NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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東京ゲーム展 裏 前編

 純視点

 

 アニメのキャラのコスプレをしながら仕事を再会する羽目になった僕が、いつもの格好に戻れたのは夜、帰りに滝本さんが衣装を持って帰ってくれたときのことだった。仕事中、帰ってきた先輩や花男さんにからかわれたわけだけど……。

 それと、ミシンはどうやら本当に会社の備品のようで、会社の倉庫にちゃんと片付けた。でも、何でゲームを作る会社にミシンなんてものが備品で置いてあったのかは、今でも不可解な謎だ。

 

 そして僕はなんとかその日を乗り越えられたわけだけど、どうやら滝本さんの『お願い』は、まだ完了してなかったみたいだった。

 

 ──そんなわけで、僕は今、とある都外の駅の入り口前にいる。そこは大きくて丸い植木がよく目立って見えるところで、待ち合わせにはちょうどいい場所だ。

 さらに言えば、そこは、僕と滝本さんがちゃんとお話をした場所でもある。そうつまり、4月にあったライブの時と同じ場所。

 あれから5ヶ月経ったわけたが、ここは年がら年中イベントを行っている。

 そして、今日ここで開かれるイベントは僕がいる業界ではかなりの一大イベントといえるだろう。

 

 そのイベントの名は『東京ゲーム展』。

 会場は千葉県にあるはずなのにどうして東京なのかは黙っておくとして、まさか僕がこのイベントにくるとは思わなかった。

 しかも、滝本さんに誘われて……。

 

 誘われたって言うか、衣装を返したときに半ば強制的に取り付けられたような形でだけど。

 やっぱり女の人に対して、軽々しく『なんでも』と言うべきではないなとつくづく後悔してしまう。

 とはいっても、滝本さんに頼まれたことが嫌だった訳ではない。少なくとも僕なんかを頼ってくれたことなのだからそれは、すごくうれしい。

 

 でもまさかこんな時間に待ち合わせだなんて。

 僕はスマホで時間を確認すると、7時と表示されている。つまり僕は始発でここに来た。それも滝本さんが指定した時間だ。

 それに、そろそろ待ち合わせの時間になるけど滝本さんはまだかな……?

 女の人と待ち合わせをするのはこれで二回目だけどやっぱり緊張するな。すると僕のスマホがメッセージを受信した。確認すると、滝本さんからだった。

 

ひふみん☆ 『今、駅に着いたところだから、もうすぐ合流できるよ(≧∇≦)b』

 

MASUDA 『わかりました。僕は前と同じ場所にいます。急がなくていいのでゆっくり来てください』

 

ひふみん☆ 『うん、ありがとう(*⌒▽⌒*)』

 

 滝本さんからのメッセージを見て、僕は少しだけ苦笑いする。

 スマホの画面で話してる滝本さんは、すごく饒舌だ。顔文字もよく使ってるし。

 SNSで話してた頃はよく知らなかったからあまり気にしなかったけど、リアルで話すときがあぁだと流石に違和感を感じないもの無理もないな。

 

ひふみん☆ 『あ、純君見つけたよっ。後ろ後ろヾ(≧∇≦)』

 

 追加のメッセージを確認した僕は、言われたとおり後ろを振り返る。

 そこにはスマホと二つの紙袋を携えた滝本さんが立っていた。僕はすぐに滝本さんの元に駆けていく。

 

 「滝本さん、おはようございます」

 

 「おはよ……純君」

 

 挨拶をすればやっぱりたどたどしく返してくる。やっぱりメッセージで話すときと全然違うんだな。

 

 「荷物、持ちましょうか?」

 

 「じゃあ…こっち、純君の衣装だから」

 

 「あ、はい」

 

 ここまでくればなんとなく察しがついてたけど、やっぱりコスプレするんだよな。

 東京ゲーム展は企業がゲームの紹介をするのが主旨のイベントだけど、来客の中にはコスプレをするブースも揃えられてる。

 紙袋を受け取って中身を確認すれば、前に滝本さんに着せられたアニメのキャラの衣装だ。中に何かモフモフしたものが混じってるけど。

 ……ちょっと待て。

 ふとある考えが浮かぶ。

 この紙袋が僕の衣装だとすれば、滝本さんが持ってる紙袋はなんだ?

 僕はたまらず滝本さんに尋ねてみた。

 

 「あの…、滝本さんも、コスプレするんですよね?」

 

 「うん……」

 

 ちょっと恥ずかしそうに滝本さんは頷く。

 やっぱりか……。

 考えるまでもない話かもしれないけど、多分滝本さんの衣装だろう。この前、滝本さんがコスプレしてる写真、見ちゃったわけだし。

 

 「それじゃ……行こっか」

 

 合流を果たした僕たちは会場に向かうことにした。

 

 ●

 

 僕たちは他の来場者達とは別の入り口から会場に入る。どうもそこはコスプレ用の更衣室のようで、早朝8時までに来場した人には早めに場所を提供してくれるみたいだ。

 

 「滝本さん、まだかな…?」

 

 そして衣装に着替えた僕は、一旦別れた滝本さんが着替え終わるのを待っている。やっぱり滝本さんもコスプレするみたいだ。さっきスマホで連絡を取ったらもう少しかかりそうだと顔文字を添えて送られてきた。

 僕の場合、最初のときはサスペンダーの付け方がわからずに滝本さんの手を煩わせたけど、二回目となると流石に一人でも着替えられる。

 髪型は、滝本さんがメモを用意してくれたお陰でそれも一人で整えられることができた。メモはすごくわかりやすかったけど、やたら顔文字が多かったのが気になった。

 滝本さんって顔文字使うの好きだなぁ……。

 

 「純君、おまたせ……」

 

 滝本さんの声が聞こえたので、声の方を向く。そこには、見たことのない滝本さんの姿に目を奪われてしまった。

 ウィッグをつけてたから一瞬誰だかわからなかったけど、朧気な瞳を見てすぐに滝本さんだとわかった。

 

 「……っ!」

 

 滝本さんが身にまとっていた衣装は前に見てしまったムーンレンジャーの衣装ではなかった。

 端に笹の模様が入れ込んである真っ赤な着物姿、何故か右腕の振り袖だけたくしあげている。首にはうさぎのぬいぐるみのストラップがついたガラケーがつるされている。

 滝本さんの衣装のキャラクターを、僕は知っている。僕の衣装のキャラクターと同じ作品のキャラクターで、事実上ヒロインとして登場してるキャラクターの一人だ。

 あのアニメには文豪たちをイケメン化してるけど、女性キャラも当然いる。ただ、患者を瀕死の重傷にしないと治療できない五千円札の人とか、相思相愛のブラコン自称妹とかで、特に序盤まともな女性キャラがいなかったんだよな。

 いや、でもむしろこれはこれで和服美人っていうかすごく似合ってる。コスプレと言われなければ普通の格好と差し支えないんじゃないのか?

 

 「その…あまり、ジッと…見つめ…ないで……っ」

 

 見つめられるのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてる滝本さんの声を聞いてようやく意識がハッキリした僕は、慌てて目を逸らす。……ダメだ、すごく綺麗だったから見惚れてしまった。

 でもいつまでも目をそらしていても仕方がない。目をそらしながらでもなんとか話さないと。

 

 「……その、すごく似合ってますよ」

 

 「~っ!」

 

 誉めたつもりだけど、滝本さんは余計に恥ずかしそうにしている。ヤバい……また地雷踏んだー

 だけど、それは杞憂だった。顔は依然とリンゴのように真っ赤に染まっているけど、その顔はどこか嬉しそうに見える。

 

 「ありがと……、知り合いに見せるの、初めてだから……緊張、してて」

 

 そういう滝本さんを見て安心する。

 コスプレって、人に見せる趣味だと言うのが僕の認識だけど、やっぱり知り合いに見せるのは恥ずかしいよな。知らない人の方がまだ緊張しなくてすむ気がする。

 

 「純君も、似合ってる…よ」

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 お互いを誉め合ってから、更衣室をあとにした僕らは、一般来場者達が会場に入るために並んでいる列の最後尾に並ぶ。

 一般来場者といっても、今日のゲーム展はビジネスデイ、つまり企業関係者が中心にやってくる日だ。当然、一般公開日よりも空いてる。だから列もさほど長蛇の列というほどではない。

 企業日とは言え、並んでる行列を見渡すと、僕達以外にもコスプレしてる人たちは何人かいる。

 みんな凄くアニメのキャラを再現してる。すごいな……。

 

 でもそのままの状態がしばらく続くことには変わりない。列に並んでる間、僕たちはどうしても手持ち無沙汰になる。

 

 「あの、純君……」

 

 「なんですか?」

 

 何か滝本さんが面白がるような話題はないかと考えていたら、意外にも滝本さんから話しかけてきた。

 滝本さんはもじもじとしながらたどたどしく言う。

 

 「その……今日は、来てくれてありがと……」

 

 まだイベントすら始まっていないのに、お礼を言うのは少し気が早い気がするけど、僕は滝本さんの話を黙って聞くことにした。

 

 「こうやって…コスプレする仲間とか……いなかった…から」

 

 「こっちこそ、誘ってくれてありがとうございます。こんなのめったに経験できないので」

 

 「……でも、ちょっとだけ…強引に、誘っちゃったし…」

 

 ……あれでちょっとなんだ。

 でも大した問題じゃない。言い出しっぺは僕だし、それでちゃんとそれを頼ってくれるのが凄く嬉しい。

 

 「気にしないでください。あの時は、ちょっと状況がわからなかっただけなので」

 

 「うん……」

 

 気がつくと、目の前に並んでる人たちが動き始めた。どうやら会場に入れるみたいだ。企業日だからか思ったよりも列の進みも早い。この調子ならすぐに会場の中に入れそうだ。

 僕たちは会場に入るため、前の列を追って歩き始める。

 歩き始めたとき、長い紐が足に当たるのが気になって足元を見る。このキャラはベルトが足元まで垂れてる。歩いているとどうしてもそれが気になってしまう。

 うーん。やっぱりこのベルト結構長いな。踏んづけて転ばないように気をつけないと……。

 

 「純君……」

 

 そう思っていると、滝本さんは歩きながら僕に声をかけてくる。何故か凄く深刻な顔だ。

 もしかして、何かトラブルでもあったのか?

 ならばすぐに係員の人を呼ばないと、と思ってもみたけどどうやら違うみたいだ。

 

 「覚悟しててね……」

 

 「え?」

 

 そう言った滝本さんの言葉に首傾げた僕だけど、会場に入ってから彼女の言葉を理解した。

 

 

 『──きゃあああっ!!』

 

 最初に聞こえたのは黄色い歓声。どこから聞こえるかと言うと、もはや方向すらわからない。ていうか囲まれてるから方向とか関係ない。

 

 『企業日にこんな素敵なコスプレを拝めるなんて……!』

 

 『まるで本物みたい!』

 

 『あれ地毛? すごーい!!』

 

 『こっち向いてくださいっ!』

 

 「あ、はいっ……」

 

 『こういうポーズお願いしますっ!』

 

 「……こ、こうですか?」

 

 『はいっ! そのままで!』

 

 奇声を発しながら僕たちを囲んでいる人たちは皆両手にカメラを携えている。撮影してるのも当然僕たち。

 一人一人応対してるあいだもパシャパシャと写真を撮られる音がする。

 コスプレって、こんなに人が集まるものなの!?

 

 あとこのポーズキッツ……。何故かさっきから低い体勢のポーズばかり要求されてる。

 

 隣を見れば滝本さんにもギャラリーがたくさん集まってる。しかも僕よりもずっと多い。やっぱり美少女キャラは人気があるのだろう。

 でも恥ずかしくないのかな?

 心配してもう一度見ていると、むしろノリノリで凄く楽しそうだ。さっき話していた滝本さんとはまるで別人に見える。

 

 『次はツーショットお願いします!』

 

 「えっと、わかりましたっ……た、滝本さんっ」

 

 隣に滝本さんを呼ぶと、当然滝本さんが集めてたギャラリーもドッと押し寄せてくる。

 その上、人だかりのテンションは天井知らずに上がっていく。

 この作品はいわゆるBL系……つまり腐女子系の二次創作もかなりあるけど、その中でも僕のキャラと滝本さんのキャラは普通の異性同士のカップリングとして人気だ。

 それがリアルで実現してるから、余計にテンションが上がっているのだろう。

 僕はこっちにきた滝本さんに耳打ちで話しかける。

 

 「す、すごい人の数ですね……」

 

 「うん……でも企業日だからまだ少ないほうだよ」

 

 「……!」

 

 滝本さんの言葉に絶句するしかない。

 重ね重ね思う。コスプレって、こんな大変な趣味だったの!?

 

 『次はこう、お互いの身を寄せ合うかんじで!』

 

 ギャラリー達が要求したポーズに息を呑む。ちょっと待って!

 いくらなんでも異性同士なのにそんなの恥ずかしすぎる!

 さすがに滝本さんだって嫌なはず──

 

 「わかりました」

 

 「!?」

 

 滝本さんは即答して僕に身を寄せてくる。うわっ……ちょっとほんとに待ってほしい。着物で締め付けられてるからわからなかったけど、また滝本さんの柔らかいあれが当たってる。

 滝本さん……完全にコスプレのキャラになりきってるみたいだ。雰囲気がいつもと全然違う。羞恥心が微塵も感じられない。

 

 『きゃあああ!』

 

 身を寄せ合う姿が余程絵になっているのか、ギャラリー達のテンションはまだまだ上がる。

 お願いします……ちょっと待ってください。あと一分だけでいいんで休憩させてください。

 こうしているの凄く体力使うんです……。

 

 でもギャラリー達はそんなこと許してくれるわけもなく、次々と僕たちを写真に収めていく。

 こういう写真って、どういう風に使われるんだろ。SNSとかにあげられるのかな?

 帰りに確認してみよう。もしかしたら上がっているかもしれない。

 

 『視線くださーい!』

 

 僕たちは次の要望に応えるべく、この状態で一人一人応対していく。

 

 「!?」

 

 ん? 滝本さんの様子がちょっと変だ。

 視線を要求されて向いた方角を見て何故か凄く慌てている。

 試しに滝本さんの視線の先を辿ると、3人の女の子のグループと、1人の男性が話していた。こっちには気づいてないみたいだけど誰だろう。

 滝本さんの知り合いかな?

 ……いやまて。

 女の子はともかく、男性に対して僕の琴線にかかった。

 普段の目のクマは無くなってたからわからなかったけど、あれ先輩じゃないか!

 ゲーム展には行かないって言ってたのになんでいるんだあの人は!

 しかもメディア露出用フォームに変身してるし!

 じゃあもしかして、あの女の子達って、滝本さんと同じチームの人!?

 まずい……先輩には前にも見られたけどこんなところで見られたら最悪だ。何とかして隠れないと。

 慌ててしまった僕たちは、ギャラリーを影にして身を隠そうとする。

 

 「純君……! その、隠れて──きゃっ!?」 

 「──うわっ!?」

 

 だけど、そのせいで気づかなかった。滝本さんが足元まで垂れてる長いベルトを踏んづけてしまったことに。

 

 腰から大きく崩れた重心は、とても立て直すことができない。

 僕たちは、身を寄せ合ったまま倒れてしまった。

 

 「ん……んんっ!」

 

 痛い……。背中がジンジンと痛む。

 頭は打ってないみたいだけど、転んだ衝撃のせいで視界がはっきりしない。

 僕が滝本さんの下敷きになったため、怪我はないだろうが、とりあえず大丈夫ですか? と言おうとしたけど、口が……なにか柔らかいもので塞がって喋れない。

 あと、さっきから聞こえてたはずのギャラリーの声が聞こえない。

 視界がはっきりしてきた時、僕が目の当たりにしたものは、青い瞳だった。

 凄く近い。文字通り目と鼻の先だ。

 この青い瞳は見覚えがある。滝本さんの瞳だ。なんでだ? なんで滝本さんの顔がこんな近くに──!?

 

 「「ん~~っ!?」」

 

 突然、滝本さんの顔が遠ざかっていく。その顔は真っ赤だ。

 と思ったら今度は真っ青に、次はピンクにとコロコロと顔の色を変えてパニックになってる。

 

 口を抑えながら後ろに跳んだ滝本さんは、声にならない声が響く。

 僕もここまで来てようやく理解した。

 

 どうしよう……僕、今……今っ、滝本さんにキスしてしまった!

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