九尾の妖狐物語あるいは悪徳の栄え   作:山崎春のパン祭り

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毎回深夜テンションで心を鼓舞してドキドキしながら投稿してます


第四話

 

 

 食後キッチンで食器洗いをして居る時に、あれ、そういえば。と隆一はさっきテレビのニュースでやっていたこの町で起こった連続殺人事件ついて思い出し気になり調べる事にした。

 

 さっさと洗い物を終わらせベットの下からノートパソコンを取り出し机に置いた。スマホで調べる事も出来るが、隆一はこっちの方が画面が大きくて見やすいからと可能の限りノートパソコンを使っている。

 

 起動させパスワードを打ち込み検索エンジンサイトを開いた。K県S市と打ち込むだけですぐにK県S市連続殺人事件と出た。

 

 隆一はクリックして事件の詳細を見る。どうやら今週から始まりこの一週間だけ3件の殺害事件が起こっており、死体の欠損や手口から警察は同一犯と断定している。

 

 この一週間……隆一は隣でスマホをいじっているキュウを見た。まさか。彼女はすぐに隆一の視線に気づく。

 

 「ん? どうした?」

 「あぁ」

 

 隆一の質問しょうとする口は声が出ず言葉に詰まってしまう、この事を口に出して質問したらせっかく手に入れた幸福の日常は間違いなく崩壊する。そんな予感めいたものが隆一の頭に渦巻く。

 被害者の中には子供もいた……。意識した途端に体はふらつき、胃液は逆流して食べたばかりの夕飯を口から吐き出させようとしたのでそれを無理矢理抑え込んだ。

 

 「なあ……俺からの血って回復に足りてるのか?」

 

 思えばあの日の1度以来血を要求される事はなかった。疑問には感じたがその後キュウが普通にしていたため、幸福の日々を送って行く内に忘れていた。

 

 「当然たりぬな、たりぬが気にするな。あれは緊急だったゆえのこと、妖力の回復は妾自身でなんとかしている」

 「それってっ……まさか?」

 

 隆一の脳裏にこの一週間の日々が去来する。それは走馬灯のように過ぎていき、幸福だった日常の死を知らせてくる。

 

 「まさかとは、なんのことだ?」

 「さっき、て、テレビでやっていた……その、ニュース」

 

 明確にその言葉を口にするのは、隆一は怖くて出来なかった。

 

 「ああ、あれか。うむ。そうだな。まったくあやつらたった10人程度が殺されたぐらいで大騒ぎになりおって、これではこの先妖力の補充がしにくくてしょうがないわい」

 

 キュウはまるでそれが些事のように平然と言い放った。じゃあ、やっぱり……彼女が……。

 隆一はあたまを抱える。玄関を見れば、突如いつ警察が来て怒号と共にドアを激しく叩かれ逮捕されるのではないかと、恐怖感に身を揺らす。

 

 「ど、どうした。隆一?」

 

 続いて部屋を見渡した。何かを探す素振りを見せてた後リュックサックを手に取り中を覗いて、何も入ってないと見るとタンスから着替えや必要な物を積み込んでいく。キュウは何も言わず急にそんな行動を取る隆一に驚きおどおどしていた。

 

 「りゅ、隆一っ? お、怒っておるのか? す、すまぬ。妾はただたった10人程度だから、聞かれなければわざわざ教えなくても良いかなって」

 「……はぁー、別に君に怒っていない。おれはむしろ自分に怒っているんだ」

 

 自分の甘ったれた愚かさに。こうなる事は覚悟していたはずなのに、ショックを受ける自分に。こうなる事は分かっていたはずなのに、夢を見ていた自分に。一週間と長かった甘美な夢は良い加減覚めるときだろう。とはいえ子供……こどもか。いや、赤ん坊も含まれていたと書いてあったな。なら、余計だな。

 

 「キュウ……」

 

 隆一は手を止めて彼女を見る。

 

 「な、なんだ?」

 

 キュウはまるで怒られる事を恐れている子供のように伏し目で隆一の言葉を待った。

 

 「次に人を食べる時は俺に決めさせてくれ。今の人間は君が思ったより厄介だ。慎重に行かなければすぐにバレて、昔以上に苦汁をなめさせられる事になるぞ」

 「……分かった」

 「あと、子供はーーー流石に駄目だ」

 「そん、そんな!? わらべは妾の大好物だぞ!? それだけは堪忍してっ……」

 「キュウ……俺も人間なんだ。ただ君がどうしてもと言うのなら止めはしない」

 「くっ、分かった。約束する」

 「そうか、ありがとう」

 

 隆一は安心した笑顔をキュウに向けた。

 

 「隆一っ!」

 

 隆一の笑顔を見てキュウも嬉しくなり、彼に飛びつき抱きつく。

 隆一も抱き返した。恐らくこれがはじめて隆一とキュウの自然とした接触かもしれない。

 キュウはさらにグリグリと自分の頭を、隆一の腹部にマーキングしているように押し付け、その裏で『もし隆一が人間じゃなくなったら、彼と永久の時を生きれて、わらべも解禁させて食べ放題』と一石二鳥の考えをしていた。

 

 「それで、なぜリュックサックに着替えを詰め込んでいるのだ? まるでどこかに行く見たいじゃなか」

 「見たいじゃなくて、どこかに行くんだよ。……もうここは駄目だ」

 

 隆一はテレビをつける。リモコンでチャンネルを次々と切り替えて、どの局もこの町の連続殺人事件について放送していた。

 

 「ほら」

 「?」

 

 キュウは、意味が理解できず疑問の目で隆一を見た。

 

 「ハァー、世間にこんなに注目されて、騒がせて、もし捕まらなければ警察の面子はまる潰れだ。だから警察は死力を尽くしなにがなんでも犯人を捕まえようとする」

 「だが、やつらは妾がやったと知らん。誰にも姿は見られていないし、指紋だって残していないのだ」

 「それは最初の事件から?」

 「うむ。妾は食らったものから知識を得られるのだ。だから、食らった後すぐに対処した」

 「なるほど……だとしてもだ。少なくとも一刻も早くこの町を出ていった方がここにいるより何倍も安全だろう」

 「……うん」

 「そうと決まれば行こう。日常用品はまた買うからいらないよ」

 「行く場所は、もう決めてあるのか?」

 「いや、まず空港に行って、それから決める」

 「分かった」

 

 

 

 

 スマホのアプリでタクシーを呼び出して、キュウと隆一はアパートの前で、隆一はリュックサックを背負い、タクシーが来るのを待っていた。

 夜逃げする格好みたいだが、隆一はしっかり家賃を払うつもりだったし、頃合いを見て大家さんに連絡して解約するつもりだ。ちなみにキュウの獣耳と尻尾は、彼女が言うには幻術とかで消えている。

 

 タクシーを待つが未だに来ない。時刻は21時。周囲には人は居なく。帰宅ラッシュの時間帯はとっくに過ぎているというのに、スマホにはあと20分で到着と書いてあった。

 突然、隆一の頭にもし、今この町を去れば連続殺人事件はピタっと止まり、この時期に出ていった自分たちが、真っ先に疑いの目が向けられるのではないかとの思考よぎる。

 それではまるで、自分から網にかかりに行く魚のようではないか。

 

 隆一は再び頭を抱える。もうどうするのが正解なのか、彼には分からなかった。

 だが、もう決めた事にうじうじしても仕方ない。やらないで後悔するよりも、やって後悔した方が良い。そう隆一は決心を固めた。

 

 

 

 「……そう…、だけ……」

 「や……」

 「俺が……そう……」

 「…い…」

 「だから、千夏。お前は勝……動くな。いいか? 先ず俺が……話を……。お前はいっつも……」

 「こんな……説教はやめ……さい。兄さん。私は……18……すよ? 大人で……。分か……す」

 

 遠くから足音と共に若い男女の声が段々こちらに近づき、街灯の光でその姿は明瞭になってゆく。

 男は190cm以上はあり、短髪で体はボディビルダーのように筋肉隆々と、まるで三国志演義から飛び出た戦国武将のようだった。

 女は黒髪ロングに可愛らしい顔と、隆一はその顔にどこか見覚えがあったが、思い出せずに居た。

 

 「いや、分かってないな。お前は前回もそう言って、結局俺の命令を聞かなかったな」

 

  口喧嘩をしている兄妹であろう二人を、タクシー待ちの暇つぶしに彼らの口喧嘩を観戦気分で見守る。心情としては、自分も男なので兄に勝ってほしい。ま、結局どっちが勝ってもどうでもいいが。

 

 「争えっ……もっと争え。やはり、他人の喧嘩は面白いのう」

 

 隣でキュウは、口を歪ませ、楽しそうにしていた。

 

 「は? 説教はやめてって言ったでしょう? じゃなに? 兄さんは私にあのまま殺されるのを待って、その後死体に命令を聞いてほしいの?」

 

 物騒な話し合いに隆一は眉をひそめたが、すぐにゲームの話だと勝手に納得した。

 

 「あん? そうは言ってねぇだろう? 俺が言ってんのはだな……」

 

 彼らが隆一たちの目の前を通り過ぎて行く時。兄は妹に何か言い掛けて、隆一とキュウの姿を見て愕然として目を見開き足と口を止めた。

 

 「俺が言ってんのは? なに?」

 

 妹も足を止めて、兄に聞き返す。

 

 「ああ、それより、あれ」

 

 兄は頭をぐいっとさせる。

 

 「は? なにを」

 

 妹は兄が話をすり替えたと思い、怒りながらも兄が示した方向に向いた。隆一とキュウの姿を見て、兄と同じように驚き口を開ける。そして、小声で兄に聞いた。

 

 「ーーねぇ、兄さん」

 「ああ」

 「あの娘、魔物よね?」

 「ああ」

 「で隣の男は人間だよね」

 「ああ」

 「なんで一緒に居るの?」

 「知らん」

 

 と、かすかに聞こえて、隆一は瞬時に目の前でそんな会話を兄妹を警戒する。ちらっとキュウを見ると、彼女は無表情で彼らの動向を観察していた。彼女が何を考えているのかは分からないが、隆一は自分に判断任せたと見た。

 ポケットからスマホを取り出し耳に当てる。タクシーは仕方ないが諦めるしかない。

 

 「もしも、ええ? そっち!? たっく仕方ないな。行くぞ、キュウ」

 「うん」

 

 隆一は、わざとらしく大きな声で言って、キュウの手を取ってこの場から去ろうとする。

 

 「あ、ちょっと待って」

 

 すぐさま兄は、隆一たちを呼び止めた。

 

 「……」

 「……」

 

 わざわざ呼びかけられ、このまま無視を続けて相手が苛立ち、敵対行動を取られるからもしれない。返事をしようかしまいか。

 彼らの正体を知らないまま去るのは愚策だな。隆一は振り返り、

 

 「はい、なんですか?」

 

 笑顔を貼り付けて聞いた。

 

 「あんた。自分の隣に居るのはなんのか分かる?」

 

 兄がいきなりそんな事を聞いてきた。

 

 「はい? 何を言ってるのですか? ていうかあなた達は誰なんですか?」

 「ああ、分かった。まず自己紹介をしよう、俺は能登正義(まさよし)、でこっちは妹の千夏だ。俺たちは退魔師協会所属の者だ」

 「え? 退魔師協会?」

 

 隆一は表向きは、胡散臭さそうに彼らを見るが、内心で退魔師協会の存在に肝を冷やしていた。キュウとつなぐ手に力が入る。視線を彼の妹である能登千夏に移すと、彼女は隆一を顔を見てなにか考え込んでいた。

 

 「そうだ。信じられないかもしれないが、今、あんたの隣に居るのは魔物だ。そいつとどうやって繋がったは知らないが、騙されてるよあんたは」

 

 また兄である能登正義が口を開いたので、視線を彼に戻した。

 魔物? 隆一の知識にはなかったが、現代では彼らは妖怪の事を魔物と呼んでいたのだろうか。

 キュウを見る。変わらず何も言わず無表情で彼らを見ていた。

 

 「なにをバカな……仮に彼女が本当に魔物だとして、なんで君たちに分かるんだ?」

 

 隆一は、呆れた口調でそう言った。

 

 「妖気だ。彼女の体から妖気が漂っている。一般人には見えないだろうが、我々には一目見ただけで分かる」

 「は? 妖気?」

 

  隆一には見えないがキュウから妖気は漂っていたらしい。陰陽術の門に片脚とはいえ、踏み込んでいたつもりだったが、どうやら本当に一般人並に弱いようだ。隆一は心の中で自嘲した。

 

 「そうだ。彼女は君の家族じゃないでしょう? 彼女がどういう目的であんたに近づいたかは分からないが一秒も早く彼女と離れる事を勧めるよ。それに最近は連続殺人事件が起きてるようだしね」

 「はぁー、もう良いですか? それじゃあ」

 

 彼らの強さが未知数な上、正体と退魔師協会の存在を知った時点で、隆一は一秒も早く会話を切り上げ、この場から離れたかった。

 

 「あ、ちょっと待ってください」

 

 今度は、今まで黙っていた能登千夏が口を開いた。

 

 「はぁー。また、何か?」

 

 隆一は、飽き飽きした口調で返した。

 能登正義もまた疑問の目で彼女を見つめる。

 

 「あの、私たち前にどこかで会ってませんか?」

 「え?」

 

 そう言ってくる彼女に、隆一もまた疑問に思っていたので、記憶を掘り返した。

 この一週間ではない、一週間前。既にもう遠くに感じ、キュウの封印解除から境目に色褪せていた記憶から探ると、答えはすぐに見つかった。

 

 「やっぱりですよね」

 「うん。俺が前に務めていたコンビニに君が客として来ていた」

 

 隆一は、彼女が前務めていたコンビニの毎日午前3時に来る娘だと気づく。あの頃はいっつも彼女がなぜ毎日あの時間帯に来るのか気になっていたが、まさか退魔師だったとは、きっと毎日戦っていたのだろう。

 

 「ふーん。なるほど。そうですか。ありがとうございます。解決しました」

 

 頭を頷きながら、スッキリしたと、千夏は微笑み、礼を言った。続いて、彼女はポケットから黒く何か印された白い札を取り出すと、それを手でちぎった。

 すると、それは青く燃えたと思ったら、日本刀が出現した。千夏は当然のように手に取り、抜刀し刃を外に晒した。月明かりに反射する刃は美しく、素人目からでもひと目でそれが業物だと分かる。

 

 「千夏!」

 「隆一!」

 

 正義とキュウは、同時にお互いのパートナーの名前を叫んだ。正義は困惑の、キュウは張り詰めた緊張の、声は、突然の事に呆然としていた隆一を呼ぶ戻した。

 能登千夏が自分の業物の刀を突然隆一とキュウに見せたくなっただけのはずがない。

 逃げなくては!

 隆一がそう意識した瞬間、目の前の千夏の姿は消えていた。

 

 『止まれ!』

 

 キュウは真言術を使った。何せ緊急であるため、対象はこの場に居る使用者であるキュウを除く全員になってしまった。隆一の動きも止まってしまうが、仕方ない。

 これで一安心。キュウはふーと深い息を吐き出して、隆一を見た。そして、目の前の光景に慄然として現実感を疑った。

 

 

 

 

 

 「ぐっ、あ"ぁ"あ"あ"ぁ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"」

 

 隆一は静止した状態で。脂汗を流しながら苦しく叫んでいた。キュウは目まぐるしくその原因を探した。その原因は……隆一の肩から先の右腕が……なくなっていた。

 

 「うるさいわねっ。人払いの札を使わなきゃいけないじゃない。確実に殺れると思ったのに、私の動きが一瞬止まってしまったのが原因かな。ねぇ? あんた。なんかした?」

 

 いつの間にか再び現れた千夏は、赤く血が付いた刀を片手に、ポケットから人払いの札というのを出して、キュウを見つめて聞いた。

 

 千夏の声など耳に入らず、キュウの視線は隆一に固定されていた。

 凹凸のないキレイな切断面から血をどくどくと地面に垂れ流し、血溜まりを作り、2メートル離れて転がっている右腕をキュウが見つけると、彼女の脳は憤怒によって占拠された。

 

 「貴様らっ! やってくれたのうっ! 隆一が穏便に事を済ませよとしたから、妾も貴様らを見逃してやったのにっ! やっっってくれたのうぅぅぅ!?」

 

 キュウは、喉から絞り出すように怨嗟の声を出した。

 

 「あら、そう? 私は最初からあなたを殺すつもりだったのよ? 化物が自分の死期を選ぶ権利なんて、身の程を知りなさい」

 「千夏!? お前ぇっ! なにやってんだ!」

 「兄さん。あの男はあの化物の正体を知っていました。それを知っていながら庇っていたの。詰まるところ我々いえ、人類の敵よ。それにたぶん彼女が連続殺人事件の犯人よ。あの男が今まで庇っていたから見つからない訳だよ」

 「くそっ! マジか!? あいつ! だとしても、いきなりやるのは止めろ! ビックリするわ!」

 「ええ、次回からそうします」

 「嘘つけ! この後説教だからな!」

 『黙れ! 貴様ら!』

 

 キュウは再び真言術を使って言った。

 

 「……やっぱり。一瞬喋れなくなるな」

 「ええ、彼女の術のようですね」

 

 真言術を使われても、二人が普通に会話を交わしている光景にキュウは愕然として目を見開いた。なぜなら真言術が効かないのは彼女にとって、何千年ぶりであったからだ。そして、何千年ぶりに思い出す。真言術は使用者と対象者との強さに比例して効力が変わる。つまり彼らは現在のキュウより強いのだ。

 

 彼らの一挙手一投足を警戒しながら隆一を見る。彼の顔はすでに蒼白となり、今意識があるかどうかすら怪しく、このままではいつ失血死してもおかしくない状態にあった。

 だがこの状況で彼に回復術を施しても、その最中の隙きを狙われるの明白だ。キュウの憤怒に塗れた気持ちに焦りが加わる。

 いや、まだ手はあった。この危機的状況を抜け出すにはあの手しかなかった。

 

 キュウは、それを行使した。瞬間、キュウは白い光芒に包まれ、体は白く塗られているまま20歳前半ぐらいの身長に成長した。

 正義と千夏はキュウの妖気が身長と共に膨らんだ変化に驚き、彼女が何かしらの術を行使したのだとすぐに理解する。

 お互い合図無しに同時に駆け出した。千夏はまたもや姿を消し、正義はその大きな図体からは想像も出来ない速さを出した。

 

 先にキュウにたどり着いたのは、やはり千夏だった。千夏は己の神速をもって、先ほど隆一の右腕を切断した様に、今度はキュウの首を刈取ろうとして、横一閃

 が、寸前。キュウに刀を手で掴まれ、刃はキュウの首一歩手前で止まってしまう。このまま千夏が力を入れれば、容易くその刀を掴む指と頭を地面に落下させて、この魔物を退治する事が可能のはずなのに、いくら力を入れても、キュウに掴まれて刀はびくともせずにいた。

 逆にキュウに力を入れられ、千夏の刀は粉砕される。そこでようやくキュウは掴む手を離した。半分欠けた刀は消失して、やがて呆然空気を掴み構えをとっている千夏をだけがいた。

 

 後ろに居た正義は目の前で起こった事に、あっという間の形勢逆転に、足を止め慄然した。しかし、それも一瞬だけで、すぐさま隆一の存在を思い出した。彼女にとってこの同伴者にどれほどの価値は分からないが、正義は人質にするため隆一に向かって駆けた。

 

 『止まれ、そして口を閉じろ』

 

 先ほどキュウが放った緊張の声とは違い、淡々と判決を言い渡す冷徹な女神の様な声だった。それで今回は千夏と正義の口と体は完全に止まった。

 ここまで10秒の出来事だった。

 

 千夏と正義の無力化が完了して、キュウは隆一に目を移し、ようやく側に向かう事が出来た。妖力が足りず不完全にこの術使ったため、未だに全身は白い光に包まれている。

 基本、一般的な術は使っても、妖力は少しか減らない。だがこの術は、一時的に強くなる代わりにすべての妖力を代償にする。つまり、これを使用後は今まで貯めてきた妖力はすべて失くし一般人より弱い存在に成り下がってしまうのだ。そのため、キュウは数千年生きて来て、この術を使うのは本当に危機的状況になった片手でも数えられる数回しかない。

 

 たかだか一般人10人分程度の妖力では、この状態は不完全で維持するのは長くない。キュウは急ぎ隆一に回復術式をかけた。すると、隆一の血を出し続ける切断された断面は塞ぎ、見る見る再生されて行く。

 だが、それも肘関節までで、隆一の右手までは再生する事はなかった。ついにキュウの術が切れたからだ。19歳ぐらいの身長と白い光に包まれた姿は元の8歳の姿に戻る。

 

 隆一の手を再生出来なかったのは悔やまれるが、止血は出来て最悪の状態である隆一を失う事を回避出来ただけでも、キュウはやっと一息をつく事が出来た。

 

 「隆一? 大丈夫か?」

 

 体を揺さぶり声をかける。返事はなく、隆一は術によって立ったまま、あまりにも血を失ったのか気絶していた。彼にかかった強制的に立たされていた真言術を解いた。プツンと崩れ落ちる隆一を、抱きつき支えドクンドクンと弱々しく鼓動する心臓の音を聞きながら、彼をここまでにした原因である正義と千夏を見る。

 

 さてと、こいつらをどうするべきか……キュウは彼らの処置に考えあぐねていた。

 当然こんな事をしたこいつらの結末は死以外の選択肢はなく、凌遅刑よろしく、生きたまま肉を削ぎ落とし、死ぬまで目前で自分の肉を犬に食べられるのを見せながら、彼らを嘲笑い、死んだ後も、体の骨はツバを吐きかけ足で粉々にして下水に流し、頭蓋骨は削って盃にして隆一と共に楽しく酒を飲む。

 

 それほど、正義と千夏の罪はキュウにとって重く、彼女に強い憤りを感じさせていた。

 たが、たが、今のキュウは妖力がほぼゼロに成っておりとても弱い。妖気が見える彼らもそれの減りに気づいているのだろう。

 彼らにも何がしらの切り札があり、今のキュウは術は使えないから、もし、それが敵が接近したのみ発動する場合だったら……今の弱いキュウは自分が正義と千夏を安全に殺せるとはとても思えなかった。

 いつ正義と千夏に掛かった真言術が自然に解かれるかも分からない、彼らの仲間が周囲に居るか分からないが、それがいつここに来てもおかしくない。

 思えばやつら、道士しかり陰陽師は。正義と千夏は自分たちの事を退魔師と呼んでいたが、やつらはいつも思いがけないところを攻めてくる。

 慎重にならねば……そう考えるキュウだったが、同時に今すぐ正義と千夏を殺したかった。

 

 ふと、キュウは中国のあることわざを思い出す、君子の復讐は、十年でも遅くない(君子報仇、十年不晚)。そうだ。やつらが生きている限りいつでも復讐ができる。

 キュウは、溜まった怒気を飲み込み無理矢理腹の底に抑え込んだ。続いて隆一を背負い、当然身長差で隆一の足は地面を擦り、最後に新たなる怨敵を永遠に忘れるぬ様に目に焼き付け、心の中でいつかの復讐を誓い、去っていくのだった。

 

 能登正義と能登千夏の真言術が自然に解け、口と体が動くことになるには、4時間後であった。その後彼らは、すぐさま上に電話し状況を説明して退却した。

 

 

 

 

 キュウの頭に真っ先に浮かんだ場所は、自分が封印されていた洞窟だった。もう二度と立ち寄らない、自分を何百年も縛っていた忌避すべき忌々しい場所へは、通常なら30分で辿り着くのだが、体が小さい上山道で隆一を背負っていたので、2時間も掛かってしまった。

 

 洞窟内についた時は、キュウはすでに満身創痍で、服では守れない露出した腕やふともものその染み一つない白く綺麗な肌は葉っぱなどによって傷つけられ、息は上がり、疲労は溜まって心身共に疲れ果てていた。

 それでもなんとか疲労で力が入らない腕を動かし、ゆっくりと隆一を、もう既にこの洞窟にあった布団は片付けられているので、地面に寝かせて側に寄り屈んだ。

 

 「すまぬ! 隆一! 妾が弱いばっかりにっ!」

 

 涙と一緒に口に出したのは謝罪の言葉だった。自分がもっと強ければ、隆一は死にかけずにすみ、こんな屈辱を受ける事もなかったはずだ。

 

 「だい……じょうぶ……だよ」

 

 キュウの声で目が覚めたのだろう。隆一は弱々しいか細い声を出して、キュウを安慰する。

 

 「で、でもっ!」

 

 キュウの涙は隆一の顔にポタポタとこぼれ落ちた。隆一は、利き手である右手を動かそうとしたが、もう右手がないと思い出して、苦笑した後代わりに左手で、キュウの頬を撫でた。

 キュウは、隆一の自分の頬に触れる左手を両手で大事そうに包み込む。

 

 「大丈夫だから」

 

 隆一の言葉は意地を張ってるものでは無く、心からのものであった。元よりいつか正義と千夏の様な存在に追われるのは覚悟していた事だった。それに、キュウがあの時自分を切り捨てれば良いものの、助けてくれた上に今涙まで自分のために流してくれたのだ、彼女に来る禍を自分が一部でも引き受けれたと考えれば、隆一の胸にあった喜びが右手を失った悲しみを駆逐した。

 

 「……うん」

 

 キュウは本当か?などと、答えが見え透いた不粋な疑問を聞き返さなかった。

 お互い穏やかな目で見つめ合う二人の間に、気まずくない心地の良い沈黙が流れる。

 

 「ごめん。少し疲れたから……ちょっと仮眠を取るよ」

 「うむ。おやすみ」

 

 すると、隆一の疲労感はもう限界のようで、キュウの返事を聞いて、隆一は目を閉じて、すぐに穏やかな呼吸になり、睡眠に入った。

 キュウは隆一が眠ったのを見届けると、キュウ安心して、自身にも今まで我慢していた疲労感の波が強烈に襲いかかってくるので身を任せる事にした。

 

 だが、その前にシャツと肌を張り付かせた汗は冷えて、気持ち悪い感触をキュウは感じ、シャツを脱いた。下着と言うものは肌を締め付けて来て苦手なので着ておらず、上半身裸の状態になった。自分のリュックサックには、着替えはあるが、今のキュウには、リュックサックのチャックを開けて、服を着る作業すら、億劫で面倒くさく。

 妖力で編んだ服を新しく作り出す事も出来るが、元より足りない妖力を節約する為に本物の服を着ているのに、今、更に足りない妖力を無駄使いするのはキュウには到底出来なかった。

 それに、このままでは人化が解けてしまう。人化という術は変化の最初では妖力を使うが、その後、完全に人形になり、それを維持し続ける場合はあまり妖力を必要とせず、だが、その維持する必要とする妖力すらあの術を使ったせいで足りなくなろうとした。なんとかしないと。妖力が、血が、足りないのだ。

 

 隆一の手がない右腕が目に入った。肘の関節部の先を失くなった丸みを帯びた部分を、キュウは虚ろな目付きで手に取り口に含んだ。もし隆一の右手首が無くなる事を事前に知っていれば、自分が先じんで食べたかったのに……。それはこの世のどの食より珍味で、美味であろうか……。

 口の中でペロペロと舌を動かしては、チュウチュウと吸って甘噛みしてを繰り返し、今すぐ皮膚を食い破って食べたいのに我慢しなければならない、おやつを我慢する子供の様に、焦燥感だけが心中に積もらせながらキュウは隆一の隣で添い寝の状態になって眠りについた。

 それは、さながら哺乳瓶を咥えながら眠りにつく赤ん坊の様だった。




登場人物

御手洗隆一:利き手の右手首を失った。
九尾の妖狐:今まで集めた妖力をほぼ全部失った。
能登千夏:コンビニのあの娘だった。脳筋型。
能登正義:身長190cm以上短髪で体は筋肉隆々。慎重型。

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