NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
青葉視点
「おはようございまーす――って誰もいない。土曜日だからかな? 八神さんも敦さんもいないし・・・・・・めずらしい」
私は土曜日の今日も会社に来た。
最近任されたキャラデザの仕事で描いたソフィアちゃんの3Dモデリングをするために。
入社したばかりのころはなにもできなかったけど、少しずつできるようになってきて、仕事ももっと楽しくなってくるのがすごくうれしかった。
「・・・・・・」
それにしてもどうしよう。
敦さんにあんなこと言ってからもう結構時間が経つのにのに何もできてない。
私は屋上の時の敦さんを思い出す。
――俺にそんな権利はない。
あのときの敦さんを見たとき、私は最初はなんて言えばいいのかわからなかった。敦さんの言葉には、それだけの重みがあった。辛いことも苦しいことも悲しいことも悔しいことも、私よりもずっと経験してきてる。きっと、入社してまだ間もないころなら、まだ夢を追いかけていた高校生のころなら、きっと本当に何も言えなかった。
でも違う。
確かに私は敦さんや八神さんに比べれば未熟だけどわかる。
楽しいだけじゃない。それは大人として当然のこと。
だけどそれは、楽しくないだけじゃないのも同じだ。
辛いこともある、苦しいことも悲しいことも悔しいことも、きっとたくさんある。でも、楽しいって気持ちをなくしたらだめなんだ。少なくとも私は、ソフィアちゃんを作ったときにそれを知った。
敦さんのあのときの目は、まるで『俺は大丈夫だから、お前はお前の道を行け』みたいに言ってるようだった。あの人はひとりぼっちだ。
そんなの嫌だ。私たちは、私『たち』でゲームを作ってるんだ。その中に、敦さんもいる。だから、敦さんだけが楽しくないというのを全部背負うのは間違ってる。
だから、私は敦さんも楽しいと思えるようにしたい。そのために、私のできることを精一杯やりたい。
そう思った。
「・・・・・・とは言っても何したらいいんだろ」
私はひとまず自分の荷物をデスクに置いてから少し考えてみるけど、結局なにも思いつかない。
本当に、どうしたらいいんだろう。
そんな風にしていると、ふと誰もいない八神さんのデスクに目がいく。
「……」
なんでだろう。以前までの私なら、八神さんの机にこっそり座って、メインのキャラデザをやる妄想をしてたと思う。
でも、あの日、敦さんのあの言葉を聞いてから、妙に心が落ち着かない。
キャラクターを作ること、モノを作ること。
この意味をあの人は教えてくれた。それは、今までの私にはなかったけど、これからの私にとって、とても大切なこと。
なのに、敦さん本人が、自分はその権利が無いと言う。
それが、どうしても納得できない。
「それにして、八神さんの机。散らかってるなぁ」
それはそれとして、八神さんのデスクはどうしても気になる。普段の八神さんがどんな風に仕事をしてるのかも、気になったりはするからだ。
その中でも、一カ所にたくさんの紙を重ねて置いてあるところがあって、それが少し気になる。
前から気になってたけど、なんだろうこの紙。
紙の上に置かれた重しをどけて一枚取ってみようとすると――
「なにやってんだお前?」
「ひゃあ!?」
いきなり声をかけられて声を上げてしまう。
敦さんとは違う低い声。でも聞き覚えがあるこの特徴的な声は間違いない。
佐藤さんだ。
「さ、佐藤さん、おはようございますっ。そのどうしても気になって」
「あぁ、これか。確かお前キャラデザ志望だったもんな。だったら、見て損は無いぞ」
「?」
佐藤さんは私のところまで来ると、私が取ろうとした紙を何枚か見繕って私に見せてくれた。
「これは、八神さんのキャラデザの絵ですか?」
それは私が子供の頃から憧れた、八神コウのイラストの山だったのだ。
でもよく見ると中には似たり寄ったりのモノもある。よく見るとボツとその理由が書かれてあったりして、試行錯誤の痕跡が見つかった。
「微妙な違いだけど、八神さんでもボツは出してるんですね」
「まぁ、アイツも見えないところで色々苦労して……ん?」
「?」
何かに気がついた佐藤さんに釣られて、私もその方向を見るする。佐藤さんの視線の先にはひふみ先輩がなんだか気まずそうにこちらを見ていた。
「あっ、ひふみ先輩! おはようございますっ」
「お……おはよ、青葉、ちゃん」
「……じゃ、俺はもう行くわ」
佐藤さんはひふみ先輩をしばらく見ると、何かを察して背景班のブースに消えていった。
そこで初めて気がつく。もしかして、ひふみ先輩、最初からいたんじゃ。
「あの…ひふみ先輩?」
「あ・・・青葉・・・ちゃん・・・?・・・」
「?」
「・・・・・・えっと、ね・・・・・・ふぁいと」
「あ、ありがとうございます」
●
「……青葉ちゃん、佐藤君と……話して、たんだ」
「ひふみ先輩は知ってるんですか?」
八神さんのデスクを見学した後の休憩時間、ひふみ先輩は佐藤さんのことについて話してきた。
「……うん。敦さんと、同じであんまり、話しかけてこないし、それとなく、フォローしてくれたりするし……すごくいい人」
「そうだったんですか」
ひふみ先輩、男の人といるのあまり落ち着かないって言ってたけど、佐藤さんと言い敦さんと言い、宇上手いこと仕事できてるんだもんなぁ。
さっきも佐藤さん、多分ひふみ先輩に気を遣って席を外したんだと思う。
「それに、確か、コウちゃんと、りんちゃんの…同期、だよ」
「へーそうなんですか……って、え?」
「どう…したの? 青葉、ちゃん」
「いや、何でも無いです」
そこで先日の私の歓迎会を思い出す。多分、佐藤さんってりんさんのこと好きだよね。そして、あの様子を見るに、まだそう言う関係になっていない。
だとすると、とんでもないことになる。
だって、佐藤さん、最悪で七年間もりんさんに片思いしていることになるのだ。
七年間。小学校を卒業できる年数すら超えている。
も、もしかして佐藤さん。ものすごいヘタレ!?
どうしよう。本当にとんでもないことを知ってしまった!!
●
私は自分のデスクに戻って作業を進める。だけど、敦さんに言ったこと、八神さんの昔のこと、そして佐藤さんのこともあって、あまり集中して作業できなかった。
そのまま時間が過ぎていって、時計を見るともう12時になっていた。
気分転換もかねて、お昼ご飯にひふみ先輩も誘おうかな。
私は真後ろのひふみ先輩のいるデスクに振り替える。
「あの、ひふみせんぱ――」
だけど途中でやめた。
またひふみ先輩、イヤホンつけて音楽聴いてる。最近特に顕著だ。
私が入社してたことはゆん先輩も聞いてたけど、前は軽く声かけたら気づいてくれたのに、最近は全然気づかない。
それだけ気に入ってる曲なのかな?
私はもう一度デスクに向き直って、パソコンで社内メッセを送る。
キラキラ青葉 『あのひふみ先輩、お昼一緒にどうですか?』
振り返るとひふみ先輩は私に気づいてくれる。画面をずっと見てるから、耳がふさがっても気づけるからだろう。
ひふみ先輩は作業と音楽を止めて、私の方に振り返る。
「うん・・・・・・いこっか、青葉ちゃん」
「あ、はい」
私は少し驚いた。
いつものひふみ先輩なら社内メッセですぐ返してくるのに、前よりもしゃべる回数が増えてる気がする。
まさか、前の休憩の時に話してた『純君』という人の影響なのかな? どんな人なんだろう。
お昼ご飯は会社に来る途中でコンビニで買ってきたものを持ってカフェテリアに向かう。
コンビニでお昼ご飯を選ぶのは私の楽しみなのだっ!
ひふみ先輩はお弁当を作ってきたらしい。いつもはハリネズミの宗次郎と一緒に食べてるんだけど、最近少し喧嘩してるみたい。なんでも、宗次郎はひふみ先輩の笑顔が嫌みたい。
なんでだろう。とてもすてきなのに。
ひふみ先輩とカフェテリアに向かいながら、そんなことを考えていると、カフェテリアにさしかかったとき、声が聞こえた。
「ねぇ聞いてよ佐藤君! この前ね、青葉ちゃんたちと初めてのお給料何に使ったかって話してたんだけどね。コウちゃん、私と日帰りの温泉旅行行ったってこと忘れてたのよっ。もう信じられない!」
「・・・・・・そうか」
「この前だって、また会社に泊まってスカート脱いで寝てたのよ。あのときだって青葉ちゃんに――ってなに言ってるのよ私!」
「とりあえず落ち着け」
りんさんと佐藤さんが話していた。
といっても、りんさんがが一方的に愚痴を言っているようなものだった。ていうか『あのとき』ってあれだよね?!
八神さんもりんさんもスカート脱いでたあれだよね!?
この前敦さんにも口を滑らせそうになったけど。
「それでね、コウちゃんが──コウちゃんで──コウちゃんを──コウちゃんは──コウちゃんだか――」
本当に八神さんの事ばかり話している。
その異様な光景に呆気にとられていると、佐藤さんの視線が一瞬こちらを見た。
その刹那、いいからこっちに来てくれと言われたような気がした。多分、気のせいじゃないと思う。
ひふみ先輩は男の人に声をかけるのは苦手だしここは私が!
「あ、りんさんもお昼なんですねっ!」
ちょっと不自然だったけど、声をかけながらカフェテリアに足を踏み入れた私に二人は気がつく。
「あら、青葉ちゃんにひふみちゃん。二人もお昼はここなの?」
「あ、はい。そうです」
「ん……」
ひふみ先輩と一緒にうなずいた私は、その場の流れでこの場所に座ることになった。
個人的に、八神さんのことについても聞きたかったし。りんさんの机の八神さんの様子とか、他にも色々。
それで佐藤さんを助けられるなら、一石二鳥だ。
「昔のコウちゃん?」
さっきの話の流れが八神さんの話だったから、自然に八神さんの話になった。佐藤さんが今朝言っていたことについて話を聞いている。
「そうねぇ、確かに無口でギラギラしてて、近づきにくい雰囲気はあったけど…それがカッコ良かったわね…」
「いやそういうことじゃなくて」
二重の意味で突っ込んでしまう。というかやっぱりりんさんって、八神さんのこと好きだよね。多分、そう言う意味で。
今八神さんの話をする今の表情が全てを物語っている。なんて生き生きとした表情をしているのだろう。対称的に佐藤さんの表情からはどんどん生気が抜けている。
これって、三角関係だよね。
だとすると、本当に知っちゃいけないこと知っちゃったな私。
「さ、佐藤さんはどうだったんですか?」
「俺か?」
「佐藤君は……なんていうか、金髪だったから、最初はヤンキーみたいで怖かった」
「っ……差別だろ」
……佐藤さん!!
話題を逸らそうとしたけどまさか傷を抉ることになるなんて。
それに、八神さんだって金髪じゃないですか!!
佐藤さんの顔色がどことなく悪い。どうしよう、なんとか佐藤さんを手助けしないと!
と思った矢先、りんさんは続けた。
「でも今は優しいし、頼りになるのは知ってるのよ。だけど……」
りんさんの顔が、少しだけ曇る。
いつも頼りになるりんさんの不安げな表情が意外で、思わず聞き手になってしまう。
「ほら、佐藤君って、背景班のみんなに仕事押しつけられ気味でしょ? 土日に来てるの佐藤君だけだし、今日だって本当は他のみんながしなくちゃいけないのに」
「別に来たいから来てるだけだよ。心配するな」
淡泊に答える佐藤さんにりんさんは少し怒った顔をする。八神さんを叱るときのような顔だ。
「またそうやって敦さんみたいなこと言う。男の人って自分が全部背負わなきゃいけないってみんな思ってるの?」
「ちょっとりんさんっ」
「あ、ごめん」
さすがに喧嘩になるのは嫌だったのでひとまず仲裁に入る。りんさんは物わかりのいい人だからすぐに引いてくれた。
やっぱり、佐藤さんも敦さんと似たようなところがあるんだな。ああいう考え方って、男の人共通なのかな?
「・・・・・・いくら来たいから来てるって言っても、佐藤君にも佐藤君の生活とか、プライベートとかあるし、そういうのはちゃんと大事にしてほしいの」
「そうか」
冷静になったりんさんは、自分の意見を佐藤さんを立てて主張した。
りんさんって、ほんとにちゃんと私たちのこと見てくれてるんだ。みんなのペーズに合わせて仕事も振ってくれるし、だからこそ、頑張れる気がする。
そういうところは尊敬できる。できるけど――
「やっぱり私、佐藤君にも幸せになってほしいの」
「っ……! っ……!」
「佐藤君、大丈夫?」
りんさん!
なんで最後にそういうこと言うんですか!
やっと佐藤さんが落ち着いてきたと思ったのに、また顔色が悪くなってる。
それと、確信した。りんさん、佐藤さんの気持ちに気付いてない!!
「あぁ、ちょっとむせただけだ」
絶対りんさんのせいだよねさっきの咳。佐藤さんの顔色も今日一番で悪い。そりゃあ、最後の最後であんなこと言われたらしんどいですよ。
「悪い、今日は食欲ないんだそれじゃ」
「あ、ちょっと佐藤君」
佐藤さんはまだ食べ終えていないお弁当を片付けて、そさくさとカフェテリアから出て行く。あまりに急だったので、りんさんも追いかけられなかった。
佐藤さん、逃げちゃった。でもあれは誰でも逃げ出したくなるよね。
あぁ、本当にどうすればいいんだろう。
●
その後も仕事は再開したけど、気分転換どころか、余計にはかどらなかった気がする。それでもなんとか進めて間に合うとは思うけど。
そう思いながらオフィスを出る。帰る準備をしてた時、敦さんと八神さんは明日のために今日の夜に出勤するという訳のわからないことまでするし。
あぁ、どうしよう。この会社って社内恋愛とかって大丈夫なのかな?
ぎくしゃくしないといいけど。
「あ・・・・・・」
「ん?」
そう思いながら歩いていると、佐藤さんとばったり会ってしまった。どうしよう。あのときのこと、ちゃんと謝らないと。
「おぉ、なんだ。涼風か」
「あ、はい。あの、今日は本当にすみませんでした!?」
「土下座!?」
私は精一杯の謝罪を込めて地面に頭をつける。入社したときりんさんにもやったことがすこし懐かしく思うが今はそれどころじゃない。
「何やってんだお前は、頭上げろ。別に怒ってねぇよ」
「ほ・・・・・・本当ですか?」
顔を上げるとあきれた顔をした佐藤さんが私を見下ろしている。そもそも背が高いから余計高く見える。
私はいつまでも土下座してるわけにもいかなくなったので立ち上がって佐藤さんの目を見る。
うぅ、やっぱり威圧感あるなぁ。
「まぁ、そういうわけだから」
「あ、待ってください!」
そういうと佐藤さんはすぐに帰ろうとする。でも私は佐藤さんを呼び止めた。まだ聞きたいことがる。おなじチームの人なら、できれば力になりたいから。
呼び止められた佐藤さんはけだるげだけど振り返ってくれる。
「・・・・・・なんだ?」
「あの・・・佐藤さんってもしかして、その・・・・・・」
「?」
私は言った。
「りんさんのこと好きなんですか?」
「・・・・・・」
佐藤さんの目はうつむいてそのまま黙り込んでしまう。
あれ!? やっぱり聞いちゃだめだった!?
部外者が踏み入っちゃだめな領域なのかもしれないと、言ったあとに公開してしまう。
「えっと・・・すみませ――」
「涼風」
また土下座しようとすると、佐藤さんは急に切り出して私を止めた。
どうしよう、やっぱり怒鳴られるのかな・・・・・・。
「あの・・・・・・佐藤さん?」
「お前さぁ・・・・・・」
佐藤さんは手を額につけてため息をついたあと、顔を上げる。
お、怒られる! と思っていた私が見たのは、なぜか腑抜けた顔をした佐藤さんだった。
訳がわからず佐藤さんを見ていると――
「お前ってチビだよな」
「!?」