NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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東京ゲーム展 裏 中編

 純視点

 

 ──思えば最近、滝本さんのことばかり考えてるような気がする。

 どういうわけが、滝本さんと初めてちゃんと話したこの場所に一足先に着いた時にそんなことを考えていた。

 

 考え始めたのはいつだった?

 無くしたウォークマンが返ってきてからだと思う。

 それ以来、出社する度にうっかり滝本さんに会えないかなとか無意識に考えてしまったこともあった。

 

 それだけじゃない。仕事の合間や家でくつろいでるときも、彼女の顔が頭に浮かんだことさえあった。

 

 ドーナツを持ってきてくれたとき、あの時は無理しなくていいと言ったけど、滝本さんが来てくれたことがうれしかった。

 

 花男さんが、滝本さんに手を出す男を始末してる話をしたとき、どういう訳かとても安心した。

 

 そもそも、弾けもしないピアノをまた弾こうなんて思ったのも、滝本さんが絡んでる。

 なんで弾こうと思ったんだっけ?

 そうだ。滝本さんが笑ってくれるかなと思ったからだ。

 滝本さんが僕の作った曲をすてきだと言ってくれたから、それがうれしかったんだ。

 

 僕の行動原理の中心には、いつも滝本さんがいた。

 

 僕が悩んでいることを、誤魔化したときも、滝本さんは深入りしなくても元気づけようとしてくれた。

 それも、本当にうれしかったな。

 

 ピアノの弾けない自分に価値なんてないはずなのに、あそこまでしてくれる滝本さんが僕には女神様にでも見えたのだろうか。

 

 いや、彼女は女神様なんかじゃない。人間だ。男の僕と話すことだって、本当は怖いはずなんだ。

 怖いこともあるし、きっと悲しくて泣いてしまうこともあるだろう。

 

 ならば僕には何ができる?

 

 そこまでしてくれた滝本さんがそうなってしまったとき、僕は、何ができるのだろうか?

 

 ●

 

 「滝本さんっ、こっち!」

 

 「え……ぁ──」

 

 滝本さんにキスしてしまった僕がその直後にしたことは、滝本さんをつれてその場から逃げることだった。

 不幸中の幸いにも、ギャラリー達は呆然としている間に抜け出すことができた。

 滝本さんの手を握った僕は、とりあえず人気のないところまでたどり着くことができた。企業日だということもあって人が比較的少ないのも運が良かった。

 けど、あんなたくさん人の前でキスしてしまうなんて……っ!

 

 「はぁ……はぁ……ここまでくれば」

 

 「……っ」

 

 いきなり走ったので息が切れる。胸の動悸も激しくなってる。それに滝本さんの少しつらそうにしてる。

 とりあえずここで休ませないと。着物だから走りずらかったはずだろうに……。

 

 「すみません……いきなりはしりだしちゃって──っ!」

 

 滝本さんのほうに振り返ろうとするけど、僕はすぐに目をそらしてしまう。

 無理だ……顔なんて見れない。だってキスしてしまったんだ。

 多分、滝本さんにとって、初めての……ファーストキスのはずだ。

 それを……あんな形にしてしまうなんて。

 最低だ、僕は……っ!

 僕がもっと落ち着いていればこんなとこにならなかったのに……。僕の不注意が招いた事態だ。

 もう、言い訳も弁明もできない。滝本さんにどんな酷いことを言われても仕方がない。

 

 「──ごめんね」

 

 「え……?」

 

 後ろから聞こえてきた言葉は、罵声でも暴言でもない……謝罪の言葉だった。

 思わず振り返ると、膝をついた滝本さんは涙で顔をぐちゃぐちゃにしている。

 

 「た、滝本さん……?」

 

 「私のせい……だよねっ……私が1人で……舞い上がったゃったから……」

 

 「っ……!」

 

 「私が……むりやり誘った……から、そのせいで…純君に、迷惑かけて……あんなことに…なって……私のこと、嫌いに…なったよね……っ」

 

 涙声で唸る滝本さんを見て愕然とする。そんな、滝本さんは悪くないはずだ。

 あのベルトだって、危ないだろうと気をつけていたのに、肝心なときに忘れてしまったのは僕のせいだ。

 なのに、この人は自分のせいだと言う。滝本さんのような人が、そこまで抱え込む必要なんてないのに。

 

 ふとそこで、かつての忌々しい記憶がまた蘇ってしまう。

 

 今でも鮮明に覚えている。

 間違えるたびに殴られた。泣いても許してもらえず、余計に殴られた。

 ピアノを弾いていた頃の僕には、暴力は日常だった。

 実の父親からの教育(暴力)は、それほど厳しかった。

 

 ──音楽の才能だけがおまえの価値だ。弾け。でなければ呼吸をするな。無価値な人間に呼吸する権利はない。

 

 なんで今更そんなことを思い出すのだろう。と考えたけど、理由はすぐにわかった。

 似てるんだ。あの時、あの場所にいた僕に、今ここで涙を流している滝本さんが……。

 僕も、こんな風に泣いていたから……。

 

 「……っ」

 

 ……そうだ。僕はいつだって見捨てられながら生きてきた。泣くことも許されず、音楽以外の価値を認められず、人間としての居場所もなく……それでも僕は──

 

 ──お前には何もできん。お前ごときが何ができる。

 

 また、聞こえてくる幻聴を、僕は強引に振り切る。だからどうした。だから見捨てろと言うのか?

 ふざけるな。もし僕が今ここで滝本さんを見捨てれば、それはきっと、かつての僕も見捨てることになる。

 

 それだけはイヤだ。ずっと気づかないフリをしていたけど本当は自分の気持ちに気づいていた。先輩や花男さんには否定したけど。

 僕はこの人にだけは悲しんでほしくない。そんな所は見たくない。

 今朝、滝本さんと待ち合わせてたときに思いふけっていたことを思い出す。

 

 あぁ、なんで僕があんなに滝本さんのことを考えているのかわかった。

 

 僕は好きなんだ。この人が。

 僕の曲をすてきだと言ってくれたから、逃げ出したいはずなのに勇気を出して会いに来てくれたから、僕を頼ってくれたから。

 だからそれに応えたい。その優しさに。

 

 「私……もう、純君には──」

 

 滝本さんが言い終わる前に、僕は動いた。

 理性はない。ただ考えるより先に体が動いたというヤツだ。

 

 「──ぁ」

 

 僕は目を閉じて、滝本さんの唇を塞ぐ。

 さっきと同じ感触が、また僕の唇に触れているのを実感する。

 それと同時に滝本さんの体がビクンっと震え上がるのが両手を肩に置いているからわかった。

 でも、それはすぐに落ち着いた。

 

 ──どれくらい時間がたっただろう。ものの数秒間の出来事のはずなのに、数分間かかったような感覚だ。

 さっきまで走っていたにしては、胸の鼓動もヤケにうるさい。そのくせ、ヤケに心地よいと感じてしまうからたちが悪い。

 顔を遠ざけて、目を開けたときに映った滝本さんの顔は、ポゥッと惚けていた。

 

 「純……君?」

 

 「……泣かないでください」

 

 声は、少しだけ震えてしまった。だけど構わずに僕は続ける。

 

 「迷惑だなんて思ってません。嫌いになんてなりません」

 

 彼女と目を合わすようにしてちゃんと話す。ちょうどポケットに入れていたハンカチで、涙を吹いてあげる。

 

 「だから、泣かないでください」

 

 すると、滝本さんは自分の唇に手を触れて何かを確認する。

 

 「……でも、今……き、キス……」

 

 「……」

 

 そこでようやく我に返る。そして自分がどれだけ恥ずかしいことをやらかしてしまったのかを実感してしまう。

 さっきまで倒れそうなくらい暑かったのに、今度は凍り付きそうなほどに体温がさがる。

 しまった。やってしまった。

 滝本さんになんてことを……っ!

 しかも今度は僕から。

 

 「す……すみませんでしたぁ!」

 

 「!?」

 

 言い訳のしようがないのはわかっているけど必死に口を動かして弁明する。

 

 「えっと……なんて言いますか、勢い……じゃくて、ノリ……でもなくて、その……滝本さんに泣いてほしくなくて、それで無我夢中で……それで…」

 

 なんでこんなことしたんだ僕は!

 ほかにもっとあったはずだろう!

 なんだよりにもよってあんなことやっちゃったんだ!

 死にたい、ていうか死ね、誰か殺してくれぇ!

 

 「……イヤじゃ、ないの?」

 

 「ぇ?」

 

 悶える僕に向かって、唐突に飛んできた訳の分からない質問に、思わず面をあげてしまう。

 

 「えっと…私に……したの、イヤじゃ、ないの?」

 

 滝本さんは恥ずかしそうにもじもじとしながらもう一度問いかけてくる。

 僕もようやく質問の真意がわかって余計に慌ててしまう。

 

 「そんなの……イヤじゃないに決まってるじゃないですかっ。だって僕は滝本さんのことが……」

 

 思わず口が滑ったくせに肝心なところで止まってしまう。でも、ダメだ。恐れるな。中途半端なんて一番最悪だ。

 恥ずかしくては逃げ出したい気持ちでいっぱいだけど、言おうと思った途端、胸の鼓動が破裂しそうになるけど、ここでやらなければ、多分一生後悔する。そしてそれはきっと、やってしまったことよりもずっと嫌だ。

 一呼吸置いて、僕は言った。

 

 「……僕は滝本さんのことが好きです」

 

 言った。僕がいま、滝本さんに想っている気持ちをを。

 まだ逃げ出したい気持ちが残ってる。まだ胸の鼓動は聞こえてくる。

 でも、もうこれを言えただけでつっかえたものがとれたみたいにすがすがしい気分になる。

 

 「~~っ!!」

 

 だけど、僕の告白を聞いた滝本さんは今までのどの顔よりも真っ赤に顔を染めてしまう。

 ムーンレンジャーのコスプレを見せてしまったときよりもだ。

 声にならない悲鳴で何を言っているかわからない。これは……どうなんだ?

 滝本さんはどう言っているんだ!?

 

 「……っ」

 

 滝本さんは耳まで赤くしたまま俯いてしまう。しまった。やっぱりダメだった。

 だけど、そう思った瞬間、滝本さんは一気に僕に迫ってきた。

 

 「──っ!?」

 

 息をのむ間もなく、滝本さんは僕の胸板に頭を寄せてくる。

 小さな両手で僕の衣装をギュッと掴み、そのまま顔を埋めてしまう。

 え? 何? 何!?

 一瞬何が起こったかわからずに、固まった僕は恐る恐る滝本さんに尋ねた。

 

 「た……滝本さん?」

 

 「……もう一回」

 

 「はい?」

 

 すると、小さな声がかすかに聞こえた。

 意味が分からずに聞き直してみると、滝本さんはグイッと顔を上げてくる。

 そのせいでお互いの顔の距離が一気に縮まった。

 間近で見る滝本さんの顔は、いまだに真っ赤で、その上何かを渇望してるような切ない顔だった。

 

 「……もう一回…して……っ」

 

 荒い吐息と一緒に流れてくる掠れるような甘い声とその言葉だけで、滝本さんが何を望んでいるか、僕にでもわかった。

 

 「──」

 

 僕はまた、滝本さんの唇に僕の唇を重ねる。これで3度目。

 触れるだけの幼いキス。

 だけど、滝本さんの唇の柔らかさ、汗と滝本さんの匂いが混じった香りが鼻腔を掠めて、それだけで脳を溶かしてしまいそうだ。

 

 「ん……」

 

 唇を離せば、ちょっと不満げな声が滝本さんの口から漏れる。

 閉じていた目を開けば、まだ足りないと上目使いで訴えている。

 

 「もう一回……んんっ…」

 

 期待に応えるように四度目の口づけを交わす。

 ここまで来ると勝手がわかってきた。僕は滝本さんの背中に手を回す。

 今度は触れるだけのキスじゃない。お互いの舌が絡み合っている。

 

 「ん……ちゅ、んっ……」

 

 僕よりの小さい滝本さんの舌のザラザラとした感触が僕の舌をなぞって、背筋をゾクゾクとさせて平衡感覚も無くなって立っていられなくなる。僕は、壁を背にして滝本さんを受け止める。そうすれば応えるように滝本さんも僕の後頭部に腕を回してくる。

 

 「ん……じゅん……くぅん……」

 

 体中の感覚がどんどん無くなっていき、滝本ひふみだけしか感じなくなる。いや、もう彼女しか感じたくない。

 

 ずっとそうしていたかったけど、息ができなくなった僕たちは酸素を求めてお互いを唇を離す。

 こう言うときは鼻で呼吸するとか聞いたけどそんな余裕なんてなかった。

 そんなものなど忘れるほど夢中になってしまっていたから。

 

 二人を挟む空間にはお互いの荒れた呼吸だけが響く。

 呼吸を整えながら、僕はゆっくりと切り出した。

 

 「……あの、滝本さん…もう、なんかいろいろめちゃくちゃになっちゃってるけど、前に話してた『お願い』……あれ、今使っていいですか?」

 

 「……」

 

 滝本さんはまだ呼吸が整っていないみたいだけど、それでも首を縦に振ってくれる。

 それを確認した僕は、ずっと考えていた『お願い』の答えを滝本さんに伝えた。

 

 「僕と付き合って……ください」

 

 数秒間の静寂のなか、滝本さんは息を整え終わってから、とろけるような顔で応えた。

 

 「……はい」

 




その後。

純君:その……そろそろ帰りましょう。あと……これも着替えましょう。

ひふみ先輩:これ? (自分の格好に今更気づく )

ひふみ先輩:~~っ!!(また顔を真っ赤にして泣きそうな顔をする)

純君:た、滝本さん?

ひふみ先輩:調子に乗りすぎたー! うぅぅ~~~!

純君:結局泣いちゃうんですかー!?
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