NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
りん視点
「――!?」
それは、私が出社してきた時のことだった。
イーグルジャンプのビルの中に入る、いつも通りオフィスに向かう道中。
信じられない光景を目の当たりにした。
それは、それは……っ!!
「おはようございます。八神さん。今少しいいですか?」
「あ、ヨッシーおはよ。どうしたの?」
コウちゃんと親しげに話している男性の姿だった。しかも私の知らない人!
いや、全く知らないというのは語弊がある。見覚えはある。たしかこのビルの警備員の人だ。度重なるイベント周回に疲れ切ったような三白眼の据えた目つき、ほとんど変わることのない無表情をした彼に、コウちゃんはあだ名で呼んでいる。
な、何者!?
咄嗟に通路の影に身を隠して話を伺う。
「それがですね。昨日の夜に見つかったのですが、そちらのサーバールームのドアが壊れて内側から開かなくなっているんです」
「え? ほんとに? 大丈夫だったの?」
「はい。こちらは。それで、サーバールームに入る仕事はあったりしますか? もしかしたら閉じ込められるかもしれないので」
「……うーん、そういうのはトラブルでも無い限り入らないから多分大丈夫だと思うけど、わかった。教えてくれてありがとうね」
あぁ、ダメだ会話の内容が全然頭に入ってこない。あぁ、なんだか視界もクラクラしてきた。こんな風になったのは、佐藤君の好きな人が私かもしれないと勘違いしてしまった時だ。
ただでさえプレッシャーで押しつぶされそうなのに、こんなのって……。
「では、私はこれで」
「うん。勉強頑張ってね」
会話を終えたのか、その男性は早歩きで私の方向に歩いてくる。
「っ」
ちょうど私が隠れていた通路の影にさしかかったところで私と目が合った。
彼は小さく会釈すると、そのまま私が歩いてきた道のりを遡っていった。
「あ、りんじゃん。ちょうど良かった」
「こ、コウちゃん。今の人……」
「ん? あぁあの子。ちょっと知り合ったの」
「そう…なのね」
嘘だ。
どう見てもちょっと知り合った程度の仲では無い。それはさっきの会話で十二分にわかった。だって、コウちゃんが人をあだ名で呼ぶなんて、ひふみちゃんとうみこさん。どちらもそれなりに交友のある人たちばかりなのだから。
「それでさ、さっき聞いたんだけど、サーバールームのドアが壊れて内側から開かなくなってるんだって。青葉達らにも言っておいてくれる?」
「えっ!? えぇ、わかったわ」
「ごめんね。私ちょっと朝忙しくて。じゃあ、先行くね」
「うん……」
コウちゃんは詳しいことを何も言わず、さっきの人と話していた事を私に頼んで早足で言ってしまった。
私のいつまでも立ち往生してないでオフィスに向かわないと。
「……」
でもいつ知り合ったの?
確かに警備員と言うことなら夜にコウちゃんと知り合うことはあるかもしれない。
だけど、コウちゃんがそこまでするだろうか?
もともと夜になったらスカートを脱いで寝始めるのに。わざわざ彼と会う機会などそうそう無い。
そこまで考えてようやく自分の考えの自分勝手さを自覚する。
あぁ、ダメよ。これはあくまでコウちゃんのことなんだから。
入社したときは誰ともコミュニケーションを取ろうとしなかった彼女が、外の人間とも積極的に関わろうとしているのだ。
これは喜ばしいことなのに。素直に喜べない自分がはずかしい。
私は、私はどうすればいいのだろう。
●
青葉視点
「……なんか、他のブースが騒がしくない?」
「そうですね」
「なんかあったんやろか?」
今日も出社してきて作業を始めて1時間が経とうとしていた時、グラフィックチームのブース以外のところから感じる異様な雰囲気に、切り出したのははじめ先輩だった。
今日はちょっとりんさんの様子が変だっただけで、特に変わったことなど無いと思っていたのに。
「おい! 誰か手を貸してくれ!」
「!?」
なにかとても嫌な予感がし始めたとき、敦さんが大慌てでキャラ班のブースに飛び込んできた。あまりの人相に、ひふみ先輩もびっくりして声を出せないでいる。
「なにかあったんですか?」
「サーバーの一部がダウンしやがった」
「それってもしかして大変なことなんですか?」
「ヤバいどころの話じゃ無い。このまま全部ダウンしたら今まで作ったデータがパーだ! バックアップも何もかも無意味だ!」
「っ!?」
敦さんの言葉で、事の重大さを改めて知った私達は絶句する。それは私達の今までの努力が完全に無駄になってしまうこと。
そして期待されていたフェアリーズストーリー3が発売できないことと同義なのだ。
「な、何をすればいいんですか?」
「誰でも良いからサーバールームに行ってくれ。そこで冷房を全開にして、しばらく待機して欲しい。そんで、俺が連絡したらダウンしたサーバーの電源を入れるだけだ」
「えっと……」
正直言って、パソコンとかコンピュータに関しては素人に毛が生えたレベルでしか無い。モデリングの知識しか無い私達にそれができるだろうか。
という一抹の不安をよそに、敦さんは話を続けた。
「このメモに書いてあるとおりに進めれば大丈夫だ。冷房の方は温度をとにかく下げること。湿度は結露しない範囲に保ってくれるだけでいい。頼めるヤツいるか?」
「わ、私、行きますっ!」
この前、敦さんが風邪をひいたときのこともあったけど、今までの努力が水の泡になるのを知っていて何もすることなんてできなかった。
「そうか、頼んだぞ!」
私にメモを託すと、敦さんはキャラ班のブースを飛び出していった。
「アハゴン!」
「うみこです!」
「何でも良いからさっさとサーバー復帰させるぞ! 他のチームのプログラマーも呼んでこい!!」
ブース越しでうみこさんと話しているであろう敦さんを声を聞いて、私も急いでサーバールームへ向かった。
渡されたメモには、敦さんの連絡先と冷房やダウンしたサーバーの位置などが簡単な絵で分かりやすく描かれてて、私がやるべきことを簡潔に順序立てて書かれてあった。
「ここだよね」
私はメモを元にその場所までやってきた。
サーバールームというのは、何度か聞いたことがあるけれど来るのは初めてだ。ここに私達の今までのデータが詰まっている。いわばゲーム作りにおける心臓のようなところ。
学校の教室のように札などが立て掛けられてはいないけど、敦さんのメモからして間違いない。
無地の色をした重みのある扉を開けて、私はサーバールームの中へ入った。
「うわあ。涼しいっ!」
そこは夏なのにとんでもなく寒かった。空調の温度は……20℃!?
この前、八神さんと始め先輩とゆん先輩がエアコンの争奪戦でもめていた時の最低温度をも下回っている。
驚いている場合じゃ無い。早く頼まれたことをやらないと。
「まずはエアコンの温度を全開にまで下げてと」
敦さんに頼まれたとおり、空調の温度を下げられる限界まで下げる。表示にはLoと書かれた値までだ。いくら外が暑くても、こんなに下げた試しは私には無い。
「それと、これがダウンしたサーバーだね」
段取りの確認をするため、メモを元にダウンしていると思われるサーバーを見つけた。その最中に気がついたのだけど、サーバーと呼ばれる機械の音がすごくうるさい。
興味本位で触っても良さそうなところを触ってみるととてつもなく熱かった。確か、映画で見たことがある。大量の氷を使って、スーパーコンピュータを冷やしていたシーンがあったなぁ。
なるほど、だからこんなに空調を下げる必要があるのか。
「うぅ……長いこといると寒いなぁ」
しかも、この部屋は私達のいる広いオフィスとは違って狭い。
多分四分の一も無いと思う。
私の自室よりちょっと広いそこの空間で、この温度は半袖の私にとってはそれなりに辛かった。
でも、敦さんから連絡が来るまでは離れるわけには……。
「ん?」
そこで思いつく。別に、待つ間だけなら外でいて良いのでは?
と、一応湿度には気をつければいいと言われたけど、ちょこちょこ様子を見にくればいいだけだし。
こんな寒くて狭い部屋に長いこといたら本当に身体を壊してしまいそうだ。
そうと決まれば、さっさとここから出よう。
と、私はサーバールームの部屋から出ようとドアノブを回して扉を開けようとした。
ガンっ!
「……?」
ん?
開かない。
あれ?
引く方のドアだったのかな?
ガンっ!
開かない!
いやいや、そんなこと……そうか!
横に引けばいいのか!
ガンっ!!
開かない!!
「っ……!」
そこで、そこでようやく自分が、どういう状況にいるのか理解して、全身が真っ青になっていく感覚になった。
私……私……っ!
閉じ込められちゃった!?
●
佐藤視点
今日のイーグルジャンプは一段と騒がしい。
といわれても無理も無い。何せ、開発の心臓部であるサーバーの一部がダウンしてしまったのだ。最悪、発売そのものが中止になるかもしれない大事件。
とはいえ、プログラムに関しては完全に門外漢である自分に何ができるわけでもなく、ただ敦さん達がサーバーを復帰させてくれることに祈るしか無い。
一見、薄情に見えるかもしれないが騒いで解決する問題では無い以上、俺が首を突っ込んでややこしくするよりか、おとなしくしていたほうがいいだろう。
そう思って、屋上にタバコを吸いに行くために屋上に向かう道中、件の大本であるサーバールームの近くを通りかかった。
その時、
ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ドンドン ドンドン ドンドン ドンッ!!
「ん?」
サーバールームに近づくにつれて、リズム良く壁を叩く音が聞こえたので立ち止まる。おそらく、サーバールームの中に誰かいるだろうか?
ドアを叩く音だけで、必死さが覗えたのでそのままスルーするわけにも行かなかった俺は、とりあえずドアを開けてみることにした。
そこには……真っ青でカタカタと身体を震えて今にも凍り付きそうな涼風がいた。
「……何してんだバカ」
「ぅっぐ……えっぐっ……」
俺が扉を開けてくれて安心したのか、涼風は半べそかきながらゆっくりと俺に歩み寄ってくる。なんでグラフィック担当のコイツがサーバールームにいるのか分からんが、とりあえずただ事では無いのは分かった。
「寒いか? 寒いのか涼風」
サーバールームの冷房の強さは知っている。半袖でスカートの格好ではそうとうキツいだろう。
俺は震えながら歩み寄ってくる涼風を暖めるため、そっと抱きしめるように受け止め――
「小学生みたいに震えて」
る前にからかうことにした。
「っ~~~~~~!!」
このワードを耳にした涼風は真っ青だった全身を真っ赤に染めて、まるでヤカンのようにわかりやすい怒りを俺に示してくれた。
「よし、暖まったな」
●
「で、お前はなんであんなところにいたんだ?」
「それが、敦さんに頼まれてーー」
涼風が事情を説明しようとしているタイミングで、彼女のポケットから音楽が流れた。涼風はその音に反応してツインテールをゆらす。
「ちょっと待ってくださいね」
一度断りを入れてから、涼風はポケットから携帯を取り出して電話に出た。
「あ、敦さん。私です」
どうやら、相手は敦さんらしい。ここで色々状況を察した。要は、敦さんに頼まれてサーバールームに入ることになったのだろう。
そして、なぜか扉が開かなくなって閉じ込められたと。
「あ、もう準備できたんですね! わかりました。すぐに、はい、わかりました!」
どうやらもうサーバーの復旧作業は一応の目処が立ったらしい。前々から思っていたが敦さんの知識量は一体なんなんだ。
ゲームを作るプログラムとサーバーシステムを構築するプログラムとは、一見似てるように見えるが畑違いではないのだろうか?
しかもこの短時間で。
と、今更敦さんのハイスペぶりに感心しているうちに、涼風は電話を終えたようでまたサーバールームに入っていた。
「……」
アイツ、もしかしてさっき閉じ込められたこと忘れてるよな?
だとしたら、面白そうだな。どれ。
ここでまた意地悪したくなる。
多分だけど、このドア内側から開かなくなっている。つまり……。
ガンッ!!
ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ドンドン ドンドン ドンドン ドンッ!!
おそらく、敦さんの頼まれごとであるサーバーの復旧作業は青葉の操作で完了だろう。多少の遅れにはなったが、フェアリーズストーリー3が発売中止になるという最悪のシナリオは回避できたわけだ。
よくやったな。涼風。お前は偉大だ。
「さて……タバコでも吸ってくるか~」
「!?」
涼風に聞こえるように大きく声を出しながら俺は屋上へ向かった。帰り道に覚えていたら、拾ってやろう。