貴族社会と騎士の信条が燦然と輝いていた過去と資本主義社会により民衆と企業の消費物と変わった騎士が渦巻くカジミエーシュにて、『光』に焼かれた一人の騎士の話

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光は掴めず、痕を残らず

 

 

 

───ワァアアアァアアアッッッ!!!!

 

 大歓声が轟く

 悲鳴が響き渡る

 野次が飛び交う

 そこには熱意があった

 そこには敬意があった

 そこには畏敬があった

 その場にいる誰も彼もが、目の前で行われているソレに目を向けていた。決して見逃してはならぬと、一瞬の瞬きすらも惜しみ目を見開いて。

 欲望、尊敬、敵意、およそ様々な感情が渦巻くその場において、それらの感情を二身に向けられている彼らはそんなもの全て知らぬ存ぜぬとは言わんばかりに躍る。

 槍が振るわれ、

   刃が振るわれ、

             光は閃き、

               煙は荒び、

 二人の騎士は互いにぶつかり合いながら躍り続けていた。

 一人は『光』その言葉こそ正しく彼女を指し示すべき言葉であり、宛ら翼が背に生えているかの様に彼女は目の前の好敵手へと軽やかにしかして重く鋭く自らの持つ槍を振るっていく。

 槍が振るわれる度に彼女の光は瞬き、見る者の目を奪っていく。だがしかし

 

 

「シィアァッ!!」

 

「ハァアッ!!」

 

 

 瞬く光を掻き消さんと吹き荒ぶのは硝煙の波。

 彼女の槍が、刃とぶつかり合い火花をその金属音と共に激しく散らしていく。

 素顔を晒し、閃光と共に軽やかに舞う彼女に対して、彼は逆であった。

 バイザーの様な騎士兜は素顔を隠し、その右腕からは硝煙が吹き上がっていき、自らの身体を隠すとはいかぬがそれでも尚、見る者を暗ますモノだ。だとしても、彼の威容を誰もが目に焼きつける。

 硝煙吹き上げるその右腕に装着された異形の刃、およそ騎士と呼ばれるものが振るうとは思えぬ姿を見せるソレは、銃剣か?斧か?人斬包丁であるか?否、それは人体、生物を相手取るにはあまりにも外れていた。

 複雑怪奇な機構によって、組まれながらもそれが行う目的はただ一つ。火を焚べて、装填されている刃を目標へと至近距離で叩き込む為のパイルハンマー。

 だが、どのような見た目であろうとも武器に貴賤はありやしない。ソレに命を預かれるのであれば、どのような見た目であろうとも、それは騎士の剣なのだから。

 振るわれる槍を刃が迎え撃つ度に、彼の兜から伸びる纏めた髪が尾のように揺れ動き、執拗に彼女のあらぬ隙を狙って刃が振れ動く。それに対して彼女もまた彼のあらざる隙求めて槍が絡め動く。

 相反する二人の騎士が互いに互いを撃ち倒すべく、躍り踊り、何度も何度もぶつかり合っていく。

 そこに観客の歓声も、実況の煽りも、届きはしない

 

 

「「でぃぁあああ!!!」」

 

 

 槍と刃がぶつかり、彼彼女らを中心に突風が吹き荒れ塵砂が巻き上がり、観客らは皆思わず顔を覆ってしまい次に舞台を見た時には

 

 

 

 先程までと打って変わって、静寂だけがあった。

 

 

「────光、あれ」

 

 

 中央でぶつかり合っていた筈の二人は既にその場にはおらず、互いに距離を取り大衆の目からは明確な隙を見せている様にすら映っていたがそんなことは無い。

 彼女、耀騎士が握る槍の穂先は確かに敵へと向けられてはいない。しかし、彼女の空いた手には眩いばかりの光が収束していき、結晶体を構成し始めている。

 それに対し彼、煙穿騎士の右腕に装着されたパイルハンマーは火を吹かし、右腕からも硝煙が噴出していっている。

 

 

「撃鉄を落とせ────」

 

 

 その光景に観客も実況も、誰も彼もがその口を噤み目の前の光景、今から起きるであろう事を見逃してはならないと目を見開き注視する中、

 この舞台の何処かで、石が崩れる音が微かに聴こえた。

 

 閃光が迸り、一条の光と化して耀騎士がその背に翼を羽ばたかせ飛翔する。

 地面を蹴りつけ、炎が混じる噴煙と共に煙穿騎士が振り上げた刃と共に疾駆する。

 光と煙、正反対のソレではあるがどちらも観客らからその全容を隠す程に纏って両者は激突した。今まで以上の衝突は周囲に衝撃を放ちながら、互いのアーツが喰らい合っていく。槍と刃がぶつかる直前に、煙穿騎士のパイルハンマーの撃鉄が炎を吹き上げながら爆音を響かせ、耀騎士を追従する様に構築された光の短槍が殺到していく。

 

 

「マァァアガレェッットォォオオオ!!!!」

 

「ゲェェエイィツゥゥゥウウッ!!!!」

 

 

 会場に、二人の騎士の絶叫が響き渡り、誰も彼もがその熱狂に呑み込まれていく。

 

 

 

 

────・

 

 

 

 

 カジミエーシュ:某日

 何時もと代わり映えもしないような日常ばかりが、カジミエーシュの大通りに訪れていた。

 当たり前の日常、当たり前の時間、そんな平凡極まる空気感とでも言うべきモノが流れていく中、大通りに面した喫茶店、それのテラス席の一角で一人静かにやや遅めの朝食か、それとも早めの昼食か、珈琲と共にサンドイッチを口にしながら本を読むクランタの青年がいた。

 やや青みがかった黒い髪を細長くうなじ辺りで纏めたワイシャツというラフな格好であれば、ただの休日を楽しむ何処にでもいる好青年という風体ではあるが、そんな彼には何処にでもいる好青年という印象を覆す特徴があった。

 右腕の付け根から先が服の上からもわかる通り、彼の右腕は生身のソレではなく金属製の腕であり、その腕が篭手などの類ではなく義手のそれであるのは容易く見て取れた。

 そして、ワイシャツから僅かに伺える首筋などにも決して浅くはない傷痕も相まって、彼は何処にでもいるような好青年などではなく、一人の────

 

 

「ゲイツ」

 

「……マーガレット」

 

 

 サンドを口に運ぶ彼に声がかけられ、既に口にしていたモノを呑み込んだ彼、ゲイツ・ホルンベルクはその声音からそれが知己のものであると理解し、声の主へ視線を向けることなく、名前を口にすれば彼の対面の席が引かれ人が座った。

 ほぼほぼ無許可と言うべきだが、何も言わずにという訳でもなくましてや自分と相手の今更な関係である為に彼は何か言うわけでもなく軽く息をつきながら、珈琲を口にし視線のみを相手へと向ける。

 

 

「おはよう」

 

「……ああ」

 

 

 正面に座るのは陽射しを受けて、煌めく金糸の如き長髪が特徴的な、彼と同じクランタの女性。どうやら、今日はオフらしく彼の記憶に焼き付いた髪型と違い、降ろされた髪に動き易い服装。

 同じオフであると言っても、やはり女性と言うべきか彼ほど雑な服装ではない。紳士ならばここはそんな彼女の服装に一言か二言はお世辞でも口にするものだが、残念ながら彼の中にはそんなモノは入荷されていない。

 そもそも今更、そんな気の利いた言葉を言うほどの関係でもなくせいぜい同じ道を歩き子供の頃から続いた関係でしかない。所謂腐れ縁でしかないのだ。

 

 

「一応、言わせてもらうが、自分の分は自分で払え」

 

「まさか、君は私がわざわざ友人に朝食を集るような人間に見えるのか?」

 

 

 近くに来たウェイターに注文していた彼女に半眼でそう言えば、心外だと言わんばかりにしかし揶揄う様な声音で彼女は返し、そんな返答に対して彼はただただサンドイッチを口に運び黙殺するのみ。

 どこかぶっきらぼうと言うべきだが、これで彼らは問題は無く、至極いつも通りの日常が行われていた。

 運ばれてきた料理と飲み物を口にしながら、しばし周囲の少しずつ賑やかになってきた喧騒を耳にしていた二人であったが、先に口を開いたのは珈琲を飲み干したゲイツだった。

 

 

「まず、先日の競技会、優勝おめでとう」

 

「ああ、ありがとう。君も凄まじかったとも」

 

「嫌味か。……いや、冗談だ、お前は強いな」

 

 

 思い返すのは先日の騎士競技会の事。

 競技会に参加した騎士たちの中でも若手である自分よりも一つ下の年齢である彼女は、記録上最年少で優勝という栄誉を手にした。腐れ縁として、そんな栄誉を手にした彼女は正しく称賛すべき相手であるのは間違いないが、称賛してみれば準決勝で打ち負かした自分を褒め返してくる等嫌味以外の何物でもないのだが彼女の性格をよくよく知っている彼はそれは決して嫌味ではないと分かっていた。

 故に直ぐに撤回し、さらに称賛を重ねる。

 それを受けた彼女、マーガレットはその称賛を口にした声音から滲み出ている感情に思わず微笑みを返す。

 

「強かった」ではなく、「強い」。意味としてはせいぜい過去形かどうかの違いでしかないが、その声音からは決して彼が諦めていない事を、必ず次は勝つ、そういったメラついたモノが感じ取れていた。

 

 

「何笑ってるんだ……いや、言わなくていい。それで、最近はどうだ?」

 

「ん?ああ、そうだな。マリアから優勝祝いに篭手を貰ってな」

 

「…………お、おう、篭手か……らしいと言えば、らしいが……」

 

「君はどうなんだ?」

 

「うちは、爺さんに笑われたが?」

 

「ああ、あの方にか。それはきっと凄かったんだろうな」

 

「それはもう。あの爺……馬鹿みたいに笑いながら背中叩かれたよ……同じ隻腕だろうよ」

 

「それは災難だったな」

 

 

 そんな他愛の無い会話をしながら、追加の飲み物を注文しては楽しげにする彼らの光景は正しく、彼らの当たり前の日常であるのに間違いはないモノだ。

 これからも変わらず、終わらぬ、続いていく日常

 

 

 

 

 

─────だった筈だ。

 

 

「ニアール家首席騎士、マーガレット・ニアールが騎士競技会及びカジミエーシュより追放の措置を国民議会から出されました」

 

「は?」

 

 

 理解出来なかった。

 認める事など出来なかった。

 一体何を言っているのか分からなかった。

 いや、聞きたくなかったと言うべきか。執事の伝えた言葉に彼は一瞬、思考が停止したが直ぐにその言葉を飲み込んで騎士として鍛えてきた身体能力からか跳ねる様に動いたがしかし、直ぐに家中の者らに押さえつけられゲイツ・ホルンベルクはしばらくの間自室にて謹慎する事となる。

 

 

 分かっていたのだ。

 一部企業の上役に食い込んでいるホルンベルク家の自分とニアール家の彼女とは事が違うのだ、と。

 カジミエーシュの貴族社会にて燦然と輝いていた騎士の誇りは、全て資本主義社会によって商業連合会の手垢塗れの既得権益といったモノで踏み躙られ蘇るべき古き騎士の信条は、民衆と企業の求める宣伝の道具と平和の虚像へと成り下がってしまっているのだ、と。

 そんな中で、マーガレット・ニアールの自らの騎士としての誇りを持ち企業らの支援などを跳ね除けおのが実力をもって勝ち取った栄誉、その毅然とした姿は昔ながらの騎士や誇りを重んずる騎士にとって、正しく燦然と輝く『光』であった。

 だが、その結果がこれだ。

 家が企業の上役でもあり、事実上実家がスポンサーである自分と違い、スポンサーなどを拒否していた彼女は企業からすれば気に入らない存在だろう。そして、何より前例など作ってはいけなかった。

 故の見せしめなのだ。

 例え、上手く行ったとしても、こうなるぞ、と。

 

 

「くだらねぇ……くだらねぇ……」

 

 

 呪詛の様に垂れ流しながらも、ゲイツ・ホルンベルクにはどうしようも出来やしないのだ。

 この現実がお前と彼女は違うのだ、と。彼女の様な光にはなれぬのだ、と。そんな分かりきってしまった事実を突きつけてくる。

 だが、だとしても、その上でゲイツ・ホルンベルクは思うのだ。

 

 

「どうして…………どうして……、俺を、俺を連れていかなかった…………」

 

 

 俺たちは腐れ縁だ。

 俺たちは戦友だ。

 一言声をかけてくれれば、家など放り捨ててお前と共に放浪するというのに。

 何故、という恨みにもならぬ疑問ばかりが吹き出しては虚空に消えていく。まるで、煙のように。

 

 残ってしまった煙穿騎士ゲイツ・ホルンベルクの名は次の騎士競技会にて再び轟く事となるが、彼にとってそんな栄誉は路傍の石同然のくだらない鍍金の勲章でしかなかった。

 彼にとって、彼女という好敵手との戦いの先にあるものこそが栄誉である。

 彼女という眩き『光』をその手に掴む事で辿り着ける栄光である。

 託されたのならば、話は変わるだろう。

 だが、彼女を追いやった者らの下で商品として看板となるのにいったいどんな価値を見い出せというのか。

 

 

 コレが彼女という『光』に焼かれた結果だと言うのならば、彼は受け入れよう。

 彼女という『光』を失った結果、世界が色褪せたというのならば、彼は諦めよう。

 名誉も誇りも何もかも、零れ落ちたのがこの結果だと言うのならば…………きっと再びそれを掴まんとする時は再び『光』を見た時だろう。

 

 

 

 

─────・

 

 

 

 

「煙穿騎士殿、準備は出来ておりますか?」

 

「問題無い。この時の為に全て調整してきた」

 

「それは上々ですな。改めてお伝え致しますが我々商業連合会は今回の特別大会、そして今回の試合には大きな期待を抱いております。何せ────」

 

 

「御託はいい。そちらの利益と俺の求めてるモノが一致しただけだ。俺は…………この日を待っていた。掴みたい、痕を残したい、あの時に果たせなかった事を成す」

 

 

 

 

「勝つのは俺だ、マーガレット。今度こそ、勝ち逃げは赦さんよ」

 

 

 

 






 実体の無いモノをどうやって掴むのか、触れられぬモノにどうやって痕を残すというのか


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