NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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彼の腕にあるモノ

 ゆん視点

 

 「やあ君たち、少しいいかな?」

 

 件の相合い傘事件から一日が経過した日のこと。午後の仕事をしている最中に葉月さんがやってきた。基本的にキャラ班のブースに顔を出すのは珍しいので、自然と皆の意識も彼女に向いた。

 

 「どうかしましたか? 葉月さん」

 

 青葉ちゃんが開口一番に尋ねると、葉月さんは少し困った顔で言った。

 

 「いやあ、敦君のことなんだがね。昨日から風邪をひいたそうなんだ」

 

 「そうなんですか!? だから、今日は見かけなかったんですね」

 

 「なんでも、帰り道に車に水をかけられたそうでね」

 

 「……っ!」

 

 葉月さんの言葉に、つい肩が動いてしまう。理由はわかる。昨日、敦さんが私を庇って車に水をかけられたから。

 そしてその時に芋づる式に思い出してしまう。敦さんに抱きしめられたことを。

 

 「っ~~~!」

 

 あの感触と体温、そして匂い。ぶり返すだけで頭が沸騰しそうになる。

 そんな私の気持ちはよそに、青葉ちゃんと葉月さんは話を進めている。

 

 「それでなんだけど、誰か敦君の家に行って欲しいんだよ」

 

 「お見舞いってことですか?」

 

 「それもなんだけど、敦君からタバコを取り上げてほしいんだ。きっと家にも備えているだろうからね。少しでも早く直してもわらないと」

 

 あぁ、うちのせいで少し大変なことになっとる。確かに、タバコは風邪の治りを悪くするって聞いたことがある。

 それも当然だ。敦さんは何でも屋ではあるけどこの会社の主力の一人。これからマスターアップで忙しくなるからなるべく早く出社して欲しい葉月さんの気持ちも分かる。

 それが私が原因ってのが一番の問題なんやけれども。

 

 「わかりました。じゃあ私が――」

 「コラ青葉っ!」

 

 元々人が良い青葉ちゃんは、二つ返事で引き受けようとすると、背後から八神さんにチョップを入れられた。

 

 「今日のアンタの仕事、まだ遅れてるでしょ?」

 

 「うぅ……そうでした」

 

 「となると、ひふみんはダメだね。はじめは……そっちも忙しいか。なら――」

 「あのっ、私が行きましょうか?」

 

 私は呼ばれる前に手を上げた。

 なんで自分でもこうしたのかわからない。ただ、敦さんが風邪をひいた理由が自分であること、そして昨日のこと。ソレより前のことも含めて、私がなにかしなくちゃいけないという感情に駆られた。

 

 「おっ、じゃあ、お願いして言い?」

 

 「……はい。わかりました」

 

 「それにしても、ゆんが自分から言い出すなんてめずらしいね」

 

 「そんなことないですよ」

 

 「そう?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 八神さんはなぜか、私の顔をジッと見つめる。まるで何かを勘ぐっているような。そして、何かを納得したかのような表情を見せるとすぐにその視線を外した。

 

 「じゃあ、よろしくね」

 

 「は、はい。わかりました」

 

 「これ。敦君の住所。近いからすぐ着くよ。もし、敦君がタバコを出さなかったら。渡すまで帰ってくるなって言われたと言えば良い。そうすればきっと折れるから」

 

 「はい……」

 

 その後、私は葉月さんに渡されたメモを元に、会社を出て敦さんの家に向かった。その道中、先ほどの葉月さんの言葉が妙に引っかかった。

 葉月さんって、敦さんの事、かなり詳しい。確かに二人が話しているところは社内でもよく見かける。いつも、仕様変更について大喧嘩している事の方が多いけど。それを抜きにしても二人が一緒にいるシーンはよく見かけるのだ。

 まさか敦さんと葉月さんってそういう……。

 いやいやいやいや。それが今何が関係あるっちゅう話やねん。

 そんなのどうでもええやんかどうでも!

 どうでも……。

 

 「……」

 

 敦さんと葉月さんが二人でいる光景を思い返すだけで、落ち着かない。どこか胸がチクチクして仕方が無い。この気持ちの正体を私はまだ理解したくなかった。

 

 一人で悶々としているうちに、気がつけばメモに書かれた住所の場所にたどり着いた。そこはなんの特徴も無いマンション。本当に、どこにでもあるような普通の集合住宅だった。

 あの人、本当に家あるんや。

 ここで若干失礼な感想を抱いてしまうが、仕方が無い。だって、基本的にあの人は八神さん以上に会社で寝泊まりするひとなのだから。

 住民票とかも会社の住所にしてそうなものだとばかり思ってしまっていた。

 

 「えっと、部屋の番号は……」

 

 部屋の番号から推測するとおそらく1階。階段を上らなくて良いのはうれしいけど、思っていた以上に敦さんの家に着くという事実が変な焦りを生んでしまう。

 

 「あった」

 

 敦さんの家の前までやってきた。

 番号からしておそらく間違いないだろう。流石にいきなり開けるほど無遠慮ではないのでベルを鳴らす。

 

 「……」

 

 返事が無い。

 あれ? もしかして間違ってる?

 改めてメモを見返して見るも、この住所で間違いない。

 

 「あ、あのー。敦さーん! いますか-?」

 

 ドアを叩いて、名前を呼んでも返事が無い。

 ここまで無反応だと、先ほどの焦りよりも別のことで焦ってしまう。

 ま、まさかやと思うけど、死んでたりせえへんよな?

 扉の向こうではもう敦さんが孤独死しているかもしれないと思うと、体温が下がっていくのを感じる。

 

 「入った方がええ? その前に警察に通報?」

 

 一応、そういうグロテスクなモンスターは何度か作ったことはあるけれど、リアルのそれはNG。というか、それが耐えられる人間なんておらんやろ。

 

 「……とりあえず、現場を確認しないことには」

 

 恐る恐るドアノブを掴んでひねってみると、驚くほど簡単に開いた。

 

 「鍵閉めてないやん。不用心すぎるやろ」

 

 ここまで尻込みして、ようやく決心が付いた私はゆっくりとドアを引いた。そこで腐臭とか出るんじゃ無いかとビクビクしながら。

 

 「……」

 

 しかし、臭いは全くなかった。考えてみれば当たり前か。仮に死んでも一日しか経っていないし、腐臭ならもっと広い範囲で被害が出るはずや。

 

 「あ、あの、敦さん? 私です。ゆんです。入りますよ?」

 

 最後の確認を済ませてから、ドアを全開にして部屋に入った。そして――

 

 「……」

 

 ドアの向こう側にあった光景は意外にも普通の部屋だった。

 本当に普通の部屋。一人暮らし用の狭いワンルーム。最低限の家具に、本棚、そしてパソコンしか置いていないデスク。そのほかはまったく飾り気がない質素な部屋。

 ある意味で何も無い部屋。趣味の類いのモノも、一切無い。

 ただ一つ、普通じゃ無いものがそこにあるとすれば、ベッドの中に膨らみがあることだけだった。それを見て驚きと安堵が同時にやってくる。

 

 「敦さん! 生きてますよね!?」

 

 慌てて布を引きはがす。そこにいたのは、風邪をひいて眠っている敦さんだった。

 

 「……うぅ、あ? 誰だ?」

 

 私が騒いで起きたのか、急に布団を取られて驚いたのか。敦さんはうなり声を上げながらのっそりと身を起こす。

 見てみると顔が赤く、衰弱しているのが一目で分かる。熱も高いせいか、汗もひどい。

 

 「私ですよ。ゆんです。わかりませんか?」

 

 「ぁ…あぁ、お前か……なんでここに?」

 

 「葉月さんに頼まれたんです。タバコ取り上げてこいって」

 

 「葉月の差し金か……ったく」

 

 葉月さんに言いつけられたことを言い出す前に、敦さんはポケットにあるタバコと愛用しているらしいライターを私に見せた。

 

 「ほらよ」

 

 「あ、どうも」

 

 意外とすんなりと渡してくれたので拍子抜けする。もっとゴネると思っていたのに。

 敦さんのタバコの箱は、佐藤さんが使っているものよりも小さく、箱のロゴはHOPEと書かれていた。ライターも、キズやへこみ具合から、かなり使い込んでいるのが見て取れる。

 

 「…なんだよ。どうせあれだろ? 葉月に取り上げるまで帰ってくるなって言われたんだろ」

 

 「……はい」

 

 素直に答えると、敦さんは目に見えて不機嫌な顔をする。元々悪い顔色がさらにひどくなっている。もう見ているこっちまでしんどくなるほど。

 

 「んじゃ、さっさと帰れ。これでも薬はもらってる。心配するな」

 

 「……」

 

 「なんだよ」

 

 「ちょっと待っててください」

 

 「お、おい」

 

 もう、見ていられなかった。呼び止める敦さんを無視して部屋を飛び出す。

 多分、あの時の敦さんと同じ気持ちだったと思う。

 

 それからのうちは無我夢中やった。元々、面倒見がいい性格である自覚はあるけれど、今回はいつもと違った。

 何かしないとという、よくわからない使命感に背中を押された。考えるよりも、身体が動いた。

 あの時抱いた疑問。敦さんをどうしたいのか、それはまだわからへん。でも、このまま何もせずに帰ることだけはできなかった。

 そして、

 

 「……なんか、悪いな」

 

 「謝るんだったら風邪なんてひかんといてください」

 

 敦さんが食べることができて、最低限滋養のある食べ物。飲み物。後は身体を拭くタオル。

 彼の部屋に無いであろうものを一通り買ってきて用意した。

 最初から料理をする時間はないけれど、食器はあったからレトルトのおかゆでも十分なはず。

 

 「……そもそも、お前を庇ったからこうなったのだが」

 

 「っ!」

 

 その話題になると、また顔が熱くなる。

 またこの人は!

 やっと忘れられそうになったと思ったのに!

 

 「いや、悪いのはこっちだな。もっとやりようはあった」

 

 しかし、弱っているせいか、敦さんはすぐに引き下がる。それより、さっきまで赤かった顔が急に青ざめている。

 

 「……あの、昨日の件なんだが、セクハラとか訴えたりしないよな?」

 

 「……」

 

 「飯島?」

 

 なんか、変なところを気にしている敦さんに呆れてものも言えなくなってしもうた。たしかにびっくりはしたけど、守ってくれたわけやし。一応、親切にしてくれた人にそないなことできるわけあらへんやろ。

 

 「私は別に気にしてませんよ」

 

 「いやでも、昨日は悲鳴上げてたじゃん」

 

 「そりゃ、いきなりあんなことされたらっ……~~!!」

 

 今度は自分で墓穴を掘ってしまう。

 あかん。とりあえずなんかせな。自分のペースがどんどん乱れてしまう!!

 

 「と、とにかく、次は上の服脱いでください!」

 

 「は? なんで?」

 

 「体拭くんです。そんなに汗かいてたら治るもんも治りませんよ!」

 

 「いや流石に自分でーー」

 「ええから!」

 

 凄むと敦さんは渋々だけど、シワだらけのトレーナーを脱ぎはじめる。なんでもいいから顔を見られたくなかった。このまま逃げて帰るのも、負けた気がしてできなかった。

 

 「ほら、これでいいか?」

 

 「……はい」

 

 不服そうな敦さんには構わずに濡れたタオルで彼の背中を触る。

 敦さんの背中は、一言で言えば枯れていた。

 痩せてはいるけど、スタイルのいい体ではない。全体的に肉がついておらず、本当にすぐに折れてしまいそうな枯れかけの木を彷彿させる。

 それでも、タオルごしに感じる硬い感触は、男性らしさをわずかに醸し出していた。

 

 「……敦さん、その腕」

 

 背中を拭いていると、彼の右腕に視線が集まった。彼の細腕は、肘と手首の間にイビツなみみず腫れのようなものがあった。

 

 「あぁ、これか? ちょっと事故ってな。骨が折れたんだよ」

 

 「そうだったんですか」

 

 敦さんが怪我したところなんて見たことがないから、おそらくそれは私が入社するよりずっと前のことだと言うことだけわかる。

 それと同時に、私は敦さんのことをまだほとんど知らないのだという事実を実感させた。

 

 「でも、治ったならよかったですね。右腕なんて、敦さんにとっては命みたいなものですし」

 

 「………………そうだな」

 

 そのときの敦さんの顔を見ることが出来なかった。だけど、その異様な間と声色が、とても悲しげに聞こえたのは気のせいなのだろうか。

 なんのことだろう。

 知りたい。聞きたい。教えてほしい。この人のこと。もっと。

 無意識に、だけど強く、願ってしまった。

 

 「……」

 

 だけど、やめた。

 背中越しから聞こえる敦さんの悲しい声をこれ以上聞きたくなんてなかったから。

 だから、私はあえて話題を変えた。昨日から言えずじまいだったことを。私が言わなくちゃいけないことを。

 

 「あの、敦さん」

 

 「?」

 

 「昨日はありがとうございました。それと、私を庇ったせいで風邪をひかせてすみませんでした」

 

 こんなこと、正面からでは絶対に言えない。だからここで言うしかなかった。

 そうしないと、今までしてくれたことに対して、何も出来ないから。

 それを聞いた敦さんは、一呼吸置いたあと、いつもの調子で言った。

 

 「ま、それが聞けただけでもこうなった甲斐があったんてもんだな」

 

 「それどういう意味です!? 私が今こうして看病してるのは入ってないってことですか!?」

 

 「あぁ? そりゃ勿論入ってるさ。お前みたいな可愛いヤツに看病される機会なんざ、もうないと思ってたからな」

 

 「なっ!? ……っ。そんな軽口叩ける元気があるなら早く治してくだ……さい!!」

 

 これ以上変なところを見せないために、拭き終わった背中にタオルを思いっきり叩きつける。

 

 「痛ってぇ!!」

 

 「前は自分で出来ますよね! 私はもう帰りますから!!」

 

 痛がる敦さんには一切目をくれず、私はモデルルームのような彼の部屋を後にした。

 あぁもう! この人はなんていう殺し文句を!!

 無自覚で言ってるんやったら悪質すぎるやろ。

 どこのホストやねん!!

 

 「……」

 

 敦さんから逃げるように飛び出して、会社に戻る道中、ついさっきの会話を思い出してしまう。

 

 可愛いって……。

 可愛いって……!!

 

 「くぅ……」

 

 敦さんの肉声が、私の頭を何度もループしてしまう。私は熱くなる顔を押さえて、道の隅でしゃがみこむしかなかった。

 

 ●

 

 佐藤視点

 

 「ゆんってさ、敦さんのこと好きなのかな?」

 

 「あら、そうなの?」

 

 飯島が一足遅れて帰っていった矢先のこと、給湯室で八神と遠山がそんなことを話し出した。

 ADである彼女と、元々よく会社に泊まるのが習慣になっている八神がこの時間になってもここにいることは珍しいことではない。

 かくいう俺も、また仕事を押し付けられたわけだが。

 

 「なんか最近、敦さんのことよく見てたし、今日だって、自分から立候補したようなもんだしさ」

 

 「へぇ、なんて言うか意外」

 

 「そうでしょ?」

 

 「それもあるけど、コウちゃん、みんなのことしっかり見れてるじゃない」

 

 「そりゃあ私だってそれなりに気にはなるよ。私だって色々あったわけだし」

 

 こうして二人だけの領域を間近で展開することもいつものことなのだが。

 しかし、あの飯島が敦さんを?

 確かに意外ではあるな。

 敦さんいくつだ?

 確か32だから、年の差10は離れてるぞ。よくやるな。

 

 「私もさ、別に職場恋愛は否定しないよ。それで仕事が手につかなくなるなら問題だけど。みんなしっかりしてるし。りんはどう思う?」 

 

 「私!? 私は……そういうのはちゃんと応援したいかなーって思うわ」

 

 「……」

 

 遠山の声色が明らかに違う。これで八神は遠山の気持ちに気づいていないのはなんでなんだ。

 なんかもうちょっとイライラしてきた。

 

 「にしてもさ、問題は敦さんだよねー。あの人そういうの鈍感そう」

 

 「確かにそんな感じね。こういうのは、やっぱり相手の方もちゃんと気がついてあげてほしいわよね」

 

 「ねー」

 

 俺は無言で二人の頭をつかんだ。

 

 「「……!?」」

 

 左手で八神のポニーテールを雑にワシャワシャ。

 右手で遠山のボブカットを丁寧にワシャワシャ。

 お前ら人の気も知らないで。あと人の色恋沙汰にとやかく言うのもなんかイライラするからやめてほしい。

 

 「ちょっと佐藤! 何すんのよ!?」

 

 「なんかイライラしたから」

 

 八神は普通にキレて、遠山はなんでこんなことされたのかわからず困惑している。

 両手を離した俺は、今度はそのまま遠山の頭をつかんだ。

 

 「!?」

 

 「あのな、八神。そういうのに第三者が介入しても、ロクなことにならんぞ」

 

 そして遠山の頭を万力のごとくゆっくりと力を込めはじめる。

 

 「さ……佐藤君? 痛い……」

 

 「なんか、重みがあるわね。アンタが言うと……」

 

 俺の手のなかでカタカタと震える遠山を、八神はなぜか感心するような顔で言うのだった。




おまけというかちょっとした小話
敦さんが一日でも会社を休むと各チームのディレクターは体調不良を訴え出す。
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