新たな目的
オウセの村を追い出され、ハショウの森に入る直前で二人は足を止めた。元々すぐに出る予定ではあったため準備はできていたのだが、自分から出ていくのと追い出されるのとは大きく違う。そして何よりトウキは状況を理解しきれていないのだ。ここで何が起きたのか、改めて整理することは許されるだろう。
「えーっと……なにがどうなってこうなった?」
「具体的に言わないか……。まあ、私が原因の一端でもあるのだし、ちゃんと説明するよ。
少し長くなるし座って話をしよう」
カゲツはそう言って下ろした鞄に座った。中には食料品も入っているが潰れないように工夫はしてある。トウキも同じように鞄に腰を下ろして、息を吐いた。今は朝でこれから再出発するというのに、驚くくらい疲れている。
「まず、池に行ってウパーを仲間にしようとしたら……コイツが割って入って来たんだよな」
いままでずっとトウキの腕の中に収まっていたウパー擬き、もといミミッキュが返事をした。座った今もトウキの膝の上に居て、何があっても傍から離れない様子だ。なぜこんなにも懐かれているのか覚えはなく困惑することしか出来ない。
「そもそも、コイツってミミッキュであってんの? 俺が知ってる姿と違うんだけど」
トウキの知っているミミッキュと言えばピカチュウに似た化けの皮を纏っていたはずだ。なのに何故か今腕の中に居るのはウパーを真似ており、体の青さや頭のエラ、丸い尻尾までできる限り似せてある。知っている姿との違いに混乱しそうだ。
「島外のミミッキュはピカチュウを真似ているんだったな。だが、まあ、この島にはピカチュウは居ないからな」
「えっ」
電気タイプばかりの島なのに。口に出していない問いに対して、やはり「そう」と反応が来るのが不思議でならない。トウキはそんなに顔に出るのだろうか。
「そもそもこの島、電気タイプは多いんだが、電気の単タイプのポケモンは存在しないんだ」
「電気タイプは、必ずもう一つタイプを持っているってこと?」
「そうなんだ」
ノーマルタイプのポケモンがノーマルと電気の複合タイプになるように、必ず電気タイプのポケモンはもう一つタイプを持ち合わせる。だから電気に染まると表現したそうだ。
「……あのさ、一般常識なのかもしれないけど……ポケモンのタイプってなんなの。どういった基準で決まってんの」
ゲームなら図鑑を見ればすぐに分かった事項だ。だがそもそも、その図鑑に記載するタイプはどうやって決まっているのか。どうやってそのポケモンが電気タイプであることを調べて、図鑑に記載するに至っているのだろう。
カゲツは聞いて少し悩み、あちこちに視線を彷徨わせて思考して。
「例えを挙げると」
と。トウキの膝の上でミキュミキュ鳴いているミミッキュを見た。
「この島のミミッキュも島外のミミッキュと同じゴースト、フェアリータイプのポケモンなんだが。元々フェアリータイプは存在しなかった、というのは知っているか?」
あ、同じなのか。そう思ったのも束の間、トウキが知らないことを話される。トウキは最新作のソードしか遊んでいないためそれ以前の情報は一切持っていないのだ。
「フェアリータイプが認識されていなかった理由は、認識のしようが無かったからだ」
「……どういうこと?」
「説明するとなかなか難しいんだが……。そうだな、ポケモンのタイプって何に使われると思う?」
また難しい質問をされてしまった。何に、と言われると……真っ先に浮かぶのはポケモンバトルだ。この世界では競技バトルと呼称されるそれで有利不利に密接に関わってくる。
「……競技バトル」
「そんな不安そうな顔で答えなくても。今回は正解だよ」
正解なのか。これまで自分の持つ知識と世界の常識の乖離が大きく間違えてばかりだったのだが、今回はあっているらしい。
ポケモンのタイプは戦うときにしか影響していないと言える。食べるもの食べられるものの強弱関係も含め、結局は戦いだ。
「競技バトルに関わるのであれば試合に使われるポケモンを調べる必要がある。どんな技を使用でき、どの攻撃だと威力の高い技を使え、相手から大きな怪我を負ってしまうのか。あらゆる情報を集めて、競技バトル者に集約した情報を図鑑という形で手渡す」
「つまり、虱潰しで調べ上げてるってこと?」
「そう。競技バトルは、競技だ。ポケモンに覚えさせていい技はすべてリスト化されており、リストに載っていないものを使用すれば即反則負けに認定される。競技バトルの運営者が使える技を毎年増やしたりしているらしいが……詳細は知らないな」
地方ごとにポケモン博士や研究所がポケモンの性質を調べ上げ、すべての情報を載せた図鑑を作っているらしい。作ってしまえばあとは楽かと言えば、そんなことはなく。調べるにつれて更に詳しく判明することも多いらしい。
「ガラルに居るポケモンなら……クチートかな。クチートは鋼、フェアリータイプだが。元々フェアリータイプが観測されていないときは、鋼タイプのみだと扱われていた」
つい先日遭遇した真っ白な姿のクチートを思い出す。にっこりと笑って建物内に入っていったが、あの後過ごしても出会わなかったのだ。いったいどこへ行ったのだろう。と、そんな関係ない話はさておき。
「で、何があってフェアリータイプが見つかったの」
「競技バトル者が、現在フェアリータイプとして扱われている技やポケモンの威力、被ダメージが不自然だと気がついたんだ。それが申告されて大騒動、すべての地方のポケモンが再調査された。五年ほど前だったか、かなり大きな騒ぎになった。当時学生だった私も引っ張り出されて補助をやらされたほどだ」
そこで漸く現在制定されているタイプとは全く異なる何かを見つけ、それをフェアリータイプと命名して扱われるようになった、と。
「タイプとは、ポケモンの特徴を得意技や能力によって大きく分類したものだ。現在は18タイプあるとされているが、まだ判明されていないタイプもあるかもしれない。だがそれはプロが気づき調査しないとわからないような、実際生活する上では体感しにくいものになる」
「はー……なるほど?」
話がずれたりそもそも別の切り口で入っていたような気もするがおおよそはわかった。つまりこの島のポケモンたちも調べて、それぞれのタイプを判定しているのだろう。
「……電気タイプってどうやって調べたんだ。崇拝対象とも危険だとも言ってたし、だいぶ難しいんじゃないの」
少なくともこれまで見た電気タイプで全くの危険が無いというものは居なかったし、カゲツもずっと警戒していたはずだ。個人的にはどうやってカビゴンが格闘タイプであるのか判断したのかが気になる。
「まあ数度死にかけているが、優秀なパートナーのおかげで生き延びている」
「死にかけてんじゃん。……ん?」
トウキはどうやって先人が情報を残したのかを聞いたつもりだった。が、カゲツの口振りがそぐわない。
「……誰が調べたの……?」
「私だが」
当たり前のように言われてしまった。なぜそんなことを聞くのかと不思議そうですらあったが、トウキは前提条件を知らないことを忘れないでほしい。
「あー、待って、待って。そもそもカゲツさんて、タソガシマで何をしてるんだっけ」
「博士見習いだと言わなかったか?」
「具体的な、ことを……言って……」
タソガシマポケモン生態研究員、博士見習いのカゲツ。彼女は最初にそう名乗ったが、具体的にどういったことをしているのかという説明は一切なかった。今まで全く聞かなかったトウキもトウキだが、カゲツはトウキを仮の助手としながらも自らがしている活動をほぼ教えようとしなかったのだ。
「タソガシマの気候風土性質の調査、何かの跡地の調査、それから生態系の調査、タソガシマのポケモンの調査全般だな」
「なぜ……」
一人でやることじゃないし、そもそも最初の二つはポケモン博士がやることなのか。なんでこんなに色々調査しているんだと頭を抱えたくなったが、はたと一つ気がついてしまった。
「それ、協力者は」
「ん、支援者のことか。大学がバックアップしてくれているうえ、いろんなポケモン研究者や様々な実業家もいるぞ」
「違う……」
凄く手厚く支援してくれる人間が居て何より、じゃなくて。
「一人で調べてるんですか」
「ああ」
無感情に彼女が頷くものだから、今度こそ頭を抱えた。膝上のミミッキュの化けの皮に当たり彼がびっくりしていたが、ちょっと気にする余裕がない。
「なんで……なんで一人で……なんで……」
一人で調べられる限度を超えている。本来いろんな装置を使って観測を続けて調査をするのが一般的だろう。この世界の研究所はゲームのものしか知らないが、少なくとも土台も無い中一人でやることはおかしいことくらいわかるのだ。
「色々と理由はある、が。一番の理由は、私しか適任者が居ないからだ」
「なんで」
「タソガシマには電気タイプが多いが、島外の電気タイプは来たがらない。理由は不明だが怯えるんだ。だから電気タイプの研究者は大抵ポケモンのためを思ってやってこない。
機械は殆ど使えず、水道は無く、食料事情も安定せず、野生のポケモンが跋扈し、しかもその中の電気タイプをカミナリなんてものを崇拝している。
冷静に考えて住みたいと思うか?」
「思わねぇわ」
だろう、と当然だと頷くカゲツ。自分が住む島の問題点をここまで把握していながら住み続けていることがよくわかる。理由はわからないが。
「島外で暮らそうとか思わなかったわけ?」
だからついそんなことを聞くと、カゲツは不思議そうに首を傾げて。それから面白そうに笑った。
「無いよ。元々大学に学びに出られたのも、将来この島の研究者になることを約束に、この島と交流がある実業家が支援してくれたからだ。これまでこの島でポケモンの研究者になろうと思ったものなんて居なかったから、ますます私しか出来ないことだと思ったしな。
それに……私には帰る場所があったから。論文をいくつか出して博士号を取得したら、すぐ島に戻ったよ」
ふうん。気のないような返事をしてしまうが、其れしか出来なかった。カゲツは随分と昔から自分の進む先を決めて生きてきたのだろう。それが少しばかり、トウキには目が痛くなるほどに眩しい。
「だから、まあ。今後は助手として手伝いを頼むよ」
「もちろん、世話になるわけだからこき使ってくれて構わないけど」
今後の話をするのなら、それよりも気になっていることがある。またカゲツはトウキが聞くよりも先に「さっきのことだな」と苦笑いした。
「落雷による火災が多いのは事実なんだ。ドンテンの村でも数回ボヤ騒ぎは起きていて、今のところは運よく大きな火は上がっていない。でもそれも時間の問題だと思われる」
「なんで」
「今は秋だ。これから冬になればますます乾燥する。海辺の村であるオウセの村でも大きな火事が起きたのだから、ドンテンの村は更に大きな火災になりかねない」
そういえば季節など全く気にしていなかったが、秋なのか。一切紅葉している木を見ないせいで気がつかなかった。元の世界での季節がどうだったか、なぜか記憶があやふやでよく思い出せない。
「だから各村にウパーを届けて備えさせる、という指示も正しいんだ」
「あー……それはまあ、納得したけどさ。なんで俺たちが行かされんの。それに、なんで野生のウパーを捕まえろって」
「オウセの村の村長、と折り合いが悪いんだ。いろいろあって、まあ嫌がらせに近いものだったりする。
言っておくが、悪い人じゃない筈だ。私を嫌っていようが、きみにちゃんとウパーを譲るために手配してくれたのは違いない」
私情を持ち出さずに、またトウキに対しても偏見無く接してくれようとしていた。そうカゲツがフォローするが、そうはいっても。
「ミミッキュを馬鹿にするようなことばっかり言っただろ、あの人」
だからあまり好きになれない。そう言ったら、カゲツは凄く渋いものでも食べたような顔をした。
「……例え話なんだが」
これまでの会話の殆どが例え話だったような。思ったことがやっぱりばれているのか、無言で一睨みされる。
「きみに自慢の娘たちが居るとしよう。それは手塩にかけ、どこに出しても恥ずかしくないほど立派に育ってくれた娘だ。きみは娘を誇りに思っている」
なんか今までの例え話と毛色が違うものが来た。
「その娘たちから嫁をとりたいと言う若者が現れた。その親のことをきみはいけ好かないと思っていたが、若者に罪はない。娘たちにも選ぶ権利はあるのだから引き合わせるくらいはしてみようと思った。
そして見合いのために場所を用意し、見合いをさせた当日。若者はきみの娘ではなく、どことも知れない田舎から来た醜女を連れて出てきて嫁にすると言った。
きみはどう思う」
カゲツの顔が死んでいる。そして話されたトウキも心が死んだ。
「……そういうこと?」
「そういうことだ」
「そっか……」
そう言われてしまうと怒って当然だと納得してしまった。寧ろよくあれで済ましてくれたものだとコガネに対して思う。
「多分私もきみも等しく出禁だ。船に乗って島外に出ることは許してもらえるだろうが、オウセの村に滞在は出来なくなったと思ってくれ」
「はい……」
もう不満も何も言えなくなった。お詫びに下された任務はちゃんとこなそうと、トウキの腕の中で呑気に鳴いているパートナーを突きながら誓ったのだった。