対魔忍ユキカゼ2 〜藍空風歌〜   作:茶玄

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奴隷斬姫 〜月華無辺〜 第4話

【2082年10月11日(日)22:57 鷲津マテリアル社 研究施設前・広場】

 

 達郎と凜子が刀を交えて既に二十分余り。二人の死闘は遂に終盤へと差しかかっていた。

 

 目に見えて消耗の激しいのは凜子の方だ。だが、実のところ達郎もまた極度の疲労に襲われていた。

 

 表面上は(おくび)にも出さなかったが、技量に勝る凜子の斬撃を凌ぐ度に精神は擦り減り、空中機動の風圧に耐え続けた四肢の関節は軋み、骨は悲鳴を上げていた。

 

 凛子を煽ってペース配分を乱し、持ち前の持久力に任せて有利を得る作戦だったが…必ずしも成功したとは言い難い状況だった。

 

(それでも…何とかここまで来れた)

 

 凛子は切先を地面に下ろし、幽鬼のようにゆらりゆらりと達郎へと歩み寄る。達郎は攻防一体の構えを取り、凜子の攻撃に備えた。

 

「ふぅ…ゆきかぜにも手伝ってもらうべきだったかな」

 

 達郎が左頬の切傷の血を(てのひら)で拭いながら呟いた瞬間、何の前触れもなく凜子の姿が揺らぎ虚空へと消えた。

 

「…っ!?」

 

 直後、達郎は左斜め後方の風音の変化を感じ取る。既に躱す余裕はなく、視認する暇もない。咄嗟の反射運動で身体を捻り、気配の感じた方へと刀を振り払う。

 

ガキィーン!!

 

 それは紛うことなき凜子の一刀であった。先程まで達郎の前方にいたにも関わらず、忽然と凛子がそこに(あらわ)れたのだ。

 

 空間跳躍の法による瞬間移動。凜子のみが成し得る超高等遁術だった。

 

 その空遁は、術者が集中力を欠き(わず)かでも油断が生じれば、次元の狭間を永遠に彷徨(さまよ)いかねない危険性を孕んでいた。

 

 (ゆえ)に、これまでは作戦地点への移動や、戦地からの離脱時にのみ使用を限定していたはずが…その空遁を今、凜子は達郎を追い詰めるべく、惜し気もなく使用する決断を下したのだ。

 

「ほう…風を読んだのか。だが、死角から次々に襲いくる斬撃に、果たしていつまで耐えられるかな?」

 

「…初めに言ったはずだよ凛子姉。その(ことごと)くに応じてみせるってね」

 

 達郎は額に伝う冷や汗を凛子に気付かれぬよう、気丈な返事を返した。

 

「ははっ!」

 

 凛子は喜悦に満ちた笑い声を上げると、またしてもその姿を虚空に消した。

 

 詰まるところ、空間跳躍とて達人の域に至れば大道芸と大差はない。

 

 凜子が姿を顕すまでの一秒にも満たない僅かな時間に、此方(こちら)の立ち位置を半歩ずらすだけでいい。

 

 跳躍前の位置しか知らぬ凜子の見当は外れ、刀勢を削ぐことになるだろう。

 

 それでも尚、死角からの攻撃は厄介極まりなかった。視界のみに頼ることほぼ不可能だ。

 

 達郎は呼吸を整えると得意とする全周知覚・索敵遁術を発動した。

 

「…逸刀流忍術 “連達(つれだち)”」

 

 凜子の出現する瞬間、それはほんの僅かな差となって風に乗り顕われる。耳の声境(しょうきょう)に、鼻の香境(こうきょう)に、そして皮膚の触境(そっきょう)に。

 

 それはまるで、極北の流氷の上で舞い踊る一触即発の死のステップのようだった。

 

キン、キィン、キィーン!

 

 全方位より顕れては消える凛子の斬撃に、達郎は防戦一方に立たされる。

 

 あたかも、凜子の刃の巻き起こす旋風に煽られるかのようにその立ち位置を変え、身を捻り体を流し、返す刀で刃を()ね退け続けた。

 

(凌ぎきれ…何としてもっ!)

 

 達郎の四肢の疲労は限界を超え、脳の思考能力も臨界に近い。これまでの会心の疾さにも翳りが見え始めていた。

 

キン、キィーン!……

 

(……終わっ…た?)

 

 極度の集中状態にあった達郎は、凜子の斬撃が止んだことにすぐには気付かなかった。

 

 刀を下ろし周囲を見回すと、長脇差を杖代わりに上半身を屈め、肩で大きく息をする凜子の姿を見つけた。

 

 凜子は息も絶え絶えで、達郎を見やる余裕もないようだ。その立ち位置は今や逆転し、聖修学園側に立つ凜子に対し、研究施設を背中に相対するのが達郎だ。

 

(空間跳躍の連撃を以てしても届かぬか…)

 

 事ここに至って凛子に悲嘆はない。(むし)ろ己が全力を阻む相手を前に、心は歓喜に打ち震えていた。ましてや、その相手が他ならぬ達郎であれば尚更だった。

 

(かつては一緒に剣の高みに至れればなどと……ふ、叶わぬ夢と思っていたのだがな)

 

 せめて真剣でなければ…今の凛子にそんな後悔は微塵もない。命を賭したがゆえの互いの剣技の冴えだった。

 

 ならば、この命尽きるまで、この身を唯一刀の修羅と化すことこそ武芸者の誉れではないか…と。

 

 また、今の凛子には淫行や凌辱にまみれた奴隷淑女としての面影も感じられない。

 

 その有り様は、剣士としての矜持に酔いしれる、かつての姉の姿を達郎に思い起こさせるほどだった。

 

「達郎、次が最後の剣戟となるだろう。勝敗の如何を問わず、私はお前を誇りに思おう。逸刀流の剣士として…そして勿論、我が弟としてもだ。よくぞここまで己を鍛え上げた!」

 

「凛子姉…」

 

 凜子の凛々しく気高い声色に気勢が削がれたのか、達郎の返事にはやや力が無い。

 

「なればこそ、私も逸刀流の最奥を以てお前に応えよう!」

 

 凛子は刀を水平に掲げると、左掌を刀身に沿わせて切先へとゆっくり滑らせていく。掌の後を追うように顕れた虹色の光彩を放つ泡々が、次々と刃に(まと)わり付いていく―――

 

「…逸刀流秘奥義 “胡蝶獄門”」

 

 日本刀"石切兼光"の刃に纏う次元跳躍の泡沫(ほうまつ)が、刃圏に捉えた万物を分け隔てなく切断する入神の御技。凜子の剣を最強足らしめる絶刀絶技。

 

 凛子が泡を纏い終えた刀を真横に軽く振るうと、白刃の輝線と虹色の泡が水飛沫のように虚空を流れ散った。

 

「構えよ達郎。そして我が一刀の華と散るがいい!」

 




 何ていうか…書けば書くほど、達郎よりも凜子の方が格好良くなっちゃう謎回でした。

 次で最終話の予定です。ここまで来るともう、遁術なのか忍術なのかとか、何でも逸刀流の技で良いのかとか…どうでもよく思えてきました。
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