NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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なんでもっていった

 純視点

 

 今日もかなり遅くなってしまった。マスターアップが刻一刻と迫っているから仕方がないけど、ここまで残業続きだと正直辛い。

 早く帰って明日に備えようと、早々とサウンドチームの部屋を出た。

 

 ビルの廊下を歩いてるとき、僕は自分の右手を見る。

 

 滝本さんがサウンドチームの部屋に遊びに来てからしばらくたった。右手のやけどは滝本さんがちゃんと手当してくれたおかげで病院に行かなくてもよかった。

 だけどあの日以来、時間を縫ってはなんどもピアノを弾こうとした。けど結果は言うまでもない。そもそもなんで右手だけが動いたのだろう。

 ……だけど、今考えても多分無駄だよな。

 内心、自分を自嘲する。無理に決まってる。七年間もこの状態なんだ。もう諦めも着いてるはずなのにな……。

 でもなんでだろう。不思議な気持ちだ。

 喪失感こそあれど、もうこんなことで悩むことなんてないと思ってたのに。

 

 ここ最近ずっと続いているもやもやを溜め込みながらビルを降りるためエレベーターに向かった僕は思わず足止めてしまった。

 だってエレベーターの前には先客がいたからだ。しかもその人は、滝本さんだった。

 

 「「あ……」」

 

 振り返った滝本さんと目があって、体が反射的に反応してビクッと震えてしまう。それは滝本さんも同じだった。

 

 「えっと……その……き、奇遇です……ね」

 

 「うん……」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、滝本さんが相槌を打った途端にエレベーターの扉が開いた。

 どうすればいいんだこれ?

 僕も乗った方が良いのか?

 でも女の人とこんな狭い空間なんて……でもここで逃げちゃったら滝本さんに失礼だ。前もその……逃げちゃったし。怪談大会の時は、佐藤さんがいてくれたけど。

 前にも花男さんにドヤされたんだよなぁ。右手のやけどの手当のことのお礼と、逃げ出しちゃったことの謝罪。まだちゃんとできてない。

 ……やるしかないな。覚悟を決めて僕は改めて滝本さんを見る。

 

 「あの……滝本さん、今帰りですか?」

 

 「う、うん。そう……だよ」

 

 「じゃ、じゃあ……今日は駅まで送りますっ」

 

 「えっ……」

 

 滝本さんはキョトンとしてる。

 

 「……」

 

 数秒間の静寂のあと、僕は自分の発言を心底後悔した。

 や……やらかしたぁ! 絶対変なこと企んでるとか思われたぁ!

 滝本さんもキョトンとしたあと俯いてるせいで余計頭の中が真っ白になってしまう。それでも両手がジタバタと動かしてなんとか弁明しようとするけど、余計変に見えるかもしれないよどうしようっ! 

 

 「あ、特に深い意味があるわけでは…!!」

 

 「いい……よ」

 

 「え……?」

 

 「その……純君が、大丈夫…なら」

 ゆっくりと顔を上げた滝本さんの顔は真っ赤で、落ち着いてなかったけど、嫌がってるようには見えなかった。僕を変な人となんてとても思ってないと思えるほどに。

 ──そんなワケで僕と滝本さんは同じエレベーターに乗り込んだ。

 当然エレベーターの中にいるのは僕と滝本さんだけだ。

 僕はエレベーターの奥の右側。滝本さんは左側。やっぱり女の人とこんな狭い場所にいると緊張してしまうな。サウンドチームの部屋のときは、所謂僕のホームグラウンドだったから少しは落ち着いてられたけど。

 でも、ちゃんと当初の目的を果たさないと。僕は勇気を出して滝本さんの方を向く。

 

 「あの、滝本さん」

 

 「……何、かな?」

 

 「えっと……この前はこれ、ありがとうございます。あと、急に帰っちゃってすみませんでした」

 

 もう包帯がとれた右手を掲げて滝本さんに見せる。それを見た滝本さんもわかってくれたみたいだ。

 

 「痕……とか、残って……ない?」

 

 「はい、滝本さんがすぐに手当てしてくれたので」

 

 「そっか……よかった。私も、ごめん…ね……純君を、驚かせちゃって……」

 

 「滝本さんが謝ることじゃないですよ。こぼしちゃったのは僕ですし」

 

 「で……でも、純君の…お仕事、邪魔しちゃったの……私…だから」

 

 「それは……僕も滝本さんに同じことしちゃいましたし……」

 

 「でも……でもっ……」

 

 僕が非を認めても、滝本さんは頑なに自分のせいだと言って僕の非を認めてくれない。

 ……滝本さんって、結構ガンコなんだな。

 でも、滝本さんはやけどした僕の手を手当してくれた。それでもう滝本さんは十分に自分の非を償ってくれてるはずだ。

 最後に逃げ出しちゃった僕の非はまだ残ってる。滝本さんが、僕なんかにそこまで抱え込む必要なんてないのに。

 どうすれば滝本さんが納得してくれるのだろうか。

 考えたすえ、とっさに一つの考えが出てきた。でもこれ大丈夫かな?

 今度こそ変に思われるかもしれない。だけどこれ以上良い考えなんてたぶん思いつかない。

 ええいままよ。神様、どうかこのヘタレの僕に勇気をください。もう一振りでいいから!

 

 「じゃっ、じゃあこうしましょう! 僕が滝本さんのお願いを一つだけ聞きます。滝本さんは、その後に僕のお願いを一つだけ聞いてください。それで、この前のことはオアイコってことにしませんか?」

 

 ……って何言ってるんだ僕はぁ!!

 やっぱりこれ絶対変だよこれ!

 どうしようどうしようどうしよう!!

 おわった。今度こそダメぁ!

 言った直後に頭を抱えてしまう。

 

 「な……ナシで! やっぱり今のナシでぇ!!」

 

 後悔しても、もう遅い。あぁもうダメだ。やっぱりダメでしたよ神様ぁ……。

 こんなことならいっそ死にたい。このエレベーターごと誰か生き埋めにしてくれ。

 あ、でもそれじゃ滝本さんまで巻き添えに……。

 

 「──純君」

 

 「な……なんですか」

 

 滝本さんに呼ばれた僕は、頭を抱えたまま答える。

 もしかしたらゴミを見るような目で見られてるかもしれない。

 そうだろうなぁ。突然こんなこと言われたらそんな風に見られるよなぁ。

 

 「その……私からで…いいの?」

 

 「……ぇ?」

 

 思わず顔をあげると、滝本さんの目はゴミを見るような目ではなかった。ちょっとだけ照れてるように見えたけど。

 ていうか、私からってことはもしかして……。

 

 「いいんですか?」

 

 「うん……純君が、それで納得する…なら、私も…それで」

 

 「……あぁ~よかった。ホントすみません。変なこと言って……」

 

 滝本さんの言葉を聞いて、安堵のため息をこぼしてしまう。けどよかった。本当によかった。

 せっかく仲良くなれた女の人に嫌われたら、僕はもうショックで生きていけないかもしれなかったから。

 

 それと同時に、玉砕覚悟で勇気を振り絞った僕を賞賛するようにエレベーターのドアが開いた。どうやら、もう一階についたみたいだ。

 

 僕とのはエレベーターを降りて、会社を出る。なんだろう。エレベーターに乗っただけなのに体感した時間は一時間もあの場にいたような気分だ。

 駅まで送ると言ったからちゃんと駅まで送らないといけないのに、大丈夫だろうか。

 安堵もつかの間、また不安に煽られてしまうなか、滝本さんが話を切り出した。

 

 「……ねぇ、純君。その……どんなお願いがいい…かな?」

 

 遠慮がちに尋ねてくる滝本さんを見たとき、僕は笑顔で答えた

 

 「えっと…滝本さんがしてほしいことで、僕にできることならなんでも」

 

 僕なんかにここまで気を遣ってくれたんだ。変な失言を二回もしたとしても許してくれた滝本さんの頼みなら、僕もできる限り応えてあげたい。

 でもなんだろう。滝本さんの頼みごとってちょっと想像つかないな。

 

 「そう言われても……」

 

 やっぱり悩んでるな。公平にしようとして僕のお願いも聞いてくれるようになったけど、どんなことをお願いすればいいんだろ。あんまり失礼なことは頼みたくないし・・・・・・。

 

 「すぐじゃなくてもいいですよ。ゆっくり考えてください」

 

 「うん・・・・・・」

 

 ようやく会社を出てた僕たちは駅に向かって歩き始める。

 歩き始めるけど・・・・・・。

 

 「ねぇ…純君は、どんな…お願いにするの?」

 

 「えっと……実は、まだ決まってないんですよ」

 

 「そうなんだ……」

 

 「はい……」

 

 「「……」」 

 

 それ以降から会話が続かない・・・・・・っ!

 僕もそんなに面白い話ができるわけでもないし、滝本さんに無理させたくない。何か・・・・・・何かいい話題はないのかっ!

 

 隣を歩いている滝本さんを見る。結構近い。歩幅を合わせて歩いているから必然だけど、女の子とこうして歩くのも、滝本さんとちゃんと話すことができたときだけだ。あのときは、あたりが騒がしかったし、そこら辺に話題がたくさんあったからあんまり緊張とかしなかったけど、今回は静か過ぎる。

 滝本さんもやっぱり緊張してるみたいだ。居心地が悪そう。人との距離感がわからないのは、きっとお互い様なのだろう。

 前から思っていたけど、滝本さんってキレイな人だな。

 いや、冗談ではなく本当にすごく綺麗な人だと思う。今までほかに男性経験があるんじゃないかって疑ってしまうほどだ。それだけ、僕にとって美しいと思える。。隣で歩いている自分が、釣り合ってないんじゃないかとすら思える。

 ……何考えてるんだ僕は。

 これじゃまるで僕が滝本さんに気があるみたいじゃないか。

 そんなこと、あり得るはずがない。だって僕なんかに、僕…なんかに……。

 

 そこまで考えたとき、脳裏に焼き付いた記憶が頭をよぎった。

 

 ──出ていけ。

 

 ──お前の居場所などどこにもない。

 

 僕の頭にかつて突きつけられたら言葉がよぎる。

 うるさい。黙れ。違う──自分の中では何度もその言葉たちを否定した。だけどホントはわかっていた。

 ピアノが弾けない自分に価値なんてない。それは僕があそこにいた誰よりもわかっていたからだ。

 だって僕にはそれしかなかったから──

 

 「──純君っ」

 

 滝本さんの声が聞こえてようやく浮き足立った意識が地に着いた。

 慌てて視界を滝本さんのいる隣に向ける。滝本さんはすごく不安げな顔で僕を見ていた。

 しまった。今、滝本さんの隣を歩いているんだった。

 

 「ぁ……す、すみません」

 

 「大丈夫……? 顔色…すごく悪そう……」

 

 滝本さんは、足を止めてしまった僕に合わせて立ち止まってくれた。

 

 「えっと……その…あ、あれです! 最近夜遅くまで残業してたので少し疲れてて……、心配かけてすみません」

 

 「……そっか」

 

 咄嗟についた嘘。滝本さんは納得してるけど、そんな嘘、滝本さんに通じる訳ない。でも本当のことなんて、言える訳ない。

 きっと失望する。きっと悲しんでしまう。傷つけてしまう。

 本当の僕のことなんて、本当はピアノが弾けないことなんて、僕の曲を素敵だと言ってくれた滝本さんにだけには。

 

 「だから大丈夫ですよ。家に帰ってちゃんと休むので」

 

 「……わかった」

 

 滝本さんにはもうしわけないけど今は気丈に振る舞って、なんとかこの場を押し切る。

 すると滝本さんは、自分のポケットから自分のスマホを取り出した。すぐに画面を開いて何かを必死に操作している。滝本さんの指は素早くスマホの画面を駆けている。すごいな、SNSの時も思ってたけどこれなら五秒以内に返信してくれるのも頷ける。

 けど、何してるんだろう?

 

 「……滝本さん?」

 

 「ちょっと、待ってて……」

 

 しばらくすると、指を止めて向き合っていたスマホの画面を僕の方に見せてくれる。

 

 「これ……」

 

 長方形の画面に映っていたのは、ジト目をしたハリネズミの写真だった。

 このハリネズミには見覚えがある。滝本さんがSNSでいつも送ってくれた宗次郎の写真だ。でもこの写真は僕も始めて見たものだ。

 でも、なんで?

 立て続けに起こる不可解な事態を前に、さきほど思い悩んでいたことは忘却の彼方へと消えていった。

 

 「……滝本さん? これは?」

 

 「宗次郎の、写真……お気に入りの」

 

 言われてみてみると、なかなか可愛らしく移っている。ジト目で気だるそうなのもまた可愛らしい。

 

 「私……励ます時、何言えばいいか……わからないから…でも、元気…出してほしかった、から」

 

 「そ……」

 

 そんなことの為に、と言おうとしたけど堪えた。

 それは言っちゃいけない気がしたから。

 でも嬉しい。嘘だとわかってるはずなのに、そこまで心配してくれるなんて。

 

 「純君…笑ってる……」

 

 「え、そうですか?」

 

 「……うん」

 

 不思議と心が軽くなったような気がした。病は気から、と言うのはちょっと違う気がするけど確かに元気が出てきた。

 

 「あとね……こういうのも…あるの」

 

 「へーっ」

 

 画面をスワイプして別の写真が現れる。宗次郎がティーカップに入っている写真だ。

 ネットでよく見かけるけど、どうしてこうも、動物が何かに入っているだけで可愛く見えるのだろう。

 

 次は宗次郎がトイレットペーパーの芯に頭を突っ込んでいる写真。柄付きたわしみたいだ。深くハマりすぎて芯が抜けなくなってるのもちょっと面白くていい。

 

 そして次は宗次郎じゃなかった。ムーンレンジャーの画像のようだ。

 あれ? なんか髪の色がアニメの色と違う気がするな。金髪じゃなくて暗紅色の髪をしていてるし、イラストにしては妙にリアルに見えるけど。

 ……あれ? なんかこれ滝本さんに似てるような……いや滝本さんだこれ。

 え? どゆこと?

 

 「あの……滝本さん、これ…」

 

 「?」

 

 聞いてみると、キョトンとした顔のん滝本さんはスマホを自分の方に向ける。

 その途端、滝本さんの目が変わった。ていうか様子が明らかにおかしい。

 

 「○×△\(^o^)/☆※~!!」

 

 滝本さんは声にならない叫びをあげている。

 え、もしかして、さっきの画像、事故で見せちゃったの!?

 

 「た……滝本さん?」

 

 「……」

 

 スマホを持ったまま俯いてしまう滝本さんは、まるで世界の終わりに絶望してるようにみえる。

 僕もついさっきまでそんな感じだったのだけど……。

 だけど、しばらくすると僕の名前を呼んだ。顔を上げた滝本さんの顔は林檎のように真っ赤になっている。

 

 「…………純君」

 

 「な、なんでしょうか?」

 

 「内緒に……してくれる?」

 

 「も、ももももちろんですよ。誰にも言いません! 滝本さんが…その……コスプレが趣味だなんて…」

 

 「……っ!」

 

 しまった。失言した。

 余計なことまで言っちゃった。

 滝本さんはまた俯いてしまう。なんとかしないと……。

 

 「大丈夫ですよっ。その……コスプレも素敵な趣味だと思いますし、すごくよくできてましたし……」

 

 「……」

 

 ヤバいヤバいヤバい。どんどんよくない方向に進んでる。滝本さんの顔が只でさえ真っ赤なのに、湯気まで上がってきてる。

 どうしよう。もう弁目もフォローのしようもなくなってしまったような気がする。

 そんな滝本さんだけど、ボソボソっと何かを喋った。

 

 「……こ」

 

 「え?」

 

 だけど、あまりについて小さな声だったので聞き返してしまう。

 

 「……証拠…見せて」

 

 「証拠……ですか?」

 

 顔を上げた滝本さんの言葉に、まだついていけてない。証拠ってなんだ?

 

 「純君が…そんなことないって…思える証拠……」

 

 「そう言われましても……」

 

 流石に返答に困る要望が来た。

 証拠なんてなくても、誰にも言いふらすつもりなんてないのに。

 でも、どうしたら滝本さんを納得させてあげられる証拠を見せられるのだろう。

 ダメだ。思いつかない。

 僕がいくら考えでも思いつかないのを察したのか、滝本さんは自分から切り出した。

 

 「なら……明日、また純君の仕事場…行ってもいい?」

 

 ●

 

 滝本さんに証拠を見せてと言われたその翌日。

 出社する時には滝本さんに会うことはなく、そのままいつも通りサウンドチームに向かった。

 朝のうちは滝本さんはここに来なかったけど。

 そこから何の滞りなく仕事を初めてから昼休みになったわけだけど、そのときサウンドチームにいた先輩は、何かを察してサウンドチームを出て行った。

 ……僕はここにいるようにと念を押して。

 

 僕は出社前にコンビニで買ったパンでお昼は軽く済ませようとしたときだった。

 コンコンッ……と、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 先輩ではない。あの人はここに入るときにノックなんて丁寧なまねなんてしない。

 ディレクターさん達の場合、音もなくこの部屋に入ってくるからまた違う。

 

 でも心当たりはある。だから僕はドアの方へ向かい、ドアをゆっくりと開けた。ドアの向こうに立っていたのは……やっぱり、滝本さんだった。

 

 「お邪魔する……ね」

 

 「滝本さん……それ、なんですか?」

 

 僕はサウンドチームに入ってきた滝本さんが持ってきた荷物に目を奪われる。何かでいっぱいに詰まった紙袋と、白い箱のようなものだ。

 

 「……」

 

 尋ねても、滝本さんは何も話さない。持ってきた荷物を置いてから、何か紐状のものを取り出す。

 それをめいっぱいに伸ばして、コッチに向く。

 

 「滝本さん?」

 

 「……こっちに来て」

 

 「え? は、はい……」

 

 動揺を隠しきれないまま、僕は滝本さんのところに近づく。とは言っても、距離は昨日隣で歩いたときよりも離した。

 

 「ん……」

 

 すると驚くことに滝本さんから僕の胸板にグッと近づいてきた。

 女の人がいきなり近づいてきたので、思わず後ろめいてしまうと、滝本さんは不満げに呟く。

 

 「動かないで……」

 

 「あの……これは一体?」

 

 「なんでもって言った……」

 

 「……?」

 

 「なんでもって言ったっ……!」

 

 必死に訴える滝本さんを見ていると、昨日僕が提案したことを思い出す。お互いがお互いのお願いを一つ聞くというものだった。

 でも、滝本さんのお願いって一体なんなんだ?

 ここまでされても全然状況を理解できない自分が情けない。

 

 「……っ」

 

  滝本さんは、めいっぱいに引っ張った紐状のものを僕の体に巻きつける。

 一周すると、滝本さんはその紐状のものをジッと見つめる。

 言われるがまま、僕は滝本さんに身を任せるけどすごい状態なのでドギマギしてしまう。

 昨日隣で歩いてたときよりも近い距離だ。ここまで近いと、その……滝本さんの胸元が本能的に意識してしまう。

 右手を手当てしてもらった時の『あれ』がフラッシュバックする。

 ダメだ、また変なこと考えてる。

 滝本さんは真剣な顔で作業してるのに……。

 でも、滝本さんがやっているこれってもしかして……。

 僕は頭と中に浮かんだ心当たりを滝本さんに聞いてみることにした。

 

 「あの……これって、採寸ですか?」

 

 「……うん。じゃあ次はバンザイして」

 

 「あ……あの──」

 「なんでもって言った」

 

 「あ、はい」

 

 身幅の採寸を終えた滝本さんは、次は後ろに回って肩幅の採寸をするようだ。

 だけど滝本さんの手が肩に触れたとき、背中の真ん中あたりに柔らかい物が押し付けられる。

 こ……これってまさか……!

 心臓の鼓動がバクバクと自分の耳にまで聞こえてきそうになる。

 

 「……っ!」

 

 僕は突如としてやってきた柔らかい刺激に耐えられずに逃げ出そうともがいてしまう。

 だけど滝本さんは僕を逃がしてくれなかった。

 

 「あっ……動いちゃ、ダメッ……んっ!」

 

 逃げようとする僕を逃がすまいと、僕の背中にしがみついてくる。

 

 「~~っ!!」

 

 当然密着するので、さっきとは比べものにならないほど、滝本さんのそれが背中に押し付けられる。

 柔らかい……そして、大きい……!

 ふんわりというか、ふかふかというか、とにかくヤバい。

 お願いだから、早く終わってくれぇー!!

 

 一通り採寸を終わらせることができた。

 あぁ……疲れた。

 だけど、安堵もつかの間だった。次に滝本さんは持ってきたもう一つの荷物、箱のようなものから何かを取り出した。

 これは……ミシン?

 何でそんな物が会社に?

 

 「そのミシンは、どこから?」

 

 「会社の……備品…みたい」

 

 いやだからなんでそんな物が会社の備品として置かれているの!?

 と聞いてみたかったが、それを言い始めたらこの会社はたいていの物は置いてあるのでいちいちツッコんでたらキリがないからやめておこう。

 

 「ちょっと、机……借りる、ね」

 

 ミシンを手頃なスペースがあるデスクの上に置いて、紙袋からは市販と思われる黒いズボンを取り出す。

 滝本さんは長い裾ののズボンを膝下およそ10㎝ほどのところで大きなハサミで切ってしまう。そこからミシンで切ってしまった部分を次々と加工していく。

 すごい手際だ。モノの数分もせずに切ってしまったズボンの裾を直してしまった。

 

 「おぉ……っ!」

 

 思わず感嘆の声をあげてしまうほどだ。

 だけど、僕も薄々感づいてきた。さっきの僕の体を採寸したのは、もしかしてこれのため?

 だとすると、滝本さんがやってることってまさか……。

 加工し終わったズボンと一緒に、紙袋からはキレイに畳まれたシャツと黒いネクタイに、やたら長いベルト、指がない変な手袋、サスペンダーを取り出した。

 そしてそれを僕に渡すと──

 

 「……着て」

 

 やっぱり。

 これ絶対コスプレだよね。

 なんのキャラかはまだわからないけど多分知ってる気がする。

 でも、いくら衣装を用意されてもいきなりコスプレだなんて……。

 

 「なんでもって言った」

 「あ、はい」

 

 その日以来、僕は他人に、特に女の人に対して、なんでもするとは絶対に言わないと心に誓った。

 

 ──流石にいきなりこの場で着替えることは出来ないので、一旦滝本さんにはサウンドチームの部屋を出てもらうことにした。

 

 この部屋は完全に袋小路のため、外に滝本さんがいるかぎり僕は逃げも隠れも出来ない。

 だから腹をくくって渡された衣装を身にまとう。途中、背中のサスペンダーをつけるのがうまく行かなくて滝本さんに助けてもらったけどなんとか着れた。そのときにまた胸が当たってしまったのはもう恥ずかしいから思い出したくない。

 サイズは市販のもので揃えられたこともあって、ほとんど問題なかった。

 

 着てようやくこの衣装のキャラクターがわかった。確かこれ、文豪をイケメンにしたキャラクターたちが異能力で戦うヤツだ。

 万人受けするムーンレンジャーにこそ劣るけど、女性を中心にかなりの人気を集めてる今季の覇権アニメの一つだ。

 そして今は滝本さんに髪型を調節してもらっている。髪の色は僕と同じ白だから、ワックスでそのまま形にしてもらった。

 

 「これで……よしっと」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 手渡された鏡をみると、すごい出来だ。移っているのが僕とはいえ思えない。

 

 「じゃあ、撮るね」

 

 滝本さんはスマホを取り出して、コスプレ衣装に身を包んだ僕にシャッターを切る。

 不思議と満足げだ。さっきまてまずっと無表情で作業してたのに、えっへんと誇らしげ。

 

 「これで、オアイコ……だね」

 

 その上、昨日うっかり事故で見てしまった滝本さんのコスプレのことも、納得してくれたらしい。

 滝本さんはどう思ってるかわからないけど、その……コスプレした滝本さんもすごく可愛いかったな。そこまで隠すようなことでもないと思うのだけど、やっぱり恥ずかしいのだろうか。

 

 などと考えていると滝本さんはまた紙袋から何かを取り出した。

 今度はなんなんだ!?

 と、連続で起こる怒涛の展開に恐怖すら覚え始めた時、滝本さんが持ってきたのは二つの箱だった。

 思ったより拍子抜けだったこともあり、つい呆気にとられてしまう。

 

 「滝本さん……それは?」

 

 「お弁当……作ってきたの」

 

 「僕に・・・・・・ですか?」

 

 「うん・・・前、ここに来たとき・・・あんまり、ご飯食べてないって・・・・・・言ってたから」

 

 「滝本さん・・・・・・」

 

 確かにそんなことも話した覚えはあるけど、まさかそこまでしてくれるなんて思ってもいなかった。僕は料理はできないから基本的に食事は買って済ましてるから、こうして手作りのものは随分久しぶりだ。 

 

 「あとは・・・・・・口止め料として」

 

 「・・・・・・」

 

 前の千円札のことは反省してくれたんだろうけど、それならコスプレなんてさせなくても最初からそっちを渡してほしかったなと思う。それでも滝本さんのお願いを聞くといって、それがこのコスプレなのだとすればしかたがない。

 苦笑いしながらでも、僕は滝本さんが作ってくれたお弁当をうけとった。

 

 ――滝本さんはすごく料理が上手だった。

 今まで食べたお弁当のなかでも一番おいしい気がするほどだ。時間がないから急いで食べたけど、本当はもっと味わって食べたかったからすごく残念だ。

 

 「ごちそうさまでした。おいしかったです」

 

 「こちらこそ・・・・・・お粗末様です」

 

 お弁当箱を返すと、滝本さんもうれしそうにしてくれる。だけど、時計を見ると、もう昼休みが終わる時間だ。これ以上滝本さんを長居させるわけにはいかない。

 

 「滝本さん、ミシンは僕が返しに行きますのでもう戻ってください」

 

 「あ、うん、ありがと・・・・・・」

 

 「あと、もうこれ脱いでもいいですよね?」

 

 「ダメ」

 

 「え?」

 

 「ダメ」

 

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