パートナーを選ぶのは翌日の朝になった。村側の都合ですぐには無理だと言われたため、手筈が整う翌日に。朝になったのは、カゲツがすぐにでもドンテンの村に戻る意向を示したからだ。
「きみがパートナーを得たらすぐにでも村を出ようと思う」
「その理由は?」
「支援者にニホンについての情報収集を頼むためだ。あまり優先されないだろうが、いずれ調査結果を連絡して貰えるだろう。連絡設備は私の家にしかないから、早めにドンテンの村に戻りたい」
とのこと。実際にトウキが島外に行くよりも調査は進まないだろうが、ある程度の結果は見込めるらしい。
「どうやって連絡すんの?」
カゲツは質問に答えようとして、少し悩んでから首を振った。
「着いてから説明するよ」
直接見たほうが早いのか、それとも口で説明したくないのか。判断出来なかったが、トウキは大人しく頷いた。
そんな経緯から二人は朝、村の中にある林を歩いていた。目的地である池はこの林の中にあるのだという。ウパーは乾燥に弱い淡水の生き物であるため、木陰に池を作ったのだとカゲツは説明する。
「本当にウパーを大事にしてんだなぁ……」
ウパーのために住処を用意して、環境を整えて。少しでも過ごしやすいようにと、オウセの村の人が考えたことがわかる。
「まあな。だから、オウセの村の環境よりも自分を選んでくれたパートナーに感謝して、大事にするんだ」
「家の中にプールを作ったり?」
「あれは極端な例だと言っておこう」
少なくとも私以外に見たことがない、らしい。大抵の人は水辺に放し飼いをするものだそうだ。あれが一般的だったらどうしようかと思ったが、そんなことは無いようで安心した。
「さて……そろそろ池に着くぞ」
「わかった」
林の小道を進んでいると、何やら声が聞こえてくる。それは輪唱のように続き繰り返され、池に近づくにつれて鮮明になり、ウパウパと鳴いていることがわかった。
鳴き声を聞きながら辿り着いた先。林の中にある池でたくさんのウパーが泳いでいた。十は確実に超えるだけ居るのに、池には入る余裕が十分にある。快適そうにウパーたちは泳いでウパウパ鳴いて、トウキたちを迎えた。
「さて、ここから私は口出しはできない。もし怒らせてしまったときには助けに入るが、それ以外は禁止されている。少し離れたところで見ているから、頑張ってくれ」
「あ、そういう……わかった」
あくまで自分で選び、自分が選ばれなくてはならないということだ。気を引き締め直し、トウキはウパーたちのもとへ歩いた。
足音が聞こえたからか徐々にウパーたちの視線が集まる。池の手前まで来ると彼らはトウキをじっと見つめ、何をするのかと待つ。
トウキはまず地面に膝を付いた。背丈の差で見下ろしていたからだ。しゃがめば目線はだいぶ近くなり、ウパーたちの顔がよく見える。好奇心や興味を持つものがいれば、嫌そうに遠ざかるものもいる。この時点で既にトウキに対して抱いた第一印象が見えた。
しゃがんで、何をしようか。名前を呼んでみようかとも考えたが、カゲツの真似をしたいわけじゃない。彼女ほど好いて貰えるとも思わないし、そもそもカゲツは望んでいないと思う。トウキが自分なりに考えた手段でパートナーを得るべきだ。
そもそもトウキはなぜポケモンを連れたいのか。それは自分の身を守ってくれる存在を望んでいるからだ。カゲツのパートナーたちはあくまでカゲツが言うからトウキを守っているのであって、守りたいと思っているわけじゃない。そこまで思い上がれはしない。
でも、それだけじゃないと思う。守ってくれる存在を望んでいるがそれだけじゃいけない。トウキはポケモンを道具になんてしたくない。もっと別の関係でありたい。
「……俺は」
だから、目の前にいる生き物に、自分の想いを伝えよう。
「ただの人間で、ポケモンよりもよっぽど弱くて。だから、俺を守ってほしい。でも……」
彼らとは話す言葉が違うし、それにトウキは話すのが上手じゃないから、全てが伝わるわけではないだろう。
「多分、俺が勝手なことをして命を落としたり、突然居なくなったりすることがあるかもしれない。別の理由で別れることになるかもしれない」
でも、この気持ちが少しでも伝わって、受け取ってくれたなら。理解してくれたなら。
「俺を守ってほしい。でも、守りきれなかったとしても、多分仕方ない。いや、死にたくないんだけど……でも、俺よりも、自分の命を優先してくれるのが一番良いと思うんだ。
勇敢に戦うんじゃなくて……身の危険を察知したら、すぐにでも逃げようって言ってほしい。怯えてもいい」
受け入れてくれたのなら。
「ただ、一緒に生きてほしい」
トウキは必ず、一緒に生きてみせるから。いずれくる別れまで生き抜くから。
「どうか、選んでくれないか」
トウキという人間と生きることを選んでほしい。
しん、としていた。ウパーたちは不自然に黙って、風は止んでいて、カゲツは何も言わない。トウキもこれ以上伝えることはない。
そんな中で、池の中に居た一匹が水を掻き分けた。ぱしゃぱしゃ音を立てて池を泳いで、地上にあがる。
カゲツのウパーよりも小柄な個体だ。その子は小さくウパウパと鳴いて、ゆっくりと歩いて、トウキの目の前まで来た。
照れ屋なのか控えめな性格なのか、その子はウパ、と小さな声で鳴くと下を向いてしまう。緊張している様子で、何度も身じろぎをした。
「……一緒に、生きてくれる?」
トウキが問うと小柄なウパーは顔をあげて、了承するように、ウパと小さく鳴いた。じいとトウキを見て、もう一度ウパと鳴いて、目を逸らさないように堪えていた。彼は雄弁な態度で、貴方が良いと伝えてくれた。
「俺はトウキ。よろしく」
手を差し出す。ウパーに手は無いけれど、何らかの反応をしてくれると信じて。
ウパーはトウキの手をじっと見つめる。それからまたゆっくりと歩いて、近付いて、トウキの手に――。
――触れたのは、違う生き物だった。
その生き物はしっかりとトウキの腕を抱くように掴み、ウパーから引き剥がした。青い体、頭のヒレ、丸い尻尾。ウパーとそっくりな体は、しかしウパーとは全く違う。
その生き物はトウキの腕を掴んだまま小柄なウパーを睨む。ウパーは怯えて退き、それでもトウキを見上げて、近付こうとして。
ミイ゙イィィィイ゙イ!! と、ウパー擬きが威嚇したせいで、その子は池の中に逃げてしまった。
「あ……」
逃げてしまったウパーを追おうとして、でも腕に縋りつく存在に邪魔をされた。その生き物はミィミィ鳴いて、強くトウキの腕を抱く。絶対に離さないと言わんばかりで、トウキにはもう何がなんだかわからない。
ウパー擬きは染めたような不自然な青い体をしている。水色では無く水に溶かし過ぎた絵の具みたいに薄い青だ。頭のヒレは木の枝で作られ、尻尾も丸めた体と同じ素材の布に見える。そう、作り物の体。
ミ、ミキュ。ウパー擬きが鳴いた。トウキが知る姿とはまるきり違うが、これは。
「ミミッキュ?」
ばけのかわポケモン、ミミッキュ。彼はトウキの呼びかけに、ミッキュ、と嬉しそうに返事をした。
嬉しそうなのは良いのだが、なぜ彼がトウキの腕を掴んで離さないのかがわからない。だってトウキは初めて本物のミミッキュを見たし、今タソガシマのミミッキュがウパーを模した化けの皮を被ることを知った。
ミミッキュに掴まれた腕を持ち上げると抵抗するようにミミッキュが引っ張ってくる。結構な力で引っ張ってくるから、長時間続くと痣になる予感がする。諦めて腕を下ろすと、ますますミミッキュは擦り寄ってきた。
「……どうしたのお前」
ミキュミキュとミミッキュが話しかけてくる。トウキは新種のポケモン扱いされていても、本当に彼らと同種なわけではないのでわからない。それでもミミッキュは熱心にトウキに語り掛けては腕を掴み、化けの皮の腹部から見える目で見つめてくるのだ。
ミミッキュ、ミーミッキュ。わからない筈なのに、なぜか。一緒に生きてと言われた気がしたのだ。
「お前なぁ……」
どうしてもトウキが良いのだと。どうしても自分を選んでほしいのだと、そう言っていることに気がついた。譲りたくないと思われたことを理解できてしまった。
「なんで俺なの」
説明するようにミキュミキュ鳴くが、やっぱり詳細はわからない。ただトウキが良いのだと、そう言っていることだけは十二分に理解してしまった。
トウキが必死に言葉を紡いで、あの小柄なウパーが歩み寄ってくれた瞬間に割って入ったポケモン。本当ならパートナーになるはずだったあの子を追い払って、トウキと一緒に生きようとしているミミッキュ。凄く複雑な気分で、滾々と叱ってしまいたくなるが。でも。
「お前、そんな、俺が良いの?」
どうしても、呆れる感情が勝ってしまった。
ミミッキュはなんとも堂々と、大きな声で返事をした。だから、そう。つい、諦めてしまった。
「……はー……もう」
色々と狂ってしまったことがわかる。本当はあの小柄なウパーを連れて森を出る筈だったと思うのに、その未来が消えてしまったことを理解した。もうトウキは、自分がこのポケモンと生きることしか想像できなくなってしまったのだ。
「俺はトウキ。よろしく」
ミミッキュは当たり前だと胸を張るように鳴いて。それから、嬉しそうにトウキに擦り寄った。
ご機嫌なミミッキュを抱えて池を離れる。去る前にウパーたちには謝罪を告げたが、終ぞあの小柄なウパーともう一度顔を合わせることは無かった。それだけが心残りで、そしてもう解消する手段はない。トウキはもう、このミミッキュを選んでしまったのだから。
「お前落ち着いたら説教だからな……」
嫌そうにミミミと鳴いたが、流石に叱らなければならないだろう。なにせ突然割って入り、まとまりかけていた話を白紙に戻すどころか破り捨ててきたのだから。どうしてこうなったんだかと息を吐けば、いままで何も言わず見ていたカゲツが苦笑いした。
「あー、その、なんだ。私はきみに何を言えばいいか」
「俺もあんたに何を言えばいいかわかんねぇや」
あのままウパーを選んだのなら、お互いに自己紹介をして、さあ出発しようで済んだだろうに。抱き上げているミミッキュが纏うウパー皮の尻尾を摘まむが、本体には関係の無い部位の様で彼は変わらず上機嫌だ。どうしてくれようかコイツ、と怒りに近い呆れが胸中を埋める。
「いや、本当に。呆れればいいか、怒ればいいか……それとも褒めればいいのか、よくわからないんだ」
と、カゲツが言うものだからその表情を見る。本当に複雑な、怒っているような悲しんでいるような、喜んでいるような呆れているような、何とも言い難い顔をしていたのだ。
「きみ、ゴーストタイプの扱いを忘れたか?」
昨日カゲツに説明されたばかりの話だ。忘れようもない。
「悪戯をしてくる厄介者?」
「しっかり覚えているのに、ミミッキュを選んだのか、きみは……」
「ほぼ一択だったんですけど」
今回の選択肢はミミッキュを受け入れるか受け入れないかだった。それ以外の選択肢をミミッキュにすべて奪われてしまったのだ。本当につくづく彼をパートナーに選んで良かったのか疑問になる。
まあ、でも。
「理由はわかんないけど、好かれてるしさ」
色々と教えていかないと大変なことになるだろうから、かなり苦労することになるだろう。でも、それでも良いと思うのだ。
「一緒に頑張れる気がすんだよな」
ミミッキュはもちろんとでも言うように鳴いた。だから、これでいいと思う。少しずつ一緒に成長出来たら、それで。
カゲツはもう仕方ないと肩を竦め、さてと話す。予定とは変わったが、このまま村を出てドンテンの村へと向かおうと。
「ミミッキュの化けの皮はまあ、遠目に見ればウパーに見える。ミミッキュのための封印石を手に入れるまではこのまま抱えておく方がいい」
「ああ、オウセの村の人間以外にならば、それでいいかもしれんな」
カゲツの言葉に反応したのはトウキではない。何者かと視線を向けると、林の小道の先に老人が立っていた。
白髪が混じった頭髪に、鋭い目。着物を着て上を羽織った老人は、一部の隙も無いしゃんとした佇まいの男性だ。
老人はカゲツを見て何も言わず、トウキをじいと見つめた後、腕に抱えるミミッキュに視線をやった。
「村の至宝ではなく、野畑の石ころを選ぶか。流石お前の連れよ」
そう、カゲツの顔も見ずに言う。カゲツは何も言わずに話しかけてきた人物を見つめていた。
「……どなた、ですか」
口振りからしてオウセの村の人間であることはわかる。だがなぜウパーたちの住む池の方に来たのかがわからない。更に言うと、なぜカゲツやトウキが戻る時になって来たのかが。
「オウセの村の長、コガネという。本来彼らの住む池には我が血縁のものの同伴が必要でな。だがある事情故、今回はお前たちのみに行かせた」
「ある事情……」
つまり特例でトウキとカゲツのみで向かわせたということか。カゲツは何も言わずに、不自然なほどコガネをじいと見ている。
「嗚呼」
ドンッと轟音と共に地面が揺れた。示し合わせたかのようなタイミングだったが、決してそんなことは無いだろう。だって今の音は、落雷の音だった。
「オウセの村の方だ」
「応」
カゲツが言うと、コガネは頷く。トウキとカゲツを置いて彼は踵を返し、村へと向かった。
「村に戻ればいいのか?」
「……ああ」
どうもはっきりしない様子だが、確かにカゲツが頷いたので二人もオウセの村へ向かう。終わればすぐにオウセの村を出ると言っていたのに、なぜ戻ろうとしているのだろう。その理由は村で上がる黒煙を見た時に理解した。
「火事!?」
轟轟と燃える家屋。井戸水をバケツリレーのように運ぶ人々の傍では、ウパーたちが集まって水を放っている。誰もが炎を消すために必死だった。
「ウパー、きみも頼む!」
カゲツがこれまでボールの中に控えさせていたウパーを呼び、そのまま指示を出す。ウパーは詳しい説明がされずとも煙を見て理解したらしく、村のウパーに混ざって消火活動を始めた。
「なに、なんで火事起きてんの」
「落雷だよ。木造の家屋で運が悪いと着火するんだ。だからタソガシマでは水タイプが一等大切にされる。住む場所を守る仲間として、ウパーたちを宝とまで呼ぶんだ」
人手は足りている。カゲツにもトウキにも他に協力できることは無い。二人はただ燃える家が消化されるのを、何もできず待っていた。
そうして家が消化された後、トウキとカゲツは村長の家に居た。鎮火を確認した直後、コガネが二人を呼び出したためだった。
いったい何を目的で呼び出されたのだろう。わからないまま慣れない正座をして言葉を待つ。
「お前たちには、各村にウパーを届けてもらいたい」
話されたのは、全く予想していないことだった。どういうことか問うよりも先にコガネは説明を続ける。
「このところ落雷による火災が相次いでいる。例年よりも多く、また被害も多い。他の村よりの報告は未だ届いては居ないが、先に備える必要があろう。そのため、お前たちに頼む」
「い、や……。なんで、俺たちに、ですか」
「お前にというよりかは、カゲツにだ。断るまいな」
強制するような言葉だ。カゲツは目を逸らして、息を吐く。
「……一つお聞かせください。ウパーを届けると言いますが、そのウパーはどこの」
「村のと言ってやりたいところだが、そこの男は至宝よりも石ころを好むと見る。生憎余裕も無いのでな、ライリュウの湖より自ら駆り集めるがいい」
つまり。トウキとカゲツは、ライリュウの湖に居る野生のウパーに自ら交渉して集め、火災が起きた時の消防が出来るようにし、各村に送り届けるまでをこなせと。余りに横暴な指示じゃないかと文句を言いかけ、今も静かなカゲツを見る。
彼女は、仕方なさそうに頷いた。
「支援は」
「好きなように」
「なら食料とボール、手袋の補充を」
二人が勝手知ったるように話をする。必要最低限な打ち合わせをして、一切の愛想も冗談も無く、淡々と話を終わらせた。
「ではな」
その一言をもって、ちゃんと申告したものだけは補充されたうえで二人は村を追い出された。
何もわかっていないまま、呆然とトウキはカゲツを見る。
「すまない、トウキ。することが増えた」
カゲツは困ったように微笑んで、首を振った。
怒涛の勢いで話が進みすべてを理解できていないが、トウキにも分かることがある。
オウセの村を目指す旅は終わり。これから、タソガシマを巡る旅が始まるのだ。