ACシリーズループ説から得た妄想をまとめた短編です。

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最初はAC✕対○忍をやろうとしてました。


鴉の土葬、山猫の鳥葬

 いい買いもんができたな、と、やや上ずった口調で男が言った。

 どこか乾いた灰色の空が、重い黒に変わった頃。

 先日の気候操作で二日間も雨が降っていたために、ここから三ブロックほど先まではどこも重苦しい湿気に見舞われている。そんなレイヤード第三層の晩は、人々の腕をコートの袖に誘った。

 肌寒い夜。足早に家へと向かって行き交う雑踏の中に、外套の下を薄着で身を震わせている女の姿がちらほらと混じる。所謂たちんぼである彼女らは、一際高そうなコートを纏った通行人の男をみとめると、巧みな話術でホテルに引きずり込んでいく。

 男はそんな街の様子を、ホテルの上層階から血走った目で眺めていた。

 

「全くだぜ、まさか純正級のリンクスがこんな階層で手に入るたぁなぁ。パックスの研究者どもはなに考えてんだか」

 

 面妖な雰囲気の照明に、もう一人の男の手元にあるアンプルが怪しく反射する。

 暖房器具の調子が悪いのか、部屋は外気程ではないが冷え冷えしている。だというのに、男たちは一糸纏わぬ姿で、その上ひどく興奮しているようだった。

 

「俺たち地下のモグラとは違って、奴らはでかい土地を持ってる。俺たちみたいなこすいやり方じゃなくても、カネをちらつかせてりゃドブジャリなんぞごまんと手に入るんだろ」

「どこの企業もクソッタレだな。こいつはどこの世でもかわらねぇか」

「俺もお前も言えたことじゃないだろうが」

「そいつは、まぁ、ちげぇねぇけど」

 

 男たちは下卑た声を上げて笑い合う。腹の底から溢れでた可笑しさにひとしきり狂ったように笑い続け、やがて焦点の合わぬ瞳孔で見下ろしたベッドの上───。

 少女は、ほとんど死んでいた。

 いや、間違いなく生命活動は続けていたし、目に見える限り、その肢体にそれらしい損傷はない。

 ただ、あどけなさの残る目元から小さな足の指先まで、感情だけが一切合切喪われていた。

 藍色の虹彩には到底ぬぐいきることはできないと思えるほどの陰が差し、瑞々しく形のいい唇はだらしなく歪んでいる。小さく張りあがった胸がわずかに上下することで、辛うじて少女が息絶えていないと分かるのみという有り様だ。

 それが何らかの薬物によって引き起こされている症状であることは、多少なりともその手の知識があるものから見れば明白だった。

 しかし、何よりも異常なのは、真っ白な首筋に生じた、黒色の隆起だ。

 薄いゴム質の膜が張り合わされているのか、透明な雪のような肌に雑じり合うように、少しずつ無機物のパーツが皮膚の下から露出している。まるで生まれた時から少女と一体であったと主張するが如く。

 あまりにも自然過ぎる佇まいで、少女のなだらかなうなじに居座っていた。

 その盛り上がった先の頂点には、電子機器のものとしか思えない銀色の窪みが、どこかにあるだろう雄側の端子を今か今かと待ちわびていた。

 唐突に男の腕が動く。男の情緒不安定な様子から、彼らもまた何らかの薬物を服用しているのは間違いなかった。まるで意図のつかめない動きをする腕は、まっすぐに少女の頭へと振り下ろされる。

 鍛えられた男の腕は筋肉質であり、少女の首の三倍はあろうかと言うほどに太かった。そんな豪腕が音を立てて急降下すれば、柔らかな肉体は弾けとぶだろう───という想定に反して、指先は丁寧に頬に触れた。

 

「……なぁおい。そのクスリ、まともにブレンドしてあるんだろうな」

 

 微動だにしない少女を訝しむ視線は宙を切り、そしてベッドの向こう側にいるもう一人の男に刺さる。

 先ほどの陽気さが嘘だったかのように下がった声音で男は相方を脅すが、そんな男に対し、慣れたようにへらへらと笑ってもう一人の男が返した。

 

「心配ねぇって。ちょっとやそっとでフットんじまうほど()()()()はもろくねぇよ」

「お前、前にも同じようなこと言って商売女一人使い物にならなくしたの覚えてねぇのか?」

「大丈夫だよっ。……まぁ、かなりきついのには違いねぇから、ばんばか打たすわけにはいかんがな。だが効果の方は折り紙付きだぞ? コトが始まったらアホみたいにヨガリまくるぜ」

 

 さほど悪びれる気配もなく言い放つ姿から見て、きっとこういう行為には手馴れているのだろう。

 訝しんでいた男も、相方が指先につまんだアンプルの中身を愉快そうに揺らしていると、みるみるうちに恍惚とした表情を取り戻していった。それなりに慎重さが残っていた筈の頭の中は、もはやどうやって少女を弄ぶかという企みで埋め尽くされている。

 あれだけ苦労してモノにした肉壺だ、どんなにしまりがいいだろうか───。

 もう我慢ならない。先ほど頬にあてていた左腕で股を開かせると、明らかに無機質な、対の腕より二回りも巨大な鉄腕を震わせて、少女の股座に手をかけた。

 

「ああ、太ぇ指にしてもらってよかったよなぁ?」

「ハァー、この常時指先バイヴ人間がよぉっ、キメちまえっ!」

 

 意識を沈められた少女には、これより自らに降りかかるであろう災難に気づくことができない。赤褐色の照明が漂う天井に、光のない目を這わせ続けている。只管に高純度化されたドラッグは、感情ごときで打ち破れる代物ではなかった。なすすべなどない少女が、唯一炙り出せる刺激を察知しかけた時、それは起こった。

 ずどんっ、という、ホテル街には似合わない轟音と激震。

 今にも少女を犯そうとしていた男たちは、足元をダイナマイトで吹き飛ばされたかと錯覚するほどの唐突な揺れに耐え切れず、間抜けな醜態をさらしながら木目のタイルの上に投げ出された。

 訳が分からぬままに顔を上げた男たちの耳に飛び込んできたのは、瓦礫を粉砕するような音と、それに追従して響き渡る甲高い悲鳴。

 どうやら地殻変動による地震ではないらしい。

 人が生活できるだけの自然環境のすべてを人工で補い、頑強な外部構造をもってビーハイヴ型地下建造物として成り立っているレイヤードだが、あくまで地球に根付く建物である。

 二十年前にゲートが開くまでに、外部からの干渉を全く受けることなく数百年の歴史を経てきたレイヤードではあるが、それは甚大な災害に相対した際に仇ともなってきた。土の中で振り回される卵はあまりにも無力で無防備だ。仄暗い閉鎖空間で紡がれてきた小さな人類史には、幾度となく自然災害に苦しめられた痕跡を含んでいた。

 故に真っ先に思い浮かべられた可能性はそれであったが、一瞬にして収まった以上、その線は否定される。では何か?

 

「くそったれっ、どこのキチ野郎だ!?」

 

 大方、自分よりも重篤な薬中患者がテロでもやらかしたのだろう。

 男は横やりを入れられたことへの不快さを露骨に示しながら、剛腕でドレープカーテンを引きちぎるように開け放つ。そして事態を引き起こした原因を探そうとし───絶句した。

 ぱっくりと見開かれた男の目。窓ガラスを介して屈折し、そして水晶体の中で視神経に溶けていく光景。

 赤い。血潮を照らしたらそうなるのだろうか。そう思わせる真っ赤な燐光が、男たちをのぞき込んでいた。

 見つけた。巨大な怪異と目があってしまった男は、そんな幻聴を聴く。

 

「……っ、下がりやがれバカたれが!」

 

 その場にいた者の中で一番早く冷静さを取り戻すことができたのは、意外にも、注射器を弄り続けていた、男の相方だった。

 

「──────」

 

 されど、自身の相棒の忠告に我に返った男が動き始めるのと、目の前の光が凄まじい炎をまき散らして視界からブレたのは、同時だった。

 みしり。ガラスが軋む音が聞こえたのも束の間、灰色の街に踊る煌びやかなネオンを纏いながら、巨大なガラスが派手な音を立てて、散る。アンプルケースを放り投げた人影がベッドの下に飛び込むのを横目に焼き付けながら、男は迫りくるガラス片への最後の抵抗をするため、全力で右手を突き出した。

 輝かしい極彩色がぼやける。鮮血が緩やかに舞っている。残ったのは、萎びた走馬灯だった。

 

 ◇

 

 例えるならアンドロイドの子宮のような。

 そこは、限られた用途の為だけに選りすぐられた電子機器で埋め尽くされていた。

 頑丈な複合装甲に密閉されていて、狭い座席に忍び込むことのできる物は一つたりともない。洗練されきった糸のような月光りも、胸をすく爽やかな外気の一握りも、薄暗く、しかし目を貫く不自然の可視光ばかりが広がるこの場所には足を踏み入れることが叶わなかった。

 涼しい気体に触れられぬ代わりに、そこは機械たちのか細い呻きと、生温く純度の高い沈黙が混ざりあってたゆたっている。それはまさしく外界より我が子を護るために注がれた羊水に似通っていた。

 故にその空間は何者かの子宮のようだと、男には思えた。

 どうも、面倒な仕事に引っ掛かったらしい。タッチパネル式の小型モニターを針のように構えた狭苦しいコックピットのなか、傭兵は一人ぽつねんとごちた。

 少なくとも、キナ臭い仕事であるというのは依頼承諾の一報を飛ばす前から分かっていた。

 名が売れているわけでもない、勤続数年程度の新参レイヴンが受けられる低レベル帯に舞い落ちてきた割りのいい任務。報酬額を見るかぎりでは、もう少しランクの高いベテランが消化していそうなものだと思ったが、どうしてか彼らの食指をすり抜けて零れてきたらしいそれ。

 怪しい。それはもうあからさまに。

 報酬が、特に前金が異常に高い、またはクライアント指定の僚機が付く依頼は地雷である。

 この業界に身を置くものは誰もが知っている教訓にして鉄則。いくらレイヴンになって日が浅いといえど、この傭兵も耳の早い業界人の例外ではない。

 にもかかわらず、内容を読み込んだ傭兵はあっさりと依頼受諾のパスコードを入力した。

 当日の食い扶持も稼げぬぐらい経済的に切羽詰まっていたから、というわけではない。彼が惹き付けられた要素は一つ、それが地下についてのミッションだったことだ。

 傭兵は地下都市、とりわけレイヤードに強い興味を持っていた。別に、地下生まれというわけでもあるまいに、そうやって周囲にいた人間からは不審がられるほど、昔からその感興はレイヤードに向いていた。

 一体何がそれほどまでに彼を目ざとくさせているのか───それを他人に打ち明けたこともない。

 それも当然だろう、と傭兵は一人でに肯定する。別段理由などないのだから。否、ないこともないが、おいそれと人に明かせるものでもない。仮に言ったとして、気が違っているとしか思われないだろう。

 こうしてレイヴンという職に就いているのも、実はレイヤードに至る口実が欲しかったからなのだ。そんな虚言まで思い浮かべて見せる。もし上の連中に嘯いてやったら、やつらどんな顔をするんだろうな。

 先より大地をせこせこと拡張しながら生きてきた地上の人々にとって、地下より出た人々はそれはもう忌まわしいものだったらしい。分からない話でもない。

 ただの地下施設とは違って、ビーハイヴ型構造物は一つの世界を問題なく回してしまうほどに巨大だ。このレイヤードは世界最大レベルの規模を誇っており、全階層を含めてかつてのアメリカ合衆国の国土面積にも及ぶ広大さをもってユーラシア大陸地下に君臨しているのだ。

 そこにどれほどの人間が生活しており、どれだけの武力を振りかざして社会構造を成立させているのかなんて、考えるべくもない。地中深くから顔を出してきた特大の核地雷に、先住民たちがいい表情をする筈もなかった。

 手始めに地底人、モグラ、それからネズミ等々───。大陸の上に暮らす人間たちにとって、コンクリート造りの地下王国はひたすら大きな病巣でしかなかったのだ。

 その結果出来上がったのは、仮初めの歓迎体制と、決して埋まりそうもない根深すぎる差別意識。

 利益だけ搾り取られてさっさと故郷に帰ってくれという本音を隠そうともしない地上の支配者と、やっと取り返した自分たちの領域を勝手に汚し回ってる癖にデカイ顔をするなと脅す地下の支配者の睨み合いは、二十年経っても終わりが見えないでいる。

 冷戦とでもいうべき膠着した情勢の最中で地上に生まれておきながら、僕は親アンダーグラウンド派です、とは傭兵になるような命知らずでも軽々しく宣えない。

 どこに居ようと息が詰まる時代だと誰もが吐き出すような、そういう時代なのだ、今は。

 だからこそ、傭兵は日が当たる場所だろうとなかろうと関係なく重用される。あらゆる臭いものは火に放り込んで焼却してしまえばいいのだ。一周回ってシンプルな話で清々しい。どんなに入り乱れた道筋があろうとも、最後にものをいうのは声のデカさとパンチ力である。

 今回受けた依頼もそういう類いのものなのだろうというのは容易に推測できた。

 しかし、それにしてもこのミッションは異常だった。

 何もかもが工場仕立ての、日の光など微塵も届かない眼下の街。

 念願としていた自分でさえも、見つめているだけで気が狂いそうなその土地に、悪びれる様子もなく物騒な装備を着込んだ私兵を展開した依頼元は、なんと地下三大企業のいずれでもない。古来から継続されてきた醜悪な企業間戦争の聖地に、あろうことか土足で踏み入ってきたのは、地上きっての古参体系企業〈Bernard and Felix Foundation〉、略称をBFFとするその企業だった。

 だが、パックスの内情をわずかでも知り得る者なら、その名前を聞いた時点で疑問を浮かべることだろう。旧イギリス系企業を母体とするBFFは、パックス、そして世界最大の企業であるGA、〈Global Armaments〉に次ぐ保守派で名を知られている。

 きわめて堅実な経営戦略で六大企業としての地位を固めてきたBFFが、いくら秘密裏といえど、パックスでも最大の禁じ手とされている地下での軍事行動をとるなど、質の悪い冗談にも等しい。

 足元を動き回る兵士たちにドッグタグが与えられていないのは、後ろにいる部外者の存在を地下企業に悟らせないためなのだ。ご丁寧なことに、装備は地上産と地下産のそれぞれ最も流通量の多い大量生産品を混在させており、三流もしくは二流の武装勢力を装うことにおおむね成功している。

 そこまで入念に準備をしてきた異邦の私兵たちが突入することになったのは、おかしなことに富裕層向けの大型ホテル。

 しかもこのホテル、まともな宿泊客向けのものではなく、主に人身売買目的のバイヤーたちが取引に使用しているという。セレブ向けの情報筋の間ではかなり有名な場所らしく、普段傭兵が利用している地上の情報屋からでも安く買えた程だ。

 企業が統治者たるこの世界において、潤沢な生活を送れる人間は限られる。

 そんな人間たちの間で娯楽的に催されているという、違法な競売。

 そこに火種を持ち込むのは、国家を滅ぼし、新たなる人類社会を作り上げるまでに至らせた驚異の尖兵、アーマード・コア〈ネクスト〉とその操縦者リンクスを擁する企業の一つ、BFF。

 詳細は分からなくとも、水面下で何が起こっているのかはだいたい想像がつく。依頼目的を施設の破壊や人物の殺害にせず、実働部隊の護衛という名目でレイヴンを戦力に引き入れたのも、よほど人目につかせたくない、そして失いたくない何かがそこにあるから、としか考えられない。

 いや、だが、しかし。

 いくら何でもこれは度を越しているだろう、と思わずにはいられなかった。

 

《応答しろゴースト! レイヴン、こちらキンドル06! 地下駐車場からACらしきが機体が出てきたぞ! なんとかしてくれよぉっ》

『レイヴン、中型の熱源反応が高速接近中。この挙動、おそらく第三世代型だ』

 

 この状況でか───。

 傭兵は顔をしかめながらモニターの一つに目をやる。自機を示す三角形のシンボルの周りには、IFFの応答がない不明機の色をしたマーカーがいくつも明滅している。そのどれもがすでにこちらに向けて発砲してきているので、結局のところすべて敵対していることには変わりがない。

 たかだか法を逸脱して強者の気分に浸っているだけの、金持ちどものパーティーだと高をくくっていたが。

 作戦領域に資材運搬用に偽装したトレーラーで駆けつけた数十分前とは似ても似つかない弾幕を目の前にすれば、嫌でも藪を突いたのだと思い知らされる。さては、帰りの心配を真面目にした方がいいのかもしれない。

 そこそこの数の戦闘車輌を撃ち墜とした今でも、機体のFCSはフル稼働している状態だった。

 低空では戦闘ヘリが暴れまわり、地上ではパワードスーツを着用した機甲歩兵と逆脚型のMTが突入要員たちを押し返している。どれほどの戦力を溜め込んでいたのかと思えば、地下駐車場の下にガレージを増設していたらしい。先に潜入していた工作員がそう報告を寄こしてきたと、指揮官が伝えてきた。

 突入した部隊に加えて、支援部隊の六割を割いて優先的に攻撃していた筈だが、その勢いは収まらず。

 それどころか最新型のACまで出てきたとなれば、このミッションの脅威度そのものを引き上げなければならないだろう。

 

「オペレータ、リコンを射出する。同期を頼む」

『契約外だが、仕方ねぇ。待て……リンクした。観測開始』

 

 肩部補助兵装枠(インサイド)に搭載してきた吸着型偵察ユニット(RECON)をあてずっぽうに撃ちだして、オペレータにリアルタイムでの観測を依頼する。

 前に受けた探索ミッションのために用意した高級装備だったが、実際に使ったのはその一度きりだ。用途の特殊さからくる扱いづらさに比べて、いかんせん運用コストが掛かりすぎる。

 そのうえ、まともに機能を活用しようと思うと、オペレータに情報を送って観測してもらうのが一番なのだが、通常のオペレートをこなすかたわらで別途情報処理を行うのはかなりの負担だ。

 それができる人材は限られており、専属のオペレータを持たない傭兵には、依頼毎に斡旋される未知の人間に高価なリコンを任せるのは気が引けた。

 その点、この口の悪い中年男は知らない相手ではなく、実力に不足はない。グローバルコーテックスが今回の任務をこの男にあてがったのは、信用できる要素がまるでない状況で、傭兵にとっての確かな救いだった。

 真実、オペレータは接続パスを開通させてから三秒と経たないうちに傭兵に報告を始めている。

 

『遠距離、今敵ACを視認した。おいおい、こりゃかなりの上玉だぜ。サブハンガーまでつけてやがる』

「種別は?」

『たぶん中量二脚、所属は不明。識別コードに該当がない。見た感じ実験機かなんかだ、見たことねぇ装備をしこたま積んでるぞ。……接敵まであと二十秒程度だ。引くなら、今のうちだが?』

 

 査定に響きそうな結果はなるべく残したく無いんでね。

 そんな声が聞こえてきて、思わずいい音の舌打ちを一つ飛ばす。

 未だレーダーサイトの中の敵対マーカーは減る気配がない。実働部隊の無線も途絶したままだ。状況は困難、戦闘は避けられない。

 さぁどうする。傭兵はありったけの余裕を注ぎ込んで思索を巡らせる。

 胸に燻る焦燥感に、無意識に食いしばった口の中で吐き出す吐息は熱い。張り詰めた緊張が高まる。恐怖が湧き出す。

 なんてたって、相手は自分と同じACだ。いや、もしかするとこちら以上の性能と腕を兼ね備えている可能性も大いにある。傭兵は同期に比べれば対AC戦闘の経験が多かったが、それが戦場での生存率に直結するわけではない。

 新人は新人に過ぎないし、あまつさえ相手は未知の敵である。ベテランであっても離脱を強く意識する状況だ。

 ここで判断を誤れば確実に死ぬ。ずっと歩いてみたかったレイヤードの街並みに溶け込む前に、この世からいなくなる。前々から考えていた地下アリーナへの移籍を、バカみたいな量の手続きをやっと捌ききって済ませたばかりなのだ。この任務に間に合わせるため、貴重な睡眠時間と機体のチューニング時間を削りに削ってきた意味が皆無に帰すなんて結果は認めたくない。

 俺はレイヴンだ。良いも悪いも、すべての意味を噛みしめて考える。どうするべきだ。どうすれば生き残れる。何があれば勝てる。鼓動が早まり、血行が思考を加速させていく。

 

「こちらスタティック、レーダー上で敵ACを確認した。作戦を───」

 

 そうだ、俺はレイヴンだ。兵士ではない。任務の遂行は義務だが、放棄ができないわけじゃない。傭兵としてやっていくには、引き際は弁えておくのが生存の必須条件だ。

 だからこそ。

 

「作戦を継続する」

 

 それはまだ、今ではないと俺の勘が告げている。

 傭兵の中で何かのスイッチが切り替わり、ACを操縦する手つきが、二本のレバーグリップを握る拳が形を変えた。

 その時、恐らく誰も気づいてはいないだろうが、傭兵の手はACのコックピットにありながら、彼の乗るハイエンド・ノーマルACにはないものに触れようとしていた。それはなにげない癖のようなもので、それでいて傭兵の特異性を映し出してもいる。

 彼が触れたかったのは、AMSの接続深度を司るスイッチ。最初期のネクストACにしか採用されていないアタッチメントだった。

 在る筈のものに触れられず宙を切った親指に気づいて、傭兵はハッとする。最初は忌々しかった筈なのに。いつの間にか慣れ親しんでいたらしいその動作を何の気なしに行った自分に、傭兵の口は皮肉の笑みを浮かべていた。

 過去に引き摺られている自身を嘲りながらも、傭兵の意志とは別に感覚は研ぎ澄まされていく。ひときわ大きくなった駆動音で満たされたコックピットの内側。モニターで埋め尽くされた鉄の棺桶の中で、鴉が大翼をひろげていた。

 それまで一定のリズムを保っていたロックサイトの作動音が、突如として加速し始める。

[攻撃命中、敵機撃破]

[攻撃命中、敵機撃破]

[攻撃命中、敵機撃破]

[攻撃命中、敵機撃破]

[攻撃命中、敵機撃破]───。

 頭部に搭載された普及型のCOMユニットが唸りを上げていた。自動判別した敵対車両のバイタルデータを解析し、キルログに判定結果を重ねていくも、傭兵がトリガーを引くタイミングとロックサイトが次の車両を二次ロックするまでに若干のタイムラグが出始めている。

 

『左腕残弾、残り僅か。焦りすぎるなよ』

 

 傭兵の猛攻が緩まった頃には、一帯の勢力分布は完全に反転していた。

 

『敵速度四百、さぁお出ましだ』

 

 自機の回避機動で微かに揺れ動くレーダーのグリッド上に、大きなシンボルが一つ。他とは違う、明らかな殺意を宿した赤いマーカーがこちらに向かって飛び込んでくる。ヘリやMTとは一線を画した多次元的な軌道を描いて、真っ赤な燐火がモニター上を突き進んでいく。

 あと少し。

 あと少しで、俺の生死が決定付けられる。奴がその結果を運んできてくれるんだ。

 

[警告。ロックオン]

 

 COMが耳障りなアラートで審判を告げる。傭兵は謹んでそれを聞き届ける。

 マズルフラッシュと爆発が彩る庭園に、新たな光が灯される。背の高い人工樹と、備蓄倉庫が並ぶ隙間から漏れ出る光は、見るものに死を告げる蒼い怪火。すなわち、ハイレーザーライフルのエネルギーチャージの合図だった。

 蒼に白みが混ざってパッと輝いて、気づいた傭兵がフットペダルを蹴り飛ばしたとき、傭兵は初めて敵の姿を目にした。

 弾けるような炎を偽りの夜空にまき散らして、そいつは舞っていた。

 いかにも堅そうな装甲を何枚も張り合わせた、角ばったシルエットの脚部に、突起とケーブルだらけの見知らぬ兵装を肩部ハードポイントに背負い込んでいる。

 オペレータの言う通り、所属を指し示すような記号は、少なくともあまり解像度の高くないメインカメラごしでは見当たらなかった。

 ただ、そいつは全身を真っ青に染め上げていた。まるで相対した者の心情を具現化したような青に、時々黄色いラインを織り込んでいる、実験機らしい塗装。見るからに良からぬ後ろ盾が絡んでいることが分かるキナ臭いデザイン。

 そんな首から下の無骨な印象に反して、強かな眼光を寄越す頭部ユニットは見る者にヒロイックさを与える形状をしているのが何となく気に食わない。まるで旧世紀のロボットアニメ出てくる主人公機みたいに、試作機だからこそ特別強くて、余裕のある見た目が許されているんだと誇示しているみたいに思える。

 そして、初撃を回避したこちらを興味深いものでも観察するように開始される円形機動(サテライト)

 舐めやがって───傭兵はこの戦場で初めて相手への明確な敵意を覚えた。

 なら、お望み通り精々死なない程度に嫌がらせしてやろうじゃないか。不敵な笑みを唇の端に携えて、傭兵は三つ目のペダルを踏みつける。

 刹那、ガチャンと戦闘中でもはっきり伝わってくるくらい一際重厚な音を立てて、コックピットの真後ろが変形した。複合装甲製の分厚い花弁が花開き、それまで人目を羞じらっていた雌しべがけたたましい噴射音で衆目を魅了する。

 一見すれば、巨人の背中に火がついたようにも錯覚するその現象は、名をオーバード・ブーストといった。

 背後から止めどなく溢れ出る大推力に一種の快感すら見出しながら、目の端々に閃光を靡かせて傭兵は死地へと飛び込んでいく。

 凄まじいGが傭兵の躰を押しつぶさんと襲いかかり、左右のモニターに映る景色が無数のフェットチーネのように引き伸ばされていった。あらゆるものがブレ、人間としてのスペックの限界に差し掛かる視覚情報の中で、しかしそれはAC乗り(レイヴン)としての意地か───。

 突如として狂気じみた加速を始めた自機に向けて、左腕の射撃兵装をやおらと構える敵機を捉えた双眸だけが、ただ愚直に前を向いていた。

 

『マジか』

 

 傭兵の凶行にオペレータが気の抜けた呟きを漏らすが、ヘッドセット越しの声音が加速する彼の耳に入るわけもない。

 睥睨するは奴。その銃口、そのカメラアイ、その推進炎。

 とりわけ、最初に見た燐火が再び宿る瞬間、その一点ばかりに意識を集中する。文字通り光速となってニューロンを駆け巡る傭兵の思考を、今正に身を置く戦場の一コマのみが支配していた。

 最高点にまで研ぎ澄まされた傭兵の意識が覚る。()()

 その確信に曇りがあろうはずもなく。超音速で飛来する大質量のライフル弾が、肩部に増設された瞬間点火式ブースターの表面を炙った。瞳孔の先の青いACが挙動を切り返し、円形機動を逆転させる。

 息を零す間もなく。傭兵はペダルを踏み込み、操縦桿を引き倒す。

 

「───ッ!」

 

 ファイターパイロットみたく空力に恵まれていれば、この想像を絶する操縦負荷もどうにかマシになったのだろうか。傭兵は己の肉体が軋むのを感じ取った。

 オーバード・ブースト中の急激な軌道変更は基本的にどのレイヴンにも推奨されていない。それは人体保護の観点からともいえるが、人命軽視の権化であるこの業界において忌避されている行為というのは、総じて当事者以外にも不利益を生み出す行いだ。

 詰まるところ、平たく表せば、おおよその人間に卸しきれない自殺行為というべきで。

 しかし傭兵のACは暴走する素振りを見せなかった。否、ある意味でそれは暴走とも見做せたかもしれない。うだつの上がらない、無才のAC乗り達からしてみれば。

 試すようなマニューバと銃撃に蒼白い光の収束が混じったのと同時、傭兵の操るACが消えた。

 違う、()()()のだ。

 

『左腕、武装解除(パージ)

 

 告げたのはCOMだったか、オペレータだったか。まだマニューバは止まらない。容赦なく、次々と襲いかかるGに耐えつつ、エクステンション(肩部外付オプション)を起動させて更に躰を苛める。遠心力が傭兵の脳を振り回す。

 

「な」

 

 そこで思わず面食らった。

 なんで、お前、既にこっちを向いているんだ? 俺が拝むのは無防備な背中のはずだったのに。

 まさか同じような装備を内蔵しているのか、あるいは、それじゃお前。ネクストみたいじゃないか───?

 驚愕に白く染まった傭兵の頭の中を、無慈悲なマズルフラッシュが上書きする。

 

「グゥッ」

 

 くぐもった呻き。推進力ではない、想定外の衝撃がACの表面装甲を削り取るのが分かった。迎撃されている。

 不味い不味い不味い。流石に逸りすぎだ。相手がなにをしてくるのか、最初から読めていないと分かりきっていたはずなのに。

 慌ててフットペダルを蹴り飛ばす。まだだ、まだこの曲芸は終えられない。

 傭兵は眼下の不明機の評価を改めた。少なくとも、奴は格下ではない。

 こちらより一枚上手だ。

 

[左腕格納兵装、起動(アクティヴ)]

 

 ステータス上のエネルギーラインに回路が増え、鋼鉄の巨人の心血が新たに手にした殺人兵器に注ぎ込まれていく。その代償だ。ジェネレータのエネルギー効率は目に見えて悪くなり、傭兵が青いACから逃げ回れる時間は絞り取られる。

 しかし逃げ道を対価として手に入れた剣には、目の前の巨人を屠るに能うだけの力が宿っていた。

 レーザーブレードである。

 格納仕様武器ゆえ発振部の耐久性に難があり、出力可能時間と射程範囲に劣るが、しかしその分出力に特化した攻撃的性能。それはまさしく、中距離戦闘型の傭兵のACに隠された奥の手だった。

 

「泥臭い性分でなぁっ!」

 

 傭兵は犬歯を剥き出しにして吠えた。スロットルを絞り込み、盛大な噴射炎を揺らめかせて彼のACが食らいつく。青いACは庭の人工芝を焼きつかせながら滑っていく。しかしその距離は、気がついたときにはほとんど零に近づいていた。

 静かに、けれど激しい殺意とともに人差し指が引き金を引絞るのと同時。

 凝縮された致死の光の一閃が、仄暗い戦場に一文字の軌跡を描き出した。

 そしてその光の刃は、青いACの肩を微かに焼いて消えていった。

 

 ◇

 

 世界は広大で、どこまでも広がっている───二十年前まで、それは絵空事でしかなかった。

 始まりと終わり。きっかけは、どちらも同じだ。

 愚かしい争いの権化と、それらの干戈を諌め、統治するために生み出された無機質な神。かつてより管理者(ドミネーター)と呼ばれていた機械的管理機構が、この閉塞的な地下世界を生み出し、そして終焉へと導いた。最初は大破壊という人類の終局から、最後は人類の知性と獣性の象徴である傭兵(レイヴン)とともに。

 ゲートが開かれるまでの数世紀、あるいは数十世紀もの間、地下に住まう人々が見上げたのは偽りの空だった。

 原初から語り継がれてきた真実はいつしか神話へと姿を変える。その世界には空もなく、海もなく、果ては大地すら分厚い合金の上に築かれた模倣品に過ぎなかった。誰もが神話に耳を澄ませ、やがて大地の果てを隔てる外殻に幻滅し、現実を知った。

 天地があっけなく繋がる前のレイヤードの在り様を聞いた男は思う───それの一体どこに、地上との違いがあるのか。

 

「どうかね、"V"は」

 

 鉄の巨人の首が持ち上がり、その隙間から人影が這い出てくる。耐Gスーツによって膨れ上がったシルエットが降り立つことで、網目状のデッキからガレージ全体に鉄臭い足音が響き渡った。

 

「"V"?」

 

 熱気のこもったヘルメットを外し、男は聞き返した。こめかみに滲んだ汗が煌めくが、表情は驚くほどに涼しげだった。まさか数分前までコーテックスのハイエンド・ノーマルと一戦交えていたなどとは夢にも思わせないくらいに。

 

「このガラクタのことだよ。我々はそう呼んでいる。骨董品(Vintage)、あるいは醜い繰り返しの証左(Vendetta Vestige)、とね」

 

 トップハットの老紳士はおどけた口調で男に歩み寄りながらそう言った。時代錯誤の装いと同様、つばの下にたたえた薄ら寒い笑みには、道端の道化師のような胡散臭さがこびりついていた。

 

骨董品(Vintage)、ってそりゃあ、皮肉にしちゃスケールがでかいんじゃないか?」

「ふふ、我々はそんなにシニカルではないがね。だがまあ、この呼び名に皮肉が込められているのは事実だ」

 

 男は目を細めて紳士の言葉を吟味する。

 ()()()()()()()()からずっとテストパイロット紛いのことをさせられているが、このACの異常性に気が付かないほど、自分は鈍感ではない。

 長い眠りから目覚めてからの世界の変わりようは……ほとんど変わってもいないと見れば見るほどに思い知らせれてもいるけれど。だがACに関しては、特にその変化が顕著であると男は考えていた。

 ハイエンド・ノーマルという呼称もその一端であるといえるだろう。男の生きていた時代にはそんな語句は存在しなかった。ノーマルもハイエンドもなにも、ACという存在そのものが唯一無二にして頂点の象徴だったのだから。

 アーマード・コア〈ネクスト〉───発展の権化にして、秩序の破壊者となった革命の申し子。そんな代物がありもしないことが前提の世界であれば。

 与えられたデータベースで初めてその実態を目にしたとき。流石の男とて背筋に粟立ちを感じたのを覚えている。

 化け物じみている、と。いままで自分が相対してきた障壁とは比べ物にならないくらいに。

 しかしそれから搭乗させられたこの"V"は、再び度肝を抜いてきた。

 

「クイックブースト、そしてハイブースト」

 

 言いながら男は首を擡げ、背後にそびえる蒼碧の傀儡を見上げる。その身に蘇るのは尋常ならざる加速、否、瞬間移動とでもいうべき推進力の反動の猛烈さ。あのACのブレードを回避するのに使った隠し玉だ。

 

「どちらも規格外さは似通っているが、その技術は根本的に異なっている。コジマ爆発を利用した粒子由来のQBと……汚染もない純粋な噴射加速式のHB。そしてこのどちらが技術的に優っているかと問われれば、圧倒的に後者だろう」

「優位性を語るには少々言葉足らずだと思うが……君の言うとおりだ。付け加えるとすれば、後者の評価点はその小型さと制御技術にある」

 

 従来の水素タービンエンジンとコジマリアクターを融合したジェネレータを持つネクストは、平均全高14.7メートルという巨体が故にQBやPAのような防御機構が求められた。対して"V"は頭部までの全高が5.4メートル。サイズ比からのジェネレータ出力は優にネクストACの五倍にも達する。

 

「冗談みたいな機体だ」

「ああ、そうだな」

 

 老紳士は不敵に笑みかけ、「なんせ、千年以上前に稼働していたのだからね」

 

 その一言に、初めて男は表情を消し、しかしすぐに苦笑を取り戻した。

 

「胡散くせえ」

「おいおい、これはちゃんと出土時にサンプルをとって検証した、れっきとした事実だぞ?」

「大破壊、大深度戦争」

 

 鉄臭いガレージの静寂が、彼ら以外の音を軒並み呑み込んでしまっていた。

 もし第三者がそこに居たのであれば、自ずと妙な緊張感を感じ取っていたことだろう。

 息遣い、布擦れ。どこかビジネスライクとすら思わせていた男と紳士の間の雰囲気は、いつの間にかピンと張り詰めていた。

 

「理屈は分かる。このレイヤードや、ビーハイヴが必要になる理由があって、それが地面の下で産まれた俺たちには想像もつかないような有様だったってのは、な」

 

 男はもう一度乗機の方を振り返る。今度は眺めるというよりは、苦々しく睥睨するかのような眼差しで。

 

「だがこいつは、この"AC"は、まるで終着点じゃないか。俺が操ってきたACの、ここの連中が扱ってきたACの、上の連中が作り出したACよりも。先を行く機体だ」

「そうだな。むしろオリジンと言い換えてもいいかもしれない。我々が無意識に辿ってきた筋道の源にして、袋小路とでも言えばいいか」

 

 柄にもなく、男は目の前の遺物が示す可能性に不快さを覚えていた。

 これまで男が為してきた業が───いや、正確にすれば()()()()()が歩んできた道が───そこはかとなく空虚で無為な行いであったように思えてきて、神経を苛立たせていた。

 男は、腕のいい傭兵だった。例外的に腕が立つレイヴンだった。

 そして同時に、あの再生の時代に生きる一市民だった。

 

「気に食わないかね?」

 

 小馬鹿にしたような老紳士の問いかけが耳朶を打つ。だが男は黙って、"V"のカメラアイの奥を睨め付けていた。

 真っ赤な鮮血で染め上げたの如きその瞳は、かつての愛機を彷彿とさせる。無感情な殺人マシーンが見せる虚像は、しかしいつも男の心に一抹の揺らぎをもたらした。

 

〈秩序なくして、人は生きていけん〉

〈行くがいい、そして見届けるがいい〉

 

 お前にはその権利と義務がある。

 あのとき確かに聞き届けた言葉の答えが───これだというのか。

 男は見つめ続ける。真紅のあけすけさの向こうに答えを求めて、精密機械の群生にえもいわれぬ感情をぶつけたがっていた。

 そんな男の内心を気に掛けることもなく、老紳士はレイヤード第二層で起こった騒動の顛末を淡々と告げていく。

 

「目的は概ね果たしたよ。君が時間を稼いでくれたおかげで、無事にサンプルを回収することができた。奴らは釣り餌に食い付くので手一杯だったみたいだからな」

 

 もっとも、釣り餌は行方知れずとなってしまったが。回収したサンプルに比べれば価値は下がるが、手元に残っていればふんだんに利用したというのにね、僥倖には、ありつけなかったらしい。老紳士は顎に手を当ててしげしげと締めくくった。

 釣り餌がどんなものか、男はミッション中にカメラ越しに目にした光景を思いうかべることができた。屈強なならず者の驚いた顔と、下品な装飾が施された安ホテルの一室。薄暗い部屋のベッドに横たわった年端も行かぬ少女の姿があった。それが老紳士のいう釣り餌だ。

 哀れと言えば、哀れな生き物だろう。あれらは。

 男は同情はせずとも───なんせ自分も同類であるからして───その運命が後ろ暗いものであることを確信していた。

 デザインド、と呼ぶらしい。兵器として最適化された生体パーツを生み出すための実験、その産物が、あれらリンクスもどきのクローンたち。地上の企業も知り得ないネットワークを介して地下に持ち込まれた、科学の生贄たちだった。

 本来男は無用な詮索は控える質だ。しかしこのときばかりは、事のキナ臭さに耐えきれず紳士に尋ねた。

 

「お前ら、一体なにを考えている」

 

 決して気軽ではない男の声音に、やはり老紳士は顔色一つ変えない。薄気味悪い微笑を讃えるばかりだ。

 

「なに、と言ってもね……色々だ。君の想像できないこと、我々が想像できないこと。それらすべてについて、いつも考えているよ」

「御託かよ。確かに俺には想像もつかないだろうがな、お前らが現状手にしている力が、あまりにもデカすぎるってことは俺にだって分かる」

 

 男とて今日の世界情勢は理解しているつもりだ。地上と地下の確執や、そこに群がる企業の姿勢も。

 老紳士は撒き餌などと軽々しく口にするが、あのBFFに、強固な支配体制を築いている一企業体に強硬手段を取らせるようなカードがただの撒き餌であっていいはずがない。

 下手をすれば、今回の騒動が原因で新たな大戦を引き起こす可能性すらあるのだ。男のオリジナルが引き金となった大深度戦争の焼き直し。あるいはそれ以上の、大破壊に及ぶまでの惨憺たる情景が脳裏に描かれる。

 ネクストがどうして禁忌の尖兵とされるか。長き再生の時代を経て取り戻したはずの地上を、あまつさえ地下をもコジマの猛毒で汚染してしまえば、今度こそ人類に生きながらえられる場所はなくなるのだ。それこそ、空の上に居を構える他ない。

 そんな、常軌を逸した災禍をもたらしかねない火種をして〈撒き餌〉と呼ぶようなサンプルとは、なんだ。まったく想像を絶する代物に違いないのだろう。

 

「力の大きさか……」

 

 トップハットのクラウンを丁寧につまみ、紳士が帽子を脱ぐ。まさに紳士然とした気品に満ちた動作だった。その下から現れた相貌を見た男は思わず、息を呑む。

 

「確かに、我々の持つ力は、一つの企業体でもない組織が持ち得るには過ぎている。だがそのすべては、過去の遺物なのだよ」

 

 紳士は広角を吊り上げたまま喋った。

 老いが刻んだ深い皺とほうれい線が闇を帯び、同時にどれもが作り物じみている、いや、男の目から見て、正しくそれは人工物だった。

 我々が持つ知識と技術、それは幾星霜もの年月を経て失われていった古の忘れ形見───老紳士が一歩歩み出る。

 

「君はこう考えたことはないか? 未来と過去が実は繋がっていて、世界はその進退の繰り返しだと」

 

 男は老紳士の容姿に顔を顰め、躰を強張らせた。老紳士が歩み寄る毎に明確に警戒を顕にした。

 

「あるいはこうは考えたことがないか? 世界のどこかには我々の知らない我々が居て、彼らだけの世界を築き、時代の針を進めてきたのではないかと」

 

 老紳士が言い終える間際、リップノイズに微かな電子音が混じるのを男は聞き逃さなかった。それだけではない。間近に彼が立っている今、およそ人体からは発されることのない音がいくつも聞こえてきたし、常人にはない光が漏れているのも目に入った。

 その老紳士には、頭皮と呼べるものがなかったのだ。

 こめかみから上の皮膚がなく、透明な外殻が頭蓋の代わりに継ぎ足されている。そしてその下に覗くのはピンク色の脳髄ではなく、あからさまな機械部品。様々なパーツが彼の頭のなかにぎっしりと詰まり、アクセスランプのようなものを絶え間なく点滅させている。

 悪趣味だ───と、男は心の底からそう感じた。

 

「言うなれば我々はその証人であり、探求者であり、記録者なのさ」

 

 男はアレの同類かよ、と思った。老紳士の超然とした物言いに何を重ねたのか、わざわざ言うまでもない。

 「だが」と老紳士は男の怪訝を見透かしたように付け加えた。

 

「我々はかつて君が屠ったものほど傲慢でなければ、悪辣でもないつもりだ」

「そうかな。〈力を持ちすぎるものはすべてを壊す〉……たとえ望んですらいなくとも。企業とて、鼻が利かないわけではあるまいに」

「もちろん、そうだろう。いずれは我々の持ち得る力も明るみに出るだろうし、火種になることだって十分有り得る。我々はそれを知っている」

「……なら」

「けれどね、残念なことに真実をひた隠しにしているのは我々の方ではないのだよ」

 

 どういうことか、いまいち要領を得ない。こんなサイボーグでもトップハットをかぶり直してしまえば、ただの懐古主義の奇人にしか見えなくなってしまうのが馬鹿げている。

 

「ここは君の生きた時代から地続きの世界。紛れもなく未来だ……しかし、一点ばかり、君が違和感を抱いてしかるべき矛盾点がある」

「矛盾点……」

 

 男は考えた。情報端末を使って集めたこの世界の現況。当時との相違点。

 老紳士がいうようなはっきりとした矛盾は、少なくともすぐには心当たりに現れなかった。

 地下、地上、空、海。今とさして変わりない。

 地下を生活の中心とし、多くは薄暗い天蓋に覆われていたとはいえ、仮にも再生の時代と呼ばれた時代だった。このレイヤードのように、日の下に出る道がまったく断たれていたわけではない。地上の大部分は破壊や汚染などと、人の台頭を拒んでいたが、空は別だった。

 男はレイヴンとして遂行した依頼の一つを思い出す。月面から見上げた蒼く、そして所々禍々しい色に蝕まれた地球の姿を……。

 そこで男は老紳士のいう違和感に突き当たった。

 

「もしかして宙間開発、か?」

「ご名答だ」

 

 確かに、言われてみれば不自然だった。

 各企業の設置したニュース・インフォメーションラインには、技術開発系のニュースがひっきりなしに並んでいる。最近ならば、レイレナードが新型のコジマ送電施設を建造したという発表が話題になった。その他にも、都市コロニー間の鉄道幹線の拡張であったり、海底プラントの撤去であったりと、あらゆる実績と動向があちこちでひけらかされている。

 それでいて、何よりも注目を集めそうな宇宙開発関連のニュースがまったく取り沙汰されていない。

 

「今の地球の人々は、〈カエデ〉という名の巨大宇宙ステーションなんて知らない。ましてや月面基地なんてものが存在するだなんて、古臭い創作の話だとしか思わんだろう」

「まるで陰謀論みたいだが……何故企業は頭上から意識を逸らす?」

「さてね」

 

 老紳士は言葉を濁した。真意は分からないが、理由を知らないようには見えなかった。

 

「それは、回収したサンプルが教えてくれるはずだ」

「そいつは」

 

 それよりも、と老紳士が男の追求をあしらい、話題を変える。

 

「私は先の戦闘のことが聞きたい」

 

 ぎり、と耐Gスーツのソールゴムが砂利を巻き込んで不協和音を響かせる。男はそれを蹴飛ばしてガレージの側溝に落とした。

 

「レイヴン……」

 

 煙に巻かれたらしい地上企業の謎に後ろ髪を引かれながらも、男は考えていた。モニター越しに自分を捉えて離さなかったオレンジのカメラアイ。タイミングよく打ち出されるライフル弾。出方を伺うこちらに対して、思い知らせるように派手に撒き散らしていた水色の噴射炎。

 総じて───悪くないレイヴンだった。

 明らかに格上のスペックを備えた敵を相手取っても腰を引かず、自らのセオリーを外さない。

 男とて、伊達に三十年戦争を引き起こし、そしてそれを生き延びてきたわけではないのだ。強者の条件くらいは心得ているつもりだ。その経験則を当てにするなら、()()()()戦い方をする奴は、長生きできるかはともかく、良きレイヴンとして闘争の渦中を舞いやすい。

 

「……そうだな」

 

 敢えて彼(あるいは彼女)の敗因を挙げるとすれば、それはひとえに機体性能の差と、そして奇しくも互いの戦闘スタイルが似通っていた所為であろうか。中距離での射撃戦を中心とし、接近してレーザーブレードで止めを刺す、ある種教則通りともいえる戦い方を男は得意としていた。

 件のレイヴンに関しても、最初に左手に装備していたマシンガンは装弾数に乏しい軽量型。おそらくはレーダーと中型ミサイルで構成された肩部装備の瞬間火力を補うためのチョイスであり、距離を詰めるまでの手数を補強していると考えられる。

 本命は接敵時に見せた、瞬間点火式ブースタによる急速旋回を交えたオーバード・ブーストでの強襲。"V"のマニューバで目が慣れた男からすれば粗削りで直線的な動きだが、標準的なハイエンド・ノーマル相手なら容易く捌くことはできまい。

 

「薄皮一枚とはいえ、君が駆る"V"に一太刀浴びせるとは。なかなか骨のある相手だったかね?」

「まぁ、ただの蛮勇ではなかったな。前の時代に出会っていれば、手強い相手だったかもしれんが」

「ほう? では、イレギュラーになり得るかね、そのレイヴンは」

「さあ……」

 

 意地悪気な声音で紡がれた問に、男は満更でもないような顔で応えた。ヘルメットを脇に抱え、空いた手で長い髪をかきあげて老紳士に背を向ける。

 

「けど、そうなる前に俺が殺すかもな」

「それは、〈ナインブレイカー〉としての矜持かね?」

 

 ひらひらと手を振りながら気密扉をくぐる男は何も言わなかった。

 やがて男の足音が消える。

 誰一人としていなくなり、無生物となったガレージには、ダクトから響くレイヤード特有の換気音のみが残されていた。それを沈黙と呼ぶなら、老紳士は音もないままに人ならざる笑みを浮かべ続けていた。

 

 ◇

 

 重く湿りきった大気がその実、ひどく冷徹に体温を奪い取ろうとしているのは、吐き出す息が白く曇っていく様を眺めていれば解ることだった。しかし傭兵の青ざめた頬は、突き刺すような冷たさに感じ入る余裕すらも持ち合わせていなかった。

 犯人は現場に戻る、というような言葉がある。

 もしも自分がまともな感性をもった一般人で、仕事をこなしただけだと言い訳せず、ACの銃撃で吹き飛ばした金持ちの私兵たちを悼むべき命だと信じられたならば。

 今も震える足を淡々と路地に突き立てていくのは、そんな犯人の心理状態に陥っているからだと推し量ることもできたのかもしれない。

 武装全損。左肩部大破。頭部圧壊。右腕切断。脚部損傷軽微。

 けたたましい銃声が鳴り止んだとき。あちこちから火花を散らしながら、傭兵の愛機は膝を折った。

 

『あんな化け物を相手取ったんだ、生き残っただけでもめっけもんってやつだよ』

 

 レッドラインを超え、斜めに傾いたコックピットの中でかけられたオペレータの慰めを思い出す。

 自らの業績を守ることにしか興味がないような発言をしていた男にしては、あまりにも優しさに満ちた物言いだった。その口調は同時に、目の当たりにした光景に対するショックの大きさを言外に表してもいた。

 

『しかし、あんなものが表に出るようになったら……また、時代が変わるな』

 

 リコンの向こうから見ていたオペレータがこれだけ憔悴した様子で語りかけてきたのだ。実際に外部装甲を隔てた至近距離で命を賭けていた傭兵は、依頼元の指揮官が作戦終了を告げた後もしばらく茫然自失としていた。

 

───あれが、ACだというのか。

 

 目と鼻の先の距離に近づくまで、そのサイズの違和感に全く気が付かなかった。

 小さかった。ネクストはおろか、己の駆るハイエンド・ノーマルよりも背が低かった。背丈と横幅がほとんど同じくらいの、標準的なACのスタイルと比べると不格好と評しても差し支えがない容姿。

 それなのにどうしてあんなにも、

 速かった。

 硬かった。

 火力があった。

 強かった。

 

(理不尽だ)

 

 特にあの、縦横無尽としか形容のしようがない動き。

 機体ごと火の玉にしてしまうのではないかと思わせるほど吹き上げる噴射炎は、機体の四方に向かって自在に延びていた。これまでの陸戦兵器にとどまらず、空戦兵器をも馬鹿にするかの如き機動は、ネクストのそれと遜色がない。いや、むしろ跳躍力に関してはこの未確認機の方が上回っていた。

 

『何度確認しても同じだ、重金属類による汚染は今の所確認できない。あの瞬間移動はコジマ爆発によるものじゃねえってことだ』

 

 それでいてネクストではない、つまりコジマリアクターという人類最大のエネルギー出力機関が用いられていないなんて事実が証明されてしまえば───その瞬間、あのACの得体は完全に知れなくなってしまう。

 傭兵だけではない。

 今は数少ない、かの未確認機の躍動を目にした者は皆どこかで恐れていた。あれがどこから這い出てきたものなのかを示す手がかりが僅かでもあることを祈っていた。

 

『天才の所業で収まる話じゃねえ……明らかに俺らが知ってる技術の数段先を行ってる』

 

 目撃者の抱いた懸念。この世界に住まう人にとって、とりわけ地上に住む人々にとっての未知の技術は、大抵出どころが限定されているものだ。

 

『あるのかもしれねえな……公になってないレイヤードが、まだ』

 

 そして多くの人々はそれを恐れる。アレルギー反応と言っても過言ではないかもしれない。

 それには別世界の住人の侵略を危惧している、という側面もあるが、問題視されるのは侵略者になる住人が既に死に絶えている場合の方だ。

 その風潮が広まった発端は、十年前に起きた事件と、それの解決によって暴かれた真相にある。

 

『〈サイレントライン〉の二の舞は御免だぞ……』

 

 かつてこのレイヤードと同じく管理者が人類を統治し、繁栄と衰退を司ったもう一つのレイヤードがあった。

 大陸にして北アメリカ大陸。その地中奥深くには高性能AIを搭載した無人兵器と、管理すべきものの居なくなり無用となった、しかしながら稼働し続ける管理者が息を潜めていた。

 そのアナザーレイヤードがどのような経緯を経て滅んでいったのか、詳しい内情は市井に向けて公開されていない。しかしこのレイヤードが管理者の暴走───もっとも、今ではその「暴走」さえも再生プログラムのプロセスに含まれていたのではないかとも囁かれている───に見舞われて変化していったように、アナザーレイヤードもまた、管理者の暴走を経て滅亡の道を辿った可能性が高いと推察されている。

 実際の所どうして管理者というシステムが、傅く人類に対して鉄槌を下すのか。ある種の試練を与える理由は未だ議論の的だ。まさしく宗教解釈的で、永久に答えが出ることはないだろう。

 ただ、一度剥いた牙は本来の獲物を狩り尽くした後でも収められないのか───。

 他のゲートから人々が這い出たのを期に、自らの頭上の領域に人類が立ち入ることを拒むようになったのだ。無人ACと巨大自立兵器という圧倒的な暴力を以って。

 その領域のことを、人はサイレントラインと呼んだ。

 サイレントラインにまつわる一連の事件については、真偽が定かなものから闇に葬られてしまったものまで枚挙に暇がない。AI研究所、暴走AC、世間を動揺させた騒動は数知れず。

 だからこそ地上の人々は、間接的な原因ともいえる地下住民嫌いを加速させたのだ。事の不条理さは忘れて、奴らは厄介事を引き連れてくると誹りを飛ばした。

 

(踏み込んだのは自分達のくせに)

 

 傭兵は垂れてきた鼻水をすするのも兼ねて一つ大きく鼻を鳴らし、偽りの天を見上げる。灰色の街を見下ろす天蓋は吸い込まれてしまいそうな漆黒に染まっていて、星を真似た輝きの一つも灯ってはいなかった。

 傭兵稼業を営む以上、人並みの幸せが享受できるとは思っていない。いつだって危険は承知。今日の依頼を受けるときだって、報酬にありありと滲んだリスクを呑み込んでやってきた。

 けれど、きっと感慨深く思えたはずの地下世界との対面が、全く別の未知への慄きで塗りつぶされている現状は不本意だった。死の恐怖、というより、本能的な驚きというか。一抹のもどかしさが凍りついた胸の内側でくすぶっている。

 なんせあこがれのレイヤード。浪漫と退廃のレイヤード。嗚呼。

 そう、それが傭兵の地下贔屓の所以の一つ。

 そしてまた、傭兵が傭兵たる理由だった。

 だって、地下世界ってクるものがあるだろう?───あいにくと、そんな傭兵の戯言を笑って受け止める者はこの時代には居なかったのである。

 

(けど、そう考えるとアレとやりあったのもロマンといえばロマンがある)

 

 我ながら馬鹿馬鹿しい男だとは思う。死にかけていて浪漫だの何だのと……しかしレイヴンをやっている人間など頭のネジが外れていて当然であって、故に自分も紛うことなきレイヴンなのだと自覚できている一面もあった。

 ACという鋼鉄の陸戦兵器───浪漫。

 それを駆るレイヴンなる人種───浪漫。

 大いに裏がありそうな怪しい依頼───無論浪漫である。

 傭兵は自らの滑稽さに耐えきれず苦笑した。そうでもして狂わなければやっていけない。そうでなければアスピナに居た頃の日常でとっくに壊れていた。

 冷えたうなじに矛盾した、未だ首筋に蘇る焼け付くほどの痛み。それを忘れることは生涯を掛けてもないだろう。繰り返される人体実験の日々を、もはや極悪非道などとのたまう輩は一人もいない。全ては成功例たる最初の二十六人(オリジナル)が国家と共に完膚なきまでに壊し尽くし、覆してしまったからだ。

 リンクスとネクスト。彼らは企業が存続し続ける限り、どのような犠牲を払ってでも産み落とされ続けるだろう。俺みたいな、出来損ないの山を築き上げながら。

 

(果たしてそんな人間がこれから生き残っていけるか)

 

 レイヤード第二層都市区、その最下にして外縁部に当たる繁華街も静けさを覚えることはある。騒ぎで済ませるには行き過ぎた閃光と轟音の応酬の後では、流石に女衒の巣穴も閑散としていた。

 補強の施された防護壁をいくつも横切って、ようやく傭兵は足を止める。

 つい数時間前に傭兵が生死を賭していたグランドホテルへ続く道路には警戒色の塗られた隔壁が降りていて、セキュリティシステム以外の何人たりとも立ち入ることを拒んでいたのだった。

 傭兵は暫しの間その場に立ち尽くした。やがて肩を竦ませ、安物の外套の襟を立てる。

 傭兵は南国育ちというわけでもないが、ここの冷気は本当に身に沁みる。特にあのACとの戦闘の負荷で拵えた青痣がきつく疼いていた。ろくにデブリーフィングも終わらない内に街に降りてきた代償だった。

 肌で感じれば感じるほど思う。色のない外壁に閉ざされた、まるでとっておきの棺桶みたいな場所だ。それもAC乗りにとってはお誂向きの住処かもしれない。

 

「ああ……」

 

 ある事実に気がついて、今度は思わず呻き声が漏れた。

 そういえば俺、今日まで対AC戦じゃ無敗だったのになあ。初の黒星を飾ったことになるのか。

 そのことを悔しい、と歯噛みできるほど殊勝でも命知らずでもないのは救いだった。ただでさえ内心に様々な感情を抱えているのだ、余計な雑念を増やしたくはない。

 

(難儀なもんだな、頭が痛い)

 

 傭兵の悩めるところ、肝心の依頼はといえばというと、それそのものは成功という扱いになった。

 もともと依頼の達成条件は〈活動終了までの実働部隊の護衛・支援〉である。予想外の猛攻によって圧されていた突入部隊だったが、ACが出てくる前に傭兵がひと暴れしたのが功を制したのか、傭兵が青い死神を相手取っている間に自分達の仕事を済ませてしまっていたようだ。

 彼らがあの煌びやかなホテルの中で何をやっていたのかは、傭兵には知る由もないし、知りたいともそれほど思わない。おかげで決死の無駄働きにはならなくて済んだのもある。

 けれどあれだけ派手に機体を壊されてしまった(オーバーホールは必至だろう)のでは、割高な報酬もないよりはマシという程度のもの。弾薬費、修理費の合計に加え、ガレージとアリーナ移籍の初期費用も含めればどう考えてもマイナス収支である。

 曲がりなりにも生き残ってしまえば、金回りに目が行くのが傭兵というもの。流石の傭兵も多少メランコリックな気分を催さずにはいられなかった。

 暫くは仕事もできないし。

 はぁ、と口の端から辟易をこぼしたとき。

 不意に傭兵は自分のとは別種の、粘ついた息遣いを耳にしたような気がした。

 それまで己がぼうっと立ち止まったままであったことも忘れていた傭兵は、慌てて周囲を見渡す。

 いくら人影が少ないとはいえ、あまつさえ傭兵はあくまでACを駆る傭兵であり自衛力に乏しく、辺り一帯はお世辞にも治安がいいとは言えない。

 傭兵はコートの裾を翻し、周りにくまなく視線を這わせた。

 オレンジの照明、ビルの隙間の影、巨大な道路の白線、路地に剥き出しのダクト、防護ガラスの向こうに望む第二層セントラルタワー───何もかもが地上では望むべくもない光景。そんな状況に傭兵は不思議と夢の如き酩酊と孤独を覚え───そしてゆっくりと揺らめく影を捉える。

 

「ぁ……」

 

 一目見たときは、野良猫か何かだと思った。

 闇夜の狭間に浮かび上がった紺碧の双眸は大きく見開かれ、感情を宿さない瞳孔が傭兵の瞳を穿つ。その純粋すぎる眼差しに仔猫を思い浮かべ、しかしすぐにACのカメラアイが重なって見えたのは、職業柄故だからだろうか。

 だが路地裏の暗さに目が慣れ、相対者の輪郭を捉えたとき、傭兵はそれが人間であることを知った。

 傭兵が不意を突かれたように、相手にとってもこの邂逅は想定外だったらしい。

 藍色の瞳の持ち主は時が止まってしまったみたいに呆然としていて、けれどその停滞に躰が追いつかなかったとでもいうふうに。固まった首から上をそのままにして、慣性に従って傭兵のいる路地へと顕れる。

 その影はずるりと、倒れ込んでいった。

 傭兵は気づく。いつの間にか世界がスローモーションになっている。

 まるでそのさまをまざまざと見せつけるかの如く。ゆっくりと影の境界線を超えるにつれ、灰色だった人影の肢体は純白へと塗り替えられていく。

 そして、雪が路面に注ぐように。傭兵の足元に静かに沈んだ。

 

「───……っ」

 

 傭兵は今宵何度目か分からないが、それでも息を呑まずにいられなかった。

 それは少女の───闇の中の影から転じた少女の───美しさ故ではない。

 それは少女の纏う外套が薄汚れた質素なシーツ一枚だったからでもない。

 

「……ぅ……」

 

 倒れ込むその背中、その首筋にあった───AMSコネクタの存在が目に映ったからだ。

 衝撃のあまり傭兵の思考は一瞬停止し、そして目まぐるしく動き出す。

 どうして、なぜ。脈絡のないヴィジョンが咲いては重なり、繋がってはいけない回路に電流が走る。

 レイヤード、リンクス、地下に踏み込んだBFF、違法ブローカー、未確認AC、実働部隊───いや、()()()()

 傭兵は自分が手を出した依頼の異常性の正体にたどり着く。事はもう終わっているのだ。今更知ったところでどうにかなるわけではないが、それでも今自分の目の前にいる存在が、軽々しく関わっていい存在ではないことだけは確信の領域に至っていた。

 

「どうしろ、ってんだ……」

 

 傭兵は、その行為が自らに破滅を齎しかねないことを理解しながらも、少女の傍に膝を着く。それから白皙の肌へと手を伸ばし、そこで逡巡を続ける。

 俺は一体どうすればいい。何をしなければいい。

 この少女は少し放っておくだけで凍え死ぬだろう。翌朝には不幸な凍死体が一つ増え、半自動化された治安維持システムが彼女を焼却炉に放り込むか、見てみぬふりが得意な誰かがそれに似た方法で彼女の存在を透明にする。木っ端レイヴンの俺にとってはそれがきっと最善だ。

 もしも俺がつまらない正義感や同情心で彼女に手を差し伸べるとしよう。それで、どうやって彼女を救うというのだ。

 BFFに差し出すか? とんだ人道主義だが、その時点で俺はただの傭兵から機密を知った部外者に格上げだ。つまるところ自殺しに行くようなもので、誰にとっても意味がある行いとは思えない。

 ではアクション映画の主人公よろしく、彼女を連れ帰って正義の味方ごっこでもするというのか? 自己陶酔も笑えない。誰がどこで見ているとも知れないこの地下世界でそれはあまりにも身の程知らずで、前者よりもひどい結末を迎える未来を迎える予感しかない。それに、俺の浪漫心の食指も動かない。

 立ち去れ。

 理性の総意がそう傭兵に語りかけている。

 にも関わらず、傭兵はその決断から葛藤を拭えなかった。

 それは優しさではない。倫理観でもない。

 「出来損ない」であるがゆえの、腐った同情(シンパシー)に違いなかった。

 

「…………」

 

 震えた指先が少女の人形じみた銀髪を掠め、少し痩せた頬へと触れる。

 傭兵の指先が感じ取った冷たさは、確実に生命の灯火を蝕んでいた。下手をすれば、こちらも凍りつかされかねない程に。濃密な死の色が少女の血色に滲み出していた。

 彼女は傭兵を認識しているのかしていないのか、朦朧とした意識で解けた両目を彷徨わせた。ぼんやりとした視線は傭兵の表情を一瞥し、やはり虚無ばかりが垣間見える。

 傭兵はその虚ろさの中に昔の自分の姿を見てしまうのだ。

 アスピナ機関、アナトリア技術研究所と並ぶ古くからのAMS研究機関に囚われていた子供たち。孤児、捨て子、堕胎された望まれぬ子。呼び名や背景はどうでもいい、消耗品としての使い道しか与えられなかった生き物の行き着く先に傭兵もいた。

 この世に生まれ落ちた者が皆世界を愛せるわけではなく、また世界も皆を愛するわけじゃない。

 傭兵には分からなかった。胸の奥に根ざした些細な同情心は、彼女を生かす選択も殺す選択もそのどちらもが彼女に苦痛と慈悲を分け与えるものだと嘯いていたからだ。

 

(でも……)

 

 それは俺が決めることじゃない。俺が考えるべきは俺の都合だけであって、この少女の心情や未来のことじゃない。それじゃまるで管理者のようで、傲慢すぎる。

 俺が判断すべきはもっとシンプルで、たったの二つでいい。

 今ここで少女を拾うか、放っておくか、それだけなんだ。

 

(俺は)

 

 時間にしてそう長くはない───しかし何時間にも思える逡巡の末、粘ついた唾を飲み込んで、傭兵は胸の内を固める。過ちを受け入れる。

 俺は……俺は感情に抗わない。その代償の重みも知らぬまま、傭兵は剣呑な光を瞼の下に灯して、少女の手を取ろうと腕を伸ばした。

 

「おい」

 

 その刹那のことだった。掠れた男の声が、傭兵の背に掛かったのは。

 

「離れろ」

 

 足音に気づかなかったのか、それとも気づけなかったのか。散漫になっていたのは間違いない。

 傭兵はぴしりと動きを静止させ、それからゆっくりと立ち上がった。突き出していた手を両脇に掲げ、コートがはためかないくらいの速さで声の方へと振り返る。相手が銃を構えているのは想像に難くなかった。

 俯いて、凍える少女を視界から外しながら躰を回す傭兵の意識は凍てついていた。どうやら、あれこれ迷っている間に破滅の使者は近づいてきていたらしい。遅かったというわけだ。

 半ば諦めの境地に至りながら振り返った傭兵だったが、そこにあったものは想像していた景色とは少し違っていた。

 

「ソレは、俺のモンだ……っ!」

 

 立っていたのは大柄な男だった。予想通り拳銃も持っていて、だが、企業が寄越したエージェントには到底見えなかった。

 その大男は風呂上がりに着の身着のまま駆け出してきたかの如く半裸で、そして血塗れだった。

 浅黒く焼けた肌のあちこちに透明な結晶が刺さっていて、それらの傷口からとめどなく鮮血が流れ出ている。恐らくは至近距離で大きなガラス窓が割れて飛んできでもしたか。全身に大小様々なガラス片が刺さっていて、特に左目と、禿げ上がった額と、右の脇腹には大きな破片がめり込んでいる。

 自動拳銃を構えた左腕も同様であり、その銃口は辛うじて傭兵の方向を向いていはいたが、小刻みに震えていて狙いが定まる気配はない。

 唯一、右腕のミラージュ製重量腕によく似た機械腕にだけは目立った損傷がなかった。しかし糸が切れたようにだらりと垂れ下がっており、引きずるようにしてなんとか立っているような有様だった。

 

「俺のモンだ……俺だけのモンだ……!」

 

 動脈も傷ついているようだ。たとえ男の容態を目にしていなかったとしても、路地に連なる血痕を見れば誰もがもう長くないと理解するだろう。そんな瀕死の状態に陥ってなお、この大男は傭兵に銃を突きつけていた。

 

「あんた……」

「俺が、買った! ……俺の所有物だッ! 俺の人形だッ!」

「…………」

「俺が犯すッ、俺が使うッ、俺が壊す、俺が、切り刻む……ッ!」

 

 大男は憤懣やるかたない様子で叫ぶ。その度に赤黒く粘ついた唾が口から飛び散り、口元が勢いよく白色に曇る。

 傭兵は判然としない、至極不快な気分で彼を見ていた。

 大きな体格に拳銃、明らかにカタギが手に入れられるものではない特製の義手。おぼつかない口ぶりで飛び出すのは、死を目前にしても消え入ることのない濁った欲望。普段の彼がおよそどのような人間であったかは容易に想像がつく。

 同じ穴の狢だ。

 傭兵にはどんな顔をしてやればいいのか分からなかった。

 

「っ、クソ」

 

 そのうちに大男も出血に耐えられなくなり、ずるずると地面に崩れ落ちる。膝を付いた彼はガラス片が食い込む痛みに悲鳴を上げ、焦点の合わない瞳で必死に目当ての物を探した。

 白銀の髪、純白の皮膚、トルコ石の青を放つ虹彩───多分まともな視力さえ残っていやしない。彼のグリーンの目はあらぬ方を彷徨っていた。大した執着心はあっても、念願どおり発散されることは最期までなくなってしまったわけだ。

 傭兵は無機質な心の上澄みで、大男を哀れんでみる。

 

「俺の……まだ、使ってな……アアアアアアアアアッ! くそっ、クソがッ」

 

 掠れ、嗄れ、枯れていく大男の悲嘆をそれ以上聞く気にはならなかった。どこにでもあるこの世への呪詛だ。

 銃口が睨みつけてもおらず、巨躯が起き上がることも困難だと知れれば、傭兵を苛んでいた恐怖も失せる。彼の指先が拳銃の引き金に届いていないのを確かめてから、今度こそ少女の腕を取り、不器用な手付きでやせ細った肢体を担ぎ上げた。

 夜は重苦しく肩にのしかかっている。そんな夜の下でも少女の躰は羽のように軽く感じられた。濡れたシーツを剥ぐいてしまえば、風にさらわれて散ってしまいそうな雰囲気さえあった。その得もいわれぬ儚さこそが、そこに横たわる大男のような連中を惹きつけたに違いない。

 つまらない想像を一通り組み立て終えたところで、傭兵は歩き出す。

 

「クソ、クソッ、糞だ全部っ」

「もう行くよ」

 

 ぽろりと溢れた呟きはきっと彼の耳には入らなかっただろう。だがそれでいい、と傭兵は思った。

 彼の結末に俺は必要ない。また、腕の中の少女も。

 やがて喚き散らす声が小さくなっていく。

 

───もう、なんだか疲れ切った。

 

 考えるべきことは他に沢山あった。それでも傭兵は、急激に回転を緩めていく脳内でぼんやりと考えていた。

 さっきの大男が人身売買のブローカーなのか、大枚を叩いただけの単なるユーザーなのか、それともその他の手段で少女を手にした第三者なのかはわからない。身なりや立ち振る舞いからは情報にあったような金持ちの気配はしなかった。ともかく、リンクスの少女に執着し、何らかの手段でその身柄を手に入れたことは間違いない。

 それまでに彼がどのような犠牲を積み上げてきたのかが無性に気になった。

 傭兵には人身売買の相場など知りようもない。ただ、単なる想像でしかないが、リンクスの少女がそんなに安くつことはないのではないか。

 そして今俺は、彼からそれを奪い去っていく。たぶんこの世に残す一番の未練を、心から欲するでもなく、そのために彼を害するでもなく、通りすがっただけの分際のこの俺が。

 それは、なんという無念だろうか。

 

「全部……無駄かよ」

 

 小さな、微かな呟きだった。

 

「何も、変わんねえのかよ、結局」

 

 大男の最期の嘆きが、傭兵の耳の中で渦巻く。

 けれど傭兵は、今度は彼のことに疑問を抱いたり、悩んだりはしなかった。

 なぜならそれは、傭兵が冷酷な殺人者だからだ。

 彼はレイヴンだった。

 彼らは鴉。硝煙の香りに誘われて、屍肉に群がる渡り鴉たち。

 鉄鋼の子宮から生まれ落ちた堕し子だ。

 共食いをすることもあれば、弱った山猫だって啄む。

 

 




〈特に深くは考えていない設定・解説〉

VD(大破壊)→初代・2系と並行して3→SL→4系・N系→V→VD(大破壊)……です。
個人的には2のOPに出てきた宇宙ステーションとかがタワーなのかと思ってました。サイズ的にちがうみたいですね。

〈人物〉

・傭兵
一応スタティックという名前があります。いつの間にかAMS研究体の初期ロットになってた人。特にどのナンバリングの主人公だとかの設定はないです。プロジェクト・マグヌス出身。軽二乗り。緑ライフルが強いだけのアセンです。

・男(V乗り)
初代主人公のクローン的な。乗機の色的にはリャノン・シードルにカヒライスと、その辺をイメージしてます。フルKE中量二脚。

・少女
初期プロットの名残りみたいなもん。リリウムのデッドコピーということになりました。

・義腕の人
一番設定が薄い方。別に初代ムービーの彼ではない。

・老紳士
ディソーダーを手に入れようとしていました。ただの記録媒体です。

・オペ
シーラ・コードウェルとジョージ・オニールを足して二で割ったようなタイプ。専属契約はしない主義。

お目汚し失礼しました。



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