NEW GAME! ~omnibus love stories~ 作:黒ゴマアザラシ
純視点
「・・・えっとあの、葉月・・・さん?」
朝の時間に面談の予定だった僕は、言われた通りの時間に打ち合わせ室にやってきたのだが、部屋には行ってきた矢先、異様な雰囲気の葉月さんが待ち構えていたので身構えてしまった。
「気にすることはないよ。増田君。さ、席に座りたまえ」
「もう、葉月さん。そんな威圧しないでください。面談になりませんよ」
妙に饒舌な葉月さんを、隣に座っている紅色のセミロングの女性に落ち着かせているを見て少し安心するけど、相変わらず葉月さんに対して気を抜いてはいけないと直感してしまう。
「えっと、失礼します」
とは言っても、逃げ出すなんてできない僕は、意を決して椅子に腰掛けて葉月さんたちと向かい合う。女性が二人もいる空間なんて本当なら緊張で動けなくなりそうだけど、今回の場合、別の緊張のほうが強い感じがする。
でも、先に口を動かしたのは、葉月さんでは無く隣の女性だった。
「増田君と話すのは、発売日以来になるけど改めて自己紹介するわね。私は遠山りん。次回の開発からプロデューサーをさせてもらうことになったから面談に参加させてもらってるの」
「あ・・・はい。よ、よろしくお願いします」
あぁそういえば、この人、僕が発売日に滝本さんと一緒にお店に並んだあとに、滝本さんに話しかけていた人だ。プロデューサーってつまりこのチームでも相当偉い人ってことになるのか。うわ・・・そう考えると余計緊張してきた。
「それじゃあ本題に入ろうか。とりあえず、今回の開発の感想や反省、思ったことならなんでも聞かせてくれ」
形式のような挨拶が終わり、本格的に面談が始まる。前にもこういった機会はあったけど、今回はやっぱりいつもと違う気がする。
「・・・そうですね。仕事とは関係ないことも多かったんですけど、今回の開発は・・・僕にとって色々初めてなことが多かったです」
隠すなんてことができるほど、語彙力に自信がない僕は思ったことを正直に話した。
正直言ってこの半年間、本当にいろんなことがあった気がする。
まさかSNSで話していた人がまさか同じ職場の人で、それが滝本さんだったりして。
滝本さんに自分の作った曲を聴いてもらったり、七年前からずっと目を反らしていたピアノと向き合って、なぜか少しだけ弾けて、そのことで滝本さんにちょっと励ましてもらったりして、一緒にコスプレとかしたりして、滝本さんと恋人として付き合うように、キスしたり、デートしたり、手を繋いだり――
「・・・」
なんか全部滝本さんのことばっかりなんだけどぉ!!
ここ半年前のことを思い出しているといたたまれないほど恥ずかしくなる。記憶のページのどこかに、必ず滝本さんがいて、彼女のことを考えていたことばかり覚えている。
何これ・・・思い出しただけでメチャクチャ恥ずかしい!
「やっぱり、ひふみちゃんとお付き合いするようになって色々変わったのかしら?」
「――っ!?」
遠山さんが突然、思っていたことをえげつないほどにストレートに抉ってきたせいで、僕は動揺を隠しきれなくなった。ついオーバーなリアクションまで取ってしまうほど。
そして、すぐに気づく。滝本さんの名前が出てきた途端、葉月さんの目の色が変わった。
「ふ~ん。やっぱり噂は本当だったんだねぇ」
「葉月さん・・・?」
「ふ~ん? ほ~ん? へぇ~?」
あぁ、なんで葉月さんがこんな風になってるのかわかる。
花男さんが言っていた。
葉月さんは女の子が大好きなんだけど、特に滝本さんが一番のお気に入りのようなのだ。葉月さんからしたら、花男さんと同盟を組んでいるのは十中八九これが目的なんだろう。それが僕みたいな男と付き合うようになったのだからこうして異様な雰囲気になっているのだろう。
うわぁ・・・これ本当に居づらくなってきたぞ。
「それで、実際どこまでやったんだい? ん~?」
完全に圧迫面接のような圧力で葉月さんは僕に迫ってくる。
っていうか、どこまで行ったかって・・・そんなの言えるわけ無いじゃないですか!
しかも余計なこと言ったらそれはそれでとんでもない目にあう気がする。
「もう葉月さん、あまり増田君をいじめないでください」
あまりに暴走しすぎた葉月さんを見かねた遠山さんが、僕に助け船を出してくれたおかげで少しだけホッとした。
「だって仕方ないだろう」
「だってじゃありません! 全く、いい加減にしてください。そんなんだから青葉ちゃんにもあんなこと言われるんですよっ」
・・・なんか、毎度毎度思うけど、この会社の立ち位置って上司と部下の力関係が逆転してしまっているような気がする。葉月さんがこうしてメンバーの意見をちゃんと聞いているからなのか、それとも自分が好き勝手やっている分、周りにも好き勝手やらせているからなのか。
それと佐藤さん、面談で何があったんだろう。割と面識があって話すこともあるから気になるんだけど。
「ごめんね、増田君。葉月さんちょっと変わってるけど気にしないでね」
「あ・・・はい」
遠山さんに横槍を入れられたせいで、どこか不満げな葉月さんではあるが、しぶしぶ面談を続けるようになったらしい。
「それじゃあ、増田君。目標とかある? やりたいこととか」
「今後のこと・・・ですか?」
「うん。何か新しいことにチャレンジしてみたいとか、そういうの、ない?」
「……」
その質問に、僕は沈黙で答えてしまう。
「……そう、だよね。いきなり言われても困っちゃうか」
「いえ、あの」
「ごめんね。変な事聞いちゃった」
「……」
申し訳なさそうな顔をする遠山さんを見て、僕はますます何も言えなくなってしまった。
「どういうジャンルの曲を作りたいとか、そう言うのでも良いの。増田君の曲はどれもすごく好評で、サントラの売り上げも良い数字が取れてるし、今のままでも十分すぎるくらいだから」
「……ありがとうございます」
確かに、僕の作る曲の多くはアニメ関連だったり、ゲーム関連のものだったりする。
理由は単純。この業界は僕の名前を知らない人が多いから。それ以外の場所で、僕が音楽に関われることはできなかったから。
「ただ、一応参考までに聞かせてもらってもいいかな? 増田君はどんなジャンルの曲を作っていきたいと思ってるのかなって思って」
「……」
遠山さんの言葉を聞いて、一瞬、脳裏に浮かんでしまった。
『ピアノ』
「増田君?」
「あっ、すみません。何でもないです」
無意識のうちに口に出ていたらしく、慌てて誤魔化すように笑いながら手を振った。
「そっか。まぁ、増田君も色々考えてる時期だと思うから無理には言えないけれど、もし良かったら教えてほしいな」
「はい。わかりました」
結局、僕は曖昧な返事しかできなかった。
もちろん、遠山さんが悪いわけではないのだが。それでもどこか後ろめたさを感じてしまう。
だけど、今はこうすることしかできない。
―――僕自身が、まだ迷っているのだから。
●
面談を終えた僕は小休憩もかねて屋上に出て一息つく。冬が秋空のせいもあって、屋上だと少し冷える。冬が近づいてくるのが肌で感じる。だけど、今のままじゃ仕事にならないのでとりあえずしばらくはこうして雲で覆われて明るさを無くしてる町並みを眺めていた。
「…」
僕のやりたいこと。本当はわかっている。でも、それを口に出すことができなかった。
自信が無い。だって、僕はすでにソレを失っているのだから。
作曲だって、僕がやりたいと思って始めたわけじゃない。僕には音楽しか無い。でもピアノが弾けない僕が生きていくためにはそれしかできなかったからだ。
だから、自分の未来のことについて考えられないんだ。
――いやあ、流石元天才ピアニストの名は伊達ではありませんな
――演奏などできなくともあの表現力。素晴らしい才能です。
祝賀会の時に言われた言葉が僕の耳を支配する。
あの人達が見せた憐憫の目。あの時と同じだ。僕がピアノを弾けなくなってしまった時にみた父の目と同じ。
あれを思い出すと身体が、心が萎縮する。
――そうだ。お前は出来損ないだ。
――何も生み出せない者に生きる価値など無い。
うるさい。
あぁ、まただ。
あの呪いの言葉が僕の耳に入る。
父の声。僕を追い詰めたあの憐憫のまなざしと同じように映った。
怖いんだ。前に踏み出すことが。また誰かの期待を裏切ってしまう。そんな恐怖が僕の足をすくませていた。
「はぁ…」
ダメだな。せっかく滝本さんのことを好きになって、想いが通じ合って、恋人として付き合うようになったのに、僕の根っこは結局何も変わってない。
ちょっとはマシになったと思ってたのにな。と、自分のけなすようにため息をつく。祝賀会の時も、滝本さんに僕の過去を悟られたかもしれないと思うと尚更。
地元を飛び出した夜。これでいいんだと夜行列車に飛び乗って、窓の向こうから離れていく故郷を眺めていたときからずっと――これでいいのかと、不安になる。
「あら、祝賀会以来、敦君だけじゃなくて純君も荒れ模様ね」
後ろから、無理矢理女性のマネをした声が聞こえる。
「花男さん」
「なにかあったの?」
「それは…」
僕は花男さんに事のあらましを話した。
この人は僕のことを知っている。この会社で、僕がピアノを弾けないその理由を知っている数少ない人間だ。他に知っているのは先輩と葉月さんだけ。
「なるほどね。確かに、アナタはもう立派よ」
「それは・・・そうなんですけど」
「自信がない?」
「はい」
弱々しく答える僕の肩を、花男さんは優しくポンッと叩く。いつもは変な事ばかりしてる人だけど、こういう時すごく頼りになる。普段からこうしてくれたらいいんだけどなぁ。
「時間はまだあるわ。これから社員旅行もあるんだし、楽しみながらゆっくり考えなさい。音楽家はインスピレーションのために旅行とかにも行くってよく言うじゃない」
「そう・・・なんですけどね」
社員旅行の話題が出たとき、ただでさえ右肩下がりの僕の気持ちがさらに落ち込んだ。
「あら、嬉しくないの? 旅行よ? しかも北海道。カニ、スキー、温泉、楽しいことだらけじゃないっ」
「あの・・・花男さん」
・・・もうこの際正直に話そう。
「実は僕、道民なんです」
「えぇ!?」
「だからあまり大っぴらに喜べないというかなんというか……」
「そっかー。そうよね。うん。ごめんなさい」
素直に謝る花男さんを見て少し気が楽になり、僕は苦笑した。
やっぱりこの人に隠し事はできなさそうだ。
「ま、でも、自信持ちなさい。アタシはどんな答えが出ても応援するから安心して」
「ありがとうございます」
「それにぃ、旅館に泊まるんでしょぉ? だったら、ひふみちゃんの湯上がり姿、見れちゃうわねっ!きゃ~!!」
両手を頬に当てて奇声を上げるその姿はどう見ても変態にしか見えない。
「……そんなこと考えてたんですか」
「そりゃあねぇ? 恋人同士の男女が2人。そして旅先の非日常感と開放感。こりゃあ、やるっきゃないでしょう!」
「その発想が既にアウトです。訴えますよ」
「冗談、じょ・う・だ・ん♥」
全く反省の色を見せずに舌を出す花男さん。そんなんだから佐藤さんに殴られるんでしょうに。
ダメだこの人……。