NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
ゆん視点
おかしい。
今の私は明らかにおかしい。
あの休日以来、どうしても敦さんのことを意識してまう。今までそないなことなかったのに。
休み明けに敦さんが見せた悪戯めいた笑顔がどうしても忘れられへん。
私は会社で自分のパソコンに向かい合い、自問自答を繰り返しながら作業をすすめる。
最初はそもそも使ったとこすらなかったそれを、今はそれなりに使いこなしている。だけど今のうちの頭の中はそんなことを考えてられる状態じゃない。
何か企んどるんかっても考えたけど、あれからしばらく経っとるのに敦さんはなんもしてこん。
そもそも私はなんでそれだけの時間が経っとんのにこないなことになっとんや。
その上、去り際に敦さんに言われたことを試しにやり始めてからというもの、妙に身体の調子がいい。体重もおもってたよりずっと軽くなったし、検診でも看護士の人にほめられた。
ほりゃあの人がえぇ人なんはわかっとる。
ただでさえ忙しいのにキャラ班のアクシデントを1人で肩代わりしたりしてくれとるし、ディレクターの葉月さんやからも信頼されとる。
本人はそれめちゃくちゃ嫌がっとったけど。
他の社員からも手助けされたって話しはよく聞くから、評判はいいほう。影でヘンタイ扱いされている葉月さんよりずっと信頼されてる。
……ちょっと待って。
私はなに1人でこないなこと考えとんや?
冷静に考えてみたらただお昼ご飯おごってもらっただけやん。
せやのになに1人で暴走しとんやし、こんなんただの勘違いやろ。
そうやそのはずや。
大体あんな目にクマできたヤニ臭くてだらしない人のどこに魅力があるんや。
うちはそんなことで揺らぐような軽い女ちゃう!
「……」
自分を叱咤した途端、ふらついて敦さんに寄りかかってしもうたときに、鼻を掠めた匂いがフラッシュバックする。
タバコの匂いなのに、かすかにハチミツのように甘い匂いを含んでいたそれは、敦さんそのものの匂いと混じっていた。不快なはずのそれはもはやある種の香水のようにすら思えた。
「~~っ!」
持ち直しかけた意識がまたぐちゃぐちゃになる。脈拍のペースも普段よりも明らかにはやい。
なんでや! なんでこうなるんや!
かれこれ、この流れをこの一ヶ月の間で4~5回は繰り返している。
自問自答をして自分の考えは一般的に考えたら間違ってるってところまでたどり着けるのに、なぜか元の位置に戻ってくる。
……うち、どうしてこうなってもうたんやろ。
「──飯島さん」
「……!?」
突然声をかけられて振り返る。後ろには日焼けした私より背の高い女性、プログラムチームのうみこさんが立っていた。
さっきまで頭の中がぐちゃぐちゃやったから、声かけられて少し驚いてまう。
「あの、さっきまで上の空でしたけど大丈夫ですか?」
「えっ……い、いえっ……大丈夫です」
さっきまで敦さんのことを考えてたなんてとてもじゃないけど言えへん。とりあえず大丈夫と振る舞って誤魔化す。
「それで、どないしました?」
無理やりにでも話を逸らして、うみこさんが尋ねてきた理由を聞く。
ちょっと驚いたけど、なんの用やろ?
「あなたのNPCからエラーが出ていて」
「え……そんなはず」
パソコン画面に向かい直して、提出したNPCを確認する。画面の左端にはちゃんと『error』の文字が書かれていた。
私は頭の中が余計真っ白になる。こんな初歩的なミスするなんて、新人じゃあるまいんやし。
「すっすみません! すぐに直しますっ!」
「当然です。さっさと直してください。些細なエラーが大きなエラーにつながることもあるんですよ。新人じゃないんですし、しっかりしてください」
「……」
返す言葉もないわ。
いくら体の調子がええからって、こんなミスするなら元も子もないわ。
あぁもう。あれもこれも全部敦さんのせいや……。
●
「……うち、どないしたんやろ」
昼休みになって、カフェテリアで昼食を食べながらため息をつく。
マスターアップが近いこともあって、カフェテリアにはほとんど人がいない。みんなオフィスで食べながら作業を続けているんやろ。
でも一旦1人になりたかったうちはカフェテリアで昼食をとることにした。
はじめも青葉ちゃんも、今日はオフィスで済ます言うてたからそこは幸いやった。
うみこさんに指摘されたエラーは本当に初歩的なもので、簡単に直せるものだったからすぐに片付いたものの、このままじゃ絶対青葉ちゃんたちに迷惑かけてまう
1人で考えみようとしたけど、余計にもやもやしてまう。
ほんま、どないすればええんや……。
思わずテーブルの上に突っ伏してしまうと、私を呼ぶ声が聞こえる。
「飯島さん、お疲れ様です」
「うみこさん……」
顔を上げると、さっきエラーを指摘してきてくれたうみこさんがカフェテリアに入ってきた。
私はまた焦る。まさかまたエラーが残っとった?
せやけど、その心配は杞憂やった。
「エラーの修正ありがとうございます。ばっちりです」
「そうですか……」
その言葉を聞いて安心する。よかった。また間違えたらホントにどないしようと思った。
思わずため息がこぼれてしまう。
「……あの、何かお悩みですか?」
「へ?」
どこか申しわけなさそうに尋ねてくるうみこさんに、ちょっと呆気にとられてまう。
「作業中ずっと上の空でしたので、少し気になりまして。……あと、さっきは少し言い過ぎたと思いまして」
あ、やっぱりこの人気にしとったんや。前に青葉ちゃんを注意したときも似たようなことなっとったし。
でも言えるわけあらへんよなぁ。寄りにもよってうみこさんに敦さんのこと話すなんて。
敦さんがうみこさんに痛い目に合わされてるところはよく見かける。
八神さんみたいに苗字で呼んでるから自業自得なんやけど。
そんなことを考えてると、うみこさんはうちの目をジッと見つめてくる。まるでうちの考えを覗いているような。
え、エスパーやないんやし、わかるわけ──
「もしかして、好きな人でもできました?」
「~~っ!」
言い当てられた途端に、頭が沸騰しそうになる。さっきエラーを指摘された時よりも頭が真っ白になってまう。
ていうかなんや、言い当てられたって。何がやねん。
「図星ですか?」
「イヤ……そんなんじゃのうて、その……うぅ~~っ!」
なんとか否定しようにも、言葉が出てこなくて頭を抱えてまう。
違うんや。好きな人とかそないなことやないんや。そのはずなんや。
「……飯島さん、それ多分恋の諸症状では?」
「──っ!」
「!?」
ズバリと言われてテーブルに思いっきり頭をぶつけてしまう。
痛い。痛いけど、キツケには全然足りへん。
まだ頭の中は真っ白のままや。
「あの……大丈夫ですか? 私でよければ相談には乗りますが」
「……お願いします」
このままやと埒があかん。客観的な意見が欲しい。
せやけど、青葉ちゃんやはじめには絶対そないなこと相談できひんし、ひふみ先輩に至っては、前に軽くからかってもうたことがあるからバレたら絶対あかん。
私は固有名詞等をなんとかうまいこと隠して、ことの成り行きをうみこさんに話した。
嫌ってたってゆうか、苦手意識を持っとった人に、たまたま親切にされて変な気持ちになってまう。
その本人のことをどう思っとるのかわからんようになっとる。そもそも、うちは学生時代は彼氏とかおらんかったし、好きな人ゆうても、学校のアイドルみたいな人を一方的に好きになってたってだけやし。
そんな内容で話した。するとうみこさんは断言した。
「それは単に親切にされただけでは?」
「っ、そ、そうです! そうですよね!」
「とはいえ、きっかけとしては十分なわけで」
「──っ!」
また頭をテーブルにぶつける。2度目やからめっちゃ痛い。
ウソや、そんなんウソや。
頭の中でなんども否定する。
うみこさんに相談して、少しはモヤモヤしたものが晴れたような気もするけど、まだモヤモヤが残っとる。
「飯島さん、あまり頭をぶつけない方がいいですよ。脳震盪とかありますし」
「すみません……」
突っ伏したまま応える。顔を上げたくない。
今たぶんめちゃくちゃ顔赤くなっとる。
「一つ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「飯島さんはその人のどこが嫌だったんですか?」
「へ?」
そこまで突拍子もないことじゃなかったけど、少し的外れのような質問をされてしまう。
私が敦さんを嫌いだった理由……。
「えっと、だらしがないっていうか、辛気くさいっていうか、もっとシャキッとしたらいいのにって思って見てられへんかったから……」
「なるほど……」
いつも抱いていた感想をそのままいう。
せやけど本当は、そんな感じの敦さんが、どこか昔の自分に似とるような気がしたから。見てたら昔の自分を思い出すから。
せやから嫌やった。
「でもその人に親切にされたんですよね?」
「はい……」
第一印象は最悪やったけど、仕事はうちらの何倍もできるし、信頼だってされとる。ある種のカリスマ性すら感じることもある。
そのせいで、最初のときに抱いた感情と後からきた感情どうしがぶつかり合ってごっちゃになっとる。
あぁもう。結局どっちが正しいんかわからへん!
「なら、もう少し時間をかけてみたらどうでしょう? すぐに決めようとするからわからなくなるんです」
「……はい」
そう言われて少しだけ落ち着く。
そうやな。焦るからこないなっとんや。きっと一時の気の迷いや。時間をかけて落ち着いて敦さんを見ていれば、そのうち冷めてくるはずや。
ただ、同時に気になることもできた。
と言うか、参考がてらに聞いてみたかった。
「あの、うみこさんは、そういう……恋愛とかって経験あるんですか?」
「彼氏いますよ?」
「!?」
サラリと応えたうみこさんに驚愕する。
仕事一筋だと思っとったのに、彼氏とかおるんやな。初めて知った。
「そ、その人とは、どういう馴れ初めやったんですか?」
「そうですね。私が普段通っているスポーツジムで出会いまして、寡黙な方で近寄りがたい雰囲気だったのですが、趣味が同じミリタリーでして、そこで意気投合しまして、サバゲーをする仲になったのが始まりですね。そこからは葉月さんの愚痴とかも聞いてもらったりして、サバゲーでの対人戦がとても上手なんですよ。銃の扱いもそうですし、合気道を嗜んでるとかで、格闘ではほとんど負けなしで、私もCQCなら覚えているんてすが、まるで歯が立たなくてほんとすごいんですよ。それから、自衛隊や沖縄のアメリカ軍の方とも知り合いがいて、面白いものをいつも譲ってくれるんです。なんでも──」
「」
●
疲れた……。
とんでもない地雷踏んでもた。まさか昼休みギリギリまで話し込まれるなんて思わんかったわ。前にも青葉ちゃんがうみこさんに捕まっとったから迂闊やったわ。
エラーの修正もあって、今日はノルマを片付けるまで少し時間がかかってしもうた。
それでもなんとか終わらせて、家に帰る準備をする。青葉ちゃんもはじめも先に帰ってしもうた。
にしても、随分と外が暗いなぁ。
そろそろ暗くなる時間やけど、それを加えたとしてもいつもよりずっと暗い。
なんでやろ。と、思ってた私の疑問はすぐに晴れた。そしてめちゃくちゃ落ち込んだ。
「うそやろ……」
ビルの出入り口まで来てようやくわかった。
雨が降っとる。しかも土砂降り。
その上うちは傘を持ってきとらん。
すっかり忘れとった。確か今日雨がふるって朝の天気予報言うとったなぁ。
……あーどないしょ。青葉ちゃんもはじめも先かえってもおたし、駅まで走ってもうちの足じゃどのみちずぶ濡れになる。
それにこの格好やしなぁ……。
うちは自分の今の服装を見下ろす。
この丈の長いロングスカートでこの雨の中を走るなんて到底無理やし、そもそもこの服買ったばかりやから濡らしたくないのに。
「……ほんまどないしょ」
溜息をつく。
……厄日や今日は。ミスするし、うみこさんに捕まるし、その上この土砂降りの中じゃ帰れんし。
誰かの傘に入れてもらうしかあらへん。せやけど、青葉ちゃんもはじめももう帰ってしもうたし、りんさんも右に同じ。八神さんは相変わらず会社に泊まるし、他には、うみこさんはまだおったような気がしたけどまた捕まって帰り道にこの雨の中長々話なんか聞きとうないし……。
「──何やってんだお前?」
「!?」
声をかけられた。
この声の持ち主は今日1日なんども否定した、私がおかしくなってしまった原因の人。
敦さんや。
「っ……」
声をかけられたのに、動けへん。
ホントなら今すぐ走り出したいはずやのに、頭がまた真っ白になってどないすればええかわからん。
「……はぁ、無視かよ。別にいいけどよ」
「……」
重い癖に、妙に柔らかく響く低い声は、後ろから呆れの声で聞こえる。
そして足音が徐々に近くなっていく。
しばらくすると、敦さんの背中は私の目の前にまでやってくる。右手には、一回り大きな傘を携えとる。
皺だらけ紺のトレーナーに、くたびれたGパン。
手入れもロクにされてないけど、その服装が変に絵になる。
「……」
「?」
「……!」
なぜかそれをジッと見つめてしまうと、敦さんに悟られたのかこっちを振り向かれてドキッとする。
「お前、傘は?」
「え……えっと……」
最悪やー! よりにもよってこの人やなんて!
前の休日の時といい、なんでこんな絶妙なタイミングではち合わせるんや!
傘を忘れたなんて、とても言えるわけあらへんうちは、説明しようにもなにを言ったらええかわからんようなってまう。
「……ったく、少しは口聞いてくれたっていいだろ。流石に傷つく……」
愚痴をこぼしながら、今度はうちのほうに歩み寄ってくると──
「・・・・・・な、なんですか? それ」
「使えよ」
自分の傘を柄を私にむけてくる。そこでようやくハッとしたうちは目をそらしながら拒絶する。
「・・・・・・別に必要ありまへん」
「じゃあお前今日どうやって帰るんだよ?」
「それは・・・・・・あ、敦さんこそ! どうやって家に帰るつもりなんですか!?」
ごまかすように話の矛先を敦さんに向ける。前みたいに世話を焼かれたら、余計ドツボにはまる気がしてならん。この人の手だけは借りとぉない。
「俺は別にいいんだよ。家近くだし、一旦着替え取りに行ったり風呂入りに行ったりするだけだから、明け方にすりゃいいだけだし」
「・・・・・・」
せやからなんでこの人は毎回うちに世話焼きにくるんや-!
関係ないやろ-!
そもそも、本人もうちに嫌われとるってことくらいわかっとるはずやのに、同じチームってだけでここまでするかフツーッ!
「お前、帰りたくないの?」
「ほりゃ帰りたいですけど・・・・・・」
「なら使えよ」
「嫌です!」
「じゃあどうしたいんだよ・・・・・・」
わからへんよそんなん!
アンタのせいでうちは今大変なことになっとるっちゅうのに!
私は本当にどうしたらええかわからんようなって、うつむくことしができいひん。
「・・・・・・あーあ、なんか帰る気失せた。戻って仕事してくるよ」
ぼやきながら、敦さんはわざとらしく自分の傘をビルの出入り口の隅にある傘置きに置いた。
「えっ・・・・・・?」
敦さんは私をおいてビルの奥にまた入っていこうとする。
え? どゆこと? このままたと埒があかんからわざと傘を置いてったんか?
なんでまたそんなことするんやこの人は・・・・・・。そないなことしても、うちがなにかお返しするわけでも、特別感謝するわけでもない。
せやのになんでそこまでするんやこの人は。
「・・・・・・」
世話を焼かれる恥ずかしさよりも、こんな人にそこまでされる自分の情けなさに怒りすら感じてまう。
これじゃうちの気がすまへん。
私は振り返って、遠ざかっていく敦さんの背中に向かって叫ぶ。
「あ・・・・・・あのっ! こ、こういうのはどうですか!?」
●
「なぁ飯島、本当にこれでいいのか?」
「だだだ大丈夫ですよ。べべべ別にたいしたことじゃありまへんし・・・・・・」
「もうすでに大丈夫じゃない気がするんだが・・・・・・」
土砂降りの雨のなか、私と敦さんは並んで歩きながら駅まで向かっている。
当然傘は1つしかない。つまり相合い傘。
昔読んだ少女漫画や恋愛小説とかでよくあるシチュエーションのそれを、私はいま会社の先輩とやっとる。
とはいっても、言い出しっぺは私。
敦さんの傘を使って、自分だけが帰るっていうのがどうも気にいらんかった私は、これを提案した。
それなりに大きい傘やし、私と敦さんなら十分スペースもあるかと思ったけど、完全に誤算やった。
近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い・・・・・・近いーーっ!
いくら大きめの傘でも、二人となるとかなり詰めんとお互いが濡れてまう。そのせいで、うちは敦さんのほんまにすぐ隣におる。
傘の下の雨を遮っとる空間は、敦さんのタバコの匂いでいっぱいになっとる。前にも鼻をかすめた匂い。
タバコの匂いなんて不快なはずやのに、どこか心地いいとすら思えてまう自分がいる。
絶え間なく降り続ける大粒の雨は、何度も大きな傘を幾度も打ち付けとるはずやのに、なぜか速くなっていく心臓の鼓動の音のせいで、よく聞こえへん。
なんでや、なんでドキドキしとんやうちは。私はこないな人なんか――
「――飯島」
「ふぁい!?」
「おまえ本当に大丈夫かよ・・・・・・」
とっさに顔を上げて見えた敦さんの横顔はどこか居心地が悪そうやった。
やっぱり敦さんもこういうのは緊張するんやな・・・・・・。
ため息をこぼしながら敦さんは続けてくる。
「お前、今日ミスしてたな」
「っ・・・・・・!」
唐突に切り出された話題に言葉をなくす。なんでこの人知っとるんや!?
「今日はアハゴンのとこでバグ探ししてたからな。そもそもアレ見つけたの俺だし」
「・・・・・・」
嘘やろ、よりにもよって敦さんに見つけられるなんて。
うみこさんが見つけてくれたと思っとったのに・・・・・・。
何より敦さんが報告してこなかったのも、私を気遣ったからなのかと思うと余計歯がゆくなる。
「何を勘違いしてるか知らんが、別にあの日のことは誰にも言わねぇよ。脅したりとかしない」
「・・・・・・別に頼んでません」
「ほー? なら明日涼風たちに言ってやろうか? お前と相合い傘して帰ったってこと」
「なっ・・・・・・!?」
「冗談だよ」
思わず敦さんのほうに顔を向けてにらむと、敦さんは面白げに私を横目で見下ろしてくる。
あかん、またいいように遊ばれとる・・・・・・。完全に敦さんのペースやないかこれ。
これじゃあのときと変わらへん。
「……」
──やはりそれは恋では?
昼休みにうみこさんに言われた言葉が頭をよぎる。
ちゃうにきまっとる。私がこないな人に恋するわけあらへん。
そもそも、なんでこの人はうちにこんなに世話焼くんや?
この人は何がしたいんや?
何が目的でここまでするんや?
隣を歩いている敦さんの考えてることが一向にわからない。
そう考えてると、変なことが頭に浮かぶ。
……私は、敦さんをどうしたいんやろ。
なんども考えて、なんども否定して、結局答えはわからんで。
あぁ、多分うちが今までモヤモヤしてたんはこれなんや。
うちが敦さんとどうなりたいかわからんようなってしもうたからこうなっとんや。
うちは……うちは──
「──飯島!」
「へ?」
突然名前を呼ばれて、俯いてた顔を上げた途端、目の前にあったのは皺のよった紺のトレーナーやった。
それがグッと近くなった。いや、私の顔が紺のトレーナーに埋まった。
「……っ!?」
背中をグッと押さえつけられる。視界がほとんど遮られて何も見えん。
いきなりのことやからなにされたかわからん。ただ、わかったのは、あのとき鼻を掠めた甘いタバコの香りが鼻孔のなかに充満していることだけ。
えぇ!? なに? 何? 何!?
そしてザバーンッ! と大きな水しぶきの音が紺のトレーナーの向こうから聞こえた。遠ざかっていくエンジンの音も。
1~2秒ほどの静寂のあと、なぞの拘束から解放された。
「──冷たっ! 畜生あの車! ふざけやがって! おかげでずぶ濡れじゃねぇーか!」
「へ……?」
傘を私にかざしたまま、後ろの道路にむかって敦さんは叫んでいる。その方を見ると、徐々に遠ざかっていく車のバックライトが見えた。
「あーくそ……。飯島、お前は濡れてねぇか?」
「え……あ……え?」
私は敦さんの全身を見渡す。正面は濡れてないけど髪がびしょびしょになってる。
だけど、それよりも目にいったのは、敦さんの身につけている紺のトレーナーやった。
さっきうちの顔が埋められた色と同じ色。
そこでようやくうちはなにをされたか理解する。
「……飯島?」
「あっ……あ……!」
私は、私はさっき敦さんに抱きしめられた!
「○×※△☆#~~!!」
うつむいたうちの口から声にならない声が響く。
体全身がやかんのように熱くなって、心臓の鼓動が耳に直接聞こえてくる。
まだうちの鼻には、甘いタバコの匂いが残っていて、それが敦さんのにおいであることも改めて理解したのが、それをより掻き立てる。
「……あの、飯島さん?」
「い……い……」
「?」
「いやーっ!!」
私の絶叫は、土砂降りの雨にかき消された。
敦さん:ヤバい。俺、飯島にセクハラで訴えられるかもしれない……。