奴隷斬姫 〜月華無辺〜 第1話
【2082年10月11日(日)22:12 聖修学園外縁部・森林前】
「よもや、これほどの威力とは…」
聖修学園前の森林入口に立った八津紫は、その遁術の想像を超える破壊力に戦慄せざるを得なかった。
ほんの数分前までは鬱蒼とした森だった一帯が、今は全ての木々が薙ぎ倒され、所々地面が剥げ上がった荒地と化している。
達郎の逸刀流秘奥義 “無元結界” の広域展開により、鷲津マテリアル社の研究施設へと続く道に陣を敷いていた妖魔部隊は、その大半が窒息死を免れず、僅かに残った妖魔も戦意を喪失し敗走。
更には術解除後の気圧傾度力の瞬間上昇により、烈風が発生した結果がこの有り様だ。
(これでは、風に飛ばされ墜落死した妖魔も少なくないだろう…)
雑木林の木々が失われ見通しが良くなった今では、紫のいる場所からでも敵の本拠地である研究施設の様子が見て取れた。
「計画通りとはいえ…やり過ぎですよね、これ」
苦笑混じりに声を掛けてきたのはゆきかぜだ。その何とも言えない表情は、恋人の遁術の冴えに呆れながらも賞賛を隠しきれないといったところだろうか。
「あれだけの妖魔を相手にこちらの損害は一切無しだ。秋山に対して文句などあろうはずもない。だが…この威力は少々持て余してしまうな。これでは、戦略兵器と大して変わらん」
「ですよね〜♪じゃあ、そろそろ私も行きますね。紫先生もご武運を」
「予定の時間には、まだ早いのではないか?」
「ほら、達郎って本当は偵察や諜報が専門じゃないですか。時間にルーズだと後で凄く怒るんですよ」
「ゆきかぜ、あまり秋山の手を
「あ、あはは…も、もちろん分かってますよ?だから早めに移動するんですし…」
ゆきかぜはそう言い残すと、小振りのアタッシュケースを携え聖修学院の普通科棟へとそそくさと向かっていった。
ゆきかぜを見送った紫は、改めて研究施設の方へと向き直る。
(稽古をつけ始めた頃は、見るからに頼りない男子だったのだがな。やれやれ、どうやら姉と同様、傑物であったか…)
【2082年10月11日(日) 22:30 鷲津マテリアル社 研究施設前・広場】
作戦開始後三十分を経過し、達郎の率いる部隊は鷲津マテリアル社 研究施設前の広場に到着していた。
他の部隊が各方面より研究施設への突入を試み、戦闘を繰り広げている中、広場に到着した達郎達は待ち構えていた凜子により、その進行を停止せざるを得ない状況にあった。
凜子を見やる達郎は、濃紫の対魔忍装束の上に、黒を基調に金の縁取りが施されたクロームモリブデン鋼の胸当て、小手、脛当てを身につけ、腰裏には無銘の忍刀“夜霧”を帯刀している。
片や凜子の姿は対魔忍装束ではなかった。禍々しい銀色の装飾が施された露出度の高い黒のボンテージスーツ。その上に深紫の軽量チタンの防具を肩、腰、脛に身につけている。
凜子は抜き身の刀のような冷酷な眼差しで達郎達を見据え、鞘に納めたヒヒイロカネ由来の日本刀“石切兼光”を地面に突き立て、仁王立ちの構えでその行く手を塞いでいた。
これまでに、凜子に返り討ちにあった対魔忍は五名。内二名が達郎の目の前に、残り三名の亡骸は凛子の足下に転がっている。
周囲に凛子以外の敵の姿は見当たらない。おそらく妖魔共は、前回の第一次強襲作戦時と同様の布陣で臨んでいるに違いない。
正面突破は困難と判断した達郎は、ここは自分に任せて残りの人員に他部隊へ合流するよう指示を下した。
雲の隙間から零れる月光に照らされ、距離を置き対峙する達郎と凜子。
「…会うのは一年半振りか。存外に壮健のようだな」
「凛子姉は随分と変わったみたいだね。こうも無慈悲に昔の仲間達を手に掛けるだなんて…」
姉弟の久々の再会に笑顔はない。今はまだお互い完全に間合いの外だ。
「先刻の森での戦闘。もしやあの風遁は達郎の仕業か?」
「あぁ、その通りだよ。でもあれほどの広域展開には極度の集中と過大な気力が必要でね。流石に今夜はもう使えないかな」
手の内をあっさりと晒す達郎に、凜子は怪訝な表情を見せる。
「そうか、大したものだ…だが、残念ながら私を救いにきたのであれば無駄骨であったな。既に私は身も心も…
達郎は沸々と胸に湧く焦燥を、懸命に押さえ込みながら返事を返す。
「勿論、嫌というほど知っているよ。凜子姉の
「それは違うぞ、達郎。今も達郎への愛情は何一つ変わってなどいない。ただ、愛情表現が少しばかり過激になっただけに過ぎん」
「……」
俯き無言を貫く達郎の様子を苦悶の裏返しと受け取った凛子は、達郎の心を踏みにじる確かな感触と愉悦に、その顔を卑しく歪めていく。
「それよりもだ。達郎は私が男達に媚態を示し凌辱される様を見て、ちゃんと欲情してくれたのだろうな?
尚も達郎は俯いたままだ。嗜虐心をそそられた凛子は、更に優しい口調で達郎に語りかける。
「本人である私の前で恥ずかしがる必要などあるまい。達郎の口からちゃんと感想を聞かせてはくれないか?」
凛子は意地悪げな笑みをたたえ、刀を左手に持ち両腕を広げると、達郎との間合いを少しづつ詰めていく。
その身体は嗜虐の快感に身震いし、
(達郎は必死に慟哭を
達郎はようやく凛子の方へ顔を向けると、神妙な面持ちで話し始めた。
「うん、まぁ…最初の頃はね。でも、ごめん凛子姉。今はもう…ゆきかぜを抱く時にしか見ていないんだ」
「………は?」
驚愕し立ち止まる凜子。達郎が何を言っているのか、全く理解できない凛子を他所に、達郎は悠揚たる態度で以て尚も語り続ける。
「実は…凜子姉の動画を流しながらすると、お互い凄い興奮するんだよ。俺とゆきかぜはちゃんと愛し合ってる、二人の幸せを再確認できるっていうのかな。快感も倍増しな感じで最高なんだ」
「な、ぁ…?」
(達郎は一体何を…ゆきかぜと二人で、私を
凛子は動揺を隠しきれず、右掌で頬を押さえた。気付けば達郎は、腐り果てた汚物を見るような眼差しを凛子に向け、侮蔑を込めた憫笑の吐息を漏らしている。
「無論、凛子姉のことを軽んじたり
「ぁあ…わ、私があんな目に会っていたというのに、達郎は…何も感じなかったというのか?」
「またまた、そんな…嘘は良くないよ凛子姉。身も心も黒井に捧げて喜んでたくせに、今更何言ってんのさ。どうせ今も子宮にあいつの子種でも溜め込んでるんでしょ?」
「う、くぅっ……」
「大体さぁ、この距離でも精液のすえた臭いが漂って来るってどうなの?できればこれ以上は近寄って来ないで欲しいんだけど…」
「達郎、お前は…」
「それでも、一応は俺の元姉さんだからね。そうだね…作戦が終わるまで何処かで、妖魔とでも
「ぁああ、ああああ…止めろ、止めろ達郎!!」
(違う…これは私の知る達郎ではない。昔の達郎ならもっと私のことを心配してくれたはずだ!)
「あ、でも今後も動画はお願いしたいかな。ゆきかぜとの営みが捗るんでね」
凛子は俯いて返事一つ返さない。居合す者を畏怖させずにはおかない気配を凛子から感じ取った達郎は、これまでの軽口を捨て去ると、凛子の攻撃に備えて姿勢低く身構えた。
「私には…もう弟はいないのだな」
「俺のことは諦めろ。姉弟プレイしか頭に無い姉に興味はない」
「潜入任務の時に助けてくれなかったではないか」
「責任転嫁も
「私を…愛していたのではなかったのか」
「俺の愛した姉さんの
「………」
チャキ…
凛子は物言わず刀を左腰に引きつけると鍔に親指をかけ、柄に右手を添えた。未だ顔は俯いたままその表情は読み取れない。
達郎もまた、腰裏の忍刀の鯉口を下げると右手で柄を握り、凛子の抜きに備える。
剣戟の始まりは…達郎の不敵極まる一言だった。
「…消えろ、この家畜にも劣る淫売が」
ガキィーーン!
凛子は瞬時に達郎の間合いに踏み込むと、殺意に満ちた鞘鳴りとともに刀を抜き払う。
間髪入れず達郎もはばきの上辺を目掛け、逆手に持つ忍刀を振るい、その一刀を受け止める。
「お前が私の望む達郎でないのなら…斬って棄てるも、
「ふっ!」
達郎は刀を受け止め痺れた右手をそのままに、斬撃の衝撃を肩で殺さずに、逆に体を捻り己の腿力を加え左足で前蹴りを放つ。
「ぐはっ!」
みぞおちに蹴りの直撃を受け、即座に後ろに飛び退き距離を空ける凛子。
「本音が出たね、凛子姉。都合の良い弟役が欲しいなら、他を当たってくれないかな?」
「……」
(もう軽口には答えてくれないか…とりあえず本気にはなってくれたようだが。さて、後は凛子姉との剣戟に俺がどれだけ耐えられるかどうかだが…)
過去、一度として凛子に達郎の剣が通用したためしはない。しかし、対魔忍に復帰して以降、凛子の無事を祈り、救出の機会を待ち続け、紫先生の
ならば、今この瞬間この場所こそが、己が全てを賭すに相応しい絶死の
「さぁ、往こう凛子姉。これより先は呼吸一つが生死を分かつ。奴隷斬姫の殺戮剣技、その
続
久々にユキカゼ2の凜子エンドを見てたら、無性に腹が立ってしまい…凜子にお仕置きするべく書き始めました。
本編ではあらすじのみで割愛した凜子救出戦のお話となります。戦闘シーンなんて書いたことがないので、私にとっては非常に敷居が高いです。武術書等を参考にしながらの執筆になるので、次話の投稿はかなり遅くなるかと思います。
格好良い達郎を書く…その一点に集中して頑張ります。