第一話
1
アラームの耳障りな音で強制的に夢から叩き起こされた御手洗隆一は、布団に包まったまま手探りでスマホを探してアラームを止めた。まだ判然としない目を擦りスクリーンを覗くと時刻は20時だった。
仕事に行かなきゃ、重い頭でそう考えて隆一はのろのろと体を起こし辺りを見回す。湿気のない岩の洞窟に隆一は居た。実に奇態な光景であるが、彼をこの洞窟で寝泊まりさせる原因は目の前に在った。
「おはよう」
隆一は原因である彼女に声をかけて、姿を見る。20代の和服を身に纏った金髪の姫カットとその整った顔たちは、まさに傾国の美女と表現する他なかった。
しかし彼女から返事は無い。なぜなら隆一が声をかけた彼女は、しめ縄で結ばれた巨大な氷塊の中に居たからだ。その氷は溶けて水を地面に晒す様相を見せずに、ただただ彼女を閉じ込めている。そのさまはまるで封印の様だったがその実、の様ではなく本当に封印である。
最初に絶世の美女である彼女の美貌に見惚れて気づかないが、目を凝らしてよく見れば封印の理由に直ぐに察する。彼女は人間ではなく、その頭には狐耳、尻には九本の尻尾を持つ伝説の妖怪白面金毛九尾の狐だったのだ。
中国古代王朝である殷に最初に現れ、妲己と名乗り紂王を誑かし、酒池肉林、暴政を尽くして太公望によって国外へ追いやられた彼女は、天竺の摩竭陀では妃華陽、再び中国古代王朝である周では褒姒と名乗り、これまた悪逆の限りを尽くしては正体がバレて、今度は後に若藻という16歳ほどの少女に化け、吉備真備の乗る遣唐使船に同乗し来日した。若藻、玉藻前である彼女も最終的に陰陽師、安倍泰親によって正体を暴かれて、安倍泰親や他の武士達に討伐され殺生石となった。
そんな彼女は現在この洞窟に封印されている。その理由は討伐され殺生石となったと言うのは表向きで、実は陰陽師達と玉藻前は死闘に死闘を重ね、双方疲弊して陰陽師達は仕方なく彼女の討伐を諦め、最終手段で彼女を封印し現在に至る。
討伐ではなく封印ならば、その看守または封印の調整が必要となる為、その役目を任されたのが安上家だ。おおよそ9百年、実には長い間だった。安上家はいつの間にかも名前が変わり御手洗と成っていた。
現代では妖怪たちはすっかり鳴りを潜め、陰陽師たちも衰退の一途を辿っている。盛者必衰。もう既に陰陽師と名乗れる家は片手で足りるほどしかいない、安上家もとい御手洗家もまたその難を逃れる事は出来なかった。
隆一の両親は彼に本格的の陰陽術を教える前に交通事故で亡くなった。九歳のときだった。他に親族は居ない彼は児童養護施設に身を預け、高校を期に児童養護施設を出たがイジメに遭い一年で辞めて現在20歳となり、コンビニの夜勤の仕事をしている。
その為隆一は簡単な陰陽術しか出来なく、もし九尾の妖狐の封印を解こうとする輩が現れたら、彼には止めるすべは無くただ見守るだけしか出来ないだろう。それほど、隆一は弱いのだ。
他の陰陽師の家に封印の管理を譲ると言う方法もあるが、生憎そもそも隆一には他の陰陽師を一人も知らなかった。とは言え、恐らくもう陰陽師の中で誰一人も九尾の妖狐である玉藻の前が、討伐ではなく封印であった事を覚えていないのだろう。そして、長らく9百年間続いた陰陽師である隆一の家系は、隆一の代で終わりである事を隆一は悟っていた。
「まあ、良いや」
頭に浮かんでいた事を隆一は、至極どうでも良さそうにそう呟いて、九尾の妖狐に「いってきます」と言って洞窟を出た。
2
洞窟を出て、暗い山をスマホの電灯を点けながら降りる。外は心地良い温度の洞窟と違って蒸し暑く、夏とは言え夜のこの暑さに隆一は苛立った。
約30分の時間をかけて隆一は自分のアパートに戻った。アパートは山のふもとにあり、隆一はこのアパートを見つけた時はその近さに感激した。
築50年で改築もせず見た目も古く、錆びついていたが、4畳半とは言え家賃は1万で風呂ありと、隆一はここに住むのを即決した。大家さんの話によるとこの部屋は何か訳ありであったが、隆一は気にしないことにした。
ギギギと音を立てるドアを開けた隆一は、トイレで用を足した後洗面台に向かった。歯を磨き、顔を洗って、自分の顔を見る。どこでも居るような顔で酷く血色が悪く、ボサボサの髪に目の下にはくっきりとしたクマがあった。
「ひどいな、これ。あー仕事行きたくねーな」
隆一は自身の顔に嘆息して苦笑した。
しかし今日は仕事の最終日だった事を思い出し、両手の手の平で己の頬を叩き、感情を鼓舞する。そして朝に買ったコンビニ弁当を温めて腹にかっこんだ。
「さあて、行くか」
アパートを出て鍵を掛ける。大体徒歩15分で家の近くの職場であるコンビニに着いた。
「いらっしゃいませー あ、君か」
コンビニ内の客は3、4人ほど。入店音を聞いてレジで笑顔で迎えるのは、恰幅が良い中崎美幸店長だった、その客が隆一と見るやいなや直ぐに眉を顰め表情を変えた。
「はい こんにちは」
「今日が最終日だったね、さっさと着替えて来なさい」
「はい」
隆一はスタッフルームに入ってコンビニ制服に着替えて、レジに立った。中崎店長が隆一を見て言った。
「よし、じゃあ私は先に帰るから、残りはワンオペでも出来るね?」
「え?」
隆一は時計を見たまだ22時、中崎店長は帰ろうとしていた。
いつもは客足が本格的薄れていく12時あたりに帰るのに……。
「え? じゃあないよ。最終日なんでしょう? だったらもっと働いて貰わないと、この給料泥棒が。最終日ぐらい給料に見合った働きをしなさい。こっちは高い時給を支払って雇っているんだよ?」
「はい。すみません」
「じゃ、任せるね」
「はい。わかりました」
中崎店長は隆一の合意を聞いて、笑顔で頷いてスタッフルームに入り、制服から普段着に着替えて出てきた。
「お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした」
隆一の表情と対照的ににこやかな表情でコンビニを出る去り際、思い出したように言った。
「あ、そうだ。先に言っとくね。もし、クレームとかがあったら、今月分の君の給料は無いから、真面目に働きなさいね」
「―――はい。分かりました」
その言葉に隆一は元々暗い顔だったのがもっと暗くなった。が、何かを思い出したのかすぐに元の顔色に戻った。
午前3時、客足は2、3時間に10人在るか無いかと成っている。
隆一は欠伸をしながら品出しをしていた。最終日だから仕事をぞんざいにして終わろうと考えていたが、別に去り際の中崎店長の言のせいでは無いが、隆一は真面目に仕事をこなしている。
この時間帯になるとただでさえ眠たい頭が、更に眠たくなる。スマホでネットを一通り見た、特に興味を引くものはなく、最近ではショットビデオが際限なく流れていくアプリが流行っていたが、隆一は3日間でそれに飽きた。その為他にやる事がない隆一は気を紛らす為に仕事する事以外出来ずに居た。
「っと、いらっしゃいませー」
入店音を聞いて、品出しをしている手を止めレジへと向かい客が来るのを待つ、暫くして客が来て、差し出されたカゴの中に弁当がある事に気づく。
「こちら、温めますか?」
「うん、お願い」
可愛い声だった。隆一はそれで初めて客の様子を直視した。ワンピースに黒髪ロングで
ああ、彼女か。隆一は彼女を知っていた。と言うのも高校中退して直ぐにここで働き出したのでおおよそ4年、彼女はほぼ毎日この午前3時と言う時間に来店するのだ。
電子レンジで温められていく弁当を待ちながら、隆一は残りの商品のバーコードをスキャナーで読み取る。ピーと心地いい機械音を耳にしながら、レジ袋有料化後彼女がいつの間にか、買っていたエコーバックに入れた。
4年前からなので彼女が中学生の時からか、あの頃は親は心配してないのか、ネグレクトなのかとか色々考えていたが結局聞けず、今日まで彼女の名前もなんでこの時間にコンビニに来たのかも分からなかった。
しかし、今日は最終日。このしこりを残したままでは去れない。
隆一は会計を済ませた彼女に、虫けら程の勇気を奮い立たせて、話しかけた。
「あ、あの」
「なに?」
返事は冷たい声だった。
「えっと、今日を持ちましてこの仕事を辞める事に成りまして、そのご挨拶をさせて貰いたいなと」
「へー」
「今まで、ありがとうございました」
「あなた………他の客にもこんな事やってんの?」
「あ、いえ、お客様だけです」
「は? なんで?」
「えっと、私がこの店に勤めてから一番の常連がお客様だったので」
「は? 常連? 私が? 貴方いつからこの店で働いているの?」
「はい。4年前からになります」
「ふーん。結構長いね。まあ良いわ、お疲れ様。はい。これで良い?」
「あ、ありがとうございます」
ショックだった。投げやりの彼女のお疲れ様よりも、4年も勤めて接客して、彼女からの印象は無く顔も覚えられて居ないなんて―――隆一は今すぐ九尾の妖狐が封印された洞窟に戻り、物言わぬ彼女にこの感情を吐露したかった。しかし勤務終了まで後5時間、隆一はこの感情を耐えるしかない。
「えっと、そう言えば」
「は? また何かあるの?」
「えっと、はい。なんでいつもこの時間でお買い物をされているのですか? 見たとこまだお若いし、親御さんとかは?」
この4年間、ずっとこの質問の答えを知りたかった隆一は、豆腐メンタルを擦り切らせてもどうしても聞きたかった。
「あ? それ貴方に関係ある事? 何で知りたいの?」
「あ、それは―――」
「正直、気持ち悪いよ。もう二度と話しかけないでくれない?」
「はい。申し訳ございませんでした」
案の定、答えは帰って来なかった。それで隆一は諦め、両方無言で時間は進み、電子レンジからチンとタイムリミットを知らせてくる。それはもう会話は出来ない合図の知らせだったが、既に会話を拒絶された隆一にはそれが救いの女神の鐘の音に聞こえた。
「箸はご入り用ですか?」
「………」
無言の返事に隆一は念の為に箸やスプーンを、彼女のエコーバックの中に入れ、彼女に渡す。既に会計は済ませていた彼女は隆一から乱暴に奪い、振り向く事なく去って行く。
「ありがとうございました」
その背後を見て、隆一はため息を吐いた。こんな事になるのなら聞かなきゃ良かった。隆一の胸中には後悔の念だけが溜まっていく………。
午前7時。店内は人でごった返していた。他の店員の姿は無く、中崎店長も居なかった。
「おい、何やってんだ!? 早くしろ!」
「はい! すみません! 少々お待ち下さい!」
怒号が飛び交う店内で隆一は謝罪をしてはその対応に一人で追われた。中崎店長と他の店員が姿を表さないのを疑問に持ちながらも考える暇は無く、忙しさで時間を忘れて行く。
午前9時。店内の客は漸く落ち着いた所、中崎店長と他の店員が遂に来た。
「はい。今までお疲れ様。後は任せて、もう帰って良いよ」
「………はい」
満面の笑みを浮かべて言う中崎店長と後ろで笑っている他の店員に隆一は、もう自分の退勤時間を1時間超えている、今まで何をやっていたんだと突っ掛かりたかったが、完全に心身疲労困憊して言葉を話す事すら億劫で、隆一の心の中はやっと11時間の勤務を終えた開放感だけだった。隆一はタイムカードを押して、スタッフルームでなんとか着替えてコンビニを千鳥足で出ていった。
このまま洞窟に直行したかったがその気力も無く、隆一はアパートに戻り、そして泥のように眠った。
3
目が覚めた。アラームによらない目覚めは実に久しぶりだった。隆一は時計を見ると、どうやら12時間も寝ていたらしい。
時刻を見てやばい、遅刻だ。と緊張し一瞬身体が強ばったが、もう退職した事を思い出した。
まだ身体が重く、完全に回復したとは言えないが、それでも流石に睡眠を取る前より考える余裕があった。脳裏に今日の仕事最終日での出来事が去来し、怒りが沸き起こったが、もう退職して全て終わった事だ。彼らに会う事も無いと心の中で言って自分を落ち着かせる。
すると、隆一の腹の虫が鳴き出した。当然だ。勤務時間と睡眠時間を合わせれば、約24時間は食事を取っていないのだ。
「何か食べに行くか……」
なにせ現世最後の食事になるのだろう。隆一はシャワーを浴びて、自分の身なりを整えたのち、バックを肩に掛けて外に出た。
それで、何を食べようかと迷ったが、最後に贅沢も良いか。と即時に思いつき目的地へと歩き出す。
「うっぷ、きっつ。でも美味かったな」
久々に回転寿司で寿司を腹に入れた隆一はその美味しさに完全敗北した。人は腹八分目が良いと言うが隆一はそんな事お構いなしにお腹の限界の25皿を平らげ、帰り道吐きそうであった。
帰るのは勿論アパートでは無く九尾の妖狐が封印されている洞窟だった。
「ただいま」
何度も通い慣れた山に登り、洞窟に入る。最初に目に飛び込んだ妖狐に挨拶をした。
洞窟に入ると直ぐに大きく透明な氷塊とその中の妖狐が見えるため、その目立ちやすさに昔は疑問を持っていたが、亡き父からこの洞窟は人払いの術と幻術が掛けられていて、この洞窟の在処を知らない者は術を破らない限り一生辿り着く事は出来ず、平安時代陰陽師盛期に施された術に、現代の衰退した陰陽師では到底破る事は出来ないと説明されたのを思い出した。
隆一は気付かないうちに習慣化した。彼女に毎日あった事の愚痴をこぼそうと思ったが、辞めた。
隆一は肩に掛けていたバックから小さな木箱を外に出し、蓋を開けた。
中には和鋏が入っていた。しかしそれは普通の鋏ではなかった。それは家に伝わる代々受け継ぐ家宝だった。9百年も時が経過しているのに、その和鋏は錆びておらず、刃に美しい銀色を光が反射させた。
この鋏には神力が込められていて、元々平安時代に玉藻の前との大戦後、彼女を苦渋の思いで封印し、疲弊していた陰陽師たちがのちに力をためて、機運が熟したら妖狐を今度こそ討伐せんと、封印解除の時の為に作らたが、未だに封印の妖狐を見るに、どうやら彼らはその機運を見逃したらしい。
隆一はそんな陰陽師たちに心の中で感謝しながら、和鋏を手に九尾の妖狐に近づく。
一歩ずつ歩いてゆく、ふと、額から汗が流れ視界を邪魔してくる。隆一は手で拭き取り、それが暑さでは無く緊張によるものだと気づく。
「っつ、なんに緊張してんだよ、俺。ここまで普通だったの、急に緊張すんなよ」
隆一は知っている。今自分がやろうとしている事が、どれほど世に影響するのかを、そして、それをした隆一の末路を―――いや、その末路も隆一自ら望んだ事だ。
両親の死没後、絶望していた隆一は養護施設の先生から、人生は生きていればきっと良いことがある。と言われそれを信じてきたが、高校時代でのイジメ、仕事でのパワハラ。それらは確実に隆一の心を蝕み、崩壊させた。今の隆一には生きる目標がない、人生への抱負もない。無意味に感じる人生に隆一はなぜ自分が生きているのか分からなくなっていた。
だから、最後に彼女と会話がしたかった。例え自分がどんな結末に成ったとしても………それは天涯孤独の隆一の最後の願いだった。
知らぬ間に妖狐の前に辿り着く。彼女を閉じ込めている氷塊に手が触れる、溶けないそれはどこまでも冷たかった。氷塊を囲っている一本のしめ縄を見た、何十も隆一が知らない高度な術が掛けられているそれは、恐らく現代では神のみが解除出来るのだろう。矮小な人の身では、いま隆一の手元にある道具を頼るしか無い。
隆一は和鋏でしめ縄を挟んで、そして一瞬の逡巡はあったが切った。しめ縄はスラリと何の抵抗もなく切られ、地面に落ちて封印は解かれた。
切った。切ってしまった。もう、後戻りは出来ない。隆一は解かれた封印の変化を固唾を呑んで見守る。
だが………目の前の光景に変化はない。5秒、10秒と一秒一秒が何十分と感じる時間が徒に進む、まさか解除の方法はこれじゃないのか?
隆一が訝しんでいると、突然。パリンと言う音と共に氷塊は雲散して、九尾の妖狐の身体と和服を9百年ぶりに外にさらけ出した。
妖狐は立ったままゆっくりと目を開けて隆一を見た。その目は深淵と思わせるほど黒く、瞳には光がなかった。
「お主が御手洗隆一か……ほう、そのような顔立ちであったか」
高圧な口調で彼女が紡ぎ出したのは鈴の音色だった。
「俺の事知ってるの、ですか?」
いつも、物言わぬ彼女にタメ口で話していたが、実際に会話をするとなると、外見年齢は同じでも九尾の妖狐の実年齢は途轍もない年長者なので、隆一は丁寧な口調になった。
「当然だ、お主が毎日毎日飽きもせず、妾に日頃の鬱憤を語りかけて居ることを忘れたと申すか?」
「そう、ですか。それはすみませんでした」
やれやれと呟く妖狐に隆一は謝罪する。封印された九尾の妖狐に意識があったと思えず、隆一は自分がしでかした事に顔を赤くさせた。そこで気づく、意識がある、それはいつから? まさか9百年も前から?
「ふっ、そうだ。封印された当初からだ。それに謝らんでもよい、あれはあれでいい暇つぶしだったわい」
妖狐は隆一の疑問の視線に気づいて首肯した。
「あ、ありがとうございます。お耳汚しになりました」
「かか、それといつも通りタメ口でよい、今更そんな丁寧に話されても鳥肌が立つんよ」
「……うん。分かった」
「うむ。それで何故に今更妾の封印を解いたんだ?」
満足そうに頷いたあと妖狐は目を鋭くさせた。
「それは………最後の夢だったんだ。一目惚れした君との会話が」
「は?」
妖狐は可愛いぐらい口を呆けさせた。
「今言った通りだよ。君の声が聞きたかった。君と会話をして認識されたかったんだ」
「ほう、それで妾との会話でお主の夢は叶ったか?」
「ああ、叶ったし、満足したよ。今まで焦がれた君の声を聞いただけで、俺の心には幸福感が溢れたよ。だから、もう殺してくれても構わない」
「なに?」
「俺は君がどういう妖怪なのかは知っているつもりだ。いくら俺が君の事が好きでも、人が君に取ってどういう存在なのかも理解してる。
だから君を封印から解放した時が俺の命日である事もだ。それにもう夢が叶った今………もう生きる理由ががない。さあ、煮るなり焼くなり好きにして構わない」
隆一は妖狐の光のない目を見て、顎を上げ首を見せた。
「―――そうか、お主がそう理解出来ているなら、妾の養分になれ」
隆一の言葉を聞いて、しばらく妖狐は何かを考えていたが、手の指を揃えて、隆一の首に目掛け加速させた。
だが、寸前。止まった。
「………お主、本当に良いのか?」
「ああ、君と会って、声を聞いて、認識されて、本当に生きて良かった」
「お主は妾が、お主を殺さないと言う選択は考慮しておらぬのか?」
「―――あるのか?」
「ある。と言ったら?」
「どうだろうな。君と一緒なら嬉しいけど、じゃなければ君の養分に成った方がましだ」
「………そうか。ならば妾の緊急食料となって、妾に付き仕えよ」
「え?」
予想外の展開に隆一は驚いた。
「実はな、今の妾は全盛期の1割も力が無いのだ。あの忌々しい武士と陰陽師のせいでなっ! くっ! 今思い出しても腹立たしい!
だから、今お主を喰らった所で何の足しにもならん。それに妾は今の世を何も知らぬ、協力者が必要だ。分かるか?」
「そうなのか………分かった」
それは隆一にとって望外の喜びであった。彼女妖狐にとって人間とは下等生物に等しい―実際現在でもそうであろう―はずなのに、彼女は隆一に協力を求めた。
それは一時的に期間限定で緊急食料として、彼女の完全復活ないし彼女が必要としない日までしか続かない物だが、元より、覚悟していた事だ。今は彼女と生活出来ることを喜ぼう。
ふと、隆一は以前海外の友人と話していた時に出てきた、
意味は叶わぬ恋にも関わらず、相手に好かれる為に喜びそうな事を、必死に何でもしてしまう人の事を言うらしい。自分は正にそれなのだろうと隆一は自嘲する。
ちなみに、中国語では
しかし、それも彼女の一声で思考を彼女に戻した。
「合意したな? よし。 どうせお主は命を妾に捧げるつもりだったであろう。ならばそれはもう妾の物だ」
「うん、分かった。俺の命は君の物だ。好きに使ってくれ。あっ、それとなんて呼べばいい?」
「ふっ、名前など今更妾にとっては記号に過ぎぬ、お主がいつもは妾の事をキュウと呼んでおったな、ならばそれで良かろう」
「うん、分かった。キュウ」
「うむ。ではささっとこんな所から出るぞ、お主の家まで案内せい」
隆一は先頭に立ち、彼女にアパートへと道案内をした。
その背後で「ハア、まったく世話がかかる小僧だ。妾がこうでもしないと………」小さく呟く妖狐、キュウの言葉は隆一には届かなかった。
4
「なんだ、この豚小屋は」
九尾の妖狐、キュウは隆一から彼のアパートへと招かれて、中に入るとその光景に吃驚し、眉を顰めた。
「ご、ごめん。もう使わないと思って、全然片付けてなかった」
「それもあるが、なんだこの狭さは!? これが人が住む大きさか!?」
「金も………無いんだ。申し訳ないけど今は我慢してくれ」
「くっ、仕方なかろう」
「ありがとう。金か………仕事、次の仕事を探して金を作らないとな、貯金はあるにはあるが、二人だと半年も持たないな」
「−−−それはお主が後で考えよ、それよりお主の今の仕事はっ………あっ、うっ、がっ」
キュウは話している途中から何か苦しそうにしていた。
「だ、大丈夫か!? どうした?」
「大丈夫。ちょっと限界が来ただけだ」
「なんの?」と隆一がキュウに質問する前に、彼女の身体が縮み始めた。なぜか服も彼女に合わせて縮むのはどういう理屈だろう。隆一は目の前で起きてる現象に口を大きく開けた。
キュウは約9歳ぐらいの幼女と成ってすぐ、さっきの苦悶していた彼女は何処へやら、クルリと回って見て、呆けている隆一に向けて言った。
「言ったろう? 今の妾は弱っていると、実はあの20歳の姿を保つのも億劫でたまらんのだ。その限界よ」
幼女となったキュウはあいも変わらず可愛いかった。
「―――そういう事か、びっくりした」
「で、なにか感想は?」
キュウはさらにクルリと回って見せて意地悪な顔で隆一に聞いた。
「ああ、あの姿も良いけど、こっちも可愛いよ」
「ふーん。まあ、よいわ。それよりさっきの続きだが、お主の今の仕事は妾に血を寄越す事だ」
隆一の褒め言葉を聞いたキュウは顔をそっぽを向いて話した。
「血を?」
「ああ、無いよりましだろうけど、少なくとも今の妾にとっては砂漠での一滴の水だ」
血を飲む。それを聞いた隆一は彼女をどういう妖怪なのかを思い出した。
「なるほど。それで、俺はどうやって君に血を上げるんだ?」
「うーん。こういうのはどうだ? 妾がお主の肩をガブリと」
「なんか、吸血鬼見たいだな」
「吸血鬼?」
「文字通り、血を吸う鬼だよ。まあ、そんな事より、ほら」
妖怪は九尾の妖狐しか会った事はないが、日本の妖怪も存在しているなら世界の様々な伝承の怪物も現実に実際に存在しているのだろう。隆一は考え事をしながら自分の服を脱いだ。
「ふーん」
キュウは特に興味はない様でそれ以上は何も聞かず、キュウは隆一の背後に回り、口を開いて肩の皮膚を犬歯で破った。
「あ"ぁぁ、ぐっあ」
予想以上の痛みに隆一はたまらず苦痛の声を上げる。その声を聞いたキュウは慌てて隆一に声をかける。
「す、すまぬ。そこまで痛がるとは思わなんだ」
「だ、大丈夫。もう慣れたから、ほら血が溢れ出してる、飲まないともったいないよ」
「わ、分かった」
隆一の気遣いにキュウは頷いて、続けて血を肩から飲み始めた。
痛みに耐えながらそれから、どれほどの時間が立ったのだろう。血を飲み続けるキュウを傍らに、隆一は自分の意識が薄れていく事を感じる。
そして、止める言葉も出ずに隆一は意識を失った。
「ぷっは、隆一よ。お主の血ちょっと油こいぞ。もっと健康に気をつけた方がいいぞ。
………あれ? 隆一? あっ、しもうた。血を飲みすぎたか! あ、それより早く止血をっ!」
登場人物
御手洗隆一:天涯孤独。陰陽師見習い。ボサボサ髪で目の下にクマ
九尾の妖狐:キュウ。元カーズ状態900年。妖怪で悪女。金髪姫カット
コンビニのあの娘:なぜか毎日大体3時にコンビニに来る。黒髪ロング
中崎美幸:御手洗隆一が働いていたコンビニの店長。恰幅のいい方