イロエンピツside
最近、ミー達の元に新しい道具が来た。そいつは真っ白な射影機で、名前が長いということで、インクからマシロと呼ばれ、それ以降全員からマシロと呼ばれていた。
「あ、あの、イロエンピツさん。」
外でスケッチブックを片手に絵を描いている最中、背後から声をかけられた。控えめがちな声に、後ろを見なくても誰だかすぐにわかった。
「……なんざんス、マシロ。」
「あ、えっと……写真、撮ってもいいですか……?」
チラリと後ろを振り返ってみると、マシロの手には自分の本体である射影機が握られていた。射影機というカメラの中でも特別な物に類別されるのに、マシロはただ景色を撮るだけで、最早ただのカメラとしか使っていない。まぁ用途なんて本人次第だから何も言わないざんスけど。
「好きにすればいいざんス。ミーの絵を描くのを邪魔さえしなければ。」
端的に答えて絵を描き続ける。
マシロとミーは、こうしてよく工房の外で会うことが多かった。ミーは景色を描くために、マシロは景色を撮るために、工房の外に出向いていた。
「というか、景色を撮るのにミーの許可なんて必要ざんスか?
勝手に撮ればいいざんしょ。いつもみたいに。」
マシロとは外で会うことはあっても話しかけることはなかった。ミーの反対側ぐらいで、ミーの邪魔にならないように配慮してなのか、そこで写真を撮っていた。話しかけて来たということは、今日はこの辺で写真を撮るつもりなのか。
シャッター音を切ってもらおうかと思っていると、マシロはこれまた控えめな声で話し出した。
「あ、あの…今日は、その……イロエンピツさんを、撮りたいな、って。それで……」
「……ミーを?」
珍しい事に思わず筆を置いて聞き返した。マシロは風景や景色ばかりで、人…というかミー達を撮ることは無かったのに。
マシロはコクンと頷いた。
「絵を描いているイロエンピツさんが…素敵だったから……。撮りたいなって。ダメ…?」
「っ…!」
コテンと首を傾げながら、マシロはミーに答えを求める。
絵を描いているミーが素敵……。マシロの嘘偽りない言葉には、正直心がむず痒くなる。今までそんなこと言われたことなんてなかったし、そもそもミーは、絵を描いている姿よりも絵を見て欲しいのが本心だった。
「…別にいいざんスけど。アーティストとしては、描いているミーの姿より描いた絵を見て欲しいざんスね。」
「? イロエンピツさんの絵は、どれも素敵だなって、思います。外でこうして写真を撮るのも好きですけど…イロエンピツさんの絵を、こっそり見るのも、好きですから。」
「……もしかして、外に写真を撮り来てたのは、ミーの絵を見たいがためざんスか?」
「………っ!あ、ご、ごめんなさい……。覗き見みたいな、真似をして…。イロエンピツさんの絵を初めて見たとき、とっても素敵だなって、思って……それで……」
「…………」
マシロは申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。このミーの絵が、素敵……。
ミーは偉大なアーティストである、ジャン・ピエール=イロエンピツ12世。ミーの絵の才能は、ミー自身が一番よくわかってるざんスけど、子供のように無垢で真っ白なマシロに言われると、自分の才能を認められているように思えて仕方なかった。
「ま、ミーの絵が素敵なのは当然ざんス。そんなに言うんなら、お前にだけこれまで描いたミーの絵を見せてやってもいいざんスよ。」
「! ほんと、ですか?やった…! あ、写真は……」
「特別に許可してやるざんス。その代わり、今度お前はミーの絵のデッサンモデルになるざんス。毎日同じものを描くのも飽きるざんスからね。それならいいざんスよ。」
マシロはふわりと、花が咲くように笑った。嬉しいと言葉で示さなくても、わかるぐらい笑顔。
そういう顔をされるのも悪くはないな、と、ミーは再び絵を描き始める。そのすぐあと、後ろで、小さなシャッター音が聞こえた。
力尽きた………