ブランたちが森クジラを倒した時、既に時刻は日付が変わった時間であった。
イツキの解毒に必要な物を手に入れた一行は、すぐに来た道を引き返す。 道中襲ってくるモンスターを真面目に相手にはせず、振り切ったり軽く追い払う程度で済ませ、リーンボックス教会のベールの自室へと急いで戻った。
リーンボックス教会内は既に明かりが消されていた。 ベール曰く教会に住んでいる職員は意外と少なく、大体の職員は自宅へと帰るとのことであり、教会に住んでいる者たちも、時間的に既に就寝しているらしい。 深夜のネトゲに付き合ってくれる人が少ないともベールは愚痴っていた。
ブランたちは出る時も利用した教会の裏口を使い、足元の壁につけられている誘導灯の明かりを頼りに、息を潜めて素早く突き進み、ベールの自室へと滑りこんだ。
最後に部屋に入ったベールは扉を閉め、鍵をかけたことを確認した後、留守番をしていたらんらんに帰ってきたことを伝える。
「ただいま戻りましたわ」
「(´・ω・`)あ、ベール様。 おかえりなさい」
らんらんは相変わらずその豚の仮面をつけたまま、ベールへと話しかける。 らんらんの存在を前から知っていたブランはともかく、ネプテューヌとアイエフ、コンパの3人にとっては、良い意味で個性的な、直感的な感情を述べれば変な人物としか思えなかった。
「わたくしたちが留守にしている間、何かありましたか?」
「(´・ω・`)何も無かったよー」
「そうですか。 お留守番ご苦労様でした」
「(´・ω・`)おほーっ!」
主人から労いの言葉を貰い、高い声で何か喜んでいるような声をだすらんらん。 友達とかそんな関係ではなく、完全に主人とペットの関係であった。
そしてこの部屋の中で何やらやたらと悲しそうな表情をしている人物が1人。
「うぅ……ベール様の女神姿、結局見れなかった……」
アイエフは教会に着いた直後に、自分の憧れていた女神の真の姿を見れたかもしれないと言う、千載一遇のチャンスを逃してしまったことを悔やむ言葉を口にする。 外の暗がりでよく分からなかったが、ネプテューヌたちは今のアイエフを顔を見て、アイエフが教会に帰る道筋で何かブツブツとつぶやいていた理由を理解した。
「きっといつか見れる日が来るはずですから、落ち込んじゃ駄目ですよあいちゃん」
「そうだよあいちゃん。 ベールはあいちゃんが大好きだし、きっと近いうちに見せてくれるって」
アイエフがベールの女神化した姿を見るために、恥をかき捨ててまで努力したことを目の前で見ていたネプテューヌとコンパはフォローをするが、あまり効果はなさそうだった。
アイエフのぼやきがまだまだ続きそうな雰囲気だったので、本来の目的から離れてしまわないようにブランはアイエフのフォローを続けるネプテューヌとコンパの肩を軽く叩き話しかける。
「そんなことよりも、早く薬の調合を始めましょう。 コンパ、お願いできるかしら?」
ブランから薬の調合を頼まれたコンパは、途端に何やら歯切れが悪そうな顔をした。 何故そんな顔をするのか、ブランは勿論この部屋の誰にも分からなかった。
「……あの、それなんですが……わたし薬剤師さんじゃないので、お薬はつくれないんです……」
ポツリポツリと、言葉を何度か区切って言ったコンパの言葉に、ブランはすぐさま言葉を返す。
「でも、私を含めてこの場にいるあなた以外は皆医療の分野は専門外なのよ。 頼れるのはコンパ、あなたしかいないのよ」
「でも……らんらんさんはどうなんですか?」
ブランに、コンパにしか出来ないことと言われても、本人は今だに何か渋るように、らんらんにどうにか薬の調合が出来ないのか聞いてみたが、かえってきた返答は勿論
「(´・ω・`)らんらんは豚だから難しいことはよくわからないよ」
であった。 質問したコンパ自身も、それほど期待したものでも無かったのだが、コンパはそのらんらんの返答を聞いて、何やら先ほどよりも暗い表情になった気がした。
「そういうことだからお願いコンパ。 この中であなたしかいないのよ」
「けど……」
「イツキさんを救いたいのでしょう?」
アイエフの言葉にも、否定気味と言うよりは何か自信が無いような態度を取るコンパ。 ベールはそんなコンパに、自分たちが必死になって解毒薬の元を調達してきた理由が何のためだったのかを言葉にし、それをコンパに再認識させるために言葉をかけた。
コンパはその問いに対し、間を開けてゆっくりと言葉を口にする。
「……救いたいです。 イツキさんを助けてあげたいです。 ……けど、わたしじゃ駄目なんです。 イツキさんは助けられないんです」
「こんぱ、言っている意味がよくわからないよ。 どう言うことなの?」
ネプテューヌのこの質問は、コンパの言葉を聞いていた者たちが全員抱いた質問であり、ネプテューヌはそれらを代表してコンパへと質問していた。
ネプテューヌの質問に、コンパは俯き、先ほどよりも長い間を作って、言うことを躊躇うように口からを言葉を口にする。
「……実は、内緒にしていたんですけど、わたし、クラスじゃ落ちこぼれなんです……」
今でこそコンパはネプテューヌたちが負った怪我を治療するヒーラーだが、彼女の本文は看護学校の学生である。 コンパ曰く、自分が通う看護学校で自分は落ちこぼれであり、クラスの同級生からもその成績から呆れられていたらしい。
「勉強も実習も苦手で……クラスの皆と比べるとダメダメなんです……。 だから……こんな大切なことわたしがやっちゃダメなんです」
今までネプテューヌやアイエフにコンパが施した治療は、その殆どが医療の基礎とも言える応急手当てや応急処置などの、ある程度訓練すれば誰でも出来るようなものだった。 だが、命の危機に瀕するような毒を治す解毒薬を作ることなんて、そんな事が自分に出来る訳がないと、自己嫌悪と自信喪失にコンパは陥っていたのだ。
今まで言えなかった事を今更告白し、何を言われるかと不安を感じて、コンパは更に俯く。 ネプテューヌたちの事を直視出来なかった。
「……ハァ……そんなことか」
「……え?」
しかし、ブランがため息交じりにつぶやいた言葉はコンパの予想外の言葉であり、コンパは間の抜けた声を上げて、俯いていた顔を上げていた。
「……そうね。 私もブランに同意するわ」
「うーん……これにはわたしも、そんなことかって思っちゃうよ」
「何事かと思いましたけど、そんなことでしたのね」
「え? え?」
ブランだけでない。 アイエフもネプテューヌもベールも、コンパを軽蔑するような言葉も視線も送っていなかった。 何が何だかと言った感じで戸惑うコンパに、ブランはコンパの両肩を掴み、真っ直ぐにコンパを見つめて答える。
「あなた1人にイツキの命を背負わせようなんて、誰も思っていないわ。 私たちに医療の知識は無いけれど、それでも何も出来ないなんてことは無い筈よ」
ブランの瞳も、その言葉も真っ直ぐなものであり、コンパはそんな姿勢のブランにハッとするように目を見開いた。
「そうだよこんぱ! わたしたちの事を忘れないでよ!」
「そうですわ。 わたくしたちにも可能な限り協力はしますわ」
「だから、コンパはわたしたちに指示でもアドバイスでも何でもいいから知っていることを教えて。 みんなでイツキを救うのよ」
ブランの言葉に続くように、ネプテューヌもベールもアイエフも、自己嫌悪に陥っていたコンパを励ますように、自分たちも力になると言った。
「みなさん……」
コンパはネプテューヌたちの顔を見やるように、全員の顔を見た。 皆が皆、固い決意を持った顔つきでコンパを見つめていた。
コンパは自分たちも協力すると申し出てくれた仲間たちの言葉を受け、少し目を閉じた。 やがて、ゆっくりと瞳を開け、全員の顔を見やって、コンパもまた強い決意を胸に言葉にする。
「……お願いです。 ねぷねぷ、あいちゃん、ベールさん、ブランさん」
「イツキさんを助けるために、力を貸してくださいです!」
そのコンパの頼みに、断るなんて選択肢は存在しないかと言いたげに、誰もが誰も力強く頷いた。
◇
「……で、できたです! これでイツキさんを助けられるです!」
コンパの目の前のテーブルにたくさんの紙や平皿、採取してきた森のエキスや何かの粉薬、スポイトやゴーグルなどの器具が散乱する中で、スタンドに固定され、中に茶色っぽい液体が注がれているグラスを手に持ちネプテューヌたちにも見えるように掲げた。
「結構苦戦するかと思ったけど、思ったよりは幾らか簡単に作れたわね」
「全部が全部説明されているわけではありませんでしたが、ある程度毒物やその解毒薬について書かれているネットはやはり偉大ですわね」
アイエフやベールも、無事に作れたことに安堵していたようだ。 ベールの言った通り、ネットで得た情報とコンパの知識などをフル動員し、コンパは薬を慎重に調合し、コンパの指示を受けあっちこっちに動いて必要なものを用意し、そうして試行錯誤の苦労が報われて、やっと解毒薬が完成したのだ。
「(´・ω・`)さっそくイツキさんに飲ませるのよ」
らんらんにそう諭され、コンパは解毒薬が波打っているグラスを手に持ち、奥のベットへと駆け寄った。 レースを超えた向こう側のマットレスの上で、今も苦しそうにイツキは呻き声をあげている。
「さあ、イツキさん。 一気に飲むですよー」
早くその苦しみから解放してあげようと、口元にその解毒薬の注がれているグラスを近づけたのだが、
「……うっ……ううっ……」
呻き声を上げながらも、毒とはまた違う不快感を顔に表しながら、コンパの近づけてきたグラスを避けるように頭をモゾモゾと動かした。
「……飲むのを嫌がってますわね」
「……作っていて相当臭いが酷かったし、体が拒否しているんじゃないかしら?」
コンパの手に持つグラスに注がれている解毒薬は、解毒薬ではあるのだが、こげ茶色の液体とそれから発生する臭いから、何も言われなければ毒と思われても仕方のないものであった。
中々薬を飲もうとしないイツキに、何を思ったのかコンパは
「好き嫌いは駄目です、イツキさん! 良薬は口に苦しです! 口を開けないと、鼻から飲ませるですよ!」
「(´・ω・`)……さすがに病人にそれは駄目だと思うの」
「こんぱって、偶に素でああ言う鬼畜な発言するから怖いよね……」
立ち位置的にボケキャラにいるらんらんとネプテューヌでさえ、コンパの鬼畜発言に少し引いていた。
「そうですわ! こう言う時は、口移しで飲ませるに限りますわ!」
「く、口移し!?」
ベールの突然の提案に強く反応したのは、アイエフであったが、言葉には出さなかったが、ブランは体をピクリとしていた。
「えぇ。 まるで王子様のキスで眠りから覚めるお姫様のようで、ロマンチックではなくて?」
「ロマンチックですけど、それはちょっと……」
一応解説するが、別にアイエフが否定気味なのは口移しする相手が異性だからとかでは無く、単純にその手のロマンチックは現実的に考えると少し見合わないとかそういう事であり、決してイツキの事を貶めている訳ではないのだ。
「と言うか、この状況だとお姫様のキスで眠りから覚める王子様だね」
珍しく冷静にツッコミを、と言うより野暮なことを言うネプテューヌであった。
「やっぱり、ベールさんも王子様の口付けにあこがれるですか?」
どちらかと言うとロマンチスト寄りなコンパは、ベールの意見が何と無く理解出来ていたので、ベールへと質問をなげかけたのだが、返ってきた言葉はこれである。
「女の子ですもの、かっこいい殿方との口付けにあこがれるのは当然ですわ。 ただし、二次元に限りますが」
「「「「「……」」」」」
各自思うことはあっただろうが、とりあえず男が同じ部屋に居る時に(聞いていないが)言う発言では無い。 部屋はまたなんとも言えない雰囲気に
しかし、ベールはそれよりも強烈な爆弾を投下してきた。
「けど、異性同士ではなく同性同士……そう、女の子同士で……コンパさんの口付けで目覚めるネプテューヌというのもロマンチックですわ。 みなさんも、そう思いませんか?」
「「「「「うわぁ……」」」」」
同意を求めるベールに部屋にいるほぼ全ての人がドン引きし、ベールから少し体を引いていた。 さすがにそのことに気づいたベールは焦って
「ちょ、ちょっとなんですのみなさん! 人を軽蔑するような目で見ないでくださいまし!」
「ような、じゃなくて実際に軽蔑しているわ……」
「(´・ω・`)さすがのらんらんもこれにはドン引きなの……」
「ガーン」
ブランとらんらんのハッキリと引いたと言われてショックを受けるベール。 その後ハッとしてアイエフの方へと向いた。
「ま、まさかあいちゃんも……あいちゃんもですの!?」
まるで嘘であってくれと言いたげに、縋るように言うベール。 そんなベールにアイエフは少し苦い顔をして、言葉を濁しながら
「い、今のはちょっと……」
「ガーン!!」
「(´・ω・`)ベール様がショックで石になってしまったの」
さしものベール好きのアイエフでもフォロー出来ず、ハッキリと言ってはいないが言葉の意味を汲み取ったベールは先ほどよりも明らかにショックを受け、固まっていた。
それを見て不憫に思ったネプテューヌが、必死にフォローしようとする。
「だ、大丈夫だよベール! 例えベールが新作アニメのキャラクターでやたらとカップリングで攻めとか受けとかで掲示板で議論して、『腐女子キモイwww』ってレスされていたとしても、わたしはベールと友達でいるから!」
「喩えが具体的過ぎますし、若干わたくしから離れながら言っても説得力が無いですわ!」
尚、実際にあった案件とのこと。
「(´・ω・`)そんなことより、イツキさんに解毒剤飲ませなくちゃいけないと思うの」
話がイツキにどうやって解毒薬を飲ませるか、と言うことから完全に逸れて居ることをらんらんが指摘するが、ベールは
「そんなことって、わたくしの名誉の危機なのですわよ!?」
「(´・ω・`)イツキさんは命の危機なのだけど……」
冷静に返すらんらん。 流石にそもそもベールに危機となる程の名誉は既に失墜しているとまでは言えなかった。
「あ、そうだ! もしかしたらプリンと一緒になら飲んでくれるんじゃないかな?」
と、流れが完全にベールの風評被害となっている中で、突然名案だと言いたげに意見を言ったのはネプテューヌであった。
「名案ですねぷねぷ! それならきっとイツキさんも喜んで食べてくれるです!」
「……そこでプリンをチョイスしたのは完全にネプ子の好みだろうけど、いいんじゃないかしら? プリンシェイクに解毒剤を入れてのませるのね」
同意するコンパとアイエフ。 実際に薬を飲みやすくするような工夫はどこの製薬会社でも行われているものであり、専用のゼリーなどで錠剤を包み、苦味を抑えて薬を服用するためのものを開発していたりもしている。
解毒薬の飲ませ方の話に戻り、それを見計らって焦りつつも何とか自分の名誉がこれ以上失うわけにもいかないと判断し、会話に混ざる。
「そ、それでしたら、この教会の調理場に案内いたしますわ。 この時間に起きている教会職員はいませんし、誰かに見つかるようなこともありませんわ。 らんらん、調理場の扉の鍵を開けておいてくださいな」
「(´・ω・`)らじゃーなの!」
右手を頭に置き敬礼して、命令を全うすべく、らんらんは部屋を飛び出して行った。
「それじゃあベールさん、よろしくお願いしますです」
「あ、じゃあわたしも手伝うよこんぱー」
コンパがベールに案内を頼むと同時に、何故かニコニコ笑いながら手伝いを申し出るネプテューヌ。 その意図に気づいたのかアイエフはネプテューヌへとジロリと視線を向け
「……ネプ子、つまみ食いが目的かしら?」
「ギギギクゥ!? そ、そそそそそんな事があるわけ無いじゃナイデスカー」
言葉もそうだが、かなり大げさと言えるほど飛び上がり、あからさまに動揺するネプテューヌ。 そんなネプテューヌを見て、アイエフたちは呆れるしかなかった。
「……思いっきり動揺していますわね」
「余分に作った方がいいかもしれないです……」
「ハァ……それじゃ、私もネプ子の監視も兼ねて手伝おうかしら。 ブランは、ここでイツキを見ておいて」
「……え?」
唐突に言葉を、それも頼みの言葉を振られたために、ブランは素っ頓狂な声を上げた。 確かに大人数ですることでもないし、誰もこの部屋に残らないのはマズイだろうが、急に話を振られたブランは焦った。 焦ってアイエフたちへと言葉を返そうとしたのだが
「それではわたくしたちがプリンを作っている間、イツキさんをよろしくお願いしますね」
「え、いや、あの!」
既に決定事項であるかのように、ブランの意見も聞かずに4人は部屋の外へと出てしまった。
今から急いで部屋の外に出て、声をかければいいのだろうが、そこまですることでもないと、ブランは扉へと歩を向けようとしていた足を止めた。
「…………」
いや、本当に声をかけるまでもないだなんて、そんな理由で自分は立ち止まったのだろうか? 足を止めた理由が自分でも分からなかったブランは、その疑問を既に過ぎたことと切り捨てたのだった。
◇
自分とイツキ以外、誰もいない空間。 壁に立てかけられた、このフィギアやポスターで溢れかえっている中では似合わない、備え付けであろう質素な振り子時計の駆動音だけが、やけに響いていた。
ブランは周りを見回す。 あるのはベールの集めたアニメグッズばかり。 この部屋で呼吸をしているのはブランとイツキのたった2人だけ。 振り子時計の振り子の音だけが響くこの空間だけ、世界から切り離されたようにブランは感じた。
ブランはその場でじっと立ち尽くしていたのだが、ゆっくりと振り向き、イツキの眠るベッドへと歩を進めた。
「……イツキ……」
ベッドにいるのは、変わらずそこで苦しみ続けるイツキ。 そんなイツキの頬にブランは手を添えて、イツキの顔をジッと見つめた。
「……ごめんなさい……」
次いでブランの口から出たのは謝罪の言葉だった。 その言葉は、とても重く、自身の力の無さを悔やむようなものであった。
「……私、約束を守れなかった……」
その約束は、一方的な物だった。 このリーンボックスに来た時に、ブランがイツキが眠っている時にした約束であった。 当然、その約束をイツキは聞いていた訳ではない。
だが、それでもブランはイツキに謝罪していた。 自分はイツキを傷つけさせやしない。 守ってみせるなんて言った矢先に、イツキを守ることが出来ず、苦しんでいる。 そんな事態にも、それを未然に防ぐことも出来なかった自分の力不足が、恨めしかった。
イツキはあの日、私を守るためにボロボロになりながらも戦い続けた。 きっとラステイションでも、誰かのために己が身を呈して戦った筈だ。
そんなイツキを守るために、あの約束をした筈なのに、こうして自分は今ピンピンとしていて、イツキは苦しんでいる。
ブランの心の中ではそんな言葉が、そんな思いが大半を占めていた。
「……ッ……」
だからここでブランの目から水が零れ落ち、シーツへと落としても、何の不自然なことなんて無かった。
自分の力不足を悔やむのと、自分の大切な人が苦しんでいることの悲しみで、ブランの視界はぼやけ、震える物となっていた。
「……?」
そんな視界の中で、ふとブランの視線に止まったのはイツキの眠るベッドのそばに置いてある、テーブルの上に置いてあるグラスだった。
ブランはそれを手に取り自分の目の前へと持ってくる。 どうやら、コンパがその場においていってしまった解毒薬のようだった。 鼻にくる酷い刺激臭からも間違いないだろう。
そしてブランはその解毒薬と、イツキの顔を交互に見やった。 そして今、ブランの心の中に反芻されているのは、先ほどのベールの発言だった。
「…………」
ブランが今行おうとしていることは、自分でも悪いことであり、もしかしたら最低なことなのかもしれないとも分かっていた。
それでも、ブランはその行為を実行しようとした。
自分がその行為を、他でも無いイツキの為に行うことに、抵抗は無かった。
「……こんなの、謝罪にもならない……」
自分へと問うような言葉だった。 それでも、ブランは止まろうとはしなかった。
ブランは手に持っていたグラスを口にし、解毒薬を口に含む。 口いっぱいに、臭いを裏切らない酷い味が味覚を蹂躙するが、ブランは全く構わない。
そして、ブランはイツキの顔を両手で抑え、自らの顔をイツキへと近づけると
「………ンゥ…」
ゆっくりと、唇を重ねた。
◇
「……ン……フッ……」
解毒薬をイツキへと口移しし終えたブランは、ゆっくりと唇を離した。
長いようで、短い時間。 小説などでそんな表現をされているこの行為は、ブランにとっては時間すら感じられないものだった。
「…セーフ、よね……? 人工呼吸、みたいなものだし……」
そうごまかしながら、そっとブランは自分の唇に手を当てた。 口の中は、先ほどの解毒薬の味が残っている。 今すぐにでも水でその味を流したかった。
しかし、今も唇に残っている感触の余韻に浸っていたいと言う思いが、それを遥かに凌駕していた。
「……イツキ……」
目を閉じ、イツキの名を呟く。 それだけで、ブランは胸が高鳴った気がした。
彼女が本当の意味で、その胸の高鳴りと唇の余韻に浸った理由を理解できるのは、もう少し先の話だ
……もう、多分息していいよね……?
えーと……次回の投稿は来週の土曜日になります。