛しくて。達郎は我慢できずにもう一度、先程より少しばかり強引な口づけをしたのだった。




 後半の告白シーンがどうにも納得できず、投稿後に何回も書き直したのですが…もう無理、私には少々荷が重かったようです。

 ちなみに、凜子は敵方に性的調教を受けた名残りにより、1回目のキスで軽く、2回目の追打ちで普通にイッてます。それでも身体の疼きはおさまらず、この後二人は病室に戻り、人目を盗んで云々…

 幸いにも、原作序盤の静流との行為を見る限り、達郎くんは性器・精力共に凡人離れしているので、凜子もおそらく満足することでしょう(淫魔の王たる黒井に1段劣る程度かなと)
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