激情に身を任せ刀を抜いた凜子だったが、今やその憤怒は胸の奥底に沈んでいた。
達郎は凜子の居合いを易々と受け止め、反撃までしてのけたのだ。凜子の知る昔の達郎では、到底成し得ない体捌きだった。
(死線に於いて激情に捉われては、活路を見失うのは私の方やもしれんな…)
凜子は慎重を期して無理に間合いを詰めず、その場で青眼の構えを取った。
如何に達郎の剣技が上達しているとはいえ、達郎の得物は太刀より刀身の短い忍刀。
正面から打ち合えば、達郎の劣勢は火を見るより明らかだった。凜子の間合い深くに入り込み刃を交えねば、早々に勝敗は決してしまうだろう。
ゆえに達郎は、機先を制するべく打って出る。刀の構えを解くと身体を前方に低く屈め、短距離走者のスタートさながらの姿勢を取った。
(何と愚直な…まさか、走って近付いて来るとでもいうのか)
凜子との間はおよそ10m強。走力頼みで間合いを詰めるには、
ドンッ!!
「…なっ!?」
刹那、凜子の視る景色が一変する。突如眼前に地を這うように宙を舞う達郎が現れたのだ。
耳をつんざく爆音。達郎の後方で巻き上がる砂埃と飛散する歩道のアスファルトの破片。二人の間合いは、既に致命的なほどに深々と交錯していた。
ガキィーン!
凜子は下段から迫る刃を辛うじて受け止めた。達郎の身体を刀身ごと押し返し、間合いを取ろうと試みる。
宙を舞う突進頼みの刃圧はすぐに衰えるのが道理。
(馬鹿な…圧し込めないだとっ?)
達郎と凜子の間合いに変化はない。踏ん張りのきかない状況にも関わらず、達郎の刃圧は一向に衰えない。
一進一退の鍔迫り合いが続く中、凜子は頬を撫でる強風に気が付いた。
(風…達郎は風遁の助力を得ているのかっ!)
凜子の予想は
凜子は力押しを諦め達郎の刃を虚空に受け流すと、淀みのない動作から横薙ぎを放った。
(…何とっ!?)
斬らば致命となる一閃。だが達郎は受けるでもなく、後ろに退くでもなく、空中で身体を捻り横向きに旋転し、凜子の攻撃を躱しきる。
反撃とばかりに、姿勢の天地を逆転させた達郎の振り下ろしが凜子に襲いかかる。
キィーン!
凜子は上段から刀を振り下ろし辛うじて刃を弾き返すも、達郎の連撃に肝を冷やす暇もない。達郎は風圧による変幻自在の姿勢制御を頼りに、間断なく凜子に攻めかかる。
今や凜子の脚は動かない。
達郎もまた、浅く掠め過ぎる凜子の刃に幾多の傷を負いながらも、躱し、惑わし、受け流し、旋風の如き体捌きで応じ続ける。
数十、数百手にも渡り二人の剣戟が連環する。
均衡が崩れ出したのは果たして何手目からだったか。凜子の呼吸は次第に乱れ、守勢に入り徐々に後退せざるを得なくなっていった。
凜子の持久力不足は明らかだ。日々、男達の慰み者にされていた凜子に、鍛錬に割ける時間などあるはずもなかった。
加えて達郎に分のある間合いでの立回り。あらゆる角度から繰り出される斬撃に応じなくてはならない悪条件。凜子の息が上がるのも無理からぬことだった。
達郎は凜子の刃速の衰えにすぐさま反応する。剣戟の間隙を縫い、地に足を着け身体を捻り旋回させると、腿力に風圧を上乗せした渾身の後ろ回し蹴りを放つ。
「くっ!」
躱しきれないと判断した凜子は、上半身を横に反らし肩当てで攻撃を防ぐことを選択した。
ガンッ!!
達郎の蹴りの衝撃に、肩当てごと斜め後方に吹き飛ばされた凜子は、広場を転がるもその勢いのまま地面を蹴り、更に達郎との距離を稼いだ上で立ち上がった。
ゴトッ…
一瞬の無音の後、地面に落ちる肩当ての音が広場に響き渡る。
「無様だね凜子姉。免許皆伝の名が泣くよ?」
達郎は凜子に剣先を向け挑発の言葉を投げかけた。呼吸を荒げ消耗の色の濃い凜子には、返事を返す余裕も無いようだ。
「…逸刀流忍術 “無限抱擁”」
凜子の空遁により次元跳躍の泡が無数に
「死合の最中に、壁の後ろに隠れるだなんて…」
嘆息して哀れむような達郎の声が、壁の向こうから聞こえてくる。
「はぁ…はぁ…ふふ、この私が剣戟に於いて達郎に一歩後れを取るとはな」
必死に調息を続ける凜子は、達郎の挑発に自嘲気味に呟いた。
「…逸刀流忍術 “烈風縛陣”」
達郎が遁術を発動した。凛子の周囲を暴風が吹き荒れる。本来は敵を捕縛するための遁術だが、達郎の狙いは別にあった。
所詮は只の泡なのだ。凛子を中心に渦巻く暴風に泡の壁は崩れ、やがてその泡は渦を巻きながら凛子の方へと向かっていく。
「くっ、賢しい真似をっ!」
危険を察した凜子は即座に遁術を解除した。霧散する無数の泡の向こうに、此方にゆっくり歩み寄る達郎の姿が見えた。
「調息する
このまま持久戦となれば凜子に勝機はない。凜子は残された体力の全てを以て一気呵成に攻めかかる決意を固めた。
「見事だ達郎。これより振るう剣技こそ、紛うことなき逸刀流の真髄。既に入神の域にある
月光を吸い冴え冴えと冷える“石切兼光”の刀身。その寒々しいまでに鋭い煌めきを見た達郎は、魂を喰らい尽さんとする妖刀の類いを連想せずにはいられなかった。
続
自分自身のあまりの遅筆に書く気力を失いそうなので…文字数少なくても、こまめに投稿することにしました。