怪物退治 時給1050円 車通勤可 作:あたらんて
果たして、上司との二人きりの車内ほど居心地の悪い空間が他にあるだろうか。
右隣で鼻歌を歌いながらハンドルを握る、顔だけは良い女とは反対の方向にある窓の外の味気ない都会の景色を眺める。生まれも育ちも東京の俺からしてみればひどく見慣れた光景だ。
出来ることならば永遠に窓の外を眺め続けていたかったのだが、隣の女はそんな俺の心情を嘲笑うかのように話しかけてくる。いちいち相槌をうつのも面倒だというのに。
「なァ木村、お前、あれ、英語は得意か」
嫌味だろうか。そんな悪態を心の中でつく。
自慢じゃないが俺は高校に通っていない。今頃かつての同級生たちは青春を謳歌しているであろう中、俺は日々ちっぽけな日給のためにブラックな職場で肉体労働であることを考えれば性根も腐ろうというものだ。
「……勉強できるんだったら、中卒でこんな仕事につきますかね」
「『こんな仕事』とはなんだよお前。アタシは10年近くこの仕事やってんだぞ」
「命の危機と隣り合わせの仕事なんて、いつだって『こんな仕事』扱いですよ」
自分から死ぬかもしれないような場所に飛び込んで行くバカはいない。
ただそこに、底辺を這いずり回って感覚がマヒした人間と、生活できるだけの金銭があれば話は随分変わってくる。
「それで英語がどうかしたんですか? まさか海外に出張とか言わないでくださいね、芹沢さん」
ようやく右隣に顔を向けて、話の続きを促す。
芹沢かもめ、同じ職場で働く女上司。
ガサツな言葉遣いさえ直せば十分にモテそうだと思わせるほどの整った顔立ちを持つ彼女は、運転中が故にこちらとはミラー越しに目を合わせながら口を開く。
「いや、この前知り合いから聞いた話なんだがよ。『フリーマーケット』って、英語でどうやって書くかわかるか?」
「……バカにしてんすか。高校行ってなくても流石にわかりますよ。自由の『
スペルはわからないということは隠しつつ、なるべくそっけなく答える。
しかしどうやらその解答は芹沢さんの思惑通りだったようで、彼女は気持ち悪いぐらいのニヤつき顔をこちらに向けてきた。
「それがちげえんだなあ。『フリー』は自由の『フリー』じゃあねえんだよ」
「へえ、そうなんすか」
少しばかり驚いたが、なるべくその感情を外に出さず興味がない風に装う。
「『フリー』のスペルは、ええと…そうだ。F・L・E・Aだ」
「
自由の「フリー」はRだった……気がする。
ということは、読み方が同じなだけで意味が違ったりするんだろうか。
そんな疑問を口にはせずに考えていれば、顔に出ていたのか芹沢さんがまた口を開く。
「蚤だよ、ノミ」
「へ?」
「血吸ってピョンピョン跳ぶ小さいアレ」
意味がわからない。一体それがどうフリーマーケットに繋がるんだろうか。
そう思って少しワクワクしながら話の続きを待っていると、それきり奴の口は動きを止めてしまった。
「……」
「……」
「……なんで、ノミなんすか」
興味が抑えきれず、つい聞いてしまう。
すると俺の予想通り、芹沢さんの顔はしてやったと言わんばかりに口角が上がっていた。
うざい。ものすごくうざい。
「ニヤニヤしてないで教えてくださいよ」
「そっかそっか、知りてえか」
「うざいっす。その顔やめてください」
「いや、アタシも知らないんだけどよ」
「…………」
「…………」
「…………は?」
ぶち殺してやろうかコイツ。
頭の中で殺害計画とその後の逃走手段まで考えていると目的地への到着を告げるカーナビの機械的な音声が流れだす。
「ああ、でも一個アタシの思いついた説はあるぜ」
「……なんすか」
「蚤ってよ、何匹殺しても、何匹殺しても、うざったらしいくらいに湧いてくるだろ? 昔のお偉いさんも同じように思ってたんじゃねえの。フリーマーケットなんて闇市みたいなもんだろ。潰しても、潰しても、またどっかで現れる」
「へえ。……なんか、ちょうど『奴ら』みたいっすね」
「はは、違えねえな。殺しても殺しても、また湧いてきやがる」
辿り着いたのは郊外の廃ビル。
車が停まったらすぐに窮屈な助手席からさっさと抜け出し、トランクから
防弾チョッキや小銃といった明らかに物騒なそれらは、どう考えても一般人が所有していいものではなかった。
「デカブツを殺しゃあボーナス。10匹殺してもボーナス。ただし一般人がいたら避難を優先」
「慌てず焦らず冷静に。報告連絡相談を忘れない……すよね。わかってますよ」
「よォし、現在時刻は10時14分。ちょいと30分ばかし予定よりも遅れたが……。
本日も市民の皆様の安全のためにィ。『怪物退治』、業務開始」
「業務、開始」
◆◆◆
人類には、「天敵」が存在する。
それは時として「神」や「妖怪」などといった呼称を持ち、時として人類の活動を助けてきた。
それは翼を生やした白馬の姿を持つこともあれば、八つ首の大蛇として現れることもある。
それは都市一つを焼き滅ぼすこともあれば、雪を降らせ吹雪を起こすものもある。
それは時に恐ろしく、時に美しく、時に愛おしく、時に尊く、時に穢らわしいものであった。
太古の時代より存在し続け、およそ現代の科学では説明のつかない存在――それらを総称して人類は「怪物」と呼び、それらを狩るものも当然また、存在した。
◆◆◆
「標的を一匹確認、戦闘に入り撃破しました。イノシシみたいな見た目してます。死体持って帰った方がいいですか?」
『お前さ、何回も言うけど未確認の標的を発見したら待機、アタシが合流してから二人で撃破がセオリーだからな? いくら事前調査で危険度が低かったからって……』
「持っていかなくていいんすね。頭吹っ飛ばしてグロかったしデカいんで、ありがたいです」
『はぁ……アタシは引き続き上の階を調べる。何かあったら連絡しろ』
「了解」
トランシーバーから垂れ流される上司の説教を無理やり中断し、探索を再開する。前まで使用していた交互通話式の無線機の場合だったらこうはいかない。「どうぞ」の一言まで奴の小言を聞くのは控えめに言って耐えられなかった。
「さっきのイノシシ程度がこのビルで縄張りを維持できるんなら……今回はデカブツはなし、か。今月ピンチなんだけどな」
世界にはびこる「怪物」ども。
超自然的な力を有する奴らは多くの場合人間を襲う。
その脅威から一般市民を守るのが俺たち「駆除業者」の役割であり、そしてその職業は命の危険を多分に孕んだ社会の底辺どもが就く職業だ。
今回の仕事現場のような郊外の廃ビルは弱小怪物たちの絶好の住処であるため定期的に調査が入り、生息が確認され次第俺たち業者が駆り出される。
仕事内容は当然「怪物退治」。
それを生業としている俺たちではあるが、小物をチマチマと狩っていても稼げない。先のイノシシは一般人にとっては脅威であれど、普段からこの界隈に身を置いている俺たちにとっては雑魚もいいところであった。
そしてそんな奴が出入り口に最も近い1階を縄張りにしているということは、この先には更に雑魚しかいないということである。
10匹も怪物共が生息しているような魔境には見えないし、強力な個体もいないとなればボーナスは見込めない。今月は出費が色々と重なっており割と金欠だというのに、しょっぱい仕事を引き受けてしまった。
「芹沢さんは上の階を調べに行って、1階は制圧済み……やる事なくなったな」
暇を持て余した俺は、ブラブラと1階をあてもなくさまよう。
上階に怪物がいるのならば芹沢さんから連絡が来るかとも思ったが、それすら来ない。物音もしないし、本格的に今回の任務は終了だろうか。
「確かに事前調査には一匹分の反応しかなかったってあったしなあ……。大物の反応に隠れて、なんて可能性もあるけどボスが
このままでは今月の家賃が危うい。どうにかして仕事を増やし給料を荒稼ぎするか、最悪知り合いに土下座して金を借りるか、と金銭事情に頭を悩ませていたその時。
「ん、ここ……なんか綺麗だな」
フロアの隅のとある一画に、周りと違って埃の積もってないやけに小奇麗な床を見つける。
「イノシシのやつの寝床か……? いや、あのナリでそんな小奇麗にするような知性を持っているわきゃねえな」
気になった俺はしゃがんで少し辺りの探索を始める。するとすぐに、周りと違う足音を立てるある一枚のタイルを発見した。
「ビンゴだな」
タイルを剥がせば、そこには人間一人を余裕で通す地下へと通じる穴。明らかに隠し通路だ。
そして同時に、その中からは今まで感じたこともないような特異な気配が漏れ出ていた。
「……芹沢さん」
『ん、どうした』
「もしかしたら、ボーナスかもしんねえっすよ」
返答を待たず、すぐに穴へと身を投げる。
あまり深くない底へ辿り着けば、眼前にはかなりの大きさの空洞が広がっていた。
「一階の北東隅に地下へと通じる隠し通路を発見。入ったところけっこう先のありそうな洞窟が存在。今から調査に入ります」
『おい、待てって! そんな絶対怪しいところ一人で行くなよ? すぐ行くから待ってろ』
「残念、もう遅いっす」
俺の返答に芹沢さんは溜息を返す。
きっとすぐにこちらへ来るのだろう。しかし当然のごとく俺は彼女の到着を待たず、地下の謎空間の探索を始める。
大体あの人は慎重すぎるきらいがあるのだ。
確かに俺はあの人に比べればルーキーだが、それでも1年以上経験を積んできた。
それにいざとなれば駆除業者には「切り札」がある。そうそう死ぬことはない。
そういった考えの下に地下を探索していれば、やがて先ほど感じた気配が強くなる。
明らかに人工的に作られた通路に、終わりの見えてきた地下空間。
一つ先の角を曲がれば恐らく、この空間の「主」がいる。
「何者だ」
当然答えは返ってこない。
行くか退くか、それとも待つか。
少しの逡巡を見せていると、気配が動き出すのを感じた。
来たか。
銃を構えながら勢いよく角を曲がり、躊躇うことなく発砲する。
先手必勝、見敵必殺だ。
ドドド、と気持ちのいい発砲音が鳴り響く。
しかしすぐに、聞こえるはずのない何者かの叫び声が聞こえた。
「う、うわぁあっ!! ア、ア、アンタ、急に現れて何するの!? 人ん家にズカズカと入り込んだ挙句、いきなり攻撃とか頭おかしいにも程があるでしょ!!」
「――は?」
俺はポカンと口を開け、つい硬直してしまう。
だって何故なら、
「な、お前、何者だ!?」
「はぁ? それはアタシのセリフでしょ! いきなりこんな攻撃を仕掛けてきておいて!」
正気を取り戻すと、急いで後退しつつ目の前の少女に正体を問う。
形態は人型。ただし額から前方に向かって角らしきものが二本生えている。身長は1.5m弱。外見上の特徴は白髪赤目の少女といったところ。古そうな着物を身に纏っている。
冷静に敵の外見を分析するも、結論としては「敵の方が強い」というところに落ち着いてしまう。
芹沢さんを待つべきだったか。半分生存を諦めつつ逃走経路を考える。
「ほんとすいませんでした! 許してください! 僕が悪かったです!」
「いや、謝りながら逃げないでよ! しかもその黒い武器っぽいのずっと構えてるし! 戦う気満々じゃないの!」
「マジでごめん! 俺まだ死にたくないんだ!」
一縷の望みをかけて許しを請いつつ、銃口を敵に向けながら後ずさる。
「切り札」を切ればワンチャン逃げられるだろうか? まだ底の知れない敵の戦力が出来るだけ低くあるように願う。
「ちょ、ちょ、本当に逃げようとするな! さっきのはそんなに怒ってないから! 正直アタシ、さっき起きたばっかで今がどんな状況なのか全然わかってないの! 話を聞かせて!」
「え、マジ? ショットガン乱射されて怒ってないんですか? 聖人かよ」
もしや、と思い銃を下ろせば、そこには敵意がないことを示そうと両手を頭上に上げている少女の姿。
ようやく戦闘の意思を消した俺に、少し怒った様子の彼女は呆れた様子で口を開いた。
「――それで、何となーくアタシに起きた事情は察してるけど、今って藤原道長が死んでからどのくらい経ってるかしら?」
「……藤原、道長?」
「そ、あの道長。流石に知ってるわよね?」
意味がわからん。
藤原道長と言えば、あの藤原道長だろう。平安の世を生きた、日本史に名を残す偉人だ。
そんな彼が死んでから何年、と言われても――
「千年、くらい?」
そう返せば、目の前の少女は顔を手で覆って空を仰ぎ見る。
「うっそでしょ……千年て。いや千年て。十年くらいは許容かなーとか思ってたら千年て」
「おい、一体どういうことだ? 道長が死んでから千年経ったからって一体何があるんだよ」
謎のリアクションを見せる彼女にそう問いただせば、少し悲しそうな表情を浮かべる。
一体どうしたと言うんだ。千年前のことが気になるやつなんて、悠久の時を生きる怪物たちにだっていない。
そう思いながら彼女の回答を待つと、現実を受け入れたかのように表情を戻し、彼女は口を開いた。
「千年前に生きていた鬼の封印が、今になって解かれた……って言ったら、信じるかしら?」
そう問うた彼女の顔は、過ぎ去った時を惜しむように悲しみに包まれていた。
千年。
千年封印されていた、鬼。
平安の世からずっと、現代に至るまで封じ込められ続けてきた伝説上の怪物。
そんな存在がいるなんて、俺は――
「いや、普通に信じられるわけないっす」
「なんでよーーー!!」