NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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がらんのどう

 名波視点

 

 仕事帰り、私は車を走らせていた。

 家路につくわけではない。あるいは、うみこさんの迎えに行くわけでもない。もう一つ、私に任された大事な使命があるのだ。

 それは、彼。

 塩川柚貴のこと。彼の様子をうかがいに行くこと。あの人のお母様から押しつけられた無理難題。

 彼と出会ったのは数年前、まだ義務教育を受けていた時期だ。その頃から、柚貴さんはあんな風な立ち振る舞いをするようになっていた。

 幼少期から自分の容姿が原因で周囲となじめずにいたのは聞いている。それでも、彼の歳を取って行くのだ。そうなれば、いずれ一人で生きていかなくてはならない。そのために、少しでも社会と打ち解けて欲しいのだ。

 別に自分の全てを殺せといっている訳では無い。ただ、自分と社会、理想と現実。それらを摺り合わせて自分のちょうど良い点を見つけて欲しいだけなのです。

 事実に即し、己を律する。

 社会も同様であると勘違いしていた時期もあった私がそうではないと理解したように、柚貴さんにもそうなってくれることを願うばかりだ。

 

 「桜さんのこと。少々荒療治かもしれませんが、何かいい変化があればいいのですが」

 

 最近、柚貴さんが気まぐれに助けたという女の子。

 桜ねね。

 彼女は少々落ち着きが無く、危なっかしい性格と行動が目立ちますが、明るく気さくな人でした。案外、柚貴さんと打ち解けてくれるかもしれません。

 あの日以来、私も仕事が忙しくて様子を見に行けなかった。三ヶ月ほど経ったが、何か心境に変化があることを祈るばかり。

 

 やがて、柚貴さんが住まうアパートにたどり着く。車を止めた私は、彼が暮らしている部屋に向かった。時刻は19時を過ぎている。大学は夏休みに入っている。いつもの徘徊癖が出ていなければ、きっと部屋で寝ているはずだ。

 部屋の玄関に立ち、呼び鈴を鳴らす。きっと柚貴さんの性格からして、鍵はかけていないのでしょう。ですが、人の領域に入るとなるならば、どんな親しい相手にも礼儀というものに倣わなければならない。

 部屋にベルが鳴り響いて数秒後、玄関のドアが突然開いた。

 

 「っ――!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 咄嗟に現れた手首を掴む。私に向けられたそれに握られていたのは包丁。何をするためにそれを使ったのか、分からないほど鈍感では無い。

 私は深い呼吸を一つ突いた後、視線を降ろし、目の前にいるであろう人物に話しかける。

 

 「柚貴さん。これ、普通に殺人未遂ですよ?」

 

 「……チッ、うるさい!」

 

 刃物を持った手だというのに乱暴に私の手を振り払う彼は、私に殺意を向けても無駄だとわかったのか部屋の奥へと消えていく。

 正直言って、さすがに死ぬかと思いました。彼が開口一番でここまですることなど今まで……いや、多少はあったな。

 

 「失礼しますよ」

 

 改めて断りを入れて、柚貴さんの部屋に入る。

 彼の部屋は荒れていた。主に、スナック菓子や雑誌の類いがそのまま乱雑に散らかっていた。それだけで、彼がこれまでどれだけ荒んだ生活をしているのかを表していた。

 

 「自分の部屋くらいちゃんと掃除してください」

 

 「お前が嗾けてきたヤツのせいだろうが!」

 

 あぁ、桜さんでしたか。

 自由にして構わないと言いましたがここまでとは。

 だとすると、元々気性の荒い柚貴さんがいきなり斬りかかってくる理由もなんとなくわかる。いや、わかってはいけないな。一歩間違えれば大事件なのだ。

 

 「……大体、アイツは勝手だ」

 

 当の本人は何をしているのかというと、ベッドの上に寝転がり、手に持っていた包丁を何度もマットレスに突き刺している。

 

 「好きかってうちにやってくるかと思えば、オレに教えるのは電話番号だけときた。最近だってバイトが忙しいとかいいやがって、何だってそんな事でオレが苛々しなくちゃいけないんだ!」

 

 「…とりあえず、包丁しまってください」

 

 この言い回し。三ヶ月の間で関係が随分と発展したように見える。そもそも、彼が明確に人を拒絶するのは決まって無視から始まるのだ。

 彼は自分の好き嫌いで人と一緒にいないのだ。

 一緒にいても良いという感情が先、好き嫌いは後から来る。ある意味で動物的な彼だが、桜さんはおそらく一緒にいていい人間。

 そして、柚貴さんは桜さんに何かを求めていたということになる。

 柚貴さんには外からの刺激。あるいは、外部と関わり合いになれる人間が必要だと前々から感じていましたが、案外効果があるモノですね。

 元々、桜さんの人となりによるものなのでしょう。これなら、また経過を観察してみてもよさそうです。あの人にも良い報告ができそうだ。

 

 「名波、部屋、掃除しとけ」

 

 「……」

 

 やっぱり、あんまり変わってないのかも知れない。

 

 ●

 

 ねね視点

 

 「ねねっち、前に話してた人のこと、まだ怒ってるの?」

 

 「当たり前でしょっ。せっかく買ってきてあげたのにひどいよ」

 

 私はあおっちと一緒に帰りの電車に揺られてる。最近、デバッグのバイトとして、あおっちの会社に来たんだけど、その時に大学でできた新しい友達、ゆずっちのことを話したのだ。私をすごい技で怖い人たちから助けてくれたことも。昨日のアイスのことも。

 せっかく買ってきてあげたアイスを食べてくれなかったから。

 ひどいよもう。こっちも良いチョイスだと思ったのに。

 

 「私も、その人にお礼、言った方がいいかな」

 

 「あー。多分怒るかも。知らないヤツ連れてくるなって」

 

 「あはは、そっか」

 

 ゆずっちの怒りっぽさを話すとあおっちも苦笑いしてる。実際、あおっちも会ってみれば分かると思う。きっと会いたがらないと思うけど、ゆずっちの方は。

 

 「ねぇ、ねねっち」

 

 「何? あおっち」

 

 「気になってんだけどね、どうして柚貴さんをそこまで気にかけるの?」

 

 「え? うーんとね……」

 

 「もしかして、柚貴さんのこと好きだったり?」

 

 少し悩んでた私に、あおっちは悪戯めいた質問で私を困らせようとてきたのだけど、そのとき私はあまり動揺とかはしなかった。

 

 「どうなんだろ、なんかそう言うのとは違う気がするんだ」

 

 「えっ、なんで?」

 

 「前も話したけどね、あの日ゆずっちに助けてもらったんだけど、そのとき色々話してたんだ」

 

 私はトツトツと語り始める。つまるところの、恋愛感情とは少し違った感情をゆずっちに持っていた。確かに助けて貰ったときはカッコイいとは思ったし、顔をすごいきれいだし。

 女の子みたいだけど。

 

 助けてもらって、ゆずっちの部屋に行ってゆずっちの話を聞いてたとき、私は思った。

 ゆずっちは、自分が周りを拒絶してるんじゃなくて、拒絶させられているように見えた。自分の意思で拒絶していない。だから、自分のやりたいことすらちゃんとできてない。させてもらえなかったんじゃないかって。

 そういう意味では、空っぽなんだと思う。あの何も無いアパートの部屋と同じ。がらんのどうなんだ。

 

 「ゆずっちは、きっと寂しがりやなんだよ。でも、1人じゃないといけない、1人でいなきゃいけないって自分に無理やり言い聞かせるみたいだったんだ」

 

 それを見たとき、私は何故か、そうしたいと思った。

 ゆずっちの友達になろう。

 ゆずっちともっと話そう。

 ゆずっちと仲良くなろう。

 

 何故か、そう思った。

 

 「だからね、きっと私は自分がしたいからゆずっちを気にかけてるんだと思うの」

 

 可哀想とかそういう同情の気持ちじゃない。きっとソレは彼には必要しない。

 単純にそうしたいと思った。

 だから私は、あの日の翌日も彼の部屋にいたんだ。

 

 「ふーん、そっか。ねねっちもか」

 

 あおっちはどこか変に納得したように頷いた。

 私はあおっちの考えてることがわからず、そのままこの話はここで終わった。それと同時に乗っている電車が止まる。ちょうど、ゆずっちのアパートが近くにある駅だった。

 

 「ごめんあおっち、私、降りるね」

 

 やっぱり、今日も会いに行こう。きっと夏休みだから部屋にいるはずだ。

 あおっちと別れて電車を降りた私は改札を出た途端走り出した。目的地はもちろん、ゆずっちの家。この前喧嘩しちゃったけど仲直りしたい。

 ゆずっちが暮らしているアパートに着く。エレベーターもなく、階段を駆け上がる。彼の部屋がある回まで上ると、ある人と出会った。

 

 「あ、名波さん、こんばんは!」

 

 「こんばんは、桜さん」

 

 ゆずっちがお世話になっている人だ。黄色い髪を七三分けにしてちょっと変わった眼鏡をかけた人。彼の部屋の合い鍵を渡してくれた人でもある。

 手にはたくさんのゴミが入ったポリ袋が3つほど。

 

 「桜さん。柚貴さんにも言いましたが、部屋のゴミはちゃんと片付けてくださいね」

 

 「あっ! アハハ…忘れちゃってた。ごめんなさい」

 

 いつものうっかり癖が出た。漫画が面白くて時間を忘れて読み込んでいると講義の時間になって慌てて部屋を出てしまったのだ。

 ゆずっち、余計に怒ってるかな。どうしよう。仲直りできるかな?

 

 「ゆずっちはいるの?」

 

 「えぇ」

 

 「怒ってなかった?」

 

 「少し」

 

 「うぅ……」

 

 やっぱりだ。

 このまま部屋に入っても大丈夫なのかな。いきなり包丁とかで斬りかかってきたりしないよね。

 部屋の中で怒ってるゆずっちのことを考えると怖くなってしまう。でも、名波さんは落ち着いた言い方で話す。

 

 「ですが、きっと大丈夫ですよ。会ってあげてください」

 

 「ホント?」

 

 「えぇ」

 

 「わかった! じゃあ行くね!」

 

 名波さんと入れ違うように、改めて彼の部屋に向かいはじめる。

 きっと鍵はかけていないのだろう。玄関の前まで来れば、私は迷わず扉を開けた。

 

 「ゆずっち! 遊びに来たよ!」

 

 ベッドと電話機しかないアパートの一室。そのベッドの上で、ゆずっちは寝転がっていた。いつもの和服姿のままで。

 

 「……桜か」

 

 「あのー、もしかして怒ってる……?」

 

 「別に……怒ってない」

 

 「……やっぱり怒ってるよね?」

 

 「怒ってない」

 

 「いや絶対怒ってるよね!?」

 

 「怒ってないっつてんだろうが!」

 

 やっぱり怒ってる!

 名波さんの嘘つき!

 そりゃ、自分が部屋のゴミを片付けずに出ていったのは悪いと思ってるけど、帰ったら一緒に片付ければいいかなって思ってたし。

 相変わらず期限が悪そうなゆずっちは、ベッドから動かず話し出す。

 

 「桜、お前、今日は泊まってけ」

 

 「え?」

 

 ゆずっちは指差す。その先を見ると冷蔵庫があった。

 

 「……アイス」

 

 思わず尋ねてみるとゆずっちは何か出し渋るような声で呟くのが聞こえた。

 

 「……お前が買ってきたシャーベット、始末してけ」

 

 それはこの前買ってきた柚子シャーベットのことだ。でもゆずっちは食べないって言ったはずなのに。

 私は冷凍庫を開けてみる。

 冷凍庫の中には、2つあったはずの柚子シャーベットが一つになっていた。

 私はそれを見てすこし嬉しくなる。

 

 「なーんだ。やっぱり食べたんだ」

 

 振り返って見ると、ゆずっちはそっぽを向いている。こういうところ、猫みたい。

 素直じゃないんだから。

 冷蔵庫から一つになったシャーベットを取り出して、彼が寝転がっているベッドの脇に座る。

 黄色いプラスチックの容器を開けると、中には薄い黄色の中に混じっている柚子の皮と果肉が詰まったシャーベット。

 きっとゆずっちも、これを食べたのだろう。冷凍庫の中に入っていた木のスプーンを出す。

 

 「それじゃ、いただきまーすっ」

 

 「……」

 

 「?」

 

 スプーンで掬ったそれを口に運ぼうとした途端、後ろから視線を感じた。振り返ると、ゆずっちはそっぽ向いたまま。

 いいことを思いついた私は、自分が今食べようとしたソレを後ろにいる彼に向けて彼の名前を呼ぶ。

 

 「ゆずっち」

 

 「……なんだよ?」

 

 まるで猫のように遅れて私の方を向く彼の顔は、相変わらず気だるげな顔をしていた。

 

 「おいしかったなら食べていいよ」

 

 「……いらない」

 

 「もしかして、照れてたり?」

 

 「照れてない」

 

 「ふーん」

 

 「……」

 

 私は目を細めてニヤニヤと笑いながらゆずっちを見る。

 

 「ふぅ~ん」

 

 「チッ……わかったよ。食べればいいんだろ」

 

 舌打ちをしながらもゆずっちは了承してくれる。

 素直じゃないなぁ。もうちょっと素直なら可愛げあるのに。

 

 「じゃあ、あーん」

 

 シャーベットの乗ったスプーンをゆずっちの顔に近づけると、観念したゆずっちは顔を少し赤くしながら口を開ける。

 シャーベットがゆずっちの口に一番近くなったときだった。

 ──今だっ。

 

 「なーんちゃって、あげなーい!」

 

 シャーベットを私の口の中に放り込む。とうだ! 昨日のお返しだっ。

 改めてゆずっちの顔を見ると、口を開けたまま真顔になっている。

 

 「……………………」

 

 「……ゆずっち?」

 

 ゆずっちはそのまま固まっている。えっと、やりすぎた?

 もしかしてそんなに気に入ったの?!

 

 ほんのちょっと黙り込んだ後、その場でスッと立ち上がる。ベッドの上で立っているからすごく背が高く見える。電気の明かりのせいか、顔が影になってよく見えない。

 

 「…………帰れ」

 

 「ちょっ!? ゆずっち!」

 

 「うるさい! バカ! 死ね!」

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