今の僕はバハルス帝国にいる。
僕がバハルス帝国に足を運んだのは、ただの気まぐれ。元々帝国に来る用があるわけではなかったが、大きな仕事が先日終わったこともあって、体を休めるためにも他の国を見て回りたいと思ったからだ。
姫様に国を出ることをお伝えた時は「私も行きます!」とずっと仰っていたが、さすがに連れて来るわけにもいかず、どうにか納得して頂いた。
バハルス帝国には冒険者よりもワーカーと呼ばれている人たちが多い。王国のように冒険者組合などを通すわけではないので、非合法なことでも金さえ払えば動く存在といった方が正しいのかもしれない。
冒険者なんて、働きたくないと思えば働かなくても問題はない。ただ、その間は収入がないだけで。幸い、僕には冒険者として、これから生きていく上で必要な分の蓄えがあり、働かなくても生きていける。
だけど、もし仕事を辞めたら、自分というものが壊れてしまう気がする。
まずは街を歩いてみるか。
やっぱり王国と帝国では街の風景や服装、食べ物に至るまで全然違うというのが新鮮で楽しかった。だけど、あまり王国を離れるわけにもいかないのは僕も分かっているつもりだ。
そして満喫していると、あっという間に時間は過ぎるもので、今晩の宿の確保に専念することにした。でも、こういう時は自分で決めるよりも地元の人の意見を聞くべきだと判断して、街の人らしき人に聞いてみることにした。
「あの…ちょっと聞いてもいいかな?」
「……は…い」
相手は金髪の少女で、まだ幼いが服装や持っているものを見る感じだと…ワーカーと言ったところかな。
「この辺に一泊できる宿みたいなものはないでしょうか?」
「や、やどですか?」
「はい、ここら辺の土地勘はないもので」
「ど、どこからかいらしたんですか?」
「王国からです」
「え…王国から?」
「はい。旅行のようなものです」
自分の存在を知られたところで困ることはないが、変に喋るような身分でもない。
「そうなんですね。ここら辺だとここから少し先言って『鳥』っていうお店があるので、そこであれば食事もありますし、宿泊もできると思いますよ」
「そうですか、ありがとうございます。失礼ですがお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
「アルシェと言います」
「アルシェ様ですか。良いお名前ですね」
「あ、ありがとうございます」
彼女がどういう育ちの子なのかは分からない。けど、少なくともワーカーとして働いているところを見ると苦労しているのだろう。
彼女の年齢は正確には分からないが、10代から20代といったところなのは流石に分かる。
「僕は受けた恩は忘れません。なので、アルシェ様が困っていることがあれば一つだけ何か解決させて頂きます」
僕に出来る範囲のことであれば…。
「困っていることですか…」
「はい、貴女には困っていることがあるように見えます。さっき僕が何か解決させて頂くと言った時、瞳が揺らいだのを見逃しませんでした」
アルシェ様が宿を教えてくれなかったら僕は他の人に聞かなければならなかった。普段見慣れない場所で一人きりというのは案外、心細いもので、僕としてもアルシェ様の存在は有難い。それに少しでも報いるために。
「こんなことを見ず知らずの貴方にお話するのはとても恥ずかしいことなのですが……」
そして彼女の口から語られたのは、自分が貴族であったことや両親が借金を作ったこと、学院に通えなくなってワーカーをやっていることだった。どうやら僕が思っていたよりも彼女を取り巻く環境はそれなりにヒドイと感じた。
「状況は理解しましたが、僕は何をすればいいでしょうか?借金を返したいと言うのであれば代わりに返しますよ」
アーベル家は13英雄の末永というだけあってそれなりに影響力もあり、お金の面でも困らないぐらいにはある。貴族の借金を返すぐらいであれば別に問題はないし、助けてもらった恩はしっかりと返したい。
「…いえ、借金を返して欲しいなんてことは言いません」
「それではアルシェ様は何をして欲しいですか?」
「…私と妹たちを連れ出してくれませんか?」
「連れ出す……ですか?」
「はい、このまま両親の元にいても妹たちは幸せになれないと思います」
「それがアルシェ様の望みなのであれば叶えますが、正直僕みたいな得体のしれない人間にそんなことを頼んでいいんですか?」
これは最初に叶えて欲しいことがあるかと聞いた時から思っていた。
普通の子であれば得体のしれない人間にそんなことを聞かれたら「要りません」と言ったりするものだ。
その時は金銭でも渡せばいいと思っていたんだけど、アルシェ様はそこに疑問を持つことなくお願いした。それが不思議で少し怖いと感じてしまった。
「貴方は信用できると思ったんです。それに貴方のような強いお方であれば、力づくで全て奪えてしまうと思ったので」
「…そうか。キミには見えているのか。僕の魔力が」
「……はい。これから救ってもらう方にこんなことを言うのは失礼だと思いますが、最初は化け物かと思いました」
確かに見えてしまっているのならそう思っても仕方ないかな。だとしたら、この子は本当に特殊なタレントを持っているんだろう。
「でも、貴方はウソを付くような人間には見えなかったですし、私たちには頼れる大人がいない……だから貴方なら信じて見てもいいと思えたんです」
「そうなんですね。分かりました。アルシェ様の願いを叶えます」
僕はまた後日集合する時間と場所を決めてから別れることにした。
あの子の言葉全てを鵜呑みにはできないが、最後に彼女が僕を見た時の目は『懇願』するような感じだった。まるで地獄に垂れた一本の糸を信じて登ろうとしている時みたいだ。
もちろん、彼女との約束を反故にする気はなく、必ず守る。
そしてこういう自分を改めて……お人好しだと思った。