NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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東京ゲーム展 裏 後編

 純視点

 

 結局泣いてしまった滝本さんが完全に落ち着いたのは、一目を避けてなんとか更衣室ブースにまでたどり着いたときのことだった。

 

 コスプレ衣装から今朝会場にやってきた私服に着替えている間、ようやく僕自身も冷静になった。

 

 「……僕、とんでもないことしてしまったような」

 

 我に返って、滝本さんとのキスを思い出すと、また頭が沸騰しそうになる。

 いきなりキスしてしまって本当に良かったのだろうか?

 しかも四回も。最後のは舌まで入れてしまった始末だし……。

 生まれてこの方異性と触れ合った試しがない僕にとって、それの基準がよくわからない。

 そもそも、例の『お願い』をあんな風に使ってしまってよかったのかということについても、後悔の念を捨てられずにはいられない。

 滝本さん、二つ返事ではいと言ってくれたけど、あれは本当に滝本さんの本心なのだろうか。

 

 なんていうか、無理やり押し切ったというか、色々めちゃくちゃだったから滝本さんも混乱してしまってついはい、と答えてしまったのかもしれない。

 

 ……ダメだ。僕から告白したはずなのに、もう滝本さんとまともに話せる自信がない。

 キスした後の滝本さんのとろけた顔が頭をよぎって余計に恥ずかしくなる。

 反省と罪悪感、はたまた自己嫌悪故か、頭を抱えて唸ってしまう。

 

 「……純君?」

 

 「滝本さん!?」

 

 ──突然、どこからか滝本さんの声が聞こえて抱えていた頭を上げて周囲を見渡す。

 でも滝本さんの姿はどこにもない。更衣室の狭い壁が僕を囲っているだけだ。

 ならば滝本さんはいったいどこに……?

 

 考えた末、唯一信じられる可能性が浮かんだ途端、僕は声がしたであろう方向にもう一度話しかけてみる。

 

 「も……もしかして、壁の向こうにいます?」

 

 「……うん」

 

 僕の予想が本当に当たってしまった。

 即席で作られた更衣室ということもあってなのか、男女を隔てる壁も薄くなってしまったのだろう。

 

 ……ていうか、今滝本さん、着替えてるんだよな。あの壁の向こうに滝本さんがあられもない姿で……って何を考えてるんだ僕はぁ!!

 

 「──っ!」

 

 変な方向に飛んだ思考を、地面に頭を叩きつけて無理やり引き戻す。

 脳が揺れて一瞬だけ視界が霞んだけど、なんとな意識をハッキリと保てた。

 だけどよほど強くぶつけたせいか、壁の向こうから滝本さんの心配そうな声が聞こえてくる。

 

 「……純、君? 転んじゃった……の?」

 

 「いえ……大丈夫です」

 

 声は震えてしまったけどなんとか気丈に振る舞う。ただでさえ先ほどまで泣いてしまっていたのに気を遣わせるわけにはいかない。

 

 ただ、冷戦になった途端、少し不安になってしまった僕は思わず壁越しにいる滝本さんに聞いてしまった。

 

 「あの、滝本さん……、その、無理してないですか?」

 

 「……え?」

 

 「いや……なんか、ノリとか、勢いに流されすぎてるんじゃないかなって……思っちゃいまして……」

 

 「……」

 

 しまった!

 返事が返ってこなくて僕は焦る。

 

 「ち、違うんですっ! その、もしそうだったら滝本さんを傷つけちゃうんじゃないかって思って……それで」

 

 僕は滝本さんのことが好きだ。 

 だからこそ、この人に傷ついてほしくない。

 イヤなら正直にイヤだと言ってほしい。

 ウソをついて僕に余計な気を遣わせて、それで失敗なんてしたら大変なことになる。

 今更何言ってるんだと言われても仕方がないけど、壁越しから聞こえてきた滝本さんの声は、僕の不安を全てわかってると言わんばかりの声だった。

 

 「……そういうところ、だと…思う、よ」

 

 「……?」

 

 「純君の…素敵な、ところ」

 

 ちょっと恥ずかしがっているけど、滝本さんは懸命に言葉を紡いでくる。

 

 「……間違えたとき、素直に…謝るところとか、人が傷つくところを、ちゃんと気づいて…あげて、気にかけてくれる……ところとか…そんなの、普通、できないから」

 

 「……っ」

 

 たどたどしく聞こえるその言葉は、胸の中の感情がこみ上げてくるような温もりを帯びていた。

 滝本さんは話すのはあまり得意じゃないはずなのにそれでも、自分の気持ちを伝えようとしている。

 

 「だから……無理なんて、してない…よっ」

 

 僕なんかにそこまで言ってくれる嬉しさと逆にそこまで言わせてしまう情けなさが入り混じっているが、それがなぜか居心地がいいとすら感じてしまう。

 

 「……うぅ、言ってたら……恥ずかしく…なってきた」

 

 「む、無理しないでくださいっ」

 

 さっきみたいに唸る声が聞こえて、また無理してるんじゃないかとやっぱり心配になる。

 滝本さん、やっぱり話すの苦手なんだな。

 

 「……ぼ、僕はそろそろ行きますね」

 

 これ以上、滝本さんをこの状況に置くわけにもいかない。僕は着替え終わったし早いところ更衣室を出て滝本さんを待とう。

 

 「あっ……待って──きゃっ!」

 

 ──だけと、滝本さんは僕を呼び止めた。

 

 その時、滝本さんはどうしたかったのだろう? 呼び止めたかっただけなら、声をかけるだけよかったのに、僕のいる壁の方向に手を伸ばしたのだ。

 

 そう、即席で作られた更衣室の薄い壁。

 僕と滝本さんが普通に話してお互いの声が聞こえるほど、それは簡単な作りをしていた。

 

 だから、その壁が倒れるのはドミノのように簡単だった。

 

 「「あっ……」」

 

 とっさに更衣室から飛び出た僕は、壁に押しつぶされることこそなかった。いや、いっそこのこと壁に張り付いて支えるべきだったのかもしれない。

 

 だって、倒れた壁の上に張っていたのは、あられもない姿の滝本さんだったから。

 薄紫の下着姿で四つん這いになっている、それ以外なにも身につけていない滝本さんに。

 

 何が起こったのかわからず、その様を呆然と眺めてしまう。

 あの時の口づけと同じくらいの時間がすぎた後、滝本さんはその時と同じくらいの顔を真っ赤に染めてしまう。

 

 「○×△\(^o^)/☆※~!!」

 

 滝本さんの声も出ない悲鳴が、隔てる壁のない二つの更衣室に響く。

 この声、前にも聞いた気がするけど、今の僕はそれどころじゃない。

 

 「す、すみませんでしたぁーーー!!」

 

 僕は更衣室を飛び出した。

 

 ●

 

 更衣室を飛び出した僕は、しばらくして私服に着替え終わった滝本さんと合流した。

 その前に、更衣室ブースの空いているスペースの隅でなんども自分の頭を殴打したことは割愛する。

 

 そして今、会場を出てすぐそこにあるベンチに隣り合って座っているわけだけど──

 

 「……」 「……」

 

 会話がない。

 

 僕も何か話を逸らそうとしても、さっきの滝本さんのあられもない姿を思い出してまともに顔が見れない。

 

 ヤバい、見てしまった。思いっきり。

 滝本さんの下着姿。

 

 必死に忘れようとしても、面積の狭い薄紫の布地、露出した色白の肌が脳裏に焼き付いて離れない。

 その上、その前にその人と交わしたことがより一層それを引き立たせる。

 

 でも、いつまでもこうしていられない。これじゃ告白した意味がない。

 なんとかしないと……。

 

 「あの……」 「ねぇ……」

 

 「「……」」

 

 切り出すタイミングが被った。

 うわ……最悪だ。さっきの勢いがまるで嘘のようだ。なんでこんなにうまくいかないんだ……。

 

 「……純君?」

 

 「はっ、はいぃ?!」

 

 また悶々としてしまっていると、滝本さんがまた声をかけてきた。

 それがあまりに不意打ちすぎて変な声が出てしまう。

 しまった。滝本さんを驚かせてしまった。

 

 すぐに謝ろうと慌てた途端、滝本さんはなぜかクスッと笑みをこぼした。

 

 「っ……」

 

 「た、滝本さん?」

 

 「……なんだか、初めて…話した時……みたいだなって」

 

 「あ……」

 

 そういえばそうか。

 

 滝本さんのハンカチを拾ったときは、まともに話せなくて、ライブの日にここでちゃんと話せたんだ。

 あの時も、滝本さんが僕を引き留めてくれたから逃げ出さずに済んだんだよな。

 

 そうか、こうして滝本さんと話せるのも、滝本さんのおかげなんだ。

 なんとなく、さっき滝本さんが僕を引き留めようとした理由がわかった気がする。多分、告白の返事をちゃんとしたかったんだと思う。

 それがあんな形になっちゃってこんなことになったんだ。

 恥ずかしいはずなのに、勇気を出して。

 なら、今度は僕が勇気を出す番だ。

 

 意を決して僕は滝本さんの手を握って、彼女の青い瞳を見つめる。

 

 

 「滝本さんっ、改めていいですか?」

 

 「……うん」

 

 滝本さんも、目を逸らさずに見つめ返してくれる。

 いつものような朧気な瞳ではなく、覚悟を決めたようなまっすぐな瞳だ。

 

 あぁ、いざ言おうとすると本当に緊張するな。心臓の動悸のエンジンがオーバーヒートしそうだ。

 体も変にふわふわしてる気がする。

 

 でも、それでも僕は言った。さっきみたいにめちゃくちゃな形ではなく、ちゃんと向き合って。

 

 「滝本さんのことが好きです。僕なんかでよかったら、僕と、付き合ってくださいっ……」

 

 僕はまだ滝本さんを見つめる。

 言った後も心臓の動悸は収まることを知らない。余計にギアを上げて爆発しそうだ。

 

 「……なんかじゃないよ」

 

 滝本さんの答えは──

 

 「私も……純君が好き」

 

 ──変わらなかった。

 

 滝本さんは笑顔で僕の告白を受け入れてくれた。

 

 「……」

 

 「……」

 

 だけど、お互いの手を握ったまま何をすればいいのかわからなくなってしまう。

 

 ……あれ? この後どうするんだ?

 告白した→付き合ってください→OK

 

 この後どうするんだ?!

 キスとかするのだろうか? いやそれはさっき散々やったし。そもそもこんな平日の真っ昼間にやっていいものなのか?

 いやそれを言い始めたらこの告白自体どうなんだ?

 

 滝本さんも手を握ったまま、徐々に顔が引きつっていく。

 ヤバい、このままじゃまたふりだしじゃないか!

 

 「え……えっと、と、とりあえず、会社まで送ります」

 

 「……うん」

 

 いつまでもそうしてるわけにもいかない。そもそも今日は平日で、特例でこうしてるわけだけど用が終わったら早く会社に戻って仕事をしないといけない。

 今の状態でまともに仕事ができるかは怪しいけど。

 

 僕は滝本さんの手を握ったまま、ベンチを立ち上がる。

 とりあえず、滝本さんの彼氏として、最初の責務は滝本さんを会社までエスコートすることみたいだ。

 

 「……なんか、こうして…手、握るのって……恥ずかしいね」

 

 「そうですね……」

 

 さっきまで、こんなことよりもっと恥ずかしいことをやっていたような気がするけどそれは棚に上げておこう。

 余計なことは考えないのが吉だ。

 

 でも、滝本さんの手を握るのは初めてじゃないけどすごいドキドキするな。

 男の指とは違って、細くて、柔らかくて、温かくて、ほんのり心地よい。

 

 今までの女性と話すときの逃げ出したくなるようなドキドキではなくて、むしろずっとここにいたいと思うような、安心するような、そんなドキドキ。

 ふと目を横に向ければ、彼女がすぐそこにいるという幸福。

 多分、これが恋って言うんだろうな。

 

 ──だけど、僕たちのそんな幸福は儚くも砕かれることになった。

 

 「ひふみ先輩?」 「増田?」

 

 「「?!」」

 

 聞き慣れないアニメ声と聞き慣れた低音ボイスが、後ろから聞こえた。

 胸の中で踊っていたドキドキは、すぐさま絶対零度にまで落ちてゆく。

 

 忘れてた。

 滝本さんとキスしてしまった原因は、まだここにいると言うことを。

 

 「あ……青葉、ちゃん?」 「……先輩?」

 

 振り返れば、コスプレでギャラリー達の相手をしていたときに人混みの影から見かけた女の子が3人。

 薄紫のツインテールをした女の子、クリーム色のやたらフェミニンな格好の女の子、ショートカットのやたら動きやすい格好の女の子。

 そして、さっき見かけた時はやたらハンサムな格好をしてたのに、どこかやつれていろいろ見るに耐えない職場の先輩が、僕たちを呆然と眺めていた。

 

 「……なぁ増田ぁ」

 

 振り返ってから数秒、永遠に続くように思えた静寂を破ったのは先輩だった。

 

 

 「俺は今さっき、コイツらに元カノのことで散々弄られた」

 

 いやそれは知りません。

 でも意図がわからず僕は、聞き返してしまう。

 

 「そ……それが?」

 

 「よってコイツらの面倒はお前に任せる!」

 

 先輩は突然駅に向かって走り出した。

 速い。

 ちょっと待て! アンタそこまで運動得意じゃなかったろ!

 

 「ちょっ! やっぱり二人とも付き合ってるんですか?」

 

 「ていうか敦さん! まだ葉月さんのことちゃんと聞いてまへんよっ!」

 

 「滝本さん! 走れますか!?」

 

 「えっ……!? あ、うん……」

 

 「あ、敦さんもひふみ先輩も待ってくださーい!!」

 

 僕は滝本さんの手を握り直して走り出す。

 滝本さんと同じチームであろう女の子たちもパニックになってる。

 今しかない!

 

 走り出した僕は、心の中で自分の不幸を呪った。

 

 畜生……なんで…なんでこんなことになるんだよぉおおおおおおぉおおお!!

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