霹靂の地を巡る旅   作:るぅもる

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 翌日の早朝、目を覚まし食事を取ったあとに、トウキはストレッチの仕方を教わっていた。足の疲労が残ってしまえばそれだけ旅は苦しくなる。特に今回は整備もされていない森を抜ける必要があるため、疲れを残さないようにしておかなくてはいけないとカゲツは話した。

「いでってでででっ」

「硬いな、きみ」

 昨晩の湯上がりにも軽いストレッチの仕方は教わっていたが、今日からは本格的に歩くということで、更に細かく効くものを説明されていたのだ。カゲツが実演しながら細かく教えてくれているのだが、トウキはその一つ一つで悲鳴をあげていた。

「ねえ、すげぇ痛いんだけど、これ、このあと歩くんだよな!?」

「終われば負荷が変わるから大人しく受けていろ、怪我したくないだろう」

「はい……」

 またぐりとツボを押され声をあげる。ツボ押しをして血流を良くして筋肉を解してと、朝から疲れて準備完了だ。トウキはこれから毎日やらなきゃいけないことを思いうんざりした。

「よし、と。じゃあ後は装備だな。荷物についての説明はある程度したからいいな?」

「それは大丈夫。服は……着にくいやつとかあんの?」

「いざという時に脱げないと困るだろ、そこまで複雑なものは無い」

「それは良かった」

 この部屋で着替えていい、そう言ってカゲツは部屋を出る。別の部屋で着替えるようだ。その背を見送ってからトウキも着替え、それなりの重量がある服の感覚を覚える。この格好に更に荷物を背負って歩くのか。そう思うと、情けなくも旅に出るのが嫌になる。いや、行かなくてはいけないことはわかっているのだが。

「終わったか?」

 襖の向こう側から声を掛けられる。

「あ、うん。着替えた」

 トウキが答えると扉が開き、初めて会ったときの装備を身に着けたカゲツが見えた。顔が見え難いのは胞子や毒の粉を吸い込む量を減らす仕様になっているかららしい。

「じゃあ行こうか」

「……よろしく」

「そんな緊張することはないさ。何度も行ったことがある」

 荷物を背負い先を歩くカゲツの後を追う。全くの迷いも躊躇もないその歩みから、事実なのだろうとトウキは判断した。一人で何度も行ったことがあるのだ、きっと。そう思えば緊張も少しは和らいだ気がした。

 

 通りすがりすれ違う人にカゲツは会釈をして、トウキは朝の時間に配慮した声で挨拶をする。偶然会った人は戸惑いがちに挨拶を返すか、カゲツと同じ様に会釈をして足早にすれ違った。

「ここ、静かにするのが礼儀だったりすんの?」

「そんなことは無いが」

「じゃあ、なんで挨拶しないんだ、あんた」

 トウキはこの世界に知り合いが碌に居ないため、自分の顔を知らせるために挨拶をする。だが、カゲツはそもそも自分の暮らす村だ。もう少し気楽に挨拶を交わしてよさそうなものだが、と疑問をぶつけたところ、彼女は「……放っておいてくれ」と嫌そうな顔をする。

 初対面の自分に対してはずけずけと物を言うのに。そんな感想を抱くが恩人にぶつけるつもりはない。余計なことを言った詫びを重くならないよう軽く告げる。カゲツも引きずるつもりは内容であっさりと今のやりとりを水に流してくれた。

「そういえばなんだけど」

 じゃりと地面が擦れる音がする。トウキは踵が上がりきっていないのか、歩くときによく音を鳴らした。

「なんだ?」

 カゲツは足音一つ立てない。本当に同じように地面を歩いているのか疑うほど、静かに足を運ぶ。

「あんたが水を出せる連れって言ってたのって、ウパーなんだろ。どうやって連れて来てんの。モンスターボール?」

「モンスターボールではある。が、他の地方ではもう数百年前にしか使われていない陶器製のものだ。壊れない様に保護して持ち歩く必要がある」

「陶器製なの!?」

「この島は普通のボールが……機械系統が使えないからな」

 トウキはざくざく音を鳴らして歩く。もう少し静かに歩く癖をつけた方がいい、カゲツが指摘をする。トウキは話半分に直せればと答えた。

「磁場か電気か、何らかの関係で対策されていない機械類は壊れるんだ。熱心な人でも居れば改善されるのかも知れないが……需要は低いし、作られる見込みは無いだろう」

「ふぅん……」

 不便だろうに。トウキは他人事にそう思った。連れ歩くというのなら特にすぐにポケモンを出せなければ困るだろう。それを気にせず暮らせるのは、いや、受け入れざるを得ないのは。思うところはいくらでも合ったが、沈黙は金として口を噤んだ。

「というか、元々競技バトル者以外の人間は、そこまでモンスターボールを使用しないんだ」

「……競技バトル?」

「人間がポケモンに指示を出しバトルをする試合のことを競技バトルと言う」

 詳細を語ると長い話になるから止めておこう、カゲツはそう話を中断する。村の出口まで残り僅かだ。

「さあ、冒険の第一歩だ。胸をときめかせ足を踏み出すといい」

「おちょくらないでくれない?」

「バレたか」

 いままでで浮かれた反応を返せると思っていたのか。トウキが特に感慨も無く村から足を踏み出せば、カゲツも気楽に何も無いように歩いた。旅立ちには相応しくない気持ちを抱き、曇天の下、二人の旅は始まった。

 

 二人がまず足を踏み入れるのは出会いの場、カガンの森だ。以前は森からの脱出を行ったが、いざ踏み入れるとなるとその不気味さや薄暗さを目の当たりにして、心臓が冷える心地がする。

 森の目前でカゲツは先日の封印石と、保護の為にか梱包材を巻いていたボールを取り出し、ポケモンを呼んだ。

「ムウマ、ウパー」

 封印石から滲むように影が出てくるのと、ボールの蓋を開けて水色の体が飛び出してくるのは殆ど同時だった。ムゥ、と。ウパッと、それぞれが鳴く。ムウマは少し不満そうにカゲツに纏わりついた。

「村にいるときはいつものことだろう。今日もトウキの護衛役を頼む」

 不満そうに揺れるムウマ。ウパーは正反対に嬉しそうにカゲツの周りをくるくると回った。随分と仲がいいな、とトウキは彼らの仲を見守る。

「ムウマ、暫くはよろしく……お願いします」

 こちらがお願いする立場だ。トウキが謙った言い方をすると、ムウマは少しだけ不思議そうに揺れて、満足そうにトウキの顔にへばりついた。体が触れているはずなのに一切感触が無くひたすらに真っ暗で、困惑しながらもトウキは動かないように努めた。彼なりの親愛の示しだと判断したからだ。

「寛容で素晴らしい限りだが、こう言うときは素直に離れていいぞ」

 カゲツに言われてトウキが一歩後ろに下がる。ムウマは不満に膨れたが、直ぐ楽しそうにくふくふと笑った。

 そうしてまた挨拶を終え、トウキとムウマ、カゲツで足並みを揃えて進む。ウパーの歩みはそこまで早くないため防腐性の高いカゴに載せてカゲツが連れていたが、それで歩みは全員同じくらいだ。

「……重くないの?」

「軽くはないさ、命なんだから」

 なんてことなさそうにカゲツが言う。そういうものか、とトウキは納得して彼女のすぐ後ろを歩いた。

 

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 二人が向かうのはオウセの村だ。タソガシマには東西南北に村があり、その最南端にオウセの村が、ドンテンの村は最北にある。その間にはカガンの森以外にも越えなければいけない場所がある。

「最初に向かう場所は覚えているな?」

 カゲツが前を向いたままトウキに尋ねてきた。今のところ危険は無いらしい。

「ライリュウの湖、だったよな」

「その通り。場所については到着してから説明するが、カガンの森から湖までは割と困難無く向かえる筈だ」

「困難無く、って言うと」

「カミナリは多いが、カガンの森の中でも平原帯を抜ける。人間は無視されることが多い地帯なんだ」

 カガンの森でも三つの地形があるらしい。通常の森、山岳、平原帯の三つ。その中でも一番人間が通る上では危険が少ないのが平原帯だと言う。

「見つかりにくい、じゃなくて、無視される……なのか」

「ああ。そこに住まうポケモン同士捕食し合っているからな。人間なんて不味いものを食べる気は無いらしい」

「……そう」

 何から言えばいいのかはわからないが、ともかく危険が少ないならそれでいいだろう。例えその身の安全が他者の犠牲であっても、食物連鎖の蚊帳の外に置かれた結果だとしても、幸いだと喜ぶべきことなのだ。

「……もしかして、平原帯を抜けるときは、ムウマやウパーは潜んでてもらうのか?」

 ボールに戻すという言葉が的確ではない気がして湾曲な言い回しをする。カゲツは少し間を置いてから「そうだな」と返してきた。

「ムウマはそのままでも構わないが……ウパーは歩くのを控えさせる。捕食対象になりかねない」

「ムウマは平気なのか」

「彼はゴーストだからな」

 名前を呼んだからかムウマがくるくるとトウキの周囲を周る。愛嬌のある動きだが前進しているときには少し煩わしい。努めて無視をすると、彼は不満そうにトウキの頭のすぐ横を漂った。

「ゴーストを食べるのはゴーストタイプだけ。彼が危険なのは寧ろ森の中……だが、ボクレーやオーロットは見逃してくれるだろう。彼らは寂しがりやだから」

 ボクレー、オーロット。聞き覚えのある名前だとトウキは気に留めた。ゴーストタイプ、で。確かガラル地方にも居たポケモンだ。ボクレーの愛嬌のある切り株お化けの姿や、オーロットがその体の根を動かして歩く姿を思い出せる。

「ボクレーやオーロットは知ってる。この森にも居るんだな」

「ああ、数少ない森にいるゴーストタイプだ。ボクレーは人懐っこいが、くれぐれも彼らの先導には従わないように。まず間違いなく命を落とす」

「……人には優しくないのね……」

「彼らが優しいのは森の仲間だけだ。大抵のポケモンにとって、人間は縄張りに不躾に入り込む邪魔者だから」

 落ち葉や若葉を踏んで歩く。さくさくと音がして、何者かに聞き取られれば如何なるのだろうかとトウキは考えた。まだカゲツは忠告もしていないから、会話を交わす余裕さえあるのだろうが。

「ポケモンと人間は同じようで違う。人はそれを忘れがちで、ポケモンはそれを忘れることができない」

「……どういうこと?」

 先程までとは雰囲気が変わる。何を問いたいのかとトウキはカゲツを観察するが、彼女ははただ前へ進み、トウキへ振り向くことはない。

「ポケモンに育てられた人間の話を聞いたことは?」

「……いや」

 元居た場所にも似たような話はあった。狼だとかに育てられた少女、だっただろうか。トウキには小耳に挟んだ程度の記憶しかなく、どうにも話の輪郭も掴みにくい。トウキは置いていかれないように、ムウマにちょっかいを掛けられながらカゲツの背を追う。

「ポケモンと同じ様に育つから人語を話さない。ポケモンたちと同じように食物連鎖の中に生き、好き嫌いなどをする余裕も無く育つ。綺麗な服を身に纏うことはなく、寒さを凌ぐ為に木の皮を剝がしたりポケモンの毛皮を剝いで衣にする」

 話を聞いて何故か、トウキは目の前に居る女性を思った。もし彼女が言語を失い、人では無くポケモンと共にあり、原始的な衣服を身に纏っていたならと。想像して、どうにも結び付かず不格好になった。

「きみは今の話をどう感じる?」

 どう、とは。尋ねたくなったが、恐らく失望されるだろうなと踏み止まる。

「環境が生き物を育てるって言うんなら……一つのあり方として、認めるのはいいんじゃないの。ただなんでその人はポケモンに育てられることになったのかが気になるけど」

「……意外だな」

「何が?」

 トウキが問えば、一切の感情が入っていないことが、と返ってきた。

「可哀想、という感想が一般的になる」

「それ、ポケモンたちに失礼だろ」

「ああ。私もそう思う」

 食い殺してしまっていても可笑しくないのに同種でもない人間を自分たちと同じ環境で育てあげた。それを可哀想で括ってしまうのは、育った人間にも育てあげたポケモンにも、同じ環境で育つあらゆる生き物に対しても失礼な感想だと思う。

「でも……すごく大変だろうな、と言いたがって、可哀想って言葉になるのかもな」

「なるほど。勉強になるよ」

 少しばかりの反論も付けておけば、カゲツは温和に頷いた。随分と饒舌に話していたが、彼女の体験談だったりするのだろうか。トウキがそれを問うより先にカゲツが話を続けた。

「そうやって育った人間を可哀想だと言うのなら、そうやって育てているポケモンたちをなんと言うのかと、常々疑問に思っている」

 と。その言葉で、体験談でも何でもなく、比較のためだけに話したことを理解した。

 ポケモンの中で育った人間には可哀想だという。それなら人間の中で育つことになったポケモンはどうなのか、と。可哀想と言う人ほど、何も考えずにポケモンを愛でて家族だと言うのではないかと、彼女は語った。

「……あんた、皮肉屋って言われない?」

「生まれてこの方一度も言われたことが無いな」

「良かったじゃん、記念すべき一回目だ」

「む」

 嬉しくないというボヤキが聞こえてきたが甘んじて受け取って欲しいものだ。出会って数日で重い過去でも語られるのかと身構えた、トウキの心労を慮って。

 

 その後も特に問題も無く、初日の目的地点である森と平原帯の境まで出られた。今日はここで休み、翌日平原帯を進む。

 寝ずの番は買って出てくれたムウマに頼み、それぞれ寝袋で眠る。思ったより安全に進むことが出来たと感想を抱いて、まだ星も見えない曇り空の下、トウキはあっという間に眠りに落ちた。

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