現状の把握、これからの道順の確認も終わり。さて出発……の直前でカゲツはトウキに話した。
「きみに助手をしてもらうわけだが、散策の間にもしてもらいたいことがある」
「あー、うん。なにすりゃいい?」
「視認したポケモンの数を暗記してくれ」
「……はい?」
言っている意味がわからずに反応したというのに、カゲツは「視認したポケモンの数を暗記してくれ」と言葉をそのまま繰り返す。別に聞き取れなかったわけではない。
「具体的に何をどうすればいいか、もう一度詳細に指示して」
「そのままなんだが……。目に見える範囲のポケモンの数を記録して欲しいんだが、流石に書きながら進むのも難しいだろう。だから暗記して、その日の夜に遭遇したポケモンの種類と数を記録してほしい」
「わかったけどちょっと待って」
結構な無茶を言われていないだろうか。トウキがそれをこなすには幾つも問題がある。
「えっとさ……俺、この島のポケモン全然覚えてないんだけど」
「む。新しいポケモンに出会したら名前を教えるから、それでいけないか」
「無理無理無理!」
一回聞いて覚えろと言われているが、トウキにそんな素晴らしい記憶力はない。ゲームでもポケモンの名前を覚えるまではずっと名称を見ながら遊んでいたというのに、一度聞いて覚えられるわけがない。
「うーん……遭遇したポケモンの記録が省ければ楽だったんだが」
「他に何やる予定なのさ」
「一つ目はポケモンの情報の記録。興奮状態にあったとか体調不良に見えたなどの観察記録だな。あとは見慣れない技を使っていないかなども見ておく必要がある。
二つ目は気候や地質の記録。現在の気温や湿度、地面の乾きや日の当たり方を残すんだ。ポケモンの住環境を知る上で必要だな」
それら全てを暗記して安全な場所に移動してから記録していたのだと彼女は話す。今まで一人でやってきたらしいが、もしや一人でも十分にこなせていたから誰も手伝いを寄越さなかったのでは無いだろうか。
「あのさ、慣れていない間は絶対無理」
「そうか……」
ならどうしよう、とカゲツは困ったように考え出す。先ほど言っていたほかの候補こそ難易度が高い。トウキは最初に提示した視認したポケモンの暗記をするか、何もさせてもらえないかの二択になっている。
「きみ、何が出来るんだ?」
言葉選びはどうにかならないのだろうか。話の腰を折ってしまうため指摘は控え、質問の内容を考える。何が出来ると問われて、求められている程度がわからない。
「ざっくりしてんね……?」
「きみに何が出来るかがわからないから。適材適所と言うが、能力がわからなければ何も指示ができないだろう」
「その通りで」
ただ、そうやって言われると悩んでしまう。カゲツが望んでいたことは少なくとも出来ない。今まで生きてきて学校で勉強ばかりしてきたが、タソガシマで役立つ知識はろくに無いだろう。大体トウキが持つ知識量自体、カゲツには大きく劣る。他に人並みに、人並み以上に出来たことと言えば。
「……絵」
「絵?」
「たぶん、絵は人よりも描ける」
トウキは元々美術部だった。幼い頃から描くことが好きで、画材を集めることも好きで、暇があれば絵を描き続けた。何かの跡地で数日間拘束されていたときも、カゲツに紙を貰って絵を描いていたほどだ。
「絵か……。……予定変更だ、トウキ」
「はい?」
「行きよりもペースを落とす。遭遇したポケモンの絵を描いてくれ」
「まじか」
カゲツが彼女の持つカバンからバインダー、紙数枚と鉛筆を渡してきた。初めて見かけるものかカゲツが指示したものの絵だけでいい、あと遭遇した数を正の字でも書いて記録してほしい、と。暗記ではなくその場で記していいのであれば難易度は下がるだろう。
「行きよりも歩行のしやすさが下がる安全性の高い道で進もう。停止位置は前回と同じだから、一日で進む距離は同じだ」
「歩く道程は違うんだよな……」
安全性の高い道となればより歩行距離は長引くだろう。獣道は獣が歩き続けるから出来る道なのであって、より安全性を求めるのであれば路無き道になりかねない。彼女の口振りからしてそこまでの酷い道ではないだろうが、間違いなく悪路になる。
「今日はそこまでは進まないから、気を楽にしてくれ」
「……そうね」
気を楽にと言われても、行きと同程度までしか気は抜けない。これからトウキはまた野生のポケモンたちが跋扈する中を進み、彼らの絵を描くことになる。集中して描けば危険に見舞われ、手を抜けば全く意味の無い絵になるだろう。
「ミミッキュ。その……出来る限り怪我しないように、守ってくれな」
トウキは自分のパートナーにそう声を掛ける。背丈と重量の関係で抱えられたままのミミッキュは、トウキを見上げると、任せろと言わんばかりに元気良くミキュッと鳴く。細かな指示が出来るほどミミッキュを理解出来てはいないためあやふやな指示となったが、応えてくれたのであれば彼に任せよう。そう思いはしたのだが。
「あ、絵を描くわけだから歩いてね」
前言撤回と言わんばかりにミミッキュが鳴いた。
先頭はカゲツが歩く。彼女の護衛にはムウマが選ばれ、彼はカゲツの死角になる位置を見て警戒をしている。これが元々散策するときのスタイルだったらしい。
その後ろをトウキが歩き、最後尾を行くのはミミッキュだ。小柄なため置いていかないかと心配したが、トウキの歩くペースには余裕をもってついてきているため問題なさそうだ。どうなることかと心配だったが、大人しく歩いて付いてきてくれていて一安心である。
「トウキ」
ミミッキュを窺っていると名を呼ばれ、トウキは視線を前方に戻す。カゲツは足を止めてある一点を指し、そちらを見るように促してくる。
カゲツが指したのは木に向かって何度も突進を繰り返しているポケモンだった。褐色の甲殻はつやりとしていて曇り空の下でも光を跳ね返している。カゲツよりも少しだけ低いくらいの背丈に見える、カブトムシだった。
「虫、電気タイプのヘラクロスだ。ここから見える部分だけでいいから描いてみてくれるか」
「はいよ」
トウキは脇に挟んでいたバインダーを取り出し絵を描きだした。二又になる一本角、一対の触覚。この位置では目が見えない。背中の甲殻の形をとり、ついで手足を描いていく。手の爪は二本、足の爪は一本。関節部分は細く腕や足自体は太く木に引っ掛けるためか完全に円筒なわけではない。ほぼ一発でそれらの特徴を捉え、結果三分程度でヘラクロスを描き上げた。
「こんな感じでいい?」
描き上げたものをカゲツに見せると、彼女はしばしば瞬きをして、首を傾げた。
「……速くないか?」
「まあざっくり描いたし……距離遠いから多分、正確性には欠けてると思う」
「ええ……いや、十二分だと……」
困惑した様子で彼女は首を振った。ともかく、出来としてはこれでいいらしい。
「ん、じゃあ絵の右側にヘラクロスって書いて……遭遇数一、と。他になんか書いとくことある?」
「ああ……木に突進、倒す力を込めていないため訓練。と書いてくれ」
言われた通りに記載し、カゲツに紙をもう一度見せる。無言で頷いたためまたバインダーを脇に挟み「おっけ」とトウキは言った。もう進んでもらって構わないのだが、カゲツは何故か足を止めたままだ。何故だろう、とトウキがカゲツを見れば、彼女は複雑そうな顔をして言った。
「その、なんだ。きみ自身が特異だからそれ以上は無いと思っていたのに、想定以上の画力を見せられて……困惑しているというか、本当に助手に欲しい人材だとか、色々思わされて凄い複雑だ」
「あのね……」
特異扱いされていることも分からないし、想定以上の画力と言われるなどどれほど低く見積もられていたのか。全く褒められている気がしないのに途中で間違いのない誉め言葉を挟まれるせいで、トウキの方が今複雑な気分になっている。
「いや、本当に。私は全く絵が描けないから……助かるよ」
「……なら、良かったよ」
素直に言われてしまうと照れる年頃だ。視線を逸らしてぶっきらぼうに答えれば話は終わり、カゲツは「さて」と気を取り直すように言う。
「次からもっと簡潔に行くぞ」
「はいよ。先導お願いします」
「ああ」
カゲツがまた先を歩く。ムウマがその横でふらりと揺れて、先ほどのヘラクロスを見やりそっぽを向いた。ヘラクロスは熱心に木に突進を繰り返しているからこちらに気がついた様子はない。トウキもそれ以上気にすることは無く、カゲツの後を追った。
今日遭遇したのはヘラクロスが十二、キャタピーが五、トランセルが七、バタフリーが二だった。虫タイプのポケモンの縄張りを通ったらしいが、攻撃されることも無く安全に抜けることが出来た。
「ふむ」
夕食を取り終えてそれぞれポケモンと戯れていたところ、またカゲツが何かを思いふけっている。以前はミミッキュに気がついてのことだったらしいから、今回も何かに気がついたのではないか。トウキが警戒してカゲツを見ていると「どうしてそんな目で見るんだ」と不思議そうに言われた。
「あ、今回はわかんないか」
いつも読心術と思われるほどに考えや心情を読み取ってくるのだが、今回はそうではなさそうだ。
「いや、人が考えているだけで警戒されるのが不思議で」
「そこまではばれてんの……?」
そんなに自分は顔に出やすいのだろうか。今まで言われたことは無いのにと衝撃を覚えながら、トウキは自分の顔を摘まんで引っ張りする。表情筋は固すぎも柔らかすぎもしないと自分では判断するのだが、どうなのだろう。
「きみがわかりやすいというより、私はそれなりに見るのが得意だよ。ウパーやムウマの言いたいことや体調不良はすぐにわかる」
つまりトウキの言いたいことさえもポケモンと同じように読み取られているということだ。本当に読心術に近いものらしい。
「まあ俺がポケモン扱いってことはもう置いといて。何考えこんでんの?」
「……うーん……」
もうカゲツも否定しない。それは良いのだが、なぜか彼女は考えの内容を言うことを渋っている。
「そんなまずいことでも起きてる?」
「いや……感覚的な話になるんだが。カミナリが……全くこちらを意識していない気がしてならない」
「ごめんもっと詳しく」
ポケモン世界のタソガシマで生きてきた彼女とは違い、トウキは生まれも育ちも日本だ。彼女が感じ取ったものもそう感じるに至る知識や経験も一切ないため、簡潔に言われてしまうとさっぱりわからない。
「元々この島では人間は食物連鎖の外部に居る。中に組み込まれてしまわないように四つの村を作り、外敵に襲われないように環境づくりをしているからだ。ここまではいいな」
「うん、ここまでは」
食物連鎖の蚊帳の外に自ら出たのだ。危害を加えられないように安全に生きていけるように必死に環境を整えて村を作り、人間は生きてきたのだという。
「だが、敵は人間ではなく、野生のポケモンだ。知性があるポケモンはけれど人間と違う
話の内容は理解できる。野生の動物のテリトリーに入れば生きるか死ぬかの世界だ。それがポケモンの世界なのだと思うと少し苦しいというか、悲しいというか、何とも言えない気持ちになるが。
「森は人間の領域ではない。ポケモンたちの住まう場所。本来なら外敵を感じ取れば排除しようと動いてもおかしくない。
……だが。いままできみと合流してから、カミナリはそこまで狂暴じゃなかった」
最初にカミナリという存在が間近になったのはカガンの森の平原帯だ。あれは偶然ガブリアスが餌場に選んだ関係で安全に通れてしまった。
直接対面したのは何かの跡地だ。真っ白な体をしたクチートが入り口に居て、トウキは訳も何を言っているかもわからないまま話をした。彼はにっこりと笑ってそのまま建物内に消えて、それきり。
一番危険だったのはハショウの森に入ってからだ。直接は見なかったがカビゴンが背後で破裂音を響かせ暴れるのを聞いた。それは他のポケモンがちょっかいを掛けたからで、直接トウキたちに問題があったかというとそうではない。
「ライリュウの湖やハショウの森で威嚇での攻撃はされたが、本当に殺しにかかるような攻撃が一度も無かった。
ただの偶然で、気にする必要はないのかもしれないが……」
トウキはこれまでに何回か死にそうだと思考した。最初にゴローンに追われた時、ライリュウの湖で砂嵐に呑み込まれかけた時、そして何かの跡地でクチートに遭遇したとき。けど、それだけなのだ。
「……ただの感覚だ。気にしないでくれ」
カゲツがそう締めくくったため、おそらくトウキの思考は気付かれている。トウキは何も言わずに頷いた。
感想ありがとうございます、とてもうれしいです。
返信しようと思ったのですが、うまい言葉が一切見つからなかったので控えました。返信内容が「べりべりせんきゅー」になるのは避けたかったので……。