ハショウの森の平原帯はカガンの森よりも狭い。狭いというのに縄張りにしているポケモンが多いものだから、通り抜ける危険度はハショウの森の方が遥かに高くなっている。
「あそこに見えるのがオタチの群れだ」
カゲツが指した先を見ればきつね色をした丸みのある体の生き物が見える。アニメに出てくるウサギのようにピンと立った耳、丸くてちまっこい胴体、耳と胴体の長さと同程度の大きさな尻尾。オタチというポケモンはその大きな尻尾を使って立ち、周囲を見回していた。
「ノーマルと電気タイプ、カミナリだ。オタチは群れの安全を守る見張りを立てる。寝ずの番をするものもいるかなり警戒心の強いポケモンだよ」
「凄い賢いじゃん」
説明を聞きながらトウキはささっとオタチの絵を描いた。助手という名の専属絵描きになり二日目、昨日散々描いたからもう慣れたもので、絵を描いて名前を書いてと指示をされる前にある程度のことを済ませる。今回通常の群れの中に居たため異常は無い、群れの数は見える範囲で五匹。書き終えて念のためカゲツに確認してもらったが、今後も頼むと言われたくらいだった。
「ちなみにオタチは遠くまで見れるから、多分私たちは見つかっている」
「大丈夫なの、それ」
「警戒行動を取っていないんだ」
オタチは敵を見つけると鳴いたり尾で地面を叩いて仲間に知らせる習性がある。見つかっている筈なのに何も言ってこないということは、敵と見做されていないということだ。
「書き終えたし進みながらオタチの生態について説明しよう」
「はいよ」
バインダーを仕舞い二人は歩き出し、お供はそれぞれ小さく鳴いてからそれについていく。慣れてからのパターンとなっている行動だ。
指示された通りにトウキが絵を描き終えるとカゲツが歩きながらそのポケモンの知識について話す。タソガシマでポケモン博士になるべく貯められた知識を、これまでもカゲツは惜しみなく披露した。ポケモン図鑑よりも詳しいんじゃないかと思うほどに詳細に語られるそれは、間違いなくカゲツが掛ける情熱や時間の証だ。
今回カゲツが話したのはオタチと、その進化系のオオタチの話だ。
「オタチの進化系はオオタチという。元々オタチは丸みのある体をしているんだが、オオタチになると細く長い体に変わる。これは子供を作るために必要な変化なんだ」
足音を鳴らしもしない彼女は饒舌に語る。もちろん煩くはないトウキの耳にちょうど届く程度の声量だが、野生のポケモンが闊歩する中を堂々と話しながら過ぎるのだ。
「なんで細長い体が子育てに適してんの?」
「先ほどの群れ、オタチしか見えなかっただろう。同じ群れにオオタチも居るんだが」
「えっ嘘」
これでも絵を描いてきた人間だとトウキは自分の観察力にそれなりの自信を持っている。さっきはオタチしか見つけられなかったし、間違いなく見える範囲にはいなかった。
「狩りに出てたり……?」
「オタチやオオタチの主食はきのみなんだ。雑食ではあるはずだが」
やんわりと否定されてしまう。彼女の口振りからしてきのみ狩りの選択肢もなさそうだ。
「オタチやオオタチの群れは固い地面に住処を作る。成長したオタチは地上で周囲を交代に見張り、幼いオタチやオオタチは地中の巣で暮らしているんだ」
「地面の中なのか」
「そう。固い地面を彼ら自身が掘り、オオタチが通れる細さの巣を作る。その中で子を産み育て、いずれ成長したら地上で見張りをする。年頃になれば進化をし、巣穴に入り子を。彼らの命のバトンはそうやって受け継がれてきた」
連綿と続く命の仕組み。人間とは違う生き物がどうやって生きていくのかを耳にすると不思議な気持ちになるものだ。トウキは感動とは違う感覚を覚えながらその話を聞いた。
「大きくなったオタチは巣穴の中に入れない。一度出れば親と再会するのは、その死に顔を見るときだけだ」
「なんか一気に話が重くなった」
「オタチの生態の話だからな」
人間に置き換えるのが良くないのだろう。人間だったらお涙頂戴なドラマそのものだが、オタチの生態上それが普通なのだ。
「一度産んだら終いではなく、オオタチはいくつも子を産む。大抵の生き物と同じように子を産む期間があるからな。その期間の間子を作り、穏やかに老い、そして地中で死んでいく。
一説ではオオタチの死因はビタミンDの不足によるものだと言うが、骨密度は競技バトル者が育てているオオタチのものとほとんど変わりないためあまり信じられてはいないな」
「ビタミンD……あー、日光不足で……?」
トウキがポケモンの世界でもビタミンの話が通じるのかと考えていると、カゲツが意外そうに「おや」と呟いた。
「すぐにビタミンDと日光不足の話は結びつくんだな」
「……習わないの?」
「一般人の持つ知識ではないな」
トウキの常識とこの世界の常識は違う。学んできた内容は全く意味がないものかと思っていたが、どうやら役に立つこともありえそうだ。今回については、少しだけ話が速いというだけの意味しかないが。
足を止めずに二人は歩く。平原帯のため多く遭遇するかと思ったが、カゲツが選んだ道が良かったらしい。今のところ遭遇したのはオタチの群れの前にギャロップが二頭とポニータ一頭の推定親子のみだ。
「死んだポケモンはいずれ腐る。住処の中で腐らせないために、オオタチは死んだ仲間を少し離れた地面に埋めるんだ。その親を埋めるのが、子どもの役目になる」
「なるほどね」
ポケモンは知性のある生き物だ。彼らなりの生き方をして、死に方をして、弔い方がある。カガンの森で聞いた弔いよりも、トウキにとってはまだ親しみやすかった。死なんて親しむものではなく、比較しての話である。
「大まかな生態はこれくらいだな」
オタチとオオタチの話も一区切りついた。これからはまた新しいポケモンを見るまでは無言で先に進むことになる。
饒舌だったカゲツが口を噤むと聞こえるのは葉擦れや遠くのポケモンの鳴き声、それからトウキの足が地面に擦れる音だ。直すように以前された意味が分かるくらいに足の擦る音は耳に残る。そのうち歩き方の矯正をしようかとどうせ実行しないことを考えていると、先ほどまでとは違う音が聞こえだした。
地面を強く踏みしめ草を潰す音、喉奥に呼気が溜まり漏れる息、ぱちりと火花が弾けるような音。確かこの弾ける音は、クチートと遭遇したときにも。
「まずい」
カゲツが強張った声を出した。掠れた声を聞いた瞬間にムウマが動き、カゲツの右側に飛び出した。一足遅れてトウキのミミッキュも動き、そのウパーを真似た化けの皮の下から黒い影のようなものが滲み出る。警戒しているのだ。
カゲツは逃げようと言わなかった。ムウマやミミッキュも即座に戦闘態勢に入った。トウキはその時になって漸く、彼らが向いた方向に体を向けた。
重いものが走る音がする。ずしりと地面が揺れる音、それは段々と感覚が狭くなりこちらに駆けてくる。重いものが来て、其れよりも軽い幾つかも走り、近づいてくる。
「変わらずオタチの群れがあったから油断したが、そうだな。あのクチートが移り住むくらいだ。ハショウの森も大きく生態がわかる」
ここは平原で森の中ではない。離れた場所から駆けてくるその生き物の姿は良く見えた。
先頭を駆けてきているのが群れの長だろう。青い眼光はこちらを射抜くように鋭く、その怒りをあらわにしている。顎から生えた二つの斧は切れ味を示すように光り、迫ってくる。長い体、小さな手。その両足は太く、鋭利な爪が地面に痕跡を残した。
「カガンの森に居たはずなんだが、どうしてここに居るんだろうな」
カゲツの声が上擦っている。彼女はこれまで焦ることはあってもここまで明らかに声に出したことは無いが、これで動揺しない方がおかしいだろう。
あごオノポケモンのオノノクス。ドラゴンタイプのそのポケモンは、目に見えるほどの電気を纏って配下を連れ、トウキたちに向けて吠えた。耳どころか全身が震えるほどの大声に怯む、そんな暇さえない。
「この島で唯一電気タイプに染まったドラゴンタイプだ! 防護服さえ意味がないほどの高電圧を持つ、絶対に近付くなよ!」
「言われずとも!」
指示を受けずともムウマがシャドーボールだろう技を放ち、ミミッキュも同じくゴーストタイプの技を使った。動き出しはムウマの方が速かったのにミミッキュの技が先にオノノクスに当たったため、おそらくかげうちだろう。ただ相手はドラゴンタイプでミミッキュはフェアリータイプだが、なぜフェアリーの技を使わないのだろう。
「ミミッキュが通常覚えるのはじゃれつくしかないぞ」
「それが何?」
「直接攻撃だからマヒする可能性がある」
「あかん」
口に出していないのに返ってきた答えには納得しかない。応答の間にオノノクスがムウマを狙い、ムウマはカゲツに被害が来ないように躱した。下手に躱すとカゲツに当たる可能性があるのだ。
敵はオノノクスだけではない。他にオノンドが一体、キバゴが三体居る。彼らはミミッキュやカゲツを狙い、大きな牙でのかみつきや顎オノできりさきを繰り出してくる。
ミミッキュは控えめに叫びながら、化けの皮の下から黒い何かを伸ばしてオノンドの目をくらまし、キバゴ二匹に狙われたカゲツはと言えば、直前に出したウパーにマッドショットを打たせ無事であった。
「多分縄張りに入った。逃げたいところだが……」
「厳しいな」
オノノクスはムウマ狙いとなったようだ。ひらりと躱し続けるムウマにドラゴン技を連発している。徐々に精度が上がっているため当たるのも時間の問題だ。キバゴやオノンドも絶えず攻撃の姿勢を見せ、そう簡単に逃がしてはくれなさそうだ。ウパーがマッドショットを打ち、ミミッキュは高い理解を見せウパーの足役となっているため、早々やられはしないだろうが。
「どうするのが最適?」
「……ムウマに逃がしてもらうのが一番、何だが」
ここは日陰だ。トウキが幾度も命を救われた、あの技と定義できない移動方法を使える条件は満たしているだろう。だが、それなら遭遇する前に避難しているはずなのだ。
「ムウマが一度に動かせるのは人一人分だけだ。かなりの負担が掛かるため連続して使用も出来ない」
ムウマはカゲツのポケモンだ。優先して退避させる場合カゲツを逃がすだろう。それは当たり前で仕方のないことで、だからこそ悔やまれる。
「別の候補」
「結構困ってるんだ待ってくれ」
これまでカゲツは一人でタソガシマを歩いてきた。もちろん一緒に歩いてきたポケモンは居るが、隣に人がいることはこれまでになかったのだ。一人で逃げる手段はいくらでも浮かんだが、トウキの身を守ることを考えると実行不可なものばかり。カゲツには出来ても、ほぼ確実にトウキには出来ないのだ。
話をしている間にムウマに一度、攻撃が当たる。彼女はふらりと揺れて、そのまま至近距離でオノノクスに反撃をした。黒い靄と鋭く放たれる黒い風が当たりオノノクスは後退した。ダメージが入っているように見えたからしっぺがえしかと思ったが、それにしてはさっきの靄は何だったのだろう。
「ん、ん……結構まずい。どうする」
解説をしてくれそうな人は余裕無く対処を考えて、その度にこれだとまずいとまた頭を振る。ウパーがマッドショットを打ってはキバゴやオノンドが距離を置くため徐々に離れられてはいるが、安全を確保しきるには一歩足りない。
「やっぱり……でも……」
躊躇している様子のカゲツ。トウキにはその理由がわからず、だからこそ何も言えない。変わらないどころか徐々に悪化していく状況。トウキの足が後ろに後退して、何かにぶつかった。
きゅぁ、聞き覚えのない鳴き声がした。視線を下に向けると、鮮やかなピンクの色が最初に目に入る。ついで木の幹のような茶色の体はタヌキの姿で、真ん丸つぶらな目とトウキは目が合った。頭に、腕に、足に。ピンク色の花を生やした生き物が、トウキをじいっと見上げている。
「サミシナ……? なぜ」
カゲツがトウキの足元に居る生き物を見て言う。サミシナという名前らしきそのポケモンは一匹だけでなく、二匹三匹と現れて、十匹まで増えた。
「え、え?」
サミシナたちは何故だかトウキの足元に群がり、すべて集まってじいと見つめてくるのだ。近くの戦いが見え聞こえるだろうに、それを無視して。何かを待つようにトウキを見ている。
「なんだ……?」
カゲツもサミシナたちの行動の理由が分からず困惑している。サミシナたちがじいとトウキを見つめ、トウキが困り視線を彷徨わせ。その瞬間が目に入った。ムウマにオノノクスが放ったりゅうのはどうが直撃したのだ。
「ムウマ!」
カゲツと同時にその名を呼んだ。彼は体勢を立て直したがふらりと揺れて、いまにもその場に落ちそうだ。ずっと持たないことはわかっていたが、あまりに無茶をさせた。カゲツが封印石を取り出してムウマを呼ぼうとして、其れより先。きゅぁと鳴いた生き物たちが、突然駆けだした。
駆けだしたサミシナたちはドラゴンたちの元へ駆ける。ピンク色の花だと思ったそれは駆けてもなびくことがない。その理由は、彼らがキバゴやオノンド、オノノクスに体当たりをしたときにわかった。ドラゴンの硬い体に刺さったのだ。
「え……!?」
「なぜ」
トウキが混乱していたが、カゲツも困惑していた。いつもなら疑問の理由をすぐに話しただろうがそれどころではなかった。
十のサミシナはドラゴンたちに纏わりつく。違う、じゃれついている。ミミッキュが使うのを諦めたフェアリーの技だ。暫くの間ドラゴンたちにじゃれついたサミシナたちは、ドラゴンたちの反撃であっさりと地面を転がる。そこまで攻撃が得意なポケモンではないのだろう。だが、その効果は十分にあった。
オノノクスが唸る。ムウマを見て、カゲツを見て、ウパーやミミッキュを見て。最後にトウキを見て、きょとりとした。今までの攻撃的な態度が一気に薄れたかと思うと、オノノクスはオノンドやキバゴに対し何か声を掛ける。グルと喉の奥で鳴らす声は人にはあまり聞き取れなかったが、同種族の彼らには普通に聞き取れるもの。彼らは応えるように鳴き、会話を続けるように応答し、そして。
クゥルルと、その巨体に見合わない声を出して。オノノクスは背を向けた。来た時と違い、重い体で仲間を引き連れてゆっくりと歩いて去っていく。
何一つわからないまま、訪れた危機は去った。