ウマが憑依(ぴょい)する三秒前   作:散髪どっこいしょ野郎

4 / 13
エピローグなので短めです。

⚠死ネタ注意⚠



















エピローグ(死ネタ注意)
ウマが憑依(ぴょい)した三年後


ハルウララが中山の芝を制することはなかった。

 

彼女のトレーナーは優しい人だった。これが少しでも彼女の助けになればと、”例の男”であっても拒もうとはしなかった。彼とハルウララのレース、そして彼との対談にてふと湧いてきた「ひらめき」をその後のトレーニングに活かしてさえみせた。

 

しかし、付け焼き刃の一つや二つで不利な状況を覆せる程レースの世界は甘くない。それが大舞台のGⅠレースともなれば尚更だ。

 

結果は惨敗。最後尾に追い縋りこそしたもののその背中を追い抜くことは無かった。

 

だとしても、ハルウララにとってこの敗北はあくまで通過点。これからも自らのトレーナーと共に少しずつでも邁進していくことだろう。

 

アグネスタキオンの”プラン”には、元々彼の存在は含められていなかった。そして必要もなかった。

 

彼から得られた知見(データ)はある程度役には立てど飛躍的に研究を深める程ではなかった。並走もあの一度きりに終わり、その後彼とアグネスタキオンが関わることも無かったからだ。

 

しかしたとえ彼がいなくともアグネスタキオンの研究は順調に進んでいく。彼女には最高のモルモット(トレーナー)がついているのだから。

 

全てのウマ娘の幸福を願うシンボリルドルフ、自由なレースを愛するミスターシービー。

 

彼女たちは力に縛られ全てをかなぐり捨て走る事のみを至上の喜びとする彼とは根本的に食い違っていた。結局、例のレース後もそれなりの交流はあれど親密と言える程仲が深まりはしなかった。

 

そして当の彼はといえば”最後のレース”を走り切った後病院に搬送され、暫くの間入院生活を余儀なくされた。以前のように「奇跡的な」治癒を起こすことは無く、しかしその様子は()()()()()()()()()()()()穏やかなものだった。

 

退院後、彼は自らの担当ウマ娘であるナリタブライアンと共に海外へ出立。両足が不自由な身でありながらもトレーナーとして過ごし────彼女の引退と同時に辞職。現在はナリタブライアンに引き取られる形で日々を送っていた。

 

「どうだ」

 

「前より上達している……なかなか美味い」

 

「ビワハヤヒデのよりもか?」

 

「カレーについては姉貴のが一番だ。ここは譲れん」

 

彼は車椅子を器用に扱いながら料理、洗濯といった家事をこなしていた。俗に言う専業主夫というモノだ。お互いに何か察しているのか、再就職について話し合うことは無い。

 

「……いくらなんでも少食すぎないか?もっと食ったらどうだ」

 

「お前らと比べられてもな。俺にはこれぐらいがちょうどいいんだよ」

 

「…………そうじゃない」

 

ウマ娘は基本的に大食らいだ。身体能力は当然のこと、食事量も一般男性の平均を軽く超える。しかしそれを含めても彼の少食ぶりは異常だった。

 

幾度にも渡る”使用”の末に、彼の身体機能は限りなく薄れていた。人間における三大欲求の大部分が()()()()()()()()()()()()()闘争本能に変換され、それすら失った今、残ったのは僅かばかりの自我と生物として最低限の欲望(エゴ)

 

ただ生きる為に生きる。正しく人の残骸。廃人にまで落ちかけながらも唯一の思い出を頼りに留まった、しかしそれだけの元「走者」。

 

現在彼は、自身の人生に於ける自身を構成してきた記憶の殆どを失っていた。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

奴を引き取ると決めた際、姉貴は特に何も聞いてこなかった。姉貴なりに気を遣ったのだろうか。

 

奴はもうトレーナーじゃない。私を取り巻いていた影でもない、ただの人間。異様に穏やかな点を除けばあの頃と同じただの兄貴だ。

 

普段の兄貴はフクロウか何かかと思う程静止しきって動かない。呼吸をする際に上下する胸の動きでようやく「生きている」と判別できるくらいだ。

 

一通り世界()暴れ回った(味わい尽くした)今、私も特別やりたいことがあるわけでもない。食い扶持が一人増えた程度、どうとでもなる。それに奴は少食だ。アレなら犬の方がまだ食う。

 

家事は任せっきりだが……まあ、姉貴もたまに顔を出しに来ることだし心配は要らない……要らない筈だ。

 

何故ウマ娘並の速度で走る事ができたのか、何故あそこまで追い詰められながらも止めようとしなかったのか、何故再び私の前に現れたのか、何もかも分からずじまいだが聞く気は無い。アイツが話そうとしないならそういうことなんだろう。

 

「それで……その……どうなんだブライアン?……彼とは」

 

「?」

 

久々に二人で話したいと言われ、姉貴と近場の喫茶店に来たのはいいが……何を言っているのか分からない。

 

「どう、とは。そもそも何の話をしているんだ?」

 

「いや、だから、その……お前たちは同棲しているのだろう?だから……どういう関係なのか、と……」

 

そういえば姉貴は最近になってようやく自分の元トレーナーと出かけるようになったらしい。恐らく、今日呼び出されたのも「そういう話」なんだろう。

 

「……私と兄貴は何も特別な仲ってわけじゃない。お互い同じ飯食って同じ家で眠るだけの関係だ。おい、姉貴まさか、今日は参考にする為に────いやそれより、まだ進展してなかったのか?とっとと「プロポーズ」なりなんなりすればいいだろうが」

 

「ば、ば、バ……ッ!バカ言うな!私とトレーナー君は──────」

 

……今日は長くなりそうだ。まあ折角だ。久々にとことん付き合ってやるか……。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

彼の辞職に口を挟む者はいなかった。それどころか安心したように胸を撫で下ろす者さえいた。

 

よかった。これでやっと不気味な奴がいなくなってくれる。

 

そう思うのは人間、もしくはウマ娘ならば当然のことだ。あそこまで理解の及ばないトレーナーを受け入れられる方が異端とも言える。

 

しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼がターフを駆ける姿は多くの者に恐怖を与えた。だがしかし、ほんの僅か、ごく一部の────怪我などで療養中だったウマ娘には、傷つきながらも進み続ける彼の姿が恐ろしくも光って見えていた。

 

彼の走る姿は多くの者に忌避され、しかして一欠片の勇気を放った。ウマ娘(走者)になり損なった()()()()()でありながらも、彼は確かに輝いてみせたのだ。

 

当人がそれを知ることは無い。仮に知ったところで感情が揺れ動くことは無い。擦り切れた心は、もはや形すら無くしていた。

 

「後で夕飯の買い物しないとな」

 

「もうこんな時間だ。今日ぐらいは出前でもいいだろ」

 

その筈が、何もかもを失った筈の彼が、唐突に「散歩に行きたい」と言い出した。現在時刻は夕方。西の空が赤く染まる頃合いだ。

 

車椅子を押し、押されながら二人は河川敷を歩いている。すぐ横には整備され程よく開けた草地。

 

「ブライアン。『かけっこ』しないか」

 

「──────なんだと?」

 

彼は()()()()()()。歩くことの叶わない身で、当たり前のように立ち上がり、ナリタブライアンへ振り返った。

 

それは神の気まぐれか、或いは『彼女たち』が最後に見せた優しさ……だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

今更驚く気にもならない。コイツには飽きる程動揺させられてきた。かけっこしたいから立った。それだけだ。これ以上考える気にもなれない。

 

「言っておくが、手加減はしないぞ」

 

「ああ、分かってる────行くぞッ!」

 

ガキのように、二人でただひたすらに走る。頭を空にしながら何も考えず。

 

奴が遅くなったのか、私が速くなったのか。恐らくその両方だろう。

 

あんなに遠かった背中が、今はすぐに届く。

 

「────フッ」

 

「ハハっ、ハハハハ────!」

 

あの頃のまま何も変わっていない。

 

やっぱり私たちは、走る事が大好きなんだ。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

ひとしきり駆け回ってようやく落ち着いたかと思えば糸が切れたように彼はへたりこんだ。またしても歩けなくなっていた。

 

当然のようにナリタブライアンは彼を担ぎ再び車椅子に乗せ、歩き出した。そしてまたしても唐突に彼は語り出す。

 

「……なあ、覚えてるか、ブライアン。俺たちの……昔のこと」

 

「ああ」

 

「おれ……お前の兄ちゃんに……なれてたか?」

 

「ああ」

 

「そうか……悪かったな……覚えていられてなくて」

 

「忘れていたのはお互い様だ。思い出したならそれでいい。それに昔も今も、アンタは私の兄貴だ」

 

「────ふっ、は、ははは……そう、か」

 

男は微かに目を輝かせ、

 

「────────ありがとう、な」

 

笑ってみせた。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

「おい兄貴、ここで寝られても困るぞ。それにそんな体勢だと首も痛める」

 

「────────」

 

「起きてるだろ?ふざけるのもそこまでにしておけ」

 

「──────、……」

 

「……兄貴?」

 

「────、…………」

 

「兄貴、」

 

「──、………………」

 

「今まで散々待たせてくれやがったんだ。今度はアンタの番だぞ」

 

「……………………」

 

それだけ言って、携帯端末に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

こうして、一人の男は誰に理解されることなく何の名誉を掴むこともなく、ひと握りの答えを手にひっそりと生涯を終えた。

 

その人生に、後悔は無かった。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

葬儀の手続きや諸々など、ここ最近は面倒事の山積みだった。察してはいたがアイツは知り合いが少ない。泣いているのも奴の両親ぐらいだった。

 

「………………」

 

火葬も終わり、ひとまず息をつこうと外に出た。憎らしいぐらいよく晴れている。

 

「……大丈夫か?ブライアン」

 

「何がだ?」

 

「いや……なんでもない」

 

姉貴が声をかけてきた。以前、奴が倒れた時に私がパニックを起こしたのを心配してのことだろう。

 

あの時は……自分でも何故泣いていたのか分からない。置いてかれて悲しかったのか。決着をつけられなくて悔しかったのか。どれもピンと来ない。

 

「姉貴」

 

「なんだ?」

 

「久々に姉貴のカレーが食いたい。作ってくれ」

 

「……!分かった。任せろ」

 

私がそう言うといそいそと動き出す。姉貴も姉貴で変わらないな。

 

「もしもしトレーナー君?悪いんだが────」

 

……まったく姉貴は進展が遅いな。いい加減おふくろを安心させてやれ。

 

それでも私が「あにき」と呼ぶのはアイツだけだ。勝手に離れて勝手に現れて、勝手に私を置いていった、はた迷惑な兄貴。

 

 

そう簡単にくたばって(ついて行って)やる気はない。向こうから指をくわえて待っていろ。

 

 

虚空に向かって呟く。

 

渇きは無い。有るのはただ、風が吹き抜けていく感覚のみ。

 

 


















活動報告の方で三女神様わからせルート?を上げました。よかったらどうぞ。





















今回の話書きながら、小さい頃に出会ってたのがブライアンじゃなくてカレンチャンだったらそれはそれで面白そうだなーなんて唐突に思いまして、

(どこか面影を残しつつも幼い頃出会った”優しいお兄ちゃん”からは変貌してしまいあの頃より”カワイイ”に磨きをかけた筈の自分にはちっとも目を向けてくれずただ走る事だけに執着する彼をなんとか繋ぎ止めようとするカレンチャン概念)

それはそれで見てみたかったなぁってああ後感想欄にあったジョッキーソウルとしてウマ娘に取り憑く話も見てみたかったなって、なんとなく考えちゃったんだよ、セイちゃん。

セイちゃん?聞いてる?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。