NEW GAME! ~omnibus love stories~   作:黒ゴマアザラシ

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マスターアップ前夜交響曲

 佐藤視点

 

 今日はイーグルジャンプでもっとも長い一日だ。

 社員は総出で泊まり込み、各々の作業を完了させるために没頭している。

 それもそのはずだ。

 なぜなら今日が、俺たちが今まで作り上げてきた『フェアリーズストーリー3』のマスターアップをする日だからだ。

 

 「遠山、指定されてたエラー箇所の修正、片づいたぞ」

 

 「佐藤君、お疲れ様。じゃあ、ちょっと休憩していいよ。そのあとはもうデバッグしてて」

 

 俺はADの遠山に、自分の持ち場のエラー箇所を修正を全て片づけたことを報告したばかりだ。

 ゲーム業界はマスターアップは徹夜というイメージが強いが、それはプログラミングのイメージで、グラフィックは比較的に早く片が付く。

 とは言っても、社員総出でデバッグをしているわけだが。

 敦さんに至っては今頃、プログラミングチームの連中と一緒に修羅場ってるところだろうが、そこは向こうの仕事なので俺は知らん。

 まぁ、ここ最近は仕事が立て込んでいたこともあって、八神は服を脱がないし、遠山はそれを肴に俺に愚痴を垂れることもなくなったから個人的に胃の調子はむしろいい。

 そう思っていれば、どうやら涼風も自分の仕事を全て片づけたようだ。涼風がキャラ班リーダーの八神に報告している姿が目に見える。

 入社して半年しか経ってないのによくここまでついてきたな。

 

 「今回は、佐藤君や宮本さんにはホントに助けられたわ。二人が背景班を回してくれたからちゃんと他の子達のスケジュール組めたし」

 

 「っても、お前だって俺らのスケジュールも考えてくれたろ? 背景班も兼任してるのによくやったよお前は」

 

 「うん……ありがと」

 

 微笑んでくる遠山を見てると、また胃がきりきりしてきた。

 とは言え、初めてのADなのに本当によくやったよ。俺だって、今までで一番よく動けたと思う。

 敦さんも遠山のことはそれくらい評価してた。

 だから葉月さんもADに指名したんだろ。

 

 「ちゃんとマスターアップできたら、しばらくはお休みだから、お互いゆっくりできるわね」

 

 「まぁな」

 

 そこでふと視線を感じた俺はその方向に目をやると、オフィスの壁から花男さんが顔を出してこちらを見ていた。

 

 ──誘いなさい! せっかくの有休なんだからデートにでも誘いなさい!!

 

 と、花男さんの必死な眼孔は訴えかけてくる。

 後でハリセンを見舞いしてやろうとは思うが、このままいつものようにヘタレたままではまたドヤされるに決まってる。

 この前だってなんだよあれは。

 お前の後ろに幽霊が見えるとか、自分でも突拍子もないことでうやむやにしてしまったことを早退したあと自宅のベッドで悶絶してた始末。

 

 何も言わず遠山の顔をずっと見つめてしまっていたため、遠山も少しキョトンとした顔で訪ねてきた。

 

 「・・・・・・佐藤君?」

 

 そこでハッとした俺は、体をわずかに震わせたあと、またキリキリと痛み始める胃の痛みを強引に押さえつけながら口を動かした。

 

 「・・・・・・遠山」

 

 「?」

 

 やる。やってやる。

 なんか最近、あのコミュ障で有名な滝本ですら彼氏ができたという話を耳にしたこともあってか、普段なら前見たくうやむやに誤魔化すはずだが今日の俺はなんか違う。

 

 「その・・・・・・今度の休みなんだが・・・・・・その・・・・・・お前がよかっ――」

 「――うぅぅ・・・・・・りん~~」

 

 だが、その決意の行動は、忌々しいアイツのうめき声とともに無様に崩れ去るのであった。

 

 「・・・・・・」

 

 何かを堪え忍ぶようなうめき声でふらふらとこちらに現れたのは、八神だった。

 おそらく、コイツもつい先ほど自分の仕事を片付けたのだろう。

 それに、今にも死にそうなのは、多分、仕事のせいじゃない。そんなもので倒れるほど、コイツは乙女じゃないからだ。

 

 「もうコウちゃん。変な声出さないの」

 

 「だって~。普段ならもう脱いでる時間なんだもん」

 

 「だーめ。まだみんな仕事してるのよ。もうっ、ねぇ佐藤君。佐藤君も言ってあげて」

 

 「・・・・・・」

 

 「・・・・・・佐藤君?」

 

 「すまん、ちょっとタバコ吸ってくる」

 

 「う、うん」

 

 この極限状態でも発揮される二人だけの空気に耐えられなくなった俺は、適当な言い訳をして逃げることしかできなかった。

 あぁわかってるよ。どうせ遠山の一番はコイツなんだよな。

 それなのになんで七年間も思い続けてるんだか、自分自身でも馬鹿馬鹿しくなってくる。これが惚れた弱みというヤツなのだろう。

 

 「あ、佐藤さんも仕事終わったんですか?」

 

 道中、なんか水色の髪をしたちっこいのが俺に声をかけてきた。

 

 「佐藤さん?」

 

 「あぁ、小学生かと思った」

 

 「ガーンッ!!」

 

 落ち込む涼風をよそに、一人屋上に出て好物のタバコに火を付けて煙を吸いこむ。肺の中に煙が一杯に詰まって、脳にニコチンが染み渡っていくのを直で感じる。これまでの鬱屈した思考も、これが聞いているうちは冴えてくるのだ。

 

 「佐藤君」

 

 柵の上に肘を置いて、紫煙に包まれた時間を過ごしていると、隣で俺を呼ぶ声が聞こえたので振り向く。この柔らかい声は遠山のものだとすぐにわかった。

 

 「なんだ?」

 

 「さっきはごめんね。コウちゃんったら、いつもあんな調子で」

 

 「……気にするな。そっちはいいのか?」

 

 「うん。ちょっと休憩」

 

 遠山に風で煽られた煙が行かないよう、すぐに火を消す。彼女は俺のすぐ隣で肘をついて風に当たっている。

 ビルの風で小さく揺れるボブカットを軽く手で抑え、紅色の髪が月明かりと反射する光景に、図らずも魅了されてしまう。

 改めて、彼女が美人であり、自分が惚れている理由が分からされる気がする。

 

 「こうしてると、初めてマスターアップしたときみたいで懐かしいね」

 

 「その時から八神は脱いでたから勘弁して欲しかったよ」

 

 「ふふっ、確かにそうだった」

 

 昔の話、特にフェアリーズストーリーの話は彼女が好きな話だ。あの頃から、八神の輝きはあの頃からずっと色あせていないのだから。

 八神を慕っている彼女なら当たり前だ。

 

 「あ、そうだ。確か佐藤君。あの時、私達が寝落ちしてるとき、いたずらしてたでしょ?」

 

 「そうだっけ?」

 

 「ほら、タバコの箱。頭に置いてたの気がついてたんだからね。それに私が風邪引いたときも」

 

 「なんだ、バレてたのか」

 

 その単語が出てきてようやく琴線に触れる。確かあの時は俺はまだ未成年だったから、敦さんのタバコの空箱を寝ている二人の頭に乗せて遊んでいたのだ。それを開き直って伝えてみると、わかりやすくむくれる。

 

 「もー、佐藤君って結構意地悪でしょ。さっきだって青葉ちゃんからかってたし」

 

 「からかい甲斐があるんだよ」

 

 確かにほぼ八つ当たりというか、ストレス解消として役立てている側面もかなりあるが、そこは伏せておこう。

 口では怒っている彼女だが、その表情はどこか穏やかで、寧ろ懐かしんですらいるようだった。

 

 「でも、私、こういうの好きだな。皆色んなことがあったけど、肝心な所は変わってない。そういうところを見つけるとね、同じ時間を過ごしているんだって実感できるの」

 

 そう語る遠山の瞳に映るまばらなビルの光からは、本当にかつての記憶をリプレイしているように見えた。

 そして、最後にニコッと笑ってみせる。

 

 「だから、私達も、ずっとこのままでいられたらいいなって」

 

 「……」

 

 彼女の言葉、それは優しさと慈愛で満ちたささやきだった。だがそれは俺の心には重くのしかかる。

 ずっとこのまま・・・・・・つまり、これからも永遠に無駄な片思い。

 

 「・・・・・・はぁ」

 

 「ため息!?」

 

 そんな俺を見て、誤解させたと思ったのか彼女は身振り手振りで必死に自分の真意を伝えようとしてくる。

 

 「ずっとこんな風に過ごせたらいいわね? ね?」

 

 「……そんなわけねぇだろ? お前はどうするつもりか知らんけど、俺たち全員、いつかはバラバラになるぞ」

 

 彼女の気持ちも分からなくはないが、あえて俺は否定する。

 理由は簡単。この仕事は長いこと続けられるような仕事では無いからだ。一番の古株の敦さんや葉月さんでも30ちょい。

 実際、この七年間で辞めた先輩を、俺は何人も見てきている。だからこそ、彼女の言葉を安易に肯定などできない。俺自身、いつまでこの仕事をやれるかわからない。下手な言葉で、彼女に無駄な期待は背負わせたくないのだ。

 

 「この会社だっていつ潰れるかわからないし、八神だって、こんな小さな会社で収まる器じゃ無いだろ?」

 

 「……佐藤君も、いつか辞めちゃうの?」

 

 「さあな。そうなる可能性の方が高いって話だよ。ほら、さっさと仕事に戻るぞ」

 

 戸惑う彼女を置いて、自分の心を圧し殺した俺は一足先に屋上を出る。一応、マスターアップ前で皆忙しいのだ。あんまり長く休憩を取っていては睨まれてしまう。

 俺だって彼女と同じ気持ちだ。俺が求めている形と彼女が願っている形は、決定的に違う。だから、言えるわけが無い。

 

 「で、でも宮本さんだって長いこと働いてるし」

 

 「俺は敦さんみたいになりたくない」

 

 オフィスに戻る道中で、ふと思う。

 あぁ、結局どこにも誘えなかったな。

 

 ●

 

 りん視点

 

 「アレ? どうしたのりん。落ち込んで、何かあったの?」

 

 佐藤君よりも一足遅れて背景班のブースに戻ってきたとき、コウちゃんが話しかけてきてくれた。

 

 「あ、コウちゃん。あのね」

 

 私はコウちゃんに、さっき佐藤君に言われたことを簡単に話した。佐藤君の言っていることは間違っていない。あそこで安易に肯定しなかったのも、彼なりの優しさだということはわかっている。でも、ここまで一緒だったのが、いつかは最初からなかったことになるのかもしれないと思うと、どうしても腑に落ちなかった。

 

 「確かに、何人も辞めちゃった人はいるよね。でもさ、佐藤だって今すぐやめるわけでもないじゃん? 気にしすぎだって」

 

 「……そう、そうよね」

 

 ここで、『コウちゃんは辞めたりしないよね』と本当は言いたかった。

 コウちゃんとはずっとそばにいたい。いてほしい。だけど、この前の警備員のこともある。彼女の意思を、自分のわがままだけで縛り付けるのは良くないことだと言うことは、十分理解している。

 なんだか、ずっともやもやしている。佐藤君が私の相談に乗ってくれたあの日。もっというと、佐藤君に励まされたときからだ。

 なんだか、自分の中で別の自分が生まれてきてるような感じがする。まるで正反対。だけど矛盾していないこの気持ちの名前を、私は知らなかった。

 

 「……」

 

 ふとデスクに飾ってある写真立てを見つめる。

 一つはフェアリーズストーリーを完成させたときの記念撮影。コウちゃんやチームの皆と撮った写真。

 もう一つは、私とコウちゃん、そして佐藤君の三人で撮った写真だ。

 私が同期の皆で撮ろうと言い出して撮ったのを、今でもよく覚えている。

 真ん中に映っているのは私。隣には一枚目の写真みたく落ち着かない表情をしているコウちゃんとちょっと困った顔をしている佐藤君。

 でも、皆笑っている。私の宝物。

 

 「……ダメなのかな。ずっとこのままでいたいって思っちゃ」

 

 ●

 

 敦視点

 

 「あ、あのーうみこさん? 敦さん?」

 

 「どうした桜?」

 

 「指定箇所のデバッグなんですけど……」

 

 「停止バグでもありましたか?」

 

 「……正解っ」

 

 「!!」

 

 「ひぃ! ごめんなさいっ!!」

 

 桜のちょっとふざけた声に反応したアハゴンは自分のデスクをブッ叩く。

 いつもは冷静なコイツがここまで取り乱すとは、それだけ追い込まれていることの何よりの証明だろう。

 実際ここにきて停止バグは俺自身も落胆の意を隠せないでいる。しかし、そんなことをしている暇は無い。

 

 「んで、どこで止まった?」

 

 「この辺なんですけど」

 

 「そうか。その辺りなら……」

 

 桜が見せてくれた画面の情報を下に、ある程度アタリを付けた俺は星の数に感じられるコードを確認し該当する箇所を見つけた。

 

 「ここと、ここと、あとこの関数の計算が暴走してるんだな。簡単な間違いだから担当に報告してくれ。直し方は――」

 

 「……」

 

 桜が担当の方に向かわせている合間、妙な視線を感じたのでその方を振り向く。そこには、少し目を丸くしたアハゴンが俺を見ていた。

 

 「なんだ? サッサと手を動かせよ」

 

 「いえ、相変わらず、見つけるのが早いなと思って」

 

 「まあ、これに関しては病気みたいなもんだ」

 

 「病気?」

 

 「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 普段は名字のことで言い争いになったりするが、俺自身も余裕が無い。下手に言い合いになるのも、身の上話をするのも好かん。

 今は目の前の作業を終わらせることに心血を注ぐしか無いのだ。

 複数のディスプレイを下に、それぞれのプログラムを同時に進めていく。

 と、そこで、デスクに置いていた俺の携帯が突然なった。

 

 通話のようだ。

 こんな真夜中に連絡するヤツなんてまるで検討もつかないが、忙しさの余りに画面を確認せずに俺は通話を始める。

 無論、作業を進めながらだ。

 

 『先輩助けてくださいっ!』

 

 耳を携帯に傾ければ、よく聞き慣れて最近リア充になったヤツの声が聞こえてきた。

 随分と慌てた声だ。

 

 「なんだ増田?」

 

 『今、変なところで音声バグが発生しまして』

 

 「どの辺り?」

 

 『えっと、コナーとの一騎打ちのところで急にBGMが止まって……』

 

 「見つけた」

 

 『えっ?』

 

 「これ、単純な計算間違い。式の前後が逆になってる」

 

 『えっと、あっ! 直りました! ありがとうございます!!』

 

 今にも泣き出しそうな声で通話を切られた。増田のヤツ、俺が教えてやってるんだからこれくらいのミスしないでほしい。彼女ができて気が緩んでるのだろうが、勘弁してくれ。

 というか、マスターアップ直前でなんでそんなミスするか。まぁ、可愛い弟子みたいなもんだししかたないか。あとで滝本でもけしかけてやろう。

 

 「なんで貴方は電話だけでバグの箇所と直し方まで分かるんですか」

 

 こっちが親切でやっているのに、そんな驚きと呆れの混じった声で感心するなこのあまんちゅ怪獣。

 

 「はぁ……桜さん、今日はみんな泊まりになりますのでこれで皆の分の栄養ドリンクや差し入れを買ってきてください」

 

 ため息をついていると、いつの間にか戻ってきた桜に声をかけていた。

 

 「イエッサー!」

 

 「……心配なので涼風さんも一緒に」

 

 「信じてくださいよ!!」

 

 ……まあ、桜って結構天然っていうか、無神経だよな。

 涼風も似たようなところあるけど、あれは人間味があるっていうか、桜の場合、ちょっと別の方向の問題があるんじゃないのか?

 なんかいたよな。こういうの。

 学生の頃クラスに2~3人くらいそんな感じのやつがいたなぁ。

 ちょっと懐かしく思ったところ、俺はプログラミングブースを飛び出そうとした桜を呼び止めて、財布から追加の金を取り出して差し出す。

 てか早いな。呼び止めなかったらほんとにピューッて会社を飛び出しそうな勢いだったぞ。

 

 「あ、桜。ついでにこれでケロリン社長、買ってきてくれ」

 

 「はーいっ」

 

 「買ったときは、レシートと領収書、両方とも貰っとけ」

 

 「レシートでいいんじゃないんですか?」

 

 「会社に報告するときに使うんだよ。忘れないようにメモでも書いてやるよ」

 

 レシートよりも、領収書の方が経費として使うために法的な効力を持つ。

 もし忘れたりしたら下手すりゃ横領と勘違いされることもあるからだ。

 もっとも今回の場合は俺とアハゴンのおごりだから気にする必要はないわけだが。

 

 「大丈夫ですよそんなの~」

 

 「ほーら動くなよー」

 

 俺は油性マジックを手にして桜の額にでかでかと領収書と、書いてやる。

 

 「ちょっ! もーっ! 敦さんのバカー!」

 

 額にでかでかと領収書の文字が書かれた桜は泣きながらプログラミングブースを後にしていった。

 そして、

 

 「買ってきましたー!」

 

 しばらくすれば、油性マジックの跡が残ったままの桜は、涼風と一緒に栄養ドリンクなどが入ったレジ袋を下げて帰ってきたわけだが……。

 

 「……なぁ桜」

 

 「なんですか敦さん?」

 

 俺はレジ袋の中身を確認した後、桜にゲンドウポーズをしたまま訪ねた。

 俺が額に書いてやったように、レシートと領収書を両方とも持ってきてくれた。

 そこは評価しよう。

 

 ……だが、どういうわけか、俺が頼んだケロリン社長はどこにもなかった。

 代わりに別のケロリンが二本、他は普通の栄養ドリンクの箱詰めやお菓子やジュースの類だった。

 

 「なんで大魔王なん?」

 

 「敦さんやうみこさんにはこれかなーって」

 

 「いや俺ちゃんと社長って言ったよね?!」

 

 おいちょっと待て。

 ちゃんと言ったはずなのになんでこうなった?

 涼風もいるから大丈夫と思ったが、まさかこんなミス? をするなんて。

 ていうか、ケロリンって社長より上があったのか。初めて知ったよ。

 てかなんで大魔王?

 会長とかじゃないの?

 

 「でもまぁ、飲んでみるか」

 

 「そうですね。私も飲んだことはなかったので、少し気になってはいましたし」

 

 どうやらアハゴンも珍しく乗り気みたいだ。確かに俺も普段は社長を飲んでたから気になってはいたんだよな。

 基本的に栄養ドリンクは飲まない主義の俺は、こう言うときに高い奴を飲む。

 常用してると慣れて効かなくなるんだ。

 

 箱を開けてみれば、普通の栄養ドリンクと比べてまた大層な包装と一緒に説明書まで入っていた。

 まあ、領収書を見れば三千円もしてたから普通の医薬品とは違うのだろう

 

 「なんだか緊張しますねっ」

 

 「飲む前からテンション高くなってどうするんですか」

 

 興奮している涼風に絶妙な突っ込みで答えるアハゴンは俺よりも先に大魔王を口にする。

 

 「・・・・・・?」

 

 てか、アハゴンってストロー使って飲む派なんな。

 そんなの一気に飲みゃいいのに。

 だが、大魔王を飲んだアハゴンの様子が変わったのは見るまでもなかった。

 

 「こ、これは・・・なんだか目がさえて・・・」

 

 「そんなに!?」

 

 「飲んでみますか?」

 

 桜はアハゴンから大魔王を受け取ると、早速口に含み始める。

 だが・・・・・。

 

 「・・・ウエ、なんか薬臭くてヤダー」

 

 ふむ、やはり桜にはキツすぎたか。コイツ結構甘いものばっか食べてるとこ見かけるから舌がなれていないのだろう。てかコイツの場合そこまで疲れてないだろうし。

 

 「ははは、ねねっちは舌がお子様だから。貸してよ」

 

 おい涼風、それを葉月曰くフラグと――

 

 「けほっけほっけほっ」

 

 「桜さんよりも子供っぽいですよ・・・・・・」

 

 だと思った。

 すげぇ涙目でむせ混んでやがる。

 佐藤が遠山の前でタバコ吸ってるときよりひでぇぞ。

 

 「ていうか、敦さんは飲まないんですか?」

 

 と、どうやら子供っぽいところを見られたところが気に障ったのか、涼風はちょっと怒ったような顔でこちらに矛先を向けてきた。

 涼風たちの反応が見てて面白かったから、いつ飲むのを忘れてしまった。

 さて、サッサと飲んで最後の追い込みといこうじゃあないか。

 今夜はトコトンまでつきあってやる。

 

 俺は大魔王の箱や包装を雑に開けて、およそ30mLしか入っていない瓶の中の液体を一気に飲み干すことにした。

 働き過ぎて頭がおかしくなっているのと、涼風達が見ているのも相まって、ちょっと調子に乗っているのを自覚してしまう。

 

 「あ、敦さん、後ろっ!」

 

 瓶を飲み干すために大きく煽ったとき、青葉の焦る声と同時に背後から気配を感じた。だが、その時にはもう遅かった。

 

 「ワアッ!」

 

 「ブハッ!」

 

 後ろから肩を大きく叩かれたと同時にやってくる大声と衝撃に意図せずとも、瓶の中に入ったどろりとした液体が気管に入ってしまい、大きく咳き込んだ。

 

 「っ……おま、桜なにしやがる!」

 

 「えへへ、さっきの仕返しですよーだ」

 

 振り返ると、俺の後ろでは桜がやってやったと言わんばかりの顔で笑っていた。コイツ…いいだろう。ここまでコケにされたら俺も受けて立ってやる。

 佐藤ほどにはいかんだろうが、俺の絶技がコイツの髪を昇天ペガサスMIX盛りにしてやろう!

 

 「この悪いガキめ、大人の俺が教育してやる!」

 

 「きゃーあおっち助けてー!」

 

 「ちょっ、ねねっちこっち来ないで-!」

 

 「仕事してください!!」

 

 ●

 

 純視点

 

 「これで、とりあえず完了かな」

 

 サウンドの部屋で一人、さきほど先輩に見つけてもらったバグを修正したばかりのこと。先輩にはこういう時に助けてもらいっぱなしだ。

 実際、僕にとってプログラム関係についてはあまり詳しくない。だけど開発が終盤になる頃には楽曲をプログラムに入れてる仕事もやるようになってくる。

 結構慣れてきたつもりだけど、やっぱり苦手だな。と、自分が音楽しかできない不器用な人間だと、改めて自覚する。

 とはいえ、ちゃんと解決できた。今はそれだけ評価しよう。

 

 「んー、ん?」

 

 大きく伸びをした途端、小さなドアの開閉音が聞こえた。誰かは言ってきたのかと入り口の方を振り向く。その時、視界に入った人物を目の当たりにして、僕は思わずドキッとしてしまった。

 だって、サウンドルームに現れたのは――

 

 「あ、純君」

 

 「滝本さん!?」

 

 一度目を疑ったが間違いではない。

 印象的な暗紅色の髪を、可愛らしい赤いリボンでポニーテール、それに対になるようなおぼろげな青い瞳。

 今日は黒を貴重にしたミニスカートのワンピースを身にまとっている。

 

 世の男性が見れば、それこそ魅入れてしまうであろうその美しい女性と僕は、この前から・・・その、恋人になったのだ。

 

 「・・・・・・えっと、お邪魔する・・・ね」

 

 「あ、どうぞ」

 

 僕は急いで滝本さんが腰を下ろせるように椅子を用意する。。

 それにしても、滝本さんが来てくれるなんて思ってもいなかった。

 慌てている反面、うれしくなっている自分がいるのがまた憎らしい。

 

 「その・・・・・・これ、差し入れ。こっちは、もう、お仕事終わった…から」

 

 滝本さんが来てくれたのと、滝本さんが座るスペースを作るのに気をとられて、手元がよく見えなかった。

 よく見ると、前のドーナツの時みたいに、お菓子や飲み物が乗ったお盆を両手に抱えている。

 

 「わざわざありがとうございます。僕も、さっき片付いたところだったんです」

 

 「じゃあ、ちょっと休憩、しよっか」

 

 「は、はい」

 

 お盆をデスクに置いて向かい合うように座る。けど、沈黙が続いてしまう。

 情けない話、滝本さんと付き合うようになってからほとんど話していないのだ。マスターアップ直前に告白した自分が悪いのだけど、あれ以来、会社で少し会うくらいしか一緒にいられていない。

 だから、あの時のことは本当は夢なんじゃ無いかなと思ってしまう自分がいる。

 

 「あの、なんていうか、夢なんかじゃ無いかなって思うんですよね。たまに」

 

 「どう、して?」

 

 「だって、その、滝本さんとこうして一緒にいられるなんて、思っていなかったので」

 

 本当はもっと堂々としているほうが、彼女も安心してくれるだろうけど、今の僕にはそんな甲斐性は無い。実際、ここまで色々花男さんや先輩に遠回しにからかわれてばかりだったからだ。

 相変わらずのネガティブ思考にふけっていると、滝本さんはふと僕の頬をつまんでムニーっと引っ張ってきた。

 

 「あ、あお…ふぁきもふぉふぁん?」

 

 「夢、じゃない、よ?」

 

 あ、やば、可愛すぎる。

 ちょっと前屈みになって首を傾げているのが、特にクる。頸動脈に直接、何かヤバい薬でも入れられているようだ。前はびっくりしてコーヒーをこぼしてしまったけど、今はこの光景を楽しむので頭がいっぱいだ。

 

 「私も、ね、最初は…夢かなって、思って、た。だから…ね、嬉しい、の」

 

 頬を赤らめている彼女を見ていると、僕も少しだけ触れてみたくなる。というか、触りたくて仕方が無い。もっと近くにいたい。

 不意に手が伸びて、滝本さんの頬をつまんで見せた。

 

 「っ、純…君?」

 

 「あ、すみません。あの、夢じゃ無いですよって、言いたかったんですけど」

 

 「……うん、あり、がと」

 

 「あ、いえ……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 また会話が途切れてしまう。ダメだ。変に意識して全然うまいことを話せない。彼氏として、ちゃんとリードしないといけないのに。

 これじゃ前来てくれたときと同じじゃ無いか。

 なにか無いか、なにか滝本さんが喜ぶようなこと……。

 

 「ねぇ」

 

 「は、はいっ!?」

 

 滝本さんの言葉に、肩が震えてしまう。というかもう、彼女の一挙手一投足が僕の心を狂わせる。今思うと、こうして腕をギュッとしているのも可愛いな。

 恥ずかしそうに何か言いたそうにしている彼女の答えを待っていると、

 

 「その、また、聞きたいな。純君の……曲」

 

 と言ってくれた。

 

 「え?」

 

 「だ、ダメ?」

 

 「いえ、大丈夫ですけど」

 

 いつかの時と同じ、僕の曲を聴きたいと言ってくれた。

 前回も会話に困って、僕が言い出したけど今回は、滝本さんからの直接のリクエスト。答えない訳にはいかない。

 とはいえ、最近は作曲する時間が無かった。一番新しい曲でもこの前聴かせたモノなのだ。フェアリーズストーリー3の曲も良いけど、今は仕事のことを少しでも考えて欲しくない。それに、せっかくだしなにか一工夫加えたい。

 ……そうだ。

 

 「あの、ちょっと待ってもらって良いですか?」

 

 僕は使っているパソコンを立ち上げて、少し操作をする。やることはそんなに難しくない。曲は決まった。楽譜もある。楽器を変えるだけ。

 それだけなら、DTMの独壇場。すんなりできるのだ。

 準備が整うと、僕は再生ボタンをクリックする。

 スピーカーから奏でられるその音色に滝本さんは反応してくれた。

 

 「これ、あの時…の」

 

 「はい、この前来てもらったときの曲です」

 

 「この音、オルゴール?」

 

 「そうです」

 

 今は真夜中だし、あんまり激しいのは好まないかなと思ってこの曲にした。でもそれだけじゃ物足りないから、一つ楽器の設定をピアノからオルゴールに。

 静かで落ち着いた音色。どこか懐かしく、安らぎを与えてくれるそれは、さっきまで落ち着かなかった滝本さんの目の色を変えてくれた。

 

 「なんだか、安心、する…ね」

 

 「喜んでくれたなら何よりです」

 

 彼女の瞳からは緊張は無く、ほどけた笑みを浮かべてくれる。柔らかくて優しいその笑顔は僕の視線を釘付けにして離さなかった。

 

 「純君、わらってる」

 

 「滝本さんも、ちゃんと笑顔できてますよ」

 

 「…ホント?」

 

 「はい」

 

 「おかしく、ない?」

 

 「はい。素敵です」

 

 「っ~~~~!」

 

 寧ろこれ以上美しい笑顔がほかにあるだろうか。それを、僕の作った曲で見せてくれるのだ。これ以上に幸福なことなど無い。

 でも、褒められるのになれてないせいか、せっかくの笑顔を両手で隠してしまうのだ。そんな仕草も可愛らしいわけだけど。

 

 「……ねぇ、もっと近くにきても、いい?」

 

 しばらく手で顔を押さえながら、彼女はそんなことを言い出した。

 

 「えっ?」

 

 「だ、ダ…メ?」

 

 「いえ、とんでもないっ」

 

 「じゃあ」

 

 滝本さんは立ち上がると、自分がさっきまで腰を下ろしていた椅子を持って、僕の隣まで寄ってきた。

 そして、僕の隣に椅子を置く。しかも物凄い近くで。そこまできて、やっと僕は滝本さんが何をやろうとしているのか気がついた。

 

 「……滝本さん?」

 

 彼女は今、僕の隣に座っている。それもほんの少し身体を寄せただけで触れ合ってしまいそうなほどに肉薄している。

 

 「あんまり、顔を、見られるの…恥ずかしい、から」

 

 こっちの方がもっと恥ずかしい気がするのですけど!?

 と声をあげたくなるけれど、それは滝本さんにとって僕はそれだけ気を許せる相手である何よりの証明だと解釈できた。

 とはいえ、本当に近い。

 呼吸とか、触れていないのに体温を感じる。等身大の彼女が本当に僕の隣にという感覚になる。目で見ることができない分、より敏感になってしまっている。

 

 「ん……」

 

 「っ!?」

 

 ただそれだけでも、僕の身には手に負えないほどなのに、彼女は突然身を傾けて自分の肩を預けてきた。

 

 「……なんだか、純君の、曲、聞いてると、こう…したくなって」

 

 「そ、そうですかっ」

 

 さっきまで感じていた体温が、肌に直接触れて伝わってくる。滝本さんもドキドキしてくれているのか、とても暖かい。

 そして、彼女の少し波打ったポニーテールが僕の頬をわずかに掠め、きめこまやかな感触と滝本さんの匂いが感覚を埋め尽くしていく。

 

 「……あれ?」

 

 不意に、滝本さんの呼吸のペースが変わる。落ち着いて、一定のペースを保った穏やかな呼吸。

 まさかと思って隣に視線を送ると、滝本さんは目を閉じていた。そして、スゥスゥと心地よさそうな寝息を立てている。

 起こした方がいいかなと思い、手を伸ばしたけどやめた。滝本さんも疲れているだろう。僕の曲で安心して寝静まってくれたのなら、寧ろ本望だ。

 僕は寄り合っている方の手を、彼女の手と絡ませて優しく包み込む。

 隣で感じる温もりと呼吸、そして優しい音色がこの小さな部屋を幸福な気持ちでいっぱいにしてくれる。僕も、少しだけ眠ろう。きっと幸せな気持ちで、朝を迎えられるはずだ。

 

 「……ん?」

 

 次第に瞼が重くなりつつあり、何度か長い瞬きをする瞬間。わずかに見えた視界に映ったのは、少しだけ開いたサウンドルームのドア。

 そこから覗くいくつかの人影。

 

 「!?」

 

 「あ、気付かれた」

 

 ドアの隙間から覗いていたのは、おそらく開発チームの面々。金髪の女性と紅色の髪の女性。その他、色んな女の人。

 というか、おそらく滝本さんのチームの人たちだ。手前の二人はよく見かけるし、後ろの方で隠れている人たちもゲーム展で見たことがある。

 彼女たちは色とりどりな表情をして、サウンドルームの様子をうかがっていたのだ。

 

 「ひふみんも隅に置けないな~、ラブラブじゃん」

 

 「ダメよコウちゃん。あぁでもこんなひふみちゃん初めて見たわ」

 

 「寝てる間に写真でも撮っちゃう?」

 

 「ちょっ! 起きて! 滝本さん起きて-!」

一番面白いと思ったシーン

  • 敦さんと青葉の絡み
  • 敦さんとゆん先輩の絡み
  • 純君とひふみ先輩の絡み
  • 佐藤君とりんさんの絡み
  • ゆずっちとねねっちの絡み
  • ヨッシーと八神さんの絡み
  • ななみんとうみこの絡み
  • 佐藤君と花男さんの絡み
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