NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
ひふみ視点
『ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ!』
「……んんっ」
目覚ましの音で起きた私のまぶたはまだ重かった。最近疲れが溜まり過ぎてるのか、よく眠れなかった。
今日は土曜日だけどいつまでも寝てるわけにはいかない。あまり寝れなかったせいか食欲が湧かなかったので宗次郎に餌をあげたあと、身支度を終えてからそのまま家を出る。
あくびが出そうになるのを堪えながら電車に揺られて会社に向かう。
電車の中はイヤホンをして音楽を聞く。純君の曲じゃなくて普段聞いてるアニソン。電車の中は少し騒がしいので彼の音色が上手く聞こえないから聞かないことにしてる。
会社の近くの駅まで電車で来ると、駅前のドーナツ屋さんが全品百円セールをやっていた。
まだ仕事が始まる時間まで時間がある、皆も来るだろうし。
行列に並んでドーナツを一箱分買ってから、会社のビルに入る。まだキャラ班の皆は誰も来ていない。
とりあえずゆんちゃんがいつもお茶会のときに使ってるテーブルを使わせてもらって、そこにドーナツの箱を置く。置き手紙も忘れずに。
パソコンの電源を入れて仕事の準備をしていると、こっちに向かう足音が聞こえた。
青葉ちゃんかな? と、振り返ってみるとキャラ班にやってきたのは信じられない格好をした青葉ちゃんだった。
「ひ、ひふみせんぱ~い」
「青葉ちゃん!?」
泣きながらキャラ班に入ってきた青葉ちゃんの髪が凄いことになっていた。髪の毛が逆立って、木みたいになってる。飾りもたくさんこしらえてあって、てっぺんにはキラキラした星が。
クリスマスツリー?
まだ夏なのに?
「……どうしたの?」
「佐藤さんが……佐藤さんが……」
話を聞くと、この前風邪を引いたりんさんを送っていった佐藤さんが、なぜか青葉ちゃんの髪を弄ってきたみたい。
前はパイナップルとヤシの木だったような……。
「佐藤! ハリセンは痛い! 誤解だ! 遠山に色々相談を受けただけで──ぎゃあああああああ!」
壁で隠れて見えないけど、奥からは敦さんの悲鳴が聞こえる。
敦さん、佐藤君に何やったの……?
「青葉ちゃん、とりあえず……髪、直してあげようか?」
「ぐすっ……お願いします」
青葉ちゃんの髪を直してあげるため、一度青葉ちゃんの椅子に青葉ちゃんを座らせようとするとあるものに気付く。ソレはドーナツの箱。
青葉ちゃんも買って来ちゃったんだ。
「あ、ドーナツ被っちゃいましたね」
「うん……」
「八神さんと敦さんも買って来ちゃったのでどうしましょう? 他の班のところに配ります?」
「そうした方が……いいかも」
青葉ちゃんの髪を元のツインテールに戻しながら青葉ちゃんと話す。青葉ちゃんの髪が凄く直しづらい。これ、整髪料使ってない?
それでも何とか、元の形に戻せた。佐藤君、器用だな……。
「ありがとうございます、ひふみ先輩」
「どう……いたしまして」
「青葉~似合ってたね、クリスマスツリー」
「八神さんは黙っててくださいっ!」
笑いながらキャラ班に入ってきたコウちゃんに青葉ちゃんが怒っていると、頭にコレでもかってほどたんこぶを作った敦さんが足をふらつかせながら帰ってきた。ドーナツの箱を持って。コウちゃんも持ってるからコレで四個になる。
「そうでした、これどうしましょう? 八神さんと敦さんも買って来ちゃいましたし」
「4箱も……まぁ企画やプログラマーに配るんだなこれは」
「土日じゃなければねねっちも食べれたのに……」
「時給だと、土日来たり残業されると給料余計に持ってかれちゃうんだよ。下手すりゃ正社員より高くなる」
「ま、まさか、正社員ってお給料を安くするための法の抜け穴……?」
「お前のような勘のいいガキは嫌いだ」
青葉ちゃんと話してる敦さんは凄い顔で言う。どこかで見たことあるような顔とセリフだなと思う。
そして青葉ちゃんは写メで幼なじみのねねちゃんにメシテロしてる。
「じゃあ企画に一箱渡してくるわ。青葉はアハゴンにでも渡しといて」
「はーい」
コウちゃんが企画のほうにドーナツの箱を持って行ってから少し経つと、青葉ちゃんは携帯の画面を見て笑っている。
「?」
それを見てると、青葉ちゃんと目があってビクッとしてしまう。
青葉ちゃん、もしかして……。
急に不安になる。
「ああ、ねねっちが悔しがったるので少し可笑しかっただけですよ」
「あ、青葉ちゃんって…仲良くなると……いじわるに…なっちゃうほう?」
「へ……?」
勇気を出して聞いてみると、青葉ちゃんはキョトンとした顔をする。
そして私の言ってることの意味がわかったあと弁明する。
「や、やだなー。そんなことない…と思います…たぶんねねっちだけです」
「ふ、ふーん……」
青葉ちゃんとは仲良くしたい。でも、仲良くなりすぎると、いじわるな青葉ちゃんに、なっちゃうかも知れない……。
私の頭の中でいじわるな青葉ちゃんが私を笑ってくる。
『ふふっ、またひふみ先輩ビクビクしてる。おもしろいです』
小悪魔みたいに笑う青葉ちゃんを想像して、少し怖くなる。
ううぅぅ……どうしよう。
「じゃあ私はうみこさんに一箱持って行きますね」
「あ……!」
そうしてるうちに青葉ちゃんはキャラ班を出ようとする。
私もついていこうと声を出そうとすると──
「あ、滝本。もう一箱、サウンドのとこ持ってってくれ」
「!?」
普段あまり話しかけてこない敦さんが、私に話しかけてきた。
今まではこんなことなかったのに。
──っていうか、サウンドって純君のいるところだよね!?
「涼風っ、早く行け!」
「は、はいっ!」
「!?」
急に敦さんに催促された青葉ちゃんはすぐにキャラ班を出て行ってしまう。
そんな……私一人で他の部署になんていけないよ。
青葉ちゃんの姿が見えなくなるのを見るだけしかできなかった私は敦さんのいるほうを見ると、敦さんもいなくなってる。
敦さんまで……。
どうしよう。はじめちゃんとゆんちゃんが来るまで待つ?
ダメ、多分二人も純君のところに行くように催促してくると思う。
「……」
私は自分のパソコンのサーバーを確認する。そこに『増田純』という名前を探す。そこにはログインのアイコンが表示されている。
土曜日なのに純君も来てるんだ。
……でも忙しいみたいだし、いきなり来たら迷惑だよね。
純君を困らせたくないし、せっかく仲良くなったのに嫌われたくない。
純君の曲を勝手に聞いてることの罪悪感があるせいで変に避けようとしてしまう自分がいる。
「どうしよう……」
ふと、純君の言葉が頭をよぎる。
──またお話しませんか?
あれ以来、SNSでしか話してない。もしかしたら、純君も私を気を遣ってむこうでしか話さないようにしてくれてるのかな?
「……」
──行こう。
いつまでも逃げてちゃだめだ。
覚悟を決めた私は、ドーナツの箱を一つ持ち出してキャラ班を出る。
サウンドチームの場所は、前に音楽プレーヤーを返そうとしたときに一度見つけたから知ってる。
あの時は結局そのまま帰っちゃったけど。
サウンドチームとグラフィックチームは部屋そのものが違うから、夜はいつも敦さんはそこで作業してるみたい。
私は、会議室の通路を抜けて、サウンドチームの部屋に向かう。音を使うところだからか、他の部署とは少し離れた造りになっている。
サウンドチームのドアの前まで来て、一度深呼吸をしてからドアをノックしようとすると、突然ドアがガチャリと開いた。
「!?」
「た、滝本さん?」
ドアの向こうに白い髪の男の人が立っていた。純君だ。
だけど私は急に現れたのでびっくりしてしまった。
「あ……えっと……その……」
思わず口ごもってしまって何も言えなくなる。どうしよう。このままじゃ勝手に他の部署に入ってきた変な人だと思われる。
「ん? それ、ドーナツですか?」
私の手にある箱を見て純君は尋ねてきた。それでも私はまだ落ち着くことができなくて、満足に喋れない。
「これはね……その……えっと……」
「た、滝本さん、一度深呼吸しましょう。その方がちゃんと話せますので」
「う……うん」
私は頷いてから、できるだけゆっくり呼吸することを試みる。
えっと、こんな時ってどんな感じでするんだっけ?
「ひっ…ひっ…ふー…ひっ…ひっ…ふー…」
「滝本さん、それちょっと違う気がします」
純君に変に苦笑いされるけど、なんとか落ち着くことができた。
「……落ち着きました?」
「うん……ありがと……その、よかったら……これ」
私はドーナツの箱の底を持ち直して、純君に差し出す。すると、純君は少し遠慮しがちに受け取ってくれる。
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
「……うん、キャラ班の皆が……いっぱい、買って来ちゃった……から」
「そうなんですか……。すみませんわざわざ、滝本さんも無理して」
純君は私が人と話すのが苦手なのを知ってくれてるから、私がサウンドチームに来たことを心配してくれた。それを聞いて少し安心する。
やっぱり純君は優しい人だ。
「先輩に持ってきてもらってもよかったんですよ?」
「……それが、敦さん、私が行けって言ってから……どこかに行っちゃって」
「あの人は……」
純君も何ともいえない顔をしてる。
敦さんはいい人だとは思うけど、こういうときにすぐにどこかに行っちゃう。純君もそれを知ってるのかな。
「でも、ありがとうございます。最近少し働き詰めてて、朝ご飯も食べれてなかったので」
「……」
笑ってくれた純君を見て安心する。よかった。
迷惑がられたり、変な人と思われなくて。
そう思って張りつめていた緊張がほどけた瞬間だった。
ぐぅ~。
と、どこからか変な音が聞こえた。割と、いやものすごく近くから。
「……」
「……」
「……!?」
音が出たところがどこかわかった途端、私の体温がものすごく熱くなるのを感じる。
うそ、こんな時にお腹が鳴るなんて……! 今朝はあんまり食欲なかったのに……!
恥ずかしくてその場から逃げたくなるけど、純君は少しテレた顔で尋ねてきた。
「あの……よかったら食べます?」
「え……? でも純君の仕事、じゃましちゃうし」
私も仕事をしなくちゃいけない。
だからいつまでもここにいるわけにはいかない。せっかく誘ってくれた純君には申し訳ないけど断らないと。
「?」
突然私のポケットの中にある携帯が小さく鳴る。仕事用でキャラ班の皆と使ってるSNSの着信音だ。
純君に少し謝ってから携帯を見ると、送り主はコウちゃんだった。書かれてる内容を見て私は息をのむ。
コウ@働きたくない 『事情はわかったからもう少しそっちいていいよ。明日は日曜日だし、その分昼休みと残業は覚悟してね』
コウちゃん!
なんでこんなことするの!?
きっと、この前のお茶会のせいだ。青葉ちゃん達と休日の話をしてたとき、コウちゃんにも純君のことを聞かれちゃったし。
このせいで、このまま何もせずにキャラ班に帰ることができなくなっちゃった。
そもそも、帰ったらどの道コウちゃん達にからかわれそうな気がする。
「……純君」
「……はい?」
後に引けなくなった私は、覚悟を決めて純君に尋ねてみる。
「……その、じゃまじゃない?」
「と、とんでもないですよっ。それに今日のここは僕以外いませんし」
「……そうなんだ」
それは、目撃者が来ないことだから安心できるのか、この雰囲気を何とかしてくれる人が来ないから不安なのか、よくわからない気持ちになる。
でも相手が純君で本当によかった。
「それにいつまでも立ち話もなんですし、入ります?」
「……うん」
純君に案内されて、サウンドの部屋の中に入る。そこは意外にも片付いた部屋だった。というか、パソコンと学校にあった放送室に似た音響設備の機器、それと少し大きなスピーカーが置いてある質素な場所だった。
サウンドというから、もっと楽器とかたくさんあると思っていた。
「どうぞ、座ってください」
純君は部屋の中から椅子を2つ、自分のデスクの近くに置いてくれる。ドーナツの箱も、パソコンの電源がついた純君のデスクに置いた。
とりあえず私は純君が並べてくれた椅子に座る。お礼を言うことを忘れずに。
「あ……ありがと」
「それじゃあ飲み物持ってきますけど、何飲みます? 僕はコーヒーにしますけど」
「それじゃあ……純君のと同じで」
普段キャラ班の皆と飲んでるお茶はゆんちゃんが淹れてくれてたこともあって、こういうときに何を頼んでいいかわからなかった私は、とりあえず純君と同じのを頼むことにした。
純君はソレを聞くと、すぐにサウンドの部屋を後にした。
「……」
やっぱり私は、そういう……肉食系っていうのが苦手だから、純君みたいな人の方が話しやすいからいい。
って私、何考えてるんだろ……。
こうしていると、どうしても純君のことが気になって仕方がなくなる。最近特に顕著だ。
その上、仕事をしてるときも、家でくつろいでるときも、少しでも時間があれば今みたいに彼のことを考えてしまう。
さっきだって、純君と目があったときどうにかなりそうだった。いつも人と話す時の緊張とは違って……なんなんだろうこの気持ち。
いつもの緊張よりも、胸の動悸が激しいはずなのになぜか不快感を感じないというか、むしろ安心すら覚える。
変だな……。
そんなことを考えながら手持ちぶさたになった私は、サウンドチームの部屋を見渡して見ることにした。
そこは、狭い部屋だけど最低限の防音設備の施されてるようでちょっとしたスタジオみたい。
よく見たら部屋の隅にピアノがある。漫画とか映画で見る本格的なものじゃなくて、少し小さなもの。純君が使ってるのかな?
「……」
ふと、電源が入ったままの純君のパソコンに目がいく。
パソコン画面のデスクトップにある二つのアイコンが目に入る。ファイルのアイコンだ。下の表記を見ると、『フェアリーズストーリー3』と、『試作品』と書かれている。
興味が湧いた私は、右手をマウスに置いてカーソルを動かそうとする。
その瞬間、ドアが開く音がした。
「!?」
私は慌ててマウスから手を離して振り返ると、純君が二つのカップをお盆に置いて部屋に入ってきた。
どうしよう、勝手にパソコン触ったことバレちゃったかもしれない。
「滝本さん、どうかしました?」
「えっ……その、なんでもない……」
「?」
純君はキョトンとした顔をしている。よかった。バレてないみたい。
純君は自分のデスクの、ドーナツの箱の隣にお盆を置いてくれる。その上には二つのコーヒーの入ったカップとシュガースティックとコーヒーフレッシュが何個か置かれていた。
「……ありがと」
差し出されたカップを受け取って、自分が飲みやすい味になるまでシュガースティックとコーヒーフレッシュを入れる。
「あとコレも」
純君はドーナツの箱を開けて、お店の人に入れてもらったナプキンをしたにドーナツを一つ、私の前に置いてくれる。
……どうしよう。さっきから純君にされてばっかりで何もできてない。このままじゃせっかく誘ってくれた純君もつまらないとおもう。
何か、何か話題とか……。
考えていると、コーヒーを飲んでる純君の顔も少し居心地が悪そうになって余計に焦る。
「あの、せっかくですしなにか一曲かけましょうか?」
すると、純君はしびれを切らしたのか急に切り出してきた。
私は少し遠慮気味に尋ねてしまう。
「いいの……?」
「はい。ここ防音設備のそれなりに整ってるので、なにかリクエストあります?」
「それじゃ……」
少し私はリクエストするのを躊躇うけど、勇気を出して言ってみる。
「純君の……作った曲とか……ダメ……?」
「えっ? いいんですか? 滝本さんの好きそうなアニソンもありますけど」
「うん……いい。それがいいの」
「じゃ、じゃあ、最近個人的に作ったのを」
純君は自分のパソコンのマウスのカーソルをファイルのアイコンに動かす。
ファイルの下には『試作品』と書かれてある。私が見ようとしたところだ。
クリックしてファイルが開かれるとキレイに整頓されたファイルがたくさんあった。
その中で一番手前にある新しいファイルをクリックして再生ボタンを押した。
パソコンのスピーカーからは、純の曲が響いてくる。
純君の心に響く曲は、初めて聴いたものでも間違いなく彼が作ったモノだと確信できる。
静かで落ち着いたメロディーは、不思議とさっきまでの緊張を嘘のように溶かしてくれる。
「うん……素敵な曲」
「そう、ですか」
「私、純君の曲。好き、だな」
「っ……」
褒められたからなのかどこか嬉しそうな純君の顔を見て、自分はちゃんと話せてると思えて少し自信が湧いてくる。
だけど、その曲の少し悲しい曲のような気がした。こっそり聴いている彼の曲にはたまにそういうのがある。どこか必死で、賢明に、がむしゃらに、自分の存在を誰かに訴えているような。
そういうジャンル曲ってわけじゃない。ただ、音の合間に感じる無機質な呼吸が、それを助長していた。
これも、それと同じ曲なのだ。
「次は何にします?」
しばらくしてその曲が終わると、純君はドーナツをほおばりながら次の曲を探している。
ドーナツをほおばってる純君を見てると、変なデジャヴを感じた。
「!」
宗次郎……!
の仲間……!
とはちょっと違う気がしたけど、食べ物を口に含んでる純君がかわいげのある動物のように見えて、撫でてみたいと言う謎の衝動に駆られてしまう。
思わず手が伸びてしまい、純君の頭に触れてしまう。
「……?」
すると、振り返ってきた純君と目が合う。
「「!?」」
そこで私はハッと我に返った。
純君も驚いたみたいでその場から飛び退く。
私もすぐに謝ろとした瞬間──
「──滝本さんっ!」
突然飛び退いたはずの純君に突き飛ばされた。
たまらず数歩後ろに下がってから尻餅をついてしまう。
「熱っ……!」
顔をあげて純君を見てみると純君は苦しそうな顔をしている。
そして純君の手は濡れていた。そして真っ赤になっていた。
床を見ると逆さまになって転がっているカップと、コーヒーが飛び散っている。
ソレを見た私は、こぼれたコーヒーで純君が火傷したことに気づく。
それも私を庇って。
「純君っ……」
「あ……滝本さん、大丈夫ですか?」
「すぐに……冷やさないとっ……」
私はすぐに立ち上がって、無理に笑う純君のところに駆け寄る。とりあえずドーナツのハコの中にあるナプキンで純君の手を拭く。床はあとでいい。
「そんな…大丈夫ですよ、そこまでしなくてもっ」
「でも…ちゃんと、しないと痕……残るから」
「す、すみません……」
純君の手を拭き取ったあと、私は氷が置いてあるところを考える。きっと給湯室にあるはずだ。
多分救急箱もそこにあるはず。
私は火傷してない純君の手を掴んでサウンドチームの部屋を出る。
「純君、こっち……」
「た、滝本さん!?」
純君の上げた声で、軽いパニックになってた私は冷静になる。
私、今純君の手を握って……。
すぐに握ってた手を話す。冷静に考えたら男の人の体に触ったのってこれが初めてかもしれない。
「ご……ごめん」
「いえ……僕もなんかすみません」
気まずくなった雰囲気のまま、わたし達は給湯室に向かった。
「……」
「……」
その間、さっき手を握ったことを変に意識してしまって会話が全くない。
いきなり頭を触っちゃったこともあるし、さっきのこといい変な人と思われたかもしれない。あぁ、恥ずかしい……。
給湯室についたあと、純君の手をお水と氷で冷やす。
「……ごめんね、驚かしちゃって」
「僕こそすみません、突き飛ばしちゃって。ケガとかしてませんか?」
「……うん。大丈夫だよ」
でもちゃんと薬を塗って包帯をしないと痕が残る。だけど純君は片手を火傷してるからうまく巻けそうにない。
私は薬と包帯を持って手を冷やしてる純君に声をかける。
「あの……包帯、私が巻く……よ」
そう言うと少し戸惑った顔をされるけど、純君は自分の手を見て申しわけなさそうに頼んできた。
「それじゃあ、お願いします」
恥ずかしそうに手を差しでしてくる純君を見て、自分まで恥ずかしくなる。さっき手を握ったこともちらつくし……。
でも包帯くらい落ち着けば巻ける。働く前は運動会とかは保険委員で競技には出ないようにしてたし。それくらいなら。
「……ちょっと染みるかも」
「……っ」
ちゃんと断ってから、前屈みになって純君の手に触れて薬を塗り始める。
「……!?」
「?」
「いやっ! 何でもないですっ!」
純君は何故か凄く慌ててるようだったけど、離すわけにもいかないのでそのまま薬を塗り続ける。
さっきまで水で冷やしてたからか、純君の手を通してひんやりとした感覚が私の手にも伝わってくる。
その感覚が変に心地よくて、少しドキドキする。
「「……」」
薬を塗ったあとは包帯を巻き始める。きっと純君はこのあとも仕事するはずだから、あまり動かすことはよくないけど、ある程度動かしてもほどけないようにしっかりと結ぶ。
だけど途中で視線を感じて顔を上げると純君と目が合う。それに顔も凄く近くにある。
「「……!?」」
私は急いで視線を純君の手元に戻した。男の人の顔が近くにあったせいか、さっきまでの心臓の鼓動が余計に早くなるのを感じる。
……どうしよう。なんか変な気持ちになってきた……。
包帯を巻かれてる純君の手も、さっきまでは冷たかったのに少し温かくなってる。
でも私が純君の頭を撫でたみたいに離れることできないのでこの状態がしばらく続く。
「これで……よしっ……」
「あ……ありがとうございます」
それでもなんとか包帯をキレイに巻き終えることができた。これならパソコンを操作するくらいならできるはずだ。
「……でも、ちゃんと病院行った方がいいよ。痕残ったら……大変だし……」
「はい……そうします……」
「?」
純君の様子が少しおかしい。変に顔が赤くなっている。やっぱり異性の手を触るのって、男の人も緊張するのかな。
私も変な気持ちになったし……。
携帯の時計を見ると、コウちゃんのメッセが来てから三十分くらい経ってる。
そろそろ戻らないと流石に怒られるかもしれない。
「あ……そろそろもどらないと……」
「そ、そうですね。すすすみませんっ変に引き留めちゃって……」
「う……うん」
やっぱりちょっと様子がおかしい。まるで初めてあった時みたいに慌ててる。どうしてだろう。
「あの……私、変なことしちゃった……?」
「そそそそんなことないですよっ。僕も黒子なんて見てないですし」
「黒子?」
「なななんでもないですっ! そ、それじゃあ今日はこれでっ!」
「……うん、バイバイ」
慌てて給湯室を出て行く純君を見送ってから、私もキャラ班の仕事に戻るため給湯室を出た。
そのあと、コウちゃんや青葉ちゃんたちはものすごくニヤニヤした視線を送ってくるし、今日は終電ギリギリになるかもしれない。
●
純視点
給湯室から出た僕は、サウンドチームの部屋に戻ってきてようやく一息つくことができた。
「……ふぅ」
真っ白になっていた頭がようやく落ち着いて、冷静になると、僕がどれだけ滝本さんを失礼な目で見てしまっていたのかという現実を見せつけられる。
せっかく滝本さんが僕を気遣って手当てしてくれたのに、その間僕はなんてことを……。
滝本さんが火傷した僕の右手に包帯を巻いてくれたとき、前屈みになった彼女の胸元に目がいってしまった。下半身で押し上げれた二つのそれは大きく肩が露出していた服装のせいでより迫力のあるものだった。
途中で滝本さんと目があったときは本当にどうかしそうだった。
人をあんな目で見てしまった自分を今思い返してとてつもなく軽蔑した。
ていうか、黒子って……あんなところに黒子って。確かに下着もチラッと見えたけどそっちの方に魅入ってしまった。
「はぁ……」
頭の中でどれだけ言い訳しても、どれだけ自分を軽蔑しても、やってしまった事実は消えない。
どうしようもなくなった僕は情けないため息を一つつく。
まあいいや、今日はこの部屋は僕1人だからゆっくり頭を冷やそう。
気を引き締め直して自分のデスクに向かう。さっきまで滝本さんと話していたところだから、食べかけドーナツや、僕が滝本さんに驚いてこぼしてしまったコーヒーがそのままになってる。
……まずはこれを片づけないとな。
先に床にまき散らされたコーヒーを手短にあるナプキンやティッシュで拭き取って、コーヒーカップも片付ける。
さて次は……。
デスクの上に置かれている二つのドーナツを見る。食べかけだけどナプキンにくるまれてまだ清潔なそれは、僕と滝本さんが食べていたもの。
朝ご飯はロクに食べていなかったから、さっさと残りを食べて仕事に入ろう。
「……」
僕はあることに気づく。
そして気づいたことにものすごく後悔した。
「どうしようこれ……」
僕はもう一つの食べかけのドーナツを見る。滝本さんがさっきまで食べていたもの。さっきのことで僕も滝本さんもこれのことを忘れていた。
残された滝本さんの口を付けたドーナツ。
さすがに滝本さんも仕事に戻ってるだろうし、食べかけを持って行ったって失礼なだけだし、僕が処分するしかない。
そのまま捨てる?
いや、それは流石にもったいないというか……、でも他にどうすればいい?
僕が食べるか?
滝本さんが口を付けたモノを……?
いやいや、それは余計にまずいだろ。それって間接キスじゃないか。
恋人でも何でもない滝本さんにそんなことを勝手にするなんて失礼すぎる!
「……」
突きつけられた二つの選択を前に僕は立ちすくむ。前者の食べ物を捨てる抵抗と、後者の背徳的な誘惑が、僕に押し寄せてくる。
「……よし」
覚悟を決めた僕はドーナツを手に取る。滝本さんが口を付けたそれを僕は──
──滝本さんが持ってきた箱に入れた。
「……」
保留だ。それがいい。
とりあえず目に付くと気になって仕事にならないから考えないことにしよう。
箱の中にまだ残っている新しいドーナツと取り替えて僕は仕事に戻る。
さて、少し遅れちゃったから早く取りかからないと。
新しいドーナツを頬張りながら、僕は仕事に取りかかる。
僕が今行ってるのは作曲ではなく効果音等の演出。リテイクを受けた効果音や音声の不具合の修正。
曲そのものはβ版が完成したときにすでに完成してるのでやることはそのあとに起きた不具合を修正するのだけど、これがなかなか手が掛かる。
土日も出勤しないと間に合わないほど。
それでも少しずつよくなってきている。この調子なら今日にはディレクターの葉月さんも満足のいくものがてきるだろう。
耳に当てたヘッドホンから流れてくる音と、パソコンの画面に表示された数値を頼りに音をあわせていく。
先輩からは耳に頼りすぎてると言われたから少しは意識しないと。
──そうやって、ひとまず区切りのいいところまでいくことができた。
画面に表示されてる時計を見るともうお昼だ。
朝ご飯はドーナツだけだから何か食べにいこうか?
いや、正直食べに行く時間が惜しい。ここは買いだめしておいた非常食で何とかしよう。
「はぁ」
僕はまたため息をつく。ここ最近、何度もやってる気がする。ため息をつく度に幸せが一つずつ逃げていくなんて聞くけど、僕の場合、千単位で幸福を逃してる気がする。
「……」
でも、実際は不幸なことばかりじゃないんだよな。滝本さんとも知り合いになれたし。
女性と話すのも、少しずつ上手くなってる。
それに、滝本さんは僕の作った曲を素敵だと言ってくれた。
「……」
――私、純君の曲。好き、だな
……ふと、僕の曲を聞いてくれたときに見せてくれた滝本さんの笑顔を思い出す。
あの時、彼女がそう言ってくれたとき、胸のそこから何かがこみ上げてくるような衝動に駆られた。
なんだろう。何か大切なものを思い出しそうな、そんな気持ちになる。
でもそれはまだその程度で、その思い出しそうな『何か』が一体何なのかはわからない。
ふと僕は、部屋の隅に置かれている電子ピアノに目がいく。これは前に勤めていた人の置き土産。
そして、それに歩み寄った僕は、ピアノを弾くときに使う椅子を持ち出して高さを自分の座りやすい高さまで整える。
ここまでは慣れたこと、子供の頃からずっとやってきたこと。
慣れた手つきで電子ピアノの準備を整える。そして、調節した椅子に座って手を鍵盤の上に置く。右手は包帯を巻いているから添えるだけ。
……もしかしたら、滝本さんは僕のピアノの演奏を聞いてみたいって言ってくれるのかな?
僕の曲を聞いてくれた滝本さんの笑顔を思い出してそんな期待をしてしまう。
でもそれはきっと無理だ。
「……っ!」
僕は左手に命令する。
ピアノの鍵盤を叩くようにと。
だけど、左手の指は動かない。
キーボードに向き合って、鍵盤に手を置いて、鍵盤を叩く意識を見せた途端に、僕の左手はまるでピンに取れられたように動かなくなる。
──身体が、硬直する。
「っ……!」
懸命に左手を動かそうとしても、鍵盤の上に置かれた左手はそれ以上動く意志を示さない。
硬直した身体は、鍵盤を叩こうと意識することをやめない限り収まらない。
……僕は鍵盤を叩く意識を辞める。
すると縛られていた身体は、嘘のように軽くなる。解放された身体から出てきたのは安堵ではない情けないため息。
あぁ、やっぱり無理だった。
僕は左手を鍵盤の上から降ろす。そしてその手で自分の顔を覆う。
フォーカル・ジストニア。人によってはイップスとも言う。
それが僕が患っている病気。
ジストニアは、不随意運動、つまり、自分の意思とは関係なく、体の一部が勝手に動いてしまう状態の一種。
音楽家や手をよく使う職業の人によく発症する。
症状は人それぞれで、僕の場合は両手だけじゃなく身体全身も動かなくなる。
明確な原因も治療法も確立されていない。
これは僕が高校三年生の時に起こった。
音楽科生だった僕は、そのせいで大学推薦も取り消しになり、上京して専門学校でパソコンでの音楽を学ぶことになった。
不思議と、パソコンを操作したり、鍵盤の上でなければ思うように指は動くのだ。
だけど、楽器を弾くときだけこうなってしまう。
僕は滝本さんが巻いてくれた包帯がある右手を見る。
……なんだか、滝本さんを騙してしまったような気がする。
あの時滝本さんに聞かせた曲は本当は僕が弾いた曲じゃない。
確かに僕が作った曲ではあるけれども、それを奏でたのはあの箱であって僕じゃない。
最近のDTMは優秀で、スピーカーをちゃんとしたものにすれば、プロの演奏に匹敵する。
ただ、誰にでもできるという汎用性は、音楽の単価が下がることもある。誰にでも音楽を楽しめるというのはいいことだとは思う。
だからこそ、僕みたい楽器を弾けなくても音楽に携わることがでいるのだから。
僕はすぐに切り替えて電子ピアノを片付けようとする。
こういう風に諦めて切り替えることだけは、上手くなってきた。もう七年だもんな。
「っ……」
僕の頭にかつて突きつけられたら罵詈雑言がよぎる。
あそこから追い出されて、1人でもなんとか生きてこれたけど、僕はまだなにも変わっていない。
僕の時計は、七年前から止まったままだ。
当時の悔しさはもう風化して、あるのはただ今の自分を嗤うことしかできない。
「……」
ふと右手を鍵盤に添えたとき、必然的に滝本さんが巻いてくれた包帯が目に入る。
同時に、僕の曲を聞いてくれていた時に見せた滝本さんの笑顔が頭をよぎる。
……もし、僕の演奏を聞いてくれたら、滝本さんは笑ってくれるかな?
無意識にそんなことを考えてしまう自分を情けないと思いながら、右手を動かす。
鍵盤の上に添えられたら右手は鍵盤を叩いてスピーカーからは音が流れる。
……!?
音が流れて初めて気づく。
今、鍵盤を叩けた。ピアノが弾けた。今まで指一本動かすことすらできなかったのに。
深い眠りからたたき起こされたように僕は右手を動かそうとする。
「……っ!」
だけど、そこまでだった。
僕の右手はさっきの左手のときみたいに動かなくなる。
「……はぁ」
諦めてまたため息をつく。
やっぱりダメだった。
そうだよな。そんな都合の良いことあるわけないよな。
「──あら、めずらしいじゃない。あなたが楽器を弾こうとするなんて」
突然声をかけられて振り返る。サウンドチームの部屋の入り口の方からだ。
そこには、ピンク色の髪をした、筋肉質ででピアスをした男性?が立っていた。
「あ、花男さん。お疲れさまです」
「えぇ、お互い土曜日なのにお疲れさま」
部屋に入ってきた人は、桜庭花男という。
『フェアリーズストーリー3』とは別のチームのディレクターで、先輩と話してるところもよく見かける。
僕も一応それなりに面識はある。
ただ、この女っぽい口調あたり、うちのディレクターの葉月さんと同様ちょっと変わった人だ。
「それで、今日はどうしました?」
この人がここに来るのはそう珍しいことじゃない。そもそも、ディレクターは現場監督だから音に関しても間接的に関わる。
花男さんはウィンクしながら僕の目の前まで歩いてくる。
「あぁ、今日は個人的にあなたに用があってきたのよ」
「僕にですか?」
「えぇそうよ」
「……?」
突然、花男さんの雰囲気が変わった。
「花男さん?」
「さっき給湯室で一緒にいた女の子、誰?」
「……!?」
その言葉で僕はようやく気づく。
花男さんが言っているのは滝本さんのことだ。この人の噂は聞いている。この人は葉月さんと裏で協定を結んでいて、葉月さんのチームに手を出す輩を排除しているという噂があるということを。
そして思い出す。僕と滝本さんが一緒にいるところを、葉月さんに目撃されたことを。その証拠に写真もとられたこと。
まるで蛇に睨まれたみたいだ。
背筋に冷たい汗が走り、体の体温が一気に下がるのを感じる。それは決して空調によるものではない
ただこの状況を一言で現すと、ヤバいということだ。
「詳しく聞かせてもらえるかしら?」
じりじりと近づいてくる花男さんは、なぜか僕よりもずっと大きく見えた。
「い、いえっ、あれは違います。これにはちゃんとした理由が──うわぁああああぁぁあぁあああ!!」
●
「ふーん、そんなことがあったの」
「……はい」
僕は、滝本さんと知り合った馴れ初めを花男さんに話し終えた。
花男さんはその間、滝本さんが持ってきてくれたドーナツを食べながら相槌をうつ。
というか、花男さんが食べてるの滝本さんの食べかけだし。まあ、あれは僕には手に余るものだから処分してくれるのはありがたいのだけど。
ドーナツを飲み込んだ花男さんは尋ねてくる。
「なぁに? なんか意外っていうか、拍子抜けみたいな感じになってるわよ」
「えっと、てっきり僕を始末しに来たんじゃないかって思いまして……」
「あーあれね。確かに何人かヤってるけど」
「!?」
その言葉を聞いて焦る。
あの噂やっぱり本当だったんだ。ってことは今度こそ本当に……。
「あ、でも純君は大丈夫よ。始末するのは合格ラインに達してない身の程知らずだけだから」
「そ、それはどういう?」
「ほら、うちって結構男に慣れてなかったり、控えめな子いるじゃない。例えば純君が狙ってるひふみちゃんとか」
「別に狙ってたりは……」
「まあ、大半しずくちゃんの趣味で人選してるからなんだけど、それで勘違いしたりするクソヤロウ共がいるからソイツラを絞めとかないとなにやらかすかわからないよね」
「……」
今、『クソヤロウ共』のところの声のトーンがいつもの取り繕ってる口調じゃなくて男の声が聞こえたような気がしたけど、それに関してはなにも言わないでおこう。
「えっと、ちなみに、僕はどういう理由で合格ラインに」
とりあえず花男さんのいう合格ラインが僕の中では大分あやふやなので聞いてみることにした。なんで僕なんかが合格ラインなんだろう。
仮に僕と滝本さんがそういう関係になったとしても、僕があの人に釣り合うとは思えない。
「そのラインは結構あやふやなんだけどね」
僕の思った通りだった。
内心少し呆れてるけど、花男さんの話はまだ終わっていないので僕は花男さんの話に耳を傾ける。
「ルックスとか、性格とか、仕事の出来具合、あとは客観的な相性と、相手の気持ち、なりより本人がどれだけその子のことが好きかよね。そもそも、闇討ちされた程度で手を引くなら最初から手を出すなって話よ」
また、男の声になってる。まあ、確かにそれで引くくらいならきっと体目当てとかそういう汚い理由なんだろうな。
「ほら、純君ってひふみちゃんとおなじで控えめだし、ひふみちゃんのペースを考えてくれるでしょ? 特にさっきのコーヒーをこぼしたときに身を挺して庇ったときのガッツが決め手ね」
「あの、いつから見てたんですか?」
給湯室のことはともかく、なんでこの部屋の中の出来事を知ってるんだこの人。
「でも、給湯室のときに逃げ出しちゃったのは少し減点ね」
「だからいつから見てたんですか!?」
「部下の事情を把握するのはディレクターの務めの一つよ」
ドヤ顔で言ってるけど説明になっていない。そもそもこの人は僕らのチームのディレクターじゃないし。
「でもね、ちょっとおかしいところがあるのよ」
「おかしいところ?」
「ひふみちゃんがあなたに心を開きすぎてることよ。あの子、男の人といると心が休まらないとか、話しかけてこない人=良い人って思っちゃう子だから、そもそも男の子と話そうとしたり、ましてや他のチームに1人で行くなんて余程のことじゃないわ」
「そ、そうなんですか……」
まあ、最初のは共感できるけど、話しかけてこない人=良い人っていうのはちょっとすごいな。
気を遣って自分にかかわってこようとしないからって思ってるのかな?
「純君、あなたひふみちゃんに何かした? 返答次第では……」
「滝本さんにそんな失礼なことできませんよっ!」
まさかこの人、僕が滝本さんを脅迫したとか考えてるんじゃないか?
冗談じゃない。そんなこと、できるわけがない。仮に弱味みたいなのを知ったとしてもそんなことに使ったりしない。
使うとしたら僕はきっと一生自分を軽蔑する。
思わず声を荒げてしまうけど、花男さんは全く動じていない。むしろどこか嬉しそうな顔だ。
「そう、安心したわ。何か困ったことがあったらうちに来なさい。相談くらいならのってあげる。敦君そのあたり結構雑だから」
「お、お願いします」
なんだろう。上手いこと乗せられたらような気がする。でも闇討ちされなくてよかった。
……それにしても、なんで滝本さんは僕なんかに会いにきてくれるんだろう。何か音楽をかけましょうかってリクエストを聞いたときも、アニソンとかじゃなくて僕の曲を聞きたいって言ってくれたし。
前に一度聞かせたことはあるけど、猫町のBGMしか聞いてないはずだ。それ以外に聞いたかもしれないけど、それもわずかな時間のあいだだけだ。それだけであそこまでしてくれるだろうか。
あれもDTMで作ったものだし……。
なんかそう考えると、また罪悪感湧いてくるな……。
「それにしても、私以外の女の子とは満足に話せない純君があそこまで男を見せるなんて意外だったわ」
「いや花男さんどう見ても男の人じゃ──」
「殺すぞ」