NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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俺はお前の…… 前編

 佐藤視点

 

 「佐藤君!」

 

 「?」

 

 朝、会社に入った途端だった。

 オフィスの奥から遠山がなにやら慌ててこちらに走ってくる。すごい顔だ。何かに怯えているような。

 

 「佐藤君! 助けて! む、虫が!」

 

 「虫? お前、そんなもん怖いのか?」

 

 「もー! 普通、女の子は虫が怖いのっ!」

 

 「普通の女……」

 

 それは、同僚のパンツを偶然みただけの先輩を半殺しにしたりするような奴を普通の女とカテゴリーしていいものなのか?

 などと物思いにふけっていると、遠山は俺の後ろに回り込んで背中を押してくる。

 

 「佐藤君……なんとかして」

 

 「虫っつったって、ハエとかそんなもんだろ? それともゴキ──」

 「やめてぇ!!」

 

 遠山の悲鳴に、若干胃がキリキリしはじめるが、なんとかこらえる。背中にしがみついてる遠山の手は本当に震えている。

 俺はちょうど近くにあった雑誌を丸めて遠山のいう場所まで歩く。まぁ、虫くらいなら多少驚くことはあっても怖くはない。

 

 どこだ? と、とりあえずオフィスの回りを見渡していると、目に入ったのは虫ではなく、八神だった。

 

 「ん~どうしたの朝から大声だして~」

 

 まぶたをこすりながらこっちに向かってくる。コイツまた泊まってたな。しかもまたスカート脱いでやがる。八神は薄手の三角の布を丸出しにしてウトウトとしている。

 前にも一回キレたのにいつまでたってもやめやしない。もはやコイツのこの格好に慣れてきちまったよ。

 

 「あ……コウちゃん。む、虫が……」

 

 「虫ぃ……?」

 

 八神の隣にある壁を見ると、そこには小さな蜘蛛が一匹。

 やっぱり大したことないようだ。

 そう思っているうちに──

 

 「ふん!」

 

 八神はなぜか手元に持っていた仕事の資料をまとめてるボードでその蜘蛛を潰した。

 

 「コウちゃん……っ」

 

 なぜか遠山も感激している。

 いくらなんでも大袈裟すぎるだろ。ゴキブリなら別にわからなくもないが。

 

 「……って! コウちゃんまたスカート脱いでる! 佐藤君もいるんだから早く着替えなさい!」

 

 「って! 佐藤! こっち見んなぁ!!」

 

 「あほくさ……」

 

 いつもの調子に戻った遠山は八神に駆け寄っていく。八神に至っては慌てて下半身を隠しながらブチギレるし。

 いやそれは脱いでたお前が悪いだろ。

 相手にしてられなくなった俺はとりあえずその場を離れて自分の持ち場に向かうことにした。

 

 「あら佐藤君、おはよー」

 

 俺のデスクに行く途中にも虫がいた。けっこうデカい。長身で筋肉質、ピアスをつけた女口調のオスの虫が。

 

 「残念だったわねー佐藤君。また、コウちゃんにりんちゃんのハート、持ってかれちゃったわね」

 

 「……」

 

 「痛っ!」

 

 俺は丸めた雑誌を桜庭花男という虫に、無言で殴りつけた。

 

 「もーひどいわー佐藤君」

 

 「なにしてんっすか?」

 

 「たまたま通りかかっただけよ♥」

 

 たまたま通りかかっただけで、さっきの騒動の全貌を、話を聞かずに把握するのは不可能な気がするのだが、うちの会社のディレクターはたいていそういうヤツばかりなので今更気にもならない。

 

 殴ってもピンピンしてる花男さんは、俺の後ろをブンブンと羽音をたてるようについてくる。

 これもいつものことだから気にしない。

 どうせ就業時間が始まればいなくなる。

 

 引き続き自分の持ち場に向かおうとすると、何か小さな物にぶつかった。

 

 「ひゃっ……」

 

 下を見るとクリーム色の髪をした女子が目をぐるぐると回している。

 俺はソイツに軽く謝った。

 

 「あぁ、すまん桜」

 

 「うぅ~痛い」

 

 確かコイツは桜ねね。涼風の幼なじみなんだよな。最近、デバッグのアルバイトに来ているのだが、デバッグなのになんで開発ブースうろついてる。そろそろ就業時間だ。

 暢気にしてるとうみこにシメられるぞ。

 

 「っ……」

 

 すこし心配していると、桜は俺を見上げて何か考えている。気になったので聞いてみることにした。

 

 「どうした?」

 

 「サトーさんって背が高いなーって思って」

 

 あぁ、なんだそんなことか。

 コイツの身長、150㎝もない気がするからやはり思うところがあるのだろう。

 羨ましそうに見ている桜を見ていると、さっきのストレスからか謎の嗜虐的な衝動にかられる。

 どうやら、この衝動は抑えられそうにない。

 

 「手っ取り早くデカくしてやろうか?」

 

 「え?! ホント!」

 

 俺は桜の頭を掴んだ。

 そして──

 

 「──ほらよ。デッカくなった」

 

 「!……」

 

 遠山と少し長いくらいの長さの髪は、見事なソフトクリームに変わった。

 これでざっと150㎝強はある。

 すごいぞ。150㎝代を超えたな。涼風よりもデカいぞ。

 

 「クワッ……!」

 

 からかわれたのが余程気に入らなかったのか、絶妙に怒った顔で俺を睨みあげてくる。

 

 「落ち着け桜。怒ると細胞が死んで背が伸びなくなるぞ?」

 

 「そうなの?」

 

 「あぁ、俺みたいに、背の高いやつは大体落ち着いてるだろ。あれはな、余計な細胞を無駄遣いしないからだ。だからお前も背が低いくらいで怒ったりするな」

 

 「へー! サトーさんすごいね!」

 

 ダメだ、笑うな。堪えるんだ。

 適当なことを鵜呑みにしている桜を見下ろす俺は、胃がなぜかスッとするのを感じる。

 これだから桜や涼風をいじめるのはやめられない。

 

 「そういうことだから、これからも精進しろよ」

 

 「がんばってね。ねねちゃん」

 

 「うん! 私がんばる!」

 

 なにをどうがんばるのかは知らないが、そんな桜と別れて、引き続き自分の持ち場へ向かう。

 

 「佐藤君、女の子の扱い上手ね。やっぱりできる男はこうでなくちゃ」

 

 まだ花男さんはついてきてるが。

 

 「なんで、りんちゃんはうまく扱えないのかしら?」

 

 「……花男さん、桜サイズに縮むまで頭殴りますよ」

 

 またこの人は余計なことを言う。しかし、さっきの桜を見て少し思い出すことがある。アイツがアルバイトに来た当日、結構騒ぎになっていた。というか、八神のプリンを勝手に食べたの多分桜だろう。

 

 「ったく、桜も桜ですけど、八神もどうにかなりませんかね? あれは、言っても全然聞かないし」

 

 仕事をほっぽり出してはしゃぐ桜に、会社でスカートを脱ぐ八神。男性社員としてはこれ以上あまりトラブルを起こす人間が集まって欲しくないのだが。

 

 「りんちゃんもりんちゃんで、コウちゃんには甘いし」

 

 「仕事できるからタチが悪いし」

 

 「仕事ができる上に、ずっと二人でイチャイチャしてるし。ホントに、コウちゃんさえいなければ、りんちゃんは絶対、佐藤君のモノにな゛る゛の゛に゛ぃ……」

 

 「っ!!」

 

 余計なことを言う花男さんの襟をつかんで首を絞める。本当に黙ってくれこの人は。

 

 ●

 

 青葉視点

 

 今日、またねねっちが社内のどこかに勝手に飛び出しちゃって探してたら、なぜか髪の毛がソフトクリームの形になってた。

 多分佐藤さんになにかされたんだろうけど、矛先が私に向かなかったから少しホッとしてる。

 

 ……してるけど。

 

 私は横目で見ている。

 佐藤さんとりんさんの会話を。

 

 「ねぇ聞いて佐藤君! コウちゃんったらまたスカート脱いで寝てたのよ! 何度言っても直してくれないの!」

 

 「そうか」

 

 「女の子なんだから、もっとちゃんと女の子らしくしてほしいわ! 佐藤君もそう思うわよね?」

 

 「そうだな」

 

 「それでね、コウちゃんが──コウちゃんで──コウちゃんを──コウちゃんは──」

 

 どれもこれも、りんさんが一方的に話してる。しかも、話の内容は全部八神さんのことだ。

 佐藤君も適度に相槌を打って会話をなんとか成立させてる。

 すごい……いや、なんで感心してるの!

 佐藤さん、こうしていつも好きな人のりんさんに、りんさんの好きな八神さんの話をずっと聞いている。それがだいぶ見慣れてくるようになってきた。

 でもこの話が終わったあと、佐藤さんに出くわしたら今度は私がねねっちと同じ目に……。

 かつて、佐藤さんに受けた八つ当たりを思い出して少しだけ寒気がする。

 

 「佐藤さん……、またりんさんの愚痴聞いてる。よく毎回我慢できますね」

 「──甘いねぇ涼風君!」

 「ひゃっ!?」

 

 突然声をかけられて振り返る。

 後ろには、メガネをかけたウェーブがかった髪の女性が立っていた。とてもキラキラした顔で。

 

 私はこの人を知っている。

 葉月しずくさん。

 『フェアリーズストーリー3』のディレクターで、私はこの会社の面接を受けたときに一度会って話している。

 ちょっと変わった人だけど、入社したあとも何度か離して、飼い猫のもずくちゃんとも仲良くなれた。

 でも、敦さんはこの人がどこか苦手みたい。

 そんな葉月さんは、メガネを光らせてどこかとても楽しそうな顔で言ってくる。

 

 「女の子はね、好きな人の話をしてるときが、一番キレイなのさ」

 

 「ど、どういうことですか?」

 

 「見たまえ! 遠山君のあの幸せそうな顔を!」

 

 言われるがまま、佐藤さんとりんさんの方に視線を向けなおして、改めて二人を観察していると、愚痴を話しているはずのりんさんはとても幸せそうな顔をしている。

 多分本人も気づいてないくらい夢中に話している。

 やっぱりりんさんってキレイな人だなぁと想っていると、今度は佐藤さんに目がいく。

 

 「……」

 

 なんだろう。複雑すぎてよくわからない顔してる。

 葉月さん曰わく、一番キレイな顔をしてるのに、この顔をしているときがまさかこの状況だなんて。

 

 「おぉ……幸せと不幸せが同時に!」

 

 切ない!

 切なすぎます!

 あと葉月さんもそんな楽しそうな顔しないでください! 佐藤さんが可哀想すぎます!

 

 「ところで、涼風君はどっち派かね?」

 

 「どっち派?」

 

 「佐藤君と遠山君、そして八神の関係についてだよ」

 

 「も、もしかして社内に広まってるんですか!?」

 

 「そうだね。察しのいい人はもう何人か気付いてるよ。それでだ、ぜひ涼風君には我らが『光臨原理主義派』に──」

 「──そい!」

 「あたっ!」

 

 詰め寄ってきた葉月さんが突然頭を抱えてうずくまったと思ったら、敦さんが仕事の資料をまとめた書類で葉月さんの頭を叩いていた。

 

 「痛いではないか敦君!」

 

 「一方的な勧誘は鼎立協定の違反だぞ」

 

 「てい……りつ?」

 

 聞き慣れない単語に呆気にとられてしまう。それに気付いてくれた敦さんは葉月さんとの言い争いを注視しては私の方を向いてくれる。

 

 「あぁ、鼎立ってのは、3つの勢力が拮抗してる状態のことだよ」

 

 「3つもあるんですか!?」

 

 なんで八神さんたちの関係で3つも勢力みたいなのができてるの!?

 ドラマとかで見たことあるけど、やっぱり会社の中にも派閥争いみたいなのってあるんだ。

 と、少し現実味のない話が出てきたので少しだけ感心してると今度は葉月さんが続けた。

 

 「私が筆頭としている遠山君と八神君の関係を推す『光臨原理主義派』と別チームのディレクターの花ちゃんが率いている佐藤君をいじる……じゃなかった、応援する『シュガー党』の2つが、『フェアリーズストーリー』が完成する頃にはできてたんた」

 

 「それって実質七年も続いてるんですか!?」

 

 というか、シュガー党って、どういう意味?

 シュガー……砂糖……佐藤!?

 なんて安直な。

 

 「それで社内が少し荒れてね。それで敦君が第三勢力として『楽にしてやれ派』を結成したんだよ。その時に私たちの間で結ばれたのが鼎立協定だ」

 

 「……」

 

 ドヤ顔してる葉月さんに、もうついていけず少し呆れた顔をしてしまう。

 この会社、最初の頃から大分変わってると思ってたけどほんとに変だ。

 

 ふと佐藤さんたちの方に視線を送ると、そこにはもうりんさんはいなかった。

 さすがに仕事に戻ったのかな?

 私たちも話し込んでないで早く仕事に戻らないと、と思ってた矢先、りんさんはすぐに見つけることができた。

 

 りんさんは……

 

 「りんさーん」

 

 「あ、ねねちゃん。もう、まだ就業時間だからうみこさんに怒られるわよ」

 

 「うぅ……ごめんなさい」

 

 ねねっちと話していた。

 うみこさんみたいに厳しく怒るのではないけど、りんさんの優しい注意でも、ねねっちはちゃんと反省してるみたい。

 それに、私たちもそうだから早く仕事に戻らないと。

 だけど、なんだかりんさんとねねっちの話が気になってのぞいてしまう。なぜか敦さんも葉月さんも一緒だ。

 

 「サトーさんと何話してたんですか?」

 

 「話してたって言うか……ちょっと愚痴を聞いてもらってたっていうか……」

 

 なぜかりんさんは楽しそうだ。愚痴なのに……どれだけ八神さんのこと好きなんですか。

 

 「それいいんですか?」

 

 するとねねっちはまた無神経なことを聞いてくる。もうねねっちったら、またそうやってる。子供の頃からどこかぬけてるから今まで苦労したよホント……。

 でもりんさんも少し反省してるようだ。

 

 「そ、そうよね。佐藤君にも、好きな人いるのに」

 

 「サトーさん、りんさんのこと好きなのに」

 「………………………………………………………………え?」

 

 「私、サトーさんのこと嫌いですけど可哀想ですよ」

 

 「え……そ、そんなこと……」

 

 「だって明らかにりんさんに対してだけやけに優しいし、あんまり口答えしないし怒らないし」

 

 ねねっちー! 仕事さぼるのにこんな時だけ鋭い!

 

 「りんさんですよ? サトーさんの好きな人」

 

 「っ……」

 

 ねねっちの言葉一つ一つに、りんさんの顔はどんどん青ざめていく。

 え……うそ、まさかこんな形で発覚したゃったの!?

 どうするの佐藤さん!

 

 「はーい桜、こっちおいでー」

 

 いつの間にか2人のところ向かっていた敦さんと葉月さんはねねっちの肩を持ってこっちのほうまで連れてきた。

 

 そのままねねっちを会議室まで連れ込むと、敦さんと葉月さんは真剣な顔でねねっちと向き合っている。

 ちゃっかり私もついて着ちゃったけどどうしよう……。

 

 「ダメだろ桜。知ってることや気づいたことをなんでもかんでも口にしたら、人間関係めちゃくちゃになっちまうぞ。反省しろ」

 

 「ご……ごめんなさい」

 

 その人間関係で遊んでいる敦さん達がソレをいいますか。

 と、内心呆れた目で二人を見ていると、葉月さんがねねっちの頭を優しく撫でた。

 

 「まったく、おかげで面白いことになったよ」

 

 「ホメちゃダメー!」

 

 ●

 

 佐藤視点

 

 何やら会議室あたりが騒がしいが、別に大したことでもないんだろう。

 多分ディレクター共がなにかやってるんだろうが、どうせうみこあたりが注意するに決まってる。

 それに今の俺には注意する気力はない。

 さっきまで遠山の愚痴を聞いてたから胃が痛い。そもそもなんでアイツ愚痴言ってるのにあんな良い顔してんだよ。

 嫌みかよ……。

 あぁ畜生。なんでったって俺はあんなバカを好きになっちまったんだよ。

 

 ため息や胸の中でざわつく様々な感情を押し殺しながら作業を進めていると、誰かの視線を感じる。

 いや、『誰か』はわかった。

 

 「なんだよ遠山。今日はもう八神の愚痴気かねーぞ?」

 

 「いえ……あの……」

 

 後ろから聞こえてくる遠山の声色は少し変だった。に妙によそよそしいというか、さっきまであんな顔して同僚の愚痴を話してたようなヤツの声には思えなかった。

 

 「……?」

 

 振り返ると、遠山は壁にかくれてん俺をずっと見ている。あと顔が変に赤い。

 俺はコイツが前に風邪をひいたことを思い出す。

 あん時は色々散々だったが、一応移らなかったし、遠山もすぐによくなったと思ったんだが。

 手を止めて席立った俺は、遠山のところまで歩み寄る。そして彼女の頭に手を伸ばそうとする。

 

 「どうした? 顔赤いぞ。また風邪ぶり返し──」

 「ひゃあっ!」

 

 「!……」

 

 顔を真っ赤にした遠山の小さな悲鳴は、俺の胃を刺激する。あと割と傷ついた。

 

 「あ……ごめんなさい……」

 

 遠山もすこし気まずそうに謝ってきた。

 

 「いや……なんか……すまん」

 

 そうだよな。異性に触られるなんて普通イヤだよな。気を紛らすようにデスクに戻ってて作業を再開する。

 何も考えずに手だけを動かす。パソコンの画面の背景が色々混沌としてるがそれは気にしない。

 だが、遠山はまだ後ろにいるらしく、弱々しい声で尋ねてきた。

 

 「あの……佐藤君の、好きな人のことなんだけど……」

 

 「またその話か、今度は何だ?」

 

 その言葉にもはや呆れるしかない。

 次はあれか? 桜が好きなの?

 とか聞いてくるのか?

 まったく、いい加減にしてほしいよ。

 だが、次の遠山の言葉は俺の予想をはるかに越えた物だった。

 

 

 「ねねちゃんがね……私だってのいうの」

 

 「!!……」

 

 遠山が突然切り出した突拍子もない言葉は俺の胃を貫く。

 誰だ? 誰がそんなこと口走りやがった。いや、桜か。さっき遠山も言ってたし。

 アイツ……!

 

 「いや……あのね、間違いだってことはわかってるのよっ……その一応確認……ていうか」

 

 「……」

 

 たどたどしい遠山の声は、今度はじわじわと俺の胃を締め付けてくる。胃酸が逆流してきそうになって、なぜか喉までキリキリしてきた。

 握っているペンタプに力が入り、体中が力んでプルプルと震え出すのを、何とか堪えようとするがどうやら抑えられそうにない。

 

 「絶対違うわよね……?」

 

 「……!」

 

 「あ……ありえないわよね……? ねっ……?」

 

 「──!!」

 

 そして抑えていた何かが、ブチギれる音がどこから聞こえた。

 握っていたペンタプからプスプスと煙が出ているが、気にも留めず俺はデスクを叩いた。

 

 「ヒッ……!」

 

 「いい加減にしろよ……お前……」

 

 色々限界になった俺は、席を立って遠山の方を向く。さっきのに驚いたのかプルプル震えてるが、そんなのには構わずに感情にまかせて進める。

 

 「そんなに知りたきゃ教えてやんよ……!」

 

 「「……!」」

 

 俺は無言で遠山を指差す。はっきり言って言葉が出なかった俺は、情けない話だがブチギレた瞬間に冷静になって何を言えばいいのかわからなくなっていた。

 とりあえず指さしてみたが何言ってるか全然伝わらんだろう。

 

 「……」

 

 遠山は顔を赤くしながら無言で後ろを向こうとするが、俺は釘を刺す。

 

 「……誰もいないぞ」

 

 頭を真横に向けたまま遠山は凍り付く。

 

 「!っ……あの──」

 「喋んな」

 

 「っ……」

 「振り向くな」

 

 さらに遠山は、まるで油のさしていないロボットのようにぎこちない動きでこっちに向こうとする。

 だが、今の俺にはもはやコイツの目を見る気力もない。だから止めた。

 

 だが、衝動的にここまできたが、次何すりゃいいかわからなくなっちまった。

 遠山は依然動かない。俺もなにも言えない。

 だんだんここにいることが恥ずかしくなってくる。

 

 「……………………………………………………………………………………………………じゃそゆことで」

 

 俺はその場から早足で飛び出す。

 首を九十度にしたままの遠山を置いて。

 

 どこかで俺をめちゃくちゃ見てたような感覚があとからしたが今はどうでもいい。

 とりあえず人気のないところまで歩いていく。

 

 「…………はぁ」

 

 そこでようやく落ち着いた俺は壁に左手を当てて、顔を右手で覆う。

 体の体温が上がっているのが直でわかる。今の俺は耳まで赤くなってるかもしれない。

 早足だったせいししては、やけに動悸が激しい。

 

 「やったわね佐藤君」

 

 「これで遠山も少しは」

 

 「さ……佐藤さん?」

 

 後ろから花男さんと敦さんの声が聞こえる。

 やっぱり見てやがったなコイツら。

 どうやら涼風も混ざってたらしい。なんなら今ここでコイツら全員シメてやってもいいが、少なくとも今の俺にできることはただ一つだ。

 

 「……帰る」

 

 「「「はぁ!?」」」

 

 そのまま何も言わずにオフィスを出る。

 後ろが敦さんの声やらで騒がしいが、俺にはもう仕事はできなさそうなので無視して帰る。

 

 「おい佐藤! お前ふざけんじゃねぇぞ! まだ仕事残ってんだろうが! 俺がやれと? おい佐と──」

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